プレゼントはどんなものでも心がこもっていれば嬉しいけれど、 このクリスマスプレゼントが特別に嬉しかったのは、彼女からもらったからかな。 何かお返しをしたいね。 彼女が喜んで、笑顔になってくれれば俺も嬉しいし。 ――そうだ、何処かへ遊びに行こうか。 *-*-* 「ナルヴィクさん、待った!?」 「いやー、俺も今来たとこだから、大丈夫だよ。おっと、大荷物だね」 待ち合わせ場所のロストレイル停車場で、よくある恋人同士の待ち合わせ風景を再現したかのようなやり取りを繰り広げたのは志野 菫とナルヴィク。まだまだ季節は冬。寒いのできちんと上着を着込んだ二人は菫の手元に視線を動かし。 「あ、うん……ちょっと」 大きめの手提げを慌てて自分の後ろに隠そうとする菫。だがそれよりもナルヴィクの動きのほうが早かった。さっと菫の手首を掴み、空いている手で手提げの持ち手を掴む。 「何が入っているのかは聞かないけど、荷物くらい持たせてよ」 にこ……その笑顔がとてもとても優しいものだから、一瞬の硬直を見せた後、菫は俯きがちに頷いて。 「じゃあ、行こうか?」 とてもとても自然に、ナルヴィクの大きな手が菫の繊細な手を包み込む。手を繋いで背を向けたナルヴィクの半歩後、菫は驚きと緊張で声が出ぬまま足を動かす。 「え……あ、……」 小さく声を出して見ても、言葉にならない。顔を上げると彼の黒の混ざった灰色の髪が光を受けてきらきらと輝いていた。 菫ちゃん、嫌だったら離していいんだよ? 彼の背中がそんな風に語りかけてくる。 菫は空いてしまった片手を軽く握って口元へ持って行き、少し俯いて口を開く。 頬が熱くなり始めているのはわかっていた。 「嫌じゃない……から」 くす……その小さな声は届いたのか届かなかったのか、ナルヴィクの肩が小さく揺れたように見えた。 *-*-* 事の起こりはクリスマス。 何処かのイベントやパーティの中でというのとは違い、ナルヴィクがプライベートで貰った一つのプレゼント。菫から贈られた心こもったそれを、ナルヴィクはとても喜んで。 「お返しに、何処かに一緒に遊びに行こうか?」 「い、行きたいっ……!」 とまあ、誘いだけで菫が目を輝かせてくれたものだから、即決定したわけなのだ。 (異性と二人で出かける……これっていわゆる『デート』なのかしら) 「……ちゃん? ……菫ちゃん!」 「あっ……!」 少し大きな声で名を呼ばれて、自分の内なる世界から戻ってきた菫。 「どうかした? 気分でも悪い?」 怒らずに心配してくれるナルヴィク。この優しさが心地よい。けれども甘えすぎてしまっていいのだろうかとも思う。 「ごめんなさい、そ、その……行きたい所があって」 考え込んでいたのは行き先のことではないけれど、行きたい所があるのは事実。思い切って口を開いた菫に、ナルヴィクは柔らかく聞き返す。 「どこかなー?」 「えっと……ヴォロスなんだけど。ナルヴィクさん、行ったこと有る?」 「あー、ないなぁ」 竜刻の顕現する大地、ヴォロスはその雄大な大地に心癒される者も多いという。 「遮るものの何もないヴォロスの空で、天体観測をしたいの」 「いいね。でも夜だけじゃもったいないなぁ。どうせなら朝からヴォロスを満喫しちゃわない?」 ナルヴィクの顔色を伺うように自分の希望を述べた菫。彼の言葉を聞くごとに、その顔が明るくなる。 「素敵ね! ええ、いいわ。絶対楽しい一日になるわねっ」 今から当日の事を考えて、菫の瞳が輝く。表情も幸せそうに笑みを型取り、気分が高揚しているようだ。そんな菫を見ていると、ナルヴィクの心も温まる。 「俺も、楽しみにしているよ」 互いに視線を絡ませ、来る日のことを思い描いて微笑みあった。 *-*-* ロストレイルがゆっくりと、ヴォロスの停車場に滑りこむ。がたん……小さな揺れが停車を知らせた。 「菫ちゃん、着いたよ。行こうか」 向かいの座席に座っていた菫が腰を浮かせると、すっと目の前に差し出される手。自然にこういうことができるのって凄いかもしれない、そう思いつつ、一瞬の逡巡の後に菫はその手を取った。 車内の通路は一列にならねば通れないけれど、それでも手はしっかりと繋がれたままで。ロストレイルから降りた後は二人で隣り合って。菫の歩幅に合わせて二人は歩く。 