そういえば今年って辰年だよね。それに合ういい話があるんだよ、ナルヴィク。モフトピアのある浮島には12年に1度会える幻の龍アニモフってのが居るってさ。し・か・もそいつが現れるのは今年らしいぜ? 会えたらご利益があるみたいだし、行って見たらどうだい? そう、ナルヴィクが聞いたのはバイト先での事だった。が、彼としては半信半疑だったりする。 (ま、会えたらいいかな) と内心思いながら辺りを見渡すとアニモフたちが雪遊びに興じていた。雪だるまを作るアニモフ、そりに乗るアニモフ、かまくらを作るアニモフ……。やはり、平和に遊ぶアニモフ達を見ると心が和む。 「かわいいなぁ! やっぱりアニモフってかわいいっ! 」 一方、一緒にモフトピアへやってきた志野 菫はころころとしたアニモフを見、とても喜んでいた。そんな彼女を優しい眼差しで見ていたナルヴィクは1つ頷く。 「この子達に龍アニモフについて聞いてみるか」 「それがいいかも。何か知ってるかもしれないわねぇ」 2人は集まってきたアニモフ達に龍アニモフについて聞いてみる事にした。すると、集まった殆どのアニモフ達がその事について知っていた。 「うん、ぼくたち知ってるよー」 「めったに会えないけど、会ったらアタシたちと遊んでくれるの」 仔熊と仔猫のアニモフがそういい、周りのアニモフ達もうんうんと頷く。が、彼らの言う事には、いつ現れるのかはわからない、という事だった。 「ねぇねぇ、遊ぼうよ~」 「あっちにいろいろおもちゃがあるんだよ! 一緒に雪遊びしようよ! 」 アニモフ達は2人の服を引っ張って遊んでほしい、とおねだりする。よく見ると、広い雪原の先にはそりに使えそうな木の板や枝が生えていた。それを取って遊んでいるようだ。また、スキーやスノーボードに使えそうな氷の板もある。 「折角来たんだし、思いっきり遊ぼうよ! ね? 」 アニモフ達にメロメロな様子の菫がそういいながらウインクする。ナルヴィクが小さく頷くと菫は彼の手を引き、アニモフ達と一緒に雪原へと走っていった。 (まぁ、たまにはこういうのもいいかもしれないな) 手を引かれながらも思わず顔が綻ぶナルヴィクであった。 まず、2人がチャレンジしたのは氷のスノーボードだった。アニモフの1人が菫にだっこされたまま説明する。 「ここの氷はねぇ、薄いけど丈夫なの。でねぇ、足がぺたーってひっつくから滑るのにちょうど良いの~」 よく見ると、薄い板は二種類あった。スキーに向いている細い物もあり、ストックにちょうど良い木の棒もある。 「どっちもおもしろそう! どうしようかなぁ」 菫はアニモフたちがきゃっきゃっとはしゃぎながら遊ぶ姿を見つつ、考える。そんな姿をナルヴィクは穏やかな優しい眼で見ていたものの足元のアニモフ達は服の裾などをひっぱって一緒に遊ぼう、と誘ってくる。 「菫はどうする? 俺はスノボーからやろうと思うけど」 「それじゃ、私はスキーからやってみようかな」 薄い氷の板を手に問うナルヴィクに、菫は1つ頷く。こうして2人はそれぞれスノボーとスキーを持ち、ちょうど良い丘へと登っていった。 「ここからねぇ、ぐーって滑ると気持ちいいよ」 猿のアニモフがそう言って、スノボーで滑っていく。途中の段差を利用して一回転し、着地する様に菫は目を輝かせた。 「うーん、こんな姿もかわいいなぁ。私もこれくらいかわいければなぁ」 (いや、充分かわいいと思うけどな) 菫の言葉に肩を竦めたナルヴィクは口笛を1つ吹き、早速スノボーで滑り始めた。それに触発されたのか、菫もまた追いかけるように滑っていく。 「実は初めてやるんだよな」 そう言いつつも勢いをつけ、軽くジャンプするナルヴィク。くるっ、と宙返りをするとこれまた綺麗に着地し、銀のシュプールを描いていく。それに歓声を上げるアニモフ達。菫もその様子に感嘆の息を吐き、やる気を漲らせる。慎重に滑っていたのだが少しだけスピードを上げてみる事にした。両足に少しずつ力を入れ、重心をずらしていくと確かに少し早くなった気がする。 「この調子なら最後まで……って、わあっ!? 」 と、突然加速する菫。近くを滑っていたアニモフたちを辛うじて避けるものの、大きくぐねぐねと蛇行する。 「わああ! お姉さぁああああん! 」 羊のアニモフが叫び、先に下りていたナルヴィクもそれに気付いたがとき既に遅し。菫はぼふっ、と派手に転がって雪塗れになっていた。艶やかな黒髪や愛らしいスノーウェアに綿帽子が付いているように見える。 「そういえば私、体育の成績、五段階評価、いつも二だった……」 ちょっとしょんぼりしながら雪を払う菫に、ナルヴィクが手を伸ばす。