「オンラインゲーム、というのを知っているか」 贖ノ森火城の問いかけに、同意の言葉が幾つか返り、何人かは首を傾げた。「インヤンガイに壺中天というシステムがあることは知っている者もいるだろう。端末を通してネットワークに接続し、情報をやりとりするものだが、特筆すべきはそれを、五感を通して行うことだな。ヴァーチャルリアリティを使用して行うインターネットと考えてもらえばいい」 最近で言えば館長救出劇の場ともなった、壱番世界には存在しない高度なネットワーク技術の説明の後、「その壺中天で、今、人気のオンラインゲームがある。【猟人世界】というものなんだが、プレイヤーはひとりの猟人(リエレン)となって広大で自然豊かな世界を行き来する。そこで、モンスターを倒して『材料』を得てゆき、それによって武器や防具、様々なアイテムを自らこしらえることで成長してゆく、という内容なんだそうだが、そこに暴霊が発生したらしい」 今回起きた事件について触れた。 火城が言うには、その【猟人世界】内に発生した暴霊は、ボスモンスターのデータを乗っ取った挙げ句、霊力を喰らってパワーアップすべくプレイヤー何名かの精神を捕らえてしまったのだという。「しかも、厄介なことにどうやら暴霊は複数らしくてな。すでに第一陣には現地に向かってもらっているんだが、何にせよ少々事態がややこしいようだから、まあ、その辺りのことは現地の探偵から聴いてくれ。今回の依頼を寄越した男だ」 そう言って、火城は、人数分のチケットを取り出し、ロストナンバーたちに手渡したのだった。 * * * * *「ん、あんたたちが今回の協力者かい? まあ、ひとつよろしく頼むよ」 くたびれた風采の、しかし穏やかな目をしたその男は、探偵のシュエランと名乗った。傍らでお茶を出したりメモを取ったりしている、やさしげな美人助手はハイリィというのだそうだ。「早速だが、本題に入らせてもらう。暴霊は三体。実態が掴めたのは、先にあんたたちのお仲間に退治を頼んだ下級ボスモンスター紅毒竜と、今回挑んでもらう上級ボスモンスターの白腐竜って奴だ。三体目の、超級ボスモンスターに関しては現在調査中だ、もう少し待ってくれ」 今回の相手、白腐竜に取り憑いた暴霊は、今のところ五人の猟人を『巣』にストックしているらしい。猟人たちには少々衰弱の兆しが見え始めているようで、なるべく急いでほしい、とシュエランは言った。 白腐竜とはどういうモンスターなのか、と問われて、シュエランは画像をプリントアウトしたものを旅人たちに見せる。「……大きいな」 誰かが呟く。「そうだな、竜の中では格段に大きい。しかも、それなりに知恵も回るようだ」 それは、身の丈三十メートル近いサイズの、きらきらときらめく鱗と巨大で優美な翼、長く太い尾と凶悪な三本角を持つ、恐ろしくも美しい純白の竜だった。 これが、白腐竜。 【猟人世界】では、上級猟人が超級へとレベルアップする際にどうしても避けて通れぬ、大抵の猟人は初回の挑戦では手も足も出ずずたぼろにされる類いの強力なモンスターなのだそうだ。「で、だ。あんたたちには、これから【猟人世界】に入ってもらうわけだが、ログインするとそこでまず好みの武器の素体と対竜防具一式をもらえる。素体の他には、そのエリアの地図、砥石、回復薬や防腐剤、ボウフウの実、罠なんかがもらえるみたいだな。さすがに上級フィールドに入って下級の素体ってのは無理難題吹っかけすぎかと思って、武器も防具もちゃんと上級用の『改』を用意してあるから心配するな」 武器の素体『改』は、刀・太刀・短剣・双剣・長剣・大剣・斧・斧剣・巨鎚・音鎚・槍・銃槍・弓・洋弓・銃弓のいずれか一種類から選ぶことが出来、更に強化によってどんどん攻撃力を増加させることが可能だ。「そうだな、今回挑んでもらう白腐竜は、こちらからのサポートとあんたたちの技量であれば一回か二回の『強化』で斃せるだろう」 ただ、問題なのは、それを強化するためには、フィールドを歩き回って採集・採掘を行ったり、自分でモンスターを狩って狩って狩りまくったりして、よい『材料』を手に入れなくてはならない、ということだ。もちろん、防御力も上げなくてはならないから、上級装備である『対竜防具』一式を同じく強化しなくてはならないだろう。「白腐竜の出るエリアは上級者向けだから、強敵こそ多いが採集・採掘ポイントも多い。要するにいい『材料』を持つモンスターが多いってことだ。対竜防具の付加効果で、回復用や補助用のアイテムも精製しやすいと聞いているし、そこそこ頑張れば、それなりの強化が出来るはずだ」 そこから更にシュエランが語った、【猟人世界】へ入る際への注意事項は以下の通りだ。 体力ゲージと持久力ゲージに留意。双方、0になるとゲームオーバーである。 身体能力の大半は引き継がれる。空を飛べるものは飛べるし、霧になれるものはなれる。五感の優れたものはそれを有効活用することが出来る。少々急ぎのこともあって、処理速度をかなり上げてあるため、今回は『人間離れした動き・怪力』なども一定は反映される。 更に、魔術や魔法、超能力など、特殊能力の使用も規模の大きくないもののみ、一回だけ使用が可能となった。二回以上使おうとするとフィールドから放り出されるので注意が必要となる。 トラベルギアは使えるが、特殊効果はほとんど掻き消される。こちらは処理が間に合わなかったらしい。 ちなみに、ヴァーチャルリアリティの世界ではあれ、現実の肉体と同じような生理現象や肉体の障害が起きるため、それに関する準備が必要となる。味覚もあるらしいので、珍しいきのこでも食べてくればいい、とはシュエランの言葉。「ああ、それから猟人はかなり頑丈だ。普通はあのサイズの竜に踏まれりゃ即死だろうが、回復さえしておけば何回踏まれても死ぬことはない。