ロストナンバーの諸君、猫のレディー・ランガナーヤキを覚えているだろうか? そう、フォン・ブラウン市の地下経済を牛耳っている彼女だ。 ロストナンバーがこの世界に訪れてからというものの、フォン・ブラウン市は世界の玄関口として犬猫双方の視線を浴びていきた。そのために自然発生していた市の犬区画と猫区画はそれぞれ縮小し、中立地帯がみるみる広がっていきている。 緩衝地域でこそこそビジネスを行っている者にとってはおもしろくない話しだ。当初こそうまく立ち回れたものの、核テロ事件以降は密輸も難しくなりすっかり商売あがったりであった。 そんな、レディー・ランガナーヤキに新しいビジネスチャンスが訪れた。 雑種同盟に下ったコーギーたちである。 彼らは雑種同盟のもとでヘリウム収集の仕事を再開したが、その稼働率は恐ろしく低い。 なにぶん、半分以上のコーギーがここフォン・ブラウン市で遊びほうけているからだ。 事件以降、雑種同盟と良好な関係を築こうと一部の猫の諸侯はすでに動き出しており、コーギー達は接待漬けの毎日だ。犬日本帝国はすっかり出し抜かれた形となる。 そして、骨や肉、フリスビーにボール、犬の喜ぶ嗜好品についてランカヤーナギほど詳しい猫はほかにいない。地下経済の女王は抜け目なく、垢抜けない労働者相手にビジネスを始めた。 とりわけ、フォン・ブラウン市に急遽作られた羊牧場はコーギー達大喜びのアトラクション施設である。そこには、先日の事件で死亡した天国の主とやらの像までもが置かれていた。 羊牧場は農場ユニットを改装して作られていた。それまで飼っていた乳牛を売り払い、代わりに羊を導入。牧草を整備して、商業ベースを遙かに下回る密度にしか羊はいない。汚い牛舎も、取っ払い、かわりに石造りのコテージを設置した。そして、人工太陽の制御も細かく、曇天や雨を再現した。 監視カメラからはコーギー達が羊を追いかけてはしゃいでいる様子が送られてきている。ここはランガナーヤキ機関の秘密サロンの一室だ。フォン・ブラウン市の奥深く、縦横に張り巡らされた秘密の回廊をいくつもつたったところにある。もちろん、ここでもコーギーたちは野放図などんちゃん騒ぎを行っている。「このまま、コーギーたちとヘリウム3の独占取引ができるようになったらすごいわぁ~。でもロストナンバーに邪魔されないようにしないとね。どう思います? ボーズさん」「ロストナンバー達は、いささかにお人好しにすぎる。コーギーたちのためと言えば後先考えずに協力してくれるだろう。そうだな。たとえば、玄武でコーギーの代わりに働く擬神(ロボット)を買うというのはどうだろう。コーギー達はもはや帝国の宗教法には従っていない」「あなた、本当に悪知恵が働くのね。革命家なんかやめてファミリーに入りなさいよ」 密談しているのは、そのランガナーヤキと、雑種同盟の首魁ことボーズである。「そういえば、あの茶芝のぼんぼんはどうなったのよ」「岐阜さつきなら、なんだか贖罪だの何だのと形而上的なことを言って、玄武で仕事をしている。哀れな、だが典型的な犬だ。彼らに救済を与えるのも我々の使命であろう」「あんた。話していると本当にむかつくのよね」「仕方あるまい。革命家をやっていれば皮肉の一つも言いたくなるものさ。さて、私はここらで退散させていただくとしよう。弟 ……タルヴィンが来ているのだろう」「バーマン一門がは本気であのカッペどもに荷担するつもりなのようだね。擬神の性能で彼らに勝てる所はないし」 † フォン・ブラウン市の近くて停泊中の玄武 雑種同盟につかまったはずの岐阜さつきは真空の外に出て、都市の足のメンテナンス作業を行っていた。機械の体になってしまった彼女にとって外は独りっきりで信仰心と向き合えるいい環境だ。 彼女はロストナンバー達に出会ってからのことを反芻していた。「ぼくがこんな目にあうのも、本当の神様でない人達をあがめてしまったからなんだろうな。あの人達はちゃんと自分たちが神様じゃないって言っていたのに……。なんで舞い上がってしまったんだろう」 † とある飛行中のリニアの中「パール隊長。この子たちをだましているみたいで気が重いですね」「ドンガッシュさんの後始末は必要よ。それに、まだこの世界が世界樹に選ばれると決まったわけではないわ。リシー軍曹、あなたも遊んでいらっしゃい。原住民との交流も大切な任務だわ」 田中市からマスドライバーで打ち出されたリニアは、鈴木市を経由してフォン・ブラウン市に向かっていた。 リニアには田中皇大神宮の東京ポチ夫のほか、旅団の魔法少女たちが乗り合わせている。犬の大宮司と向き合っているのは、千草町魔法少女大隊主力の面々だ。 リシー軍曹と呼ばれた少女は、緑のチアリーダースタイルに身を包んでいる。彼女は浮かない表情のを笑顔に変えて、席を立った。「メイベルさん! 長手道メイベルさん! 私も混ぜていただいてよろしいですか」 リニアの後ろの方では、メイベルと呼ばれた少女が楽しげに犬のSP達とじゃれあっていた。弾道軌道上にあるリニア内は無重量状態だ。創作スープレックスを披露するにはいい環境である。
