Ring-a-Ring-o' Roses、 A pocket full of posies, Atishoo! Atishoo! We all fall down. 「”バラをつないで輪を作り、ポケットに花束つめこんで、はくしょん くしゃみ出ちゃったら みんな転んでもういない”」ー-どこかの国の童謡【フェーズ1】「ようこそいらっしゃいませ」 ドアが開くと共に冷たくカビ臭さを含んだ空気が流れ出てくる。 コルレオーネは上質な革靴を履いた足を一歩、館へと踏み入れる。背後の歓楽街の喧騒が一瞬にして遠ざかる。 今彼がいるこの館、表玄関の看板には「人形博物館」と掲げられていたし、入り口では愁い顔の美しい少女の蝋人形が、永遠に変わらぬ立ち姿で、ドライフラワーと化した花束を手に迎えてくれる。 左横に眼を転じれば、ほっそりした美少年がガニメデもかくやと思える優美な姿でつぼを抱え、その足元には童話の人魚姫そのものの、下半身が魚のうろこで覆われた少女が、その乾いたうろこに水をこぼしてくれと訴えるように、うつろな視線で美少年の瞳を見上げている。少々不気味なメルヘンの世界。 しかし実はここは背徳の迷宮、幾百人の旅人を喰らってきた闇組織の巣窟である。ーー展示されている人形のうち、人魚と花束の少女は死体を加工したものであることを、数々の修羅場をくぐったコルレオーネは見抜いていた。 館の最奥へすすんでいくと、乳房と男性器を持つ立像を彫刻した重たげな金属製の扉がある。その扉も、展示物のひとつーーと見過ごされてしまいそうな、実用物ばなれした美麗さと質感をその扉は持っているが、その奥にさらなる闇の快楽が待ち受けていることを、この館を訪れる人間の一部は知っている。 この館は、実はインヤンガイの富裕層の、暗い欲望に応えるための極秘クラブであるという。身寄りのない孤児や、娼婦や、どこかからさらってきた子供、そうした弱いものたちをあるいは奴隷に仕立て、あるいはなぶり殺してそのさまをショウとして見世物にし、あるいは互いに殺し合わせて見世物とする。 とりわけ高価な値で取引されるのが、この世界に迷い込んだロストナンバーだとも噂があった。 ここに監禁されているロストナンバーを救出し、館の実態を暴くことが今回の彼の使命だ。 扉の前に門番よろしく立っているのは、人形を思わせる整った面差しの少年だ。 ずいとそこへ踏み込もうとするコルレオーネを、胸を突き出すようにして押しとどめ、少年はやおら、歌った。『バラをつないで輪を作り』 コルレオーネは、それに応じるように低く呟いた。『ポケットに花束つめこんで』「失礼致しました」 少年が優雅にお辞儀をした。 無表情は相変わらずだが、わずかにその動作に媚が含まれているように感じられる。どうやら合言葉を口にしたことで「同類」と認めていただけたようだな、とコルレオーネは皮肉な思いで少年を一瞥し、少年が押し開けたドアの先へすすんだ。「お客様、幸運ですよ。今日は、珍しいタイプの旅人が手に入りましたので、いつもの”コロッセオ”も一層見ごたえのあるものになると思いますよ。かなり凶暴な旅人のようです」 凶暴な旅人? ‥‥コルレオーネの脳裏を、ちらと悪い予感がかすめた。「ところで、お客様ーーーお泊りになるのなら、夜伽はいかがなさいますか?」 少年の無表情な面に、さらなる媚の色が流れた。「よろしければ、ぼくにご指名下さい。少なくとも、ご損はさせないと思いますよ」 コルレオーネは婉曲な断りの言葉と共に、部屋へと踏み込んだ。【フェーズ2】「ようこそいらっしゃいませ」 ドアが開くと共に冷たくカビ臭さを含んだ空気が流れ出てくる。 ドレイトンはがっしりとしたワークブーツを履いた足を一歩そこに踏み入れる。背後の歓楽街の喧騒が一瞬にして遠ざかる。 