「壱番世界に行ってもらえませんか」 偶々通りかかった駅前広場でいきなり出現してそう声をかけてきたやる気のなさそうな世界司書に、思わずびくりと身体を竦めたのは南雲マリア。隣にいた歪は特に驚いた様子も見せず、顎先を司書に向けた。「急ぎの依頼か」「それほど急を要する事態ではないですが、早めに片付けて頂いたほうが有難いですね」 如何でしょうと導きの書から目を離さないまま続ける司書に首を傾げたマリアは、具体的にお願いと促す。揺れるように頷いた司書は、導きの書を捲って言う。「怪異の調査です。狐火を見たとか夜中に変な鳴き声がしたとか、最近植物がよく枯れるとか子供の夜鳴きがすごいとか。まぁ、よくあるといえばよくある話なのですが」「噂の後半はともかく。よくある怪談だとすれば、幽霊は管轄外だけど」 どうやって片をつけたらいいかも分からないとマリアが眉根を寄せると、その時は放置で構いませんよとあっさり言われた。「悪戯であれ本物であれ、その手の騒ぎであればこちらとしても問題はありません」「ファージが原因なら問題、という事か」 ゆっくりと口を開いた歪にマリアもはっとすると、司書は小さく溜め息のように息を吐いた。「ええ。怪異の原因がファージであれば、それの退治をお願いしたいのです。今のところ大きな被害も出ていないようですし、その間に始末して頂ければ」 そもそもファージでなければ面倒がなくていいんですけどねぇ、と誰にともなくぼやいた司書は、気持ちを切り替えるように導きの書を閉じた。「縁結びで名を知られる稲荷神社しか特徴のない、小さな町です。一日も調査して頂いたら十分でしょう。もしファージでなければ、好きに観光して来られて構いません」 参道沿いには観光客目当ての店も並んでいるでしょうしねぇ、とどこか羨ましげに呟いた司書は、ふと思い出したように顔を引き締めた。「ですがファージの可能性もありますし、どうぞお気をつけて」 引き受けるとも何とも答えていないのにチケットを押しつけてきた司書は、軽く一礼するとさっさと離れて行く。「……どうしようか、歪さん」「ここまで聞いて、知らん顔をするのもな」 結局のところ人の好い二人は一方的な依頼をそれでも引き受けて、仕方なさそうにちょっとだけ笑い合った。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>南雲 マリア(cydb7578)歪(ceuc9913)=========
怪異の噂を聞くべく参道へと足を向けながらちらちらと向けられてくる視線に、歪はこの格好でもまだ浮いているのだろうかと少しばかり反省したように呟いた。いつもの衣装では目立ちすぎるだろうからと包帯を外し、落ち着いた色味の着物に着替えた。マリアも浴衣にすると言っていたからちょうどいいと思ったのだが、そんなにおかしいだろうか。 ただ気になるのは、一番ちらちらと窺ってくるのがマリアだという点だろう。 この格好で顔を合わせた時点から物問いたげな空気を放っているし、何度か口を開きかけては噤んでいるのが気にかかる。必要があれば聞かれるだろうとしばらく黙っていたが、いつまでも躊躇っているだけなので人気が少なくなったのを見計らって口を開いた。 「さっきから、どうかしたか」 静かに問いかけると、え!? と慌てたような反応をされる。小さく首傾げると、大慌てで頭を振ったのが分かる。 「何でもない!」 「……そうか」 到底信じられない様子でも無理に尋ねるのは違う気がして頷いたのだが、そのせいでまた言葉に迷っているのを感じ取り小さく肩を竦めた。 「そんなに似合わないか」 いっそ脱ぐかと自分の襟を引くと、そうじゃなくてと赤くなったマリアが力一杯否定してくる。 