「ガンシップという言葉に胸躍らんか?」 つぶらな瞳をきらきらさせながら世界司書でありマッド・サイエンティストたるアドルフ・ヴェルナーは自らも胸を躍らせた顔で口火を切った。 同じく世界司書クサナギが頭の悪い顔をロマンに歪めてうんうんと頷いている。彼の脳内にガンシップという言葉は残念ながら存在しなかったが、なんだか名前がかっこよさそうだと思ったらしい。彼の思考は相変わらず単純だった。そしてその想像は意外と遠くもなかった。 とにもかくにもロマン溢れる勇者たちの活躍の物語を割愛しつつ要約すると、こういう事である。 ブルーインブルーには、かつてこの世界を支配した文明の残滓がそこここに残っており、その一つがボンゴレ海域の小島で見つかった。だが、どうやらこの古代遺跡、警備システムが今も稼働中で調査隊が何度か発掘に向かったのだが、近づく事もままならなかったらしい。 要するに今回の任務は、警備システムを破壊或いは無力化し、調査団を遺跡まで護衛するというものである。 かくてヴェルナーはD-ポッドと呼ばれる警備システムを破壊するためのメンバーを集め、クサナギは調査隊の護衛をしてくれるメンバーを集めることで話は決着したのだった――。※※※※ 「古代遺跡の探索、したくないかっ?」 威勢の良い少年――世界司書のクサナギが興奮気味に言う。 怪しいマッドサイエンティスト風のヴェルナーに唆され、ではなく、彼と協力してブルーインブルーで新しく見つかった古代遺跡の探索を行うらしい。 D-ポッドという警備システムがあるらしく、そちらはライナスという傷痍軍人がフォローをするらしい。他にフライトシミュレーションも担当するようだ。 -危険度はどの程度? 「大丈夫、勇者は負けない!」 当たり前の質問に斜め左の返答。いやいやいや、と細かく聞き返せば、クサナギは慌ててよれよれの紙を取り出してチェックし始める。 「えぇと……げーげきしすてむがあるみたいだな!」 何故かクサナギ、胸を張る。ロマンがあると言いたげだ。確かに迎撃システムは一部にはロマンを感じるものも居るだろうが、感じているだけでは最悪、死ぬ。 曰く。 まず扉がロックされている。超古代文明、もしくはオーバーテクノロジーで作られた扉で、強制的に開けようとすればロックが内部から破壊されてしまう構造のようだ。ではキーは? 「ボタン式なんだ。“ZOEN”ってあるんだけど、数字に当てはめて開けるみたい」 よれよれ紙の中からその一文を見つけ出したまでは良かったが、クサナギには答えは出せなかった。数字は0~9までのどれか、ということだ。 -それだけ? 「防犯カメラっぽいのはあるよ。でも中は無人だから気にしなくていいんじゃないかな!」 しかしやはりクサナギは知らない。確かに無人で防犯カメラは半ば無意味だが、ウカツに防犯ベルを鳴らしてしまうと防犯用トラップが作動してしまうことを。 「あ、それと、中にはカードキー? で制御されてる部屋もあるみたいなんだ、コレ見取り図のコピーね。残ってたんだ。だから全部の部屋を調べるにはどっかでカードキー探した方がいいと思うよ」 実は制御されているわけではない。入り口と似たようなシステムで、カードキーではなくIDカードか必要で、内部にて認識作業を行わないとレーザー光線で排除されそうになるだけだ。 ……だけだ。 「この勇者バッジを付けて行こうぜ!」 彼が案内ということに些かの不安を感じながらも、調査団護衛ミッションはスタートした。*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・!注意!このシナリオはあきよしこうWRの「大空を翔る者」と、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによるシナリオへの複数参加はご遠慮下さい。*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
