ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
ウーヴェ・ギルマンの生まれた世界では、凶悪犯罪は日常の一部だった。 挨拶を交わすように犯し盗み殺す世界だった。 法律に従って捕らえられる犯罪者の数は、各国の監督能力をはるかに越えていた。 溢れかえる犯罪者のうち、特に凶悪な者を収容しておくために、人々どこにも属さぬ不毛の大地に巨大な要塞型の監獄都市を作った。 囚人の暴動と、暴力でそれを抑える看守の争いが、監獄都市での日常だった。 軍人から看守に転身したウーヴェは、拷問室で鞭と頑丈なブーツをふるっていた。 ブルウィップはよくしなる。わずかな手首の動きに従順に、空を切って対象を打つ。 因縁をつけて拘束した囚人の背中に、鋭い音と共に舞い降りた。赤い線がくっきりと刻まれる。 囚人が哀れっぽい声で悶えた。連れ込んだ当初の威勢の良さは消え失せて、今は殺さないでくれと懇願している。 ウーヴェはへらりと笑った。 「ばかだなぁ」 殺すはずがない。 加減の仕方は体が覚えている。意識して暴力を振るわない限り、殺すことはない。 鞭をふるうと悲鳴が上がった。床に這いつくばって背中を丸める囚人を見ていると、鼻歌でも歌いたくなってくる。 裂ける。爆ぜる。滴る。 段々と悲鳴が小さくなる。 ウーヴェは手を休め、囚人の背中を踏んだ。肌色でない箇所を踵でにじると声量が戻った。 涙と鼻水と体液でぐしょぐしょになった顔を怯えの色に染め、囚人はウーヴェを見上げる。何かを懇願するように。 ウーヴェは左目を細めて薄っぺらい笑顔を返した。 そして鞭を振り上げ――懐かしい声に呼ばれた。 信じられない気持ちで振り返る。辺りに目を配ったが、拷問室には囚人と二人きりで、声の主は見あたらない。 だが、あれは間違いなく亡くなった妻の声だった。 ここにいないのであれば外、要塞のどこかにいるのだろう。そう思うといてもたってもいられなくなって、ウーヴェは拷問室を出た。 ウーヴェは要塞をさまよった。知り尽くした内部の隅々を、妻の姿を求めて歩く。 普段は立ち入らない場所にも遠慮なく踏み入り、彼女を探した。 行く先々で、囚人や同僚の看守が変な顔をした。ウーヴェは左目でそれらを捉えたが、どうでもいい情報はあっさりと忘却の彼方へ過ぎてゆく。 足が重くなるほど歩き回った頃、見覚えのない部屋にたどり着いた。 倉庫にしている一室だったか、そもそもここに部屋などあったのか、疲労で鈍った頭ではよく思い出せない。 ドアを開けて覗くと、人影があった。 女が、暗い部屋にたたずんでいた。顔は判然としないが、白い肌と美しい金髪は見間違いようもない。 「モニカ!」 ウーヴェは亡き妻の名前を呼んだ。考えるより先に足が動いて、彼女のもとへ駆け寄る。胸に嬉しさがあふれた。 抱き寄せようと伸ばした腕を、彼女はさりげなく捉えた。そして腕を引いて、ウーヴェを奥へと導く。 妻にされるがままに従順についていくと、最奥に扉があった。 ここは何の部屋だったか。入り口とは別に扉があったのか。もやがかかったように思い出せない。 妻がウーヴェを振り返るのにあわせて、音もなく扉が開いた。 向こうから光があふれる。あまりに眩しくて、なにがあるのか良く分からない。 ウーヴェの腕を離した妻は、背中に回ってぐいぐいと押した。彼をこの先に行かせたいらしい。 「や、だよぉ。僕はモニカと――」 子供のように首を振って、行きたくないと妻に主張する。 それでも、彼女は扉の先へとウーヴェを押し込む。体が半分、光に飲まれた。 共にいたい一心で、ウーヴェは引き返そうとあがく。その時、光の中にいた『誰か』が、ウーヴェを呼んだ。 明るさに慣れない瞳は涙がにじんで、人のシルエットを映すのがやっとだ。 嫌だ、と繰り返す余裕も与えられず。 ウーヴェは光の満ちる世界へ引きずり込まれた。 *** 目が覚めるとそこはヴォロスで、夢見の館の天幕だった。 いかがでしたか、と付添人がウーヴェに言った。 「うーん、途中まで良い夢だと思ったんだけどねぇ。最近お仕置きとか滅多にできないし」 指先に懐かしい感覚が蘇り、ウーヴェの口元がゆるんだ。 「それに彼女にも会えて……」 嬉しかった。ふふ、と笑う。懐かしい姿と懐かしい声を反芻すると、夢の終わりも一緒に再生されて思い出に陰りが差す。 「僕は彼女といたかったのになぁ。あれじゃ彼女のこと……」 覚えていてはいけない、と宣言されたような夢だった。 扉の先にいたのが誰かは知らないが、よけいなお節介だ。その先に何があったかなんて、さらに興味がない。 ウーヴェは敷物の上で膝を抱えて、顎を乗せる。夢の意味を考えるとため息が漏れた。 万が一の可能性だが。もし、彼女がウーヴェへ、行けと言いたくて夢に現れたのだとしたら。 「……僕はどうしたらいいのかなぁ」 答えが見つからなくて、唇を尖らせる。 右目と共に失われた過去に、進んで囚われているのはウーヴェ自身なのに。 もしそうだったらどうしようと、幸せな囚人は困ったように笑った。
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