少しはにかみながら彼の手を取ると、菫は擽ったそうに「ありがとう」と言った。 「大丈夫! 練習すれば滑れるよ!」 「ホント? 」 先ほどの猿アニモフに励まされ、少し元気になる菫。彼女はもう1度やってみよう、と立ち上がった。ナルヴィクもその様子に安堵し、一緒に雪の坂道を登っていく。 「さっきのでコツは掴めた気がするわ。よし、次は滑りきるわよ! 」 「その調子、その調子。 そのうち上手くなるさ」 こんな調子で2人は暫らくの間スキーやスノボを楽しんでいた。アニモフたちにも応援され、菫は何度も転んだものの1時間もすれば上手に滑られるようになっていた。ナルヴィクもまたそんな姿を温かく見守っていた。 ちょっと休憩しよう、と言ったのはナルヴィクだった。彼は持ってきたサンドウィッチを菫と分け合って食べる。 「こういうのもたまにはいいよな」 「そうねぇ。ピクニックみたい! 」 菫が持ってきた水筒からコーヒーを注ぎながら頷く。が、少し濃い目に作ってしまったらしく、砂糖とミルクが欲しくなった。持って来ればよかったかな、と菫が思った矢先、アニモフの一人が雪をすくって食べ始めた。 「ここの雪はねぇ、甘いミルクの味がするの」 「おねえさん達も食べてみて~」 誘われるがままに口に含んでみると、ミルクキャンディーのような柔らかな甘さが口に広がる。例えるならばミルクを綿菓子にしたような物だった。それなのに解けてもべたつかない。モフトピアの自然というものは実に不思議である。 「へぇ、かわった雪だなぁ」 ナルヴィクがそういいながらもう1口雪を口にする。一方の菫は温かいコーヒーに雪の塊を入れてみた。すると、カフェオレのようになり飲んでみると程よい甘さとまろやかさがプラスされていた。 「! これなら飲みやすくていいわ」 ナルヴィクにも奨めてみると、彼もまた「おいしい」とにっこり。アニモフたちにも好評だった。まぁ、折角ほかほかなのに少し冷めてしまうのが欠点であったが、それでも美味しいランチタイムに彩を添えたのには変わりなかった。 食後、少し休んだ2人はスノボとスキーを片付け、こんどはそり遊びをする事にした。そりにちょうど良い木の板を取ると、菫はアニモフ達と一緒に丘を登り始めた。 「きゃあああああっ! 」 空に菫の声が響き渡る。アニモフたちと一緒に乗ったそりは意外と早く坂を下り、雪の塊にぼふっ、と思いっきり突っ込んでしまった。 「……だ、大丈夫か?」 「う、うん。ちょっと勢い付けすぎたかなぁ」 ナルヴィクが雪に埋まった菫やアニモフ達を助けだす。雪塗れになりながらも皆、楽しげな笑顔を浮かべるので思わず苦笑してしまう。 「大丈夫なのー」 「今度はお兄さんも一緒に滑ろうよ」 俺も? ときょとんとする彼に菫は頷きそりを渡す。 「はい、交代! 次はナルヴィクさんだよ」 そりを受け取るとナルヴィクはアニモフ達に連れられて丘の天辺まで進む。丘の麓では菫や他のアニモフ達が手を振っているのが見えた。 「それじゃ、いくぞ! 」 そりに乗るとアニモフ達を後ろに乗せ、思いっきり雪を蹴る。勢いに乗って風を切り、そりは矢のようにシュンッ、と滑っていく。流れるように過ぎる光景も白く、風に乗って雪の粉が飛んでいく。 「キレイなの~」 そんなアニモフの言葉が聞こえたかと思えば、思いっきり雪の塊に突っ込んでいた。今度は菫達がナルヴィクたちを助けだす。 「ぷはっ! あー、死ぬかと思った……」 「私の時より勢いがあったからねぇ」 そう言いながら助け起こす菫であったが……ナルヴィクの様子に思わず噴出す。よく見ると周りのアニモフ達もまた思わず笑っている、という雰囲気だった。不思議そうに見つめる彼に菫はポケットから鏡を取りだして見せた。 「おじいちゃんみたぁい」 全ては傍らに居た犬アニモフの言葉に集約されていた。 雪を払ったナルヴィクは気を取り直し、菫と交代した。 「よーし、いっくよーっ! 」 意気揚々と滑り出す菫。先ほどよりちょっと大人数のアニモフ達を後ろに乗せ、速度を落としてみる。それでもなかなかのスピードでそりはすべり、歓声が響き渡る。 「わぁい! わぁい! 」 アニモフたちを乗せた菫のそりは軽く跳ね、雪の飛沫が風に舞う。笑顔のまま再び雪に突っ込むそりをナルヴィクや他のアニモフ達が出迎える。そんな楽しそうな光景にナルヴィクは1つの事を思いついた。交代で使っていたそりよりも一回り大きいそりを見つけると、彼は菫に 「今度は皆で乗ってみないか? 」 「うん! 私もそうしたいって思っていたの。皆で滑ろうよっ! 」 2人の提案に、アニモフ達も大喜び! 