モフトピアにある浮島のひとつ。そこには壱番世界でいうところの、おサルに似たアニモフがいる。 このアニモフたち、実にユニークな属性を持っていた。 すなわち「お祭り好き」である。 このおサルアニモフたち、手先が器用で、毎年オリジナルのおみこしらしきものを作り、花や若葉、果物や木の実で飾り立てて、浮島の中心にある森をパレードする。 パレードといっても、しずしずと練り歩くばかりではない。 アニモフたちの居住地が多い平地はゆるやかなスピードで練り歩くのだが、森へ入ると、結構なスピードとなり、木々の間を縫うように走りぬけ、特に森の中心にある巨木の周囲を、木々にぶつからず、また神輿のバランスを崩すことなく駆け抜けて一周、また平地へ戻る、という具合に、メリハリがあるのだ。 なおかつ、おサルアニモフたちにはお神輿に格別のこだわりがある。 このおサルアニモフたちは三種類いて、毛皮の色が白っぽい種族、灰色っぽい種族、黒っぽい種族があり、その種類ごとに、おみこしに特徴を出すのが習いとなっている。 白い毛皮の種族は、「華やかさ」。白い毛皮の種族は、花を育てるのが得意であり、香りも色もさまざまな花や果実でおみこしを飾り立てる。 灰色の毛皮の種族のおみこしの特徴は、「速さ」。おみこし自体をなるべく軽いものに作り、すばしっこい動作が得意な種族なので、すばやく森を駆け抜けるさまが見ものであるという。 高速で木々の間を縫って駆け抜けるさまがかっこよくて面白いというので、観客側のアニモフも大興奮だという。 黒い毛皮の種族は、「力強さ」。力の強い種族なので、がっしりと頑丈なおみこし、それも彫刻などを施した重厚な見ごたえのあるものを作り上げ、その重量をものともせず、お神輿をよいしょと回転させたり、高々と担ぎ上げてポーズをとったり、というのが魅力らしい。この彫刻も、白種族の華やかさとは違う美しさがあり、なかなかの芸術作品(原始的ではあるが)らしい。 で、このパレード、浮島の観光名物となっており、訪れる旅行者たちがいつしか「観る側」から「参加する側」となるのが習いとなり。 時期が来ると、アニモフたちは旅行者たちの参加を心待ちにするようになった。 もちろん、純粋に観客としてこの時期に訪れる旅行者もいるのだが、おみこしに乗る人、かつぐ人、あるいは裏方に回っておみこしをデザインしたりする人ーーとして旅行者が参加すると、祭り自体の見ごたえが格段に違うので、もはや旅行者なしにこの祭りは成立しないとひそかに思っているアニモフも少なくない。 お祭りの舞台となる森は、今、春を迎えている。 若葉が芽吹き、地面や木々の枝先に花が咲き乱れ、暖かな風が頬をなでるさわやかな季節。 アニモフたちはあらそって花を摘み、早熟な果実をもいで集め、参加してくれる旅行者たちを歓迎する準備に余念がない。「今年モ、ヤリマッセー」「酒モッテコイヤー」「キレイナ、ネーチャン来ナイカナー」 こら待て、誰ですかそんな言葉アニモフに教えたの。
事件の合間の、わりとのんびりしたある日のこと。 世界図書館の一室を借り切って、「旅行者」有志による、癒し系映像記録を上映すると告知がなされた。世界図書館のいくつもある部屋のうち、大きなスクリーンが壁面いっぱいにあり、映像を投影することができる場所。 どうやら映像は生中継で、これも世界図書館の一室にあるらしい特設スタジオから、男女の司書がアナウンサーのようにやりとりをしながら、「旅行者」たちの伝えてくる映像を紹介していく。 にこやかな男性司書が、口火を切った。 「『旅行者』の皆さんも、時には忙しさを忘れてのんびりと、楽しいお祭りなどをご覧になるのもリフレッシュとなるのではないでしょうか」 女性司書もうなずく。 