オープニング

「はい、注目願います」
 のんびりとした声がした。その発生源は目の前にいる、一見ミミズクのような姿をした世界司書のようだった。全長1m50cm程の。
「えー、みなさん。お集まりいただきましてまことにありがとうございます」
 ミミズクは器用に翼で『導きの書』をめくりながら丁寧にお辞儀をする。そして集まったロストナンバー達を見、楽しげに微笑む。
「今回、皆さんにはヴォロスへ向っていただきます。目的は竜刻の回収です」
 彼はそう言うとゆっくりと説明を始めた。

 今回の目的地はヴォロスのとある森の奥。目的の竜刻はなんと、温泉の底に突き刺さっている……らしい。しかも、温泉の深さは約1メートルほど。気をつけて潜れば、おぼれる事は無いだろう。
 因みに、竜刻は尖った骨のような形をしている為、手を切らない様に、との事。
「回収はそんなに難しくはないでしょう。しかし、注意点が2つあります」
 ミミズクはそこまでいい、溜め息をつきながら再び『導きの書』をめくる。
「温泉に向う途中、壱番世界でいうオラウータンによく似た猿のテリトリー内を行く可能性があります。それだけなら問題はないのですが、彼らは非常に縄張り意識が強いのです」
 彼らは自分たちの縄張りに他の生き物が入る事を気に入らず、入って来ようものならば木の実や枝、小石を投げて抵抗する、との事。
「そしてもう1つ。その辺りには栗が群生しているんです。ここまで言ったら予想がつくかもしれません」
 そう、猿が栗のいがを投げてくる可能性もあるのだ。それはとても痛そうだ。
「まぁ、温泉の周囲は幸いテリトリーでは無いようですし、それなりに対策を打てば帰りにまた被害に遭う事はないかと思われます。それに……」
 ミミズクはほっほっ、と楽しげに笑いながら『導きの書』を閉ざす。
「温泉は微炭酸で、しかもそこからは美しい光景を見ることが出来るでしょう。温泉で羽を伸ばすのもよいのではないでしょうかね」
 そこまで言うと彼はにこにこと笑い、一礼した後こう締めくくった。
「くれぐれも竜刻の回収をお忘れなく」

品目シナリオ 管理番号1538
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメントはじめまして。
この度WR見習いとなりました、菊華 伴といいます。宜しくお願いします。

これが初シナリオです。
最初からこんなノリです。基本、こんな感じになるかもしれません。

とりあえず
・猿は縄張り意識が強いです
・追い返そうと木の実や枝を投げてきます
・周囲には栗が生えています
・何らかの手段で防いで通り抜ければ二度目は手出ししません

これを踏まえた上で楽しいプレイングをお待ちしております。猿5:温泉5で描写したいです。

あ、最後に。
温泉は混浴なので水着着用でお願いします。

参加者
ネモ伯爵(cuft5882)ツーリスト 男 5歳 吸血鬼
神園 理沙(cync6455)コンダクター 女 18歳 大学生
真堂 正義(csfd3962)コンダクター 男 21歳 学生剣士
フカ・マーシュランド(cwad8870)ツーリスト 女 14歳 海獣ハンター

ノベル

起:温泉は猿攻略の後で
 季節は晩秋に入り、枯れ葉の舞うヴォロスへやってきた4人のロストナンバー達。今回の任務は温泉に眠る竜刻の回収である。少々肌寒いものの、これもまだ見ぬ温泉を思えば耐えることが出来るのだろう。ロストレイルの中であれこれと温泉について語らった4人は震えることなく、和気藹々と未開の地を進むのであった。

