~旅の仲間~「いやぁ、どうもどうも世界司書のバナンです」 尻尾をフリフリしながら狐獣人の世界司書が眼鏡をくいっと動かしながら上機嫌にロストナンバー達へ話を切り出す。「『導きの書』で、深い霧に包まれ事故にあうかもしれない観光船が見えました」 予知の内容を口にしだすと空気が緊張に包まれた。「ジャンクヘヴンを出て島のひとつであるレインボーパラダイスへ向かう旅行船を皆さんには護衛してもらいます」「ああ、丁度よかった。仕入れのために行く機会を探していたところです。お邪魔してもよろしいですか?」 バナンが説明をしていると、奇抜な服を身につけ肩にオウルフォームのセクタンを乗せた男が人波を分けつつ入ってくる。「皆さん、はじめまして‥‥アリス・ドールで店員を勤めておりますハッター・ブランドンです。以後お見知りおきを」 黒を基調としながら、金や銀の刺繍によって継ぎ接ぎされたような服の男は見た目とは裏腹に柔らかい物腰で挨拶をした。「かまいませんよー。レインボーパラダイスでは七色のアイスやインコなど七色になった珍しいものがありますから観光も一緒にしてくるのもいいですね」 バナンはハッターの同行を快く受け入れ、また現地の見所を付け加えた。 ~いざ、行かん~「いよいよ航海ですか。こうも綺麗に晴れていますとこの先、荒れるとは思えませんね」 ジャンクヘヴンに到着し、観光船へと乗り込んだハッターは同行者に対して呟く。「私の目的? 私は店員でありながらバイヤーでしてね。レインボーパラダイスで七色インコの毛を服の材料として欲しいのですよ」 トラベルギアでもあるトランクを掲げて、ハッターは微笑みを浮かべた。「今回の旅はよろしくお願いします。霧を抜けて無事レインボーパラダイスへこの船を運びましょう」 楽しい航海とは限らなくとも、トラブルが予見されていれば対処もできる。 さまざまな思いを乗せた船が今、旅立った。
~旅の道ずれ~ 「あ、真朱さんとシャチさん! ヤホヤホ~」 緩やかな潮風を頬に感じ、日和坂・綾が観光船の上で見知った二人に声をかける。 暖かい気候に合わせ、綾の格好はスクール水着にパレオ、さらに麦藁帽子というレジャー気分全開の姿だった。 大きめの瞳は親しみを与え、白い肌は年頃の女性らしく張りがある。 武道をたしなんでいることもあり、細いラインの体は無駄がなく水着が緩やかな弧を描くようにフィットしていた。 「綾さんもご一緒でしたか。よろしくお願いします」 狩衣姿の真朱がトラベルギアの傘で強い日差しを避けながら柔らかな笑みを浮かべて答える。 「おう、よろしゅーな。じょうちゃん」 シャチ型獣人ともいえるシャチはバンダナにエプロンという涼しげな格好だった。 綾とは姿の違う二人だが、やはり別世界へ旅立つとしても顔見知りと一緒に行けるのは心強い。 「中々いい組み合わせですね。実に目の保養となります」 綾を見ていたハッターは楽しげに微笑むと軽く会釈をした。 上から下までをさっと眺める視線にいやらしさとかはなく、モデルを眺めるデザイナーのような視線をしている。 「他の人たちは初めまして、だよね? 私、壱番世界出身の武闘派女子高生、日和坂綾! ヨロシクぅ」 「流芽 四郎です。今回は革製品や先ほどのハッターさんが言ったような変わった動物が目的でしてね?」 燕尾服姿の四郎が海の向こうで待っているいろいろなものに思いを馳せた。 「俺はベーグル屋の廻イツキ。アボガド&サーモンのベーグルどう? あ、俺のセクタンもアボガドサーモンって名前だぜ」 ニットにジーパンの上から白エプロンをつけた廻・イツキが持ち込んできたベーグルを乗客へも含め振舞う。 至って平和な昼の船旅……だが、これは嵐の前の静けさなのだ。 ~名探偵?日和坂綾の推理~ 「霧が出て事故が起こるかもしれない……つま~り! 霧が出たら前方後方注意で警笛、衝突は氷山か他の船って推理したんだけど」 唐突に綾が右手の人差し指を立てながら、これから起こる事件の推理を始める。 「座礁ってケースはあるかもなぁ。船長に注意するように今のうちにいっておくとええなぁ」 シャチは綾の推理にうんうんと大きな頭を上下に揺らした。 「こんな熱いところに氷山というのはあまりないんじゃないか? 