▼壱番世界にて あなたたちロストナンバーは今回、壱番世界にてとある依頼をこなしました。 作戦的にもやや規模が大きく、数日をまたいでの大掛かりなものになる予定でしたが、滞りないどころかいたって快調に進行し、大きな被害もなく作戦は終了。帰りのロストレイルがやって来るまでかなりの空き時間ができてしまいました。 そんなとき、とあるコンダクターが皆に提案しました。「じゃあせっかくだし〝壱番世界の夏〟を体験してみない?」 ――というわけで、仕事をいつもより手早く終えて、予想以上に時間を余らせてしまったあなたたちロストナンバーは少しの間、この壱番世界に滞在することとなりました。 凶悪な特殊能力者が跋扈(ばっこ)するような危険な世界でもなく、常識さえ守れば比較的平和で、穏やかなこの壱番世界。今はまばゆい日差しが肌を焦がす、夏真っ盛りのシーズン。そんな季節を楽しむべく、様々な娯楽が溢れているのでした。 あるコンダクターが都心からやや離れた場所にちょっとした別荘を持っており、そこを借りることになりました。この別荘を拠点にし、色々と遊ぶことができます。 都心とは違って周囲に建物は少なく、雑多とした生活音もありません。 周辺は山と田んぼと畑が広がっていて、豊かな緑が視界に飛び込んできます。そのゆったりとした風景は、きっと心が安らぐことでしょう。夜には蛍も飛んでるそうな。 別荘のお庭にいても、耳に届いてくるのはセミの鳴き声だとか、あるいは澄んだ音を響かせる風鈴くらい。 もちろん電車に乗って都心部に出て、ショッピングや観光をするのもいいでしょう。遊園地もデパートも賑わっています。 それとは反対方向に電車を乗り継げば、そこは海。海水浴を楽しむことができます。 基本的にはここもそれなりに人出が多いようですが、大きな岩場を隔てた先の海岸は隠れたスポットになっているのか、ひと気はありません。こちらなら人目を気にせずに色々とできそう。 ビーチバレーにバーベキュー、潮干狩りにスイカ割り、サーフィンや海の家。遊べる要素はたっくさん。 それと、近くの小さな町ではここ数日間、お祭りを催しているのだそう。 有名どころのお祭りとは違って、ごった返すほどの人だかりはありませんが、その分ゆっくりとお祭りを堪能できるでしょう。規模は小さいながらも、出店(でみせ)もちらほら見られます。 堤燈(ちょうちん)に灯った明かりが照らす夜の賑わいは、情緒あふれるものがあるそうな。せっかくですし、特有の民族衣装を着ておめかししてみるのは如何ですか? ちなみに、夜には川沿いで花火大会があるようです。もちろん、自前でひっそりと花火を楽しむのも一興でしょう。 壱番世界とはほど遠い異世界出身のツーリストはこれを機に、壱番世界の魅力に触れてみませんか? 逆にコンダクターの皆さんは、仲間たちに壱番世界の文化を教えてあげては如何でしょうか? ――これは、とあるロストナンバー達の、ちょっとした夏休み。====※このシナリオはイベントシナリオ群『ロストレイル襲撃!』で描かれたロストレイル襲撃事件よりも過去の出来事として扱います。ですが、システムの都合で現在、ステイタス異常の方は参加できません。申し訳ありませんがご了承下さい。====
▼午前中、海辺にて 照りつける日差しはまぶしく、肌を焼くような暑さで空気は燃えていた。 「海だーっ!」 水着に着替えたカルム・ライズンが、意気揚々と砂場に駆け出していく。それに続くように、黒燐(こくりん)や森間野・コケ(もりまの・こけ)、バナーや他多数の子どもロストナンバーたちが、砂浜に飛び出していく。その後に数人の大人ロストナンバーたちが、荷物やパラソル等を抱えて続く。ほのかは海に来ても、やはりいつもの白い装束で身を包んでいた。 広い海岸線がずっと続いているが、周囲にロストナンバー以外の人影は見当たらない。子どもを中心に編成されていたロストナンバーの面々は、誰かの目や場所を気にすることなく思いっきり遊べるとして、その気持ちはもうわくわくでいっぱいだった。 「へへっ、海で楽しく遊べるように、泳ぎだってきっちり練習してきたんだ。今日は思いっきり遊ぶよ!」 浮き輪を装着したカルムが、ばしゃばしゃと海の中へ入っていく。勢いよく水面を蹴って泳いでいく。 「あれー、カルム。キミってカナヅチじゃなかったっけ?」 その後ろに続きながら、器用にすいすいと泳ぐバナーが声をかける。カルムは得意げな面持ちで親指をぐっと立てて返す。 「うん、そうなんだ。でも大丈夫! こんな日のために猛特訓しておいたんだ。だからもう、水だって怖くないよ」 「わーお、すごいね。でも、あんまりはしゃぎ過ぎると、足がつっちゃうよ」 「大丈夫、大丈夫!」 見ててと言わんばかりに、バタ足を強める。盛大に水しぶきが上がり、水面が揺れて、塩辛い海水がバナーの顔面に直撃する。 でも――カルムの足に、びしっと閃くような痛みが走って。 「うああああぶがぐぐがぶぶ!」 