ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
ギィロ・デュノスが訪れたのは空にはふわふわの白い綿菓子の雲と半熟卵の目玉焼きがぷかぷかと浮く、それはそれは空腹を刺激する島だった。 ぐぅきゅるるるぅううう。 「おなかへったー!」 依頼を達成してロストレイルを待つ駅でギィロは同居人が持たせてくれたおやつのはいった袋を取り出した。 チョコたっぷりのスコーンにギィロの尻尾はふわふわと揺れる。 「よーし、たべるぞー」 じぃ。 「ん?」 くるっとギィロは振り返る。 「なんかいたか?」 けれど見えるのはさらさらの草の絨毯が広がる大地と緑の木々。 「気のせいか? よーし、座るところを探すぞ!」 ひょっこり。それは木の影から顔を出した。 見られていると思ったのはギィロの気のせいではなく、先ほどからずっと木の蔭から監視されていたのだ。 にまっとそれは笑った。 「いたずらー」 「お、いいところに椅子がある! よーし、ここでたべるか!」 どうして外にベンチではなくて樫の椅子があるかなんて細かいことをギィロは気にせず、腰かけようとした。 とたんに ずぼっ。 思いっきり後ろにこけた。 目をぱちぱち。 「あははは! ひっかかったー!」 なにか柔らかいものが素早くギィロの上に乗って楽しげに笑う。 「いっただきー!」 黒い風――黒豹の子どもだ。その手にはギィロの大切なおやつのスコーンが一個! まるで見せつけるようにぱくっと食べるとお尻ぺんぺんして黒豹はひゅーんと風のように去っていった。 「あーー! おれの!」 ギィロが悲鳴をあげた見ると椅子の足元に紐がくくられて、いたずらにひっかかったのだと理解したときにはなにもかも遅かった。 「くそー!」 お菓子を奪われたことに邪竜のプライドに火がついた。 「イタズラならおれだって負けてないぞー! おれがどれだけすごいのか見せてやるー!」 ギィロは勢いよく起き上がると、にやりと笑った。 「あいつまぬけー。これうめー! もう一個奪っておけばよかったなー」 黒豹の子は旅人を出し抜いて意気揚々と尻尾を振る。ときどきやってきて遊んでくれる彼らが大好きだが、とってもすごい力を持っているとも知られている。 アニモフの子どもたちのなかには彼らをうまくだしぬいたらすごいんじゃないかと囁かれ、いつかいたずらをしかけてやろうと企んでいたのだ。 「ふふーん。自慢できるぞー。けど、もう一個……あっ」 スコーンが一個だけでは物足りないと思っていると、目の前にチョコ・スコーンがぽーんと置いてある。 黒豹の子の尻尾がぴーんと立つ。 「すこーん!」 すたすたと駆けていく黒豹の子はスコーンがどうしてそこにあるかなんて深く考えなかった。 そして すぼぉおおお! 「え、わーー!」 スコーンに手が届くあと少しのところで穴にはまった。 仰向けに落ちた黒豹の子は目をぱちぱち瞬かせているとひょいと穴を覗く蔭があった。 「あ!」 「やーい、ひっかかってらー!」 ギィロだ。 スコーンの前に魔法陣を書いて落とし穴を作っておいたのだ。 「へへーん、おかえしだー」 ギィロはわざと黒豹の子の目の前でスコーンをぱくっと食べてみせる。それに黒豹の子は尻尾をぼぼっと膨らませてむきぃーと叫んだ。 「このやろー」 「へへーん」 黒豹の子が勢いよく穴から飛び出すのにギィロは駆けだした。 「かけっこでかてるとおもうなよー」 黒豹の子はそういうなり風のように駆け出すとさすがのギィロもあとすこしで追いつかれそうになって慌てて近くにあった木に素早くよじ登った。 「まてまてー、あいつ、どこだー」 「ここだよー!」 ぴょーん! ギィロが上から降ってきたのに黒豹の子は全身の毛を逆立てて驚き、その場に尻餅をついた。 「べべろばー! はははは。こわがりー!」 木の枝に尻尾を巻きつけてギィロは嘲笑う。 「こ、こわがりじゃねぇーやい!」 「へへーん」 ギィロは笑いながら翼を広げてひらりと飛ぶと黒豹の前に着地して胸を張った。 「おれのすごさがわかったかー? これからはきをつけるんだな!」 ずんずんと去っていくギィロの背中を見て黒豹の子の尻尾はこれ以上ないほどに膨らむ。 「み、みてろー!」 邪竜らしく自分のすごさを見せつけれて満足したギィロは近くの原っぱに腰かけるとさっそくチョコ・スコーンをぱくり。甘くてさくさくしておいしい。味わっていると、いきなり視界が真黒くなった。 「わ、わわわっ。なんだこれ!」 「へへーん!」 「あー!」 被せられた袋をとると黒豹の子が意気揚々と笑っている。その左手には先ほどまで食べていたスコーン。 「かえせー!」 黒豹の子はあっかんべーして走り出すのにギィロはギアを水鉄砲に変化させると投げた。水の塊が逃げる黒豹の子の頭を濡らした。 「ふみにゃあ!」 「へへーん! みたかー!」 今度はギィロが笑う番だ。黒豹の子はむっすっとした顔で睨みつけると、ひらひらと揺れるギィロの前掛けに狙いを定めて突撃した。 「なんだぁ、やるのかって、あー! おれのー!」 前掛けを奪って笑う黒豹にギィロは尻尾をたてた。 「へーん、のろまー」 「んだとー!」 ギィロが翼を広げて飛びかかる。 「わぁ」 「おりゃあ」 二人はもつれあってころころと柔らかな草原の海を転がり落ちると、先ほどギィロが開けた穴にそろって落ちてしまった。 「わぁ」 「うわぁ」 二人は目をぱちぱち。そして互いのどろんこの顔を見て噴出した。 「……ぷ、ふはははは」 「あはははははははは」 好きなだけ笑うとギィロは穴から出て、黒豹の子に手を伸ばした。 「おまえ、根性あるな!」 「あんたもな」 黒豹の子はギィロの手を借りて外に出ると、互いに相手のいたずらぷりを称えて拳をこつんとあてる。 「よーし、御菓子はわけっこだ」 「わーい!」 「あっ!」 さんざん暴れたせいでスコーンは粉々になっていたのに二人は顔を見合わせてまた笑った。 粉々でもおいしいスコーンの欠片を分けて食べて二人は満足した。 「おまえなかなかやるなー! おれの子分にしてやってもいいぞ!」 「やだよー。子分はお前だろー」 「おれは九つなんだぞー」 「う。おれは八つだけどー」 「なら、おれが兄貴だ!」 えっへんとギィロは胸を張ると黒豹はふーんとそっぽ向いた。 楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。 ロストレイルにギィロは乗り込むと黒豹の子はむすーとした顔をして睨むがなにもいわないのはギィロも同じだ。邪竜の子は簡単に泣いたりしないのだ。しかし、心にある寂しさについ尻尾はたれてしまう。 「ま、またくるからな!」 「うん!」 黒豹の子の尻尾が小さく揺れた。 そうして扉は閉ざされた ロストレイルが走り出すと黒豹の子が追いかけてくるのをギィロは窓からじっとその様子を見ていた。追いつけなくなった黒豹の子は足を止めると、ぶんぶんと手を振ったのにギィロも力いっぱい振りかえした。 今度ここにくるときは、同居人にいっていっぱいスコーンを焼いてもらおう。 おれにも子分ができたって親分におしえてやるんだ!
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