命なき人魚と美少年ガニメデ。花束を抱えた幼い美少女。一見すれば等身大の、精巧な人形たち。だが、ドレイトンはそのうち数体が死体を加工したものであることを見抜いていた。(「死蝋を人形として展示するとは、あまりいい趣味とはいえんな」) だが、今日彼がここを訪れたのは、見物のためではなく、調査のためだ。 館の最奥へすすんでいくと、乳房と男性器を持つ立像を彫刻した重たげな金属製の扉がある。 扉の前に門番よろしく立っているのは、人形を思わせる整った若い女性だ。 帽子を脱いで紳士的に微笑みかけつつ、ドレイトンは合言葉を口にした。「バラをつないで輪を作りーー」 女性が低い声で応えた。「ポケットに花束つめこんで‥‥はくしょん、くしゃみ出ちゃったら」 うなずいて、ドレイトンが続けた。「みんな転んでもういない」 女性が微笑を浮かべた。 「よろしゅうございます。どうぞ、特別展示場へお入りくださいませ」 ドレイトンはその時気づいた。女性の腹部がいくぶんふっくらと前にせり出している。目の前の女性はどうやら妊娠しているようだ。 ただし、母親となる幸福とは無縁であるらしい。 このような、病んだ喜びを供する館で受付などしていることからして、妊婦にあるまじき行いだ。いかなるしがらみで縛られたものか。「ご案内‥‥いたします。こちらへ」 先にたって歩き出そうとする女性の腕を、ドレイトンは肘のあたりでそっと支えた。「失礼だが、身重のようにお見受けする。足元には気をつけなさい」 「あ、ありがとうございます」 うっすらと女性の瞳に涙が光っている。 ドレイトンは純白のハンカチを女性に差し出した。 【フェーズ3】 ロッソがつま先で乱暴にドアを蹴り開けた。背後の歓楽街の喧騒に負けぬ派手な音が、館内の冷たい空気を切り裂いた。「ようこそいらっしゃいました」 しわがれた声が奥から響いてくる。ロッソは意にも介さず、じろじろと無遠慮に博物館の内部を見回した。永遠に沈黙する人魚も美少年もあどけない死蝋の少女も、彼にはいかなる感慨ももたらさなかった。漏らしたのは嘆息でも口笛でもなく、チッ、という舌打ちのみ。 やおら彼は、人魚を蹴り倒した。かたん、という哀しい音とともに、魂なき人魚が床に倒れる。 ロッソは彼女をまたぎ越えて、さらに奥へとすすもうとする。ヒュッ、とロッソの背後で空気が揺れた。 --同時に、背中になじみのある硬い感触。銃口を押し付けられているのだ、と理性よりも直感で察した。 押し殺した声で、老人の声がささやく。「お客様。ご無体はおやめください。--さもなくば、何より大事な命をお失くしになりまする。ここに並べられているのは、当館の主の丹精こめた芸術作品でございますぞ」「カビくせぇオカシ(死体)ばかり並べやがって、チッ、何が芸術だ。--こいつらが芸術作品なら、さしずめ俺はレオナルド・ダ・ヴィンチだろうぜ」 死体作りなら俺のがよっぽど場数を踏んでるからな、とロッソは冷笑を浮かべる。「このオカシどものうちの何体かは、おまえらが拉致ったロストナンバーだろうが」 あまりに大胆な物言いに、老人は首をかしげ、質問した。「--お客様‥‥もしや、合言葉はご存知ありますまいな」「あ? 合言葉? 知らねぇな。‥‥ってか、ジジイに聞いた気もするが、言う気はねぇ。バンカケ(検閲)みてぇな真似は趣味じゃねえんでな」「お客様ではなく、私どもの仲間でもない。”知りすぎた男”というわけですな。‥‥しかもお客様はどうやら、”旅人”でいらっしゃる‥‥ぜひとも、地下室にご案内せねばなりますまいな‥‥おまけにその指先、なんという美しさだ」 老人の語尾が卑猥にわななく。 ロッソの長い指が気になって仕方ないという表情で、老人は骨ばった指でロッソの手を撫でようとした。 