とりあえず、帰ったらすぐにフロ! そしてメシ! 帰路についていた二人の少女‥‥ナウラとアルウィン・ランズウィックの意見は一致していた。依頼を片付けての帰り道。ロストレイルの車窓を流れる景色と規則正しい揺れが疲れた体に心地よい。協力して依頼をこなした二人はすっかり仲良くなっていた。 「でもぉ、ごはんも食べたいけど、疲れたときってあまいものほしいよねー」「うん!!」 ぶんぶんぶんとアルウィンが頷く。 「ケーキたべたい」「たべたいねー」「ぱふぇもうまいな!」「うまいねー」「たるとも、うまいな」以下略。 やがてふたりの会話が途切れた。アルウィンのお腹がくうくうと鳴り始めたからだ。 「大丈夫か、ランズウィックさん? よかったら駅で一緒に何か食べて帰ろうか?」 「ううん! アルウィン、うちに帰ったらごはんある! ナウラも一緒に食べに来い!」 アルウィンの言うところによると、おうちに帰れば優しいおじさんが湯気のたつおやつを用意してくれていて、一緒に遊ぼうと子分が首を長くして待っているのだという。 「子分? ランズウィックさんって子分がいるの?」 アルウィンの言い回しが面白くて、くすくすとナウラは笑いながら聞き返した。まるいほっぺの、アルウィンより少し年下の男の子が思い浮かぶ。 が、アルウィンからの返答はすやすやと気持ちよさげな寝息。疲労が空腹を上回ったのだろう。ほほえましく、ナウラはそっと自分の肩に頭をもたれさせてやった。 平和だった。 ーーあの男が現れるまでは。 「ねえ、着いたよー」 螺旋特急の停車駅に着いてなお、アルウィンは熟睡していた。くったりと重たくなったアルウィンを抱えてナウラは途方に暮れた。 アルウィンのかばんに住所など書いていないかと探ってみる。 --アルウィンから注意がそれたその一瞬の隙にーー 怪しい男が、さっと近づくや、友の身体を抱えあげた!! アルウィンの体を横抱きにして、その男はそそくさと去っていこうとする。 その男の風体は怪しかった。アルウィン言うところの「優しいおじさん」ではありえない。 子分ではなおさらありえまい。ナウラが思い描いていた、赤いほっぺの少年とは似ても似つかないからだ。見たこともない異様な服装。怪しげな目つき。 「貴方誰!? まさか‥‥その子を誘拐するつもり?」 ナウラの鋭い声に、男はいやいや違うと首を横に振る。そして片手を口に運ぶしぐさをして見せた。 「えっ、何? 口? 歯医者? 違う? ‥‥”食べる”?」 男が”正解!”といいたげに指差して頷いたり、横に首を振ったりするのに導かれて、ナウラは”食べる”という単語にたどり着く。‥‥ってことは、まさかそんな! 男の怪しすぎる風体が、あらぬ連想を呼んだ。 「その子を食べるっていうの?」 ほとんど悲鳴のようなその声に、男は奇妙なしぐさをした。右手を突き出し、また引っ込める。 (「‥‥”騒ぐと刺すぞ”ってこと!?」) ナウラの疑惑は固まった。 一、男は人さらいである。 二、ランズウィックさんの危機である。 三、ゆえになんとしても奪還しなくてはならない! ふつふつと、ナウラの正義の血がたぎる。悪を倒せと。 「悪漢め、ランズウィックさんを返せ!」 ナウラの追跡が始まった。 ーー業塵はアルウィンを抱えて、ゼロ世界のとある建物の角に身を隠していた。 追っかけられると逃げねばと思ってしまうのは、あらゆる世界での共通認識であるらしく。 ましてやロストレイルのホームで自分を呼び止めたあの少女、どこをどう誤解したものやら、この儂を「まてー! 人食い鬼」だの「その人誘拐犯人です! 捕まえて!」だの呼ばわりながら追っかけてくる。人聞きの悪いことおびただしい。 疲れて眠り込んだアルウィンを起こすにしのびなく、そっと抱えて家に連れ帰ろうとしているだけなのに。 小娘のあまりの大音声と必死の形相に、たーみなるの店の店主達や、たまたま店を訪れていた旅人達が何事だとわらわら出てきおる。 この騒ぎでもしアルウィンに怪我でもさせようものならーー家人による唐辛子攻めの刑が待っている。 