ターミナルの駅舎2階。 トラベラーズ・カフェはロストナンバーの憩いの場の一つだ。 世界図書館が冒険旅行の内容を幅広く募集するようになってから、酒場的な役割のこのカフェには新しい冒険を求める多くの旅人が訪れ、とても賑やかになった。――飲み物やスナックを購入する者も多い。つまりトラベラーズ・カフェの売り上げはうなぎ登り! 隅のテーブルで喧噪を眺めながらアルド・ヴェルクアベルは、そんなどうでもよい思考に羽根を伸ばしていた。――ターミナルの中ということは、カフェの運営は世界図書館が直接やってるんじゃないかな……つまり僕らに冒険旅行の内容を考えさせるだけで、図書館が儲かる。 アルドは肉球のある銀色の手で上着のポケットから輸血パックを取り出し、ストローを差し込む。 輸血パックは医務室から失敬してきたのだ。 瞳孔の細い大きな目を細めると、チュチューっとジュースのように血を呑みだした。 尻尾がゆるりと揺れ、尖った耳が時々ピクピクする。「ぷはぁ。アリッサぼろ儲けー!」「なぬ、おぬしも吸血鬼か?」「んん?」 アルドが声の方に顔を向けると、そこには美しい灰色の髪の少年が自分の手元を凝視していた。 金色の瞳はアルドと同じように瞳孔が細い。白いドレスシャツに黒いマントを羽織っている。 口元から牙がチラリと覗いた。「わしはネモ伯爵。齢千歳を超す誇り高き吸血鬼である! おぬし、このような所で、人に返すべき血液をチュウチュウチュウチュウと、吸血鬼の誇りは無いのか!」 黒いマントを片手で払い、ネモは胸を反らして言う。 言葉づかいは渋いが、見た目はお子様である。 アルドは不機嫌そうに牙を剥いた。「そういうキミが持ってるのはココアみたいだけど。それって誇り高き吸血鬼に流行ってるの?」 売られたケンカは買うもんだ。「なっ! ココアは美味しいぞ! 血なぞ後味がエグくて好まぬわ!」「ココアは美味しいけど、その姿で誇りどうこう言われてもね」 甘党の二人の見解は一致している。ココアは悪くない。が、相手はいけすかない。「ふん、やはり縄張りに吸血鬼が二人居るとなれば、どちらが上かきちんと分かっていた方が良いようじゃの。よろしい、どちらが最強の吸血鬼が決めようではないか!」 ネモの金色の瞳がきらりと光る。「最強とか興味無いけど……遊び相手にならなってあげてもいいよ」 アルドが放った血液パックがごみ箱へ落ちた。 ターミナルに、「無限のコロッセオ」と呼ばれるチェンバーがある。 壱番世界・古代ローマの遺跡を思わせるこの場所は、世界図書館の用意した訓練施設だ。ロストナンバー同士の模擬戦闘にも利用できる。 平素のコロッセオは石造りの簡素な構造だが、特別な戦地を再現する機能も備わっている。また「熱狂する観客」「荒れ狂う嵐の空」など、闘技場内に幻影で演出効果を付加することも可能だ。 今。 「無限のコロッセオ」は、濃紺の夜空。 明るく白い月に照らされるのは薔薇の園。 石畳の小道や白い東屋が冷たく光る周りに、全てを埋め尽くすような薔薇。 その全てが―― 赤。 赤い。赤い。赤い。赤い。赤 ――! 幻影のはずなのに噎せ返る程の香りを感じる。 薔薇の香ではない。 温い風が吹き、花が歓声を上げる。 ――踊れ 踊れ 求めよ 求めよ。 花弁が一枚。 ぽたりと落ちた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>アルド・ヴェルクアベル(cynd7157)ネモ伯爵(cuft5882)
