「ダンジョンはやばい。やばいやばいやばーい♪」 世界図書館の小さな会議室に調子っぱずれな歌が響く。 歌声の主は牛角の世界司書カウベル・カワード。 本日の衣装は珍しくデフォルトのカウガールスタイル(毎回のように衣装が違うのに、誰がデフォルトと言っているかって本人である) 会議室には他に三人のツーリストが集まっていた。 一人は志野 菫。黒髪の艶やかなボブヘアに意思の強そうな瞳の彼女は、カウベルから渡された資料の厚さに小さく眉をひそめた。「ヴォロスの祠の奥に見つかった水晶窟の竜刻回収……と聞いてきたのだけど。何故、こんなに資料があるの?」「あら菫ちゃん、良い質問ねぇ」 馴れ馴れしくちゃん付けで名前を呼んだカウベルは、嬉しそうに手を合わせて話出す。「夜な夜な音のする不思議な祠。あれこれ回りに回って調査を依頼された世界図書館は調査隊を派遣して、祠の奥に水晶窟を発見しましたぁ。で、勿論その水晶窟の探索もしてきたのだけどぉ、興味深い竜刻があるらしいってとこまでわかったとこで、調査隊は撤退を余儀なくされたのです!」「そ、それって、何かヤバイの……?」 そっと声を挟んだのはオルソ。灰色がかった赤茶の髪に長身の穏やかそうな青年だ。「たぶんそんなに危なくないから大丈夫よぉー」「たぶん。そんなに」 オルソにそっくりな顔でコーンロウの頭を掻いたのはオメロ。オルソの双子の兄であり、こちらは爽やかで弟より男らしい雰囲気。「はい、これから資料の説明に入ります。長くなるかもしれないから、トイレに行きたい人は先に行ってきてねぇ!」『そんなに!?』 オメロとオルソがハモってつっこむのを見て、菫がため息をついた。********************** はい、じゃあ挟みこみの調査隊手書きマップと資料の頭を同時に開きながら、お話聞いてねぇ。1.水晶の道エリア まず入り口から続くのは水晶と鍾乳石が入り交じる複雑な道。 水晶の壁がぼんやりと光っていて、明かりはいらないそうよ。 足元が滑りやすくなってるし、何より入り組んでいるから登り降りに気をつけて。 斜めに降りていく感じになっていて、しばらく行くと扉があるわ。 2.地底湖エリア その先は巨大な地底湖。 水深は浅いし流れも無いらしいわ。あと木造のとても長い木道が橋のようにわたっているそうだから、頑張れば濡れずに進めるかしらぁ。 水の中にはトビウオとイッカクを合わせたようなモンスターがいるから気を付けて。モンスターについては資料の後ろの方に詳しく書いてあるわ。 湖を渡った奥にはまた扉があります。3.暗闇エリア 次のエリアだけ暗いみたいね。 何でここだけ暗いのかしら? ここにはフワフワした毛玉のようなモンスターが大量に棲んでいるですって。 攻撃的だそうよ。群れは恐いわよねぇ。 この辺も資料の後ろを見ておいて。 えーっとこの先も扉があるらしいけど、まぐれで見つけたから位置がわからないらしいわ。4.不思議エリア 最後のエリアは竜刻によると思われる現象が確認されているの。 水晶に囲まれた道なのだけど、水晶が青く光るのを見てから誰かを見ると、心にも無いことを、ピンクに光るのを見てから見ると内緒にしてた本当の気持ちを言ってしまうんですって! やだぁ恥ずかしいわぁ。 目をつぶって行ってもいいけど、転んだり壁にぶつかったりしないように気を付けてね! あと、他の人から目をそらしていても、水晶に鏡のように反射して他の人の姿が見えてしまったりするんだってぇ。よそ見してた仲間からイキナリ暴言吐かれたとか、恐いわぁ。 調査隊はここで大喧嘩して、今もわだかまりが残っているとか! えーっと、で、調査隊が喧嘩をしている間におどろおどろしい声が響いて来たんですって。――ダンジョンはお楽しみいただけたかな?――お前たちが欲しいものをひとつずつ言え。