オープニング

 コンスタンツァ・キルシェことスタンは、押しつけられたチケット三枚と簡潔すぎる依頼文書を持って、どうしようか考えていた。
 事の始まりは、時間にしてほんの五分前。ひどくやる気のない世界司書にとっ捕まり、インヤンガイでの依頼を押しつけられた。
「売り払いたい屋敷があるそうなんですが、暴霊が邪魔をするようです。それをどうにかしてきてください」
 何の脚色もなく、言われたままの言葉がこれだ。は? と思った時にはさっさと踵を返していて、詳細は現地で探偵にと言い置くと止める間もなく離れて行った。
 受ける義理はないと思ったものの、しばらく依頼を受ける予定もなく暇だった。暴霊退治で暴れるのもいいかとついその気になり、頭数を揃えるべく知り合いの姿を思い出していると森山天童がふらりと歩いているのを見つけた。
 知り合いと呼べるほど深い付き合いがあるではない、ただ去年のクリスマス、自分の出したプレゼントが森山の手に渡った。これも何かの縁と、駄目元で声をかける。
「インヤンガイで暴霊退治、一緒に如何っすか?」
「って何そのファストフード店でポテトを勧めるみたいなノリ」
 思わずといった様子で突っ込んできたのは、森山の影にいたウェイター。黒いデフォルトフォームのセクタンが肩にいて、ちまっとした手で挨拶をしてくれるのが愛らしい。
 緩みそうな口許を何とか堪えて、あんたも一緒でいっすよと頷くとひどく複雑そうな顔をされた。
「いやいや俺って歌うウェイターだけど戦うウェイターじゃないし。インヤンガイで暴霊退治とかないない無理無理、てんてんちゃんと頑張ってきて」
 お化け駄目、絶対。とレガートと呼んだ自分のセクタンを抱えて首を振るウェイターに、森山がひどいお人やなぁと笑いを含んだ声で言う。
「音成はん、こない小さい子ぉが一緒に戦ってて言うてはるんやから、よっしゃいっちょ力貸したろ言うんが男の心意気やんか」
「だからそれはてんてんちゃんに任した。俺は単なる一般小市民です、暴霊と立ち向かえる気合も根性も力もないよ!」
「ないのにそない胸張られてもな……。レガートはん、可哀想に、こないヘタレな家来にどうやってレガートはん守れる言うんやろなぁ」
「おかしいよねそれ俺がレガートの家来なのはもう諦めたというか受け入れたというかてんちゃんの家来にさせられるくらいならレガートを取るけどそうじゃなくて。そもそもセクタンの守りって俺に作用するんであって俺が守るんじゃないよねって言うかいざとなったら守るけどさ!」
 色々おかしいと息継ぎも少なめに突っ込む音成梓の言葉も聞かない顔をして、森山はレガートに向かって小さな袋を取り出して見せた。
 気になってちょっと覗くと、どうやら金平糖が詰まっているらしい。ぱぁっと、レガートから幸せそうな空気が醸し出される。
「こないしょっぱい家来に文句も言わへん健気なレガートはんには、金平糖進呈するわ。ほんまはもう後一袋あんねんけどなぁ、食べ終わってからのがええやろし。……あー、せやわー、残念、レガートはんがそれ食べ終わる頃には、わいインヤンガイやわぁ」
 あげたいねんけどなぁ、どうしてもレガートはんに食べてもらいたいねんけどなぁ、と残念そうに頭を振る森山を見て、レガートは音成に振り返ってうるっうるした目を向ける。
「ちょっ、レガート、てんてんちゃんに騙されるな! 金平糖なら俺が後でちゃんと買ったげ、」
 買ったげると続けたかったのだろう音成は、しょんぼりと項垂れたように見えるレガートを見て慌てたように抱き上げた。
「いい分かった大丈夫そんな顔すんな、あーもーインヤンガイでもどこでも行っててんてんちゃんから金平糖を貰うがいいさー!」
 自棄気味にレガートを宥めつつ宣言した音成は、そんなわけで一緒に行きますけど戦力には入れないでください宜しくお願いしますと礼儀正しく頭を下げた。

 いつの間にか持っている葉団扇で口許を隠してふっふーとほくそ笑んでいる森山と、完全に流されてついてくる音成と、金平糖で喜んでいるレガートと。どのくらいチェーンソーぶん回せるかなーと計算しているスタンで、この依頼をこなすことにはなったようだ。