「着流しはすっごく似合ってる! ……どこかの映画スター、みたいに」 含ませられた意味までは分からなかったが、似合っているの言葉に偽りはなさそうだ。からころとゆっくりした下駄の音に顔を向けながら襟を直し、そうかと答えると窺うような間の後にマリアが苦笑めいて笑ったのが分かった。 「やっぱり違うよね。うん、ごめんなさい、ぐるぐるするのは後にするね」 「ぐるぐる」 してたのかと思わず聞き返すとマリアはようやく楽しそうに笑って、してたのと頷いて歪の手を取った。 「でも今は怪異の聞き込みと、お土産選びだよね」 もう五歩も行ったら階段だよとさり気なく注意しながら、手を引いて歩くマリアがいつも通り楽しそうな様子に戻ったのを感じて歪も知らず口許を緩めた。 「歪さんは、お土産はどうするの?」 「そうだな、一つ二つ選びたいが」 興味のある店はあるかと問いかけると、辺りを見回したらしいマリアは小さく唸った。 「うーん。困った事に、どこも見て回りたい」 真面目にそう答えられ息を吐くように笑い、それならと参道の右側に並ぶ最初の店を示した。 「噂を聞き込むなら多く訪ねて困る事はない。端から見ていくか」 「そうだよね! じゃあそうしよう」 嬉しそうに声を弾ませたマリアに促されるまま店に入ると、すぐにいらっしゃいと声をかけられた。好きに見てくるといいとマリアの手を離し、声をかけてきた主人へと顔を向ける。 「観光かい? 土産もんの品揃えなら、うちが一番だ。お稲荷さんお勧め、お揚げストラップはどうだ?」 可愛いぜと勧めながら取り上げられた商品を手に取らされ、指でなぞると小さな正方形のぶにょっとした感触が伝わってくる。思わず眉間に皺を寄せる手触りにやめておこうと主人に返すと、じゃあこれはと即座に別の物を渡された。今度はふわりとした柔らかな毛並みが手に心地よく、これは? と尋ねると尻尾だとどこか自慢げに答えられた。 「お狐様の尻尾ストラップ。いいだろ、その感触。癒されるぞ~」 さっきのお揚げとは比べようもない優しい手触りと、狐の尻尾という響きに惹かれる。ターミナルで待っている家族へのお土産として、これなら相応しいかもしれない。 これを貰おうと店主に告げると店内を見回っていたマリアが戻ってきて、尻尾ストラップを撫でながら何気なく店主に問いかける。 「そういえばここの神社が有名だって聞いて足を伸ばしたんですけど、どんなご利益で有名なんですか?」 勉強不足でごめんなさいと付け足しながらの問いかけに、主人は構わねぇよと手を揺らす。 「来てくれるだけでいいお客さんだ。うちのお稲荷さんはな、縁結びと夫婦円満で知られてんだ。二人とも神社に寄ったら、お守りは頂くといい。縁ってのは大事だぜ、夫婦恋人によらずな」 他人様とのご縁は大事だしなぁと深く頷いた主人は、そういうことでとぱっと笑顔の種類を変えた。 「お二人さんがうちに寄ってくれたのも何かの縁! 今ならこのお狐様型煎餅、お安くしとくぜ!」 二つセットでこのお値段、と商人根性を出して勧めてくる主人に、マリアが楽しそうに笑った。 「本当に狐の形をしてたら可愛いですけど、見本はないんですか?」 「あるある、ちょっと待ってな」 言うなり即座に煎餅の袋を開ける音がして、歪の手にも一枚押しつけられた。指でなぞると動物っぽい形をしているのは分かるが、詳細は分からない。 「あ、可愛い。狐がね、前足を揃えて座ってるみたい。右側に出てるのが尻尾。あれ、でも尻尾が大きすぎないですか?」 歪に説明をしながら不思議そうに尋ねたマリアに、何言ってんだと主人が呆れたような声を出した。 「うちのお稲荷さんは二尾だ、二尾の狐。だからほら、先が分かれてるだろうよ」 「あ、成る程」 「九尾じゃないんだな」 「お客さん、そこは突っ込んじゃ駄目なところだ! いいんだよ、うちのお稲荷さんは二尾なの! 