【1200】 「遺跡探索、それは人類のロマン……!」 地下遺跡に向かう道は密林を通らねばならなかった。道のりは然程厳しいというほどのものではないが、如何せん獣道ばかりだ。若い女性達、それも少女というべき年齢の子達が多いこのメンバーは些か難儀を強いられている。 そんな中、黒髪長髪長身の美女――の姿になっているアストゥルーゾはあさっての方向に向かって人差し指をビシっとさしながら、赤い瞳を輝かせている。女性形態になっていても、やはり一般的な女性よりは体力に恵まれているのだろう。 「あー、あれ、空戦部隊のひとのじゃない?」 可愛らしい声で新井理恵が空を示す。木々の隙間から見える青い空にはRC28号(と思われる)が見えた。理恵は片手で大きく手を振りながら、友人のシャルロッテ・長崎の腕にしっかりとしがみついている。シャルロッテはそんな彼女を、豊かに波打つ金髪を微風にそよがせながら微笑ましげに見ていた。 「さ、私達も行こうか?」 篠宮紗弓は急かすが、言い方は柔らかい。一番の年長者であるがゆえのものだろう。D-ポッドの射程圏内から外れつつ、なるべく早めに目標地点に到達し無ければならない。 理恵がそれに元気良く答えて、一行はまた歩き出す。 最後尾を歩いているジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは腕を組みながら何やら形の良い眉をしかめている。 『クサナギ、良い名じゃ。壱番世界では、誰もが知る古代の英雄が所有していた剣と同じ名ぞ』 『マジでか!』 『うむ。まさしく勇者たるそなたに相応しい名だと思う。此度のメンバーはか弱き乙女達ばかり。先頭を任せたく思う。大変な危険が伴うが……引き受けてくれるな?』 『おう、任せろよ! 勇者でなおかつ男だからな! 女の子は守らなくちゃ!』 ブルーインブルーを訪れる前、ジュリエッタはクサナギをおだてた。そりゃあおだてた。別にクサナギなんて怪我したってどうでもいいというわけではない。彼は威勢はいいかもしれないが、司書としてはいまいち……いや凄まじく頼りなく、今後がとても心配だ。何をしでかすか判らない(主に悪い意味で)不安要素は説明を聞いただけでヒシヒシと感じる。自分達の身の安全を確保しつつ、司書として、オマケとして勇者としての自覚をちゃんと持ってもらえれば……と思っていたのだが。 『クサナギは司書だから行けんぞ』 ヴェルナーの一言でジュリエッタの配慮とかクサナギの無駄に満々なやる気とか、全部打ち砕かれた。 【1227】 森の中をしばらく進むと、やっと森を抜けることが出来た。 クサナギの示した古代遺跡はもう目の前だ。 ここまでの道のりは容易だった。 何故ならクサナギが書いた地図は線と点しかなかったから、ジュリエッタと紗弓があらかじめヴェルナーから複雑極まりないがもう一枚地図を受け取っていたのだ。それらをアストゥルーゾがおもむろに重ね併せてみたら、恐ろしいほど精巧且つ判り易い地図になった。紙が薄かったのが幸いしたようである。 「D-ポッド、撃墜成功したみたいだ」 アストゥルーゾが遺跡上空を見上げて言った。 「これでようやく遺跡に近づけますわね」 シャルロッテが笑みを零す。 天に昇る煙が見える。それはとても特徴的で、そして誰が上げた煙なのかがすぐに判った。 「ここは、最期(誤字)の勇姿に……というところかの」 上空のきのこ雲ならぬ、“たぬき雲”に向けて、各人ビシッと思いのほか様になった敬礼をする。 ムチャシヤガッテ…… 遺跡に向けて更に近づくと、戦闘の爪痕か、木々の大半が切り倒され開けていた。かえって進みにくくなっている。 更に木々を乗り越えた五人の女子の前に立ちはだかったのは、一見鋼鉄に見える巨大な扉だった。 彼女達は誰ともなく息を呑む。恐怖からではないだろう。 そして――キータッチパネル。 液晶画面のしたに0から9までの数字キーが配列されており、端のほうに緑のボタンと赤いボタンがある。 「この赤いのと緑のはなんの意味があるんだろ?」 理恵が小首をかしげて、ずっとピッタリくっついてるシャルロッテに問いかける。理恵の方が背は高いのだが、器用にしがみついている。シャルロッテはじっとその意志の強い目でパネルを見つめながら、顎に手をやり落ち着いて答える。 「そうですわね……無難に考えれば、やはりOKとかキャンセルとか、そういうものではないかと思いますけど」 周りの反応を伺いながらも、パネルから目は逸らさない。 「やー、正直僕にはわっかんいなや。僕の居た世界にそういうの、無かったし。皆に任せるよ」 入り口付近の植物や岩肌に興味を示しているアストゥルーゾは言い方だけは素っ気無い。