「……何かあったのか、ここに来るまでに」
 ひどくぐったりしている音成を見て不審げにする探偵に、気にせんかてええですときっぱり森山が答える。ロストレイル内で起きた事については、話さないほうが音成の名誉の為だろう。と思ってスタンもそっと目を逸らす。
 ちらりと視線でそれを確認した探偵は賢明にも追求はしない事にしたらしく、屋敷の見取り図を渡してくれた。
「何年か前に、この屋敷の娘が殺された。夜中に男が忍び込んできたらしいが、何が理由かは分かっていない」
「犯人、まだ分かってないっすか」
 顔を顰めるようにしてスタンが聞き返すと、探偵は緩く頭を振った。
「犯人は判明している、その娘の部屋で首を突いて死んでたからな」
「でも、それだけで犯人とは、」
「ああ、だが、そいつの足と腕には犬の噛み跡があったそうだ。娘の側で殺されていた犬はその屋敷の番犬だった、多分、殺される直前まで主人を守るべく動いていたんだろう。──まぁ、俺は直接この件に関わったわけじゃないから、詳細は分からん。一通り調べはしたが、関係者の口が堅くてな」
 誰も死に様なんか語りたくねぇもんだがと苦々しく付け足した探偵は、気を取り直すように小さく頭を振った。
「以来、家族はこの屋敷を出て土地ごと売りに出したものの、そんな不吉な屋敷に買い手はつかずに放置されてたんだが。最近になって、誰かが譲り受けたらしい。屋敷を取り壊して土地を売る事にしたそうだ」
 そしてその先は多分、お察しの通りだと探偵は肩を竦めた。
「解体工事に訪れてきた何人かが屋敷に入ったが、そいつらが出てくる事はなかった。懲りずに派遣されてきた次の連中も、また然り。入ったら二度と出られない、呪われた屋敷だと噂が立って肝試しに向かう馬鹿が何人もいたが、そいつらもまた同じように戻ってこなかった。不帰の館(かえらずのやかた)──いつかここはそう呼ばれるようになって、誰も近づかなくなった」
 ひぃっと短い悲鳴を上げる音成がレガートを抱き締めて、しゃがんでいるのはさておき。
 スタンは軽く首を傾げ、見取り図を見た。
「暴霊退治って聞いてきたんすけど、その行方不明が暴霊の仕業ってことっすか」
「暴霊と、消息を絶つ人間との因果関係は不明だ。ただ、この屋敷には暴霊が出る──少なくとも、二体。多分、それ以上」
「えらい確信持って言うたはるけど、探偵はん、自分で見はったん?」
 どんな暴霊やったと尋ねた森山に、探偵は無言で見取り図の庭を指した。
「俺がこの屋敷に向かった時は、敷地内に入れなかった。番犬のつもりか、四足の獣らしい暴霊が庭から威嚇してきたんでな」
「引き摺り込まれたんじゃなくて、入れなかった?」
 聞かない俺は何にも聞いてないと頭を抱えていた割にしっかり突っ込んだ音成に、探偵はぶっきらぼうに頷く。
「工事に来た連中の半分も、これのせいで入れなかったみたいだ。入った連中はそのままいなくなったから、中にどんな暴霊がいるかは分からんがな」
「なのに、あんたは少なくとも二体いるって言うっすか」
 入れなかったのに? とスタンが語尾を上げると、探偵は何度か頷いて二階の東角の部屋を指した。
「ここに、人影があった。じっとこっちを見たまま動かず、助けを求めてくるでもない。中に入った連中の誰か、と考えるのは不自然だろう」
「まぁ、中に入らはってもう帰れんくなったお人ら、の可能性はあるけどなぁ」
「そんな可能性、指摘しなくていい!」
 人だ多分人だ要救助者だと自分に言い聞かせるみたいに繰り返す音成に僅かに口の端を持ち上げた探偵は、けれどすぐに顔を引き締めてすぐそこに建つ屋敷へと視線を向けた。
「中で何か起きてるのか……、起きたのか。俺には知る術もないが。依頼人があれを売りたいと望む以上、放置もできねぇ。悪いが、力を貸してやってくれ」



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

コンスタンツァ・キルシェ(cpcv7759)
森山 天童(craf2831)
音成 梓(camd1904)

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品目企画シナリオ 管理番号2433
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
クリエイターコメントちょっと真面目に頑張ってみました(これでも)。
ここに至るまで、どうあってもギャグにしか辿り着かんOPだったなんて言いません。