か、かくれなければ。 --というわけで店の看板やら立ち木の陰に身を潜めておるのじゃが。 まて、なぜかくれねばならぬ。儂はなんにも悪いことなどしておらぬぞーーと自問する。 家人に頼まれアルウィンを迎えに来ただけだ。熟睡していたアルウィンを横抱きに抱えてさあ帰ろうとしたら例の少女に呼び止められた。 誘拐するつもりかと聞かれたから、いやいや連れ帰って一緒にごはんを食べるのだと手まねで説明したら、とんでもない誤解を招いてしまった。 アルウィンを食うのかとあらぬ疑いをかけられて、ついつい最近見覚えた”ツッコミ”‥‥”なんでやねん”という意味の、文学的表現である‥‥をしたら、なぜだかさらなる誤解を招いてしまった。断じてあの子に威嚇などしておらぬのに。 「あっ、あれですか、あれが誘拐犯ですか!?」 人のよさそうな若い男が少女の指差す方角に業塵を見つけて聞いている。 「はいっ! あいつです! 子供をさらって食べるって言ってます!」 「そんなひどいことをするなんて、き、貴様、人間じゃないな!」 おお、そのとおり。人間では無うて妖怪じゃ。 うん、と頷いたらそれがまたどう解釈されたものか、若い男は必死の形相でフライパンをふりかぶる。 「なにぃぃ! 認めるのか、自分が人でなしの大悪人だと開き直るのかあっ!」 ーーまたやらかしてしもうたらしいのう。 肩をすくめて走り出す。 レンガを敷き詰めた広場は平坦というには程遠く、それでも業塵はひらりひらりと立ち木の枝に飛び移り、はたまた建物の石段に飛び移りと軽やかに駆け抜けていく。 そんな業塵に追いつこうと、見るからに運動神経の鈍そうな若い男が足元もろくに見ずに泡を食って走るのだから、それは当然の結末といえた。 ずてっ、と男はすっころんだ。 若い男の後ろから、わらわらと正義感にかられた追っ手たちがやってきて、若い男を抱き起こす。 「どうした、大丈夫か! しっかりしろ!!」 「す、すまん‥‥俺にかまわずヤツを‥‥ガクッ」 「おぉぉぉぉ!!」 いや、転んだだけだろうお前。 カフェの屋上に飛び移った業塵は、のう、とアルウィンに語りかける。 親分はなにやらいい夢を見ているらしく、ふにゃふにゃと寝顔のまま笑う。 「‥‥ふや‥‥なうら、もっと食え‥‥業塵、アイスもっともってこい‥‥」 夕餉の夢か。さぞかし空腹であろう。早く帰ってゴハンにせねば。 アルウィンは夢の真っ最中であった。 夢の中は楽しい遊園地の光景。子分の業塵と新しい友達のナウラが両側からアルウィンの手をつないでいる。 メリーゴウランドも観覧車も楽しげな色彩にあふれているが、なぜだかアルウィンたちが乗り込んだのは、はるか高く空中に弧を描くジェットコースター。 なんかよくゆれるのりものだ。ぜっきょうマシーンとかいうやつだな。こわくないぞ! ナウラが笑顔で何か言っている。 『アルウィンさんをはなせー!!』 んん? へんなこといってるな。 業塵はなぜだか激しく揺れるマシンの中でダンスを踊っている。前から思ってたがへんなやつだ。 まあ、ゆめのなかだからいっか。 ぷおお。お祭り騒ぎだ‥‥ムニャムニャ。 アルウィンは幸せな眠りのままで鼻ちょうちんつきの笑顔を浮かべた。業塵の衣服をしっかりつかみながら。 ーーー少女が業塵に追いついてきた。なかなか撒けない、しつこい相手である。かなり格闘の経験もあるらしく、身のこなしに無駄がない。 少女の体が鉄色に変化する。腕からするどい棘が伸びた。 その腕をふりかざして、少女が業塵に切りかかる。だが、本気で斬る気はないようだ。威嚇してアルウィンを放させようとの意図だろう。 見切った業塵は、ひらりとかわす。 「くうっ! 逃げるな!」 少女が歯噛みをする。 ふはははは、そうたやすくつかまる儂ではないわっ!! ーーはっいかん、つい雰囲気に呑まれて悪役っぽいニッタリ笑いをして煽ってしもうた‥‥ヤバッ☆ 自身のノリのよさに業塵はほぞを噛む。 まあまあ落ち着け、話せばわかると業塵は少女に手まねで語りかけてみた。