田中市の上空には旅団のナレンシフが何隻も停泊していた 本来は祭場なのであろう、板張りの広間は飾りっ気は無く格調高い。地下都市でヒノキを育てるのには大変な苦労があったことでしのばれる。 そこでは、カラフルな少女達が魔法の道具といっしょにせかせかと作業していた。犬たちの姿は見えない。ここは田中皇大神宮に置かれている世界樹旅団の臨時作戦本部だ。 少女達に混じって、一人だけ男である老人が畳の上に正座して書きものをしていた。座卓にはこの世界の地図、部隊配置図、様々な言語で書かれた手紙など、雑多な文書が広げられている。作戦立案中とも思えるが、戦闘とは関係なさそうな図面も多い。 「長手道提督。どうですか、なにかわかりましたか?」 「犬たちの神話はだいぶ歪められているようだ」 「ええ、私にも、彼らがもともとは天空の朱い月に住んでいたと言うことが信じられません。あの地球のまがいものからは生命の息吹がまったく感じられませんから」 「単に不毛の大地にすぎない、と言うわけでは無いのだろう」 「ええ、あれから不吉な空虚さを感じます。これまで戦ってきた死霊や魑魅魍魎とも違います。どちらかと言えば、ワームに感じるものが近いです」 「どちらにせよ。遺跡が鍵を握っているのはまちがいない。犬の神官たちはまだ何かを隠している」 遺跡とは、フォン・ブラウン市の地下にある謎の斜坑である。犬と猫がこの世界に移り住んできた初期に建造されたということだけはわかっており、移動都市玄武と並んでロストテクノロジーだ。それが今現在はロストレイル号の駅として運用されている。 「メイベル達が何か見つけられればいいのですけれどもね」 もちろん、場所は世界図書館の拠点である。簡単に調査が出来るということはない。戦闘は予測され、千草町魔法少女大隊の大部分が出向いている。 田中市に残った面々はバックアップ体制を整えている。 「戦うだけなら、ナラゴニアから応援を呼べば良いのだが……」 「ドクタークランチの一派がこの世界に介入してくる事態は避けたいものです。彼らが来てしまうと何もかもを吹き飛ばしてしまう」 「ええ、我々の目的のためにも」 † コォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーー 定刻通りの運行。フォン・ブラウン市の遺跡にあるプラットホームにロストレイル号が滑り込んできた。 いつもどおり遺跡は螺旋特急に呼応し、いにしえの機械らがごうごうと活動をしている。その機能はいまだ不明。 今回この世界を訪れたロストナンバー達はいずれも因縁浅からぬ。 玄武と、そこに拠をかまえる雑種同盟の処遇を巡って犬猫両陣営ともに一触即発の事態だ。ロストナンバー達はその調停と円満解決を目的として来ている。 彼らはまだ、旅団の大部隊がフォンブラウン市をめざしていることも、高位神官達が旅団と共にあることも知らない。 列車から降りると学者猫のシュリニヴァーサが歓迎する。これもいつものこと。 細谷、ハーデ、川原は雑種同盟の交渉窓口になっているレディー・ランガナーヤキのところに向かった。 一方の、小竹とイテュセイは直接に同盟の支配下にある玄武に乗り込んでいった。 移動都市玄武はフォン・ブラウン市の間近に停泊中である。 市から、玄武までは気密シェルターが接続されており真空の宇宙に出る必要は無い。 小竹とイテュセイはその急造の通廊をすすんでいた。通廊は風船でできた筒を敷き延ばしただけのもので、この世界ではよく使われている。もちろん、外は真空なので破けることがあれば大変だし、それ以上に窓が無いのが不安をかき立てる。 「助かるね。どうにも宇宙に出るとあの世が見えるようになっちゃったからさ」 「あら、あたしは宇宙でも問題ないわ。大丈夫、いざというときはあたしの目の中に入れて守ってあげるから」 「嫌な予感がするからやめてくれ」 そう言って、小竹はポケットにしのばせている運動会の時のあめ玉をまさぐった。 