ホラーで(気持ち)。ミステリで(風味)。コメディ控えめシリアスに突っ走れるよう、突貫工事ながら線路は引いてみました。脱線上等どんとこい。

退治を依頼された暴霊、キーになるのは二体です。庭の獣と、屋敷にいる誰か。
庭の獣は近づく全てを拒絶します。中に入るには条件があり、それはこちらで操作できない物です。
ただその条件を推測して頂ければ、屋敷にいるのが誰か、獣の目的は何かも判明すると思います。

屋敷の暴霊に関して一応の正解は用意していますが、皆様のプレイング次第で変わる可能性があります。
暴霊に対してどんな感情を抱かれるか、どんな対処をされるか、お聞かせください。

とはいえ屋敷にいる暴霊ともども、実力で排除して頂いても構いません。
屋敷内には多分他にもうじゃっと雑魚霊がいるでしょうし、どんな風に追っ払うか、逃げ惑うか、書いて頂けばそちらに従います。
話の筋など知らん! と暴走も歓迎ですし、素敵こじつけのコメディ展開にして頂けるなら力の限り乗っからせて頂く所存です。
どんな風に動かれるかは、心の赴くままにどうぞ。

プレイング期間は五日と少々短めです、ご注意ください。

では、近づく全てを威嚇して唸りながらお待ちしています。

参加者
コンスタンツァ・キルシェ(cpcv7759)ツーリスト 女 13歳 ギャング専門掃除屋
森山 天童(craf2831)ツーリスト 男 32歳 鞍馬の黒天狗
音成 梓(camd1904)コンダクター 男 24歳 歌うウェイター

ノベル

 俺は一般人だから。と何より梓が主張したいところを告げた探偵が帰っていった方角を恨めしく見据えている間にも、森山は梓を引っ張って屋敷に向かった。けれど実際門扉の前まで辿り着くと足が竦むどころの騒ぎではなく、手近な木に捕まって儚い抵抗を試みる。
「やめてまだ心の準備がーっ!」
「往生際悪いっすねぇ。男は度胸っすよ」
 そんなことじゃ家だとやってけないっすよ? と呆れた目で見てくるキルシェの家業は知らないが、俺は歌って演奏できるプロのウェイターだからいいの! と涙目ですかさず反論する。
「はいはい、ほんなら歌って踊れてついでに暴霊退治もできるレガートはんの家来でいはったらええやないの」
「やーめーてー! 百歩譲って踊れるようになったとしても、暴霊退治はできなくていいっつか俺の生活圏内にお化けなぞいないっ」
「セクタンの家来は、もはやスルーなんすね」
 まぁでもレガートちょー可愛いからそれもいいっすねぇと掌で包むようにして持ち上げるキルシェに、思わず梓も状況を忘れてでれっとする。
「だろだろ、な、レガートすっげ可愛いよな! 音符みたいでさー」
「うんうん、黒い肉まんみたいで超美味そうっす」
「レガートはん、こんなところで食物連鎖のピンチやねぇ」
 かぷっと齧ったらおしまいやわぁと楽しげに笑う森山に、ひいっと悲鳴を上げて慌ててレガートを取り戻す。
「冗談じゃないっすか。いくらあたしでもセクタン食べないっすよ」
 そこにいる暴霊じゃあるまいし、と笑顔でキルシェが指した先にうっかり目を向けてしまった。