といっても、衝撃も痛覚もあるからあまり嬉しいものではないだろうけどな」 若干不吉な物言いの後、シュエランは猟人たちの補佐をしてくれるNPCについて触れた。 プレイヤーは、友獣(ヨウショウ)という人間の子どもサイズの小型獣人をパートナーに選ぶことが出来、名前や性格から語尾まで、好みのものに設定することも可能なのだそうだ。「友獣には幾つか種類があってな。友猫(ヨウマオ)、朋犬(ポンチェン)、侶獅(リューシー)、伴狼(バンラン)、供竜(ゴンロン)の中から好きなものを選んで連れてゆくことが出来る。ただし、一匹だけな。それと、友獣は種類によって扱い易さが違うから注意してくれ。特に、一種類だけえらく扱い難いというか懐き難い奴がいると聴いた。……どれだったかは忘れちまったんだが」 要するに、友獣への扱い及び働きによっては、戦いが有利になったり不利になったりする、ということだろう。「友獣は精緻な人工知能がプログラムされているから、本当に生きているような反応をするし、主人と一緒に戦うごとに成長していく。つまり、扱い方接し方によって強くも弱くもなるし、友好度が上がりも下がりもするということだ。それを育てるのも楽しみのひとつなんだろうな」 そこまで説明し、シュエランは壺中天のシステム端末へと旅人たちを誘った。「まあ……ひとまずは、慣れるところから始めるしかないだろうからな」 シュエランの独白を聴きつつ、旅人たちはログインの準備を始める。※ご注意!※こちらは先行のシナリオ『【猟人世界】紅毒竜の猛威』と同じ時間軸を扱っております。『【猟人世界】紅毒竜の猛威』にご参加中のPCさんは、こちらのシナリオへのご参加をご遠慮くださいますようお願い致します。万が一エントリーされ、当選されても、充分な描写が出来ない可能性があります。
上級者以上のフィールドにおけるボスモンスターたちは神出鬼没である。 どこかのフィールドをうろついていることもあるし、巣にこもっていることもある。 そのため、『時間を決めて全員で』という方式はここでは使えず、上級者用拠点に集った面々は、ひとまず自分たちの好きなように辺りをうろついてアイテム精製や武器防具の強化を行い、メンバーの誰かがボスモンスターを発見次第皆に連絡する、ということを取り決めていったん解散となった。 以下は、それぞれの行動の記録である。 1.猟人生活は楽し 「ごしゅじん、ごしゅじん、こいつヒドいのだ! 友獣はボクだけでいいからこんなやつ引っ込めるのだ!」 (それはこっちのせりふなのだ! ますたー、こんなやつさっさとかいこするのだ!) 上級者用フィールドの片隅に、賑やかな声が響き渡る。 目つきが悪い、という共通点を持つ黒いネコと黒い蝙蝠状のなにかが向かい合って喧嘩しているという微妙な光景だが、彼ら(?)の主人は残念ながらマイペースだった。 「……」 ボルツォーニ・アウグストは周囲の喧騒など気にも留めぬ様子で――騒ぎの中心は間違いなく彼自身であるはずなのだが、華麗にスルーしている――、いつも通りのむっつりとした無表情のまま、今しがた斃したばかりの双角黒麟獣から素材を剥ぎ取っていた。 どこか、漆黒の麒麟――瑞獣としての幻想上の、である――に似た鋭角的なフォルムのそのモンスターは、中型ではあれ神属竜種のひとつで、上級者フィールドからしかお目にかかれない強敵だ。もちろん、強敵であるということはすなわち、レアで強力な材料が採れる、ということでもあるのだが。 「必要なのは、頭骨、骨、鱗、角、甲殻、尾、そして黒麟玉か……まだ先は長そうだ」 ぎゃーぎゃーと喚く二匹をチラリと見ただけで、ノーコメントを貫きつつ別のフィールドへ移動しようとしたボルツォーニに、 「なーなーおじさん、あいつら何とかしてやった方がいいんじゃね?」 大きなハンマーを担いだ神喰 日向が声をかけた。 広範囲に作用する回復薬を作るべく材料を集めていたらしい日向は、白く光る虫を山ほど鷲掴みにしていて、正直妙なビジュアルだが、当人もボルツォーニも気にしないというか、要するにツッコミ不在につき特に問題にはなっていない。 「片方は友獣で、片方はあれ、おじさんのツレ?」 外見年齢三十七歳はおじさんに含まれるのかというようなことを、鷹揚なボルツォーニは気にしないので訂正もしないが、天真爛漫な日向もクールビューティ系不死者をおじさん呼ばわりして恐れるでもない。 「……そうだ。能力を上げるために友猫に憑依させるつもりでいたのだが、友獣自身に拒まれて弾き出されたようだな。ヴァーチュアル・リアリティの世界であっても、彼らにも心があるということなのかもしれん」 「ふーん。あ、それで喧嘩してんの?」 「乗り移ろうとした方と弾き出した方、どちらが悪いかで盛り上がっているようだ」 「盛り上がるってなんか若干ニュアンスが違うような……まあいいや。なんにせよ戦力二倍だし、アイテム収集も二倍だし、便利でいいんじゃね?」 「ああ、そういうことにしておこう」 「そうそう、ゲームなんだしまずは楽しまなきゃねー。……で、あいつら名前は?」 「使い魔と友猫だ」 「いやいやいや、それたぶん種族名だし」 「……面倒だから初期設定のままでいい。確か、カーシャと言ったか」 「え、じゃあ使い魔は?」 「使い魔だ」 「ごしゅじん超てきとーなのだ!」 (ますたーてきとうすぎるのだ!) ボルツォーニの所業に、同時に叫んでから、友獣と使い魔が顔を見合わせる。 「おまえ……苦労しているようなのだ」 (おまえもたぶん苦労するのだ) 「そうか……なら、ボクたちは仲間なのだ」 (……!) 脳内でいったいどんな働きがあったのか、亜光速で判り合ったらしい使い魔と友獣のカーシャが、 「よし、ならボクがおまえに名前をつけてやるのだ。ボクがカーシャだから、おまえはつかいまから音を取ってツーにするのだ。これでツーカーコンビなのだ」 (むう……もんくのつけようのないながれるようなりろんなのだ……!) 