「これからお送りいたしますのは、モフトピアのとある浮島からのお祭り風景となります。ではさっそく、現地から本郷さんに伝えてもらいましょう。本郷さーん?」 ●中継~本郷さん 柔らかな若草に包まれた丘のてっぺん。 一人の男が、マイクを握り締め、撮影クルーに真正面からカメラを向けられたたずんでいる。 純白のワイシャツ姿も爽やかな、知性漂う男前である。 この男、本郷幸吉郎。不屈のしゃべくり魂を持つアナウンサーである。。 3,2,1、キュー! 本郷はマイクを握り締めると、 「現在私は、モフトピアに溢れる浮島の一つに降り立ちました! ここでは毎年神輿を担いで練り歩くパレードが開かれているということです。いやぁ私のようなコンダクターには、なかなか懐かしくも興味深い話ですね。早速、神輿の待機所へ向かってみましょう!」 なかなかの滑らかな紹介ぶり。 「ヨウ来タノ、ワレ。ウキ」 黒アニモフの長老らしき、大柄な一体が腕組みをして本郷を迎える。 「こちらの黒毛族の神輿は、力強さが特徴となっているとのことですが、こちらをごらんくださいっ! まずこの神輿の台輪にあたる部分ですね、このように真空チョップで攻撃してもびくともしませんっ! ふぬっ! ふぬっ!」 バキッ 「のおおお~~!!」 “しばらく放送が中断します” 映像が再びスタジオに切り替わった。 「いやあ、さすが本郷さんは本職だけあって、迫力ある体当たりレポートでしたね」と、男性司書。 にこやかな女性司書が、頭を下げる。 「えーと、都合により、しばらく映像が中断いたしました。お詫びいたします。さて、もうお一人、陸 抗さんが中継にお邪魔しています。陸さん、陸さあん?」 女性司書の声とともに、またモフトピアの映像が映し出される。 どうやら映像は、灰毛族のお神輿準備中のようで、灰色の毛皮のアニモフたちが、せっせと神輿を磨いたり、早く走るための準備体操なのか、手足を屈伸している。担ぎ棒に粉をぱたぱたとはたいているのは、汗で滑らないための防止策だろうか。 そうしたにぎやかな光景をバックに、歯切れのいい若い男の声が流れ出す。 「あ、どうも。陸です。俺、陸 抗はただいま、灰毛族の神輿準備所にお邪魔してます。この灰毛族の神輿は、スピードが特徴になってて、神輿にもいろいろと工夫がしてあるんだ。こうやって中が空洞になってる枝を組んでいたりとか」 と、カメラは声に従い、神輿にズームして構造を紹介していく。 が、声の主は画像に映っていない。まるで透明なキャスターがカメラに指示を出し、中継を行っているかのようである。 「ってわけで、神輿の担ぎ手も、足の速い者が選ばれてるらしい。今から気合十分な彼らに、インタビューをしてみようと思います」 声とともに、カメラが移動し、低い木の枝に座っている小さな妖精のような若者を映し出す。陸は風船とともにふわふわと風に運ばれるように空を飛び、 緑したたるモフトピアの森を背景に、風船を手にした若者が飛ぶ姿はまるで絵本の一ページのようで、心和ませるものがある。 が、陸がふんわりと降り立ちインタビューを敢行したとき、悲劇は始まった。 「こんちは。いよいよパレード開始だけど、緊張してますか?」 「ウキ?」 呼び止められた灰色アニモフは、えっどこから声がしてるの? 声はすれども姿は見えず、もしかしてアナタ守護霊?とでもいいたげな、怪訝そうな表情できょろきょろあたりを見回し、神輿の担ぎ棒にとまっている陸にぶつかり払い落としそうになる。 「ウキ!? モシカシテ、神輿ノ神様ガ俺ニ話シカケテルッキ?!」 「……って、違う違う! ここだここ! 俺の姿見えてるか!? 声だけ降ってきてるわけじゃないぞ! って、踏み潰す気か、おい!? この風船が目に目に……うわぁ~!!