「ほーら、言わんこっちゃない」 忠告に従わず、足をつってしまい溺れ始めたカルム。バナーは苦笑しながら、彼へ近づいてせっせと救助に入る。 † 水着姿のコケは、砂浜で膝を抱えたまま座り、ちょこんとしている。植物に似た体質を持っている彼女は、壱番世界の夏の日差しを受け止めて、光合成をしようとしている。 けれども。 「……日差し、強すぎ。からだに良くない」 焼くように強い日光は逆にからだを刺激してしまうようで。 よろよろと立ち上がり、今度は波の打ち寄せる浜へと足を向け、そこでまたちょこんと座る。足元とお尻を撫でては引いていく波がこすぐったい。 だけど。 「……しょっぱい。濃い塩水、からだに良くない」 根っこが水を吸い取っていくように、コケは水からエネルギーを補給できる。海水は栄養分こそ豊富だったけど、如何せん塩が濃すぎるみたいで、これもまた健康にはよろしくない。吸い取った塩分でべとべとする体をよろりと立ち上がらせ、コケは皆の荷物置き場となっているパラソルへ向かう。そこから大きなビニール製のボールを持って、皆のところへ駆けて行く。 「取った塩分、消費する。コケ、運動する。誰か、コケと遊ぼ」 抑揚に欠ける声音だけど、コケがいつもその調子であることはもう、皆が把握している。掘り起こしていた砂で何かを作っていた黒燐と、何人かの子どもロストナンバーたちが、その手を止めて走り寄って来る。 「なんだっけ、びーちばれえ、だよね。いいな、僕も仲間に入れて!」 「コケちゃん、私もー」 「一緒にやろお」 「へぇ、ビーチバレーかぁ。面白そう」 休憩所として設置されたパラソルの下。コケのもとに子どもたちが集まる様子を眺めていたバナーが、隣の友人を見下ろしながら訊ねる。 「カルムはどうする? まだ休んでる?」 横になっていたカルムは勢いをつけて上半身を起こすと、鼻の下を拭いながら元気に答える。 「冗談言わないでよ。もちろん参加するさ! 休んでるなんて勿体無いもんね」 「そうこなくっちゃ。――おーい、僕らもチームに入れてよ!」 バナーとカルムが、ビーチバレー組のもとに近づいていく。かくして、即席の男女対抗ビーチバレー大会が催されることになる。 しばらくは普通にビーチバレーをしていたのだけれど。もっと面白くやろうよ、ということになって――。 † あるロストナンバーが持つ、ボール型のトラベルギア。それが相手から放たれる。風を切るような轟音をまといながら、鋭くコケに向かっていく。 「えい」 コケは手に持ったスコップ型のギアを構え、軽い調子で横に薙ぎ、相手側のコートに打ち返す。 ――そうして、トラベルギアを使ったビーチバレーが実践されていた。戦う意思にのみ反応するトラベルギアということだけど、こうスポーツ魂的なものに感化されてくれたのか、すんなりと手元に具現することができて。 試合は、あまり派手にぶちかまさないという、至極曖昧なルールのもとで行われることになった。ともあれ、コケの返したボールには。 「黒燐、そっちいったよ!」 「はーい、任せてー」 バナーが飛ばした声に、黒燐がゆったりと答え、腕を振るう。糸状のギアを顕現させて巧みに操り、ネットのようにしたそれでコケの打ち返したボールを受け止める。上にボールを流して、トス代わりにする。 「よおーしっ。今がチャンスだ、行くよっ!」 助走して加速をつけたカルムが飛び上がる。手に具現したヨーヨー型ギアを操作してボールを一時的にキャッチし、振り回してつぶてのように発射しようと試みる。 けれどそこに。バナーもまたボールを打ち込もうとして、ギアを手に飛び上がってきて。 「カルム、どいてどいて!」 「え、ちょ、ちょっとバナー――わぷっ!」 ほぼ同時に飛び上がった二人。うまく空中で姿勢を制御できず、互いにごちんと頭を衝突させる。 結局、ぽーんと打ち上げられただけのボールは、ゆるゆるとした速度で女の子陣営のエリアに入って――。 「よいしょっ、コケちゃんパスーッ」 「いけいけーっ!」 「……そこ」 抜群のタイミングと位置と速度で回されたボールを捉える。表情に欠けるコケの瞳もチャンスを感じて、きゅぴんと光る。 ぽこんとゴム鞠を弾くような調子で振るわれたスコップ型ギアは、けれど空気を歪めるような凄まじい勢いと速度でボールを弾き、男の子陣営へ喰らいつくように返される。軌道は途中でぐるんと変化して急降下し、エリア内側ギリギリのラインに打ち込まれる。 「黒燐くん、そっちーっ!」 「うわわー!」 エリア端で構えていた黒燐が、剛速球の急な軌道変化に慌てて糸を操作する。けども糸が適切な形状を取る前に、コケのシュートが砂浜にずぼんとめり込み――。 ぴぴー、と審判役の大人ロストナンバーが笛を鳴らす。女の子陣営が最後の得点を決めたのだ。 黄色い声を上げてはしゃぐ女の子組。エースのコケに皆が殺到し、よいせよいせと胴上げをされる。でも3回目の胴上げがキャッチできず、コケは女の子たちもろとも、もつれるように砂の上へどばばと転び。 