オープニング

 「無限のコロッセオ」という名の場がターミナルに存在する。
 そこはロストナンバー達が技を磨き、己が力を試す場所。様々な機能がありそれらを使い数多くの挑戦が行われる。
 そして、そこではロストナンバー同士が戦うこともできる。自身の力を測る為や、より強い好敵手を渇望する欲求。各々がそれぞれの理由を胸に互いの刃を交える。
 そして、今日もまた戦いを求める男が1人。豊かな毛並みの尻尾をゆらゆら揺らし、オルグ・ラルヴァローグはトラベラーズカフェの一角で名も知らぬ相手を待つ。
「さて……どんな相手が来るのかね……」
 無限のコロッセオでロストナンバー同士が戦うことができる。それを知ったオルグは戦う相手を募ったのだ。戦ってもいい相手は今日この時間にトラベラーズカフェにと。
 だが、今のところそれらしい相手は訪れていない。確実に誰かが来るとは限らないし、明確にいつまで待つと決めてもいない。何もなければこのままのんびり過ごせばいい。それだけのことだ。
「まあ、空振りも悪くないか」
 残念だが、とは言葉にならない程度にため息交じりに漏らす。
「オルグ……ってのはあんたかい?」
 しかし、そうはならなかった。気がつけば1人の男がオルグの向かいに立つ。壮年の体格のいい男だ。和装に身を包み、静かに立っている。
「私は紫雲霞月という。真剣勝負をする相手を募っていると聞いたが、まだ募集はしているかい?」
「ああ、問題ないぜ。大歓迎だ」
 この時、2人は同時に理解していた。互いが持つ技術の共通項に。
「真剣勝負がしたいんだ構わないかい? どうやらオルグは剣を使うようだが」
「そういうおまえは……刀か?」
 確認を取るように問うが、互いにほぼ確信を持って問いかけている。
 達人は達人を知る。そして、自身と相手に近いものを感じ取る。分からなくとも、本能が互いの質を理解した。
 こいつは、間違いなく自分と同質だと。
「今回、私は罠も何も仕掛ける気はない。本当の意味で、真剣勝負だと思って欲しい」
「それなら、俺も剣だけで炎は使わないことにするぜ」
 それは至極当然の流れだった。本来は何でもありで己が全てを競うつもりだったかもしれない。だが、2人が出会った。それだけで互いがどう戦うべきなのかは定められたと感じられる。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
・オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072)
・紫雲 霞月(cnvr8147)
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品目企画シナリオ 管理番号1843
クリエイター琴月(wemt9875)
クリエイターコメントこんにちは、お久しぶりです。この度はご依頼ありがとうございます。琴月です。

真剣勝負、とても素敵でわくわくしてしまいますね。
お二人の真剣勝負をきっちりかっこよく、素敵な死闘となるようにできれば幸いです。
お互い全力で戦われるプレイングをお待ちしております。

参加者
オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072)ツーリスト 男 20歳 冒険者
紫雲 霞月(cnvr8147)ツーリスト 男 42歳 魔術学校の教師/夜人(吸血鬼)

ノベル

 闘技場に立つ2つの人影。
 余計なものなど何もなく、存在するのは互いが放つ鋭き闘志のみ。
 互いにまだ刃は抜かれておらず静かに向かい合っている。まだ刃が交わることはないが、この時から既に戦いは始まっている。
 オルグは冷静に紫雲のことを分析する。鞘に収められた刀を持ち自然体で立つ紫雲。書画や絵画を操る魔術士だという話を聞いていたが、刀を使うというのは初耳だ。今回のために修練したのだろうか。いや、紫雲の姿を見ていれば刀の扱いが不得手にはとても見えない。つまり、それだけの積み重ねを持っていたということだ。
「霞月、刀を持ち直したのは最近の話か? 一度手放した牙を、再び手にした理由はなんだ? 先に言っておくが……ハンパな覚悟と腕じゃ俺には勝てないぜ!」
 それに霞月は苦笑を浮かべる。確かに半端なものしかないのなら打倒することが難しい相手だ。しかしその心配は無用だ。
「刀を使うのは、久しぶりだよ。でも、修練は毎日していたからね」
 だから遠慮は要らないと視線が告げる。この勝負において手加減は侮辱にしかならない。互いが持つ全てをぶつけ合いその力を競い合う場なのだから。
 その霞月の視線を受けてオルグは己が縁を感じる。刀に纏わる縁は良いものもあれば、目を逸らしたくなる様なものもあった。この縁はどちらの縁となるのだろうか。願わくば、悔いの残らない縁であればいいのだが。
「戦士の誓いを立てろ、紫雲霞月! 俺の名はオルグ・ラルヴァローグ!」
「紫雲霞月だ。戦士ではないけれど……正々堂々、全力でやろう」
 視線が交差する。それで十分。後は、刃を交えるだけだ。
「さあ、始めようぜ!」
 そして、戦いの火蓋が切って落とされた。

