―― 強い強いって言ってもな。大抵の場合は、用意、スタート! って言ってからが強いんだ。 だから本当に怖いのはそうじゃないやつ。……スタートって言わないやつ ―― (コロッセオ新米管理人”ウエポンマスター”リュカオス・アルガトロス)「依頼を受けるロストナンバーが一人もいない!?」 集合場所に現れたロストナンバーの言葉にリベルは絶句した。 これまでの経験から鑑みる限りにおいて、依頼に誰一人として協力の申し出がないという状況は考えづらい。 何かあったのかとリベルは重ねて問う。「いや、それがですねぇ」と問われたロストナンバーは頭を掻いた。 細かい事情を聞いたもの、つまり「仲間が命がけの勝負に挑んだ」と聞いたものが、誰一人としてその鍛錬を中止させる行為に加担を望まなかった。 リベルの望んだ戦闘に長けたもの、己が武を極めんとするものほど、その傾向は顕著だった。 彼らは異口同音に唱える。「武を志したものが、命を賭けて鍛錬に挑んだのであれば、それを邪魔する気はない」と。 中には、まだ参加はできるのか!? と興味を示したものすらいた。 これほどまでに、と、リベルは驚嘆する。 しばらく考えた後、再び「導きの書」に目をおとし、リベルは嘆息し、呟いた。「……わかりました」と。================================= 先ほどまで、後方から聞こえていた水流の音が消えた。 どうやら、第二の輪である闘場の水が抜けきったようだ。 結果は気になるが、彼ら四人の考える余地はもうない。 駆け戻って結果を確認したい衝動をひたすらに押さえ込み、古めかしい彫刻や花瓶で飾られた長い廊下をひたすら歩く。 口を開くものはいない。 暗闇で、あるいは水没する部屋で、命がけで闘うこの状況は、とても正常なトレーニングとは程遠い。 ならば危険も改めて認識するべきである。 通常、これほどの訓練を行うといえば、リベルあたりがあの無表情のまま止めに来てもおかしくない。 もしかして急いだほうが良いのだろうか、と考えて、くすりと微笑った。 そう、これほどの過酷な鍛錬であるならばこそ。 いいや、自分が素晴らしい好敵手を相手に真剣に戦うことができるなどと。 ―― 絶対に止めてほしくない。 そこまで考えて、普通じゃない自分の思考にくすりと笑いが漏れた。 やがて、大きな扉の前に四人が立つ。 門の前には黒いフードをかぶった、いや、黒い布が地面に落ちている。 もこもこと中で何かが動いているところをみると、どうやら生き物が黒い布の中でもがいているらしい。 しばらくながめていると、黒いの布のはじっこからぴょこんと黒いハナが出た。 もそもそと体をよじって黒布の呪縛から逃れると、その黒いハナ、もとい、世界司書クロハナはぱちくりと瞬きをして、ぺこりと頭を下げた。「流転肆廻闘輪。第三の輪、有刺鉄線地雷原電流爆破金網デスマッチ」 それだけ言うと、クロハナはぱたぱたと尻尾を振り回した。 しばらく、ぱたぱたという音だけが響き、沈黙しているロストナンバー達を眺める。 やがてクロハナはぺたりと三角の耳を垂らして、首をかしげた。「ハズした、スベった。ごめんなさい。ホントは、ここのドアの向こうで戦う。でも、危険」 言われてドアを見る。 石作りの壁に仰々しい古びた金属の扉がはめ込まれるように壁に沈んでおり、クロハナの言葉を待っていたかのごとく、扉はぎぎぎと軋み、ひとりでに開いた。 ただ、ただ、うす暗く長い廊下である。 ロストナンバー達が一歩踏み出すと、その足先がふわりと浮いた。 廊下に踏み込み、足を進めると不意に大地を蹴る感覚が失われた。 