赤い赤い薔薇の園で、ネモと対峙したアルドはため息をついた。 「薔薇園か……」 思い出すのは烙聖節の夜。苦くて苦くて甘い甘い思い出。 コロッセオに沁みつくあの匂いが記憶を強く呼び起こさせて、銀色の毛の下で眉間に深い皺を寄せる。 「粋な舞台を用意してくれたものじゃ、感謝せねばな」 対するネモは舞台を楽しむかの様に余裕を持った表情。白い月の光に口元から覗いた牙が光った。 「じゃあ教えてもらおうか、吸血鬼の誇りってヤツを」 アルドの口元にも牙が覗く。自分は獣王の子であるのだから、牙があるのは当たり前と思っていた。しかし、ネモの牙を見てその共通性に毛が逆立つ。 ――これは血を吸う為のものか。 認めたく無いがどこまでも自分は吸血鬼なのだ。最近芽生えてきた自覚は諦めのように鈍く重い。 「遊びと言った癖に、随分真剣な顔をしておるのぉ」 余裕たっぷりに言われた言葉にアルドは頭がカッとなる。ピクピクとヒゲが神経質に揺れたが、ゆっくりと息を吐きクールダウン。 「そんなことないさ! そっちからおいでよ!」 「ふむ」 その言葉にネモは嬉しげに頷くと、 ――ブツッ 自らの指に牙をたてた。 そのまま手を前に突き出すと地面にポタリと血が落ちる。 ――パッ 地に落ちた血液は瞬時に赤白く光り、線となり円を描く。 円の中にも模様が浮かび上がり、密度が高まるとともに光が強くなる。 「ゴーレム召喚! アルドを襲撃じゃ!!」 声とともに闇がせり上がりゴーレムが生まれた。 「サイズは3、4m……ってとこかな?」 アルドが間合いを測る。ゴーレムは体に対して腕が長くリーチが長そうだ。それに動きの速さの予想がつかない。臆しているように見えないように、軽く拳を構えながら少しずつ後ろへ跳ぶ。 「さぁゴーレムよ! あんな面憎い猫などお手玉してやるのじゃ!!」 ゴーレムの眼が赤く光る。 ――ガシッ 「む?」 ゴーレムの腕がネモを掴む。 ――ブンッ! 「ーって、低能ゴーレムめぇーーー誰があるじであるわしを投げろと言うたぁああああーーーーーー!?」 「にゃにゃっ!?」 アルドはロケット砲の如く飛んでくるネモがぶつかる寸前に体を霧状に変化させた。 ネモはそのまま薔薇の生け垣に頭から突っ込む。 ――パササササ ふと周囲の闇から生まれ出るように蝙蝠の群れが現れ、破壊された生け垣に集まりだす。 「おお、下僕ども。大丈夫じゃ。苦しゅうない」 蝙蝠たちに助け起こされ、ネモは瓦礫と化した生け垣から起き上がる。生け垣の惨状にも関わらず、ネモには大した傷が見受けられなかった。 「いきなり自爆するなんて、誇り高い吸血鬼ってやることが違うね」 「くっ、今のは、えー意表を突いた頭突攻撃じゃ」 キィキィと蝙蝠たちが同意するように鳴く。 パンッとネモは服を払った。 「次はアルドの番じゃぞ」 「言われなくても」 アルドの姿が掻き消える。一気に周囲に霧が立ちこめるのを見て、ネモがふむと頷いた。 「先ほどもやっておったが、霧化か。して、攻撃はどうする?」 ――カカカッ ふわりとネモとゴーレムの間に姿を現したアルドが丸盾を構えると、装飾の宝石が飛び出しゴーレムの片腕を貫き千切り落とす。トラベルギアの【ナイトフォーンド】だ。 魔力を持った石が盾に戻ると、アルドの姿がまた霧に消える。 「うむ。ヒットアンドアウェイというわけじゃの」 ネモは動かず、霧の流れをじっと眺める。 時折現れ消えていく銀色の猫。 「ふんっ」 ネモがばさりとマントを振るうと、アルドが放った宝石が弾かれた。 「そういう見え透いた攻撃は、わしのトラベルギアで無効化できるのじゃ」 「ズルいなぁ。でもそっちも僕が姿を現さないと、攻撃できないんじゃない?」 「裏の掻きあいというわけじゃな」 「面倒くさいなぁ」 「わしもそう思っておった」 ニヤリとネモが笑い指を噛む。と、今度はネモの姿が消えた。 「!?」 アルドは焦り、霧に紛れながらも神経を張りめぐらす。恐らくは何かしらの魔法。姿を消す魔法……? 違和感。 スパーク。 アルドは体を裂かれるような痛みを感じ、慌てて霧から体を戻し地に転がる。 