「温泉じゃ! 混浴じゃ! いざ征かん約束の地へ! 」
 と張り切っているのは一見最年少に見えるツーリスト、ネモ伯爵。傍らではコンダクター、神園 理紗が肩まで伸びた茶色い髪を揺らしつつ、相棒のオウルフォームのセクタン、ラーウスを撫でながらわくわくしていた。
「ヴォロスの温泉かぁ、楽しみだなぁ! 」
「しかも竜刻つき! これって絶対、特別な効能とかありそうよね」
例えば肌がめっちゃ綺麗になったり……と、ツーリストのフカ・マーシュラントもうんうんと頷く。彼女はサメとイルカを足して2で割ったような魚人の少女であった。
(私の美貌にも磨きがかかるってもんだわ)
 と、1人満足げに考えるおしゃまさん。しかし、理紗は冷静にぽん、と手を打ち
「でもその前に、お猿さんたちをなんとかしなきゃ」
「そうなんだよなぁ」
と相槌を打つのは頭にタオルを巻いたジャージ姿の青年。コンダクターの真堂 正義は頭に乗せたオウルフォームのセクタン、パプリカに突付かれつつも腕を組んでいた。
「それを越えればあとは温泉じゃ。野望の為にもがんばるのじゃ! 」
 ネモも気合充分に拳を握り締める。野望がどういったものかはさておき、楽しみが邪魔されるのは嫌なようだ。耳を澄ますと既に猿らしき鳴き声が風に乗って聞こえてくる。周りを見るといつのまにやら、栗の木が群生している辺りへと差し掛かっていた。
「何がおこってもうろたえるな。 まずは温泉を目指すぞ! 」
 勇ましい正義の声に一同はおーっ! と拳を天に上げる。気合充分なのは皆同じのようである。任務遂行の為にもまずは猿の縄張りを通り抜けなければいけない。4人は慎重に森の道を進んでいくのであった。

 秋という事もあり、ヴォロスの森には美味しそうな果物があちらこちらに実っていた。壱番世界にあるものもあれば、ヴォロス独特だろう珍しいものも……と非常に多彩である。ネモが物珍しそうにそれらを見ると理紗が近くにある木々などから果物を少しずつ採っていた。
「ん? それはどうするのじゃ? 」
「お猿さんたちの説得に使えないかな、と思ったの。なるべく穏便に事を運びたいから」
 心優しい彼女は、あまり猿を傷つけたくないようだった。そんな彼女にネモの心は少しきゅん、となる。
(うむ、このような乙女がワシの後妻になってくれればのぅ)
 なんて考えてしまう。一見少年なのだが、彼は齢一千歳を越える吸血鬼なのだ。口調とボーイソプラノが微妙に合っていないのもその為である。が、それを知らない理沙は弟ができたような気分でネモと並んで歩いている。
(こんな弟がいたら良かったなぁ)
 姉はいたものの妹や弟が居なかった理沙としては、そんな事を思うのだった。なんせネモは愛らしい少年の姿をしている。黒髪も艶やかで天使の輪と呼ばれる輝きのラインが見えるほどだ。2人が並んで歩く姿は年の離れた姉弟に見えなくも無い。互いに色々考えている事には気付かず、それでも猿が近づいていないか、と警戒は怠らない2人だった。
 一方、その後ろを行くフカと正義もまた、色々話しながら道を進んでいた。
「今回、俺達が回収する竜刻は尖っているんだったな」
 正義は用意した軍手を見つつ呟く。フカはそれにちょっと面倒くさそうにぷいっ、とそっぽを向いた。
「まぁ、気が向いたらやっておいてあげるわよ」
「その時はこれを使え。なんか手を切りやすいようだからさ」
 そういって正義が軍手のスペアをフカに手渡すと少女は少し照れたようにありがと、と返す。そんな妙にツンデレっぽいような気がした正義だった。対してフカは辺りを見渡し、よりはっきりと聞こえるようになった猿の鳴き声にふん、と不敵な笑みを溢す。
「心配するんじゃ無いわよ。私のような肉食獣が居れば、連中もそうそう手出しなんてしてくるはずがないわ」
 自分が鮫である事をはっきり自覚しているフカは自信たっぷりなようである。彼女はぱちっ、とキュートなウインクを決めながら
「そもそも、こんなナイスバディな美女に物を投げつけるなんて不届きな猿は」
――ごんっ。
 フカが言い終わらないうちに、しかも正義も気付かない隙に、どこからともなく栗が投げつけられた。思わず呻き、コンチクショー! と叫びつつ蹲る彼女に理沙が駆け寄り、ネモと正義が辺りを見渡す。よく見ると、確かにオラウータンに似た猿たちが木の上から降りてくるのが判る。より激しく威嚇の声を上げながら、彼らはいつの間にか三方を囲むようにして集まっていた。
「無礼者めが、ワシの野望の妨げるものはなんびとたりとも容赦せぬぞ! 」
 現れた猿にギラリ、と犬歯を光らせて笑うネモ。その傍らでは正義がビシィッ、とかっこよくきめにはいる。
「栗の毬程度で俺達の行く手を阻めると思うなよ、怪獣め! 」
「今回の相手はお猿さんです」
 2人に庇われつつも理紗が思わず突っ込んだ。