玄武の直下まですすむと、エレベーターが地上高に降ろされており、そのまま都市の甲板まで上がれるようになっていた。 昇降塔には、小さく窓がついており、天を覆う都市下部の機構がよく見える。それらの多くには煌々とライトが輝いており、整備中であった。 エレベーターは資材を満載しており少々窮屈ではある。 小竹は適当な工作機械に腰掛け、イテュセイは天井からぶら下がった。玄武の改装のために次々と物資が運び込まれているようだ。犬も猫も擬神も居合わせている。どうにもちぐはぐな容貌の雑種もずいぶんおり、ここが同盟の拠点として整備されていきつつあるのがうかがわれた。 中階層に到着し扉が開くと、出迎えのつもりか、たくさんのコーギーがあらわれた。 ぞろぞろとエレベーターのところに集まってくる。 「「こんにちわ!」」 「「「らっしゃいませ!」」」 「おかげでここもずいぶん立派になりやした」 それに対して、イテュセイは目を大きくひらいて、えっへんと呼びかけた。 「いいこと思いついたよ。きみたちは雑種同盟からも独立するんだ。ここのエネルギーを利用し大気を再生成する装置を作成するプロジェクト。世界を再生させれば旅団は利用価値が消え住人は新たな段階に踏み出し、図書館は情報を得られる。ほら解決!」 「大気ってなに?」 「え、えっと空気。外に出られるくらいの大量の空気」 「旅団って? 「あたし達の敵よ!」 「できるの?」 「あたしがなんとかする!」 彼女に言われるとできそうな気もするのが不思議なところである。 実のところ、酸素と窒素は砂や石に多量に含まれているのでまったく不可能という話しでも無い。むしろ、水の元となる水素の方が希少である。このような天体では、太陽風にさらわれ、散逸してしまうからだ。 ともかく、イテュセイがコーギー達に囲まれている間に、小竹はさつきを探しに出かけた。 こちらの行方は簡単にしれた。コーギーに混ざって屋外で危険作業をしているさつきはちょっとした有名人になっていた。彼女のみじめなありさまはコーギー達の没落歴史と重ね合わせやすく、同情を買っていたのである。 聞けば今は、都市ブロックからぶら下がって機材の整備を手伝っているとのことである。サイボーグになってしまった彼女は宇宙服を着たコーギーより作業が早く、ケガもしにくいので重宝されているのだ。 「会うには、外に出ないといけないのか。でもな、さつきをこんなことにさせた、初めの原因の僕が顔を出すのは許されるとは思えないけど。謝りたい」 いくつものハッチをくぐって辿り着いてみると、さつきは機械を分解して、砂と油を払って元に戻すという退屈な作業をしていた。サイボーグがそうしているとまるで機械が機械を作っているようで滑稽だ。 そこに命綱をつけて小竹がやってきた。 「やぁ。自分のことは覚えていてくれているかな」 「あ……」 戸惑い、すぐにはわからなかったようだが、徐々に記憶がもどると、元神官見習いらしく居住まいをただした。 「小竹さん……ですね。ぼくはみなさんのお役に立てませんでした……」 「こうなったのも自分らの力不足だ。さつきは悪くない」 彼女は核テロに巻き込まれてこの姿になり、コーギーの説得に失敗し現在の身分にみずから落ちてきた。しかし、テロの首謀者はまだ不明である。 小竹が慰めると、やがて耐えきれなくなったようだ。 「うわーん」 そうして、さつきは機械の肺をぜーはー動かして泣き出した。 「よくがんばった。こんな所にいちゃ駄目だ。さつきは帝国に戻るんだ!」 † さて、フォンブラウン市のランガナーヤキ機関である。 細谷、ハーデ、川原の三人が闇商人の門戸を叩くと豪華な応接室に通され、部屋には頼んでもいないのに食べ物が次々と運び込まれてきていた。 そして、すでに一時間が経っている。 もぐもぐと食べていた川原撫子はようやく手を休めた。 「あれれ、遅いですね~。もうデザートも入りませんよ。ずいぶん待たせますね」 「よほど、私たちに会いたくないようだな」 「政治の世界ではよくあることでございます。たぶん、隠したいものをかくしている最中なのでしょう」 細谷の目配せを受けてハーデは立ち上がった。 「そこの君。ああ君君、ちょっとトイレはどこかな。人間用……いや犬用のトイレがあれば」 ハーデは部屋から出て行き、そして帰ってはこないだろう。 それからさらにもう一時間が経つと、レディー・ランガナーヤキがようやくお出ましになった。