手早く四肢の確認。ある。 「なんじゃ、慣れてないようじゃのう」 ぶわっと強い風が吹き、周囲の霧を飛ばす。ネモはゴーレムの上に腰かけて見下ろすようにアルドを見ていた。 「霧化など、吸血鬼の基本じゃろうて。わし位の者ともなると、相手の霧に干渉も出来るのじゃ」 ふんぞり返って言うネモを睨みつつアルドは冷や汗に湿った毛をこすった。霧の獣王で有り吸血鬼である己の父を思い出そうとしたが、霧化に干渉するなんて聞いたこともなかった。ネモは吸血鬼に慣れている。経験で劣るのは厳しい…… 「なんじゃ黙りこくって。慣れてないなら慣れればいいのじゃ。まぁのんびりとフワフワしてれば容赦はしないけどのう」 ゴーレムが動く。 低い重心のまま残った片腕を伸ばすように振るう。 アルドはいつもの癖で霧化し攻撃をすり抜けさせた、そこにネモが変化した霧の塊が追うようにぶつかってくる。バチバチと紫の火花が散る中、自分の幻影を生み出す。デコイ。本体は薄く散らしさらに下がる。 ネモは実体化し、伸ばした爪で幻影を切り裂く。金色の眼が笑っている。体勢は崩れない。バレてる。さらに霧化。追う。ゴーレムが遅れて体勢を戻し、腕を振り上げたまま追随する。 「……っと!」 霧の干渉は防ぎ方がわからない。再度霧が銀色に形作られると。ゴーレムの腕が鞭のように繰り出される。瞬間、ネモに黒い霧が吹きつけ視界を奪う。振りぬかれるゴーレムの腕の先は幻。 ――ガガガガッ!!! アルドは霧のままゴーレムの背後に抜けると、【ナイトフォーンド】でゴーレムの足を砕いた。ゴーレムの近くに居たネモも視界を一時的に奪われ、放たれた宝石の弾丸を弾くことが叶わない。 ズーンと音を立てて倒れるゴーレムの上に、ネモは黒い霧をうるさそうに払いながら実体化する。 「速いのう。若さかのぅ。しかし息切れしているようじゃぞ」 アルドは言葉を返そうとしたが、背中を石畳に叩きつけられ息が詰まる。 喉元に迫る牙を見て、慌ててネモの頭を片腕で抑えた。 「同族の血の味に興味があったのじゃ。 ひょっとしたらココアより甘いかもしれんしの?」 ネモの首がくつくつと笑いに揺れるのを見て、アルドは体のバネを使い無理やり上半身を起こし逆に首に噛みつこうとする。ネモはアルドを掴んだまま横に転がりカウンターを避けた。 「ナイトフォーンド!」 アルドから至近距離での宝石の散弾が飛ぶ。 「ぐっ」 ネモの貫かれた体から血がバタバタと落ちる。使い魔の蝙蝠たちがアルドの視界を隠し、アルドは一旦後退。口元に跳ね付いたネモの血液をべろりと舌で舐めとる。 「甘いね」 言葉は血の話か、戦いの話か。 ネモはずるりと体を起こす。目が怒りに燃えていた。 「若輩者がバカにしおってからに……」 蝙蝠がネモの周りを飛び回る。噴き出すような魔力の気配にアルドは全身の毛を逆立て警戒した。 金色の瞳に一瞬魅入られたような感覚が有り、首を振ると。 幼かったはずのネモの姿が青年に変わっていた。 「魔力の消費を抑える為に幼い姿となっておったが、猫と遊ぶには適しておっても、お仕置きするには向かないからのう」 ネモは上品に口元をあげる。幼い姿の時の笑いは子供らしい生意気さを含んでいたが、青年となった今は美しい顔立ちに冷たささえ感じさせる。 「さぁ跪け、許しを請え。 これなるは宵闇の寵児、新月の覇者ネモ伯爵じゃ!!」 漆黒のマントがはためくと、先程落とした血が発光し、蔓のように薔薇園の石畳を這い広がる。 強風。 薔薇の赤い花弁が舞い散り、アルドの視界を奪う。 一瞬隙間から見えたのは、月の様に美しい青年が踊るように爪を振るう姿。 ――キンッ 耳が拾ったのは、ネモの爪が自分の首を切り裂く音より、首より下げていた紅い猫の瞳を象ったペンダントが石畳に落ちた音だった。 