どれか一つくらい叶えてやらんでもない。 だってぇ! なんだかちょっといい加減な言い方よねー! まぁここで調査隊はもうひと喧嘩したらしいんだけどぉ。 これでダンジョンの説明はおしまいね。 あ、思ったより長くない? うふふ良かったわぁ。********************「まぁつまり、調査隊は仲違えして帰ってきちゃったみたいねぇ」「その仲違えさせちゃうような竜刻を回収して来いっていうの……?」「うふふ、そうね!」 菫の質問にカウベルはやはり笑顔で答えた。「仲違えかぁ」 オルソは不安げに兄の方を見たが、オメロはカウベルに負けないような笑顔を返した。「面白そうじゃねぇかオメロ。オレ達別に秘密とか無いもんな?」「う、うん」「確かに面白そうかも。本で読むような冒険みたいね」『ぼーうけん!!』 今度はオルソも嬉しそうに声をあげた。 三人は何となくその響きが気に入った。「二人ともよろしく」『こちらこそ!』 菫とオメロ、オルソは笑顔を向けあった。「じゃあ、三人ともいってらっしゃーい!」『いってきます!!!』★モンスターに関する資料★(調査隊によるモンスター解説。イラストもついているがとても下手である)・イッカクトビウオ ネーミングについてはノーコメント。 角の生えたマグロのような奴で、トビウオのように跳ぶ。 こいつは橋を渡っている人間に鋭い角を突き刺さんと、跳びかかって来る。 体長は3,40cm程だ。 水の中での動きも速く、足につっこまれた時は深く刺さるほどではなかったが、かなりの痛みだ。 後で美味とコメントした奴が居たが、食ったのか?・暗闇の中のフワフワ こいつらは光から逃げるから姿を目視してはいない。 ただ、ムリヤリ掴んだやつがフワフワしていたと言っていたから毛が生えたモンスターなのだろう。サイズは掴める程度、大きくても20cmも無いくらいだろう。 ライトを持っていても後ろからザザッという音とともに群れで襲ってくる。非常にすばしっこい。 傷からすると小さな牙が武器のようだ。毒のようなものは無いらしい。消毒しておけば治ったと聞く。 我々はこのモンスターに関しては一匹も倒せていない。とにかく振り払いながら扉を探しまわっただけだ。致命傷になるような傷は一切ないが、邪魔なことは確かだ。・不気味な声 水晶に反響する低くてなんとも不気味な声だった。 声の主の姿は一切確認していない。 以上、健闘を祈る。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>オメロ(cans5634)志野 菫(chec3906)オルソ(cwfh6458)=========
「志野さん、その格好可愛いね!」 祠から洞窟の入口を覗きこんでいた菫に、双子の赤い方――オメロが声をかけた。 今日の菫は一見いつもの落ちついた制服姿ではあるが、プリーツスカートの代わりに体育用の短パンを穿いていた。 「わぁ、オメロ何かそういうこというのイヤらしくない? セクハラって言われちゃうよう!」 双子の青い方、オルソが慌てたように言う。 良く見れば髪型も性格も違う二人だが、パッ見の体格と何と言うか雰囲気が似通っている。双子なのだから仕方ない。 ――赤い方は熱そうだから、走れメロスを連想してオメロ。 ――青い方は冷たい、冷たいは知的、知的そうな感じ……ルソーって哲学者が居たわよね! これでオルソ! 元々そんな覚え方をしようとしたこともある菫である。ちなみに色は服と手の甲についている刺青のようなトラベルギアの色だ。 「オメロがセクハラすると何故かボクまでセクハラって言われるんだよ! セクハラ兄弟ってさ!」 「ははは、しょうがねぇじゃん、オレ達双子だし!」 「もー!」 オルソは口を尖らせながらも嬉しそうな笑顔でオメロを小突いた。仲の良い事である。 