熱く抱き合ったり感涙にむせんだりするのを、 「……キャラかぶってるからちょっと暑苦しいなー見てて。弾かれたのってキャラかぶりが原因なんじゃね?」 日向がクールに評する中、彼らの苦労の源となるであろうごしゅじんさまといえば、二頭目の黒麟獣を見つけて、単身、ものもいわず突撃している次第である。 「まったく困ったごしゅじんなのだ! ボクたちを置いていくとかありえないのだ!」 (ますたーはあれでつうじょううんてんだからしかたないのだ……) 友獣と使い魔がやれやれとばかりにサポートに走る中、補助薬作成に血道を上げる日向は、 「おっ、カクサンバッタ発見。これと、コトブキムシを組み合わせて、と……よし、複数名様用回復薬完成。コレはもう少し数がほしいなー。あ、パワームとガードラゴンフライみーつけた。コウボウドリンクにしてみんなに配ってやろうっと。やー、組み合わせれば組み合わせるほどいろんなものが出来て行くってなんかたのしーなー」 黒麟獣との交戦中に独角黒煙竜に乱入されたボルツォーニ一行、友獣と使い魔がぎゃーぎゃー喚き、銃槍を携えたごしゅじんは黙々と狩りに勤しむ、というもうすでにデフォルト化された感のある絵づらを物見遊山気味に見学しつつ、最終目的=打倒白腐竜、を少々忘れかけながらも、様々なアイテム作成に勤しむのだった。 * * * * * ロウ ユエは朋犬のシャオとともに採掘に精を出していた。 配布アイテムの中からもらったツルハシが大活躍中だが、このゲームでのツルハシや虫網といったアイテムは何度か使うと壊れてしまう代物のため、採掘・採集を連続で行うためには、そのうちそれらもつくらなければならないだろう。 「で、太刀の強化には何が必要って?」 「ん、ええと……隕鉄十個と砂泳魚の背びれ、霊樹の銀枝に夜啼猫の牙が要る、みたいだな」 「わー、ごしゅじんったら面倒臭い強化選んだねー。夜啼猫とか大変だよ?」 「……そうなのか」 「うん。まあ、そりゃ、こっちもお仕事だし手伝うけどね?」 「そうか、ありがとう。あとは、回復薬と補助薬を持てる分だけつくりたいんだが」 「ふむふむ、体力持久力がいきなり尽きるのは困るからね、妥当な線だと思うよ。それじゃ森かな、向こうの。ここの他にも採掘場があるし、薬草も虫も茸も大量に採れるから」 頼もしい朋犬の言葉に従って森へと移動すると、そこには白い侶獅を連れたアルア・ティーダがいた。 侶獅の名は、確かチイだったはずだ。大人しい、どこか可愛らしい雰囲気の侶獅は、ずいぶん親密度が上がったらしくアルアにぴったりとくっついてせっせとアイテムを採集している。 「あら、ユエさん」 「ん、ああ」 弓を選んだらしいアルアは、どうやら矢をつくっているようだった。 「君は弓にしたんだな」 「ええ、故郷で唯一使ったことのある武器なんです」 「なるほど」 「……といっても、やっぱりゲームなんですね、『使おう』と思えば自然と狙いも定めてくれるし、現実とは少し違うみたい」 「ああ、それは俺も思った。現実であれば、獣なら一撃で倒す自信はあるが、ここではモンスターの体力に対してどれだけダメージを蓄積させるかによって斃せるか斃せないかが決まってくるようだしな」 「そのようですわね。ですから私、矢に属性効果をつけようと思って」 【猟人世界】では、弓や洋弓、銃弓は、様々な付加効果のある矢弾を使うことが出来るのだ。といっても、当然無限に使えるわけではないから、長期戦を想定するとなればかなりの数が必要だ。 「それは、シビレアゲハの鱗粉? ああ、麻痺属性のある矢が出来るのか」 「ええ、これで皆さんの補助が出来れば、と思いまして。ユエさんは?」 「俺か。俺は補助薬や補助アイテムを大量につくろうと思ってな。なにせ、手強い相手のようだから。あと、この太刀を強化するのに色々必要なんだ。――夜啼猫の牙とか」 「あら……夜啼猫ですか、大変そうですわね」 「……出会ったことがあるのか?」 「ええ、あちらの夜森フィールドで。何なら、お手伝いを?」 「頼めるなら、ありがたい。その前に、この辺りで採れるものを……」 言いつつ、シャオとともに辺りを物色する。 「ん、これは……バラバラディッシュ? 投げつけると破裂するのか。なんというか、知らずに食べてダメージを受けそうだ。で、こっちは火にくべると爆発する、と。これとバラバラディッシュを組み合わせたら爆弾が出来そうだな」 「バラバラディッシュと、茸のクダケチルーノを掛け合わせても爆弾になるよー。あと、ヒバナ草とメラメラタケで爆薬ね」 「そうか、了解。そうだ、アルア、君の強化は済んだのか? ずいぶん、強そうな装備になっているようだが」 ユエの問いに、アルアはしなやかで強靭でありながら優美な、黄金を基調色としたドレスの裾を淑やかにつまんでふわり、くるりと一回転してみせ、それから微笑んだ。 「……美しいドレスだ」 「火山フィールドで白炎鳥を、海フィールドで海蛇竜を狩ってつくりました。軽くて丈夫で、火にも強いの」 「なるほど。俺も、防具の強化を考えないとな……」 「夜啼猫の革と棘、それから尻尾で、確か防具の強化も出来たと思いますわ」 「ほほう。ならそれで試してみようかな」 言いつつ、夜啼猫が出没するという夜森フィールドへ向かう。 夜森フィールドは、そこだけ常に夜という不思議な場所で、昼間には見られないモンスターが現れたり、通常フィールドに存在するモンスターも少し行動が違ったりするのだという。 「ほう、あれは雷ホタルか……電撃罠用に何匹かストックしておこう」 「雷ホタルはシビレ玉にもヒカリ玉にも使えるよ。ただまあ、白腐竜相手にどこまで使えるかは判んないけどねー」 「それだけ強敵、ということか?」 「まあ、ルーキー猟人なら五分ももたないと思うよ。ねえ、チイ」 シャオが言うと、黙々と薬草を採集していた侶獅はわずかに手を止め、 「同感。