アーカイヴ遺跡は、どのような謎を秘めているのか。 そして、チャイ=ブレとは、いったい……? それはおそらく、全てのロストナンバーが持つ疑問であったろう。 しかし今まで、本格的な探索を行おうと考えた、酔狂なものはいなかった。 暇つぶしの雑談の結果、なしくずしにそーゆーことになった、彼らを、除いては。 +++++++++++++++++++++++ 【アーカイヴ探検隊/メンバー表】 虎部隆………隊長 日和坂綾………キャスター(オモチャのマイク持参) 一一 一………カメラマン(ビデオカメラ持参) 相沢優………偵察(セクタンオウルフォーム) クアール・ディクローズ………記録係(兼荷物持ち:ウルズ&ラグズ) +++++++++++++++++++++++【本日貸切につき、またのお越しをお待ちしております。特に世界司書のかたは立入禁止!】 そんな貼り紙がなされた、カフェ『クリスタル・パレス』内に、第1次アーカイヴ探検隊の面々が集合していた。 準備と打ち合わせを兼ねての、出発前の最終確認であったのだが――「ってもなあ。駄弁りの延長だから、別に改めて準備することってないんだよなぁ。いざというときは逃げる。おやつは300円まで、くらいかなぁ」 隊長の虎部隆が、クリームソーダをすすりながら頬杖をつく。「私、ビデオカメラ持ってきましたよ! あと、お揃いのヘルメット。やっぱり、入口に大きなセクタンの石像とかが飾られてるんでしょうかね。それでそれで、どこからともなく『立ち去れ……呪いを受けたくなくば立ち去れ……』的声が聞こえてきたりして。夢と希望とロマンと財宝。うわー、楽しみ!」 一一 一は、両手を組み合わせ、大いなる冒険に思いを馳せる。「殺傷性のあるトラップはないと思いますが、用心はしたほうがいいでしょうね。……ところで、やはり、セクタンが密集している箇所などがあるのでしょうか。……セクタンか……。見つけたら、1匹だけでも……」 クアール・ディクローズは、セクタンまみれの光景を想像し、目を細めた。隣では、荷物持ち指名を受けた使い魔2匹が、袋に、各隊員が用意した食料や備品を詰め込んでいる。「隆~。一ちゃ~ん。クアールさ〜ん。ユウ〜。冒険中のゴハン、楽しみにしててね〜?」 クリームティーソーダを一気飲みした日和坂綾は、斜め上方向に張り切っていた。赤ジャージの上から、カフェ店員用のエプロンをつけ、厨房に突撃する。「いや、待って、綾。お願いだから待って。ほら、携帯用の食事は、俺とクアールさんがキッチン借りて、みんなの分もたくさん用意したし、綾だって、ラファエルさんに言われてフルーツサンド作ったじゃないか」 綾の料理は、時としてデンジャラスであることを知っている相沢優は、慌てて止めに入る。 が、綾の勢いはノンストップ特別快速。止まりゃしない。「だって、オヤツがフルーツサンドだけじゃつまんないもん。何しよっかな。食パンにー、タコ焼きとかお好み焼きとかサンドして。薄焼き卵とかチャーシュー&レタスも捨てがたいな~。そうだ、海苔の佃煮&ジャコと辛子マヨネーズオンリー、くらいならイケてるかなぁ?」「ちょ、何、そのロシアンサンド。ラファエルさんも、見てないで止めてくださいよー!」「……あ、、、その……。皆様のご無事を、お祈りします」「「「「祈られた!!!!」」」」 てんこ盛り状態のロシアンサンドが出来上がってしまったところで、綾は小首を傾げる。「そういえば、むめっちさん、こないね?」「来たら来たでごまかさなきゃだから、一応、むめっちホイホイとして、ターミナルの選りすぐりイケメン写真集を用意してきたんだけどな」 隆も、分厚い写真集を手に、入口扉を見やる。「……それがですね」 ラファエルは、いささか言いにくそうに苦笑する。「司書さんは、トレインウォーから帰還してすぐ、ひどい腹痛を起こして入院したままなんですよ。シオンの飲ませた中和剤が強すぎて、その副作用のようで」「ええっ? 大丈夫なの?」「シオンも責任を感じてずっと看護してますし、ほどなく回復すると思います。ご心配なく」「だったらいいけどな……。あれ?」 とんとん。ととん、とん。 とん、とん。ととん。「誰か、いらっしゃいましたよ」「司書さんが退院したのかな?」「見てきましょうか?」