「あ、菫ちゃん荷物重くない? オメロが手ぶらだから持たせるといいよ?」 「え? あぁ、大丈夫。私は壱番世界の普通の女の子じゃないのよ?」 「やーでも、ほら娘さんを大事にしないと旦那とあぐりさんに怒られちまうしよ。ちなみに中身は?」 「ええと……食べ物、かしら」 菫がしっかり3人分作って来た弁当は鞄の中でなかなかの重さを主張してはいるが、後でお腹がすいた時に何気なく出すつもりだったので、何となく気恥かしく言葉を濁す。 「えっじゃあやっぱオレッチが持つしかねぇっしょ!」 オメロはそう言ってひょいと鞄を取りあげてしまう。鞄を持ってあまりに嬉しそうにニッと笑うので、菫は取り返すことを諦めた。 「そういえばご両親はお元気?」 「お母さんは元気だわ」 「旦那は?」 「父は知りません」 菫は反抗期中だった。 ――パンッ! と、オメロが大きな手を叩いた。 「まぁいっか、さっさと行こうぜ? このマップ右って書いてあるけど、早速左にしか道がねぇけどな!!」 「え、え、本当なの? 大丈夫かしら」 「きっと、マッパーさんが方向音痴だったんだねぇ。わあ、でも凄く綺麗だよ!」 祠より少し進んだ先は淡く煌めく水晶の洞窟。 「……凄い!」 淡い色の鍾乳石の隙間を水晶の結晶が張り出し、足元も薄らと光る水晶が覆っている。 床面は結晶の刺々しさより成長した表面の滑らかな板状の面が目立つ。 美しく。 滑りそう。 天井からは円錐状の鍾乳石と、ところどころ淡く色づいた水晶の柱が美しく伸びていた。 鍾乳石から落ちる雫の音が洞窟内を反響して不思議と澄んだ音たてる。 恐らくその雫がたどり着くところが、次の目的地の地底湖なのだろう。 傾斜のあるその濡れた道をちょっと進んでオルソが言う。 「すごく滑りやすいね……みんな、気をつけて行こうね?」 「そうね」 「あっはっは、何かすっげぇダンジョンらしくてビックリするなぁ。 気合い入れついでに歌でも唄うか! ダーンジョンは強いっ。強い強い、つよーい♪」 歌い出すオメロにオルソが続く。 「ダンジョンはキツい。キツいキツいキツーい♪」 菫は慎重に足元を確かめながら、そっと双子の方に振り向く。 「ねぇ。それ司書さんも歌ってたけど。何の歌なの??」 「えっ! 知らないのか!! ダンジョンブルブルズの名曲だぜ?!」 「冒険者が勇気を出したい時に歌う曲なんだよ」 オメロが大げさな動作で嘆き、オルソが穏やかな調子で説明した。 「ちゃんと、カウベルが『冒険のしおり』に歌詞を乗っけておいてくれてたぜ! 志野さんも一緒に歌おうぜ。えーっと、しおり……っとぉ!?」 ズボンの尻ポケットを探っていたオメロがバランスをくずし、オルソを掴む。 「ええええちょちょちょちょちょ菫ちゃんごめん!!!!!」 オルソは先に謝ってから菫の腕を掴む。 「きゃああああ!!!!!」 『ぐぇっ』 とりあえず、水晶に体を強打したのは菫ではなくオメロとオルソだった。 3人はそのままツルツルと滑り台のように、水晶の道を滑り落ちていく。 「ごめんごめんごめん二人ともごめんな!!」 「な、なんか曲がるのとこだけ鍾乳石で滑らかになってない!?」 「ひああああああごめんね菫ちゃん見てないよ見てないよ見てないよ!!」 「大丈夫よズボンだもん!!」 ――ああぁああぁああぁあぁぁぁああぁぁ……あぁ…ぁ……ぁ…………… 3人はあっという間に水晶の道エリアをクリアした。 ◆ ――ドッボォーーーン!!!! 3人はそのままの勢いで扉を突き破り、思い切り地底湖に落ちた。 「木道なんて無かったんだ……」 「あるわよ! ただし私たちの横にね!!」 「食べ物、死守!!!」 両手を必死に高くあげて菫の鞄が濡れないように護ったオメロは、自分は鼻からも水を噴き出しながら、鞄を木道に上げた。 「ずぶ濡れになっちゃったわね。