ロッソにツバをはきかけられ、鬼の形相で手をひっこめたが。--ロッソは地下室に連行する道中で老人の風体を観察したが、ベルトにぶら下がっている飾りはどうやら、人間の爪を剥がして磨き上げたものらしい。指先にフェティシズムを抱く男であるらしい。 どうやらこの館、そうした相手に、手足や臓器、首や皮膚などの取引もあるようだ。地下室に向かう廊下の壁には、その商品らしき不気味な飾りがいくつか飾られていた。「お察しのとおり、私どもは異世界からの旅人を好んで捕らえて参りました。あなたがた旅人たちはとても個性的で、通なお客様にとりわけ喜んでいただけますのでね‥‥加工して展示物とするか、あるいは愛玩用として取引するか‥‥最近もっとも好評なのは、コロッセオで殺しあって頂くという趣向です。貴方も血の気が多いお方のようだ、ぜひコロッセオに出場していただきましょう」 --面白ぇ。 ロッソは恐怖するどころか、得たりとばかりににやりと笑った。 うまくいきゃ、気に喰わねぇオカシ狂いの芸術家もどきとその愉快な仲間たちをたっぷりいたぶれる。 下手を踏んだら? 命が尽きるまで、殺し合いを楽しみゃいいだけさ。 彼にとって、魂あるいは命の価値とは、コイントスのためのコインの価値にほぼ等しい。 「お互いに、首尾よくもぐりこめたようですな」 特別室はさながらパーティー会場で、着飾った紳士淑女が酒食を楽しみつつ歓談している。部屋の中央にある舞台に、時折今日の見世物として奴隷たちが引き出され鞭打たれたりする以外は、まるで平和な光景だ。部屋の構造を観察しつ酒を飲んでいたコルレオーネに、ドレイトンが近づいて話しかける。「やっかいなことに、一人は、あちら側に連れ込まれたようだ」 コルレオーネは苦笑しつつ、目顔で舞台を示した。 会場に、ひときわ大きな歓声があがる。 今日のメインイベント、ロストナンバー同士の殺し合いショーが始まろうというのだ。かたや、眼鏡をかけた黒いスーツの男。かたや、すっぽりと褐色の布をかぶった異様な風体の何者か。 囚われの身たるロッソが、別なロストナンバーと殺し合いを演じさせられようとしているのだった。 舞台の上には、透明な壁がめぐらされている。殺し合いによって噴出した血液などが、観客にかからぬようにという配慮らしい。「相手のロストナンバーですが、もともとはゼリー状のクラゲのような形態をしている珍しいタイプのようで、しかも体液すべてが猛毒。彼が出血して、その血を誰かが浴びようものなら皮膚が焼け爛れる。皮膚は日光に当たると一瞬にして揮発し、体液が毒ガスに変わるという話じゃ」「彼をつれて脱出するとなると、相当な注意が必要だな」 ドレイトンがチェスの次の手でも考えるように、どこか楽しげな響きで言った。 二人が救出すべきロストナンバーはロッソを含め三人。今ロッソと対戦しようとしている毒クラゲ状生物と、あと一人は人間の女性に近い形態をしたロストナンバー。彼女は殺し合いショウに連続勝利しており、館ではロッソとクラゲを戦わせ、勝利した方を彼女と戦わせようという心積もりらしかった。「そうそう、ひとつ、耳寄りな情報があるのだが‥‥」「ほう?」「この特別室の、舞台の上手に、外に脱出できる裏口があるそうだ。ただし裏口の扉には封印がしてあり、その封印は”無限の瞳で見つめつつ、無限の唇で開けと命じる”ことで開くとか。この謎が解ければ、脱出劇は楽なものになりそうだ」「それはまことに耳寄りな情報。一体どのような筋から?」「これだけは言えますな。女性に親切にするということは、紳士たるものの義務というだけでなく、色々と利益をもたらすものだと」 ドレイトンのウィンクに、コルレオーネは莞爾と微笑んだ。 二人の紳士はひっそりと、老練の冒険者たちだけが持つ余裕の笑みをかわしつつ、それぞれの思惑をめぐらせ始めた。