どれだけ気をつけてもやりすぎと言うことはないと思う」 物静かな、しかししっかりとした言葉とともに頷いた。 ユエとアルアは顔を見合わせる。 「……では、やはり、入念に準備しなくてはな」 「ええ、そうですわね」 「アルア、君の武器は強化済みか?」 「一応、二段階まで強化してあります。一度に複数の矢を射ることが出来ますし、的中率上昇と蓄積値によっては敵の動きを鈍らせる効果も付随させてありますので、足手まといにはならないかと」 「謙虚だな。とはいえ、そもそも全員が主戦力の心積もりだ」 ロウの言葉にアルアが微笑み、小さく頷いたその時、ずずん、という大きな震動が響き、 「あっ、ごしゅじん、出たよ夜啼猫! しかもデカいなこれ!」 シャオの指し示すほうを見遣れば、 「……いや、猫じゃないだろあれ」 身の丈十メートルを超える、鱗と棘と針のような剛毛に覆われた鮮やかな藍色の『猫』が、こちらに向かって激しく威嚇し、周囲が震えるような咆哮を上げているのだった。 黄金に輝く双眸は確かに猫眼だったが、しかしあれを猫と総称してしまうのはどうか、などと思いつつユエは太刀を引き抜く。 「何にせよ、まずはあれを斃さないことには始まらない、か」 「ええ。――お気をつけあそばせ」 弓を構えるアルアに頷いてみせ、ユエは夜啼猫目がけて走り出す。 ――刃と鉤爪の交わる、硬く澄んだ音。 2.走った狩った強化した 「……撮影出来ればな」 由良 久秀は、ゲームの世界でありながら豊かで美しい景色に、撮影機材の持込が出来ればよかったんだが、などと思いつつアイテム精製や武器防具の強化に精を出していた。 久秀の選んだ得物は銃弓、要するに矢弾を撃ち出せるボウガンである。 様々な種類のある銃弓の中でも、久秀は特に火力の強い、重量もあって反動こそ大きいものの攻撃力も高い、重銃弓とでも呼ぶべきものを選んでいた。 基本的に、遠距離系武器使用者用の防具というのは近接系武器使用者用のものと比べると防御力が低いものが多いのだが、この重銃弓には望遠スコープの他にシールドもついており、他の遠距離系よりも防御力の高い仕様となっている。 「ま、とりあえず大体のコツは掴んだ、はず」 癖の強い重銃弓に、撮影機材を試すような気分で慣れ、慣れながら必要な素材を集めていく。 もとより、カメラマンとして――それが不吉な二ツ名を関するものであろうとも――、一瞬の光景を切り取るすべには長けた久秀である。ゆえに、矢弾の有効距離や攻撃における効果部位の把握や判断は素早く正確だ。 「反動は……そういう『お約束』っていうことだな。最初から『あるもの』として考えれば問題ない」 重銃弓の難点と言えば、撃つと必ず仰け反ってしまうこと、そして矢弾の装填に若干の時間がかかることだろうか。これはもう腕力や根性でどうにかできるものではなく、重銃弓と言うジャンルの宿命というか仕様と割り切るしかなさそうだ。 とはいえ、久秀はその反動やブレまで計算しつつ立ち回ることにもあっという間に慣れてしまったが。 「さて、あとは……何が必要だったか」 支給アイテムを確認しつつ、これからつくるべきものなどを脳裏に思い描く。 「弾丸、携帯食料、地図、回復薬、防腐剤……防腐剤が要るってことは、何か腐らせるようなブレスでも吐いて来るんだろうな、注意しないと」 ぶつぶつ呟きながら薬草を採取し、イヤシメジと組み合わせて上級回復薬を作っていると、視界の隅に、茂みの傍らでごろりと寝転がっている友獣の姿が入り、久秀はさっと目をそらした。 ……のだが、 「あらぁ、ヒデちゃんったらつれないわねぇ、無視しないでほしいわぁん」 妙に野太い声でオネエ言葉を喋り、光沢のある黒の体色をした供竜の海鴎(ハイオウ)が妖艶な流し目を寄越したので、久秀はその場で横転しそうになった。 「誰がヒデちゃんか!」 「あら、ヒサっちかヒデたんの方がよかったかしら? それともヒサぽん?」 「……いや、ヒデちゃんでいい、もう」 性格は勇敢、口調は普通……で設定したというか申請したというか、とにかく普通の友獣にしたはずが、何故か性別オス・オネエ口調と言う供竜に当たってしまい、久秀は自分の『引き』の悪さをつくづく思い知らされていた。 犬猫には徹底的に警戒され嫌われ威嚇された記憶しかないため供竜を選んだのだが、どうもこの友獣、探偵も言っていた、もっとも扱いが難しいと言われる種だったらしく、今ひとつサポートしてくれない。今のところ、周辺のガイドをしてくれる、ものを尋ねれば教えてくれる程度の付き合いだ。 ――とはいえ、他者に対してものごとを期待しない久秀なので、あまり落胆もしていないのだが。 「交代も無理だと言われたからな……」 「雇い直しはこのクエストが終了してからどうぞん?」 嘆息交じりのつぶやきに、海鴎がウィンクとともに身体をくねらせる。 それにちょっと顔を引き攣らせてから、久秀は、出来ることなら一からやり直したいとか、自分はこのゲームに対して何か悪いことをしただろうかなどと思いつつ、スタミナを回復すべく先ほど焼いた肉をふたつ取り出し、片方を海鴎へと放った。 「……手伝えとは言わんから、せめてガイドをしっかり頼む。欲を言えば、周囲の警戒と狙いを定めている間の囮役と」 久秀の言葉に、海鴎はクスリと笑って肉を受け取る。 「気づいていると思うけど、アタシたち供竜は他の友獣とは少し違うわ。ヒデちゃんがアタシの望む姿を見せてくれるなら、幾らでもお手伝いするのだけれど、ねぇ」 ゲームが始まってから気づいたが、供竜の『供』は、他の友獣たちと違って『仲間』ではなく『従者』を意味する。 要するに、友として仲間として接すれば自然に友好度が上がって行くと想定される他友獣とは違い、別の接し方をしなくては友好度があがらない、と考えるべきなのだろう。 