 いかにもゾンビゾンビしい、ほどよく腐った身体を引き摺るようにして屋敷から出てくる暴霊と、ばっちり目が合った。
「  ーっ!!」
 正に、声にならない悲鳴。隣で呑気に距離を測っている森山の服を震える手で取り、言葉にならないあれこれを紡ぎながら力一杯しがみつく。
 暴霊の前では、プライドなど塵芥に等しい。でもちょみっと働いた証拠に、自分より年下の少女に抱きつくのは避けた。
 そのキルシェは軽く腕まくりをして、ギアのチェーンソーを取り出している。
「身体があるなら、ぶった切れそうっすねぇ」
 あんたらに恨みはないっすがと目を細めたキルシェは、のたりと前庭を進んでくる暴霊に構える。
「邪魔するなら容赦しないっすよ!」
 宣言するなり、門扉を越えて襲い掛かってきた二体の暴霊を真っ二つにする。広い前庭の真ん中辺りまで吹き飛ばされた暴霊はしばらく動かなかったが、どこか遠く聞こえる唸り声に反応してもがき始める。
 何が起こったのかと梓が瞬きをするほどの間も置かず、唐突に姿を現した白く揺れる四足の獣は屋敷の扉の前に立ち塞がり、分断された暴霊を攻撃し始めた。
「な……、仲間割れ……?」
 しがみついたまま眉を顰めた梓に、森山は軽く首を捻った。
「屋敷から出てくる分には見過ごしたのに、一旦出て戻ってきたら攻撃対象、いうことか」
「生き死にに関係なく、敷地に踏み入る者を襲ってるんすかね?」
 暴霊が動かなくなるとようやく攻撃を止めた獣は梓たちを確認し、警戒するように唸りはするが近寄ってはこない。
「あれ……、娘を殺した犯人が番犬を装ってる、ってことはないかな」
「まぁ、人殺して畜生道に落ちるんはあるかしれんけど。犯人やったら、この屋敷守る意味ないんちゃうやろか」
 いつまでしがみついてんのとぺいっと引き剥がして答える森山に、梓はずるずると座り込みながらそっかぁと頷く。心配そうに膝に乗ってくるレガートに口の端を持ち上げ、極力獣は見ないようにして言う。
「娘に会いに来たって言ったら入れてくれないかなー。……だめー?」
 ちらりと期待するように視線を動かすが、獣は吠えるように警戒を強める。駄目らしい。
「あの番犬が屋敷を守ってるなら、陽動っす! ここにラジカセでも置いて喧しい音楽流して、どっか別に入れるところを探すっす!」
 言うなりラジカセを探しに行きそうなスタンを捕まえたのは森山で、まぁまぁと宥めて獣を眺める。
「それやったら、わいが囮になったろ。ギアでしばらく動き止めたるさかい、その間に二人で中入りぃ」
「でもそれだと天童は後どうするんすか!?」
 危ないっすよと詰め寄るキルシェに、気にせんかてええよと森山はのんびりと笑って言う。
「わいが得意な術は、壊すばっかりや」
 どこかひやりとした声に思わず森山を見上げると、ちらりと視線を落とした森山は変わらず陽気そうに葉団扇を揺らして続ける。
「最悪、ふっ飛ばしてしもたらええねん。屋敷ごと破壊したら堪忍なぁ」
「堪忍ですむかーっ!!」 
 つい力一杯突っ込んだ梓に、キルシェはいいコンビっすねぇと何だか呆れたように首を振った。