いつも通り二体の擬神に駕篭を担がせてのご登場である。 「みなさま、ご無沙汰しておりますのよ。本日は我が機関になんの御用向きでございましょう。フォン・ブラウン市はどこも忙しいのですよ。皆様のおかげで」 「お久しぶりです、レディー・ランガナーヤキ。息災で何よりでございます」 「あなたもね。猫は執念深いのです。まさか、謝りにいらしたわけではありませんよね」 「もちろん、本日は別件でございます。あなたにとっては謝罪よりも価値のあるものを提供に参りました」 いやみなど無かったかのように細谷はにこやかに答える。 「そうですね。我々があなたの商売を応援するというのはいかがでしょうか」 細谷としては、この世界が旅団の攻撃対象になったことを危惧している。そのためにこの世界が旅団に対処出来るようにランガナーヤキと雑種同盟を図書館側の陣営に組み込んでおく絵図だ。 老獪な猫は、目を細めしっぽをなめた。 「それであたしになんの得があると」 話しを聞くつもりを見せることは隙である。誘いか、裏の意図を疑っていることも隠そうとはしない。 「それはもちろん、犬たちとお仕事がしやすくなることでございましょう」 「あなたたちはこの世界の平和 ……をおせっかいにも願っていると言うことでしたね。我々があなたがたの協力を得たと、発表なんかしてしまってもよろしいのかしら? 犬たちは大慌てでしょうね」 「あなたならば、犬の機嫌を損ねずにうまくやる方法を熟知でございましょう」 これは図書館がランガナーヤキを切り捨てることになったら、犬を使って簡単に機関をつぶせると言うことを意味する。 空気が膠着してきたときである。ハーデがしゅっとテレポートして戻ってきた。そして、細谷に耳打ちする。そして、ほんの一呼吸だけ間を置いて政治家は口を開いた。 「レディー・ランガナーヤキ。我々は玄武で擬神を使うことに賛成しましょう」 「あなた、むかつくわね。同盟のボーズによく似ているわ」 ハーデは別の部屋で待機していたタルヴィンを見つけたのであった。彼はバーマン一門の公子であって、その彼がここにいると言うことは一門の擬神を売り込みに来たと言うことに他ならない。図書館としても扱いやすい。 コーギー達に擬神を使わせることは世界のパワーバランスを崩すが、そうしないことにはコーギーの奴隷奉公が続くことになる。 ここでの要件はおしまいだ。 「玄武に参るといたしましょう。 ……さて、学者猫のシュリニヴァーサも呼びましょうか。さつきのケアには彼が必要でしょう」 † そして、三人は合流しに玄武に向かった。 ロストレイル号の泊まっている遺跡まで戻ってくると、イテュセイがボーズ相手に玄武をもらうと息巻いていた。 「もらうったらもらう!」 それに対して、コーギー達は困惑気味で、雑種同盟の犬猫もとばっちりをうけたくないと遠巻きにしていた。イテュセイが力を無制限に振るえば、雑種同盟などはひとたまりないのも事実である。 「それはいたしかねます」 「もらうったらもらう!」 「お渡しするも何も、この玄武はこの世界の全員のものです。我々雑種同盟のものではありません」 「ちっともそうは思っていないくせに!」 不満げに地団駄を踏む。が、唐突にとまると叫んだ。 「いいこと思いついた。じゃ、先に空気を作るからね!」 イテュセイが宣言すると、彼女の目の中から、雲と風と雨とがもくもくとわき出してきた。ドンガッシュに勝るとも劣らぬ能力である。 「さっき言った機械を早く作ろうよ」 そうすると同盟の面々は慌てて、イテュセイが指定した部品を探しに散らばっていった。 小竹がさつきを連れて中甲板に戻ってきた。 休憩である。玄武組はしばらく何も食べていなかった。広場で買ってきた焼き鳥や、パンを広げる。小竹とイテュセイにあわせて、シュリニヴァーサもとんとテーブルに乗って、缶詰をつまんだ。 「私たちが本当に中立の存在ならば。コーギーとこの世界に、これ以上手を貸すのは拙くないのかなっていう気持ちも確かにあるの」 すでに腹一杯の撫子は飲み物を手につぶやいた。 「ああ、旅団がいなくなってもこの世界は元には戻らない。元はと言えば自分たちのせいだ」 小竹が言うように状況には決定的にアヤがついている。 「旅団の影響を排除する以上にこの世界に関わっていいのかしらって。コーギーが長く不当に貶められていたのは事実だけど、私たちはそれが及ぼす影響を考えずに贖罪の終わりを宣言した。この混乱は私達にも責任がある。