「綺麗なところね」 見渡す限りの緑と澄んだ空気が二人を歓迎する。明るい日差しが二人を包み込む。すうっと肺の奥まで空気を吸い込むと、身体が浄化されるような気分になるから不思議だ。 「うん。想像以上だ」 ちら、と横を歩くナルヴィクの表情を盗み見る菫。 (……うん) 彼の表情も輝いていて。きっとそれは菫と一緒だと思うから、行き先をヴォロスにしてよかった、心からそう思うのだった。 *-*-* 建物が石で作られているその街は活気にみちていた。建物と建物の間にロープが渡され、幾つもの飾りが下げられている。街の人々が皆、何処か楽しそうにしているものだから、二人は顔を見合わせて。 「あのー、今日はなにか特別な日なのかな?」 「お客さん、この街初めて? 今日は雪の妖精のお祭りだよ! 市場にキャラバンも沢山来てるから、楽しんでいってくれよ!」 大きな木箱を抱えた忙しそうな青年に声をかけると、彼は嫌そうな表情ひとつせずに説明をしてくれた。どうやら彼の説明通りらしい。 「確かによく見ると、飾りが雪の結晶とか雪だるまとか、飾りの色も雪や氷のイメージみたい」 ぐるり、首を巡らせて飾りをしっかりと見る菫。お祭りの最中か、ならば沸き立っているのも頷ける。 「俺達、いい時に来たみたいだね」 「そうね」 雪の妖精が雪を降らせる。積った雪を地下室に保存して、氷にする。夏、その氷のお世話になるのだと、世話好きそうなおばさんが教えてくれた。また、積った雪を溶かして様々な家事にも利用するという。もちろん、口にする水はできるだけ井戸や水源のものを使うらしいが。 「生活に密接に関わりのあるものに対する感謝のお祭りなのね。きっと、皆が心から感謝しているから、キラキラ輝く笑顔なんだわ」 「じゃあ、僕達もキラキラの笑顔になろっか」 感心したように頷く菫の手を、ナルヴィクが強く引いた。ついておいで――少しばかり足早になる。勿論菫がついていけない速さでは歩かないが、人混みの間を上手く通り抜けるにはちょっとしたスピードと観察眼、そして少しの勇気が必要なのである。 「気になったものがあったらちゃんと教えてね。止まるから」 呼んでくれてもいいけど、聞こえそうになかったら手を引いて、とナルヴィクは告げて。 タッタッタッ……スッスッスッ……的確に人と人との間をすり抜けていくナルヴィク。そのリズムが心地よくて、まるで逃避行のような雰囲気に酔って。 「あ、美味しそうなジュース売ってるよ。ちょっと急いで歩いちゃったからね、喉乾いてない?」 「あ、うん……そうね、少し」 「おじさん、この花雪シロップティー2つ!」 ナルヴィクが足を止めたのは、飲み物を扱う屋台。名前は雪や氷にちなんだもののようだが、実際は必ずしも雪や氷が入っているわけではないらしい。この寒い時期にさすがに氷入りの冷たい飲み物はあまり売れないのだろう。二人が購入したのも、暖かい飲み物だ。 「わ……凄い、お花のいい香り」 「花の蜜を使っているんだって。熱いから気をつけてね」 木のカップを手渡され、菫は鼻を近づける。ほわんとした熱とともに、花特有の香りが鼻孔をくすぐる。ナルヴィクの言う通り、天然由来の甘い香りと茶葉の香りがした。 こく…… そっとカップに唇を近づけて、恐る恐る傾ける。 ふっ、と液体が唇に触れた時思わず身体を震わせたが、そのまま唇の隙間から吸い込んで。 口の中に広がる花の香と、茶葉の香り。ほろ苦さと蜜の甘さがうまい具合に混ざっていて、熱さを忘れて嚥下する。 喉を通って身体に入っていく茶は、冷えた身体を芯から温めてくれた。 はふぁっ…… 思わず息をつくと、暖かい息は普段よりも白くて。二人はカップを手にしたまま顔を見合わせて、笑った。 市場はキャラバンも加わったことで規模が普段の倍以上らしく、人も多いので全部回るのにはかなりの時間がかかりそうだった。今日はこの後別の場所に行く予定があったため、二人は そろそろ切り上げて次の場所へ行こうかと話し合った。 実はナルヴィクが『そろそろお腹すいたねー』と言い出したのがきっかけで、菫が慌てて場所移動を提案したのだ。あのままでは『出店で何か買って食べない?』と言われるのは目に見えていて。もしそう言われたら、お弁当を持ってきたことをここで言わなくてはならなくなる。 