 天童が半歩敷地に踏み入るなり、獣はすぐさま襲い掛かってきた。突進してくるそれをするりと避けてギアの赤い紐を振るい、絡め取った獣を押さえつけながら心配そうにしている二人に早よ行きぃと促す。
「てんてんちゃん、」
「何か困ったらその羽使て呼びよし。手ぇ空いてたら行ったるさかいに」
 今は塞がってるからあかんけどなぁと呑気に告げると、手出ししてきそうな音成を促してキルシェが屋敷に向かう。
「天童もさっさと切り上げて、早く来るっすよ!」
 梓の面倒は一人じゃ見切れないっすと顔を顰めたキルシェに、はいはいと軽く返事する。音成も眉根を寄せたまま屋敷に向かったのを見て、可愛し子ぉらやと苦笑気味に呟く。
 天童にとって、この屋敷にいる暴霊が束になってかかってきたところで物の数ではない。必死にもがいてギアから逃れようとしている獣も同じく、いつでも滅ぼせる。ただ死んで後まで何かを必死に守る獣も、屋敷から出て行けない暴霊たちも、切って捨ててしまう気にならないだけだ。
「一体、何に縛られてんのやろねぇ」
 哀れむように呟き、ふっと息を吐くと隠れ蓑を使って姿を消す。ギアの拘束を解くなり獣は臨戦態勢を整えるが、結局彼を見つけられず庭の奥に戻っていくのを確認して屋敷に入った。
『て、てんてんちゃん、てんてんちゃんーっ!』
 ドアを閉めたところで先ほど術を施して渡した羽から、音成の悲鳴が届く。気配を探れば、どうやら二階にいるらしい。
『へるぷみーっ! ちょ、レガート、駄目だゾンビに立ち向かってっちゃ駄目だーっ!』
 大人しく隠れといてと、どうやら自分のセクタンに庇われているらしい音成の声につい笑う。
『切っても復活するなら……、そこ退くっすよー!』
 梓に対して叫びながらチェーンソーを振り回したのだろうキルシェの声に続いて、何かが倒れた音と振動が伝わってくる。本棚でも切り倒して部屋を塞ぐなどしたのだろう、確かに身体を持つ暴霊の足止めには一番かもしれない。
(ふぅん、まだ大丈夫そうやねぇ)
 さほど急ぐ必要はなさそうだと判じた天童は、再び呼びかけてくる梓に見えないと分かったままもにっこりと笑って言う。
「お気張りやすー」
『お、……鬼かぁっ!!』
 何のための連絡手段だと悲鳴を上げる梓に、生憎天狗やしーと受け流してゆらゆらと近づいてくる暴霊に視線を変えた。恨めしげに引き摺り込もう伸ばしてくる手を、葉団扇で風を起こして緩く追い払った。
「もうちょお大人ししとり。核たる暴霊がおらんようなったら、自分らも何れ解放されるやろ」
 力尽くで祓われたないやろと低い声で告げた天童は、賑やかに聞こえてくる物音を頼りに二人を追う。助けを請われはしたが大半が音成の恐怖からくるそれで、どうやら命の危険に直結するほどの暴霊はなさそうだ。それなら、少し遊んでも罰は当たらないのではないか。
 思いつくなり、即座にトラベラーズノートを取り出す。音成宛てに、「殺」と埋め尽くして送信。間を置かず、うぎゃあぁぁあっと馬鹿でかい悲鳴が聞こえてくるせいで肩が震える。
「お隣はん、ええ反応しはるなぁ」
 楽しげに呟いたはずの自分の声に僅か皮肉な色を見つけて、天童は軽く頭を揺らした。表裏のないあの性根はあまりに自分と違いすぎるけれど、微笑ましくもある。
「そう言うたら、スタンはんはあんまり怖がってはらへんなぁ」
 せっかくここまで来たのなら少しくらい怖がってやらないと、暴霊も出て気甲斐がないというものだろう。そんなこと求めてないなんて反論は誰からも聞こえないのでないことにして、隠れ蓑で姿を隠したまま二人に追いつくべく足を速める。
 途中で遭遇した暴霊たちはギアで縛ったり風で払ったりと対処しつつ、途中の部屋に逃げ込んで遣り過ごしていたらしい二人が顔を覗かせたところを見つけた。姿が見えないのをいいことにそっと近づき、キルシェの首筋にひやりとした風を送る。
「ひゃあっ!!」
「うわちょやめて突然叫ぶとか何事何かあった!?」
 びびりながらも気遣う音成に、キルシェは首筋を押さえながら何でもないっすと強がる。それでも不安げにきょろきょろと辺りを見回しているのを見て、音成の肩にいたレガートが飛び降りた。そして二人を振り返り、任せとけとばかりに大きく頷くとちんまりした足で先を行き始める。
「か……、かっこいいっす、レガート隊長!!」
「どうしよう俺もう一生ついてくっ」
 目を輝かす二人と小さいのに頼もしいレガートに、思わず吹き出した。慌てて口を押さえるが、不審げなキルシェが振り返って彼がいる辺りをじろじろと眺め出す。
「何か、天童がいる気がするっす」
「あー……否定し辛い。てんてんちゃんのことだから姿隠して俺たちの反応見て楽しんでる気がするっていうか絶対やってる」
 断言する音成に物申したいことはあったけれど、事実そうしている以上反論できるはずもなく。そっと葉団扇を構えて、少し強く風を起こす。
 うわっと直撃した風に目を閉じ顔を逸らした二人から素早く離れ、曲がり角に潜んで隠れ蓑を羽織り直すとさも今到着したような顔でのんびりと歩いていった。
「二人とも、まだこんなとこおったんか。東角の部屋行くんちゃうの?」
 暴霊仰山やったなぁと呑気を装って続けると、じっとりした目で見てくる音成に首を傾げてみせた。
「音成はん、その様子やと叫んでただけで活躍したはらへんみたいやねぇ」
 何やったら二三体連れてきて見せ場あげよかと勧めると、絶対いらない! と涙目で拒否される。
「まぁ、トレイで塩振り撒いて頑張ってはいたっすよ。暴霊に効き目があったかはともかく」
「暴霊とか言わないでくれるっ!? ここには生きている人しかいない、いないったらいないっ。俺が殴ったのはお化けなんかじゃなくてでっかいGだ、タローちゃんだ!」
「Gってゴッキーのことっすか? あたし、暴霊よりそっちのが嫌っすよ」
 どんだけでかいんすかと呆れたように突っ込むキルシェに、音成も頭を抱えて蹲る。
「ごめん、俺もそれ嫌だった……」