 戦いはまずオルグの先手で始まった。青白く光る長剣月輪を抜き放ち霞月へと切り掛かる。速度重視の一撃で、まずは霞月の出方を探る。
 それに霞月は腰を低く落とし、抜刀の構えで待ち受ける。オルグと同じように霞月もまた相手の出方を探い観察している。相手の筋肉の動きから斬線が描くであろう軌跡を予測する。
「なかなかに速いが……」
 霞月が操るのは居合いの技。目に見えぬ速度で刃が走り、オルグの月輪を迎撃する。
 達人の放つ居合いを目で捉えるのは至難の技だ。そして、霞月は達人と呼ぶに相応しいだけの技を持っている。オルグの振るう剣に己が刃を持って迎撃する。刃が触れ合った瞬間、高く鋭い金属音が響き渡る。
 一瞬の停滞。オルグもこの一撃で決まるとは思っていなかった。そして、霞月の構えから居合いの可能性もわかっていた。だからこそ高速で振るわれた刀にも吹き飛ばされなかった。とはいえ、その衝撃は生半可なものではない。切り返し更なる一撃を振りぬくつもりだったがそれは叶わない。
「居合いとは恐れ入ったぜ。……流石に見えなかった」
「君もなかなかだ。可能なら長剣ごと切り飛ばそうと思ったんだがね」
「はん、やれるならやってみな……!」
 同時に互いを弾き飛ばすように力を込める。開いた距離を詰める前にオルグが残った一本を抜き本来のスタイルへと変更する。右手にオレンジの光を放つ短剣日輪を、左手には淡い青の長剣月輪を握る。
 まず初手は互いの引き分け。あくまで確認に過ぎない交差だが相手を見切るには十分。いや、元より相手の力量は互いに理解していた。そう、ここで分かったことといえば互いにこの勝負を楽しんでいるという事実だろう。言葉で伝えるまでもない。一瞬の交差が言葉にしていなかった想いを代弁してくれる。
 だからお互いに分かっている。全てを出し切り戦うことこそ相手への礼儀であり互いが求めていることなのだと。
 そして次に仕掛けるは霞月。納刀せず抜き身の刀でオルグへと向かう。霞月が扱うのは抜刀術だけではなく、通常の剣術においても達人同等の技を持つ。
「ちっ、やるな……!」
「伊達に長くは生きていないからね」
 まずは距離を詰め、オルグに余裕を与えない。抜き身となった刀は変幻自在に軌道を変えてオルグへと襲い掛かる。狙う場所は常に変化し続け、腕を切りつけに来たかと思えば足を薙ぎ払いに来る。その足を避けたと思えば急に胴への突きを繰り出す。
 徐々に追い詰めるように動く霞月。だが内心ではオルグの動きに舌を巻いていた。これだけの手数を繰り出していけば当然全てを避けきることなど不可能だ。持つ武器で迎撃を行わなくてはいけない。その瞬間、速度に変化を加えてオルグの短剣と長剣を弾き飛ばそうとしている。それにオルグは対応しきり、けして武器を手放そうとはしない。通常ならば十分すぎる手数なのだがと笑みが零れてしまう。悔しがるべきなのかもしれないが、楽しすぎる。もっともっと、競い合いたいという欲求が沸き起こる。
 その欲求を自覚すると同時に気づくことは、苦手な攻めの戦いを行っていることに違和感がないということ。自身の世界では『一流の罠師は、己自身をもって最高の罠とする』という言葉があった。己を罠に見立て、あらゆる準備を持ち相手を待つ。居合いもこの技の一環であり、受けの戦術が本来の戦い方。だからこそこのように攻めるのは本来苦手なのだ。けれど、それでも楽しくて仕方がない。願わくば、もっとこの時間が続いてけばいいのにと思わずにはいられない。
 だがそうはならない。この戦いはお互いの全力。けして、終わらない戦いではないのだ。
 受けているオルグとて防戦になっているだけではない。的確な防御と回避を積み重ねリズムを構築していく。後ろに下がるだけでは速度が足りない。縦切りには半身になりギリギリで避け、横切りには武器で受ける。速度のある斬撃もオルグの二刀流なら十分に対応できている。問題は、何処でこのリズムを変えて決着へと導くかだ。
 奇しくも、そのタイミングは霞月が己の攻めの姿勢に気づいた瞬間だった。隙という程のものではなく、一瞬ぶれた刀の切っ先から読み取られた思考の甘さ。気のせいと言ってしまっていい程度の隙間だ。だが、オルグはそのタイミングを信じる。
「くらえっ……!」
 強く日輪を振り霞月の刀を強打する。霞月は堪らず後ろに下がる。オルグが信じたタイミングはけして間違いではなかった。己の心境に一瞬気を取られた霞月でなければ今の強打は受け流されて逆に攻め込まれる隙を生んでいたはずだ。
「これは、一本取られたかな」
 まさかこの一瞬で距離をとられるとは思わなかった。もっと続けば良いのにと思った瞬間に流れを崩されるのだから皮肉なことだ。霞月は苦い笑みを浮かべずにはいられなかったが、そこで止まるわけにも行かない。
