クリエイター小田切沙穂(wusr2349)
管理番号2040-19496 オファー日2012-09-14(金) 20:39

オファーPC アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ツーリスト 女 26歳 将軍

<ノベル>

 (”彼”がいなくなってから、もう何年になるだろうか。彼とはよく議論をしたものだ。
 故郷における軍備について、人材育成と人心のつかみ方について。
 ”彼”が年老いて、病の床についても、私は時折面会に行った。やつれた彼に会うのは心苦しくはあったが、私に会うと”彼”が生気を取り戻す、と彼の家族が頼み込むのだ。
 ”彼”はよく語った。思いでについて語ることもあれば、将来について語ることもあった--病がすすむにつれ、話の内容は混乱することもあった。
 そんな”彼”は、春の訪れとともに息を引き取った。遺言は、”愛する君と もう一度 あの青い花の”‥‥妻に宛てたと思われる震える文字がそこで途切れていた。)

「恋人などではない」
 グラスをコトン、と置いて、アマリリス・リーゼンブルグは涼やかに否定した。
 旧友であるガロファニーノ・アズールについて語り始めると、バーテンダーがその男性というのはお客様の恋人であったのですかと口を挟んだのだ。
「最初は、喧嘩相手だったんだ。どうにも他人にも自分に対しても厳しく冷たい、それが”彼”の第一印象だった。」
 
 (ーーアルウィスから降り立ち、近衛兵として王女の傍に仕える身となった私は初めて出席した軍法会議で、”彼”とぶつかることとなった。
『年端も行かぬ女・子供までも戦場に駆り立てるなど、国の未来を削り取るも同じことではないか』
 と、私がただ一人、”彼”の意見に反対したことで。
 当時、つまらぬ領土争いから発展した内乱を鎮圧するため幾たびか王国は軍を派遣していたが、財力のある貴族の起こした内乱とあって、その戦力は侮れず、かといって殲滅戦に持ち込めば国自体の損失となる。持久戦となるしかなく、王国の兵力は疲弊しつつあり、--ついに軍人達からこれまで戦力外とされていた15歳以下の少女や少年を兵士として取り立てる発案がなされたのだ。発案者が若き実力者と目されているガロファアニーノであったことで、出席者達からは賞賛の声すら上がっていた。二十歳にもならぬ若さで軍参謀を務めているのは、由緒ある家の出ということもあったが、何よりも冷静で理論家だったからだ。
 ーー多少、情無しという批判もあるにはあったが。作戦よりも兵士同士の信頼を重んずる私とは対照的な存在と見られていた。
『仮に若年部隊を組織したからといって、即戦力になるとは限らぬ。それよりも、そもそもの内乱の原因となった領土問題について、学者達を急がせ和解案を探るべきでは?』
 私は言い募った。議席の半分ほどが頷いていたと思う。
『ハハッ。美しき将軍殿はそのお立場にありながら戦がお嫌いか? 力が弱いから、年が若いからと、守られる立場に甘んじていてはいざというとき兵力は育たぬ。政情不安のせいで人心が乱れきらぬうちに若年層に愛国心を叩き込んでこそ未来への備えというものではありませぬか?』
『否!これ以上力による鎮圧を行えば、内乱軍の反撃も捨て身となり、双方の被害も増えましょう』
 ーーとまあ、二人の意見はどこまでもかみ合わなかった。議長を務めていた老大臣が、私を支持したことで、会議の流れは私側の結論に落ち着いたのだが。
 ともかく、私は彼のことを、冷たい鋼鉄の脳みそを持った戦略家だと思った。だが顔をあわせる機会は多かった。王女様が彼をお気に入りでね。
 彼、ガロファニーノは確かに凛々しい美青年で、宮廷の記念行事に正装して出席したときなど、王女様は大騒ぎをされたものだった。だが顔が良くても少年少女を危険にさらすような作戦を立てるヤツなど金輪際ごめんだ、私はそう思っていたので、顔をあわせれば喧嘩だった。
 その年の王女様のお誕生日には二人とも招待されて、しかもテーブルの隣の席同士になったものだから大変だった。
『将軍殿はそんなにケーキを食べるのですか? 飛べなくなっても知りませんよ』彼は鼻で笑った。
『私は日常節制しているので、祝いの席では仏頂面をして水ばかり飲まなくてもよいのだ。誰かと違ってな。』私はすかさずやり返した。
『こらっ! 二人ともおやめなさい!』
 おしゃまな口調で王女が割って入り、私達はしぶしぶ黙った。 
 やがて宴が終わった後。私は最後の招待客を送り出し、近衛指揮官にその旨を報告するべく城の広間へと向かっていた。背後から足音が近づいてきた。振り返ると、あいつがーーガロファニーノがいた。気まずい一瞬の後、彼は私に言った。
『今日も翼を隠しているのか。勿体ないな』
『王女のダンスのお相手を勤めなくてはならなかったのでな。王女様がぶつかってしまわれぬようにと服に隠しておいたのだ』
 私の返事に、彼はなんと、微笑んだ。初めて見る笑顔だった。 そのまま追い越して歩きすぎようとする彼を、私は思わず追った。
『そんな顔もできるのだな。いつもそんな風に笑顔でいたらどうだ』
『無駄な笑いは油断を招くと、父上からそう教えられている』
『無駄な笑いも必要だぞ。その顔があれば、元老たちを味方につけられるのに。父君にそう言ってやれ』
 彼は立ち止まり、ぷっと吹き出した。
『前から思っていたが、面白いヤツだな。君は』
『面白い、とな?』
 きょとんとしている私を見て、彼はさらに笑った。
『今日は冷えるな。‥‥ワインを一口、飲んで帰らないか』
 私に異存はなかった。どのみち、行く道は同じだったのだからーー彼も近衛指揮官に夜間見回りの報告をしなければならなかった。