 森山と合流して話している間、一度も暴霊の襲撃を受けていないと気づいてスタンは軽く首を傾げた。窺うように視線をやれば廊下の向こうに蠢く暴霊は見えたが──勿論音成は意地でもそちらに目をやらなかったが──、何故かこちらに向かってくることはなかった。
「襲われたいわけじゃないっすけど、何でこっちに来ないんすかね?」
「ああ、……この辺が境目なんやなぁ」
「境目」
 何の? と聞き返す音成に、森山は視線で向かっていた東角の部屋を示した。
「この屋敷の核は、多分あそこにおる娘さんやろ。近づいたらあかんて、身に染みて知ってはんのとちゃうか」
 何気なく答えられたそれに、スタンは知らず眉根を寄せる。
「今までの暴霊……、屋敷に入った人たちってことっすか」
 無事であればいいと思った。けれど同じくらい、無事ではないだろうと思った。襲われたから反撃したけれど、あれが全部姿を消した人たちだったら遣り切れない。
「まぁ、とりあえず娘さんに話聞くんが先決やね」
 行こかと促して歩き出す森山を追いかけ、疑問があるっすと話を聞いた時から抱いていたそれを口にする。
「犯人はなんで自殺したんすか? 娘を殺した後に自殺なんて、まるで後追い心中みたいっす」
「うん。関係者の口が堅いのは、二人の間に何かがあったからなんじゃないかな」
 確証はないけどと、ようやく落ち着いてきたらしい音成の同意にスタンも拳を作る。
「犯人は腕や足に怪我してたらしいけど、犬がいるなら部屋に着く前に吠えたてられて家人が起きるはずっす。吠えなかったのは顔見知りだからじゃないんすか」
 行き違いで強盗扱いされて、娘も殺してしまう羽目になったのではないか。だとしたら悲しすぎる。お互いすれ違ったまま、家に縛り付けられて彷徨うしかないなんて。
 何かを堪えるように眉根を寄せて俯くと、音成も神妙な顔で向かう先を見据えながら抱き上げたレガートを撫でた。
「人を殺す想いも死を選ぶ理由も、俺には理解できない。どんな理由を添えても、その終着点が死だなんて認めたくない」
「音成はん……、大丈夫やで、終着点は多分あれや」
 死んだ後も先あるみたいやと大分離れた暴霊を指し示した森山に、つられて視線をやってしまったらしい音成がてんてんちゃんの馬鹿野郎と大分本気で怒鳴りつけている。
「せっかく真面目に決めたのに、……台無しっす」
「音成はんにはそない真面目な顔似合わへんから笑てーて、ちょっとした親切心やん」
「嘘つけ! てんてんちゃんは絶対俺が怖がってんの見て楽しんでるっ」
 そうだと言ってしまえと詰め寄る音成に、森山は葉団扇で口元を隠して嫌やなぁと目を細めた。
「そんな今更なこと、わざわざ口にできひんわぁ」
 音成の望み通りきっぱりと断言した森山は、北風に吹かれている彼を他所に辿り着いた部屋の扉を視線で示した。
「ほな、ご対面といこか。準備ええか、スタンはん、レガートはん。……ついでにお隣はん」
「俺の準備なんてここに連れて来られた時から常に整ってなどいない!」
 帰る準備ならしてもいいと膝を笑わせている音成の答えに、森山はそうかーと何度となく頷いた。
「そしたら覚悟ないついでに、娘さんの待ち人装って会うといで」
 言うなり音成を捕まえた森山は、部屋のドアを開けると気安く中に投げ込んだ。慌ててスタンも顔を覗かせると、窓辺に佇んでいた女性が転げた音成を見つけて振り返るところだった。
「シェンイン……」
 ぽつりと、どこか懐かしむように女性が音成を見下ろす。どうやら彼女には、音成が別の誰かに見えているらしい。
(ここで会って話して、未練が晴れたらいいんすけど)
 解放されるなら、それが偽者であっても問題はない。下手に確執を抱えた本物が馬鹿を口走るより、音成なら怖くて口も利けずにただ彼女の言葉を聞けるだろう。
「でも偽者って気づかれて暴れられたらどうするっすか」
「そん時は、本物探してくるしかあらへんなぁ」
 女性の注意を引かないように小声で尋ねると、呑気な森山がつらりと答える。