「う、ぐぅ……」 首元からは血があふれだし、黒い服が血を吸って重くなっていく。 血が。 血が。 勿体無い。 「おお、すまん。ちょっと本気を出し過ぎたようじゃ。しかしあまり同族の血も美味くないのう。同じ美味くないなら、やはり可愛らしいオナゴの血のほうがいいかのう」 爪についた血を舐めとりながら、ネモはすっかりくつろいだ様子でそう言った。 美しい顔で爪を舐める姿は妖しくエロティックだ。 「……要らないならおくれよ」 ぽつりと、アルドが呟く。 「僕は吸いたくて吸いたくて吸いたくて吸いたくて……仕方がないんだ」 銀色の瞳が、緋色に変わっていく。 乾き、渇望、望み望み望んでしまう衝動。 自分が欲しているモノが、 自分の大切な者の中に流れていると言う事実。 「正直言うとさ……血が好きじゃないとか言えるキミが羨ましいよ。 僕は好きで血を吸ってるワケじゃない……こんな渇望、早く消したいんだ!」 「……む」 ネモはアルドの吐きだすような言葉に、警戒をしつつも憐れみを感じる。アルドのような悩みは転化したばかりの吸血鬼に時折見られ、吸血鬼の自死の理由にも成り得る。 周囲に導いてやれるような同族がなかった、あるいは少なかったのか…… 考えを巡らしている間にもアルドの瞳の赤が強くなっていく。 ぶつぶつと呟かれる言葉はもはやネモに向けられているかもわからない。 「……あー、そうだ。 吸血鬼の血を吸えば、この渇望も少しは抑えられるかな……?」 アルドの瞳が光る。 「ぐ……ぐうぁあああああ!!」 突然己の体が発火し、ネモは地面に転がる。 直前に見た緋色。 強い魔術による精神汚染とも言える幻覚だ。 ネモは爪で自らに傷を作ると幻を打ち消す魔術を練る。 その間にもアルドは転がるネモに襲い掛かり、暴れる獲物の首元に強引に噛みつこうと牙を剥く。ネモが伸ばした爪を振るうのにも怯まず、抑えつけた肩に爪をめり込ませる。 ――キキッ 「下がっておれ!」 加勢に来た蝙蝠に声を飛ばしつつ、近くにゴーレムを召喚。 「邪魔だよ!」 アルドが腕を横に薙ぐように振るうと爪から飛んだ血液が刃となり、蝙蝠やゴーレムに突き刺さる。蝙蝠が数匹地に落ちた。 「よくも我が僕を……そも吸血鬼の血を吸ったところで、欲求が抑えられるなんぞ聞いたことがない……」 「やってみないと、わからない……!」 首の傷から滴っていた血液がパキパキと刃を形作り、ネモを切り裂こうとする。体を使った攻防だけではなく、生まれる傷から流れる血を使った魔術による攻防が可視不可視双方で複雑に展開されていく。 周囲で魔力が干渉し合い、バチバチと火花を放つ。 「ふーーーーっ!!!」 毛を逆立させ、口が裂けそうな程牙を剥くアルドの形相は、まさしく鬼のようだ。対するネモの顔は痛みに歪んではいたが美しい。 「馬鹿者め……吸血鬼に必要なのは……」 鈍い音を立ててネモの肩の骨が砕けた。再びアルドの牙が首元に迫る。 「プライドじゃぁあああ!!!!!!」 ごっ。 ネモが勢いよく起こした頭が、アルドの額にめり込んだ。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 「……首のとこ、やっぱりちょっと禿げてる気がする」 幻の薔薇園は丁寧にも白々とした朝の光を再現していた。 首元の傷を周囲をちょいちょいと触って確かめながらアルドはぼやく。 ネモの石頭によってあっさりと昏倒し、目が覚めたら石畳の上にマントをかけられ寝かされていたのだ。 「誇りを教えてくれるとかって話だったのに、プライドが必要とか、何か支離滅裂でわけわかんないしぃー」 グゥと腹の虫が鳴る。大量の魔力を使った為、体が血を求めている。 しかし白けた朝の空気のせいか、渇望と言うには気だるい鈍い衝動だった。 