「……」 それが何なのかまでは判らないので、久秀はむっつりと唇を引き結んでそうかとだけ返し、こんがり焼けた肉に齧りつく。 『お約束』、つまり制約も多いが、電子の世界にいながら味が判る、物に触れている感覚もあることの不思議を思い、何にせよまずは装備のレベルを上げて白腐竜を見つけるしかないか……と胸中に確認しつつ肉を腹へ収めた瞬間、あたりにけたたましい鳴き声が響き渡った。 「!?」 重銃弓を引っ掴み、見渡せば、鮮やかな鱗と羽毛、鞭のような尾を持つ、嘴に牙の生えた巨大な鳥が――どことなく、鸚鵡とトカゲを掛け合わせて凶悪にしたような顔つきをしている――、大きな翼をばさばさとはためかせながらこちらへ向かってくるところだった。 「あら、物真似鳥。面倒なのが来たわねぇ」 「……どう面倒なんだ」 海鴎の呟きに問えば、供竜は器用に肩を竦めてみせ、 「他のモンスターを呼ぶのよ、アイツ。鳴き真似で」 「それは、つまり」 「下手すると大量のモンスターに囲まれてフルボッコにされるわねぇ、主にヒデちゃんが。高い頻度で中型以上のボス級モンスターも呼ぶから、頑張ってねぇん?」 久秀にとって死刑宣告に等しいことを他人事のように言った。 「な……」 久秀が絶句する間にも、物真似鳥なる鳥と竜のあいのこのようなモンスターはやかましく騒ぎ続け、フィールドに中型飛竜と大猪を招き寄せる。 「!!」 正直、銃弓で友獣は非友好的で装備は強化の途中、という現状でどうこう出来るような状態ではなく、久秀は迷わず回れ右をした。 「ヒデちゃんったら戦線離脱? アタシ、ヒデちゃんのカッコいいところ見たいわぁ」 「こんな半端な状態で挑んでゲームオーバーになったらただのアホだろうが!」 ケタケタ笑ってついてくる供竜と肩を並べてダッシュしつつ、久秀は毒づく。 ――毒づいてから、背後から物真似鳥が物凄い勢いで突進してくるのに気づき、思わず頭を抱えたくなった。 何故自分は擬似とはいえ生物を相手にするとこんなにも引きが悪いのか、と。 * * * * * 「上級回復薬もぎょおさんできたし、強化もだいぶん進んだし、まぁまぁええ感じやないの? なあ、太郎丸」 そのとき、天童は朋犬の太郎丸とともに採集に精を出しているところだった。 「いやぁ、なんやワクワクする場所やねぇ、ゲーム世界やのにこんなリアルやねんから、不思議やわぁ」 茸のしっとりした手触り、薬草の独特の香り、ハチミツの甘さ、昆虫や魚の感触、そんなものがすべて、実際にあるものと同じようなリアルさで五感に伝わって来る。 「人助けはもちろんちゃんとするけど、せっかくのゲームやもん、楽しまんとなぁ?」 おっとりと笑う天童は、細身のしなやかな槍を所持している。 実は天童、剣や刀を持っての戦闘というのはしたことがないのだ。 よって、彼の戦法は、空を飛べることを活かした、友獣に足止めさせたモンスターを空から槍で串刺しにするというえげつないものが主体となっている。といっても、モンスターを斃すにはそれぞれ一定のダメージ蓄積が必要なため、一撃では倒せないことも多々あるのだが。 「わい、ぼんぼんやさかいなぁ」 嘯き、これまでに強化の済んだ武器防具を検分する。 槍は飛竜の鋭牙、上質な飛竜骨、竜骸石で機動力を重視しつつ強化。 防具は甲殻獣の堅皮、飛竜の鱗、溶岩石、ネンチャクツワムシで、非常に軽くて動き易いのに頑丈という強化を実現した。 白腐竜とは、下級猟人なら五分ももたずに敗北し拠点送りにされるほどの強大なモンスターらしいが、友獣業に就いて長いという太郎丸が言うには、今の天童の装備ならばそこそこ対等に渡り合えるだろうとのことだった。 「太郎丸、いっぺん休憩しよか。肉を焼くさかい、あんさんも食べよし」 肉焼き器をセットしながら太郎丸に声をかけ、それから、 「カーマインはん、あんさんも休憩しはったらどない?」 真っ赤な供竜の朱華(しゅか)とともに絶賛採集中のカーマイン=バーガンディー・サマーニアをやんわりと呼ばわった。 呼ばれたカーマインはというと、大量の、色とりどりの茸を手に立ち上がったところで、 「はい、そういたします。茸がたくさん採れましたので、天童様もおひとついかがでございましょうか?」 極彩色と称するのが相応しい、ゲーム世界でなければとてもではないが食欲の湧かないようなそれらを差し出し、のんびりと笑ってみせた(といっても、笑ったのは顔に貼り付いた、何があっても外れない紙に描かれた『顔』だが)。 天童もおっとり笑って頷く。 「せやねぇ、せっかくやさかい、挑戦してみな面白ないわなぁ。カーマインはんは料理道具を持ってきてはるみたいやし、お任せしてもええやろか?」 「はい、勿論でございます。少々お待ちくださいませ」 洋弓を選択し、戦闘本番に際しては状態異常を起こす攻撃など、サポートに従事するつもりでいるらしいカーマインだが、どうやら本人の一番の目的と言うか楽しみは、見知らぬ素材で料理をつくることであるらしい。彼は、肉焼き器とは別の、様々な付加効果を与えることの出来る料理道具『煮込み鍋DX』なる特大鍋を支給品ボックスから持って来ており、 「さて、では……ミラクルキノコにコノヨノオワリタケ、ジゴクタケ、ミナゴロシメジ、七色爆裂胡椒、百万年岩塩、赤鳥の肉と卵、アッパレンコンにコウキンオニオン、アマツクニンジン……と。これを、よく煮て……」 ひとつひとつ、採集したアイテムを確認しつつ鍋に放り込んでいく。 たまに恐ろしげな名前のものが混じるが、気にしたら負けだ。 「戦いも、別段忌避は致しませんが、やはりこういう作業の方が楽しゅうございますね」 大きな獲物を相手にしての戦いには慣れていないとかで、なるべく離れて戦う方が落ち着いて動けると思って洋弓を選んだのだそうだが、この世界には慣れていないうえ好戦的でもないため、どちらかというと戦闘面では彼よりも供竜の朱華の方が活躍していると言った方が正しい。 