「シェンイン……、どうして、あなた」
 愛しげに目を細め、透けて向こう側が見える女性はゆっくりと手を伸ばした。
 音成に近づくにつれ、女性の身体は質感を伴っていく。白い夜着に包まれた身体、肩から落ちた長い黒髪。唇が小さく震え、潤んだ瞳で見つめる首が薄っすらと赤みを帯びていく。
 ……首?
 頬に赤みが差す、なら分かる。けれど、首? 不審に思って眺めていると、彼女の首には誰かに締められたような跡がくっきりと浮かんできた。目の前の現象だけで十分に凍りついていた音成が悲鳴を上げかけた時、女性が目を見開いて彼の首に手をかけた。
「梓!」
 避けるっすと声をかけ、手にしたままだったチェーンソーで女性を引き離すべく振るう。けれどさっきまで実態のあった彼女の身体は煙のように崩れてチェーンソーを素通りさせ、憎々しげな形相で音成に手を伸ばし続けている。
「ま、ままま待って待った俺その人じゃないって!」
 人違いだと叫ぶ音成はけれどへたり込んだまま動けず、その膝でレガートが庇うように手を広げる。退いてろレガートと音成の悲鳴と、突然部屋に巻き起こった豪風はほぼ同時だった。さすがに吹き散らされた女性と音成の間に割って入った森山は、えらい逆鱗やったみたいやなぁと幾らか申し訳なさそうに音成を見て姿を戻し始めている女性に変えた。
「やり残したことあんねんたら協力しよ思てたけど……、殺すんには手ぇ貸されへん」
「シェンインさんって、あんたを殺した犯人っすか」
「そうよ! もう余命がないから一緒に死んでくれって、いきなり押しかけてきて私の首を絞めたのよ! せめて寝ている間に殺したかったなんて……なんて勝手な!」
 私の意思はどこに行くのと、怒り狂った様子で女性はスタンたちを見据えてくる。その間もじわじわと首の痣は色を濃くしていて、女性は死んでいるにも拘らず苦しそうに肩で息をしている。
「無理心中、だったんすか」
「余命がないからって、誰かを道連れにするなんて……」
 それでは殺された側は、溜まったものではない。音成がひどいと呟くと、女性は顔を覆って泣き崩れた。
「本当よ、本当にひどい。どうして言ってくれなかったの、そうしたら私、喜んでついていってあげたのに……!」
 シェンインと掠れた声で女性が嘆き、思わず三人で目を見交わすと窓の外から大きく吠える声が聞こえた。次の瞬間には、女性を庇うようにしてそこに獣が出現している。
「っ、庭に憑いてたんじゃないんすか!?」
「屋敷言うよりこの人守ってんのか……、わいら完全に敵認識やろねぇ」
「落ち着くっす、あたしら別にその人苛めに来てないっすよ!」
「チェーンソー持ってて説得力ないよスタンちゃん!」
「でも切れなかったっすよ!?」
 軽く恐慌しながら音成に反論する間も獣から目を離さずにいたが、すぐにも飛び掛ってくると思った獣は警戒したように唸っているが女性の側から離れようとしない。だがいつでもギアで拘束できるように構えつつ森山が一歩近づくと、激しく吠えて立ち上がった女性の服を掴んで後ろに引いた。
 獣に邪魔されても手を振り回した女性から森山が身を反らすと、首のあった位置を鋭利なナイフが過ぎっていく。危なーっと青褪めた音成が女性に近づかないよう森山の服を引っ張っているのを見て、獣も同じく女性を止めているのだと理解した。
(さっきは襲ってきたのに、今は主人を止めてる?)
 スタンが不審に思って首を捻っていると、女性は再び膝を突いて天井を仰いだ。絞め跡がついていたはずの首は、見ている前でまるで獣にでも引き裂かれたような傷口に変わっていった。
「シェンイン……、ああ、どうしようシェンインを殺してしまった。お願いよレン、私も殺して。あの人が望むままには死んであげられなかった、またあの人を殺してしまった。私を殺して、レン……!」
 嘆く女性の声で、獣が怯えたように揺れる。躊躇ったように女性の周りをうろうろするが離れられもせず、レン! と女性が声を張り上げると牙を剥いて、
「俺は死んでないよ!」
