オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号1014
クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
クリエイターコメント こんにちは。阿瀬春です。

 神託の都メイムへのお誘いにあがりました。
 メイムで見るあなたの夢は、どのようなものでしょうか。お聞かせください。

 あたたかな毛布と心安らぐ香を用意して、お待ちしております。

※プレイング締め切りまで、『三日』となっております。どうぞご注意ください。

参加者
黒藤 虚月(cavh1622)ツーリスト 女 36歳 孤児院院長/夢人(エルフ)

ノベル

 白布の天幕に覆われた天井を、薄紫色した煙がたゆたう。揺らぎ、流れていく香の煙を眺め、黒藤虚月は銀色の眼を細める。
「エルフの方ですか?」
 付添人の少女に問われ、虚月は首を横に振る。うなじでまとめた極く淡い蜜柑色の髪が揺れる。
「やはり似ておるかのう」
 長く尖った自らの耳に、指先で触れる。
「妾は夢人」
 少女は僅かに首を傾げた。
「夢を司る種族じゃ」
 異国の方ですか、と不思議そうに問われ、そのようなものじゃ、と鷹揚に頷く。目の前に座る、不思議に強い瞳を持つ女性が、自分と世界を違えているとは、少女はそれこそ夢にも思うまい。
 ヴォロスは、エルフやドワーフ、多種多様の種族が住まう、広大な世界。遥か樹海の奥地には、ドラグレットと呼ばれる竜の姿持つ種族さえ棲む。自らの知らぬ種族は星の数。付添人はひとり納得する。
「夢人が、神託の夢を見るのは、不思議な感じがするのぅ」
 うむ、と虚月はくすぐったいような笑みを零した。
「夫の夢でも見るかのう」
 石の床に敷かれた、柔らかな敷き布の上に身体を横たえる。少女がその身体に柔らかな毛布を被せる。おやすみなさい、その言葉を耳にしながら、瞼を閉ざす。

 祈るように重ね合わせた両の掌を解けば、その中には柘植櫛があった。指先に優しく馴染む四寸五分の解櫛のその端は、一度欠けた跡がある。欠けて後、あまり器用でない手で直した跡がある。
 その不器用な手を思い、髪に櫛を通す。淡い蜜柑色の髪に櫛が通る毎、櫛をくれた愛しい夫の優しい掌が瞼に浮かんだ。頬を笑みが溶かす。
 結婚十年目の祝いにと、優しいくせに男女の機微に疎い夫が珍しく贈ってくれた櫛だった。慣れぬ様子で櫛屋に足を向かわせる、その様子を想像して微笑む。
 その大事な櫛が欠けた。欠けた跡を夫が修繕してくれた。
 欠けて直したその跡さえ、愛しい。欠けた櫛を修理していた時の、苦心していた横顔も、やっと直った櫛を得意満面、けれど直した跡の不器用さに不安半分、そんな顔でそっと差し出して来たあの時の顔も。櫛を欠けさせたことに沈む虚月の髪を、修繕した櫛で梳かしてくれた時の、労わるような笑みも。
 髪を梳かしてした柘植櫛は、いつか、夫の優しい掌となっている。飽かずに髪を撫で、頭を撫でるその手を取る。温かな掌に頬を寄せる。
「虚月」
 照れたような声に、思わず笑みを零す。顔を上げれば、夫が、確かな存在感で立っていた。
「実時」
 虚月は両腕を伸ばす。
 迎えるように、夫の実時が両腕を広げ――
 くずおれる。
 虚月の心が冷たい手で鷲掴みにされる。この場面を、虚月は知っている。何度も何度も、心を苛んだ、あの時だ。あの時の夢を、見ようとしている。
 見たくない、と呟くその代わりに、
「実時」
 名を呼ぶ。手を取る。冷たいその手を自らの頬に当てる。今際の際、そんな時だと言うのに、愛しい夫は照れたような柔らかな笑みを頬に浮かべた。
「……実時」
 千年を生きても変わらぬ姿の夢人と。どれだけ長命であっても精々が百年と少ししか生きられぬ昼人と。時間によって引き裂かれる運命は承知していた。承知の上で、重なる時間をせめて共に生きようとした。
 孤児院を二人で作り上げた。愛しい夫と共に、多くの可愛い子らを育てた。
 共に生きた時間は、長かったのか、短かったのか。
 今となっては分からない。けれど、その時は短いと思った。とても、とてもとても、短いと思った。足りなかった。
 名を呼んで欲しい。
 呼べば応え、微笑んで欲しい。
 手を包んで欲しい。
 抱きしめて欲しい。
 傍に居て欲しい。
 欲深いことなのだろうか。愛しい夫と共に、出来るだけ長く生き続けたいと欲するのは罪なのだろうか。だから夫は死ぬのだろうか。 
 喪いたくない者を奪おうとする、時間と言う死神を、虚月は呪った。
「実時」
 繰り返し、名を呼ぶ。掌に口付ける。横たわる肩に縋りつく。逝くでない、その言葉を喉の奥で唸る。
「――虚月……」
 耳に柔らかく響く、夫の声。最期の言葉と共、夫は微笑んだ。
 死の運命を前にしてさえ、優しい笑みを浮かべていた夫を想えば、今も胸が軋む。恋しい。出来るものならばもう一度逢いたい。
 けれど。時間は残酷で優しい。
 夫を喪い、もう随分経った。夫を喪った痛みはそのままに、けれど同じほど、愛しい想いがある。
 今でも実時を想えば、胸に温かな火が灯る。どこまでもいつまでも、愛しく忘れ得ぬ――