成長途上なんじゃねぇぞ、はなから二尾なのっ。いいじゃねぇか、九つもあったら邪魔だろ!?」 二つくらいがいいんだと、どこかしら拗ねたように主人が口を曲げた気配がする。どうやら二尾のお狐様を祭るこの近辺の人たちにとって、九尾の狐は心の傷らしい。悪い事を聞いたと反省していると、マリアが先ほど主人が持ってきたお煎餅の箱を取り上げた。 「せっかくのご縁だし、可愛いし。これ、くださいな」 「おっ、買ってくれんのかい、ありがとよ!」 マリアの言葉でぱっと笑顔に戻った主人は、ストラップと煎餅の箱を袋に入れると店先まで見送りについてきた。それからふと視線を落とし、ああ、と残念そうな声を出した。店主の視線を追って歪も顔を下に向けると、そこにくたりと横たわって枯れた花を感じ取れる。 「また枯れたかー。お狐様も、これがなきゃなぁ」 やれやれと言いたげに呟いた主人に、どういうことだと顔を向けると大きく肩を竦められた。 「最新、神社にお狐様が棲みついたらしいんだ。神域に畜生ってのぁいただけねぇが、何せお狐様だろう。姿を見たら幸せになるって噂のおかげで参拝客も増えたんで、好きにさせてるんだがなぁ。ちょいちょいここいらまで来て粗相するんだろう、花がよく駄目になるんだよなぁ」 犬と一緒で縄張りでも主張してんのかねぇと少しばかり迷惑そうにした店主は、気を取り直すように歪の背中を叩いた。 「まぁ、それでも見かけりゃ幸せになるお狐様がいる証拠にゃ違いねぇ。あんたたちも運がよけりゃ会えるかもな」 よっくお参りしてきなと力強く勧めた店主に、マリアもはい! と元気よく答えた。 最初の店を出てからも土産物を冷やかしながら色々と聞き込んだ結果、神社に狐が棲みつき、それと前後してよく植物が枯れるようになったという話が大半だった。他に変わった事はないかと尋ねて回ったところ、屋台のおじさんが綿菓子を作りながらそうだなと眉根を寄せた。 「家はこの神社の真裏にあるんだが、ガキの夜泣きがすごくてな。何で泣いてんだって聞いたら、神社にふわっふわ浮いてる火が怖いって言いやがった」 小学生にもなって弱っちい事をと頭を振るおじさんの言葉に、マリアはちらりと隣の歪を見て視線を戻した。 「神社に火が浮いてる、んですか」 「ああ。どうも狐火みたいなもんが夜中に神社を行き来してたって言うんだがねぇ。俺は生まれてからずっとこの界隈に住んでるが、そんなもん見た事ねぇや」 見間違いだと思うんだがなと肩を竦めたおじさんに、歪は礼を言って綿菓子を一つ買い上げた。そのまま当然のようにマリアへと差し出され、ありがとう! と笑顔を向けると歪も口許を緩めて行こうと促して歩き出した。からころと下駄を鳴らして後に続き、さっきからあまり直視できない歪の横顔をそうと窺う。 包帯をしている時は気づかなかったけれど、こうして見ると彼は父方の伯父によく似ている。何度となく尋ねそうになり、そのたびに伯父さんのはずがないと打ち消しているけれど。 貰った綿菓子を一口含むと、色んな意味で懐かしく複雑な思いが砂糖の甘みと一緒に広がる。ふらりと視線を落とし、考えても分からない事は後回しにしようと改めて大きく首を振った。 「何が原因か、まだよく分からないけど。神社に行ってみる?」 「そうだな、何にしろ神に挨拶はすべきだろう。ファージだとすれば、神域での殺生を先に詫びたほうがいい」 殺す以外に助ける術はないからなと、静かな歪の言葉でマリアもはっとした。ついうっかりお土産探しや浴衣が嬉しくて忘れそうになっていたけれど、相手がファージであれば戦闘になるのは覚悟しなくてはいけない。顔を引き締めて神様にお参りしなくちゃと呟くと、大きな手が宥めるようにぽんと頭に置かれた。 