「……いえ、あの叩き方は……」 入口扉を確認しようとする一同を、ラファエルは後ろ手に押しとどめた。 何となれば、その来客は――「アリッサさん。……どうしてここに?」「アーカイヴを探索に行くひとたちがここに集まってるって、ほんと?」「それは……」「ちょっと話したいことがあるの。入っていい?」「申し訳ございません。少々、お待ちください」 + + + アリッサを待たせたまま、ラファエルは急ぎ店内に戻る。「……アリッサ館長です。用件は不明ですが、おそらくは、引き止めにいらしたのではと」 ざわめく一同に、店の裏口扉を指し示す。「幸い、準備は完了なさっています。皆様はこのまま、裏口からご出発ください。館長の足止めは、私がいたしますので」 冒険にふさわしい緊迫感に、よし! と、5人は立ち上がり、扉に向かう。 振り向きざまに、隆がひらひらと手を振った。「悪いね、ラファエルさん。また今度、遊ぼうな」「……どうぞ、お気をつけて」 ========= !注意! この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。ただし、参加締切までにご参加にならなかった場合、参加権は失われます。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、ライターの意向により参加がキャンセルになることがあります(チケットは返却されます)。その場合、参加枠数がひとつ減った状態での運営になり、予定者の中に参加できない方が発生することがあります。 <参加予定者> 虎部 隆(cuxx6990)日和坂 綾(crvw8100)相沢 優(ctcn6216)一一 一(cexe9619)クアール・ディクローズ(ctpw8917)======
ACT.1■「隙間」を探せ 冒険への切符は、いつも唐突に渡される。 旅人たちはたいてい、準備もそこそこに、ホームに駆けつけることになる。 それでも、目的地行きの列車に乗りさえすれば、目指す場所には必ず辿り着ける。 だが、彼らの冒険は、その前提からして異色だった。 ――異世界ではなく、この場所。 ターミナルの地下深くに、謎は秘められているのだから。 ロストレイルには、乗れない。 自分の足で、一歩一歩進み、確かめるしかない。 往路も、復路も。 「どうしてアリッサが、俺たちの相談を知っているんだろう?」 「今のところ、追いかけてくる気配はないようですね」 裏口扉からあわただしく出発した5人は、店から遠く離れてから、ようやく歩を緩めた。 優とクアールは、クリスタル・パレスの方向を振り返る。 クアールの使い魔、犬妖精のウルズは、一行から預かった備品で大きく膨らんだ袋を、えっちらおっちら一所懸命運んでいる。袋からぴょこんとはみ出している虫取り網は、ウルズ自身の持ち物だった。 (セクタンをいっぱいつかまえて、お父さんにほめてもらうのだー!) ……どうも、そんなことを考えているらしい。 一方、猫妖精のラグズも、荷物から私物の釣り竿が飛び出している。 (きょうこそ、お父さんのめがね、いただくのにゃー!) ……こちらは、プライベートな目的で使用するつもりのようだ。 「もともと、秘密の企画ってわけじゃなかったからな。トラベラーズ・カフェで、普通に話してたわけだし」 隆はぽりぽりと頭を掻く。 「前門のチャイ=ブレに後門のアリッサか。だが、俺たちの好奇心は止められないぜ!」 「待ってました、隊長!」 綾が、ハンドマイクを突き出した。 「アリッサ館長は、私たちに何を話したかったのでしょうか?」 「まさか、いつぞやの方々のように、逮捕されたりしませんよね……?」 一が、ハンディカメラで一行を撮影しながら、心配そうに言う。 「それはないと思うけどな。もし、追いつかれて引き返せとか言われたら、後ろに回りこんでゆるく拘束しちまうって手もある」 隆は、手荷物の中からロープを取り出すや否や、しゅるんと結び目を作ってみせた。鮮やかなロープさばきである。「女の子相手にそこまではしたくないし、返り討ちにあう危険もあるけどさ」 「はーい、隊長! いっそ、アリッサも一緒に探検できれば楽しいと思います〜」 自分にマイクを向け、綾は片手を上げる。 「ははは。