一方、バナーはカルムと言い合いをしていて。 「もー、なんでカルム、あそこでジャンプしてくるのさぁ」 でっかいたんこぶを恐る恐る撫でながら、バナーが唇を尖らす。 「それはこっちの台詞だよぉ。あれは僕が先にジャンプしてたんだよ」 「えー、違うって」 「違わないよ」 「違う!」 「違わない!」 額を突き合わせ、むむむと鋭い視線を交差させる二人の間には、ばちちと火花が散って。 「まーまー、二人ともー」 二人の間に、のんびりとした様子で黒燐が間に入り、その場は収まる。 ▼お昼近く、海の中にて 浜の一角では、ほのかを中心に大人たちが昼食の準備をしていた。数少ない手持ちのセットを巧みに使って、ほのかは要領よく昼食の支度を整えていく。肉や野菜を串に刺してバーベキューの準備をする他、ほのかが自ら海中から採ってきた魚介類をさばいている。一匹の魚を次々と食材へと変え、食べられるものへと調理していく。 「すごーい。ほのかさん、料理人みたいだ!」 「ううん、機械の解体とかならできるんだけどなぁ。料理は勝手が違うんだよなぁ」 ほのかの包丁さばきに目を輝かせながら、わくわくと調理の手際を見守るカルム。バナーは腕を組みながら調理の手際を見つめ、機械工作との相違点について考えをめぐらせる。 黒燐は、刃物のように鋭く伸ばした爪を包丁代わりに、簡単な具材をさくさくと切っていて。コケは女の子組の仲間たちと、テーブルや食器、みなの飲み物を配置したりなどの下準備に奔走している。 そうしているうちに、組み立て式簡易テーブルの上には、数々の料理が並んだ。 さざえの壷焼き、雌鮑(※)の酒蒸し、芽かぶと長芋のお酢物、海栗(※)や雄鮑のお刺身。それと若布(※)とじゃこと胡麻の混ぜご飯、蛤(※)の吸い物。あとは、網で串焼きにした肉や野菜のぶつ切りなどなど。主にほのかが作ってくれたものが中心だ。 壱番世界の風習にならって皆で手を合わせ「いただきまーす」の掛け声をし、お昼御飯の時間が始まって。 「皆の口に合えば、いいのだけど……」 ほのかは心配そうな表情をしたけど、それは杞憂(※)で。子どもたちは料理に次々と手を出し、おいしそうにそれらを平らげていく。 † 「はふー、おいしかったぁ」 おなかをてんてんに膨らませたまま、バナーは満足そうな声を漏らした。パラソルの影のもと、大の字になって寝転ぶ。カルムや黒燐、コケなども同じようにこてんと横になっている。 ふと気が付いた黒燐はおなかを撫でながら、後片付けをしているほのかを見上げて言った。 「そういえば、ほのかさーん。ディーナさんはどうしたのー?」 ディーナ・ティモネンは、今回の作戦に同行した仲間の女性で、数少ない大人ロストナンバーのひとりでもある。もとの世界でも戦闘に関してかなりの実力をもっていたらしく、作戦内においてもその力を存分に振るい、それが早期終結への足がかりにもなったのだ。 空き時間を遊んで過ごそうと子どもたちが盛り上がり、早く早くと急くように海へと出発していく中、彼女だけは布団に潜ったままだったのだそうだ。ほのかが気遣って声を掛けに行っていたことを黒燐は思い出し、そういえば昼間を過ぎても姿の見えない仲間のことについて、ほのかに訊ねたのだった。 「ディーナさんは……疲れたから眠っていたいと。起こさないでくださいと……そう、おっしゃっていたわ」 「今回の作戦で、すごい活躍してたひとだよね。そのディーナってひと」 カルムがよいしょと上半身を起こし、腕を組んで考えるような仕草をする。 「お昼ごはん、まだ食べてないよね。届けてあげた方がいいかな? ぼく、空飛べるからすぐに持って行けるし」 「でも……昼食も、結構だと……」 「え? ごはんも食べないって? 食欲ないのかなぁ」 「……もしかして。からだの調子、良くない? 戦うの、すごく頑張ってた」 ごきゅごきゅと飲んでいたラムネのガラス瓶を口から離し、コケが淡々とそう呟く。それに対しても、ほのかはそっと首を横に振って。 「いいえ……ただ、一人でいたい、と。説得はしたのだけど……無理を強いることはできない、から」 ほのかの表情が少しかげった。温和な性格であるほのかは、一人でいると一方的に言うばかりのディーナに、そっと優しく言葉をかけて、一緒に出かけようと誘った。けれど、この空き時間をどう過ごすかは個人の自由であるし、強くは言えなかったのだ。 うーん、と皆が唸る中、黒燐はとりあえず立ち上がり、提案する。 「でもさー。何だか、このままだとディーナさんだけ仲間はずれみたいになっちゃうし、かわいそうだよねー。お昼ごはんだけでも、持って行こうよー。もしかしたら、まだ別荘のほうで寝てるかもしれないしー」 「ん、じゃあそうしよ! ぼくが飛んでいけば、ひとっ飛びだしね。ちょっと着替えてくる」 「あ、カルムくん。そんなの悪いよぉ。行くなら、僕もついて行くー」 「黒燐も行くの? じゃあ、ぼくも行こっかな」 簡易脱衣所へと走っていくカルムの後に、黒燐とバナーがてててと着いて行く。