だがナルヴィクの方は菫が持ってきた大きめの手提げの中身は大体予想がついていて(魔法瓶の頭が、目隠しに掛けた付近から覗いている! それがなくてもこういう時に女の子が持ってくる大荷物はかなりの確率でお弁当である)、彼女の好意を無にするつもりはなかったのだ。だから、普通ならこの場で買い食いしたほうが早いのに彼女の提案に乗った。 「あ……」 「ん? 何かあった?」 市場から離脱しようとした時に菫が上げた小さな声を、ナルヴィクは聞き逃さなかった。人混みの中でも耳に届いたその声に振り返ると、菫は近くの店を見つめていた。 「アクセサリ屋さんだね。……そうだ、今日の記念に何か買う? お土産とか」 「買いたいっ!」 ぱっと表情を明るくして、菫はアクセサリの露天に駆け寄る。上手に人混みを縫って。ナルヴィクもそれを追いかけた。 「それ、買うの?」 「ええ……ママのお土産に」 菫がまず手に取ったのは、白い革紐に赤い小さな木の実を集めて作った、花のようなトップが付いたペンダント。 「お父さんには?」 「………別にいいの」 難しい顔をしてしまった菫。何か葛藤のようなものがあるのだろう、ナルヴィクは雰囲気を変えようと広げられた商品の一角をさして。 「ねえねえ、これ可愛いくない? なんだろう?」 それはまるっとした木の実に小さな手足と顔をつけた置物。大きさは木の実の大きさに比例して、指先ほどのものから掌に乗せると大きい物まで様々。 「何の生き物だかわからないけれど、可愛いわ」 「じゃあ俺は、これを孤児院の皆へのお土産にしようかな。小さいのは大人用。子供の口に入らない大きさのは子供用で」 おじさん、コレここからここまで頂戴ー。ナルヴィクの注文に店主は嬉しそうに頷いて、品物を布袋に入れてくれる。 「あ、あとコレも2つ追加で」 「ブレスレット……?」 彼が追加と言って差し出したのは、銀色に輝く雪の結晶のついた革紐のブレスレット。その片方には青銀色の結晶も追加して貰って。 「はい、こっち菫ちゃんのね」 「え? えぇっ?」 突然差し出されたブレスレットをとっさに受け取ってしまって、菫は慌ててナルヴィクを見上げた。すると彼はニコッと笑んで。 「今日の記念にね」 くしゃっと菫の頭を撫でた。 ナルヴィクが店主と応対している間、菫は受け取ったブレスレットをじっと眺めて。 「……」 母の為に買おうとしていたペンダントに、同じ物をそっともう一つ追加した。 *-*-* そこは冬なのになお、花が咲き誇る花畑。視界に花をいっぱい収めた二人から、思わず「わぁ……」と声が漏れた。 『ママとお父さんが行った花畑があるの。いってみましょ?』 菫の提案で来た場所ではあるが、真冬の花畑がまさかこれほどまでに素敵だとは思いもよらなかった。 「素敵な花畑ね」 「うん、凄いね」 「……実は、お弁当を作ってきたの」 「うん、楽しみ」 「一緒に食べま……って知ってたの!?」 慌てる菫に対してナルヴィクはいつもの様に余裕の表情で。コレでしょ? とロストレイルに乗る前からあずかっている手提げをくいっと上げてみせた。 「もうっ……」 「菫ちゃんのお弁当、楽しみだなー」 適当な場所に腰を掛けて、菫が弁当を広げるのを待つ。彼女が作ってきたのはおにぎり入りのお弁当。魔法瓶から注いだばかりの熱々のコーヒーを添えて。 「ナルヴィクさんのほうがお料理得意だったような」 「俺は菫ちゃんの作ったお弁当が食べたいよ?」 以前ナルヴィクの居候している孤児院で食べた彼の料理を思い出した菫だったが、当の本人は彼女がやっぱり恥ずかしいのなんだのと言い出す前にがっちりと弁当箱を抱えて『いただきまーす』と。 「……」 「ん……」 固唾を飲んで見守る菫の前で次々と弁当を頬張るナルヴィク。その感想が聞けたのは、弁当箱が半分ほど空になってからで。 「あー、美味しいからつい一気に食べそうになったよ。お弁当、ありがとね、菫ちゃん」 「……よかった」 彼は優しいから、万が一口に合わなくても本当のことは言わないかもしれない。でも、ありがとうの一言が嬉しくて。菫は頷いて自分の分のおにぎりにかぶりついた。 少しだけ、花をもらって。花を編み上げるのは菫。彼女が作っているのは花冠である。ナルヴィクは、彼女の手元を面白そうにじっと見ていた。 