本来であれば二本の足は交互に進むはずである。 気がついた時、ロストナンバーの体は宙に浮いていた。 クロハナはといえば、ふよふよと浮いたまま、はっはっと息を切らせている。「ここ、無重力。歩くの、大変。気をつけて、ください」 つまり、無重力の状態で戦闘、もとい訓練を行えといっているらしい。 慣性の法則は働いており、どちらかに向かって壁を蹴ると、そのまますいすいと動いていく。 方向転換をしたければ、基本的には障害物を蹴るなり何なりして干渉する必要があるらしい。 ただ、バランスを崩してひっくり返っても、重力がないので地面に頭をぶつけることもなければ、頭に血がのぼることもなさそうだ。 いつものように土を踏みしめて、とは言わないが、そろそろ見ているのも退屈してきたところだ。「第三の輪、世界司書クロハナ、承ります。武器、OK。十分、気をつけて、ください。――はじめ!」
クロハナに見送られるまま、天衣は廊下へ進みだす。 その前に世界司書クロハナの頭を撫でておくことは忘れない。 改めて気を取り直すと、彼女は薄暗い廊下へと一歩踏み出した。 左右は石造り。 別段、目立った調度品はない。 明かりは左右に一定の間隔をあけて並んでいる。 扉のあちらとこちらの差は見受けられない。 クロハナいわく、踏み出したところからすでに重力は喪失しているらしい。 どんな仕組みなのかな、と頭だけつっこんでみる。 頭にかぁっと血が登る感覚が訪れた。 逆さづりにされた感覚? と錯覚をするが、そこまで強烈ではない。 なるほど、重力の支配を受けていた血液が全身を自由に駆け巡ることができるらしい。 思い切って踏み込んでみる。 廊下に着地、という感覚はなかった。 踏み入れた足を地面につけ、もうひとつの足を廊下へと運ぶ。 最初に入っていた足をもう一度浮かすため地面を蹴ると。 天衣の身体はふわりと空中に浮き上がった。 同時にゆるやかだった服が地面に引っ張られる感覚がなくなり、ふわふわと無軌道に動き出す。 「ふぅわわっ、ぱんつ見える見えるぅ! うぉあー、今度は乳がー!?」 ぐんぐんと慣性の法則にしたがって体が運ばれる。 壁にぶつかり、地面にぶつかり、ぐるぐる回って、どうにか壁につかまった。 直ちに着衣の余った部分を強引にしばりあげる。 「おおっとぉ。おっと。うん、……あれ? ……あ、そっか。……よし」 重力を己の身体で把握すると、きっと目を凝らし、廊下の先を睨みつける。 「……集っ……中っ!」 呟いて見つめる、薄暗がりの先。 もさもさ、と、そこに一本の植物が鎮座していた。 アルラウネ、という植物がある。 『彼女』の出身世界において、生態系の頂点に君臨していた種族である。 毒々しい青紫の花弁、それを覆う緑色の葉。 何より特徴的な形態として、花弁から人間の女性に酷似した姿の胴体が生えている。 そもそもが植物であるという話がなければ、人間が植物に食われていると類推したかも知れない。 彼女はようやく現れた対戦相手を見て、嬉しそうに微笑んだ。 同時に蔓がふよふよと蠢く。 周囲に、蝶のリン粉に似た花粉が飛んだ。 彼女は少し身動ぎすると、蔓を四方へと伸ばす。 蔓の先に分厚い葉肉の枝葉を広げ、空気を孕ませた。 重力の影響がなく、空気がある。 彼女の葉のように、空気という質量に対して強く漕ぎ出すことで、身体は宙に浮く。 「うふふ、飛べるわ……」 彼女は獲物を待つ。 対戦相手を待つ。 今宵、己の腕を試す、その犠牲者が現れるのをじっと待っていた。 かくて、その人物は目の前でストリップを繰り広げている。 