今度は皆で丘を登る。わいわいとお喋りしながら付いてくるアニモフ達にやはり菫は頬を赤くするほどメロメロになり、顔を綻ばせる。 (本当に、かわいい物が好きなんだな) ナルヴィクは優しい気持ちで菫を見、龍アニモフの事はさておき、ここへ来てよかったと心から思う。 「さあ、行こう! 」 彼に誘われ、菫が頷いて前に座る。アニモフ達も後ろに集まり、ナルヴィクは力強く雪を蹴った。さすがに最初のうちはゆっくりとした滑りであったが、徐々にスピードを上げ、最後には今までの中で一番早く、そして大きな力で……みんな雪の中にぼっふり、ふっとんだ。そして雪塗れになった顔を見合い、大きな声で笑い合った。 そうして心行くまで雪遊びに興じていたナルヴィクと菫だったのだが、いつの間にか日が沈み始めていた。そろそろ帰らなくてはいけない。 「そういえば、龍アニモフは来なかったわね」 菫が寂しげに呟き、アニモフたちもそうだねぇ、と残念そうに言う。が、1人離れた場所に居たナルヴィクは東の空からなにかが来るのをじっ、と見ていた。 「なぁ、あれ……」 指差した先を、菫たちも見る。なにやら長い物がこちらへ向かってきている。どこからともなく幻想的な音色が響き渡り、キラキラと光の粒が流れてくる。その美しさに見とれていると、1人のアニモフが言った。 「来たよ! 龍アニモフがやって来たよっ! 」 4本の爪と、透明な水晶玉をもち、金がかったクリーム色の鱗をした……東洋の龍っぽいものがゆったりのんびりやってくる。 (え、ちょ、マジ? ) はっきりと見えた途端、ナルヴィクの目が丸くなる。思わず興奮し、身体が震えるのを感じた。 「マジで本当にいたんだ! 龍アニモフとか! えぇっ、マジかよ! 」 「ホントだよっ! わぁ、ホントだったんだねっ! 」 息を飲むナルヴィクと菫の周りで、アニモフ達が歓声を上げて出迎える。龍アニモフは悠々とその浮島を一周すると、菫たちの元へとやってきた。そして、優しい瞳で見渡し、笑顔を浮かべた。 「皆、いい子にしているかな? 私はみんなに幸せを運ぶため、願いを聞くためにやってきたよ。さぁ、聞かせておくれ、みんなのお願いを」 ゆったりとした口調で語りかける龍アニモフ。アニモフ達は次々にお願い事を言っていく。それに混じって菫もまた、ある事を願う。 (ナルヴィクさんが今年一年、楽しく過ごせますように) 真剣に、厳かな雰囲気で願う菫。ナルヴィクはこの光景に見とれていたのと、龍アニモフが本当に居た、という驚きで願い事をすっかり忘れていた。 (なんだろう、凄く居心地がいい。これも、龍アニモフの力なのか……? ) ほんのりと暖かな風が、辺りに広がる。願いを終えたアニモフたちは龍アニモフの背中に乗ったり、髭にじゃれたりして遊んでいる。菫もまた龍アニモフの鼻を撫でていた。光の粉が舞う中、ナルヴィクは1人神秘的な光景に見入っていた。 願い事を聞いた龍アニモフは暫くすると光を散らしながらまた浮島を一周し、別の浮島へ向かう、と言って飛び去った。それに手を振りながら見送ると菫とナルヴィクはターミナルへと向かうことにした。その道すがら、願い事を忘れた事にナルヴィクは少し悔しがる。 「うーん、うっかりしていたよ。願い事、あったんだけれどなぁ 「大丈夫だよ、ナルヴィクさん。またいい事あるよ」 菫が励ます物の、やはりチャンスを逃した事が悔しいのだろう。ナルヴィクは曖昧な笑みをのだった。 ターミナルへと着いたものの、ロストレイルが来るまで時間が少しあった。残ったコーヒーを飲みながら待っていたのだが、何処からとも無く聞き覚えのある音色が2人の耳を掠めた。 「これって、さっきの……?! 」 菫が顔を上げ、ターミナルを出る。ナルヴィクが後を追うと、そこには先ほどの龍アニモフがいた。龍アニモフは呆然となる2人にウインクする。と、2人の掌に淡い金色の鱗が乗っていた。 「えっ? 」 ナルヴィクがきょとん、としていると、龍アニモフが彼に近づく。そして、そっと耳元でこう囁いた。 ――キミの願いは『みんなが幸せに過ごせますように』だね。ちゃんと聞いているよ。 その言葉に、胸が熱くなる。ナルヴィクは自然と笑顔で頷き、菫もまた頷き返す。龍アニモフは菫にも笑いかけると今度こそ夕暮れの空をゆったりと泳いでいった。 「よかったね」 「ああ」 顔を見合わせ、また笑い合う。どうやら今年は、互いにいい年になりそうだ、と思いながら2人はターミナルへと戻るのであった。 (終)
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