=========!注意!この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。ただし、参加締切までにご参加にならなかった場合、参加権は失われます。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、ライターの意向により参加がキャンセルになることがあります(チケットは返却されます)。その場合、参加枠数がひとつ減った状態での運営になり、予定者の中に参加できない方が発生することがあります。<参加予定者>ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)スタンリー・ドレイトン(cdym2271)
場内の空気は、最高潮に盛り上がっていた。何せリングに上がったロストナンバーのキレっぷりが素晴らしい。黒髪の若い男であるそのロストナンバーは、これまでリングに引きずり出されてきた怯えきった者達とは違い、流血沙汰が楽しくてたまらないといった薄笑いを唇に貼り付かせ、破天荒な戦いぶりを披露していた。 戦闘相手である毒クラゲタイプのロストナンバー、ギスタがリングに上がる。ずりずりと触手を使って這い寄る姿はまるでホラー映画の怪物だ。ギスタは触手をムチのように振るい、襲い掛かる。触手に触れると電気ショック状態になるらしい。 「めんどくせぇ」 ロッソはポケットに手を突っ込んだまま、ひょいひょいと触手をよけた。ギスタが「ギギッ」という雄たけびを上げ、さらに触手を伸ばす。ダン! 銃声が響いた。ギスタが倒れた。ガチン!という音は、ギスタが一瞬の間にガチガチに凍りついたためだ。歓声と拍手が巻き起こる。 二人目の相手となる女性戦士・ロマは20代後半ほどか、まだ若いがひどく暗い目をしている。黒髪の男は、いきなり女性戦士の前へとタタッと踏み込んだ。女戦士が鋭い蹴りで迎え撃とうとすると、黒髪はひょいと避けざまその脚をつかみ、軽々とロマの身体を担ぎ上げた。 虚をつかれた女性戦士の肩を、リングをとりまくロープに押し付けロマの衣服を、びりびりと引き裂いた。 ロマは激しく抵抗する。しかし黒髪の男は細身に見えて獣のごとく敏捷で、腕力もかなりなものらしかった。ロマの手足を押さえ込むと、その唇を奪った。 場内の観客達は、歓声をあげた。こんなに野性味溢れる見世物は久しぶりだった。 さっそく黒髪に買い手がついたようだった。黒髪を指差して買いを申し出た紳士客に、揉み手をしながら案内人が駆け寄る。 「あの黒髪のロストナンバーがお気に召しましたか。ーーありゃ少々聞き分けが悪うございますよ。ご希望ならムチと電撃でたっぷり躾けてから引渡しますが」 「いや、あのままでいい。従順なペットには少々飽いていたのでね。檻で飼うならばああいう手合いの方が退屈せんよ」 柔らかな物腰の紳士が、館の案内人の一人である、切られた指をベルトにぶら下げた不気味な老人の問いに答える。 「どうせなら、あの女戦士‥‥ロマといったかな? 合わせて買い取るわけにはいかんかの?」 「値段の折り合いがつき次第、ってことで」 「言い値で結構」 紳士ーージョヴァンニ・コルレオーネは優雅に花の香りのする茶を飲みつつ如才なく応えた。その紳士と談笑していたもう一人の男が、苦笑と共に言った。 「いっそ、躾られてみたほうがいいかもしれんがね、彼の場合は」 「同感じゃ。‥‥まあ、余計に世をすねてなおさら手に負えなくなるかもしれんのう、あの小僧の場合」 十分ありうると思いながら、二人目の紳士ーースタンリー・ドレイトンはしきりに秋波を送ってくる女性客に微笑を返していた。 ロマが渾身の力で黒髪の男を蹴り上げた。