「できたわ」 ふわり……彼女が出来立ての花冠をかぶせたのはなんと、ナルヴィクの頭。これには彼も驚いて。 「え? 俺の頭にかぶせていいの? 女の子って花冠とか好きなんじゃないの?」 「いいのよ」 彼からちょっと離れた菫はくすくすくす、と笑って。そんなに今の自分の姿はおかしいのか、ナルヴィクは彼女の笑いの真意に気がついていない。 「じゃあ俺か菫ちゃんの分を作るよ。さっき見てたから、多分出来ると思うし。ちょっと待ってて!」 彼は花を物色し、一生懸命手を動かしている。下を向くと髪が揺れる。そうすると、菫が悪戯でつけた花も揺れるわけで。 手先の器用な彼のことだから、一度見ただけなのに花冠を完成させるだろう。けれども菫の関心は、彼の頭につけた花に向いていて。いつバレるだろう、ドキドキしながらも笑みが止まらない。 「ふふ……くすくす……くす……」 あまりにも菫が笑うものだから、さすがのナルヴィクも不自然さに気づく。 「どうしたの、菫ちゃん。俺、どこか変かな? やっぱ、花冠似合わないよね」 「あっ」 花冠を取ろうとするナルヴィク。その手が悪戯の花に当たって。 はら……はらり……。 「……」 「……」 落ちる沈黙。その間にナルヴィクは事態を理解して。 「……可愛かった、わよ?」 「このー、やったなー!」 「きゃーっ」 ぽふ……。 「?」 怒られると思って身体を捻った菫の頭には、優しい感触。おずおずと手を伸ばしてみれば、指先に触れるのは花。 「やっぱり女の子のほうが似合うねー」 「……。ナルヴィクさんも似合うわ」 微笑みを浮かべるナルヴィクに小さく『お揃いね』と返し、菫も微笑みを返した。 *-*-* 陽が落ちると途端に気温が下がり、肌寒いでは済まされなくなってきた。それでも二人は防寒具を着こみ、花畑で遮る物のない空をみあげている。冬の空気は澄んでいて、星の輝きも強いように思えた。 「流れ星、見えるかなー」 寒いので必然的に寄り添うようになり、揃って空を見上げる。隣のナルヴィクの言葉に、菫も思わず視線を動かして流れ星を探した。だが、流れる気配はない。 「俺、天体の知識ってないんだけど、壱番世界の星座ってこっちにもあるのかな?」 「どうかしら……私もあまり詳しくないし。それに」 口元に持っていった冷たい指先を吐息で温めて、菫が続ける。 「星座は学ぶんじゃない。自分で考えるんだってえらい人がいってたの!」 「成る程。じゃあ、あれとあれとあれ……あっちも繋げばセクタン座かな」 ナルヴィクが指した星を繋げば、確かにデフォルトセクタンに見えるかもしれない。菫も負けじと視線を動かす。 「あっちの大きな星と、あれとかあれを繋げば……導きの書座!」 「それってただの長方形?」 「う……じゃ、じゃああの明るいの側のを繋いで、トラベラーズノート座!」 「うん、それもただの……」 どうだと胸を張った菫に、ナルヴィクは残念な知らせを告げた。がくり、肩を落とした菫だったが、もう一度挑戦を始める。 チケット座、と言おうとしてそれをごくんと飲み込んで。これならどう! と創りだしたのは、ロボットフォーム座。 「おおー、そうそう、こんな感じ」 ナルヴィクに褒められて機嫌が良くなった菫。二人でああでもないこうでもないと言いながら、次々と新しい星座を作っていく。 「おっと、これは傑作。ほら、あれとあれとを繋げばリベルさん――」 「ナルヴィクさん」 言葉を遮るように声を掛けられ、何事かと夜空から視線を下ろせば、背筋を伸ばしてかしこまった菫の姿がある。 「ナルヴィクさん、今日はありがとう。本当にありがとう」 沢山の、沢山の感謝。それがこの言葉だけで伝わるとは思わないから、今度は菫の方からナルヴィクの手をとって。温めるようにその大きな手を覆う。触れた部分がとても暖かく感じるのは、自分の指先が冷えきっていたからだろうか。彼に冷たい思いをさせてはいないかと不安にもなったが、彼はびっくりしたように目を開いた後、とても柔らかく微笑んだ。 「うん、俺の方こそありがとう。菫ちゃんが喜んで、笑顔になってくれたから俺も嬉しい」 つつつ――…… 二人の邪魔をしないように、静かに星が流れた。 【了】
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