ほのかは子どもたちの背中を見て、微笑ましそうに口元を緩め。余った材料を使って、ディーナへ届ける昼食代わりのお弁当を手早く整えていく。 一方、二本目のラムネを空けたコケは、じとーっとした目でどこか遠くを眺めて。しばらくしてから突然、すっくと立ち上がる。隣にいた女の子ロストナンバーが、きょとんとした表情で見上げてくる。 「? コケちゃん、どうしたの?」 「……コケも行く。迎えに行く」 相変わらず起伏のない声音で、ぼそりと言うと。他の男の子もいる前で、急に水着を脱ぎ出そうとする。そんな突発性気まぐれ行動を、女の子たちが慌てて止めて。 かくしてカルム、黒燐、バナー、コケの4人は他の面々に見送られながら、ディーナがいるであろう別荘へと向かうことになる。 † カルムが黒燐を、黒燐がバナーを掴むと、カルムは翼を広げて飛び立とうとする。するとバナーの足に、コケが伸ばした植物の蔦(※)が絡みついてきて。結果としてカルムは、三人を運んで飛ぶはめとなった。 団子状にぷらんと垂れ下がる仲間たちを抱えて、カルムは必死に翼をばさばさ動かし。遅い遅いもっと早くと急かされながら別荘まで飛んできて、力を使い果たしたカルムは。 「……つ、つかれ……たっ」 別荘の玄関に到着すると、すぐにばたりと倒れこむ。 仰向けになってひーひーと荒い息をするカルムのおなかを踏んづけながら、黒燐とバナーとコケの三人は、どたどたと別荘に上がっていく。でもなぜか家の中に、ディーナの姿は見えない。ひとりでいたはずの個室を見に行くと、そこには書き置きだけが残っていて。 「……見つけた」 「ん? 何それ」 「なんて書いてあるのー?」 コケが書き置きを手に取る。バナーと黒燐が横から覗き込むように顔を近づけてくる。 「……街に、出かけてくるって。ごはんとかは、全部ひとりでやるって」 「むぅ、逃げられちゃったねー」 「黒燐とコケはどうする? 街のほうまで追っかける?」 「せっかくここまで来たしね……そうだね、バナーくん。追っかけてみよっかぁー」 「……追いかけっこ。まだまだ、続ける」 「よーし、それなら早速出発だ! ほのかさん達には、トラベラーズノートのエアメールで連絡しておけばいいでしょ」 「……お~い、バナー、みんなぁ。ディーナさん見つかったの~?」 疲労でよたよたと廊下を這いつくばりながら、後を追ってきたカルムが扉の隙間からひょこんと顔を出す。 「あ、カルム。もう一回飛べる? ちょっと街まで飛んでよ!」 「ディーナさん、街に独りで行っちゃったみたいなんだー。追っかけちゃおうよー」 「……カルム号、はっしんじゅんびにかかれ」 びし、と街の方角を指し示しながら、コケが意気揚々と宣言する。カルムはがっくしと大きくうな垂れたが、「こうなったらもうヤケだー!」と叫んで、残る力を振り絞り、また皆を団子状に吊り下げて街へと飛んでいく。 ▼お昼過ぎ、市内にて 兵士のように育てられたディーナにとって。命令や指示を遂行することは、己の存在価値そのものである。 ロストナンバーになった今でも、それは変わらない。世界図書館から示される依頼とは、彼女にとって義務であった。だから、その世界図書館からチームで行動しろと言われれば、そうする。シングル・コンバットを得意としてはいるが、集団行動を否定するつもりはない。集団でしか成せないこともあると、認識はしているから。 けれど、基本的に。ディーナは独りでいることが多かった。孤独の時間を好んでいた。 「……これにしよ」 大型百貨店の浴衣コーナーで、一着の浴衣を選んだ。もらい物の浴衣で着方については練習済みであり、誰かの助けが無くても着れる。 (そう、誰かの手を借りる必要はない。全部ひとりで――できる) ――でも。本当にそうなのか、とも思う。心の隅で。 ディーナは喫茶店に入った。通りを見渡せる窓際の席につき、行き交う人々を眺める。ロストナンバーが秘密裏に介入したことで守られた、平和な光景がそこにある。 ふとサングラスを外し、それを直に見つめてみた。けれど目に特殊な性質を抱える彼女にとっては、ふつうの日差しでさえも辛く感じる。目の奥がきゅんと痛み、目を細め、顔をしかめてしまう。 世界に拒絶されている。そう思うと、心も痛んだ。もしかすると、心の痛みが目の痛みにもつながっていたりするのだろうか。 (もしそうなら。この目の痛みがなくなったとき、私はどこかの世界に帰属できるのかもしれない。私の居場所を、見つけられるのかもしれない) 戦うことも一人でできる。生活も一人でこなせる。 けれど。 ロストナンバーになって。生きる場所を失いながらも、それを必死で探し、あるいは新たな場所を見つけたりしている仲間たちの姿を見て、思うようになった。 「生きる」ということは。自分ひとりだけは、できないのではないか――と。そう感じていた。感じ始めていた。 (これは寂しい、って気持ち? 