とりあえず、先の方には陸があるみたいだからそっちまで行っちゃいましょうか?」 「木道を歩いててもまた落ちるかもだもんね!」 オルソが穏やかな笑顔で恐い事を言う。 「いたッ!……否、イッカクトビウオが居たのいた違う! 痛たーッ!!」 「え、本当?」 「菫ちゃん、上がってて?」 オルソが素早く菫を木道に抱きあげてやる。 「へへへ、絶対食べたいと思ってたんだよね」 「お、オルソ、奇遇だな……って、イテテテテテ結構いてぇぞコレ!!!」 腰のあたりに飛んで来たトビウオが服に引っ掛かったのをいいことに角を掴んで木道に投げ上げる。 周囲には餌に寄って来る鯉のようにトビウオが寄り集まってきている。 「二人とも上がって! 私、投網を準備してきたから!」 菫の声に双子がニヤリと笑いあう。 ヒュンと、オルソの横をトビウオがすり抜けた。 「おっ志野さんもやる気じゃない」 オルソが木道にあがって、菫に手を差し出す。 「えっと、網はボクに貸してくれるかな? 菫ちゃんは少し離れて鞄を抱えてて?」 「え、どうするの?」 「いいからいいから」 オメロは飛んで来たトビウオに頬の端を切られながらもニヤニヤとしている。 「オルソ、いいかぁ!?」 「うーん、こんなかんじ?」 木道の端から網を半分垂らし、残りは両手を高く上げて広げ、オメロの正面に立った。 「っイテッテテ、しゃ、いっくぜぇえええええええ!!!魚に負けるくぁああーッ!!」 オメロの右手の甲の炎のような刺青が赤く発光する。 ふと見るとオルソの左手の甲も青白く光りだしている。 菫は何となく、状況を予想して鞄を抱えたまま駆け出した。 「うぉおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」 オメロが拳を水面に振り下ろす――!!!! ――どぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!! なんとか湖の端まで木道を駆け抜けた菫は、腕を組みながら木の破片の浮かぶ湖を眺めていた。 「ぎゃははははは、木道くだけてやんの!!!!!」 「やばかった! やばかった! 防御してなかったらやばかったよ!!!!」 「でも大量じゃん、ナニソレ、網に角が刺さってるのウケル」 「確かにウケル。あはははははは」 視線の先では、ずぶぬれのボロボロになった双子が楽しそうに、網を担いで湖を歩いてきていた。 「もー! やりすぎでしょう!!」 菫がプンスカ怒るのに、双子は 『ごめんなさーい!』 と、笑顔でハモった。 「ボクね、ポタカン持ってきたから、これの火で焼いて食べようよ!」 「この角のとこ、地面に差せば、焼く時の棒要らずじゃね? 便利だな!」 「ねぇねぇ、ポタカンってなぁに?」 ひとまず休憩と、濡れた服を絞り次の扉の前の砂地に木片を積んで(木道の破片だ)イスを作り3人は魚を網から外していた。 「『ポっと焚火が簡単に』が売り文句の冒険アイテムだよ!」 オルソが取り出したのは、一見カンテラのような形状だったが、上部のボタンを押すと硝子部が三つにぱかりと開き、ゴッとなかなかの大きさの炎を作った。 「服もちょっとは乾くといいねぇ」 「あ、もし寒かったらお茶を持って来たの」 菫が鞄から保温瓶を取り出す。コップもちゃんと三つあった。 「志野さん気が利くぅ!! さすがあぐりさんの娘さんだなぁ」 オメロが嬉しそうにコップを受け取った。 「実はお弁当もあるの。でもちょっと崩れちゃったかもね」 申し訳なさそうに差し出された包みを見て、トビウオを砂地に刺してたオメロが慌てて頭を下げた。 「うわぁ、そうだよなぁ! 思いっきり滑り台しちゃったしな。うーせめて濡らさなくて良かったぜ。