海魔ってバケモノかもしれないし」 自前のベーグルも口にほうばりイツキが二人の間に顔をだす。 「イツキ様のおっしゃるとおり、霧の中から来るというならそういう考えもあるかもしれませんね」 真朱は番傘をくるりと回しながら今後の対策を考えているようだ。 「壱番世界で私のいた頃は船の事故といえば幽霊というのが一般でしたがね?」 ふらりと顔を出してきたハッターがシルクハットをちょいとつまみながら意見を持ちかける。 「幽霊!? 幽霊はいやーっ! 殴れないし! 殴れないしぃっ! そんなものじゃなくて人為的な事故!」 「じょうちゃんにも苦手なものがあったんやなぁ」 シャチが綾を笑うが苦手なものは苦手なのだからしかたなかった。 オカルトとニンジンは消えてしまっていいものだと綾は自負している。 談笑をしていると、ふいに陽がかげった。 雲かと思ったが、周囲を見渡せば薄く白い帯がいくつも周囲を漂い出す。 「霧!」 「六郎、炎で照らしなさい」 四郎がフォックスフォームのセクタンに指示を出し、船首から先を照らした。 「エンエンは後ろ、火炎弾うっちゃっていいから! オバケだろうがゾンビだろうが海坊主だろうが何でもかんでもやっちゃってっ!」 半分自棄になった綾がフォックスフォームのセクタンに指示をだし船尾の方へと向かう。 イツキや、ハッターは不安がる乗客を落ち着かせるために回った。 光りが周囲を照らすと霧の中を大きなものが動く。 波を掻き分け飛沫を飛ばしながら影が船の前へと迫ってきた。 「船長! うごかなうごかな! 面舵いっぱーいやったか?」 シャチが船長へ声を飛ばし舵を切らせる。 波に煽られながらも船が影を避けるように進む。 黒い影だったものの全景が段々の見えてきた。 「く、鯨?」 綾が目を丸くしながら影を見る。 円らな瞳が目の前をゆっくりと通り過ぎ、再び海へと潜っていった。 「あれの直撃をうけたらこんな船はあっという間に沈んでしまったでしょうね‥‥」 大きな波に乗りながら鯨の行方を真朱が見守っていると深かった霧が晴れ始める。 先ほどまでの暗さが嘘のように眩しい光りが差し込んできた。 幾つもの光りが霧を割るように空から海へと伸びている。 「島が見えましたよ。あれがレインボーパラダイスです」 ハッターが指した方向には虹の架かった小さな島が見えた。 「無事に島につくなぁ、これもあんたらのお陰だ。少ないが貰ってくれよ」 船長を初め、乗客がロストナンバー達にブルーインブルーの通貨を渡してくれる。 「感謝されるのって悪くないな」 イツキは小さなコインをぎゅっと握り一仕事を終えた達成感に浸るのだった。 ~レインボーアイランドを楽しもう・買出し編~ 「さて、ここからが本番だ」 四郎は燕尾服の襟をただし、手で髪をを整える。 カモと見られるかもしれないが、交渉するとなれば身だしなみを整えるのが筋というものだ。 船着場から足を伸ばせば、そこは露店が立ち並び、人々が食料や工芸品の買い付けを行っている。 様相を見る限り壱番世界と変わらない光景だ。 四郎も足を向けて工芸品や土産物の店を中心に顔を覗かせていく。 「やぁ、そこの旦那。何かかっていかないかい?」 皺だらけの顔をした初老の男に声をかけられて四郎はそちらを振り向いた。 「ほぅ……これは……」 四郎の目に一つの財布が目に入る。 牛革のような黒い皮で覆われているが、さわり心地はもっと柔らかく手になじみやすい財布だった。 「この革の原材料と製法について、知っていることを聞きたい」 「材料は教えられるが製法は秘密だぁなぁ? こっちも商売なんでね。海魔の革を使ってるんだ。怖いバケモンではあるがしんじまえばワシらの貴重な資源になるんじゃ」 「七色のものばかりと思っていたがそうでもないんだな?」 「名物ってだけで、全部が全部そうじゃねぇですよ、旦那」 初老の男は隙間の多い歯をにぃっと見せて四郎に笑顔を見せる。 「では、これを貰うとしよう」 「毎度あり、旦那ぁ」 財布を受け取った四郎は内心で初老の言葉が事実かどうか調べることに決めたのだった。 「おや、四郎様。よいものが見つかりましたか?」 番傘をくるくると楽しそうに回す真朱が虹色で螺旋状に巻かれたソフトクリームを味わいながら買い物の終わった四郎へと声をかける。 