周りに興味を示しているというよりは入り口付近にトラップが無いかどうかチェックしているのだろう。 「うむ。アレと同じだと思う。 ATMと。同じじゃ」 ジュリエッタは目を逸らしながら言う。あまり頻繁にATMを見たことが無いから確信がもてないわけではない。多分。 「緑が確定で赤がキャンセルっていうところかな?」 まさかどちらかを押した時点で爆発するなどは無いだろう、という言葉を紗弓は飲み込んだ。これはただの入り口であり、緑と赤のボタンは二つピッタリと並んで配置されている。パスワードを知っていた人間(で、あるかどうかの証拠は無いが)が押し間違えないとも限らない。機密保持最優先で作られたのだとしたら、いくらなんでも目立ちすぎる。この場所は確かに見つけにくい場所ではあるが、隠れているとは言い難い。 中に入る前までは危険性は薄いと判断するが、その前にとりあえずパスワードを解かなければ中には入れない。 「わたくしの考えを述べさせて頂きます」 メモ用紙をブレザーのポケットから取り出して、横10文字縦2列残りの6文字のアルファベットをさららさと書き連ねる。机も無いところにも関わらず整った字だった。アストゥルーゾ以外の4人は壱番世界とそれに酷似した世界出身だったからアルファベットについて首を傾げることもなく、討論が行われる。理恵は「シャルちゃんに任せておけばだいじょうぶ!」と持ってきたデジタルカメラの手入れに専念していた。遺跡内部の撮影ではなく、シャルロッテの撮影がメインらしい。 ABCDEFGHIJ KLMNOPQRST UVWXYZ 1234567890 「これで当てはめていけば、6554になります。 あまり自信はございませんけれど」 「ふむ……わたくしは携帯電話の変換配列かと思うたのじゃが」 それであると9663になる。 「ならみんなの答えを一回ずつ入れてみようか? 失敗によるペナルティとか無いと良いけど……」 紗弓はZOENのアナグラムでonzeとし、それだとフランス語で11となるからそれではないかと予測をつけていた。 しかし言ったは良いものの、間違えたら爆発、などというトラップは無くても、銀行のキャッシュカードの様に数回間違えたら使用不可になるなどはあるかもしれない。 「あまり時間は無いけど――やっぱり少し話し合おうか? 悪いけど正直、どの答えも正解だっていう確信が持てない」 「……そうじゃな。どの答えもイマイチ納得は出来んしのう」 「答えが出てからいくつか試す、というのもアリですわね」 紗弓、ジュリエッタ、シャルロッテが真面目に話している間、アストゥルーゾは辺りの観察と上空の確認、理恵はシャルロッテを撮る事に集中していた。 「む。もしやゾーエンと言いたいのではないだろうかのう」 「んー? でもそれ、数字になるかな?」 「思いつきませんわね」 「やはりアルファベットの配列だと思うんだ。意外と単純なものかも」 「利用者達が忘れてしまっては元も子もありませんものね」 「わたくし達は考えすぎてしまっているのかもしれぬな……」 「あ」 上から覗き込んだアウストゥルーゾが声をかける。 「あれじゃないかな、ホラ。さっき紗弓が言っていたじゃない。ナントカ語。他の言語に当てはめてみるってのは?」 「おお、なるほど! ……ふむ、とりあえずイタリア語ではないようじゃのう」 半分イタリア人であり、幼少期を彼の地で過ごしたジュリエッタはひとつの可能性を消した。イタリア語でZOENから始まる数字単語は無い。 「フィンランド語でもなさそうですわ」 やはりフィンランドの血を受け継ぎ言語を解するシャルロッテもひとつ打ち消す。 「アゼルバイジャン語?」 「何故そこでアゼルバイジャン?」 「じゃあオランダ低ザクセン語!」 「そんな言語あるの?」 「あるよ! 後はね、んーと、ワライワライ語とかっ」 壱番世界の言語に明るくないアストゥルーゾとデジカメ班(自称)が少しばかりズレた盛り上がり方をしている。 「まさか……あまりにも当たり前すぎて気付かなかったけど、英語なんじゃあ……」 紗弓が呆然としたままメモ帳を覗き込みながらつぶやいた。 つまり、アルファベットを英単語にしてみた場合の頭文字、というのはどうだろうかというのだ。 