しかも一個人では取りようがないほど重い責任で。それでも犬の首脳部とコーギーの仲を取り持つのは最低限しなくてはならないと思う…… 私たちが主導する形ではなくて。だって私たちは、この世界の住人ではないんだもの」 「それに関しては、私が言えることはない。コーギーは不当に長く虐げられていた。コーギーが労働環境の向上を望むのはある意味当然だ。元々玄武が犬の物だというのなら、犬自身が適正な値段で設備全てを買い上げるしかないのではないのか? その上で、擬神に全てを行わせるのか犯罪者なりの矯正施設とするのか決めればいい」 ハーデが嘆息し、撫子はものを食べることができなくなった犬を見やった。細谷はコーギーに一定の基準の仕事をこなすごとに嗜好品を与える仕組みを提案した。 小竹の意見は異なる。 「自分は、擬神を買うことには賛成だ。ただしこの世界の住人全員の為だ。元の生活を維持できる回収量にするには働く擬神は絶対必要だろう」 みなの視線が集まる。 「だけどな。独占は許さん。こちらも馬鹿じゃない。それは図書館側の提示からずれてんだ。示したのは共存だ。支配じゃねえ。それに暴動が起こるだろう。戦争にもなりえる。核1つでアレだ。核が大量にあって自由に使える中で戦争なんて、どうなるか分かるだろ?!」 みながつつく缶詰もさつきが食べられないのをみて、小竹の手は止まってしまった。それを確認して、細谷がさつきに向きなおった。 「私の故郷にも神は御座すれど人々の争いや災害、疫病の流行などには手を貸しません。おそらくこの世界に御座す神も、葛藤や過程の無い発展はいずれ破滅と混乱をもたらす事をご存知なのでしょう。真にこの世界を救えるのは神でも我々でもなく、この世界に住まうあなた方。勿論、我々は出来る限りの支援をさせていただく所存にございます」 と、イテュセイがさつきの前にかがんだ。 「神さまを祈っても世界は変わらない。贖罪は終わらないし、アナタの体が治るわけでもない……」 一つ目がさつきの小指をにぎると、なんと機械は生身に戻った。 「あたしたちはアナタたちのかみさまじゃないわよ。力に限界もあるしね! でもこの世界を劇的に変えるくらいの事はできるよ。いもしない神様に祈る前にアナタ自身が動きなさいよ!」 そして、ウィンクすると犬の全身がもとに戻っていた。 さつきは恐る恐るヒゲを引っ張ってみる。 しばらく、生身の体に戻ったことに戸惑っていたようだが、やがて落ち着くとロストナンバーに向きなおった。 「ぼく、やっぱりここに残る。ここでコーギーのみんなとやっていきたい。この世界はぼくたちがどうにかしないといけないんだよね」 赤柴は晴れ晴れとした顔をしていた。 † すっとハーデが姿を消すと、他の者も警戒の姿勢を取った。 コーギー達がざわついていると思うと、エレベータから大勢が上がってきた。 田中皇大神宮の東京ポチ夫をはじめ犬の神学者達と、千草町魔法少女大隊の面々である。 「……ってなんで旅団がこんなところに居るんですかぁ?! いやぁん☆」 物々しい様子に撫子は下がった。つられてコーギー達もざわつく。 「私を戦力に換算しないでくださいね☆水流で一時的に足止めすることしか出来ないから、大人数の軍人さんは手に余っちゃう☆」 最高位神官の威厳を保とうとポチ夫が一歩前に出て咳払いした。 「あー、えー、あー、ロストナンバーの皆様、ご無沙汰しています。田中皇大神宮宮司並びに公会議議長東京ポチ夫です。あー、えー、我々の願いを聞き届けてはいただけませんでしょうか…………」 無意味な修辞が多くわかりづらかったが、要約すると世界図書館にはこの世界から手を引いて欲しい、玄武は犬の支配下に戻す、そしてこれからは旅団を神と崇めるということだ。その様子をさつきはしょんぼりとみていた。 「ポチ夫さん、その人たちの仲間がコーギーの反乱を主導したんですよ? それが分かっていてその人たちに与してます? その人たちは世界を滅ぼすことを目的に行動している人たちですよ?」 撫子は細谷の後ろからでてきて聞いた。すると同盟の犬達は騒然としだし、神学者達は一般の犬たちを追い払おうとした。しかしボーズとその仲間が応じるはずも無い。 「少なくとも私たちは、旅団から世界を守ることを目的にしています…… 失敗もするけど☆」 そこで細谷が田中皇大神宮に旅団が起こした事件やこの世界を攻撃対象にしている事をこと細かに伝えた。 犬たちは共感する。瞬く間に情報は世界を駆け巡るだろう。 