「そんなに気負わなくてもいい。ファージだとしても、神社に足を踏み入れるなり襲ってくるような無差別さはまだなさそうだ。ゆっくり綿菓子を食べて、お参りするくらいの時間はあるだろう」 「あ!」 神社に入る前に食べ終えなくちゃと慌てて食べ進めると、ゆっくりでいいと笑いながら言われて視線を上げる。歪が楽しそうなことにほっと息は吐くが、やっぱり長くは眺めていられないで視線を逸らして綿菓子を食べ終える。 「っ、ご馳走様でした。お待たせしてごめんなさい」 口許をそっと拭いながら声をかけると、辺りの気配を窺っていた歪は顔を巡らせてきた。 「もういいのか」 「うん。お参りして、神社内を探索して。……何もなかったらいいね」 「……そうだな」 多分そうはならないだろうとお互いに予感しながらも鳥居を潜り、お参りに向かう。作法に則ってお願いをしていると、異質な者が異質な物を排除するだけだからと、歪の小さな断りが聞こえて胸がちくんとした。 (ファージだったら依頼は果たしますから、どうか怒らないで見守ってください) 歪が言っていたように断りを入れて顔を上げると、同じく頭を上げた歪の手を取って神前を辞す。奥に広がる林まで行ってみようかと話しながら目についた札売り所で、幾つかの可愛らしいお守りが売られている。 マリアとしては縁結びのお守りにはあまり興味がなかったけれど、何かに惹かれたように足を向けた歪は端っこに置かれていたお守りを取り上げた。水晶で牙を象ったそのお守りはひどく綺麗で、迷わず買い求めている歪の背中を眺めながら、狐に牙ってあったっけ? の野暮な疑問を口にするのはやめておいた。三本足がある烏だっているのだ、狐に牙があっても狼に角があっても不思議はない。のかもしれない。 などと変な納得をしていたマリアは、ふと思い出して狐はどこにいるんだろうと視線を巡らせた。まさか社殿の下には棲ませてもらえないだろうと思いつつ身を屈めて覗いていると、何かいたか? と戻ってきた歪に尋ねられて赤くなる。 「ううん、狐はどの辺にいるのかなーって」 探してたのと答えると、ああ、と何度か頷いた歪は向かおうとしていた林へと顔を向けた。 「生き物の気配なら、あちらだ」 「やっぱりそっかぁ。神社の裏手なら、あっちだよね」 狐火が見かけられたほうから行ってみると指すと、気配だけで察して頷いた歪が足を向ける。 先ほどのように緩やかな階段になっている参道や、人通りが多いならマリアの手も必要としてくれるだろうが、戦闘になれば引っ付いているほうが邪魔になるだろう。それでも助けられるばっかりじゃ嫌だとギアである日本刀を握り、いつでも抜刀できるように構えながら息を整える。 先に林に足を踏み入れた歪は、途中で足止めて足元を窺っている。二歩ほど遅れてそれを確かめたマリアは、かさかさ、と小さく呟いてしまった。 土産物屋の前で見た花はくたりと横たわって萎れていたけれど、こちらは水分を奪われたようにかさかさに枯れていた。歪が爪先でそうと触れると、がさりと崩れてしまう。 「木は、まだ元気そうなのに」 「触れないほうがいい。ここから先の木は、どれも中から枯れているようだ。下手に触ると倒れる」 振り返らないままも、側の木に触れようとしていたマリアを察して歪が警告する。咄嗟に手を戻す間に、歪のギアである刃鐘がきぃんとひどく小さな音を立てて砕けた。砕けた破片の幾つかはマリアに添うようにして浮かび、音はない代わりにちりちりと微かな光を反射させる。遅ればせながらマリアも日本刀を抜き、歪が見据える先に意識を向けた。 ごそり、と少し遠い木の根元で何かが動いた。億劫そうな仕種で顔を出したのは、狐。少し大きめの猫といった程度の体格で、のっそりした動作で尻尾を重そうに揺らした。 