あまりにも当たり前というか、意外性が無いというか、単純すぎて全く気付かなかった。曲がりなりにもパスワードなのだから、こんなに単純すぎるのも問題ではないだろうか? しかしそこはシャルロッテが言うとおり、複雑にしすぎて利用者達が万が一解読法を忘れた場合の方がリスクが高いと設定者が判断したのだろう。 【1252】 「パスは、ZOENで、つまり……0189ってことだね」 英単語で数字を書き出して、ZOENで始まる単語を抜き出す。ZERO、ONE、EIGHT、NINEとなる。 「あまりにも単純ですわ……くっ」 シャルロッテが悔しそうに眉をしかめる。頭が良いと知識が多すぎて物事を複雑に考えすぎ……になるのかも知れない。 「0189で緑ボタンを押せばよいのじゃな。 よし、責任を持ってわたくしが押そう!」 「えーっ、ずるいよジュリエッタさん! あたしも押したいーっ!!」 「じゃあ僕も押してみたいな!」 きりりとしていたジュリエッタがサムズアップしながらパネルの前に立つが、理恵とアストゥルーゾが負けじと挙手をする。 「では間を取ってわたくしが押す、というのが妥当ですわね」 冷静なシャルロッテすら申し出てくる。 人間というか、知能ある生物は押しなべてボタンがそこにあれば押したくなる衝動を抑えることは難しいのだろうか。アストゥルーゾ以外は経験があるかもしれない。路線バスで終点であるにも関わらず「止まります」ボタンを押してしまったことが……! 『大丈夫?』 「うん、こっちは大丈夫。そちらも気をつけて」 紗弓は通信機でなにやらしゃべっている。空戦部隊と連絡を取り合っているらしい。相手は相沢優のようだ。僅かに彼の優しい声色がもれるが、全く4人には聞こえていないらしい。 『あれ。なんか皆叫んでる?』 「えーと……ううん、ただジャンケンしてるだけだから」 『ジャンケン?』 「うん、誰がパスワード入れてボタン押すかのジャンケン」 じゃーんけーんぽい!あーいこーでしょっ! 高く澄んだ声が通信機越しにでも優に伝わる。楽しそうだし可愛らしいけど、緊迫感には欠ける。だがまあ、陸戦部隊に負けじと空戦部隊だって緊迫感とは程遠いわけなのだが。 「勝ったァァァァァァァァ!!」 何度にも及ぶあいこの末、ジュリエッタが高々とチョキの状態で手を掲げる。白い肌が太陽に反射して輝いている。まるで宝石を掲げたように。実際はただのボタン押し係りが決定しただけなのだが。 『じゃあ、そっちも気をつけて』 「貴方達もね。お互い頑張ろう」 プツン。 紗弓はやれやれと溜息を吐き出した。 【1300】 「ぽちっとな!」 随分と古めかしい台詞で、パスワード解除のボタンは押された。 0189、そして緑ボタンと相当なスピード、そしてパワーでジュリエッタは軽快にボタンを押していく。この際パワーは必要ないのではないか、というツッコミは当然のことだが今はちょっと無粋だ。 何故ならば、今、ジュリエッタ・凛・アルヴェリーノは輝いているから。 ジャンケンによる敗者達も、今は素直にジュリエッタの流れるようなボタン押しに賞賛の拍手を送っている。 闘いは多くの人間を傷つける。しかし、その戦いによって結ばれる絆というのも、確かにある。戦場の絆。 キータッチパネルの液晶には数字しか表示されていない。アウトかセーフかすら判定されていない。しかもこの液晶、無駄に古臭い。壱番世界の携帯電話が普及し始めた頃の技術が使われているようなレベルだ。ポケベルほどは古くないかもしれない。しかしうら若い女子高生であるジュリエッタには判るまい。理恵やシャルロッテも判らないだろう。紗弓は記憶くらいはあるかもしれない。アストゥルーゾは、最近の恐ろしいまでの発達した携帯電話くらいしか知らないのではないかと思われる。彼というか彼女の世界には機械文明はあまりない。 あまりにも無反応過ぎてジュリエッタが高々と掲げた人差し指がちょっと切ない。 ピィィィィィィ…… 全員がどう反応すれば良いのか困っていたところ、液晶画面が数字ではなく画面いっぱいに【OK】の文字が浮かび上がる。 それと連動するかのように、重厚な扉が下方向へとズズズ、と下がっていく。 風圧で髪がたなびき、あたりの塵芥も舞い上がる。 「……扉の感じだと両開きかと思ったんだけどなあ」 風や塵に全く動じず、呆れた様子でもなく、むしろ何処か楽しそうにアストゥルーゾが呟く。