しばらく様子を見ていると、どうやら安定したようで、こちらを睨みつけてきた。 「ようこそ、待ってたわ。……関係ないけど、あなたの感想を教えて?」 「なーによぉ、これから戦うんでしょぉ」 「闇の世界の住人。蝙蝠男。わたしこと妖花。大将はキン肉ダルマ……きみのチームは、武術のできる女子高生、神、なんかぽわぽわしたおねーさん、大将はイケメン。……なんか、こう。言いたくないけど、……何か、わたしのいるチームって、悪役サイド?」 「ええとね、そーゆーどう答えてもどっかにカドが立ちそうな質問はズルいと思うなー」 「そうよねぇ」 ふわりと紫の瞳が微笑んだ。 かくて、アコナイトはその花弁から大きく身体を乗り出し、妖しく微笑むと、自己紹介を始めた。 「……さて、始めましょう。わたしはアコナイト・アロカ……」 「あまえちゃんきーっく!!」 自己紹介が終わる前に、天衣が壁を蹴り、足を突き出したまま突進してくる。 反射的に寄り集められた蔓がふわりと足を受け止めた。 同時にアコナイトの身体を固定していた蔓が、次々と天衣の服にまとわりつく。 「ふぅわぉ!?」 「……あのねー、きみ。自己紹介くらいしたほうがいいわよ。あと、不意打ちって、真正面からやらなくていいのよ」 「うおわぉわーぉ!? 服の中に触手がぁ!」 そして、伸ばされた別の蔓がモニター用のカメラを覆い隠す。 残念、画面は蔓に巻かれて何も見えない。 ぴっ、と光が走った。 天衣にまきついていた蔓が一瞬で焼かれ、落とされる。 反射的に光の元をたどると、そこにはアコナイトが初めてみる生命体が浮遊していた。 その生物は、フナムシに長い尻尾を生やし、トビウオの羽根を連想させる鋭い触覚が左右に生えている。 身体はぬらぬらと粘液に守られ、蝶の口にある丸めたストローを巨大化したような触覚が口元についていた。 「……これ、何? 今、光線撃ってたけど」 「これはねー、シンダーハンネスのシンちゃん。知ってる? アノマロカリスの近縁種。地球の古代に絶滅した生物なの。完全な化石はエッセンバッハってとこで見つかったくらいなんだけどねー。保存状態が良好なうちにマインツ行かなきゃ。第11節のひれ、翼みたいでしょ? ここを動かして推進してたって言われてるけど、それだけで捕食性の推進力を得られるのはちょっと不自然だから、やっぱり他に何かしらの推進力があったんじゃないかって私は思っているのだけど」 「あなたの世界の古代生物は、生身で光線打つのかしら?」 「そんなわけないじゃない。いい? シンダーハンネスってのはね。アノマロカリスの生き残りみたいなものなのだけど、この子たちが見つからなかったら、アノマロカリス類の生存時期が一億年ほどなかった事にされてたのよ。そもそも、節足動物と共通の祖先から成り立っていて、推測だけど当時において捕食者だったこの子がいるってことは、節足動物が地上最強の暴君になりえたのよ。嘘だと思う? でも、恐竜だって爬虫類、つまりトカゲやヘビの仲間なのよ。ってことはね、歴史のひずみで節足動物が地上の覇者として君臨した可能性を示唆するのよ。考えられるかな? でーっかいフナムシがのしのしって歩いてる姿を」 気づくと。 アコナイトは、ぼへーっと天衣を眺めていた。 聞き入っている様子ではない。 表情を意訳すると「よく喋るなぁ」と言うところだろうか。 天衣の方は瞳をきらきらさせながら話を続けていた。 そのシンダーハンネスとやらが、ふよふよと漂っている。 アコナイトは何気なくそちらへ手を伸ばす。 おもむろにアコナイトの蔓が延び、その身体を取り巻いた。 