しかも、好戦的な性格のためか自分が攻撃されると反撃する(ちなみに供竜は扱い難さに比例して攻撃力が異様に高い一種のチートNPCのため、中型ボスモンスター程度は下手をすると一撃である)くらいはするものの、友好度が低い所為であまりやる気のない供竜より、であるから、相当である。 「仕方がないから素材を入手しておいてやったぞ、地面に額を擦り付けて感謝するがいい」 今も、鍋でシチューっぽいものを煮込んでいるカーマインの元へ、「襲われたので反撃して斃しておいた」モンスターの素材を持って来て、やたら威厳に溢れた居丈高な口調とともにアイテムを差し出している。 「ああ、申し訳ございません、ありがとうございます。本当に助かります」 しかし、供竜に引っ張られるようなかたちで今回のクエストをこなしているカーマインは嫌な顔をするでもなく、むしろ安堵の含まれた笑顔で(くどいようだが、顔に貼り付いた紙のする表情である)礼を言い、 「朱華様も、よろしければいかがでございますか?」 あれだけ不吉な名前の材料を入れたとは思えないほど、独特のいい匂いを漂わせ始めている『ビックリシチュー(攻撃・防御力+20、全耐性アップ)』を勧めていた。 「……まあ、食ってやってもいい」 やはり居丈高に言った朱華に、それから肉を焼き終えて待っていた天童と太郎丸に、カーマインがシチューを振舞い、全員で美味しくいただいて――不吉な名前のキノコほど美味だったのは、危険なものにこそ魅力が潜んでいるというのと同等だろうか――、一休みとなる。 フィールド上を依頼遂行中とは思えないまったりとした時間が流れる中、その空気を破ったのは、 「てめぇ、いいから手伝えっつってんだろ!」 「ほほほ、出来ない相談ね!」 ド派手な色彩の、鳥と竜の中間のようなモンスターに追いかけられながら自分の供竜に毒づく久秀だった。 「む、物真似鳥か。厄介な奴が来たな……他の連中を呼ばれる前に始末するか」 面倒臭そうに朱華が立ち上がり、太郎丸もごしゅじんを護るように天童の前に立った。 天童は太郎丸に無理はしないよう釘を刺しつつ、 「由良はん由良はん、こっちで引きつけるさかい、援護射撃よろしゅう」 強化槍を手にふわりと空へ舞い上がる。 「では、私もお手伝いを」 カーマインも、背中に携えた紙の翼をはためかせて空中に浮かび、洋弓を構えた。 「……判った」 低い声とともにかすかな頷きが返り、三人と三匹は俄か共同戦線を張るべくそれぞれのポジションに陣取るのだった。 3.花腐(はなくた)しの宴とその終焉 初めに白腐竜と遭遇したのはボルツォーニ一行だった。 彼はすでに強化を完全に終えており、上級者レベルで言えば最高の、出来うる限りの装備と技能とを携えて、いつ最終戦に突入しても問題のない程度には準備万端となっていた。 漆黒の、鋭角的に輝く黒鱗防具は、旧い武人然としたボルツォーニによく似合っており、それはまるでどこかの国の騎士のようにも見えた。 銃槍の方は、黒煙竜から剥ぎ取った『黒煙器』と『巨大な一本角』によって火力と攻撃力を増してある。 その時、ボルツォーニは、現実世界ではそれほど頻繁には必要としない、『食料を摂取しないとスタミナが減る』という事象に遭遇しており、こういうところは不便だなどと思ったかどうかは定かではないものの、妙に世話焼き体質になっているツーカーコンビが集めて来た(しかも焼いてくれた)肉を、渋い表情で摂取しているところだった。 「……固形物は好かん」 他者の血を糧として生きる不死者であるから、デイ・ウォーカーの中でも抜きん出て旧く、強い力を持つ友人―― 一般人と何ら変わりのない生活を送り、人間たちの食す固形の料理も好んで摂取していた長老格のひとりである――とは違い、例えゲームの世界ではあれ、どうも固形の食品には苦手意識があるのだ。 「仕方ないのだ、ここはそういう約束なのだ」 (ますたーのすたみなはほかのひとたちとくらべればかなりへりがおそいのだ。でも、ぜったいへらないってことはないみたいなのだ) 「戦闘中にスタミナが切れて身動きできなくなるのは困るのだ。ツラいかもしれないけど頑張って食べるのだ」 「そうそう、ふたりもああ言ってるし、頑張れボルさん!」 友猫と使い魔、更には日向にも慰められ励まされながら焼肉をひとつ摂取し終えたところで、上空から大きな羽ばたきが聞こえてきた。 「……来た!」 日向が言うよりも早く、瞬時に銃槍を展開し臨戦態勢に入るのはさすがである。 「デカいのだ……白腐竜の中では最大級かもしれないのだ」 カーシャが冷静に評する中、身の丈三十メートル近いサイズの、見るからに手強そうな巨竜は、白銀に輝く鱗を煌めかせ、巨大で優美な翼をゆったりとはばたかせながらフィールドへと降り立った。そして、凶悪な棘つきの尻尾を揺らめかせながら、水場の水を飲み始める。 恐ろしくも美しい、斃さねばならぬ存在ではあれ畏敬の念すら感じる、勇壮で神々しい姿をした竜だった。 「……まだこっちには気づいてないみたい? チャンスじゃね、これ。落とし罠をしかけてから追跡玉、かな」 日向が言い、こっそりと罠を仕掛けにかかる中、そのモンスターがどこにいるかが全猟人のマップ上に記される便利アイテム『追跡玉』を託されたボルツォーニは出動準備にかかる。 「追跡玉はボクに任せるのだ!」 (なら、おとりやくはまかせるのだ!) ツーカーコンビがそれぞれ役割を主張し飛び出していく間に、竜の直線上に日向が罠を仕掛け、それと同時にカーシャが追跡玉を投げつける。 ? と言った様子であたりを見渡している――猟人などという存在は、巨大な彼らにはなかなか認識し辛いものなのかもしれない――白腐竜の目の前へ飛び出した使い魔が、 (この、しろいでかいやつめ、こっちをみるのだ!) 