 戦いは終わらない。次にどうするのかお互い思考する。そして偶然にも、取るべき手段はお互いに同じだった。
 オルグは自ら離した距離を無理に詰めようとはせずに受けの構え。再度こちらへ向かってくるであろう霞月へと返す刃を放とうとしていた。
 霞月は抜いていた刀を納刀し、最初と同じ居合いの構え。本来の自身が持つスタイルに切り替え、後の先を取る気でいた。
 互いに相手の出方を待つ構え。考えることは同じ。そしてここからは精神の削りあい。
 どちらが動くのか。動くのならば、勝利を掴めるだけの理由はあるのか。動かないまま待ち、相手を迎え撃ち倒すことは出来るのか。
 簡単に動くことは出来ず、かといって待ちに徹するには相手が油断ならない。お互いがお互いに行動を決めかねる。だが、この膠着が崩れた瞬間に全ての決着がつくということはお互いに理解している。
 動かぬ時間は静かに流れている。きっと時間にすれば短いのだろうが、2人が感じていた時間は現実の何十倍にもなるだろう。動きを予測し、脳内でシュミレーションされる。達人同士だからこそ分かる、現実に限りなく近い未来予測。お互いが動かない。だがその裏では目に見えない戦いが繰り広げられていた。
 切っ掛けは分からない。劇的な何かがあったわけではない。だが、不意に膠着が崩れた。
「この勝負、俺が貰うぜ……!」
 オルグが全身のばねを限界まで利用し、高速で突撃を仕掛ける。勿論霞月の居合いの速度は分かっている。視認することは至難であり不可能。だが、それは防御に使うのであれば先手はこちらのものだ。一撃を凌げば勝機は見える。
「面白い……やってみるといい……!」
 言葉に力が入ってしまうことを霞月は自覚した。初撃でこちらの速度は見せた。それを見てもなおこちらの領域へと向かってくるとは。
 オルグは右手の月輪を上段から振り下ろす。速度の乗った上からの斬撃は生半可な防御ならば打ち砕くだけの威力を備えている。仮に止められようとも左手の日輪で即座に連撃を繋いでいける。
 それは霞月もよく理解している。だからこそどう対処すればいいのか分かっている。この戦いにおいて逃げることは許されない。ならば、正面から立ち向かうのが最善にして唯一の選択肢。
「しっ……!!」
 光速に到達するのではないかと思われるほどの速度で刃が走る。狙うは月輪。オルグの攻撃を弾き飛ばし、日輪の連撃が放たれる前にこちらの一撃を叩き込む。
 互いの刃がぶつかり合う。触れ合った瞬間、両者に走る重い衝撃。ここで競り勝ったほうが勝者となる。
「…………!!」
 声にならない叫びが響いた。それはどちらの叫びだったのか。あるいは、両者の叫びだったのか。
 軍配は霞月に上がった。走る刃は振り下ろされた月輪の勢いが乗り切る寸前にその威力を殺しきった。その衝撃はオルグが日輪を振るうのを数瞬遅らせる。その数瞬で勝敗は決した。変幻自在の軌道を描く霞月の斬撃は即座に切り返しオルグの首へと添えられた。
「勝負あり、だと思うのだけれど」
「……ああ、おまえの勝ちだ」
 その言葉と同時にお互いの力が抜けた。後悔は無く、恨み言も出てこない。あるのは素晴らしい戦いの余韻のみ。
 オルグは手袋を外し霞月へと手を差し出す。
「いい勝負だった。次はお互いの持ってるもの全てを出してやろう」
「縁があればそれも悪くないね」
 強く手を握り健闘を称え合う。今回は霞月に軍配が上がったがオルグに上がっていてもおかしくはなかった。お互いの技量に明確な差は無く、同じ結果ばかり生まれることは無いだろう。ならば次は他の技全てを持ち込み戦うのも悪くは無い。
 その戦いがいつになるのか、戦うことはあるのかは分からない。あるかもしれない未来を夢想する程にこの戦いから得るものがあった。
 戦いは終わらない。更なる強さを求める限り、男たちは熱い想いを胸に宿し続けるだろう。

 END

クリエイターコメント ギリギリになってしまいまして申し訳ありません。
 交差する刃のリプレイをお届けいたします。

 お互いが持つ全てをぶつけ合っていただきありがとうございます。真剣勝負ということでお互いに手抜きなしで競い合っていただきました。
 リプレイ内でも出ましたが、どちらが勝ってもおかしくはありません。きっと次にされればまた結果は変わってくるでしょうし、そこに至る過程も無限大でしょう。
 その結果のうちの1つと思っていただければ幸いです。また、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
公開日時2012-05-16(水) 21:40

 

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