引き裂かれた衣服からはみ出る肌を両手で隠しながらの戦いゆえ不利だ。 「PORCA MISERIA!」 黒髪の男は一瞬罵りの言葉を吐いたものの、すぐにロマを隅に追い詰めると、低い声で囁いた。 「暴れんな。助けに来てやったんだ。--ったく、こんなもんに踊らされやがって」 男がぺっと吐き出したのは、ロマのうなじに貼り付いていた呪符。ロマが館の者たちに反抗しようとしても身体が勝手に従ってしまっていた理由がその呪符だった。 ロマを押さえつけたまま、男は続けた。世界図書館とやらがてめぇを助け出せとさ。シャバに出してやる代わりに協力しろ、と黒髪は言った。ロマは『世界図書館』という言葉を聴いてわずかに表情を動かしたが、否と応えた。 「これは、私の罰。--私は仲間すらこの手にかけた。苦しみながら戦い続けるのが私に科せられた罰なの」 薬で戦闘意欲を高ぶらされ、リングに上げられ、同じロストナンバーであり、この狂気の世界を生き延びるために協力してきた仲間と戦わされた。ロマの戦闘力が高すぎたために、ロマは知らずに仲間を殺した罪悪感と、操られる無力感、喪失感にさいなまれ続ける結果となった。男は笑い飛ばす。 「ヘッ、生き延びる為に必要な事をしたのに悔やむのか?じゃあ何か、てめえは自分が食った肉に私のせいで殺されてごめんなさいって詫びンのか? シュールで殊勝な心がけだな」 男の言葉にロマは激しい憤りを感じ、殴りかかろうとする。と、男が手にしていた銃を軽く放り投げた。 「望みどおり痛めつけてやるぜ、どマゾのメス豚」 次の瞬間、ロッソがもう片方の手で2丁めの銃を取り出し、引き金を引いた。≪ダン!≫撃ったのは足の甲、ロマのブーツをかすめ、ロマの脚は軽いやけどを負ったのみだ。それでも衝撃波で倒れたロマの横腹を、ロッソは蹴り飛ばした。ロマが苦痛に呻く。 「1000万!」「2000万、いや3000万!」ロッソを買い取ろうと、観客が興奮した声を上げるが、館の案内人の一人である少年が進み出て、客達を手で制した。 「残念ですが、この二体には買い手がつきました。お前たち、こっちへ出てこい。一人ずつだ」 少年は警戒しつつ透明なリングの壁の扉を開く。ようやく一人通り抜けられる程度の狭い扉だ。 「残念ながら、黒髪及び女戦士には買い手がつきました。ーーおい、男の方から、両手を挙げて出て来い」少年がロッソを促す。 ロッソは嗜虐欲に顔をほてらせた観衆の中に、ちらりとコルレオーネの冷静な顔を認識すると、目配せを送った。銀髪のドンは、堂々とした歩き振りで歩み寄ってくる。 ドレイトンもさりげなく近づいてくる。 「<支配人>もお喜びだろうよ。結構な高値で売れーー」 ロッソを紳士に引き渡そうとした瞬間、少年は腹部への衝撃を感じてしりもちをついた。じわじわと血がにじみ出る腹を、少年は呆然と見詰めている。挙げていたはずの両手で、ロッソは抜き打ちの技で銃を抜いていた。 ロッソがロマを肩にかつぎあげ、激しく抵抗するロマを押さえつけつつ続けざまに銃弾を放った。抜いた魔銃が火を噴き、リングに張り巡らされたガラスが粉々に割れた。怒号飛び交いパニックとなる会場に、ロッソは凍りついたギスタに銃を向け、笑いながら宣言する。 「次はこのクラゲ野郎を料理するぜ。毒入りサシミを食うのはどいつだ?」 ギスタが全身毒であると知らされていた客達は、悲鳴を上げて出口へと逃げ惑う。 が、敵も備えを怠ってはいなかった。ガスマスクを着けた用心棒達がわらわらと駆け寄り、ロッソを捕らえようと麻酔針を発射する銃や蛇のごとく這い回る呪符を貼り付けた生きた縄などを振り回す。客が全員逃げるまで、ギスタを傷つけ毒を撒き散らすのはご法度というわけだ。 ただし、用心棒達は二度目の衝撃に見舞われることとなる。