承:猿VSロストナンバー?
 痛みに思わず涙目になるフカだが、プンプン怒っていた。確かに、いきなり物をぶつけられて怒らない人はあまり居ないだろう。
「もうっ、痛いじゃないの! ブッ飛ばすわよ! 」
 正義とネモの前に勢いよく出た彼女はシャーッ、と牙をむく。それなりに迫力のある威嚇なのだが、いかんせん、フカはまだ小さい子供も同然だった為か小猿たちがぽいぽいと調子に乗って小枝や栗を投げつけてくる。
「させるかっ! 」
 正義がビニール傘を開いてフカを庇い、すぐさまネモが自分の使い魔である蝙蝠と烏を呼び出し、自分はトラベルギアである漆黒のマントを纏って姿を晦ます。
(そんな、話し合う事は出来ないの? )
 急な状況の変化に、理紗は少し後れを取る。辺りを見渡すと縄張りに侵入してきた4人を追い返さん、と大人の猿たちが鋭い眼孔を向けつつ大声で威嚇している。しかし、よく見ていると比較的大人しい猿や小猿連れの母猿達が固まっている場所があった。鋭い目は変わらないものの、黙って様子を伺っている。
「ううん、やらなくちゃ。最初から諦めちゃだめよね」
 理紗は瑞々しい果物の入った籠を手に、その方向へと足を進める。そして庇ってくれた事に対し、正義に礼を述べたフカもまた1つ頷いて立ち上がった。こうして、4人の戦いは幕を開けたのだった。

(相手は動物だ。だったら、コレに弱い筈だよな)
 正義は投げつけられる栗や毬を傘で防ぎつつ、枯れた小枝をキャッチするとその場にあった木の葉と一緒にテキパキと組み、焚き火を始めた。真正面から向かうと見せかけ、松明を作ることで猿を追い払う作戦だ。
「でも、傷つけるのは本望じゃない。上手く逃げてくれよな? 」
 出来上がった松明を片手に猿へ迫る正義。おそらくあまり見慣れていないであろう炎に、血気にはやる猿たちもさすがにしり込みするが、負けじと栗の実などを投げてくる。防ぎきれなかった毬が頬を掠め、僅かに血が滲んだが、気にせず騒がしい方向をちらり、とみれば大柄な雄猿達が蝙蝠と烏に突付かれている。
「ばあっ! 」
 姿を現したネモが、猿たちの背後から勢いよく飛び出す。突然の事に面くらった猿たち逃げようとするも、正義の持つ炎に尻餅をついてしまう。しばらくあたふたしていたものの、脅えた様子で木の上へと逃げていった。
「はっはっはっ! どんなもんじゃっ」
 清々しい顔で笑うネモ。正義は松明を片手に辺りを見渡す。新手が来ないか警戒しているのだ。それに、フカと理紗の事も気がかりである。パプリカの力を借りてその方向を見た限りでは、心配なさそうなのだが。
「一応、まだ警戒しておくか」
「その方がいいかもしれんのぅ」
 正義とネモは頷き合うと辺りを警戒し始めた。案の定別の猿が襲い掛かってきたものの、炎と驚かしの連携で巧みに追い払った。