ちょっ、何すn」 ひょい、とカメラが今度は突然、上を向いた。 若いアニモフの一人が、風船に目をとめ、陸の姿に気がついたものの、「やだ、なにこれ?! 超カワイくね?」ってな反応とともにつまみ上げ、離してくれないのだ。アニモフの手の中で、陸がばたばたと手足を振り回している姿が映しだされ‥‥たかと思うと、同じく若いアニモフがわらわらと集まってきて、そんな陸に手を伸ばす。 口々にウキウキキャッキャと叫んでいるが、おそらく、「見せて!」「やだカワイイ! ちょーだーい」「やだってば! アタシの!」とか‥‥さながら壱番世界の女子高生と呼ばれる民族が新作のキャラクターぬいぐるみに群がるかのごとき勢いで陸を奪い合っている。 混乱のさなか、カメラがまたスタジオに切り替わった。 「いやあ、陸さん、大人気でしたね」と、にこにこ顔の男性司書。 「そうですね。陸さんは日ごろから風船を持っていらっしゃるんですけれども、今回はその風船を持ってる姿があまりにも背景とマッチして、キュート過ぎたのが災いしたのでしょうか。オホホ」と女性司書。 ってか、もう少し心配したほうがいいと思います。 ●お祭り本番~ディーナさん、バナーさん カメラは切り替わり、再び黒毛族の神輿が映し出される。 そして再び、本郷幸吉郎も登場である。本郷の目前には、黒いサングラスをかけた細身の美女が立っており、本郷はその美女にマイクを向けた。 「さて、再び黒毛族の神輿待機所から中継してまいります。今回、こちらの黒毛族の神輿に協力しておりますのが、 ディーナ・ティモネンさん! よろしくお願いします、ディーナさん」 「こちらこそ、よろしく」カジュアルな服装のディーナが軽く会釈を返す。たった今まで神輿の彫りものを仕上げたり、仕上げ磨きをしたりの作業をしていたらしく、長い銀色の髪を束ねている。 「今回、黒毛族のお神輿に製作段階から協力を申し出たとのことですが、理由を聞かせていただけますか?」 「そうね、お神輿そのものに心を惹かれたっていうのもあるけど、ひとつには、こちらのお神輿は彫刻がメインだって聞いて、ナイフワークでお役に立てるかなと思ったのね」 「なるほど。そして、なんとディーナさんは、お神輿の上に乗ってパフォーマンスを繰り広げられるとのこと! 」 「それは、パレードの時までのヒミツ」 「そうですか、楽しみですね。しかし、力自慢の黒毛アニモフたちをすっかり手なづけておられる様子で、やはりディーナさんはツーリスト間での噂にたがわず、お神輿パレードにおいてもやはり姐御ポジションというところでしょうか」 「え‥‥どっちかというと、『姫ポジション』のつもりなんだけど。お神輿に乗るって言ったら、たいてプリンセスじゃない?」 「いやいや! ご謙遜を! やはり姐御でしょう」 「いや、絶対『姫』。少なくとも私自身はそのつもりだから」 とディーナが言い切ったその矢先、 「姐さん、ほどよくかもせたみたいですぜ。ウキッ」 と、木の実を二つに割って作ったらしいカップを手に近づいてくる。 「うん、どれどれ」 ディーナも鷹揚に受け取り、中の液体を味見した。 「おっ、いい香りですね」 「お祭りにはお酒がつきものでしょ? で、蜂蜜酒造っちゃったわけ☆」 ここでスタジオからの声が割り込んだ。 「ディーナさ~ん? 蜂蜜酒のレシピを紹介していただけますか~?」 「OK。量は目分量ってことで許してね☆ 蜂蜜を3倍くらいの水で沸騰させないように煮て~、ドライイーストと干葡萄と香辛料を突っ込む~。夏なら3日くらいで発酵済んじゃうらしいけど、ここだとギリギリか・も☆」 と、味見‥‥にしてはちとピッチが早いが‥‥をしながらディーナ。すでに出来上がってる感がなくもない。 「いい香りがこちらまで漂ってきそうですね~。