急所を正確に狙った銃弾が、葉巻をくわえた灰色の髪の青年の手元から放たれていた。続けざまに数人が倒れ、一発はちょうどロッソの頬をかすめ、その背後に迫っていた一人に命中した。 「気ぃつけろジジイ!」ロッソが怒鳴る。 「おや、身体が軽くなるだけだと思っていたが、もしかすると、血の気もあの頃に戻っているのかなーー君にはともかく、レディに謝罪しよう」 灰色の髪の青年ーートラベルギア効果で若返ったスタンリー・ドレイトンが、ひらりと割れ残ったリングの壁を飛び越えると、脱いだコートをギスタに着せ掛け、担ぎ上げる。俺には謝らないのかよとロッソの声が聞こえた気がするが特に気にはしていない。 襲い掛かってきた筋骨たくましい護衛を、ロッソがパンチを避けざま肘で後頭部を殴りつけ、うつぶせに倒れた男に弾を打ち込む。 「いやはや‥‥過剰な殺生は見苦しい。ロッソ君、ねがわくは君も命を奪うことなくこのように、戦闘意欲を奪うのみで満足してはどうかね?」 コルレオーネが息も乱さず説教しつつ戦う様を見れば、フェンシングの技で仕込み杖を繰り出し、いま一人の護衛の腕の筋肉を斬って、痛みに呻かせている。 ところがよほど根性のある護衛だったものか、斬られてもなお男はコルレオーネに体当たりを食らわそうと駆け寄ってきた。なのでロッソはすかさずダン! と銃でおとなしくさせた。永遠に。 「戦闘意欲、奪えてなかったじゃねーか」 「あれは例外というものだよ。危機管理というものは、発生頻度に応じて対策を講じるべきであってだね‥‥」 ロッソのツッコミに、あくまでコルレオーネが理論的に反目する。 一方、ドレイトンが縦横無尽に走り出す。 囮になるつもりらしい。 「さて、では」 仕込杖をすらりと収め、コルレオーネが飄々と先に立って駆け出した。 「あの人はどうするの‥‥!?」ロマがドレイトンを心配した。 「あの若作りジジイのことか? 意外とくたばらねぇからほっとけ。むしろ余計な方に元気だからケツの守りは固めとけ」 早口で耳打ちしたロッソの言葉に、ロマは眼をしばたたかせた。安心していいのか、不安に思うべきか。 コルレオーネのセクタン・ルクレツィアと、ロッソのセクタン・バンビーナのミネルヴァの眼によって、なるべく追っての少ないルートを選び走る。出口へと走る。廊下の壁にも、不気味な人形がずらりと飾られていた。リアルな少女人形ややたらでかいぬいぐるみなど。種類はさまざまだ。 一番手っ取りはやい脱出口ということだが、『裏出口』は、宿泊室の真下にあった。宿泊する客に万一のことがあった場合、極秘裏に逃がすための仕掛けなのだろう。 コルレオーネの発案で、ギリシャ神話を元にしたノックを試したが、意に反して扉は開かなかった。 ロッソが銃弾を打ち込もうとも、扉は開かない。 コルレオーネは動じなかった。 「もとより、期待はしておらん。さて、できれば避けたいところじゃったが、下水道を通るとしよう」 「下水道?」 裏出口が開かなかったことで、また絶望の色を浮かべたロマが聞き返す。 「この手の店には必ず下水道がある。大量の血を排水するし、外見に特徴ある旅人を目立たず運搬するには隠し通路が必須」 セクタンでの探索を試みると、確かに下水道が存在した。ただし下水道の入り口となる排水口は、先ほどの戦闘会場に隣接した物置にある。戦闘で死んだ見世物の死体などは、そこへ放り込まれるのだ。 物置の周辺にも、逃亡者を捕らえるべく用心棒が配置されていた。だがそれも、コルレオーネ一行にとっては予測のうち。セクタンの視覚から送り込まれた情報により、その配置も人数も把握していたロッソ達はたちまちのうちに敵を倒していった。 重い金属の溝蓋を持ち上げると、生臭い臭気が鼻をつく。 腐りかけの死体の一部がそのまま投げ込まれていたりもするらしい。 