ぱっと見た感じは、寝起きを邪魔されて不機嫌そうな狐と言えるかもしれないが。マリアが思わず後退りしそうになるのは、生気を宿さずのっぺりと黒いだけの硝子玉がこちらに向けられたからだ。 「元に戻してやることはできないんだな」 痛ましそうに、歪が呟く。けれどその声に覚悟をしたような強さを感じ取って、マリアも奥歯を噛み締めた。 狐は黒硝子でこちらを確認した後、通常では有り得ないほど大きな口を開けた。内にゆらゆらと揺れているのは火のようで、それと確認した時には吼えるような仕種で投げつけられていた。佩いていた二振りの剣で歪がそれを弾き飛ばすと、近くの木にぶつかって火は消えた。けれどその火がぶつかった場所から枯れて行くのを見て、間違っても触るのは危険だと悟る。 続けて火を吐きつけてくる狐に向けて駆け出した歪は持った剣と刃鐘の欠片を使って火を防ぎ、下から掬い上げるようにして斬りつけた。刃が当たるぎりぎりでトンボを打つように身を翻した狐をもう片手の剣が捕らえたが傷は浅かったのだろう、木の影に潜むと下は枯れた草ばかりだというのに音もなく場所を移動したらしく気配が消える。 どこから現れるかと気を張っていると、狐に向けた刃鐘の位置から反応して歪が動いたのとは反対方向から傷のない新たな狐が出現した。 「っ、まだいたの?!」 これで打ち止めよねと狐の黒いだけの目に眉根を寄せたマリアは、火を吐かれる前にと刀を振るう。マリアの側で揺れていた刃鐘は狐の逃げ場をなくすように取り囲み、無視して突っ込もうとした狐に傷を負わせて牽制している。 マリアとしても止めを刺すべく動くのだが、浴衣は行動が制限される上に的は小さすぎた。それに目さえ見なければ狐と姿は変わらない、稲荷神社で狐を殺すという躊躇も手伝って知らず手を緩めそうになる。 (違う、歪さんも言ってたじゃない。助ける手段はないのっ) 揺れるなと自分を叱りつけると刃先を下にして両手で刀を持ち直し、刃鐘に取り囲まれている狐へと振り下ろそうとした時。 「マリア!」 下と後ろから歪の声が届き、咄嗟に気を取られると左足に痛みが走った。 「っ、」 傷口を庇うようにしゃがんだマリアを二匹から庇うように駆け寄ってきた歪はマリアの足に噛みついた狐に止めを刺し、もう一匹が吐いた火は反対の剣で弾き飛ばした。その間に狐を取り囲んでいた刃鐘は歪が纏っていたそれらと合わさって大剣に戻り、マリアが目視した時には既に最後の一匹を貫いていた。 「悪い、三匹とは思わずに手間取った」 怪我は大丈夫かと手を出しながら尋ねてくれる歪に、ごめんなさいとしゅんとして謝罪する。 「結局、全部歪さんに頼っちゃった……」 歪のほうが断然強いのは分かっていたけれど、それでも少しは役に立ちたかったのに。怪我をして心配までかけてるなんてと軽く落ち込んでいると、くすりと笑った歪がしゃがんで背を向けてきた。 「ほら」 「……ほら?」 「乗れ」 その足で歩くのは痛いだろうと言うなり背負われ、恥ずかしいから下ろしてー! と暴れそうになったが。それはそれで迷惑だと気づき、どうしたらいいのかと狼狽える。歪は背中に聞くマリアの様子に堪えきれないとばかりに声にして笑い、ゆっくりと歩き出した。 どうしよう恥ずかしいとしばらくは顔も上げられずにいたが、今度は、と静かな歪の声に気づいて顔を上げた。ひどく近い横顔は穏やかに笑っていて、何だか懐かしさに胸がきゅうとした。 「また、来ようか。今度は依頼ではなく」 ただのんびりと散歩にと静かな提案に、うん、と大きく頷いたマリアはそろそろと身体を預けた。
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