ところで、そのお酒は、打ち上げで皆さんで飲まれるんでしょうか?」と、スタジオから女性司書の声。 「んー、ちょっぴりずつだけど、お祭りの見物客も含めてみーんなに振舞っちゃおうかな、と。お神輿のね、台座の下に酒樽を1個仕込むの。飾りはお任せ?」 と、クイックイ味見? をしつつディーナ。 「ほお、ではお神輿が通ると、蜂蜜酒のこの香りが同時に漂ってくるという仕掛けでしょうか?」 「そうそう。時々お酒そのものも振りまいちゃったりして☆ 作ってた樽から御輿の樽に上澄みだけ移し変えて~、あ~、匂いだけでなんか幸せ♪」 と、味見? をしつつ(略)。 「ところで、良い飲みっぷりですが、『姫ポジション』じゃなかったんですか」 本郷のツッコミも風のごとく受け流す。 「堅いこと言わないの! いっぱい飲む? 」 「私、中継中はちょっと‥‥酔って滑舌が乱れますと放送上」 「いいじゃない、お祭りなんだから。ってか飲め!」 がはっ。(画像が一瞬激しく揺れる) 「ぷはあっ。こ、これは‥‥まったりとこくがあり、野趣あふれる中にも蜂蜜の香りと果実の香りが入り混じって、甘くやわらかな香りがふうわりと鼻に抜けていく感覚がなんとも。ちなみにこの蜂蜜酒、アルコール度はどのくらいなんでしょうか?」 「そうね。ちょっと発酵する日数が少なめだから、12度くらいかな」 「むっ、甘い香りと口当たりのよさについイッキのみしてしまいましたが、実はワイン並のアルコールでした! 申し遅れておりましたが私、本郷はモフトピア中継のために先ほどまで全力疾走しておりました。激しい運動の後のイッキのみは非常に危険れすので、この放送をご覧の皆様も注意くらはい」 本郷の滑舌があやしくなってきた。 カメラがスタジオに切り替わる。 「あ、たった今、陸さんが無事に撮影クルーと合流できたとの情報が入りました。」 「陸さ~ん?」 「はい。陸です‥‥」 カメラがモフトピアに切り替わると、満員電車でもみくちゃにされた後のように帽子はずれて服もしわが寄り、髪型もなんだか変わっている。 が、幸いにも風船は割れなかったようである。 陸はちょっぴり疲れた表情ながら、落ち着いた口調で中継を引き継いだ。 「俺はいま、灰毛族のお神輿待機所に来ています。こちらのお神輿に協力する予定の、バナーさんに意気込みを語ってもらおうと思います。」 陸は風船片手にふわふわりんと飛び、空中からバナーにミニマイクを向ける。 「バナーさんは、お祭り好きなのかな」 「うん。ここの祭りの話を聞いて、なんか面白いこと、やっているな、って。興味を持ったんだ」 と、人間大のリスといった外見のバナーはつぶらな瞳をカメラに向けて答える。 「この灰毛族のお神輿を選んだ理由は?」 「黒毛族のも白毛族のも、それぞれに魅力的だけど、黒毛族は力強さが最大の魅力だっていうけど‥‥ぼくはそんなには強くないし。 でも、素早さなら、自信はあるよ。お神輿の屋根の上で、ジャグリングでもやっていようと思うんだ」 「灰毛族の神輿は、すごいスピードで森をめぐるらしいから、バランスをとるのが大変だと思うんだけど、いい見せ場になりそうだな」 「そうだね。森の巨木の周囲をめぐる瞬間は、注目してほしいな。‥‥うまくいったら大技も披露するかもね」 と、バナーは眼をくりくりさせ、しっぽをひとふり。 パレードを控えての、武者震いみたいなものかもしれない。 「それは楽しみだな。安全に気をつけて、自分も楽しんでもらいたいと思います。バナーさん、ありがとうございました!」 やっとまともなインタビューを終えた陸も、満足げである。 とはいえ、17センチくらいの妖精みたいな陸と、超大型リスさんそのものなバナーが語り合っている光景は、やっぱりメルヘンの絵なのである。 ●さあ、パレードだ!! いよいよパレードの時が来た。 森の中、木々や草の花も咲き乱れているが、それ以上にアニモフや観光に来た「旅行者」たちの熱気がいっぱいである。 特に背の高い木々には、その枝にのぼって上から神輿を眺めようとする見物客が大勢いて、鈴なり満開の賑やかさ。 「来ました、来ましたアアアッ! 白毛族が誇る、花と果実満載の美しい神輿っ! 私、本郷幸吉郎がわがセクタンの「ミネルヴァの眼」で上空から拝見しましたところ、神輿上部には真っ赤な花のトピアリーというのでしょうか、タワー状に盛り上げられた花束が炎のように立ち上がっております!」 不死身のアナウンサー、本郷はアルコールも、浮島を徒歩で一周しようかという移動の疲れも体に残るアルコールもものともせず、森中央にある巨木の切り株から、中継を行っている。 セクタン「阿雀ヶ峰千寿朱珠宵景光」を使って、自在に上空や遠方の光景を「ミネルヴァの眼」で見て伝え、パレードを待ち構えている見物客たちのワクワク感をあおっている。 が、しゃべりにはますます力が入ってきて、「阿雀ヶ峰(略)」が手元に舞い戻ってくると、むっぎゅと抱きしめて絞め殺しかねない勢い。 そこへ、ひときわ興奮した、わあっというどよめき。 どうやら、灰毛族の神輿が森の入り口に登場したらしい。 「次に来たのは、灰毛族の、スピード感あふれる神輿ッ! 駆けている、森の木々をたくみに避けながら疾走しています! しかも今回の神輿は一味違う、屋根の上をご覧ください! この疾走感をものともせず、バナーさんが絶妙のバランスでジャグリングを披露しています!」 傾く屋根の上でとっとことっとこと巧みに動き回りながら、バナーがりんごに似た赤と緑の木の実をほうりなげては受け止め、くるくると互いの手の実を入れ替えたり。 「この巧みな手さばきはまさにッ! 森の中の奇術師! しかもこの後、さらなる大技が披露されるとのこと。追いましょう!」 本郷、猛ダッシュ。 「おお~~っとッ! 神輿にスパートがかかったァッ!(ハアハア) 森の中央にさしかかりましたアッ! 巨木の周囲を一周‥‥二周‥‥すごい、すごいスピードだっ! しかし屋根の上のバナーさんは余裕の表情だッ! ジャグリングしていた木の実を笑顔で観客に放り投げたーッ! いよいよ大技が出るか!? 神輿はさらにスピードアップして三週目をめぐるッ! と、この瞬間!! やったァァァ! 出ましたバナーさんの大技、駆ける神輿の上でのバック転だーッ! その雄姿はまさに、回転するメルヘン、空中のメリーゴランドッ!」 本郷、汗と涙? を降り飛ばしながら伝える。 灰毛族の神輿が、木々を震わさんばかりの拍手を浴びながら森から去ってゆく。 本郷は息を乱しながらも、ハスキーボイスになりつつも、中継をつないでいく。 「さて、いよいよ黒毛族の神輿が森の入り口に控えているようです! ミネルヴァの眼で見たところ、今、神輿の上部にディーナさんがアニモフたちの肩車で担ぎ上げられ、屋根に立ち上がった模様。そのいでたちがまた、すごい!」 すごいのか。と観客たちの期待感が高まったところへ、えいや、えいや、と力強い黒毛族の神輿の掛け声。 現れた神輿の上には、激しい揺れもものともせず、ディーナがすっくと立っている。いでたちは 瞳の色と同じ、すみれ色の水着姿。サングラスで瞳は隠れているが、黒毛族の担ぐ、アニモフたちの姿や森の光景を彫りこんだ、がっしりとした木作りの神輿。そして緑の木々。白い肌との対比が眩しいほどに冴えている。 甘い香りが漂い、見上げる観客たちの表情がどこかうっとりしているのは、祭りの興奮だけではない。 神輿の台座に、植物の蔓でしっかりとくくりつけられた樽から、ディーナとアニモフたちが蜂蜜酒をくみあげ、振りまきながら行進していくのだ。