ロマに先にそこから脱出せよと、ドンは促した。ロマは拒んだ。 「あの女からは逃れられない。この館の主は恐ろしい女なの」 自分が犠牲となってこの場に残るからドン達は逃げろと、ロマは主張する。その合間にも、先ほど倒した用心棒たちが、式神のような符術で仲間に連絡したものか、新たな追っ手が物置に駆けつけて来た。 追っ手は人間の用心棒だけではない。廊下に飾られていた人形たちも、ぎくしゃくと動き一行に迫る。これこそが館の支配人の得意とする術だとロマが言った。人形や死体を操る呪術師だと。ずっしりと重い青銅の女神像が、ロマに手を広げて向かってきた。抱きしめられたら圧死してしまうだろう。 ダン! 飛来した銃弾が青銅の女神の足元の床を狙い撃ち、女神は壊れた床にめり込んで動けなくなった。 「‥‥物騒なドールハウスだ」 銃弾の主は、トラベラーズノートでコルレオーネからの連絡を受けて合流したドレイトンだった。若い姿ではなく、もとの壮年の姿に戻っている。 「あの女は、妊娠している。悪魔の子供を身ごもったという噂があるわ。以前から残忍だったけど、身ごもってからはもっと惨い。悪魔の子供があの女の呪力を高めているの」 ドレイトンが館を訪れた時に出会った妊婦。それが館の主だというのだ。 「意味なく死ぬのが嫌だから、死ななかっただけ。貴方たちを逃がすための犠牲としてなら、死んだっていい」 脱出を拒むロマに、ドンが諭した。 「犯した罪を悔いるのは宜しい。ただ、生きる為に戦い抜いた意志を恥じるのは感心せん。……その罪は血ではなく乙女の涙で贖うべきじゃ。 我々は、ただ貴方を救い出すのではない。貴方を我々と同じく『旅人』とするべく迎えに来たのじゃ。これからは貴方も、貴方のように、異世界に飛ばされ辛い状況に置かれた人々を救い出すのだ。そう、ヘラクレスの難業のような辛い旅路になるであろうな。その過程で貴方は自らの命を犠牲にせねばならぬかもしれぬ。死ぬよりも辛い苦痛に耐えねばならぬかもしれぬ。だが、その苦行こそが、貴方の償いとなるのではないかな。そのために貴方は生き延びて来たのだと、わしは思うがな」 躊躇したあげくロマはドンの忠告に従った。 「やっぱこのアマ、ドMだ」 呟いたロッソのわき腹を、ドンがステッキで軽く小突いた。 「FIGLIO DI PUTTANA! !」 ロッソの卑語を軽く眉をひそめて二人の紳士が受け流す。 「女性の前でなんという言葉を」 「ドン、今のはなんという意味だ?」 「‥‥まあ、いわゆる”四文字言葉”の強化版と思ってもらえれば間違いはない」 「ギギ‥‥」 ギスタが呻く。ギスタの凍結が解けようとしていた。ドンが声をかけるとギスタはうねうねと触手をうごめかせて応答した。テレパシーを使う種族であるらしい。 「手荒な方法ですまなかった。我々はこの館から、貴方達を救出に来た者じゃよ。」ドンはあくまで礼儀正しくギスタにロマにしたのと同じ説明をした。 ≪少ナクトモ、敵デハナサソウダナ。‥‥ヨカロウ、信ジルトシヨウ。‥‥オマエ以外ハナ≫ とギスタが指したのはロッソだ。撃たれた恨みはまだ消えないらしい。 「ヘッ、クラゲ野郎といちゃつく気はねぇよ」 戦闘にギスタも加わった。電撃の触手で用心棒達をなぎ払う。 用心棒達がじりじりと後退しはじめた。代わって前に迫ってきたのが人形達だ。 人形達は、用心棒達から銃を受け取ると、ダン! ダン! と天井に向けて発射し始めた。 天井に穴をあけ、日光を室内に入れる。そしてギスタの毒を揮発させてドレイトンたちを殺そうという意図だ。 ドレイトン達の対応もまた素早かった。申し合わせたように全員が背中合わせとなり、人形達の中に切り込んでいった。 ロマも唯一の武器であるナイフ仕込みのブーツで蹴り上げ切り裂く。 人形達は執拗だった。