しかしそれは扉の下がっていく音にかき消されていく。 正確な期間は不明だが、長い長い間封じられていた部屋が今、開かれていく。 ※※※ 【1305】 「かび臭いかと思ったら、そうでもないね」 全身の五感を研ぎ澄まし、あえて先頭でゆっくりとアストゥルーゾが進んでいく。今のところ生態感知センサーのようなものはなさそうだ。 「うっわぁ~、天井高い! 広い!」 理恵は全く気にせずに広さに感動しているようだ。 実際内部は広く、床から天上まで、数十メートルはありそうだ。薄暗い中でも、壁にいくつか扉のようなものや僅かに点滅するランプなどは見える。一番奥まったところに、一際大きな“何か”が見えた。明確な形などは判らないのだが、確実に“何か”がある。 「あのあたりが目当ての場所なのでしょうか」 ギアであるレイピアを片手に、シャルロッテが奥を見据える。つまりそこから更に進むにはカードキーが必要であるのだ。 「内部は大まかな、というか、形はわかるみたい。ただ細かな部屋の配置や何が何処にあるかまでは不明みたいなんだ」 ヴェルナーから預かったというもう一枚の用紙は、遺跡内部の形が示されていた。白くて線だけであるので書き込みはしやすい。 紗弓がポケットからそれを取り出せば、ジュリエッタもバッグの中から何かを取り出す。彼女はヴェルナーから、赤外線スコープや手のひらサイズのねずみラジコンなど、アイテムを色々と無料で借りてきた。危険度を下げるのにかなり適しているものを借りてきた!とジュリエッタは胸を張る。 紗弓としては、安全で落ち着いた探索が出来るようにと最初、魔術を用いて遺跡内部の構造などを調べようかと思っていた。紗弓とてじっくりと調べて冒険のようなことをしてみたい気持ちが無いわけではないが、何があるか判らないしメンバー中最年長者であることへの義務感が強かった。ロマンがない!とダメだしされたらコッソリでもやって安全確保しようかと思っていたのだが。 ジュリエッタの借りてきたアイテムと、アストゥルーゾのお陰で大丈夫そうだ。勿論何が出るか全く不明なので、警戒は怠らないが、自分一人で気負わなくても良いということは心理的な負担が大分違う。 「よーっし、じゃあ頑張るよーっ!」 静寂を打ち破り、理恵が「おーっ」と一人で相打ちをしてたたたっと駆け足で階段を下りて、床にふわっと着地する。 が、つるっと滑ってべちっと盛大に尻餅をつく。 「い、痛ぁ~い……」 滑った拍子に落ちてしまった帽子を拾い上げる間も無く、シャルロッテが駆けつける間も無く、座り込んでいる理恵の上30センチをビシュン!赤外線レーザーが打ち込まれる。機械じみた壁に思い切りレーザーの跡がついて焼け焦げる。流石に穴が開いては居ないようだが、 それは壁が丈夫であるからだろう。人間に当っても火傷で済むとは限らない。 焦げ跡を見た理恵は勿論、駆けつけた全員が固まった。 「シャ、シャルちゃあ~んっ!」 どさくさにまぎれて(?)、理恵がシャルロッテの華奢な腰にしがみつく。 「ジュリエッタちゃんが借りてきたネズミが頼りになりそうだね」 ジュリエッタの手の中に居る機械ネズミは紗弓の声には勿論反応しないが、代わりに当人がにっこりと笑う。 ひっくり返して腹部にあるねじ巻きをキリキリと巻くと、尻尾がパタパタと動いていく。普通の眼鏡のような形をした赤外線スコープを身につけたジュリエッタが先頭を歩く。 床部分である現在地は広い。今ここでネズミを放せば何処まで行くか判らない。動作することの確認だけだ。 先程の赤外線レーザーならばスコープで回避できる。逃げ場の無い中央部分にうかつに近寄らなければ、比較的安全に探索できるはずだ。 何かあればアストウルーゾが教えるだろう。 「じゃあ一番近い部屋からいってみよー」 出発進行! とアストゥルーゾがそのしなやかで美しい指を一番近くにあるランプに向かって指し示した。 ※ 【1348】 3つほど部屋を回ったが、特に何事も無かった。 何度かトラップにかかったが、ピコピコハンマーが出てきてペコっと頭をはたかれるとか(その際に舞った埃の方がダメージは甚大だった)、物凄い勢いで何故か近くにあった扇風機が回ったとか(スカートがめくれたが女子だけしか居なかったので何の問題も無かった)、チェストの引き出しを開けたら水が上から降ってきたとか(水が腐っていないことの方が不思議だった。