ようやく視線に耐えきれなくなるとポチ夫が渋々口を開き、そして、いったんしゃべり出すと叫びは止まらなくなった。 「ならばあなた方はなにをしてくれるんですか? 私たちにどうしろというのですか……? この世界で500年待ちました……。私たちは長くても20年しか生きられないのにですよ! もう神社で毎日天国の映像を見て過ごすのは嫌だ! あなたたちに協力すれば本当の神が来てくれるんですか! 天国に帰れるんですか! あなたたちがいけないんだ! 世界がってなんなんですか! 私たちは……」 「貴方たちの神が戻るかどうかは分からないけれど…… 私たちはこの都市の人々の幸せに協力したいと思ってます。それがそこに居る旅団と私達との1番の違いですぅ」 ポチ夫はうずくまりわんわん泣き出した。つられて神官達が、そのうち同盟の犬たちも泣き声の合唱に加わった。 警戒して微妙に距離を取っている魔法少女大隊の方も、だいぶ所在なげになり、ざわつき始めていた。 犬たちの鳴き声が一段落したところで、そのうちの一人が前に進み出てきた。すると大隊のおしゃべりもぴたっと止まった。 「こんにちわ。私はこの隊を預かっていますシルバー・パールと言います。運動会のときはお世話になりました」 ―― 壱番世界で自分を助けてくれた女だ(小竹) ―― ブルーインブルーであたしが追い払った奴よ(イテュセイ) ロストナンバー達が警戒する中で彼女は続ける。 「言うまでもなく、我々もまたこの人たちからみれば神に近い力を持っています。しかし全能ではありません」 言外にポチ夫の言い分を否定しているが、完全に拒絶しているわけでは無い。彼女たちもまた真実の全てを伝えていないという状況なのであろう。 「今回、我々は市の遺跡の調査に来ました。できればそれを許可していただけますとありがたいのです。もちろん、あなた方もご一緒していただいて結構です。双方が情報を持ち帰ってもあなた方のイグシストは満足するでしょう」 後ろでは「低姿勢すぎない?」「相手は4人よ」等と魔女っ娘たちがひそひそしている。そして、ボーズは超越者のたちの会話にそば耳を立てていた。 それに対して、小竹がさつきを背後に隠すように進み出た。 「お久しぶりです、何しにきたんすか。この世界を根城にするにはまだ早いんじゃないですか? 後始末? 朱い月に利益あるのなら手伝いますが。逆なら力づくでも止めますぜ? しかし随分と統率とれてますよね。部隊全員同じ世界出身ですか? それとも旅団で形成された一組織? そうなれば魔法は部品の影響?」 「君は思ったよりも饒舌なんですね。そうですね。我々は、ドンガッシュ氏の後始末をしにこの世界に来たというわけではありません。そして、根城にするつもりもありません。君達がヴォロスの竜刻に価値を見いだしたように、我々は朱い月に強い関心をいだいています。あれの調査が終わったら我々のここでの仕事はおしまいです。しかし、それを明らかにすると異でここの犬猫たちがよりいっそうの不幸に見舞われる可能性は否定出来ません」 そう言って、真珠色の魔法少女は天井を仰いだ。憤る小竹はそれには釣られずに彼女をにらんだままだ。二人が沈黙し掛かったときに撫子が質問した。 「1つだけ旅団に聞きたいことがあって☆ドンガッシュはドクタークランチの手先なの?」 「我々とドクタークランチは歩調を合わせていません。ドンガッシュ氏もそうでしょう。彼は……」 「……世界樹が根を下ろしたときに、その世界の住人はどうなります? 別に世界は構わん。正直この世界は大嫌いだ。世界樹の方がずっといい環境かもしれん」 小竹が会話を遮って決定的な質問をすると、長い沈黙があった。そして、熟考の上で彼女は言葉を絞り出した。 「世界が終わるのはイグシストに喰われるときだけではありません。不安定な、脆弱な世界はワームを呼び込み自壊します。 この世界はもう限界です…… ―― 周囲に犬が多い、C4を使っては巻き込んでしまうか ―― ならば ロストナンバーの≪4≫人が魔法少女大隊と相対している間、ハーデは一つ下の階層から状況を透視していた。 ―― この世界に来る時は戦争の備えをするようにしていたが…… ここまで読みが当たるとはな 彼女は今回もショートソード、サバイバルナイフ、鉄板入り軍靴、猫用ブラシ、ジャーキー、プラスチック爆弾(C4)のフル装備である。ジャーキーと猫ブラシは既に使用済みだ。 ショートソードを引き抜いて大きく深呼吸した。戦闘開始。 