 理紗は比較的おとなしめな猿たちへ向かっていた。物を投げているのは小猿たちだけのようで、他の面々は攻撃してこない理紗の様子をじぃっ、と伺っている。
「わ、私達はただここを通りたいだけなの。危害は加えないわ」
 そういいながら、果物の入った籠を前に出す。とても美味しそうな旬の味覚に、恐る恐る猿たちは集まっていく。小猿たちがフカと戯れている(ように見える)様子に関しては遊んでもらっている、という認識なのか、少し警戒を解いたようだった。
「もし、通してくれるのならばこの果物をあげます」
 一匹の猿が、正義とネモたちの居る方向を見、理紗たちを見る。そして、目で何かを訴えるように見つめ返してくる。
「大丈夫。彼らも貴方がたを傷つけたりしないわ」
 事実、正義とネモは驚かせはしているものの、猿を傷つけては居ない。蝙蝠や烏も酷い傷を負わせないように手加減していた。
真剣に、切実に訴える彼女の想いが通じたのか、猿たちは果物に集まってもぐもぐと仲良く食べ始めた。理紗がほっとしていると、フカの疑問に満ちた声が傍らから飛んでくる。
「なっ、何故さね? この私の美貌がこうさせるの? それとも捕食者の恐怖が? 」
 理紗が説得している間にもどうやら小猿たちはフカにぽいぽいと栗の実や枝を投げていたようだ。本猿達に威嚇しているつもりは無く、フカは完全に遊ばれている。それに気付かない少女はふっ、と少々愁いを帯びた笑みを浮かべた。
「美しすぎるのも、ある意味問題よねぇ。こんな小猿たちをも魅了して」
――ざっくざっく。
 理紗も唖然。よもや小猿まで毬を投げようとは。痛みに暫らくの間身を縮めて悶絶していたものの、心配する理紗を他所に両手を挙げて叫ぶ!
「んもぅーっ! ダ・レ・よ、毬栗なんて投げてきたばか野郎はーっ! 」
 激昂したフカの様子に大喜びの小猿達は楽しそうにきゃっきゃっ、と笑い声を上げている。シャーッ! と鋭い歯を見せ、更には拳を振り上げ、地を這うような怒声で
「ちょっとシバいてあげるから、森の裏まで来なっ! 」
 と啖呵をきるものの、小猿達にはわかるわけも無く。理紗はこのどこか微笑ましいような、突っ込んだ方がいいような状況をただただ見守るしかなかった。
(森の裏って、ドコなの? )
 なんて、この状況では言いたくても言えない理紗であった。

 そんなこんなで炎の揺らめきに怖気づいたり、蝙蝠やら烏に突付かれた挙句驚かされたりした猿達はなんとか追い払おうとがんばった。しかし、小猿の面倒を見てもらったり、説得されたりした猿達によって窘められる。4人を認めたボス的な猿は群れの仲間たちに撤退を促すような声を上げ、猿達は退散していった。
「こんなもんかな」
 猿達の様子に内心安堵の息を吐きながら、正義は額の汗を拭い松明を消化する。そして、食べられそうな栗を焚き火に居れて焼き始めた。本当は御土産用に栗を拾っていきたかったのだが、時期が過ぎていたのか、食べられそうな栗は少ししかなかった。それを残念に思う一方で「ミミズクって栗、食べたっけ? 」なんて真面目な顔で考える正義。
「大丈夫? 痛まない? 」
「ありがと。もう、平気よ」
 理紗に手当てしてもらいながら、フカは小さく笑う。が、内心では猿に自分の美貌(或いは捕食者としての気配)が通じなかった事が悔しかった。ほんのちょっぴりの涙は傷に薬が沁みるだけでは無いらしい。
「ふんっ、他愛もないわい」
 ネモは去っていく猿達の背中にそう投げかけ、使い魔たちに礼を述べる。そして自分もまた、妙な達成感を心地良く思いながらうーん、と身体を伸ばした。