誰かと関わることが、生きるということ? そうすれば世界にも、いつか。受け入れられるようになるんだろうか……?) けど今はまだ。少なくとも今、この世界はまだ、彼女を受け入れてはくれないようだった。まだこの世界は、自分の目と心に痛みを伴わせる。 ディーナはサングラスを戻し、飲み物に口をつける。珈琲(※)のじんとした苦さは、まるで自分の心を投影しているかのようで。 (あぁ、でも。自分だけの場所を見つけられたのなら。それはどんなに――) そうして深い思考をしていると、人ごみの中に見知った連中を見かけた。 遠くからでも分かる。頭上に浮かぶ真理数がない。そして姿も格好も、この世界の住人ではない。竜人の少年と、植物の少女と、顔を布で隠してる子。 向こうもまた、こちらに気付いたようで。ガラス越しにディーナを指を差し、何やら嬉しそうに叫んでいる。 (一人で歩くと、言ったはずなのになぁ) ディーナは小さく溜息をつく。席を立ち外に出て、彼らの相手をしなくては。 † 「あ、ディーナさん。ふぅ、やっと見つけた……!」 さらりと長い髪を揺らしながら店内から出てきた仲間の姿を見て、カルムはほっと安堵の溜息をつく。ここに来るまでの間、もう飛ぶだけでからだがヘトヘトなのに、この人が多くて広い街を探し回ったからだ。 「……あれ。せっかく見つけたのに。……バナー、いない。どこ……」 「なんかさっき、電気街見つけたーとか言って、向こうに走ってったけどー」 コケがふるるとバナーの姿を探す横で、黒燐が一方向を指差しながらのほほんと答えた。カルムがあきれたように頭を抱える。 「なんだよ、もぉー。ま、いいや――それでさ、ディーナさん。一人のほうが気楽かもしれないけどさ……一緒に遊んだり、歩き回ったりしない? 一人でいるのはいつでもできるけどさ、この時、このメンバーで外に出るって、あんまりそう多くはないチャンスだと思うんだ!」 カルムが身振り手振りを加えながら、ディーナに訴える。サングラス越しに隠されたディーナの表情に変化はない。自らの腕を抱くようにし、無表情のまま彼を見下ろしているだけだ。 そうしているディーナの服の端を、くいくいと引っ張る者がいる。 「……いっぱいいると、大変だしうるさい。ひとりは、楽ちん。でも……いっぱいいると、色々なこと、いっぱい起こる。それは賑やか。だから、寂しくない」 コケは、大勢の家族と妹に囲まれて育った長女だ。だからこそ、ひとりでいられることの貴重さも知っているし、たくさんの仲間に囲まれて暮らすことの暖かさも、知っていた。コケは言葉足らずで、必死に訴えかけるような表情もできないけれど。ディーナの服の端を引っ張って、じぃっと彼女を見上げることで。少しでも気持ちを伝えようとしている。 黒燐は何も言わず、後ろで手を組み、ふんふんと何かの歌を口ずさむ。二人に対してディーナがどう反応するのかを、楽しみに待っているような。そんなそぶり。 「寂しくない、か……」 淡白な表情のまま、ディーナはぽつりと呟く。己を見上げてくる子どもたち三人へ、順々に視線を送り。はぁ、と溜息をひとつついて。 「……でも急に言われても、そんなのできないかな。私は今まで一人でいたし、一人が好きだったから。だから、一人でいるよ」 子どもたち三人は顔を見合わせ、残念そうに肩を落とす。 けれど。 「ただ……キミたちと同じ場所にいるだけだったら、別にいいかな」 さらりと付け加えたディーナの言葉に、三人はきょとんと顔を見合わせて。そして快活な笑みをしたカルムが「いぇい!」と言い放ち。三人は嬉しそうに、拳をこちんと打ち合わせる。やったね、という合図。 そうしているところへ、バナーがしぱたたたと小走りで駆け寄ってくる。 「ねぇねぇ、ちょっと面白いゲームセンター見つけたんだけどさ。あとで皆で行かない? ――あ、ディーナさん、見つかったの? 丁度良かった、ディーナさんも一緒に行こうよ!」 そうして子どもたち四人はディーナを連れて、近くにあったゲームセンターに足を運び。デジタル機器に慣れているバナーが皆に使い方を教えながら、色々なゲームを愉しんだ。ディーナは相変わらず、一人で店内を見て回ったり、クレーンゲームに挑戦していたりもしたけれど。その内に(コケが率先して、ディーナを半ば強引に誘い)五人で、同じゲームを遊ぶようになる。 傍目からは、ディーナが子どもの付き添いに見えたかもしれないけれど。むしろ「遊び」に慣れていない彼女を、子どもたちがぐいぐいと連れ回しているようなところもあった。 そうして、お昼過ぎの時間帯はあっという間に過ぎて――。 ▼夕方前、別荘にて ディーナを連れて子ども達は一旦、別荘へと帰宅する。夜に行われる祭りに参加するためだ。祭りは都市部ではなく、山間にある小さな集落の中で行われる。 「オマツリって……何?」 「太鼓と唄に合わせて、やぐらの周りで踊るの」 「……ヤグラ?」 「建物のことよ。周りを見渡せるよう、塔のように少し高くなっているの」 ほのかは壱番世界の出身ではないけれど。