『肌を刺す毒』 ぼそりと呟く。 同時、シンダーハンネスと呼ばれた空飛ぶフナムシは蔦から毒を注入され、数度ぴくぴくと身体を反らせると、力を失って無重力の空間に漂いはじめた。 「シンちゃん、ッてぇい!! うああっ、シンちゃんがぁ。な、なんか無駄に漢らしい最後をぉ」 「……え、壱番世界のニンゲンって、アレと話せるの? よくわかんなかったけど、なんか漢らしかったの?」 「いや、どっちかってゆーと心の会話みたいなのが」 「フナムシと心の会話をする人はちょっと……」 「フナムシじゃなくて、シンダーハンネス! 大付属肢類!」 再び、古生代デボン紀にどうのこうのと解説を始めた天衣を置いて、アコナイトは意識を集中する。 そう、これは戦闘訓練であり、本気で戦うべき時。 数本の蔓に先ほどの毒の棘をまとわせ、天衣の方へとつきすすむ。 「ええぇ。授業は真面目に聞かないと」 「さっきの自己紹介の時のお礼よー」 くすくすと笑って、アコナイトは蔓を伸ばす。 二本、三本。 うわぁぉ、とか、ひゃぁぁとか、力の抜ける悲鳴とともに、天衣はその蔓を避け続けた。 さらに蔓の数は増していく。 「私の蔓の最大数、29本。……たった2本の腕で防ぎきれるかしら?」 「無理っ!」 「即答ねー」 戦闘中とは思えないやりとりに、アコナイトは楽しそうに微笑む。 だが、狩りの手は緩めない。 蔓の数が10本を越えたあたりで、蔓は天衣の腰を捕らえた。 「この毒で終わりね。さっきのフナムシもあなたも大丈夫よ、眠くなるだけだから」 「ってこのまま終わったらただの美人なあまえちゃんぴんちってだけじゃない。いくよぉ。リアニマ・エルダッ! 気合入れてドーンッ!!」 天衣は、その白衣のポケットから取り出した石にハンマーを叩き込む。 ハンマー型のトラベルギア、リアニマ・エルダ。 化石を叩けば、一時的に蘇らせる能力を持ったギア。 気合一発。 思い切り殴られた石の群れはそれぞれがうぞうぞと動き始めた。 適当に殴ったにしては、わりとアタリだったようだ。 石炭からは古代のシダ植物の数々が。 小さな貝からは鮮やかな原色の貝が。 三葉虫、シームリア、マテルピスケス。 生物の名前は天衣がすべて実況してくれるので、アコナイトもそういうものか、と理解した。 「これ、何。亀?」 「オドントケリスよ。甲羅がおなかにあるの」 へぇ、と興味なさそうに返事する。 もぞもぞ、もぞもぞ、と有象無象の生命が産み出されて行く中、ひとつ、やけに巨大に成長するものがった。 トリケラトプスによくにた恐竜。 巨大な装甲爬虫類である。 なるほど古代生物と言えば、やはり天衣の世界でも恐竜が定番かとアコナイトは頷いた。 造形に多少の差異はあるが、アコナイトの世界の歴史ともそれほど変わらない。 「コレね。戦闘用としては大当たりかな。スティラコサウルスのスティラ子よ。ちょっぴりロックなトゲがキュート。さぁ、スティラ子! その本来の力で……ってギャー浮いてる!! しかも邪魔だー?!」 本来であれば巨体を持って圧殺も可能だったであろう、その巨大な身体は無重力の中で体勢を維持することすらできず、くるくる回っていた。 全長6m程度、象程度の体躯であるが、そいつがいるだけで廊下は防がれる。 もちろん、彼が発生した段階で、その巨躯の質量により天衣を覆っていた蔦や蔓は引き裂かれて、地に落ちていた。 もちろん、だからといって今現在動けないのは変わらない。 「あのね、お嬢ちゃん」 アコナイトが自分の蔓で自分の頭を抑える。 その体勢のまま、うめくように聞いた。 「もしかして、あんまり戦闘って慣れてないの?」 