 栗が焼けたところで4人は再び温泉へ向けて出発した。勿論火の始末をちゃんと行った後に、である。少し進んだ辺りからチラホラと赤く色付いた紅葉や黄色くなった銀杏の葉を見る事ができ、目的地へと近づいているのが判った。
(おお、もうすぐじゃ! もうすぐ野望が果たされる! )
 ネモの目がより輝く。それはフカも同じなのか、機嫌がすっかり直り、頭の中は温泉の事で一杯になっていた。
「さぁて、おまちかねの温泉よっ! 」
 うきうきとした足取りで進んでいく姿はちょっと可愛い。そんな2人を優しい瞳で見つめる理紗と正義は思わず笑い合い、楽しげに頷く。2人の相棒であるラーウスとパプリカもまた、のんびりと肩や頭で寛いでいた。
「この辺りも綺麗だわ」
「奥に進むほど、鮮やかになっていないか? 」
 感嘆の息を吐く理紗。正義はそれに頷きながらも辺りを見渡して首を傾げる。そうしている間にも温泉特有の匂いが4人の鼻を擽った。風に乗って水の音も聞こえてくる。よく見ると僅かに湯煙も見え……目の前に、艶やかな紅葉に囲まれた温泉が見えた。
「これは実に素晴らしい! 」
 ネモが一番に駆け出し、釣られるようにフカ達もまた走り出す。湯煙の向こうに広がる温泉は、優しく出迎えるように姿を現したのだった。

転:わくわく温泉タイム
 温泉の畔から中を覗くと、透き通った湯の中に白い骨のようなものが見えた。あれが、目的の竜刻だろう事は直ぐに理解する。湯船には赤や黄色に染まった木の葉が映り、まるで錦織が広げられているようだった。
「日夜戦い続ける戦士達のつかの間休息、ってやつだな! 」
  正義がびしっ、と意味も無く仁王立ちで決めて笑い、理紗もラーウスと頷きあう。
「早速水着に着替えなくちゃ」
「そうね。まぁ、子供のネモは大丈夫だとして……」
 フカは光景に見とれているネモを見ながら呟き、正義に鋭い眼孔を突きつけて
「真堂、アンタ、絶対に覗くんじゃないわよ。いい? 」
「いや、その前に何も着ていないだろ」
 思わず突っ込む正義。その様子を見たネモは内心、後妻候補が1人だけで残念だ、なんて思いながら溜め息を付くも、手を叩く。
「先ずは着替えじゃ。男が右の茂み、女が左の茂みで着替えるのはどうかの? 」
 彼の提案に賛成し、4人は早速水着に着替える事にした。

 水色のストライプが、赤い世界に映える。キュートなビキニを着た理紗はちょっともじもじしながら現れた。ズボンタイプのアンダーがとても似合う。後ろから来たフカもまたワンピースタイプの水玉水着を纏っており、こちらもよく似合っていた。
「全員着替えたか? 」
 パプリカにこつこつと頭を突付かれながら正義が問うと、おーっ、と3人とも声を上げる。
「竜刻を回収する前に体を洗っておいた方がよかろう。ここは背中の流し合いとしゃれこまんか? 」
「あら、それも楽しそうねぇ! 乗ったわ」
 ネモの提案に真っ先に飛びつくフカ。
「流し合いかぁ。昔お姉ちゃんとしたっけ」
「それじゃ、みんなで流し合いをしようじゃないか! 」
 理紗と正義も賛成し、早速開始。因みに理紗、ネモ、フカ、正義の順で並ぶ事に。順番はジャンケンで決めた事を追記しておく。
(本当にツルツルしているなぁ)
 フカの背中を流しながら正義がマジマジと思う。一見サメの血からザラザラした感触がするだろうと思ったのだが、その意外にその撫で心地はゆで卵のようにスベスベしている。
「ん? もしかしてアタシの美肌に惚れた? 」
 口数が減った正義に、フカがちゃめっ気たっぷりに言ってみる。どこか堂々としている笑顔に正義は思わず苦笑した。一方、理紗はというと洗われるのがくすぐったいのか笑いを堪えている。その様子にネモがのりのりで
「お主も初心よのぅ。よいではないか、よいではないかぁ」
 なんて言うものだからフカや正義も思わず笑いそうになる。愛らしい声と口調のミスマッチがそうさせるらしい。悪戯心の働いた理紗が
「お姉さんに何かあるのかな? 」
 と大人っぽく言えばネモは思わず赤面して「子供の他愛ない悪戯で決して下心なぞは! 」と全力で否定する。その様子も可愛くて思わずほっこりとした気分になった。