竜の前でおしりぺんぺんからM字開脚での挑発まで(使い魔の身体でどうやって? と尋ねてはいけない)行い、引きつけようとするも、やはりこちらには気づかない。 (ちいさくてわるかったなこんちくしょー!) 気づいてすらもらえないことにイラッとしたのか、突っ込んでいった使い魔が無謀にも竜の前脚に蹴りを入れた、その途端、 ゴォアアアアアアアアアア! 白腐竜はフィールド上にいる猟人をすべて金縛り状態にする咆哮を上げた。 これは『馬耳東風』という技能を取得していないと防げないため、ボルツォーニも日向も数秒間に渡って身動きが出来なくなる。友獣などは小さいため咆哮の衝撃波で吹っ飛んでいるほどだ。 「ち……面倒な」 ボルツォーニが呟く中、しかし白腐竜が向かったのは使い魔だった。 ちいさいくせに生意気だ、という感じだろうか。 (んぎゃー、きたのだー!) 白銀の巨塊に全力で突っ込んで来られた使い魔の恐慌や推して知るべし。 必死で逃げる使い魔を、白腐竜が追い立てる。 (くわれる、ふみつぶされるのだー!) プチパニック状態で逃げ回る使い魔を、 「罠の方に追い込むのだ、ツー! とりあえず落ち着くのだ!」 カーシャが必死に呼ばわっている。 残念ながら相方の声は届いていないようだったが、幸運にも使い魔が方向転換した先には日向の仕掛けた落とし罠があった。 「……よし!」 飛んで逃げる使い魔に追い縋ろうとした白腐竜が、見事に罠にはまる。 罠から逃れようと喚きながら暴れる白腐竜の前にボルツォーニが立ったところで、 「……大きいな。一度踏まれたくらいは平気と言ってもぞっとしない」 「でも、とても美しい竜ですわね」 「援護する。近接系の連中は派手に叩き込んでくれ」 「いやぁ、さすがに大きいわぁ。太郎丸、絶対に無茶はしたらあかんえ? わいとカーマインはんは空から行くさかい」 「はい、雑魚敵の掃討などもお任せくださいませ」 『追跡玉』でボスモンスターに気づいたユエ、アルア、久秀、天童、カーマインと友獣たちが一堂に集結し、ボスバトル勃発となる。 「ひとまずコウボウドリンク広範囲版行きまーす」 日向が攻撃力防御力の増加するアイテムを使用したところで、近接系のユエ、天童がもがく白腐竜へと突っ込む。 太刀が、槍が煌めき、血飛沫のエフェクトが入った。 「この手応え……現実と変わりないな」 ユエがつぶやく間にも、ボルツォーニは無言のまま銃槍から砲弾を撃ち込む。 落とし穴の効果は長くても四十秒。 その間にすべての砲弾を撃ち込み、更に突き上げによる攻撃を行う。 小柄な身体に似合わぬ巨鎚を携えた日向が、正面から白腐竜の頭部をぶん殴っているし、久秀の銃弓、アルアの弓、カーマインの洋弓からも順次援護射撃が来て、小爆発や矢の刺さるエフェクトがひっきりなしに入る。 更にたたみかけようと踏み込もうとしたところで罠が解除され、白腐竜は上空に舞い上がった。 怒り状態に入ったのか、鱗がギラギラと輝き、身体全体から白い煙状の何かが上がっている。 上空部隊となった天童が、支給アイテムの中から持ち出した対巨竜爆弾を仕掛けて翼を破壊しようとした瞬間、白腐竜はまた轟々と咆哮を上げた。 「く……!」 全方位に適応されるもののようで、びりびりと身体が痺れるような感覚に、天童もカーマインも空からの落下を余儀なくされ、地面に転がることになる。 「やれやれ、あの咆哮は面倒やねぇ……」 「本当に。飛べなくなって落下する感覚と言うのはあまり嬉しいものではございませんね」 どこかのんびりと言いつつ身を起こし、再度飛び立とうとしたふたりより早く、双眸を炯々と光らせた白腐竜が翼を大きく広げて空へ舞い上がった。凄まじい風圧が、竜を中心に巻き起こり、風圧耐性技能のない面々はなすすべもなく吹き飛ばされる。 特に、そもそも紙のカーマインなど、このまま風に乗ってどこかへ飛んでいってしまうのではないかと言うほど空高く舞い上がり、 「お、驚きました……」 ひらひら、といった擬音がしっくりくるようなゆったりとした動きで再度地面へ帰還して胸を撫で下ろしている。 そんな中、白腐竜は、白い煙か靄のようなものを纏いながら、上空をぐるぐると旋回している。 「様子がおかしい、気をつけろ、何か仕掛けてくるぞ……!」 ロウの低い警告。 その瞬間、一声咆哮した竜が、恐ろしい勢いでフィールドへと下降し、それと同時に身体全体から蒸気のような白い何かを爆発的な勢いで発散させた。 範囲はなんとフィールド全体。 離れた位置で援護射撃に徹していた久秀やアルアですら、白い何かは包み込んだのだった。 これは、もしかしたら暴霊に憑依され、かつ、猟人たちのエネルギーを吸ってパワーアップしている関係もあったかもしれない。 「なんだ、これ、」 不審げな表情をした久秀がすべてを言い終わるより早く、彼らは勢いよくその場から吹っ飛んでいた。最高値まで防御力を高めていても、回避性能を上げていても、何ひとつ効果はなく、全員がフィールド上を転がることとなる。 「今のは……特殊攻撃が入ったエフェクトか……!」 瞬時に飛び起きたユエは、自分の身体に、というよりは装備に異変が起きていることに気づいた。 「太刀が、錆びた……!?」 見れば、近接系も遠距離系も関係なく、すべての武器が風化したかのようになり、攻撃力が半減しているほか、ぼろぼろになった防具もまた防御力が半分以下にまで激減している。 ステータス異常の欄で確認すると、『腐り状態』と出ていて、様々な欄が赤く染まっていたし、体力、スタミナへのダメージも著しく、最高値まで上げた体力もスタミナも、半分にまで減ってしまっている。 「白腐竜、とはそういうことか……!」 自然な磨耗とは違うようで、砥石を使っても効果はない。 「あーそっか、防腐剤!」 日向が声を上げ、支給品から拝借してきた防腐剤を全員に配るものの、どうやら事前に使用しておかなくては効果が充分に発揮されないらしく、75%までしか回復していない。 