強行偵察兵は話しをしている真珠色の魔法少女の背後に現れ、ショートソードに瞬間的に光の刃を纏わせて肺に突き立てた。 「あぁ、会いたかったぞ世界樹旅団! この世界を壊そうとした者のこと、忘れてたまるか! 一人残らず生かして帰さん!」 間髪入れずに、その近くの緑に襲いかかる。「隊長!」魔法少女も即座に反応し、背光をまといつつマジカル☆トンファーを振りかぶり ……跳び蹴りをはなった。 しかし、彼女の脚はむなしく空を切る。 奇襲者はもうそこにはいない。 ハーデはさらにテレポートし、後方にひかえる集団の真ん中に出現、そのまま一人の頸椎を切断した。 「例のテレポーターだ!! プランD!」 誰かが叫ぶのが聞こえる。 「大隊が600名居ようが、将校クラスは30名…私1人で十分殺れる!」 次々と目標にロックオンし跳び続けた。 なしくずし的に小竹は、ハーデに飛びかかった緑の少女と向き合うことになった。 「確か、壱番世界で2位になった奴だな」 「会談中に不意打ちだなんて! こんな卑怯者がいるとは思わなかったわ」 「俺じゃねーよ! ぶっころすぞ! 俺は人間には容赦しないからな!」 ギアの六尺棒をかまえる。 その緑色に加勢しようと、マジカル☆ハンマーを担いだ赤がかけつけてきた。 「リシーさん!」 しかし、その彼女には『紫電』を抜いた細谷が立ちふさがった。 ハーデが、9人目に飛びかかったときに、ふとももに激痛が走った。 「なっ!」 見れば、最初に倒したはずのシルバー・パールがゆっくりと振り返ってくる。その右手には無骨なだんぴらが握られていた。 「世界樹の実を宙にばらまいた。貴様は手の内を見せすぎだ。そして、魔法少女はこの程度では死ねない」 油汗が流れ落ちる。下半身からのぼる危険信号は尋常では無い。ハーデは凄惨な笑みを浮かべた。 「ならばこれはどうかな?」 ハーデがショートソードを握っていない方の手を手繰り寄せると、目の前にパールが引き寄せられた。自分がテレポート出来ないなら、相手にさせればいい。 呵責無き刃が振るう。 しかし、必殺であったはずの一撃はグキガキという鈍い音に阻まれた。 そのころ、撫子はギアから放水しながら逃げ回っていた。 「あれあれっ☆わんちゃんたちを守らないとだけど、相手の狙いが私たちだけなら近寄らないほうが安全だよねっ」 イテュセイは長槍を掲げる一団と対峙していた。 「必殺! ✰☃⁂ℚ↺__☄↻♫。❤」 爆発と共に魔法少女の隊列が丸ごと吹き飛ばされる。しかし、崩した端から次々と少女達が戦列に戻ってくる。それをふたたび切り崩す。 「ふたつ目美少女イテュセイちゃん!彼女は日夜他人の眼をあざむき、そのねくびをかくのだ!」 ハーデは驚愕に目を見開いていた。ショートソードとともに彼女の能力で作った光の刃までが、根元からぽっきり折られている。かりそめの刃は玉虫色の粉を引きながら散逸した。 そして、光の刃の代わりに目の前で光っているのは、真珠色に鈍く輝く音叉のようなものだった。音叉にしては二股の片側が長く尖ってる。ハーデはみたことな無い武器だったが、その刃を囓りこむ形状の役割を本能的に理解した。 「……ソードブレーカー」 「悪いな、私の焦点具はだんぴらではない。この左手の十手だ」 能力を掴み直すことができない。光の刃が再構成出来ない。力の源の何かが折られているのだ。焦りが隙を生む。 とっさにサバイバルナイフを引き抜いて、だんぴらの一撃を受け流すが、泳いだ胴体に十手が吸い込まれる。テレポートが間に合わない。 「こいつは半端じゃない……」 脇腹にくわえこんだ十手があばれるのを承知で前に踏み出す。そして、苦痛に耐え、奥の手をはなつ。 首から光を引き抜くと真珠色の魔法少女が崩れ落ちる。 「残念、私も両の手に武器をまとうことができる」 利き手が死んでも、左手からも刀が出せたので助かった。と、そこに赤い魔法少女もふき飛ばされてきた。細谷の電撃剣にやられたのだろう、小刻みにけいれんしている。 ―― ❒☀。✈☁✿✿↫↝✌ 魔法少女を蹴散らしながら、イテュセイが世界樹の種を目に吸い込んでいく。 折り重なるように地に伏す真珠色と赤、その光背は消え去ろうとしていた。 「隊長、わたしはもうダメです。使います」 「長手道メイベル、お前にはまだ早い。みんなを地球に……」 ―― 豊穣神召喚 遠く、田中市 魔法少女大隊のミカン小隊はそれぞれ隊員のマジカル☆ステッキが楽器状である。彼女たちは合奏をすることにより大規模魔術が使える。運動会の時は97の太陽を召喚した。 