彼女が暮らしていた世界と壱番世界の古き風習には、どこか似通った部分があった。だから、そうしたほのかの説明にはむしろ学ぶべきところも多い。話を訊きながら、コケは手元にすらすらとメモをしていく。 その他に、コケは浴衣の着付けの仕方も、一応は教わって。コケはその後、女の子組の子どもロストナンバーたちのもとに戻り、着付けをしてあげていた。隣の部屋から、子ども達の黄色いはしゃぎ声が聞こえてくる。 「夏のお祭り……盂蘭盆会(※)のお祭りなら、わたしの故郷でもあったわ。あまり参加したことはないけれど」 「ふーん、そうなんだ」 今はほのかとディーナが、同じ部屋で浴衣を身に着けている最中だった。誰にも習うことなく、一人でテキパキと着付けをしていたディーナが言葉を挟む。 「普段よりも、霊魂の数が増えるから。それを気にしていると、ばつが悪くて……」 「どういうこと?」 「本来は……供養の為の招魂祭、だからよ。単に、皆で集まり遊び戯れるようなものとして、認識されていることが多いけれど。……あぁ、ディーナさん。そこ、着付けの仕方が……違っているわ」 「え? でも、これできちんと着れてるはず」 「衿(※)がね、反対なのよ……直す、わね。腕を上げて……少し、動かないで」 ディーナが一人で着た浴衣の帯を解き、反対になっていた衿を逆にする。右の衿が下にくるよう、右の衣で体を包んで。その上にもう片方の衣を重ね、左の衿が上にくるようにする。 「色も鮮やかで素敵……壱番世界では、浴衣は着てゆくものなのね。私にとっては、沐浴(※)のときに着る衣に過ぎないけれど。こちらは、別荘の方から?」 「いや、自分で選んだんだ」 「そう……綺麗な色合いね」 ディーナが昼間に買った浴衣の生地は、黒をベースに白を合わせ、桃色の花の刺繍があるものだ。その衣を大人しく着付けてもらいながら、ディーナは溜息をつく。 「着付けなんか一人でできる……って、思ってたのにな」 「何でも一人でやろうとする、あなただから……きっと、細かい部分までは訊いていないのだと……少し、思っていたわ」 「……」 「次からは、きちんと……最後まで、じっくり……ひとのお話に耳を傾けられるようになれば、良いかもしれないわね……」 着付けが終わった子どもたちは、庭に出ているのだろう。外から響いてくるはしゃぎ声が部屋へと届く。それに混じって遠くから、太鼓と笛の響きも聞こえてくる。色んな音が届いているのに、二人がいる部屋はどこか静かで。 「それにしても、驚いたわ。子どもたちと一緒に遊んだ、なんて……子どもたちの気持ちが、届いたのかしら」 「気まぐれだよ、ただの」 「でも、そうやって一緒にやり取りをしながらね……ひとは生きていくの」 「けれどいつも一緒にいる、なんて。信じられない。窮屈そうだし……それに、傷つけ合うんじゃないかな」 ディーナの世界では、昨日仲間だった連中であっても。命令や訓練であるなら、遠慮なく殺し合っていたから。だから仲間なんて、共同作業をするための道具でしかないと、そう思っている節もある。道具はいつか壊れてなくなるもの。同じ道具に愛着を持つなど、そんなこだわりは弱さにつながる。そういうものだと、教えられた。 「そうね……ぶつかり合ったりすることも、あるわ。けれど……そうやってひとは強くなって、弱くなって。厳しくなって、優しくなっていくの。変わっていくのよ……ひとは、ひとと接することで」 「……」 「もし、今日のあなたの気持ちの変化が、一時の気まぐれだったとしても……でも今、その気持ちが此処にあるのは、確かだわ。あなたは今、少しだけ変わっている。そうでなければ、此処にいないはずだもの……」 「よく分からないな。……あぁ、うん。分からないことだらけだ」 「分からないから、見つけようとする。そういうものよ」 「……」 「さ、できた。……私も、着付けたいのだけれど。髪、持っていてもらえるかしら?」 「キミのことだし、持っていなくても本当は出来るんじゃないのかい?」 「支えてもらっていたほうが、すぐに済むの……。人付き合いの基本は支え合い、助け合いよ。……御願い」 わざとなのだろう、とディーナは分かる。意識的なのだろうと。小さな手伝いをさせることで、ひとと接触を持たせようとしてくれているのだ。 感謝はしない。けれど無碍(※)にもしない。ディーナは溜息混じりに、ほのかの長い黒髪を持ち上げた。さらりと流れるように、一本一本が絹のように柔らかい。 (……綺麗だな) 口には出さず、ディーナはそう思いながら。ほのかの着付けを手伝った。 † 「すごいな、これが浴衣かー。なんかスースーするなぁ」 カルムは己が着た浴衣を物珍しそうに見下ろしている。背中に生えている翼に浴衣は適していなかったが、ほのかが翼を出せるように簡単な加工をしてくれたのだ。翼が通せるように生地へ切り込みをいれ、その縁を縫い止めし、余裕を持たせた切り込みが閉じられるように、ボタンをつけて。 