ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
歓声と、惜しみない賞賛の声。 割れんばかりの拍手が闘技場を満たしている。 エルエム・メールは、リングの真ん中に誇らしげに立っていた。 「戻ってすぐっていうのも驚いたけど……ま、いっか」 勝者には絶大な栄誉と多額の賞金が与えられる大闘技大会『グレート・ゲーム』。 エルエムはその試合に臨もうとしていた。 異世界の旅が彼女に様々な力を与えてくれたのか、全身にエネルギーが漲っているようで、正直、負ける気がしない。 「さあ……行くよーっ!」 最初の対戦相手は巨漢。 圧倒的なパワーも、エルエムのスピードと技巧の前には張りぼて同然。 拳をかわした瞬間懐に飛び込んだエルエムの軽やかな蹴りが顎にヒットして、男は撃沈。 次は拳闘士。 似た系統ではあったが、速度はエルエムが圧倒的に上。 拳が空を切った瞬間、くるりと舞ったエルエムの腕に絡め取られ、脚を払われて地面に叩きつけられ、敗北。 柔道家、ボクサー、レスラー。 誰もが、エルエムの敏捷性、柔軟性、速さと技巧の前には歯が立たず、敗れ去った。 「遅い遅いっ! エルの踊りが最速最強っ!」 色とりどりの布を使った衣装を翻し、エルエムは派手なパフォーマンスと舞踏の技で対戦相手を蹴散らしてゆく。 「エルの踊りで、みんな天国に連れて行ってあげるよ!」 エルエムは絶好調だった。 満員の観客席から降り注ぐ万雷の拍手と歓声、エルエムを讃える声とが、彼女を後押しする。 「このままじゃエルが優勝しちゃうよっ?」 エルエムは得意の絶頂にいた。 称賛の声が、たとえようもなく気持ちいい。 このままこの声をずっと浴びていたい、とエルエムは思った。 ――しかし。 六番目、七番目の対戦相手も難なく倒した辺りから、雲行きが変わり始めた。 力量が明らかに変わったのだ。 中華武術の名手という相手に苦戦し、自身もダメージを受けながらようやく勝利したと思ったら、次はキックボクシングの世界チャンピオンとかいう相手が現れ、何とか勝利したものの二度もダウンを奪われた。 次は合気道の名人。 全身を固められ締め上げられ、意識を失いそうになりながら一瞬の隙をついて打ち倒したものの、その時点でエルエムは満身創痍だった。 自分に絶対の自信を持っていたがゆえに訓練や鍛錬とは縁遠い――そう、なまじ天賦の才があっただけに――生活をしていたエルエムには、戦いの基本となる体力も筋力も持久力もなかったのだ。 ふらふらのエルエムの前に現れた、十番目の対戦者は、エルエムより三つか四つ年上のように見える女性格闘家だった。 「天性の才に溺れたか……無様ね」 彼女は冷徹に言い捨て、エルエムに反論の余地を与えぬまま打ちかかった。 彼女の拳は速く、鋭く、そしてしなやかだった。 エルエムの技は、彼女にかすることすら出来なかったのだ。 拳に打ち据えられ、長い脚に蹴り倒され、踏み躙られ、無様にダウンを奪われるエルエム。むきになって打ちかかるものの、鼻で笑われて弄ばれ、硬いリングと何度もキスをする羽目になる。 気づけば、先ほどまで贈られていた称賛は、罵声と嘲笑に変わっていた。 「なんで……なんでっ!」 自分の戦いが出来ない、自分の技が通用しない苛立ちと悔しさに涙がこぼれる。 女格闘家は容赦も躊躇もなくエルエムを攻め立て、苦しめる。 「……弱い」 吐き捨てられる侮蔑の言葉に、エルエムの中の脆弱な糸が切れるまで、それほど時間はかからなかった。 「な……なにさ、そのインチキっ! か、勝てるわけないじゃん、そんなの!」 こんな自分は嫌だ。 こんなことのために、自分はここにいるのではない。 「やめたっ」 エルエムは、ぼろぼろ泣きながら叫んでいた。 「エルもうやめる! こんな、馬鹿にされて戦うなんて、バカみたいっ!」 試合を放棄するということは、要するに逃げること。 「エル、もう、帰るからっ!!」 エルエムがそう言った瞬間。 世界が暗転した。 「な……えっ、何、何なの……ッ」 光ひとつ見えない暗闇の中、嘲笑と罵声だけが響き続ける。 弱い人間に価値はないとばかりに。 「あ、あああ、あ……」 恐怖が足元から這い上がってくる。 「わあああああああああっ!!」 エルエムは絶叫した。 その絶叫すら、暗闇が飲み込み、掻き消してしまう。 絶望を伴った暗黒が、エルエムを塗り潰す。 * * * * * 「わあああぁぁーっ!?」 自分の叫び声でエルエムは目を覚まし、飛び起きた。 目に入るのは、見慣れない天幕。 「あ……そ、そっか……」 そこで漸く、エルエムは自分が神託の都メイムで眠りに就いたことを思い出した。 占いなんて信じないけど、と興味本位で見た夢は、エルエムに心身の打たれ弱さを突きつける。 「何……今の夢。最悪じゃん……」 両手で顔を覆い、エルエムは重苦しい息を吐いた。 メイムで見た夢は真実になるかもしれないのだと言う。 ただの夢だと笑い飛ばすには、あれはリアルすぎた。 「……エル、どうしたらいいの……?」 エルエムの呟きに答えてくれるものは、そこにはいない。
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