ごめんなぁ」 「大丈夫だよ、菫ちゃんが作ってくれたなら美味しいに決まってるし」 オルソがニコニコと菫に微笑むので、菫は少し赤面した。 「ボク、ナイフも借りてきたんだよね。お刺身も作っちゃう。ゴージャスなお昼ご飯になりそうだね!」 「おやつにりんごの蒸しパンも持って来たの。これはちょっと残しておこうかしら、次のエリアのフワフワさんとお友達になれるかもしれないでしょう?」 「このエリアのツンツンさんともお友達になれんかな」 3人は焚火で油をジュウジュウ落とす様子を見てから、オルソの手元で3枚に下ろされた様子を見て、とりあえず唾液を呑み込んだ。 『うまし糧を』 3人は同時に手を合わせた。 ◆ 「うーん、居るわね」 「え、菫ちゃん見えるの?」 「ええ、私、夜目が利くから……あっそっち」 「いてっ、いててっ……コラッ!」 ――パッ と、オメロが右手の炎を発光させるとざざざっと音がして、気配が遠のいた。 「ねぇ今の壁のカンジ見た?」 「イテテ……なんか俺ばっか……って、壁? 壁がどうしたんだ?」 「ここの壁って何でできてるのかしら? 全然反射してないし……」 「ふーん、触って見れれば……ッタ!」 ゴッとオルソが壁に鼻っ柱をぶつける。 「何か塗ってあるような……」 菫がコシコシと壁をこすると、その部分だけホンワリ明るくなった。 「ほら、他の部屋と同じ壁なんじゃない?」 「へぇーじゃあ誰かが塗ったのかな……って、イタタ」 今度はオルソの左手が発光する。 菫は眼を凝らしたが、モンスターの姿はうまく影に隠れて見えなかった。 「フワフワも黒いみたい。影に入っちゃうと見えないわ」 「んーじゃあちょっとじっとしててみる……多分噛まれてる途中なら捕まえられる」 「されるがままだな」 「なんで真っ暗なのに二人とも同じポーズなのかしら……」 二人は微動だにもせず、菫は眼を凝らしてなんとかモフモフした毛玉のようなものが二人の体の上を這い上がるところまでは見えた。何故か菫のそばにはやって来ない。菫の特性のせいだろうか? 姿は…ネズミのような生き物か。しかしジャンプ力がある……いや少し飛べるのか? 『そいやぁっ!!!』 何故か二人は同時に発光しながら右手と左手に一匹ずつ黒いフワフワを掴み、他のフワフワは慌てたように部屋を駆けていく。 「あっ!」 菫は部屋の隅を指差した。群れが逃げていく先に隅っこの欠けた小さな扉を見つけたのだ。 『志野さん・菫ちゃん、捕まえたよー!!』 双子が嬉しそうに左右対称のポーズで獲物を掲げた。暗さが戻った今、ポーズが見えるのは菫だけである。 「そんなことより、扉があったの! こっちよ!!」 菫が二人のそれぞれ開いている方の手を引いて、扉へ駆けよる。 慎重に屈んでくぐった。 「え、どこどこ? 扉??」 「オレッチさっき光りすぎてなかった? 眼がまだチカチカすんだけどー」 ――ゴッ 二人は扉の上部に頭をぶつけた。 ◆ 「ダンジョンも終盤に差し掛かり、オレは竜刻を回収するという目的をスッカリ忘れていたぜ!!」 「それはただの本心だよね」 オメロが言う言葉に、オルソがすかさずつっこみをいれる。 ついにたどり着いた不思議エリア。 水晶に囲まれた一本道だが、幸い足元は青黒い岩肌で滑らない(ココ大事) ただし、調査隊の資料によると壁の水晶がピンクに光るのを見てから次に見た人に内緒にしていた本当の気持ちを。青く光るのを見てから次に見た人に心にもない事を言ってしまうらしい。 菫は先程、双子に捕まえて貰ったフワフワ二匹を抱え、蒸しパンを与えながらなるべく壁を見ないように歩いていた。 フワフワは体が丸くて羽根が小さく耳と鼻が大きな毛深いコウモリのような生き物で、双子曰く『女子高生にはウケるのかもしれない』といった姿。一度指先を噛まれた菫が、「仕返ししちゃうぞー」と言いながら歯を見せると大人しくなった。 