行進のスピードは他の神輿と比べるとゆっくりなのだが、ディーナが木の実のカップで蜂蜜酒をばら撒いたり、アニモフたちが屋根に駆け上がってディーナと踊ったり、また駆け下りたりと絶えず動き回っているので、見ていて間延び感はまったくない。 「すごい、すごい人‥‥いや、アニモフだかりだアアッ! もはや通常手段での接近は不可能! 私、本郷はミネルヴァの眼で追いかけつつ、カメラはわが中継班の飛び道具、陸 抗さんにバトンタッチしたいと思います」 と、本郷が陸につなぐ。カメラが切り替わる。 陸は、黒毛族の神輿上空をふわふわと飛びつつ、 「はい、こちら陸。俺は黒毛族の神輿上空からお伝えしてます。もう、上空まで蜂蜜の香りがいっぱい漂ってきます。酔っ払わないように気をつけながら、黒毛族のみんなとディーナさんに突撃インタビューをしようと思います。」 ふわふわと陸は、担ぎ手のアニモフに近づいていく。 「すごい盛り上がりだね。結構長時間だけど、疲れてない?」 「楽シイ、ウキ。祭リ、疲レナイ。楽シイコト、疲レナイ」 インタビューの合間にも、陸に目をとめた見物客や担ぎ手が「なんじゃこのかわいい飛ぶ生物は」と手を伸ばしてなでたりするが、もはや開き直ったらしい陸は風のように受け流す。 続いて陸は移動して、神輿の屋根に乗るディーナにインタビュー。 「やあ。お祭りを神輿の上から見るってなかなかないと思うけど、どんな感じ?」 「もうね、最っ高! お祭りにはやっぱりお酒と活気がないと、ね」 蜂蜜酒の香のせいか、白い頬をほんのり上気させたディーナが答える。 「黒毛族の神輿の力強さに、ディーナさんの華やかさが加わって、今回は白毛族の神輿より目立ってるって噂もあるね」 「そうなの? ありがと。でも、お神輿の上から見てると、どのお神輿もそれぞれ素敵なんだけどな」ディーナはにっこり。 「最後に、今の気持ちを一言!」 陸の言葉に、ディーナは両手を上げてステップを踏み。 「コォォォル ミィィィ クィィィン!! ヤァァァハァァアァァ!」 ウキーッとどよめく観衆。担ぎ手も興奮して、ディーナを振り落としてしまいそうなほどに神輿を突き上げた。 揺さぶられ、髪が乱れて少しよろめいても、ディーナは軽く頭上の木の枝につかまりジャンプして、元の位置にすたっと降り立つ。 その身のこなしの軽やかさに、また観衆が盛り上がる。 黒アニモフが楽しそうにディーナの周りを踊りまわる。 ディーナもその黒アニモフと手をとりあって踊り始めた。くるくるくるくる。 「目、目ガマワル~」アニモフ、既にKO状態。 「ん~~ふっふっふっふ☆ あれ~? 止まらない~」 ディーナも酔ってるもので手加減知らず。踊ってるというより今や、ディーナがアニモフをぶんぶん振り回している状態になってきた。 その瞬間、アニモフがふらついて予期せぬ動きをしたため陸はぶつかり、さらにアニモフとディーナの間に挟まれてしまった。 「わわわーっ!? 俺の存在が見えてねーな!?」 陸があわてているのは、女王様の胸の谷間にあやうく足がひっかかりそうになったからだ。 「こ、ここでいったん、CM、CMっ!」 だが世界図書館にCMなんてない。 じたばたした陸は、うっかり足を踏み外し、アニモフたちの上を滑り落ち、激しく揺れる神輿から振り落とされ、見物客たちのアニモフたちの頭の上に落ち。 「なんかお祭りの波に飲み込まれた。コンチクショー!!」 見物客と神輿の渦にもみくちゃにされて、陸はPKを発動させた。体に、龍の姿が刺青状に浮かび上がる。 ‥‥わあ‥‥ 今までとは違うどよめきがまた新たに巻き起こる。 踏み潰されそうになった陸は、自分の体を浮き上がらせようと、立ち上る形のつむじ風を巻き起こしたのだが。 