ボトリ、と、頭の横で音がして、顔を向けて確かめると血液パックが落ちていた。 「腹が減っているかと思って、貰ってきたのじゃ」 ネモは既に子供の姿に戻っており、アルドの横に行儀よく座ると自分の分の血液パックにストローを差し込む。 「ネモも輸血パック飲むんじゃん」 「伯爵と呼べ馬鹿者。非常時は仕方なかろうが」 アルドは輸血パックを掴む。ぶよりとした。液体の触感。 「僕は血ぃ吸いたくないって言ったじゃん」 拗ねたような口調は半分滲んで歪んでしまった。 口で何と言っても、吸いたくて吸いたくて仕方が無いのだ。 それが辛い。 ネモは気まずげにアルドにかける言葉を探す。 「アルドは転化したばかりなのかのぉー?」 太陽と同じくらい白々しげな口調になった。 「僕は生まれつき吸血鬼なんだ。父が吸血鬼で」 「ほお」 ……何歳くらいなのか、獣人の見た目については疎いし、そもそも別の世界の生まれだろうし、ロストナンバー歴も良く分からない。まぁわしよりは若そうだが……。 ネモは年長者として、慎重にアドバイスの内容を選別していたが、ふとポケットに入れていた拾い物を思い出し、アルドの胸の上に置いてやる。 「そうじゃ、これを拾っておいたのじゃ。すまんの、紐を切ってしまった」 紅い宝石の入った猫の瞳を象ったペンダント。 「これ、僕の父の血を固めたものなんだ。僕が誰彼構わず噛み付こうとするから、それを抑える為だって。気休め程度な気もするけど……」 「そんなことはないじゃろう」 実際は効果があるかはネモにはわからない。ただ、信じれば効くということもある。 「何でそんなに血を吸いたくないのかのう。わしはエグくて、あまり好かんのじゃが、アルドは血の味が嫌いじゃなさそうだしのー」 軽く探るように問う。 「血に狂っているカンジがする」 「うむ……」 恐らくアルドの吸血衝動は理性を吹っ飛ばす程強いのだ。ネモは既にそのようなことがあったかも忘れてしまったほど、長く生きて慣れてしまっている。 ネモは己の過去や昔の同胞のことに思いを巡らせたのち、遠慮がちに聞いた。 「自分の牙で傷つけたくない相手がいるとか……」 …… したりしたり。 「え、え、友達はみんな傷つけたくないよ??」 アルドはあたふたとしながら、思わず血液パックを口にした。甘い。美味い。 「うむうむ。とりあえず、欲求に負けたくないと言う心意気はグーじゃ。まぁ後はやはり気の持ちようが一番かのう。吸血鬼たるもの 美しく! すまぁとに! 感謝の念を込めて! 生命の液体を頂戴する行為に及ばねばならぬ。それをゆめゆめ忘れることなく、精進しつつとりあえず喜んで血をくれる妻をゲットじゃ」 「えぇえええ!? 絶対今の発言最初と終わりが繋がってないし!?」 「腹がいっぱいなら余計な衝動も抑えやすいじゃろう。一石二鳥」 「いやいや吸いたくないんだってば!」 「完全に吸わない方法なんてわしも知らんし。でも妻が居た時はなーもう満たされておって、そんな血を吸うとか吸わないとかグフフ」 「えええええ」 怪しい思い出し笑いを浮かべる美少年にアルドはちょっと引いた。 「まぁ色々先輩が相談に乗ってしんぜよう! わしとおぬしは姿形も違うがやはり吸血仲間じゃからのう、わしの豊富な経験で何とかなるとこは何とかなるのじゃ!!」 偉そうに胸を反らしたネモの『吸血仲間』と言う表現にアルドは少しだけ胸が軽くなるのを感じる。 吸血「鬼」と言う表現は好きではないけれど、「仲間」という響きは何となしに心強い。 「うー、じゃあよろしくお願いいたします。ネモ先輩」 「うむうむ安心して頼るがいいぞ」 「噛みたくなったらごめんね?」 (完)
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