手のひらを下に向けてひらひらと振って、”落ち着け”と。 「あっ、あいつ、挑発してますよ! ”かかってこいや”って!」 さっきの若い男がいらんことを吹き込む。おいこら、お前もあらぬ誤解をしておるぞ。 違う違うと業塵は顔の前で手を横に振る。 「あっ、今度はすごんでますよ!! ”往復びんたかますぞ”って!!」 おいっ。なんでだ。 誤解が誤解を呼ぶ。 「ランズウィックさんを放せ! 放せったら放せ!!」 少女が叫び、ジャンプするや業塵の腕に飛びついた。ちょうどゆれるボートに乗ってる夢をみていたアルウィンは、揺れに身をまかせて少女の胸に眠ったまま転がり込んだ。 少女は一瞬きょとんとしたのち、尻に帆かけて業塵に背を向け逃げ出した。 おいこらっ、親分をどうする気じゃ! 今度は業塵が少女を追っかけて走り出す。 ーーにしても。 どうも人間というやつは、外見で判断するから厄介である。 そういえば、以前に第一印象というやつを変えてみたいと思ったとき、アルウィンがしてくれたアドバイス。 『ぱーまかけてみろ。』 真剣に検討してみるべきであろうか‥‥ 業塵は街中を走りつつ、アルウィンに見せられた数葉の写真をもとに、華麗な金髪の巻き髪にした自分を想像してみるのであった。 アルウィンを抱えて、町の中を駆け抜けてゆくナウラは、ふと人ならざる気配が自らの背後から迫ってくるのに気づいた。 ‥‥悪寒。 振り向けば、息を切らし、目を血走らせて誘拐犯が迫ってくるではないか。 応戦の構えを取るには、腕の中にいるアルウィンが障害であった。なにせ夢の中で鳥のもも肉でもかじってるらしく、しきりにナウラの腕に噛み付くのである。 「はぐー‥‥おにく、かたい‥‥はぐはぐ」 「いたたたっ、ランズウィックさん、起きてっ! 人攫いが!」 ”悪人”はニタリと笑うや、ナウラに右手を突き出した! 「きゃあああーー!」 殺られる!! ナウラは覚悟して目を閉じる。 !! しゅっ!! ‥‥”極悪誘拐犯”は、一瞬のうちにアルウィンの体を奪い取り、かわりにナウラの手のひらに何か硬いものを押し付けてきた。 次の瞬間には誘拐犯は背を向けて、ひたひたとまた走り去っていった。 ‥‥なにこれ‥‥ ナウラは、手のひらを開いてみた。そこには、いちご味のキャンディが一粒。 やがて町の人たちは、右往左往しつつも目撃証言をかきあつめてどうにかこうにか、業塵の足跡をキャッチして、その終着点へ訪れようとしていた。 「ここに逃げ込んだみたいです!」 ナウラの案内で駆けつけた町の人々は、固唾を呑んで一軒の家の前に立っていた。 「悪人確保ーーー!!」 ナウラが腕からはやした棘で、ドアをぶちやぶる。 その向こうに‥‥ 眠そうな半眼になったアルウィンが、悪人?と一緒にチョコレートプディングとおぼしきものをたべている姿。 「あ、ナウラ! 遊びにきたか?」 と叫ぶチョコソースまみれのお口を、横から手をのべてふきふきするのは悪人?だ。 「やあ。アルウィンのお友達かな? 」 ‥‥見るからに知性にあふれた大人の男性が笑いかける。 「誘拐犯を逮捕っ‥‥しに‥‥来たはずなんだけど‥‥あれ?」 ーーー振り回された町の人たちが、さほど怒らずに「お友達が心配だったんだよね。ゴウジンさんとやらも説明が足りないなあ」 苦笑いで収めてくれたのは、ナウラの人徳といえようか。真っ赤になって平謝りを繰り返したナウラには、アルウィンの家人がご馳走してくれたチョコレートプリンの甘さが沁みた。 後日。 ナウラはアルウィンに招かれて、時折彼女の住まいを訪れるようになった。彼女の親代わりたる男性ともすっかり打ち解けた。 そんなときには夕食をごちそうになり、食後はアルウィンとともにゲームをしたり絵本を読んだり。 もちろん業塵もその席にはいるのだが。 ただしナウラと業塵の間には、なぜか常に数十センチほどの微妙な距離が開くのが、どうにもアルウィンには解せないようである。
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