 瞼をゆるり、開く。首を傾ける。脇でじっと動かずに様子を見守っていたらしい付添人の少女を銀の眼に映す。
 どのような夢を、とどこか緊張した面持ちで問いかけてくる少女に、
「勿論、実時の夢じゃ」
 ゆったりと応じる。手を伸ばし、子どもにするかのように少女の手を軽く叩く。揃えた膝に置いた手を叩かれ、少女はぎこちなく笑んだ。
「ラヴラヴなんじゃぞ、恋愛婚じゃったからの」
 この先何千年生きようとも、と虚月は静かに睫毛を伏せる。夫のことを語る虚月の顔は、永い時を生きてきた夢人のそれではない。
「あやつ以外の婿は取らぬ」
 ただただ一途に夫を慕う、どこか微笑ましいような、可愛らしい妻の顔。少女は照れたような、羨ましいような笑みを浮かべた。
 いつも笑顔での、と夫のことを話すと同じくして、もう一人、別の人間の笑顔が虚月の脳裏を掠める。いつ見ても笑顔の、東都守護の天人。
(青燐もそうじゃが)
 同じ世界を持ち、同じ世界を見失った仲間の一人。いつもにこにこと笑顔を絶やさぬ、瓶覗色の髪の男。
 けれど、青燐の笑顔は夫の笑顔とは違う。何か違うのよな、と虚月は銀の眼を僅かにしかめる。
(引っかかる)
 声は笑っている。顔は笑っている。けれど、あの笑顔は心からの笑顔ではない。それは分かる。
(どれだけ長い付き合いだと思うておる)
 あの笑顔は、仮面でしかない。
(何か、隠しておるのかの)
 仮面の奥に潜むものを、虚月は思う。感情を偽り、挙句に笑顔の底に押し殺してまで、隠すもの。穏かな笑顔とは逆のもの?
 焦燥。憤怒。悲嘆。虚無。絶望。恐怖。
 隠している感情がなんであれ、その因となるものは?
(たとえば)
 実時を喪ったあの時。
 夫の死に際が、ふと心臓を掴む。つい先ほどに見たあの夢。あの夢で、――過去で、虚月は夫を奪ったものを呪った。夫の居ない世界を哀しみ、怒り、絶望した。夫の元にゆきたいと焦り、夫の居ない傍らに深く開いた虚無を恐れた。
 青燐が隠し持つものを想像し、虚月は眉間に皺を刻む。まさか、と思う。
(妾には子らが居ってくれたが)
 あの笑顔が崩れ落ちた先に起こり得る未来。それは、青燐が隠し、抱え込んでいるものが膨らめば膨らむほど、惨く悲しいものになり得る気がした。
 考えに沈む虚月を、付添人の少女は言葉を閉ざし、真直ぐに見詰める。神託の夢を見た旅人が、夢を辿った末に何処に着くのか。何を得るのか。
 けれど、と少女の瞳に迷いが生じる。このひとは、どうしてこんなに心配そうな顔をしているのだろう。大好きなひとの夢を見たと言ったのに、何を案じているのだろう。
「……すまぬの」
 付添人の視線に気付き、虚月は笑んだ。敷き布から起き上がり、腕を伸ばす。脇に膝を揃えて座ったままの付添人の頭を、いつか、孤児院の子らにしていたように、撫でる。
「心配無用じゃ」


クリエイターコメント 神託の都・メイムで見られた夢をお届けにあがりました。
 ほぼお任せ、のお言葉に甘えて、思うまま描かせて頂きましたが、……如何でしたでしょうか。少しでも、楽しんで頂けましたら幸いです。

 黒藤虚月さま
 だんなさまを想われる様子が、とても魅力的な方です。たぶん、とても心の強い方なのだろうなあと思いつつ、同時に、可愛らしいなあとどきどきしながら、虚月さまの見られた夢を辿らせて頂きました。
 虚月さま。神託の夢、どのように解釈されますか。

 ご参加、ありがとうございました。
 またいつか、お会い出来ますことを願っております。
公開日時2010-11-22(月) 23:10

 

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