イラスト/ピエール(isfv9134)

オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号875
クリエイター櫻井文規(wogu2578)
クリエイターコメントソロシナリオのお誘いにあがりました。

皆さまがご覧になる夢は、果たしてどのようなものなのでしょうか。夢とは願いを映すものでもあり、あるいは目を逸らしたくなるような暗鬱たるものでもあります。美しい風景を、懐かしい微笑みを、まだ見ぬ温もりを。そういったものに触れることのできる、とても素晴らしく、そして残酷なものでもあるように思います。

よろしければあなたの見る夢の描写を、わたしに描かせてはいただけませんでしょうか。



製作日数を多めにとらせていただいております。
ご理解のほど、お願いいたします。

参加者
細谷 博昭(cyea4989)ツーリスト 男 65歳 政治家

ノベル

 目を開くと、架かる雲ひとつない、万全たる蒼天が広がっていた。高く円く、頬に触れる涼やかなる草葉の遥かな上空に、まるで穏やかに流れ往く大河の豊かな水流のように青々と。
 博昭・クレイオー・細谷は芒の波の中に立っていた。頬に触れる風は涼やかで、その風が撫でる芒は博昭の胸の下ほどにまで伸びている。一度だけ瞬いて、周りを見渡した。さほど離れていない場所に深い森があるのが見える。――人の手によるものの気配など微塵も感じられない、安寧に満ちた静けさがひろがっている世界。博昭は周囲を検めた後に視線を持ち上げ、再び蒼穹を仰ぎ見た。
 まるで一枚絵のような蒼。吹く風の気配から察するに、季節は初秋といったところだろうか。博昭は漂う清冷たる空気を吸って眦を細める。仰ぎ見る蒼穹は高く円く、澄み渡り、一片の穢れも浮べず、ゆえに寄せつけることもせず、ただゆったりと広がっていた。
 芒を薙ぐ風の音はどこか鈴の音のそれに似ていて、目を伏せれば譜をもって楽を奏しているかのようにも聴こえる。――この譜は果たしてどの曲に似ているものかと考えながら、博昭はふと両手を持ち上げた。そうしてピアノの鍵盤を弾くかのような所作でゆっくりと指先を動かす。
 ラヴェルのパヴァーヌ、フォーレのシシリエンヌ、それともショパンのノクターンだろうか。風は博昭の指の動きをからかうかのように音調を変えていく。
「……ああ、そうか」
 独りごちてうなずくと、博昭は奏でる曲のタイトルを定めた。
 ドヴォルザークの家路だ。
 すると不思議にも、まるでそれに導かれたかのように、風もまた音を定める。耳に触れるのは風が芒を揺らす音だ。――否、博昭の耳にはピアノの音がありありと届いている。
 目には見えぬ鍵盤を弾きながら、博昭は再び静かに目を開けた。目に映るのは瑞々しく広がる天空の蒼。陽光が何処からか降り注ぎ、その眩さに驚いた博昭は、瞬間、指の動きを止める。
 奏でた音がすべて蒼穹を目指して昇っていく。

 空は想像を絶するほどに遠い。例え両手を伸ばしたところで、到底届くはずもない。風ならば届くのだろうか? あの、一点の穢れもなく、悠々と澄み渡り世界の端々までをも包みこむ天の海へ。あるいは爪弾く音ならば、届くかもしれない。
 息を整え、止めていた指先を動かす。風が吹き、芒を揺らした。

 ◇

 薄く開いた視界の端に薄い布が映りこむ。じわりと身体を動かすと、肌触りの良い柔らかな布が手先に触れた。鼻先をかすめるのは懐古を思わせる香り。耳に触れるのは風が芒を撫でる音ではなく、しゃらしゃらという涼やかな音色だ。
 視線を動かすと、扇子を手にした女がひとり座っているのが見えた。博昭が薄く目を開いたのに気がついたのか、わずかに首をかしげて微笑みを浮かべる。
 女が手にしている扇子はゆるやかな風を生み出し、横たわる博昭を優しく包み込んでいた。
 しゃらしゃらと音が鳴る。天幕として張られているのであろう布が静かに波打っているのが見えた。
 