「……そもそも私が何でこの訓練の、白羽食らったのかわかんないくらいには」 あははっ、と誤魔化してはにかむ。 はぁ、とため息、こちらはアコナイト。 「いい事を教えてあげるわー。私の元いた世界…万葉樹海フィロスは大地を支配する偉大なる我々植物同士の戦乱の世界なの」 「しょ、植生は? 三葉虫とかいる!? アンモナイトは? もしかして、海にダンクルオステウスとかいない!?」 反射的に質問を重ねる天衣をスルーし、アコナイトは懐から酢昆布を取り出した。 「とにかく。鳥も獣も人も。我々にとっては、コレと同じよ」 最近、コレ、気に入ってるのよねー、と、その酢昆布を口に放り込む。 捕食対象。 酢昆布に見立てているとすることで、彼女は遠まわしながら、そう告げた。 「そしてこの私は、かつてそのフィロスの天敵と呼ばれた最強の毒の花。ふふ、つまりねー。食物連鎖レベルで私はきみの遥か上に立っているのよ!」 「そんなことないもんっ、有毒生物は大体捕食対象なのっ。それが頂点にくるなんてありえないっ」 「狩猟で毒を使う蜥蜴とか、あなたの世界にいない?」 「ぐ……、で、でも、植物系ってコトはアルカロイド系でしょう!? 名前がそうだもんね! 壱番世界には、耐性持ってる生物なんてゴロゴロいるもんっ」 「それはアコニチンを想定してるかしら? それとも、アトロピン? シロシビン? 確かにわたしは植物だけど、青酸でも、カドミウムでも使ってあげるわよ?」 「うわ、反則」 ぱたぱたぱたぱた。 クロハナは尻尾を振っている。 ぱたぱたぱたぱた。 クロハナはカメラを見つめる。 きっと、モニタを覗いている人がいるはずだから。 ぱたぱたぱたぱた。 クロハナは尻尾を振っている。 もそもそもそもそ。 クロハナは黒い布を首から背中にかけて被りなおす。 ぱたぱたぱたぱた。 クロハナは再び尻尾をふりはじめた。 でも、目はぱっちり開いたまま。 三角の耳も垂れたまま。 クロハナはカメラと、その向こうにいるであろう観客に向けて、口を開いた。 「二人のおはなし。ぜんぜん、わからない」 ぱたぱたぱたぱた。 クロハナはまた、尻尾をふりだした。 アコナイトの周囲の蔦が彼女を取り巻く。 螺旋状に、幾重にも巻かれた蔦は彼女の体躯をすっぽりと覆い隠した。 さらにその蔦から、シンダーハンネスを落とした毒の棘が生え、覆いつくす。 アコナイトは巨大な棘つきの弾丸を彷彿とさせる姿へと変貌した。 「必殺……、ヒュドラの矢!!」 さらに回転を加え、アコナイト自身が変化した蔓の弾丸が天衣へとつっこむ。 一度をかわしても、二度、三度。 方向転換を何度もくわえ、毒の塊は天衣を追い続ける。 「ふわぁおぉ!?」 「トドメ行くわよ」 気がつくと。 アコナイトの進路に、シンダーハンネスの姿があった。 「シンちゃんっ!」 天衣はとっさにその生物を両手で掴み、懐に抱え込む。 もぞり。 天衣の手の中で、シンダーハンネスがびくりと震えた。 彼は話すことができない。 ゆえに『ちっ、しゃあねぇな。おい、どいてろ』と聞こえたのは、あくまで天衣の気のせいである。 だが、天衣は心の声に従って、倒れたシンダーハンネスを持ち上げた。 「うわわわっ」 ぎゅっと握り締める。 瞬間。 ぐったり動かなかったシンダーハンネスの身体がびくりと飛び起き、光線を放った。 僅かな一閃は、螺旋の蔓をまとったアコナイトの円錐の頂点へと命中し、貫通する。 ぱらり。 蔓がほどけて、無重力の空間に四散した。 やがて、アコナイトの姿が露になり、力を失ったその姿は中空に漂う。 天衣は再びシンダーハンネスを抱きしめる。 