濡れた服は紗弓が魔術で乾かしてくれたので問題は無い)、擦り傷すら負わない程度のものばかりだ。因みに発動させたのは全て理恵である。 理恵だって無警戒なわけではなかった。いきなりパカっと扉を開けたりとかそういうことはしていない。いっそアストゥルーゾやジュリエッタの方が、性格の問題もあるだろうが勢いよく引き出しを開けたりしていたものだ。 ただ、異様なまでに理恵がトラップを引く確率は高い。 ある意味強烈にヒキが強いのだろう。「今宝くじ買えば大当たり間違い無しですわよ」とシャルロッテの励ましでずうんと落ち込んでいた理恵が元気を取り戻す。宝くじ云々ではなくて、“シャルロッテに励まされた”ことが大事なのである。 「それにしても赤外線が少ないのう。 ううむ、これではわたくしの見せ場が」 ジュリエッタとしては、赤外線をバシバシと見つけて、スコープでかいくぐり颯爽とカードキーを見つけ出す、というヒロイックな展開だったのだが、予定が大幅に外れてしまった。 4つ目の部屋も特に何も無かった。 10畳ほどの殺風景な部屋を5人でたっぷり10分以上もかけて探索する。 「……ん?」 汚れるのも厭わず、その綺麗な足と膝を床につけて、かつてはベッドであったであろうものの裏側に何かが貼り付けられているのに気付いたアストゥルーゾは神経を集中させる。魔力のような波動も、危険な気配も感じ取れない。ベッドらしきものは敷布団が引いてないから、貼り付けられているものが何かに繋がっているとは考えにくい。よくよく見ればテープで貼り付けられている。何かの設備と繋がっているよりは隠すためにここに貼り付けておいたとするのが妥当だろう。 けれどなるべくゆっくりとは剥がす。表面の塗装が剥がれてしまうのは勿体無い。 「どうしたの、アストゥルーゾさん」 「ん、ちょっとなんかあるから……っと、コレコレ。なんだと思う?」 紗弓に差し出したものは、色落ちしたような緑色の金属で出来たメダルのように丸くて薄いものだった。指で軽くはじくと、キィンと高くて軽い金属音がする。内部に何か埋め込まれている様子もなさそうだ。 「なんだろうね……メダルにしては表面に何も描かれてないし。何でもないのかな……」 色んな角度からメダルを見直してみても、安っぽい普通のメダルだ。 「んー、じゃあ記念に貰っておこうかな! ま、それは無理だけど。一応持ってったらなんか役に立つかもね」 言いつつ、すいっとポッケにメダルをしまう。 この部屋ではそれ以外の収穫は無かった。奇跡的としか言い様がないが、理恵がトラップに引っかからなかった。そのことで飛び跳ねて喜んでいる。シャルロッテはヨシヨシと頭を背伸びして撫でたが、判っていた。 ――この部屋にはトラップは無かったようですわね。つまり全室に仕掛けられているのではないと判断して然るべきですわね。 横ではジュリエッタがねずみを回収している。ねずみもすっかり埃まみれになってしまっている。 「うーん、しかし……」 警戒しながら部屋を出る。 「ここだけじゃなくって、この世界ってどこもかしこも、機械が多いよね」 「言われてみれば……」 「そういうのが繁栄してたのかな」 多くの文明が途絶えて、文明の名残を知る者も無く、今では殆どが海の底―― 「うーん、ロマンだね」 半分ほど部屋を巡った辺りで疲れが見えたので、紗弓が用意したお茶とお菓子で一息つく。 女三人寄れば、とはよく言ったもので、無機質な機械まみれの地下遺跡にまるで花が咲いたように明るく華やかになった。高いが気着心地の良い可愛らしい笑い声や落ち着いた美しい声が辺りに反響する。女子高のお昼休みだと錯覚しそうになる。紗弓の手作りだというクッキーのレシピを理恵やジュリエッタが真剣に聞いていた。 広く逃げ場があるほうが安全だということで、室内の真ん中で休憩を取った。座っていた床部分は開きそうなデザインであったが、鍵を差し込む部分も、スロットルも見当たらず、ましてや取っ手部分すら無い。 害もなさそうだが、何か引っかかる。かといって今は目的があるからそのままにしておいた。 【1455】 「まあ、これ、カードキーではありませんこと?」 