「心にもない事を言われるかもってわかってりゃー、別に恐いことねぇだろ! ガンガンいこうぜ!」 オメロは元気にグングン前進していく。 「ボク以外のみんなが居なくなったら、美味しい食べ物がいっぱい食べられますようにって、お願いできるんだけどな……」 「おーい、オルソ、それ本心だろう!!」 オメロがニヤニヤ言うと、オルソが慌てて顔を赤くした。 否定するために振り返ろうとすると、眼の端にピンクの光がちらりと見えた。 「な、ち、違うよ!! ボクそんなこと考えて無いもの!! ボクはねぇ、尊敬してるあの人に、ボクだけご飯奢ってもらっちゃったんだ!」 オメロが首を傾げる。 「はぁ? 何言ってんだ。青い光を見たのか?」 素直に逆に理解したオメロにオルソは胸が痛むのを感じる。 そこへ菫がくるりと振りかえり笑顔で言う。 「もうっ! 簡単に惑わされちゃダメでしょ!! 二人ともだいっきらい!!!」 周囲の水晶のように輝く素敵な笑顔だった。が、しばしの間の後、表情が曇る。 「ご、ごめん、ちょっと水晶が見えちゃって、そんな嫌いなんてことないからね」 オメロとオルソも眉の端を下げながら慌てて手を振った。 「わ、わかるよそのくらい。菫ちゃんが嫌いなんて言うわけないし」 「おう! 当たり前だぜ!」 オメロが景気づけに振り上げた拳が水晶の壁を砕く。反射の変わったピンク色の光が辺りを包んだ。 周囲がピンクになったのと逆に、3人が青ざめていく。 「うう、大嫌いなんて言っちゃったけど、二人ともっと仲良くなれる、かしら? お兄ちゃんって呼ぶのはだめだっていわれちゃったけど……おにいちゃんって呼んでみたかったなぁ。うーん、兄さまとか兄ちゃまとか?」 菫が言葉を続けるにつれてだんだん3人が赤くなっていく。 「オレだってオルソみたいに菫ちゃんって呼びたいぜ。……でもやっぱなぁ恥ずかしいよなぁ、旦那のこともあるし……でも妹みたいでいいよなぁ……」 「ボクら二人、同じ人に恋したら困るだろうけど、きっとお兄ちゃんなら二人居てもいいだろうし。オメロがオッケーすればよかったのになー」 3人はそれぞれペラペラと本心を語り切り、真っ赤になった。 しばらく沈黙。 ・・・ ・・・ ・・・ キィキィ 今のはフワフワの鳴き声。 ・・・ ・・・ ・・・ 「やだばか、はずかしいぃいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」 「志野さぎゃ」 「すみぎゅ」 菫は二人を器用に踏みつけてから通路の奥に駆けだした。 ――知らない知らない知らない!!! ――そんなこと思ってないもん!!!!! 「一人で言ったら危ないよ!!」 「一人でもへっちゃらさ!!」 二人が慌てて心にあることないこと叫びながら追って来る。 ――さわがしいのう…… 低い声が地を這うように響き渡り、ハッと、菫は足を止め周囲を見渡し、オメロ・オルソの二人は菫を護るように背を合わせた。 いつの間にか通路は広がり小部屋ほどの広さの空間になっている。 水晶はピンクにも青にも光らずただ静かに白く淡く発光している。 ――ダンジョンはお楽しみいただけたかな? 「お前は誰だ!」 オメロが大声で叫ぶと、周囲にグァングァンと声が反響する。 ――やかましい。もう少し静かにしゃべれ。聞こえておる。 「反響してるけど、こっちのほうから聞こえていると思うの。この子たちもこっちって言ってるわ」 菫がフワフワの向く方を指差す。 3人はゾロゾロとそちらの壁の方へ近寄った。 ――お前たちが欲しいものをひとつずつ言え。どれか一つくらい叶えてやらんでもない。 「壁壊したら、出てくるかなぁ?」 「お、そうだな。オレぁちょっとムシャクシャしてたんだ。この水晶に移ってる自分を砕けば、さっきまでのオレとおさらばできて、スッキリできそうだぜ!」 