真朱の隣には同じようにアイスを舐める綾もいた。 「ええ、そうですよ。お二人も何かいいものを見つけられたようで何よりです」 社交辞令的な微笑みを四郎は二人に返すと他の店を見ようと離れていく。 「このソフト美味しいな~。普通の味じゃないんだけど……うん、美味しい」 綾はカキ氷しかイメージしていなったのだが、予想外の出会いに笑顔を零して喜んだ。 「そうですね。ですが、これではお店に持って帰って使うわけにもいきません」 真朱はターミナルでちょっとした茶屋のスポットを立てているため、今回の旅行ではお菓子を買うつもりだったのである。 「もうちょっといろいろ回れば見つかるよ。私も協力するから、一緒に探そう!」 ぐっと拳に力を入れて綾が気合を入れた。 「そうですね、試食しながら回っていきましょう」 元気な綾にいわれると本当のように真朱には聞こえてくる。 「あ、ほらほら! 虹色の鳥だよ」 町を歩きながら進んでいると、綾が飛び立つ鳥の群れを指さした。 鮮やかな羽をした鳥達が何十羽ととびだっていく姿は虹が動いているようにも見える。 「あの大きさでは乗れないですね」 「もー、綺麗とかそういうのが先でしょ?」 鳥を見上げる真朱の顔がいつになく緩んでいるのを見た綾が思わずツッコミを入れた。 真朱はかなりの鳥好きらしい。 「そうですね。綺麗といえば……あちらの店先に並んでいる装飾品も綺麗ですよね」 現実に戻ってきた真朱が見つけたのは石を使ったネックレスなどを扱う店だ。 二人は近づき、売っているものを眺める。 レインボーアイランドらしいカラフルな石を加工したものが太陽の光りを浴びて宝石のように輝いていた。 「うわぁ、これ……キレイ……ちょっと欲しいなぁ」 綾の視線を釘付けにしたのでは小さな指輪である。 グラデーションのかかった七色の石が埋め込まれていて、台座の方も細かい装飾が彫り込まれていた。 「なら、今回食材探しも手伝ってもらいますから私が綾様へプレゼントいたしますよ」 「ホント! ありがとう!」 指輪を手に取った綾は満面の笑みで飛び上がるように喜ぶ。 女性の笑顔は何よりも綺麗だと真朱は心の内で思うのだった。 ~レインボーアイランドを楽しもう・バーベキュー編~ 「ええなぁ、こないなところで虹色草に出会えるなんて思うてもみなかったわぁ」 くぅっと流れる涙を拭ってシャチは虹色に輝く海草を手にする。 観光客からのささやかなお礼としてもらった通貨で軽く買えたことが嬉しかった。 シャチのいた世界では高価なものであっただけにこんなにも手軽に入ったことが嬉しいのである。 「やっほーシャチさん、これさぁ浜辺で拾ったんだけど食べれそう?」 買い物の終わった綾と真朱が買いを幾つも持って浜辺のシャチのところまでやってきた。 「綾嬢やないの。貝かぁ。そや、ここでバーベキューでもしよか。この虹色草も味を確かめたいしなぁ」 シャチは綾の持ってきた貝を見るとキュキュキューと喉を鳴らす。 「皆さんお揃いのようですが何かされるのでしょうか?」 買いつけの終わったハッターが肩にオウルフォームのセクタンを乗せながら大きなトランクを手に姿をみせた。 「今からバーベキューしようと思っておるんや」 「そうですか……おや、ティータイムの時間でもあるようですね」 オウルフォームがハト時計のように鳴いたことを確認すると、ハッターはトランクを開いて中からティーセットにテーブル、さらにはバーベキューに必要な網に包丁などの調理器具まで取り出す。 「うわーすごーい、漫画の主人公みたい」 何でも出てくる不思議なトランクに綾は唖然となった。 「バイヤーという職業がらいろいろと持っているものですから」 「それでも持ちすぎだと思います……ハッター様は不思議な方ですね」 「お褒めに預かり光栄です」 被っている帽子を脱ぎながら、ハッターは優美に礼をする。 「これで料理作れそうやなぁ」 「折角ですから、食材も少し買ってきましょう。今回の同行していただいた私からのお礼ですよ」 シャチはエプロンとバンダナを締めなおすと気合を入れた。 ひさしの眩しいブルーインブルーの青空の下、楽しいパーティが始まった。
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