18の部屋があり、全てをめぐり、最後の部屋で、スチール製の机に立てかけられた本の隙間からキャッシュカードと同じ程の大きさ・薄さをしたカードを見つけ出した。 臙脂色をしたそれは、先程のメダル同様くすんでしまっている。元は赤かったのだろう。裏には磁気読取はついていない。どうやってカードを認識するのだろう、と表と裏をひっくり返して見る。表にバーコードリーダがついているから、恐らくそれであると思われる。 「こっちにもあったよ!」 ビックリ箱トラップを食らってしまったが、理恵はその中から一枚のカードを見つけ出していた。それはモスグリーンのカードで、シャルロッテのカードと同じものだった。やはり小さくバーコードリーダがあった。 「わたくしも見つけたのじゃが……どれが正しいのであろうか……」 「シャルちゃんのじゃないかなっ!」 「何故そこで言いきれる……」 「でも私も見つけたよ。 やっぱりダミーなのかな?」 紗弓も続けてカードを見つける。まさか、と4人がアストゥルーゾを見つめる。その視線に気付いて、無言で見つけたカードをヒラヒラと翳す。 「当然、どれかはダミーだと思うんだけど」 「全部正解かもしれませんわよ」 「どういうこと、シャルちゃん?」 「わたくし達の目的地以外のカードキーである可能性がある、ということじゃな」 「それも、大して重要じゃない部屋のね」 服の裾でカードキーを拭くと、黒ずんだ色が見えた。どうも黒ではなくて紫のようだ。 「でも今までの部屋にそういう感じのは無かったよ~?」 「ということは、カードキーで奥に入って更に何かがあるのかもしれませんわね」 自然と全員の顔つきがキリッと締まってくる。 「まさしく、鬼が出るか蛇が出るかっていうところだね」 一人楽しげにアストゥルーゾは笑った。 【1500】 一際重厚な扉の前に5人が並び立つ。 鍵穴は、と探す必要は無かった。正面向かって右側、扉と壁の付け根に、スロットルが見える。 「アレだよね」 「アレだと思う」 「アレしかございませんわね」 「アレであることは疑いようもなさそうじゃな」 「アレとしか思えないけど、でもどのカードが正解なんだろうね」 一斉にスロットルを見つめるが、スロットルには色も着いていないし、どこにも文字は記載されていない。 「迷ってたって答えは出ないんだしさ、順繰りに入れていこう」 言うが早いか、アストゥルーゾが持っていたカードをずいっと入れた。 あああっ、と誰かが中止するよりも早かった。 カードはするするっと飲み込まれていく。 正解か……? ビーッ、ビーッ、ビッー!! 遺跡中に響き渡る不愉快な轟音が5人の耳を劈く。 「あっ」 アストゥルーゾがあからさまに“失敗した”という表情をする。 ズシンという大きい振動が何度も何度も靴を通して伝わってくる。 -くる。なにかがくる。 それだけは全員わかっていた。 「扉が開いておる!?」 ジュリエッタが叫ぶ。 ゆっくりとだが、確かに扉は開いていた。そうなるとカードは本物だったのだろうか……? 「はッ!」 ザシュ、とシャルロッテのレイピアが空を引き裂く。その剣先には黒い機械仕掛けの虫が貫かれていた。ピクピクと蠢いていたが中枢をやられていたようで直ぐに動きを停止する。 「最大のトラップが発動したようですわね……ッ!」 返す刀でもう一匹虫を仕留める。 シャルロッテと紗弓が理恵を庇うように前に出る。 扉が完全に開く。 扉の内すぐの両脇に防火層が備えてあった。煌々と明るく照明に照らされた通路が延びていて、その最奥には真ん丸い穴の開いた扉が見えた。 「あの扉が地下層への扉なのかも知れぬ!」 「けど、鍵が……ッ!」 徐々に数を増していく虫をアストゥルーゾとシャルロッテが打ち倒していく。 振動音を撒き散らす“それ”は、姿を現した。 彼女達の3倍はあろうかという身の丈に、漆黒の布切れをまとわりつかせた、龍の姿を象ったそれはのったりと歩いてくるのにも拘らず、異常なまでの威圧感を伴っている。ズシンという音以外にも、ギィギィビキビキ、と不穏な音も引き連れている。 ―まるで滑りの悪くなった障子を引いているようじゃの。 防火層を見ていた紗弓がハッとして声をかける。 「誰か! 雷の魔法使えない!?」 愛刀を引き抜き虫を切り倒した紗弓が叫ぶ。 「わたくしのギアがある!」 「あの丸……」 「どうなさいましたの、アストゥルーゾさん?」 