今度は何の反応もない。 彼女は相棒、シンちゃんが最後の力で自分を護ってくれたのだと確信していた。 寝てる所なのに思い切り胴体握られて、びっくりして光線出しちゃったとかは考えない。 「あー、負けね。まったくトラベルギアの制限って厄介だわー。クロハナ君、わたし、降参よ」 「ふぇ? あれ、か、勝っちゃった!?」 信じられないという表情で天衣はアコナイトとクロハナの顔を見比べる。 「はい。第参の輪。承認者、クロハナ。天衣、勝ち。承認します。……ごめんなさい。苗字、読めない」 ぱたぱたと尻尾を振るクロハナの頭をなでてから、天衣はアコナイトに向き直った。 同時に重力が戻り、天衣は地面に降り立つ。 ふわり、と着地するのが理想だったかも知れないが、残念ながらどさりと尻餅をついた。 アコナイトの方から音が聞こえなかったところをみると、こちらは無事に着地できたのだろう。 今は、光線で貫かれた蔦を修復しているらしい。 どうやって修復するのか興味津々の天衣の視線は、アコナイトには心配しているように見えたのだろうか。 やがて、彼女はおもむろに口を開く。 「……良かった。ここでなら私、人と対等でいられるのね」 天敵と呼ばれず。 捕食者と呼ばれず。 対等の仲間として。 アコナイトはふふっと微笑んだ。 何かがふっきれたような爽やかさを孕んでいる。 「いやいやぁ、天敵なんて言われてたのよね。すごいんじゃないかなぁ。私の世界で『地球の天敵』だー、なんて言われるには、どんなコトをしなきゃいけないのやら」 「フィロスの天敵ってやつ? ああ、私を倒せる植物がいなかったのよ。いるわけないわよね、だって私除草剤作れるんだもの。グリホソートって知ってる? 壱番世界に普通に売っててびっくりしたわ」 モニタに第参の輪、闘技場である無重力の廊下の様子が映る。 たった今まで戦いあっていた二人はくすくすとお互いに笑いあうと、がっちり握手を交わしていた。 モニタが設置されているのは、医務室である。 この運命の輪が廻る限り、どちらか、あるいは両方が運び込まれる事態に備えて、スタッフは黙々と準備を整えていた。 「おや、第参の輪まで終わったか。思ったよりペースが早いではないか」 ベッドの上には橙色のジュースを手にしたナマモノ、世界司書のポラン。 ごきゅごきゅとマンドラゴラジュースを飲み、ぷはぁと息をついた。 忙しい手を休め、医療スタッフがそのコップにお代わりを注ぐ。 再び、コップの中から形容しがたい香りが医務室に広がった。 「第肆の輪の承認者はアマノ君だったっけ?」 「はい、そうなんです! もうポラン、誰もケガしないで欲しいって思ってるんですけど、もう五人もケガ人が出ちゃって心配です! アコナイトさんも治療しないといけないし、ナオトさんや綾さん、ベルゼさんや神様も、みーんな医務室抜け出して決勝戦見に行っちゃいましたよ。もっと自分の身体を大切にしてほしいのに!」 医療スタッフはロストメモリー。 つまり世界図書館に帰属を選んだもの。 そういう先輩に対し、ポランはあくまで美少女モードを通す。 スタッフが去った後も注意を怠らない。 やがて、一人になったことを確信したポランは、いつも通りの不定形生物へと戻った。 「第肆の輪、最後の決戦。ふふふ、こいつは山吹色のお菓子のごとく楽しみだな。どれ、死者が出た時の言い訳でも考えておくとするか」 不吉な言葉と共に、ポランは立ち上がった。 さぁ。 大将戦が始まる。
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