手の指一本になっても壁を這いずり、銃で開いた風穴をほじくって広げようとする。ドンの仕込み杖が一閃し、少女人形が首ひとつだけ残して吹っ飛んだ。 だが少女人形の首はずりずりと同じく斬られたぬいぐるみの残骸と合体し、また攻撃を試みる。ドンはさらに人形を縦に一刀両断せざるをえなかった。 「フェミニストの基準は、この場合適用されまいな」 ドンがぼやく。 「人間ならともかく、人形達はいくら壊してもキリがないわ」 ロマが諦めたように呟く。 ギスタがゼリー状の眼をコルレオーネに向けた。 『オマエノ言ッタ言葉ハ、私ニモ当テハマルノカ? --罪ハ死デハナク、生キテ他者ヲ助ケルコトデツグナウベキダ、ト』 ドンが頷く。 『ナラバ私ハ、ココデ罪ヲツグナオウ。貴方達トイウ他者ヲ、救ウコトデ』 ギスタが排水溝の蓋を触手でガン! と跳ね飛ばした。ちょうど足元にその衝撃を喰らったドレイトンの足元がふらつき、排水溝へ倒れこむ形となった。 一番後ろにいたドレイトンが奥へ来たせいで、ドンやロッソもさらに奥へと押し込まれた。次の瞬間、ギスタが蓋を押して閉じた。自らは地上で、脱出口を守るかたちで。 『サラバ、コノ人鬼ノ館デ初メテ出会エタ”人間”タチヨ』 分厚い金属の板を通してギスタの声と、揮発した毒にパニックに陥ったらしき用心棒達の怒号が聞こえる。 「ギスタ君! 早まるな!!」 ドンがガンガンと金属板を叩くが、それきり応答は途絶えた。 「って、振り返ってる場合じゃねえぞ!」 ロッソが怒鳴ってファウストの魔弾を放つ方角を見れば、投げ込まれていた死体の部分がもぞもぞと這いながら、ドン達を下水に引きずり込もうとする。 行くも地獄、残るも地獄。 ならばせめて生き残ったロマを守りつつ、進むしかなかった。 (「その犠牲、無駄にはせん」) ドレイトンは胸に帽子を当て、ギスタのためにしばし瞑目した。腐臭を放つ敵に仕込み杖を振るうドンも同じ思いだった。 「‥‥大切な仲間を失った礼をさせてもらうとしようか。今夜はわしもどうやら血の気が増えているようじゃよ、ルクレツィア」 静かな怒りが、その全身から噴き上がっていた。 「地獄にゃ業火がお似合いだ」 ロッソの魔弾が炎を放ち、ゾンビたちを焼き尽くす。いくら殺っても、骨だけになってもかけらだけになってもなお起き上がり向かってくる敵に、むしろ楽しげに彼は燃え尽きるまで魔弾を放ち続けた。 二日後ーー ロマを連れて、ロッソ・ドレイトン・コルレオーネが世界図書館へと帰還した。 普通の人間ならば狂気に陥っていたであろう地獄の中を、くぐりぬけて。 ただギスタを無事保護できなかったことは、旅人達(ロッソ以外)にとっては悔いの種であった。 世界図書館としても残念な結果として受け止められた。逆に世界図書館が評価した点は、 ロマの精神状態がかなり好転していたことである。 地獄の戦いでドレイトン達と共闘する中で、『仲間』として、女性として大切に扱われともに生き延びたことが、それに影響したことは明らかだったためだ。 これまでの、ただ見世物のための操られる戦いではなく、他者を守り生き延びるための戦いが、ロマに自信をつけるとともに逆療法とも言うべき効果をもたらしたのだった。 世界図書館への報告を終えた後、ロマは旅人の証であるパスホルダーを受け取り、やつれた顔に笑顔を浮かべた。 「これからは私も、仲間である旅人を救うために、命をかけて戦うわ。貴方たちのように」 「歓迎しよう。ようこそ、ロストレイルへ」 地下での戦いで汚れた体をシャワーで洗い流し、りゅうとした身なりに戻ったドンが、真っ先に再出発を誓う彼女と堅い握手を交わしたのだった。
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