「面倒な……!」 未だ滞空している白腐竜を見上げてユエが溜め息をつく。 拠点に戻っていったん休息すれば回復するのだろうと思われたが、今からそれをしている時間は恐らくない。放っておけば、今までに与えたダメージが回復してしまう可能性もあるからだ。 そうなってくると、衰弱が見受けられるという囚われの猟人たちが危ない。 「爆弾もあるさかい、このまま行くしかないわなぁ」 「コウボウドリンクもまだあるしな! ダメージ自体はだいぶ与えたはずだし、底上げしつつやってみようぜ!」 「……状態異常を起こさせる矢弾を使って向こうも弱体化させよう」 「ビックリシチューもまだ残っておりますので、よろしければお使いくださいませ」 条件は厳しくなったがやるべきことに変わりはなく、それぞれが知恵とアイテムを出し合って再度挑もうとしたところで、 「皆さん、大丈夫ですわ、ご心配なく」 背中に白い翼を広げ、アルアが微笑んだ。 「一度だけなら、特殊能力も使用可能なのですよね? なら……」 アルアが天を仰ぎ、何ごとかを祈ると同時に、清らかな光が空から降り注ぐ。 光は猟人たち友獣たちをやわらかく包み込み、あたたかな力で満たした。 「あ、ステータス異常が解除されてる! よっしゃ!」 日向がガッツポーズを取り、巨鎚を片手に舞い降りて来ようとする白腐竜目がけて走っていく。 「体力も大半が回復したようだ。ありがとう、アルア」 ユエも太刀を携えて走り出し、ボルツォーニはアルアへ目礼して竜へと向かう。 「よしゃ、ほな最終決戦といこか。カーマインはん、準備はよろしい?」 「はい、天童様」 上空部隊ふたりが爆弾を抱えて空へ舞い上がると、アルアと久秀は距離を取り、未だ空の白腐竜に狙いを定めた。 特に久秀は素早く肉質を見抜き、やわらかい腹や羽の付け根、眼や角など、『えげつない部分』を的確に狙撃しては白腐竜に咆哮を上げさせ、ついには竜を地面へと墜落させたのだった。 どおん、という震動とともに地面へ落下した白腐竜が起き上がれずもがいているのを、更に追撃すべく日向がハンマーを揮い、ぼこぼこと殴りつけている。こうして眩暈値を溜めるとダウンさせることが出来るのだそうだ。 「あらぁ、やるじゃない、ヒデちゃん」 続けて狙撃を行っていた久秀が、供竜の軽口に、ひとつ息を吐き、 「……やるべきことはやる。それだけだろう」 言うと、海鴎は目を細めてかすかに笑った。 「あら……素敵。惚れちゃいそう」 「やめてくれ、頼むから」 非常時と判って突っ込まずにはいられない久秀だが、海鴎は気にした様子もなく、 「いいもの見せてもらったから、少しお手伝いしようかしら」 再び空へ舞い上がり、腐蝕霧を発生させようとしていた白腐竜のもとへ駆け寄ると、手にした友獣用ハンマーでぶん殴り、吹っ飛ばして墜落させた。 「スゲー、コレ友好度最高まで上げたら猟人の出番なくなるんじゃね?」 呆気に取られた風情で日向が言い、 「まあいいや、オレも頑張っちゃうぞー!」 巨鎚を白腐竜の脳天へと叩きつける。 ギャアッ、と声を上げた竜が、眼を回したと判るエフェクトとともに転倒する。 「ほな爆撃班も行くえ~」 天童が対巨竜爆弾をよっこらしょとばかりに白腐竜の背中へと放り投げ、 「では、私も」 カーマインも両腕に抱えた爆弾を一気に投下する。 ド派手な爆発音とともに、背中の棘が砕け、頭や翼が破壊されてぼろぼろになった。 「あと少し、のようだ」 「そうだな」 まず踏み込んだのはボルツォーニ。 踏み込みとともに突き上げの連携でダメージを与え、突き上げ切ったところで全砲弾を撃ち込み、更に気合溜めから銃槍の最大奥義『覇王砲』へとつなぐ。 後方からはひっきりなしに久秀の援護射撃というか実は仲間も巻き込んだ撃ち込みがあり、 「……避けろよ」 一応誤射を申し訳なくは思っているのか、ぼそりとしたそれに口角をわずかにあげて笑う。 「各自回避しろ」 残念ながら他猟人を殊更気遣うようなたちでもなく、ボルツォーニが居丈高に言い放つと同時に、若干のタイムラグののち『覇王砲』が発動。大きな爆発音とともに、一瞬肥大化したようにも見えた銃槍が白腐竜を打ち据えた。 もうもうと上がる黒煙、竜の、どこか弱い咆哮。 そこへ、 「これで……終わらせる」 黒煙を噴き散らかすように突っ込むのは、ユエだ。 「ふ……ッ」 低い声とともに、錬度を高めた太刀が揮われる。鋭く研ぎ澄まされたそれは、最大で十二もの剣閃となって白腐竜を斬り刻んだ。 血飛沫のエフェクトが周囲で閃く。 そして、 「……最後だ!」 赤い光を纏った刃が、裂帛の気合とともに竜の顔面へと振り下ろされて、ひときわ派手な血飛沫が飛んだ。次の瞬間、白腐竜は弱々しい鳴き声とともに大きく痙攣し、翼をひくつかせながら地面へと倒れ込んだ。 どおん、という大きな地響き。 ぶわりと浮かび上がった黒い影が、舌打ちとともに消えると、『ゲームクリア』の文字が浮かび、任務達成の音楽が流れた。 「……逃げたのか、滅んだのか? まあいい、まずは猟人たちの救出だ」 ボス討伐後一分でクリア扱いになり、採集が出来なくなるため、全員が急いで剥ぎ取りを行い、『巣』へと猟人たちの姿を求めて踏み込む。 「紅毒竜は斃したらしいえ? あっちのメンバーからエアメールがあったわ。残りの黒嵐竜も頑張ってもらわななあ」 天童がおっとり言うと同時に、呼びかけに応じるかたちで洞窟状の『巣』の奥から弱々しい声が響き、一行は更に奥へと急ぐ。 七人が囚われの――粘性のある唾液の膜のようなものに絡め取られて身動き出来ない状態の猟人たちを見つけるのは、その数分後のことである。 こうして、第二陣の任務も達成、成功。 一連の騒動は、最後の戦いへと続く。
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