大隊の切り札である。 司令部に残っていたミカン隊隊長みかんは、遠話を受け取ると作業の手を止めた。 「長手道提督、メイベル様が戦死します。パール大尉から豊穣神召喚の使用許可を求められました」 「すまない」 みかんは部下に目配せをしてマジカル☆タクトを振り上げた。 この許可は儀礼的なものである。って、使用許可には必ず応じなければならないというのが隊の約束であった。 効果は文字通りで、許可を求めた者の身に豊穣神を降ろす。本来は春先に畑で使ってその年の実りは約束されると言ったかわいいものだが、この魔法もずいぶん歪められている。触媒に世界樹の種を加えている。祭りであれば複数人で分担する豊穣神の神性を一人に集中する。神を降ろすが還さない。一方通行の術式。 それだけを積み上げて、あらゆる生命の奇跡を可能にすることを目的としている。 田中皇大神宮から数千キロ離れたフォン・ブラウン市に向かって、芝生の敷き詰められた緑の道が延びていった。砂しか無く、まったくの真空の荒野にである。 緑が十手を持った魔法少女の足下まできて、したたる血に触れると、そこから木が勢いよく生えてくる。ハーデは反射的にテレポートして逃れた。藪のように膨張し、灌木となって玄武を浸食していく。そしてそのまま外の不毛の大地を書き換えながら広がっていった。 中心になった彼女は木に飲み込まれ、見えなくなる。そのまま木は生長をつづけ甲板の天井を突き破った。そして、根は床を破って地に至った。 成長が止まったのは玄武が完全に森に沈んでからである 「また、宇宙かよ! やっぱりこうなるんだぁ! うわぁぁ!!」 みるみる気圧が低下していき、生き残った魔法少女が次と次と結界を張っていく、だが犬猫たちの全てをカバーするには及ばない。 「動け、イテュセイちゃん1号空気清浄機! 動け、動くのだ!」 イテュセイ先程提案したばかりの機械を動かそうとするが部品を集めただけのそれは当然動かない。 「ええい、もう! ☀❤❥❦❧❄❂❀✰!!!」 一つ目の怪人が叫び、目から猛烈な大気が奔流としてほとばしった。それは失われたドームの気圧を元に戻し、さらには広く世界を覆うように広がっていった。 「ってあれ、息が吸える!? つーかケガが治っている」 気がつくと小竹は失ったはずの腕が元に戻っていた。内蔵に達していたはずの傷もふさがっている。それどころか、古い傷跡も見えなくなっていた。 発端となったハーデはあまりの変化に思わず立ち尽くしている。穴が空いていた脇腹も完治している。 「まさか、この世界に大気ができたのか?」 振り返れば、イテュセイは目を全開に見開き、どこかのデザイン扇風機のように空気を吐き出し続けていた。 「だったらもうシュリニもさつきも玄武を巡って争うことも無いのか?」 彼女が戦意を失うと戦闘が終了した。細谷も刀を鞘に収めた。 魔女っ娘たちも戦闘継続を諦めたようである。巨木から離れようとしない赤のメイベルを引きはがすのに苦労していたが、順次撤退していった。。 この様子では玄武は当面使い物にはならないだろう。そもそも使う必要も無いのかもしれない。 まだ世界樹の実が喰い込んだふとももが痛む。ハーデは犬たちに笑顔を作ろうとして失敗した。アポートで取り出そうとするが、どうにも狙いがさだまらない。自分の足を丸ごと吹き飛ばしそうだ。 ―― この世界が守られるのならばそれでいい。 犬と猫たちは恐る恐る甲板に開いた穴から外に出て行った。外には灰色の大地に、ぽつぽつと緑が生え始めており、わずかの間にも成長をしている。 撫子が彼らに水をまいてやると、彼らは興奮したように 駆け回りはじめた。 それを細谷と小竹がながめている。 そして、帰り際の撫子の脳裏には一つの疑問が浮かび、消えない。 「あれ、これ、ひょっとしてドンガッシュと同じような力なの? じゃ、効力が切れたらもとの不毛の大地に戻るの? それよりもどこまでこの緑は続いているの? こんな力を振るったらこの世界は……」 コンダクターの撫子には無縁の話しではあるが、世界図書館のロストナンバーは能力がギアによって制限されているはずである。 旅団のロストナンバーがそのような制約を受けている形跡は無い。それは撫子にとっては恐ろしいことであった。 そして、ふと思った。 ―― あれっ☆、イテュセイさんの力は制限されてあんなだったの? それとも??
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