窓の外はどこまでもつづく虚無の空間「ディラックの空」。 ロストレイルは今日も幾多の世界群の間を走行している。 世界司書が指ししめす予言にもとづき、今日はヴォロス、明日はブルーインブルー……。大勢のコンダクターが暮らす壱番世界には定期便も運行される。冒険旅行の依頼がなくとも、私費で旅するものもいるようだ。「本日は、ロストレイルにご乗車いただき、ありがとうございます」 車内販売のワゴンが通路を行く。 乗り合わせた乗客たちは、しばしの旅の時間を、思い思いの方法で過ごしているようだった。●ご案内このソロシナリオでは「ロストレイル車中の場面」が描写されます。便宜上、0世界のシナリオとなっていますが、舞台はディラックの空を走行中のロストレイル車内です。冒険旅行の行き帰りなど、走行中のロストレイル内のワンシーンをお楽しみ下さい。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・ロストレイル車内でどんなふうに過ごすかなどを書いて下さい。どこへ行く途中・行った帰りなのか、考えてみるのもいいかもしれません。!注意!このソロシナリオでは、ディラックの落とし子に遭遇するなど、ロストレイルの走行に支障をきたすような特殊な事件は起こりません。
ロストレイルに揺られながら、ロストナンバー達は0世界へ向かっていく。モフトピアでの依頼を終えた旅人たちは皆、どこかほのぼのとした様子で帰りの旅を楽しんでいるようだった。 その中の1人、セルゲイ・フィードリッツもまた、余韻に浸っているのか穏やかな顔でロストレイルに揺られていた。その手には愛用のマグカップ。ディフォルメされた狐の顔が愛らしいそれで紅茶を楽しみつつ、小さく溜め息を付く。 (お茶会、楽しかったなぁ。初めて会う人……アニモフさんが多くてびっくりしたけど) 元々おどおどしやすいセルゲイは、やや人見知りがあるようだった。だから今回も緊張してしまい、最初のうちは打ち解けないかも、と内心心配していた。しかし、今回の依頼では仲間やアニモフたちのお陰で緊張が解れ、リラックスすることが出来た。 (スイートポテトも美味しかったし、夕焼けもとっても綺麗だったし。何より、みんなやさしかった) いつもの癖がマシになっていた事も相まって、ほっとする。紅茶をまた1口飲みながらセルゲイはメモを振り返った。その中で1つ気になるワードが、目の中に飛び込む。 「そういえば、『逢魔時』って言ってたね」 小さく呟きながら、手持ちの辞書で言葉を調べる。手際よくページを捲っていくと、言葉を見つける事が出来た。 逢魔時 昼から夜へ移り変わる時刻であり、「不思議な存在」に出会いやすい時刻とも言われている。 その1文に、セルゲイは僅かに息を飲んだ。そして脳裏を過ぎったのは、こんな言葉だった。 (まるで……幽霊みたいだ) 自分たちロストナンバーが向かう世界で出会った人達にとって、ロストナンバーは何処から来るのかも、また、どこへ消えるのかもわからない『不思議な』存在。そして、『旅人の外套』の効果もあり少しずつ忘れて行ってしまう、そんな、儚い存在。そう思ったとき、記憶の一片が何処からとも無く浮かび上がってきた。 セルゲイの出身世界では、非業の死を遂げた英雄が神の御使いたる星獣へと転生する。そうなれば、たとえ身内と再会しても『御使い』としか見なされなくなるのだ。 彼自身もまた、そうだった。1度死に、星獣へと転生してまもなくの頃。初めて実家へと戻った時、笑顔で家族が言ったのだ。 ――はじめまして、星獣様、と。 その時の事は、ロストナンバーとなった今でも覚えている。確かに、今まで寝食を共にし、泣いたり笑ったり、時に喧嘩し、時に励ましあった家族だった。それなのに、家族にはわかってもらえなかった。両親や弟、妹たち誰一人、彼がセルゲイである、とはわからなかった。 (僕は……転生しても、僕なのに) 伝えたかった。自分が家族であると、言いたかった。転生こそしたけれど、生前の自分と何1つ変わらない、と。けれど家族には言えなかった。セルゲイは泣きたいのを堪えて、必死に笑っていた。星獣として、必死に、微笑んでいた。心の中で泣きながら、それを顔に出さないように、涙を溢さないように。そんな中で、彼は思ってしまった。 (ああ、まるで……) ――幽霊みたいだ。 セルゲイはぼんやりと紅茶を見つめる。今にも泣きそうな顔で映る自分に気付き、慌てて笑おうとする。けれども、沸き起こった寂しさと悲しさが邪魔をした。 (あの子達も、僕らの事を忘れちゃうんだろうなぁ) そして、あの時の家族のように、アニモフ達も「はじめまして」と挨拶し、また、「幽霊みたいだ」と思うのだろうか。そう思うとなんだか悲しくなってきた。 (判ってる。『旅人の外套』の効果だって。でも、それでも……) 死ぬのも確かに怖い。けれど、それ以上に、忘れられる方が、怖かった。大切な人に忘れられた時の悲しさ、苦しさ、寂しさ、やるせなさ。そういった物を味わっていたセルゲイだからこそ、酷く堪えたのかもしれない。 (やっぱり、忘れられるって……苦しくて、怖い……) 今にも泣きそうになっていた時、ふと、思い出した。それは、旅の仲間が『逢魔時の話』をした際、アニモフたちが言っていた言葉。 ――そんな子がいたらすてきだね。 そんな言葉を聞いたのは、初めてだった。アニモフたちは、その不思議な出会い自体を喜び、すてきな物、と呼んだ。それが、セルゲイには新鮮だった。 ロストレイルは、0世界のターミナルを目指し、走っていく。その中で1人ぼんやりとしていたセルゲイは、冷めてしまった紅茶を飲み干した。 (そんな子がいたらすてき、か……) あの子達も、自分の事を、仲間達の事を忘れてしまうかもしれない。ううん、恐らく『旅人の外套』の効果もあり忘れてしまうだろう。けれど、その「不思議な」出会いを「すてき」だと思ってくれるならば、その僅かな喜びを与えられるならば……。アニモフ達の言葉が、胸の中でキラキラ輝く。 (そう思ってもらえるならば……) 何故だろう、その時の笑顔が目に浮かんだ。あの、わくわくとした、優しい瞳が、フラッシュバックして、くすぐったい。確かに忘れられる事は、とても辛くて苦しくて、寂しい事だ。けれど、その刹那の出会いを喜んでもらえるのならば……。 (少しは、報われるかもしれない) 涙がほろり、緑色の瞳から1粒零れ落ちる。けれどそれは悲しみのではなく、どこか優しくて、くすぐったい物だった。 現地の人にとっては、自分達は思い出の片隅にしかなれないかもしれない。けれど……。 (せめて、すてきな思い出になれるような、そんな存在になりたい) 自然と、そんな言葉が浮かび上がってきた。そして、寂しさと同時に穏やかで暖かな感情が、胸いっぱいに広がっていく。胸の痛みは恐らくずっと付きまとうだろう。けれども、少しだけ、その疼きが和らいだように思うセルゲイであった。 (終)
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