 ◇

 紅い布を敷いた、長い廊下の上に立っていた。廊下の両脇には重厚な物々しい扉が等間隔で並ぶ。肩越しに振り向き検める。廊下は背後のずっと遠くにまで続いているようだ。
 前方、遠くから、わずかにではあるが、風の流れがあるのを感じる。博昭は風の吹いてくる方に身体を向けた。ふと、風にのり、小さく、何者かの声が聴こえるような気がする。耳に馴染むその声に惹かれ導かれるように、博昭はゆっくりと廊下を歩み進めることにした。
 廊下は螺旋を描く階段へと突き当たった。風は、――声はその階段の上から流れてきているような気がする。階段の先を仰ぎ見るが、皓々と輝く光によって遮られ、窺うことは出来そうにない。階段は長く続いているようだ。意を決し、階段に足をかける。と、その瞬間、言い知れぬ大きな力を感じ、その場に膝をついた。階段を二段ほど上ったばかりだった。まるで途轍もない強い圧力で押さえ込まれているかのような感覚だ。あるいは階段に足をかけた途端にかかる重力が強度を増したかのような。
 抗いようのない圧力に両膝をつきながら、博昭はそれでも階段の先を仰ぐ。降り注ぐ光は一層眩く輝き、博昭の全身を射抜くように、包み込むように、暴き立てるかのように強く皓々と瞬いている。
 ――この先は、もしや、私には手の届かぬような高次に通じているのでは
 ふと、そう考える。全身が震え、その場に身を投げ打ち伏してしまいたくなるような、喩えようのないものを感じるのだ。
 その時だ。博昭は光の中にひとつの影があるのを見た。それは上空から降り注ぐ強い光を背に受け、あるいは当人もまた眩い光を放っているのかもしれないが、いずれにしても顔立ちを検める術を得られそうにはない。背格好から、それが成人した男のものであろうことだけはありありと知れる。
 男は、手に、一振りの刀を携えていた。
 光の眩さに目を眇めながらも刀の姿形を検めて、博昭は思わず声を洩らした。
 それは博昭が元いた世界において使用していた刀だ。見間違えるはずもない、大和――閻魔より授かりし唯一無二の一振りなのだから。
 視界を細めながらも、その刀を手にしている男の姿を検めようと顔を持ち上げる。男の口もとが穏やかな笑みの形を描いているような気がした。
「――」
 男のその口もとに、懐かしい男の姿が重なる。思わずその名を口にしてみたが、言葉は形を成さなかった。――ああ、そうか。考えて、博昭はゆっくりと首を垂れる。目を瞑り、心の奥底で男の名を紡いだ。
 この階段はおそらく、高天原へと続いているのだ。その光を放つ男もまた、神々が御座す場所に居るのだろう。ならば自分などが軽々しく口にして良い名であろうはずもない。 
 目を瞑り膝をつく博昭の肩を、あたたかく大きな掌が軽く叩いたような気がした。その瞬間、博昭の全身を包んでいた強い力は薄れ、代わりに涼やかで心地良い風が辺りに広がったように感じて、博昭は薄く目を開く。

 ◇

 持ち上げた視界に映りこんだのは強い光、それを背に浮かぶライフルのような形をした銃だった。それは何者の手を借りることもなく光に浮かび、まるで博昭が目を向けてくるのを待っていたかのように、次の瞬間には光の中に消えていった。

 ◇

 気がつくと初めに見た芒野原の中にいた。風が唄い、博昭を導くかのように流れている。
 博昭は芒の中を泳ぐようにして進み、目にした森を目指した。ほどなくして芒野原は途切れ、視界は大きく広がりを得る。
 美しい、色とりどりの花が咲き誇る世界に出たのだ。森の木々は穏やかに揺れて歌い、花々は芳しい香りをもって空気を柔らかく満たしている。仰ぎ見る蒼穹からは柔らかな陽光が注がれ、鳥が飛び交い、動物達が草を食んでいる。
 平穏を画に描いたかのような風景がそこにあった。
 博昭は目を細めて風景に見入り、頬に小さな笑みを浮かべた。
 ――ああ、そうか、これこそが

 ◇

 お目覚めですかと女が口を開いた。その声に小さなうなずきを返した後、博昭はゆっくりと身を起こす。
 ひどく象徴的な夢のようであった。目を眇め、風に揺れる天幕の薄布を眺めて笑みを浮かべた。
 願わくば、
 
 願わくば、あの平穏たる世界が自国にも訪れるように。

 女に礼の言葉を残し、館を後にする。柔らかな日差しを仰ぎ、博昭は大きく息を吸い込んだ。

クリエイターコメントこのたびはソロシナリオへのご参加、まことにありがとうございました。

初めまして。
とてもステキなプレイング内容で、どう描写しようか、どう表現しようかと、いろんなことを調べたりしながら書かせていただきました。楽しかったです。
わりと風景描写がメインなノベルになってしまったんですが、いかがでしたでしょうか。象徴的なものを組み込めていますでしょうか。
少しでもお気に召していただければさいわいです。

設定等、ここはちょっと…というような箇所などございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ。

それでは、またご縁をいただけますようにお祈りしつつ。
公開日時2010-10-07(木) 18:00

 

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