「そうだね、カルム。ぼくも何だか落ち着かないなぁ。涼しすぎるような頼りないような……うーん」 浴衣を細工してもらったのはバナーも同じで、丸みのあるふっさりとした尻尾が出せるようになった。背を振り返り、尻尾の動かし具合を確かめている。 「ふふふ、初めて浴衣を着るひとの反応って、何だか面白ーい」 身に着けた浴衣の感触に違和感を覚えている二人を、黒燐は面白そうに眺めている。 出身世界が元々、浴衣のような衣にも所縁(※)がある文化であったため、黒燐は浴衣もきちんと着こなせる。今日は、仕立て屋のリリィに作ってもらった浴衣を持参している。濃い藍色をベースに、白で模様があしらわれた涼しげな浴衣だ。 コケも、桃色などの明るい色合いを基調とした花柄の浴衣に身を包んでいる。毛髪の間からぽふんと生えたお花が、花飾りみたいで可愛くて、頂戴ちょうだいと女の子組からせがまれていたりもし。 そうして、中庭で先に待っていた子ども組へ追いつくようにして、浴衣を着たほのかとディーナもやってきて。皆でぞろぞろと、祭りが催されている小さな広場へ足を進める。 遠くから響く祭囃子(※)の、重くて楽しげな音色が耳に心地よい。夕暮れの空は段々と夜の帳(※)がおり始めて、赤と藍の色が混ざり合う。軒先や電柱に備え付けられた堤燈(※)が、温かみのある光でぼんやりと周囲を照らし出す。道を同じ方向に行くひとも増え始め、賑やかさが増していく。 ▼夜、お祭り中の広場にて 「……」 「どうしたの? コケちゃん」 女の子組数人と、お揃いのお面で頭の横を飾っていたコケは、ふとある出店を見かけてふらふらと歩み寄ってく。紐(※)の先に、動物をあしらった小さな造形物がくっついた飾りだ。和の味がある布を敷いた台の上に、それがいくつも並べられている。 「……コケ、これ知らない。何?」 「これはね、根付って言うんだよ」 「ねつけ……あ。これ、可愛い」 「あ、ウサギだね。うん、ちっちゃくて可愛い」 「……これ、買っていく。お土産にする」 そうぼそりと言うと、コケは品の選別を始める。鈴の色と、紐の色が違うものをひとつずつ手に取る。赤と緑と、黄色のみっつ。 「おじさん、これください」 「あいよー」 「? コケちゃん、みっつも買うの?」 「なんでなんでー?」 コケの肩の上に両手と顎を乗せ、友達の女の子二人が不思議そうに目を瞬かせる。 「黄色は、コケの。赤は、あっちの友だちに。緑は、コケの伴侶に」 「はんりょ?」 「はんりょ?」 女の子たちは、互いにきょとんと視線を交錯させて。その後、ぐいいと興奮気味に顔を近づけてくる。 「こここ、コケちゃん、どういうことっ」 「は、はなしは、署でくわしく訊こーかっ」 鼻息荒く、訊いてくる。その後、女の子組では恋愛談義が始まったそうな。 † ほのかは、金魚すくいの出店で足を止めた。つつつと近づき、物珍しそうに金魚の入った水槽を見下ろす。 「……これが、金魚? 初めて見たわ……綺麗」 「なんだい、姉ちゃん。金魚が珍しいかい? だったらほれ、やってみなって。一回はサービスだ」 「え……」 恰幅(※)のいい店員から、ついっと金魚をすくうポイとお椀を手渡され。促された勢いのまま、戸惑いがちに初めての金魚すくいを体感する。けれど、すぐにポイの紙はぺろりと剥けるように破けてしまい、一匹も取れずじまいで。 「だははっ! まぁ最初はそんなモンだ。ほれ、おまけだ持っていきな!」 「し、しかし……」 「いいんだよ、気にするなって! 金魚も、べっぴんさんの所にいた方が喜ぶに決まってるしなっ」 がはは、と豪快に笑いながら。店員は一匹の金魚を、水の入ったビニール袋と一緒に入れて手渡してくれた。 「……感謝いたします」 しずしずと頭を下げるほのかに、店員は照れくさそうに笑う。 店員からの厚意で拝借した金魚と水袋。それを指に提げながら、祭りの人だかりの中をほのかは行く。 透明な水の中、灯りを受けて輝く鮮やかな鱗。透き通るように綺麗な水晶の中に、宝石が佇んでいるよう。ほのかはそれを大事そうに眺める。 「……そこでは、狭くて息苦しいでしょう? 帰ったら池に――あ、そういえば……あちらの別荘に池はあったかしら。無ければ水槽に……」 そう考えをめぐらせながら、ほのかはさらりとした黒髪を揺らしながら、祭りの雑踏を散策する。 ふと目をやると、ひとつの出店に視線を釘付けされている仲間がいた。黒燐だ。顔の布は、今は付けていない。わくわくとした色で輝く瞳が、大きな機械の前に立つ店員の手元を見つめている。 ごうごうと音を立てる、大きな鉄製の桶のような機械に、何か粒のようなものが大量に注ぎ込まれて。回転する装置に割り箸が差し出され、何かを掬い取るように巧みな動きをさせる。するとあっという間に、ふんわりと柔らかそうな白い雲みたいなものが、箸にもふんとくっ付いていて。 綿のようなそれをもらった黒燐は嬉しそうな足取りで歩き出す。ほのかに気付き、近づいてくる。 