 ガロはーーそう呼んで欲しいと、ガロファニーノはそのとき私に言った。
『ーー若年部隊の発案のことだがーー、あれをもう一度議会で話し合ってみぬか。この前は、俺の説明が悪かった。戦地での消耗品として未熟な少年少女を派遣するわけじゃない。国の政情が不安だと、子供達も不安がっている。自分達も何か出来ないかと、子供達なりに国を憂えている。
 そんな子供達に、自分達も国を平和にするため役に立っているんだと気づかせてやりたいのだ。ただ武器を持たせるだけじゃなく、和解案会議にも出席させる。子供なりの視点から、何か突破口が開けるかもしれんだろう?』
『こちらはそう思っても、敵からすれば同じ兵士であり、攻撃対象かもしれんぞ』
『なるほどな。だが、そのためには布陣をこうすれば‥‥』
 寒さしのぎにワインを飲みながら、私達は初めて、喧嘩にならずに穏やかに語り合った。のちに私と彼の合同案で内乱は鎮圧されたことで、なおお互いを理解しあうようになった。
 そのうちに私は気づいた。
 彼の一見とっつきにくい態度は、自分と家名を守るための甲冑であったのだ。あまりにも大きな周囲の期待に、押しつぶされぬように。
 それに気づいたときーー皮肉なものだ、私は彼に惹かれるようになっていた。
 彼は私のことを単なる友人としか思っていなかったはずだ。それでも私は満足だった。彼は私を親友、と呼んでくれた。
  私もそのように振舞った。彼の前では女性ではなく、心おきなく語り合える友としてあらねばとーー異性としての思いは胸の奥底に封じこめなければならないとーー最初から思っていた。なぜかって? 彼は有力貴族の跡継ぎだ。私は将軍に取り立てられたとはいえ身分は彼を支える一軍人にすぎない。それに私は翼人だから、万が一彼が私の思いに答えてくれたとしても、いずれ死という名の平等な狩人に彼を譲らねばならなかった。翼人の寿命は三倍もあるのだ。
 だが、親友である以上、相談相手として悩み多き彼と語り合わなければならなかった。
 嬉しいが、苦しい。
 --いや、隠しているつもりで、気づかれていたのやもしれぬな。
『将軍を独り占めとはアズール大尉も非情な! 相談事ならば、我々とて山のように!』
『将軍殿に注いでもらえるならば、我々とて、ほれこの特上麦酒を!』
 私を慕ってくれる兵士たちや武官たちが、無理やり割って入るようになった。--そんな時は、たいてい相談だか酒盛りだか分からぬ始末になるのがオチだったがな。お前たちはなにをしにきたのだとガロが説教したものだ。
 ある夜、彼は私を訪ねてきて打ち明けた。『結婚が決まった』と。
 『それはーーよかったな。ガロの心を射止めるほどの相手ならば、さぞかし美人なのだろう?』
  心を押し隠して、私は祝いの言葉を述べた。とっておきのワインを差し出しながら。
 『めでたくなんかないさ。通過儀礼のようなものだ。‥‥わがアズール家を守るための』
  照れ隠しだと思った。聞けば、結婚相手はガロの家に匹敵するほどの有力貴族のご令嬢で、美貌で慈善事業にも熱心だという。
『非の打ち所のない相手だな。幸せになれ』
『幸せ、か‥‥幸せとは、何なのだろうな』
 珍しく彼は酔いつぶれた。
 だが、彼はよき夫となり、よき父親となった。彼は私を奥方に『私の親友だ。貴女のよき相談相手ともなるでしょう』と紹介してくれ、たびたび食事に招いてもくれた。彼の結婚相手も私を慕ってくれ、彼の子供達をあやしたこともあるし、子供達が成長するにつれ、子供達の相談相手をも私はつとめた。
 彼の妻、パトリニアは私によく言った。
 『アマリリス様なら、よい母親になれますのに。‥‥お料理以外は』
 それはさておき。
 想いは伝わらなくとも、十分幸せだと‥‥私は信じることにしていた。少なくとも親友であったのだから。
 やがて彼は年老い、軍隊から隠退し、私は思いを口にすることなく見守った。
 愛する妻と子供にみとられながら‥‥彼の魂が天に召されるまで。)