 こんな具合でわいわい言いながら背中を流し、身体を綺麗にした4人はいよいよ竜刻を回収するべく、温泉へと入る事にした。今回の任務はあくまでも竜刻を回収すること。決して行楽だけが目的ではないのだ。

結:紅葉に抱かれし温泉で
「気持ちいいなぁ」
 思わず理紗が口にする。しゅわしゅわと微炭酸の温泉は、疲れた身体にとても心地良かった。このままのんびりしたいが先ずは竜刻の回収が先である。
「すっごく判りやすいわね」
 フカの言うとおりで、竜刻は温泉の真ん中に突き刺さっていた。他に見間違えるようなものは無く、猿さえどうにかすれば本当に回収は容易かったのだ。しかし、予想よりも強く刺さっていた為、理紗と正義の2人がかりで漸く引き抜く事ができた。温泉から引き上げたそれは鋭く、素手で抜いていたら傷つけていただろう。
「これで任務完了、だなっ! 」
 とポーズを決めようとする正義だが温泉の中だと気が緩んでしまう。竜刻を岸に置くと4人は任務達成! とばかりに緊張感を完全に手放した。

 極楽極楽、とフカが身体を伸ばしていると傍らでネモが小さく呻く。
(ふぅ、老体に熱い湯が沁みるわい)
 本人は寛いでいるようだが、フカはネモの胸にある古傷が痛んだのかと思った。
「アンタ大丈夫? それが痛むの?」
 傷に目を向けつつ放たれた彼女の問いに、ネモは笑って首を振る。
「大丈夫じゃ。これは名誉の勲章でな、昔ちょいとばかしエクソシストとやりあったもんじゃ」
 勿論返り討ちにしたが、と不敵に微笑む少年。フカはそれに何かを感じたのか小さく感嘆の息を吐く。
「私も狩りで傷を作った事があるわ。ふふ、アンタもなかなかやるのね」
 ふっ、と何処か遠い目で過去を思い出しつつ景色を見やる。どこもかしこも鮮やかな紅で、空は澄み切った水色。このコントラストに思わずうっとりとなる。
「いやはや、絶景かな絶景かな」
 自分の子や孫にも見せてあげたかった、と思いつつネモもまた溜め息を付いた。

 焼いた栗の実を食べながら、正義は温泉を楽しんでいた。勿論、パプリカを頭に乗せて。このセクタンはどうも彼の頭を突付く事が愛情表現らしい。今もこんこん、と愛らしく突付いている。
「ふぅ、温かいなぁ。気持ちいいね、ラー君! 」
 理紗がそう優しく問えば、ラーウスは愛らしくほぅ、と鳴く。彼女は相棒を持ってきた桶に入れて浮かべ、一緒に楽しんでいるようだった。
「いい景色を眺めながら温泉が楽しめる。実にいいな。正義の味方の休息にもってこいだ」
「そうかもしれませんね」
 正義の穏やかな言葉に相槌を打った理紗であったが、振り返った途端少し固まった。バタ足競争をしていたネモとフカがその様子に気付き、不思議そうに正義を見つめ……思わずぎょっ、とした表情になる。
「ん? どうしたんだ? 」
 正義がきょとん、とした様子で3人を見つめるがその理由は、額から流れる血。原因はパプリカである。突付かれすぎて血がながれていたのだがコレは彼にとっては日常茶飯事だった。

 こうして、晩秋の一日は過ぎていく。4人はたっぷりと温泉を楽しんだ後、竜刻を持って停留所へと歩き始めた。小腹を焼き栗で満たしつつ進むその帰路は、どこか優しい秋の匂いに染まっていた。

(終)

クリエイターコメントこんにちは、菊華です。
今回はシナリオに参加してくださり、まことにありがとうございます。

初シナリオという事もあり、ちょっと緊張しております。皆さまの魅力が少しでも引き出せていたのならば嬉しい事です。

実は「誰も竜刻回収の事を忘れていないだろうかなぁ……」なんて不安があったのですがそう言うこともなく、安堵しております。

それでは、また縁がありましたら宜しくお願いします。本当にシナリオ参加、ありがとうございました。

追伸
もう、季節は冬になっていましたね。
公開日時2011-12-07(水) 21:20

 

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