「やっほー。あ、ほのかさんは金魚、捕ったんだー?」 「……いいえ、捕まえられなかったわ。店員の方から、ご厚意でいただいたのよ……」 「そっか、良かったねー。ん、ほのかさんはコレ、知ってる? ワタアメって言うんだって! ひと口どう?」 「え……? けど……よろしいの?」 つい、と手に持つ綿のようなそれを差し出してくる。ほのかは戸惑いがちな視線をおくるが、黒燐はぴょんことひとつ跳ねて。 「いいの、いいの! それより甘くてこれ、おいっしーんだから!」 「……ありがとう。いただくわ」 髪が触れないよう手でおさえつつ、綿のようなそれをかじる。見た目どおりにふわりとした食感。そして口内ですぐにとろけて、とろんと甘い味が広がって。 「甘くて……おいしいわ」 「えへへ、そうでしょ? 僕、もう三つも食べちゃった。それにしても、不思議なからくりだぁ……どうなってるんだろー。あれ、ターミナルに持って帰りたいなぁ」 わたあめをもふもふとかじりながら、黒燐は物欲しそうな目でわたあめの製造機を眺め。 「あ、黒燐くん、いたいたっ」 「おーい」 「んー? あ、カルムくんにバナーさん、どうしたの?」 手に水風船のヨーヨーを持ち、林檎飴を舐めながら、カルムとバナーが走り寄ってくる。 「あっちに射的があるんだって。黒燐もいかない?」 「へぇ、面白そう! いいよー」 「じゃあ、勝ったひとは負けた二人からたこ焼き、おごってもらうってのはどう?」 ふふりと怪しく目をきらんとさせるバナーの提案に、カルムと黒燐は得意げな顔を向けて。 「へへん、バナーには負けないよ!」 「ぼくもっ。カルムくん、バナーさん、早くいこー」 そうして三人は明るいはしゃぎ声を上げながら、人ごみの中に紛れていく。からからと、下駄が硬い土の地面を叩く軽快な音が響く。そんな彼らを、ほのかは微笑ましく見送り。 そこへ。とんとん、と肩を指で突付かれる感触。そっと振り向いた先には、ディーナ。黒を基調に、白の刺繍と花模様が映える浴衣を着込んでいる彼女。 「気まぐれな、お礼だよ。一緒に如何かな?」 差し出されたディーナの手には、薄い容器に入ったたこ焼があって。 † 「花火……始まったようね」 「そのようだね」 たこ焼きを食べあった後に。ひと気の少ない場所から、ほのかとディーナは打ち上げ花火を見上げている。互いに視線は交わさず、会話を少しだけ挟む。 「……今宵は、楽しめた?」 「途中までは一人で、だけどね。射的してたら、カルムたちに勝負吹っかけられたりもしたし」 「ふふ」 「――でも。そうだね。一人もいいけど、二人以上も……まぁ、たまにはいいかなって、思えたかな」 「そう……」 肯定も否定もせず。ほのかはそっとディーナを言葉に耳を傾け。 ――いつしか、花火は終わって。 ディーナが最後のシメにと、ほのかを線香花火に誘おうとした。すると。 「あ、ディーナさん? ほのかさんも一緒かな」 バナーを筆頭にし、黒燐とカルムがやってて。別の方向から、女の子組と一緒にコケもやってくる。 「なになに? あ、それって線香花火かなー」 「あ、黒燐だけずるいぞ。ディーナさん、僕にも!」 「コケも、やる。一本ちょうだい」 てててと遠慮なしに近づいてくる子どもたち。 ディーナは少し苦笑しながら「いいけど、そんなに花火はないよ」と言ったけど。子どもたちはあっけらかんと、こう返すのだ。 「大丈夫! 〝皆で一緒に〟やるから!」 ディーナは内心、ひとつのことを悟った。 子どもはいつも元気で、うるさくて。けれどいつも前向きで、皆が楽しめるようにと精一杯で、純粋で。 (これが生きるってこと……? ……年端もゆかない子どもたちの方が、大人の私よりもずっと立派に生きている?) ディーナは少し自分に不甲斐なさを感じた。けれど。 (子どもにできることが、自分に出来ない道理はない……はずさ。そう、きっとそう) ふと。空に再び、花火が上がった。最後の華にと、連続で何発も。いくつもの火と閃光の芸術が、夜の空に放たれては消える。 仲間と共に、ディーナがそれを見上げる表情は、どこか遠くを見つめているようで。でも憂いな色は霞んで(※)いて、小さく希望の光が差したような。そんな、少しだけ安堵がにじむ顔をしていた。 † そうして、滞在期間は過ぎていき。最後にはお世話になった別荘を軽くお掃除してから、一同は別荘を後にしました。 後に提出された報告書は、このお屋敷で過ごした「ちょっとした夏休み」のことが内容の大半を占めていました。 そんな報告書の表題は、『壱番世界における凶悪ワームの殲滅作戦』から『ロストナンバー休日紀行』へと差し替えがされたとか、されなかったとか。 それと。 別荘の玄関先には、大きな水槽が置かれて。一匹の金魚が、大きすぎるそこを優雅に泳ぐ姿が、見られるようになりましたとさ。 <おしまい>
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