 語り終えたアマリリスの前に、カクテルが差し出された。
「椿姫、というカクテルでございます」
「ほう、牡丹色とは美しいな。いただこう」
 杯を唇に運ぶ翼人を前に、バーテンダーはぽつりと言った。
「”椿姫”という名前は、壱番世界の有名な悲恋物語にちなんだものだそうでございますよ。恋人同士が身分違いゆえに、引き裂かれるという」 
 アマリリスの手が止まった。
「椿姫と呼ばれる女性は、相手の男性を思いやるあまり、自ら身を引くのです。お客様の場合は、男性側が身を引いたようでございますね。死の直前まで、お客様へ恋文を書かずにいられないほどに想っていらしたというのに」
 タン!
 アマリリスが勢いよくグラスを置いた。
「酒の上の戯言とはいえ口が過ぎるな、店主殿。ガロは私を親友と認めてくれた。‥‥たとえそれ以上の想いがあったとしても、彼は妻を娶りながら他の女に心を引きずられ続けるほど女々しい男ではない!」
「いつだって男の本性は女々しいものでございますよ。お客様はお気づきではありませんか? ガロファニーノ様が遺文にお書きになった”君”
とは、お客様を指しているのですよ。かのお方が”君”とお呼びになったのはお客様だけ。奥様のことは”貴女”と呼び、部下達のことは”お前たち”と呼んでいらした。”もう一度青い花を”という記述が謎ですが、ご記憶にございませんか? お客様はガロファニーノ様と青い花をご覧になったことがあったのでは?」
 ふと、記憶がよぎった。ガロファニーノと最初に語り合った夜の道で、彼が足元の花をうっかり踏みそうになり、アマリリスが、王女の好きな花ゆえ踏んではならぬと注意したこと。青い小さな花だった。「私を忘れないで」という花言葉の。
『よく目端が利くな。王女の近衛として取り立てられる理由が分かったよ』
 ガロファニーノがアマリリスを見つめた。初めて並んで歩いた夜の記憶。
 アマリリスの胸のうちを、さまざまな思いが駆け巡る。やはり彼も私を‥‥? いや、それでは私を友として信を置いてくれた彼の妻に申し訳が立たぬではないか。それでも一抹の喜びが、胸の奥底にあるのは否定しきれない。 
 ーーお客様の「仁心」からウオツカ を、「敬愛」からは桜酒を。 クランベリーリキュールは「憧憬」、 オレンジビターズは「追慕」。ライムは「慎み」からおつくりしました。
 カクテルの説明が耳をかすめた。

 バーテンダーは深々と頭を下げ、再度酒瓶を手にした。
「確かに、私も口が過ぎました。お詫びにもう一杯、おつくり致しましょう。”忘れな草”というカクテルでございます」 
 ーーアマリリスはグラスを差し出した。
「では、ご好意に甘えてもう一杯‥‥もらおうか」
 アマリリスはややうつむいていたので、髪に隠れたその横顔がどんな表情であるのかは、バーテンダーには分からなかった。

クリエイターコメント 大変お待たせいたしました。
 アクア・ヴィテが初プラノベ登場ということで、絶対にカクテルは、二杯飲んでいただこうと想いました。
 しかも男装の麗人だしどうしようどうしよう!!というわけで。
 結果、『椿姫』と『忘れな草』とおつくりしましたがいかがでしたでしょうか。
 ちなみに「忘れな草」に使われるスミレのリキュールは「永遠の愛」という名前なのです。ある意味プラトニックな形でアマリリスさんの恋は成就したといえるではないかと勝手に想ったのです。ごめんなさい。
 もうひとつちなみにガロファニーノは”なでしこ”、アズールは”青い”で。なでしこの新花言葉で「忍ぶ恋こそばれやすい」というのがあるのですね。
 その妻、パトリニアは「おみなえし」。花言葉は「約束を守る」、「親切」などです。
公開日時2012-10-24(水) 21:40

 

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