その風にのって、木々や草の花や若葉がふわりと巻き上がり、まるで神輿のパレードに特殊効果の花吹雪を撒き散らしたような様相となったのだ。 「ふー、苦しかった。うっかりPK炸裂しちまった。ま、結果オーライか」 風船片手にふわふわと浮かびながら、陸は独り言。 一方、祭りを彩る花嵐にさらにヒートアップした本郷。 もはやその足は地に付いていない。花嵐の状況をリアルに伝えるため、巨木に登り、しっかりとマイクを握り締め、 「神輿が舞う、人が舞う、そしてさらに花が舞うッ! もはやこうなったら、アナウンサーも舞うしかないでしょうッ! ちょうど白毛族の神輿がまた戻ってきました! スピードアップしています。私はあの神輿の屋根に、飛び降りてみたいと思います! チェストォッ!」 だんっ。 本郷は巨大なムササビのごとく、神輿の屋根に舞い降りた。 神輿に飾られていた花々がひらひらと舞い散る。 花をバックに華麗に登場した本郷は王子様のように背筋を伸ばし、 「神輿の上から見ると、観客としてみるのとは違う祭りの光景がここにあります。新発見であります! 皆さんも一度は神輿の上に乗ってみることをお勧めします! そして発見してください、神輿を制する者は祭りをも制すとッ!」 ちょっぴり音声が飛ぶのは、握る手に力が入りすぎ、マイクにひびが入ったため。 一方。飛び乗られた神輿の担ぎ手、白アニモフたちは、こっちの神輿にもゲストが光臨したぜ! というので、灰毛族や黒毛族に負けないように目だたなくっちゃ! と斜め上に張り切ってしまった。 突然、ウィリー状態に前輪を突き上げたり、花びらを撒き散らしながら、くるくると回る、回る! 「おおお~っ!? 回っている、回っております! 私、本郷が白アニモフたちのお祭り魂に、火を点けてしまったようですっ! 華やかさが特徴だった白アニモフの神輿に、激しい祭り魂が光臨したア~~ッ! 軽やかさとアグレッシブさが同居するこの神輿の動きは、まさに伝説の必殺技、スワンダイブ式フェニックススプラッシュ!」 熱血アナウンサーらしくプロレス知識も披露した本郷は、急激に動き始めた神輿の上で必死にバランスを保とうとする。 そうしながらも刻一刻と変わる祭りの状況を言葉で伝えることも忘れていない。まさにアナウンサーの鑑といえるだろう。 最後のほうで、 「お・おろして~~!」 という悲鳴もかすかに聞こえていた気もするが。 ●宴のあと シャンシャンシャン トントントン 祭りのパレードの終わり。 飾りをていねいにはずし、神輿の本体を洞窟に大切にしまいこむ。 アニモフたちは祭りの名残を惜しむように、木の枝に穴をあけた簡素な笛や、木の実と小石で作った鈴を鳴らす。木の枝と枝をたたいて太鼓のように鳴らしたりもする。 にぎやかで、やり遂げた後の充足感もあって、楽しかった思い出もたくさんあるはずなのに、その光景はどこかさびしくて。 「お祭りの後って、やっぱりどこのもさびしい感じがするんだな‥‥」 陸は故郷を思い出したのか、ぽつりと呟く。 黒アニモフがディーナの足元にそっと擦り寄ってくる。ディーナはそのアニモフを抱き上げ、ぎゅっと熱烈にハグした。 「こういう、何の危険もない世界にいると、帰りたくなくなっちゃって、やばいよね」 といいながらも、ディーナは持ち込んできたハーブや蜂蜜のビンや鍋などを旅行かばんに詰め、帰途につく準備は万端だ。 「行きましょう、停車場に」 腰が痛いのか、腰をかばいながら本郷は歩き始める。 旅人たちの心に、楽しい記憶と一抹の寂寥感を残して、祭りは終わったのだった。
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