落ち着いて虫を順々に仕留めていくシャルロッテだが、同じように確実に仕留めるアストゥルーゾが余所見をしているのを見た。既に足元には何十というおびただしいまでの虫の残骸が散らばっている。まだ動く虫たちには別の虫への攻撃のついでに踏みつけ、完全に破壊する。 「これ、使えないかなって、ね!」 途中で拾った、くすんだ緑色をしたメダルを取り出した。振り向きざまに「理恵!」と叫んで、その足で虫を倒す。手で同時にメダルを理恵に向かって放り投げる。 「ふえっ!?」 突然のことに狼狽しながらも、理恵はなんとかメダルを落とさずに受け取る。 「えっ、えぇっ、これどうすればいいの?」 「紗弓とジュリエッタがあのデカいのを引き止めてくれる、僕とシャルロッテがこの虫たちを抑えるから、理恵はメダルをはめに行くんだ!」 「はわ、わ、判った、頑張る!」 ぐっとガッツポーズをひとつ、してから理恵は背を向けて走り出した。シャルロッテのことは心配だが、信じている。 紗弓の風圧をまとめた魔術で防火層の扉をやぶり、得意ではないが水をあやつり機械龍に向けて浴びせた。思ったほどの水量が無かったが、前面と足元に大量の水をかぶせることには成功した。 開けた通路からの明かりがフロア中にあふれ、入った当初とは考えられないほど室内が明るく、隅々まで見渡せる。 水に反応したのか、機械龍が吼えた。 内臓まで揺さぶられるような咆哮だったのだが、突然のことだったから驚いた理恵が転びそうになったこと以外、誰も恐怖を感じなかった。そう、これだけ圧倒的なまでに体格が違うというのに、威圧感はあってもまるで恐怖を感じない。 紗弓とジュリエッタはさっと左右に分かれる。パシャパシャと足元で僅かに水がはねるが、解さず水溜りが無い場所まで、そして出来るだけ機械龍に近いところを陣取り、頷き合い―― 「くらえーッ!!」 息を合わせた二人が、魔術とギアで盛大な雷を浴びせた。 バリバリバリと大きな雷が間近で落ちたときのような音がフロアを占める。 バチバチっと小さな静電気や稲妻が機械龍を支配して、焦げ臭い匂いが漂い、一歩も動かなくなった機械龍は驚くほどあっけなく首を落として震度5以上に感じる揺れを与えて盛大に倒れた。 「大きな体をしている割に、随分あっけなかったですわ、ねッ!」 「シャルロッテこそ」 アストゥルーゾとシャルロッテも虫を全部仕留め終える。シャルロッテは多少息が上がっているが、アストゥルーゾは顔色一つ変えずに最後の一匹を踏み潰した。 ガシャン! シャッターが閉まるような、聞きなれた、しかし今この場では不吉極まりない音が響く。 「理……!」 シャルロッテが叫んで振り返る。理恵が閉じ込められたと思ったのだ。 しかし無事だった。 音はメダルが吸い込まれた音だった。 理恵は扉の前でブイサインをしている。 ゆっくりと扉の前に集まると、まるで待っていた様にゆっくりと扉が左右に開いていく。 そこにひろがっていたのは―― 『な、何も無かった!?』 「うん……なにもない。無理やりあるといえば、水と部屋があったとか、そのレベル」 グッタリとした全員を見ながら、通信機で紗弓は空戦部隊の優に連絡をした。誰が悪いわけではないが、折角自分達の突入をフォローしてくれたのに、という申し訳なさが募る。 見渡し直しても、何も無い。何も無いがらんどう。 更に地下に奥行きがある部屋だから、広さと構造からいって格納庫だったのだろうか、という推測くらいしか出来ない。 「海水っぽいね」 「みたいだね……海のにおいがする」 隣に並んだアストゥルーゾは何度か鼻を引くつかせて、じいっと海水に浸った格納庫(推測)の底を見つめる。 「再調査になるだろうね。結構大変そうだけど……」 「……そうだね。海水何とかしないと」 抜くなり酸素ボンベを用意したりしなければならないが、そうそう容易ではないだろう。 後ろでは何も無かったという精神的疲労も重なってグッタリとした理恵、シャルロッテ、ジュリエッタがまた紗弓の持参したおやつを食べてお互いを労っている。 それを目を細めて見守りながら、アストゥルーゾはやはり水底を見つめる。 「ただの格納庫跡じゃなさそうだ」 その呟きを聞いたのは誰も居なかった。
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