ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
モフトピアの<駅>は賑やかだった。物珍しい旅人に会いたいアニモフや、人の大勢いる場所で騒ぎたいアニモフや、依頼を請け負ったロストナンバーらが、ごった返して騒いでいる。 カルム・ライズンは楽しげな空気に笑みを浮かべた。 彼の本性は竜だが、今は人型になっていた。所々にすべすべした鱗が生える体を身軽な服装に包み、頭にゴーグルを着けている。 竜の名残の翼と尻尾を揺らしながら歩いていると、駅に置かれたオブジェの上に、ひよこのアニモフが立っているのを見つけた。 何てことのない高さだが、落ちたら怪我をするだろう。 「きみ、危ないよ!」 カルムの声が聞こえたのか聞こえていないのか。ひよこアニモフは膝を曲げ、高らかに飛んだ。 「!」 ぱたぱたぱた……とアニモフは必死に羽ばたいた。しかし、ひよこのひよひよな羽では落下の速度を気持ちばかり和らげる程度にしかならない。 アニモフは垂直に落ちた。羽毛がクッションの役割を果たして、一度はずんで転がってゆく。 ころころと転がったアニモフは、カルムの足に当たって止まった。 アニモフはぶつけた頭をさすりさすり、カルムを見上げた。黄色い毛並みが、ほこりや枯れ葉を巻き込んでくしゃくしゃになっている。 「平気? 怪我はないかな?」 「だいじょぶ!」 カルムが尋ねると、アニモフは親指を立てて無事をアピールする。 気丈な返事にほっとして、カルムはしゃがんだ。体についたゴミや枯れ葉を取ってやる。アニモフはくすぐったそうに、ひよひよと呟きながらされるがままになっていた。 ひと段落つくと、ひよこのアニモフはぴょこんと頭を下げる。 「おにーちゃん、ありがと。あのね、ぼく、ピーっていうの」 「きみはピーくんかぁ。ぼくはカルムだよ」 へへ、と笑いあった後、カルムは先ほどの出来事を思い出して確かめる。 「ピーくんは何をしてたの?」 オブジェに登って飛び降りるのは、ちょっと危険な遊びだ。 注意すべきかと迷っていると、ピーははにかみながら告白した。 「ぼくはねー……空、見るのが好きなの」 「空が好きなの? ぼくも好きだよっ」 カルムは故郷や色々な土地の空を思いだした。無意識に、はたりと翼が揺れる。 ピーはカルムの、己と種類の違う白い翼をつぶらな瞳で見上げた。 「それでね、ずーっと空を見てたら、飛びたくなったの」 だから飛ぼうとしたのだと言う。ピーは幼い羽をぱたつかせた。それは可愛らしいが、ぽってりした体を支えて飛ぶには未熟すぎる羽だった。 青空を見上げるピーの顔には、『飛びたい』という気持ちが未練の色で書かれている。 それなら、とカルムは誘った。 「一緒に、飛んでみる?」 「飛ぶ!」 即答だった。 ピーはホップステップジャンプでカルムの胸元に飛びつく。 カルムは落とさないようにしっかりと抱えて、翼を羽ばたかせた。 一度、二度。生まれた揚力に乗って地面に別れを告げ、ぐんと空へ向かう。 「ひゃあ……! 駅、ちっちゃい! おもちゃみたい!」 ピーがはしゃぐ。気持ちの上では一緒に飛んでいるらしく、ぱたぱた羽ばたく体を落とさないようにするのは一苦労だった。 駅はまるでミニチュアだった。ホームも、そこにいる人々も、精巧な玩具が動いているような錯覚を覚える。 カルムは駅の周辺を飛び回った。まったく違う風景に、ピーはきゃっきゃとはしゃぎっぱなしだった。二人の姿に気づいたアニモフが、両手をぶんぶんと振ってくれる。 カルムにとっても見慣れない角度だったので、モフトピアの新鮮な面を見ることができた。 ぐるっと一周した後、カルムは興奮しきりのピーに声をかける。 喜ぶ彼を、もっと楽しませてあげたいと思った。 「えっと、もっと良く見てみたい場所ってある?」 「あのね、あのね、屋根、上から見たいの!」 そんなリクエストが来た。 屋根。見上げるばかりのそれに、ゆっくりと降下して接近する。建物が並ぶところを、遅い速度で飛んだ。 並んだ屋根には、誰かの靴が置かれていたり、枯れ葉が積もっていたり、鳥の巣があったり、似たような造りなのにそれぞれ味がある。 一つずつをゆっくりと眺め、駅に着地した。 「ありがと……!」 腕から降りたピーは、羽をぱたぱたさせてお礼を言う。 これで終了だと思いこんでいるピーを、カルムはちょっと待って、と止める。 「そうだ、ぼくね、変身すればもっと良く飛べるんだよ」 「ほえ?」 カルムはしゃがんで、祈りを捧げる様なポーズで目を閉じた。穏やかな光が彼の体を包む。 光が収まると、そこには大きな白い竜がいた。カルムのもう一つの姿だ。 強くしなやかな生き物の姿に、ピーは目と口を大きく開けた。 「カルム?」 「そうだよ。さぁ、背中に乗ってごらん。しっかりと掴まっててね」 片方の翼を地面につけて足がかりにしてやれば、ピーはちょこちょこと小走りに背中へ向かう。途中で転んだのは愛嬌だ。 肩胛骨の真ん中に重みが落ち着いたのを感じて、カルムは羽ばたいた。 風と戯れるように、ゆったりとした速度で空中遊泳をする。 珍しい角度から眺めるモフトピアの景色は、翼持つ者に与えられたささやかなご褒美だった。 楽しい時間はあっという間に過ぎる。 帰りのロストレイルが駅に到着するのを、カルムは空から目撃した。じきに0世界へ戻らなくてはならない。 ピーがカルムの背中に顔をうずめた。別れの時が近いのを察したようだ。 「また、会えると良いね」 「またね。また会おうね」 少し声が震えていた。羽毛に覆われた小さな体も、ぷるぷる震えていた。 人型に戻ったら握手をしておこう。 カルムはそう決めて、駅へ飛んだ。
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