 引き止めるように叫んだのは、音成だった。死んでないと繰り返した声に女性がそろそろと視線を下ろし、何度も瞬きを繰り返す。
「大丈夫や、娘さん。あんたは大事な恋人を殺しとらん……、死ぬ必要もあれへん」
 ぴんぴんしとるやろと音成を振り返って穏やかに告げた森山の言葉に、女性は戸惑ったように視線を揺らす。
「殺してない……、殺してないの? でも私の首を絞めるあの人を見て、レンガ飛び掛っていった。あの人、レンを刺したのよ」
「レンも元気そうっすよ、ほら、あんたの横にいるっす!」
 女性の変化に唸るのをやめた獣を指し示すと、女性はゆっくりとそちらを見た。
「レン」
 柔らかく呼ばれた白い獣は、まるで煙が収まるみたいに普通の犬の姿に戻る。恐る恐る彼女の手を舐めて甘える犬を、女性は泣きながら抱き締めた。
「よかった……、よかった、二人とも無事なのね。私、誰も殺さずにすんだのね?」
 よかったと繰り返し犬を撫でていた彼女の姿はどんどんぼやけて、やがて消えてしまった。大仰に息を吐いて音成が天井を仰ぎ、森山もゆっくりと息を吐いて葉団扇を下げた。
 スタンはまだぽつんと残っている犬の側に寄ると、噛まれるのも覚悟で手を伸ばした。ふさりと、柔らかい感触を伴う気がする犬の頭を撫でて顔を寄せる。
「主人を止めたくて頑張ってたんすね? 偉いっす、お前はよくやったっす!」
 多分、本当に彼女を殺したのはこの犬だろう。男に刺され、自分も虫の息だったにも拘らず、彼女の死にたいという願いを叶えた。
 けれどそのせいで、彼女をここに留めてしまった。自分を殺そうとした、でも愛しい男を殺したのだという慙愧に囚われ、何度も何度も殺しては殺される悪夢を続けていた。
「彼女の元に誰も訪ねて行かないように……、見張ってたんすね」
 彼女が殺さなければ悲劇は止まる、だから屋敷に入らないようにと警告していたのだろう。
 スタンは目一杯犬を撫でて、もういいんすよと囁いた。黙って撫でられていた犬はそこで顔を上げ、冷たい鼻先をスタンの顔に押しつけると嬉しそうに一つ吠えて、ゆっくりと消えていった。
 スタンは手に残る感触に小さく息を吐き、苦笑するように自分の膝に肘を突いた。
「あたしも昔、捨て犬を拾って来てはおばあちゃんに怒られたっす」
 懐かしく呟いたが思い出を振り切るように頭を振り、勢いをつけて立ち上がった。
「これで解決っすか!?」
「せやねぇ。後の暴霊はあの娘さんに引き摺られてただけやろし、まだいるとしてもすぐ祓えるやろ」
 依頼完了やねとのんびり頷いた森山は、未だにへたり込んでいる音成に首を傾げた。
「音成はんの機転のおかげで娘さんも未練なくさはったみたいやけど……、何してはんのん」
「い、いやまぁなんつかーかその……腰抜けて立てません助けてください」
 何あの最後のスプラッタホラーと思い出して震える音成に、スタンは森山と顔を見合わせて思わず声にして笑った。

クリエイターコメント気持ちと風味がどこに行きましたか? と問われれば目を逸らすしかないくらい、いつも通りの様相を呈しておりますが。わくわくと楽しんで書かせて頂きました。

暴霊は実力排除を取られる方がいらっしゃらなかったので、穏やかに成仏できました。
どっちかと言うとメインのはずの暴霊よりは道中を楽しんでいた感は否めませんが、皆様の優しいお心遣いに獣ともども御礼申し上げます。

今回も御多分に洩れず凄まじく高い字数の壁に阻まれ、一部愛ある弄りが削られてしまいました……。
やりすぎて一時期、暴霊部分カットしても字数足りなかったのは内緒にしておきます。
方向修正して何とか纏め上げましたが、少しでも皆様のお心に副う形で仕上がっていれば幸いに思います。

ホラーとミステリの定義は一回辞書で引き直そう。と自主的に反省しつつ、楽しく綴らせて頂きました。ありがとうございます。
公開日時2013-01-27(日) 11:30

 

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