「大丈夫? おにいちゃん、怪我したりしない??」 言ってから菫がもう一度真っ赤になってフワフワに顔をうずめる。 オメロとオルソもモジモジした。 ――待たれよ! 何故壊そうとするか野蛮人め、願いを言えと言っておろうに。 オルソがちらりとオメロの方を見たので、オメロが口を尖らせてから壁に向かって言った。 「オレは自分の幸せは自分で掴む! だから叶えて欲しいってことはねぇな。 敢えて言うなら、す、すみれちゃんの願い、が叶うといいかな」 そう言ってぷいと横を向いてしまう。続けてオルソが言った。 「先に言われちゃった。ボクも菫ちゃんの願いが叶うと良いな!」 菫がバッと赤い顔をあげて二人を見る。二人はニコニコしていた。 「せ、責任重大じゃない!!」 ――して、どうする。 「あ、あなたは幽霊?」 ――いや。 幽霊だったら成仏させないと、と思っていたが違うらしい。 「じゃあ悪いモンスター?」 ――いや、別におまえたちを殺すつもりはないぞ。 悪いモンスターなら倒さなければならないけれど、それも違うらしい。 「あ、そっかわかった! オルソあれだよあれ!!」 「え、あそっか!!」 突然オメロとオルソが合点が言ったというように手を合わせた。 ――なんじゃなんじゃ。 「ダンジョンづくりに憧れたんだろ! むっかしそういう絵本読んで憧れたもんなぁ!」 「秘密基地じゃ物足りない少年には、やっぱダンジョンだよなぁ!!」 「ちょっと、本気で言ってるの!?」 菫が言うと、低い声が遠慮がちに答えた。 ――正解じゃ。ただし、少年では無い。もうだいぶ歳をとってしまった。 「うんうん、小さいと大したことできねぇもんなー!」 「大人の財力が必要なところもあるよね」 同じポーズで頷くオメロとオルソを横目に、菫は男は理解できないわねと素直に思った。 ――でも願いは叶えてやらんでもないぞ、大人の財力もある。 オメロとオルソ、それから水晶のどこかからこちらを見ているだろう、ダンジョンの主の視線が菫に集まる。 「じゃ、じゃあ、お友達になりましょう。こんなところで、一人でダンジョンを作って居ても、一緒に作る人とかチャレンジする人とか居ないと寂しいでしょう?」 『それ素敵!』 双子は声を揃えてハイタッチした。 ――おお、それはありがたい。しかしいいのかね。 「別に、あなたがどんな姿でも構わないわ! 恥ずかしくて出て来れないのね?」 「どんなじいちゃんでも友達になれるだろ」 「モンスターでもね」 ――いや、わしはただのゴブリン系爺だが……おまえたちはそもそも目的があってここに来たのではなかったかな。ほら、青い水晶のところで言っていたろう。 『???』 『ああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!』 3人は同時に竜刻のことを思い出した。 「すみません、私のお願い訂正させていただいてもよろしいでしょうか?」 「ここに、なんか怪しい力のある石があるだろうが、それ寄こせよ!!」 「ボクたち3人同じ願いだから叶えてくれるよね!? 簡単でしょ!?」 菫は丁寧に、オメロは荒々しく、オルソは懇願するように、水晶の壁に向かって話しかけている。結構シュールだ。 ――どーしよっかなー。友達の願いではあるけど、あれ、やっぱ結構面白い石だっしなぁー 「あの青とピンクのがやっぱそうなのね!」 「ちくしょーオルソ、壁砕きに行くぞ!」 「オッケー、もう色々しゃべっちゃったし何も恐いものないものね!!」 3人はそこでまたちょっと赤い顔になりながら壁を背に走り出す。 ――お、おい、待て、壊すな壊すな、あげるから、あげるからぁーーー 走る3人の背は遠く、空しく声が響く。 竜刻は、多分回収できそう……? (おしまい?)
このライターへメールを送る