仲間になるんなら大歓迎だ。アリッサ館長といえど隊長命令には従ってもらうぞ、ってな。けど、立場上、そうもいかないんだろうなぁ」 「とりあえずは、まあ、いっか、ってことにしましょうかね。レッツ・ポジティブシンキング! さあ、私たちは今から、アーカイヴ遺跡へ向かいます。隊長、先導してください!」 「ワクワクしてきた〜。早く行こうよ。ねー隆〜。遺跡の入口ってドコにあるの?」 「そういえば、入口の場所って俺も知らないな。どこにあるのか楽しみだな」 「報告書にも、詳しくは書いてなかったようですしね。それをふまえて企画した虎部隊長の手腕はすごいですね」 「……………………え?」 4人に、期待をこめた目で見つめられ、隆は初めて、衝撃の事実に気づいた。 「誰か、知ってるんじゃなかったの?」 しかーし、一も綾も優もクアールも、揃って首をぶんぶん横に振る。 「さあ、大問題が発生しました。アーカイヴ探検隊、探検開始前にいきなりピンチです!」 「隊長、今のお気持ちは!?」 「こら一やん、こんなところを撮るなぁー! 綾っち、マイクを向けるなぁー!」 (あれれ?) (お出かけ、できないのかにゃ?) ラグズとウルズが、哀しげに目を潤ませる。 「そっか、使い魔さんたちも、探検、頑張るつもりだったもんね。エンエンだって……エンエン?」 それを見た綾は、思わず自分のセクタンを確認――しようとした。だが、先ほどまでそばにいたはずの、フォックスフォームのセクタンは、見あたらない。 「エンエンがいない。エンエーン。ドコ〜〜? ドコいっちゃったの〜〜?」 すぐに、クアールが発見した。 「ここにいますよ。壁と地面の隙間に詰まってる」 通路沿いの建物の中には、ひどく古びて、土台部分に亀裂が走っているものもある。 子ぎつねはそこに頭を突っ込んで、尻尾をぱたぱたさせていた。 オウルフォーム化している優のセクタン、タイムも、亀裂に興味があるらしく旋回しているし、隆のデフォルトセクタン、ナイアガラトーテムポール、愛称ナイアも、ぽよんぽよんとそばに近づく。 優が苦笑した。 「タイムもナイアもそうだけど、セクタンって、隙間が好きだよね」 「だから、あちこちで、よく詰まる現象が起きるんですね。そういう習性なんでしょうか」 クアールが興味深そうにメモを取る。 「今助けるね。えいやぁー!」 綾が、エンエンを引っこ抜いて救出するさまを見て、一は、何かをひらめいた。 「セクタンが隙間に惹かれるのが本能的なものなら、それは、その先に、『何か』があるからじゃないですか。たとえば、アーカイヴ遺跡への入口はひとつではなくて、ターミナルのすべての『隙間』は迷路のようにつながっていて、その先には、チャイ=ブレが……」 「それだ! でかした一やん!」 隆が叫び、優も頷いた。 「セクタンとチャイ=ブレは、つながっているんだよね。だったら、案内してくれるかも知れない」 「行けー! エンエン、タイム、ナイア! 俺たちにも入れそうな隙間を探すんだ!」 虎部隊長の号令のもと、3匹のセクタンが、同時に放たれた。 とてとて。 ぱたぱた。 ぽよんぽよん。 ほのぼの感に満ちあふれた擬音ながら、それでも律儀に、セクタンたちは移動した。 後をついて行った5人が、ほどなく行き着いた場所は―― 世界図書館の、裏手だった。 常に改装と拡張が行われている世界図書館は、今も、何らかの工事中であるようで、「危険! この先、立ち入り禁止」「触ると爆発します」などの看板が立ち並んでいる。 看板に隠れるようにして、人ひとりが通れるほどの亀裂が、建物と地面の隙間に、ぽっかりと開いていた。 セクタンたちは、次々に、そこに入って行く。 5人はあたりを見回した。 人影はない。誰にも見られていないようだ。 すかさず一がカメラを構える。 「後で私たちの報告書を読む全ターミナルの皆さん! 大変お待たせしました。はい隊長、ここで笑顔お願いしまーす!」 綾も、隆にマイクを差し向けた。 「我々は今から前人未到、ってわけでもないけど、アーカイヴ遺跡に挑みます! 虎部隊長、一言ドゾ☆」 「え? えーと。入口が見つかって良かっ」 「ハイありがとうございます。それではレッツゴー☆」 「ぶったぎるなぁ!」 「ヤダなぁ隆ってば。特番じゃ最初に掴みを持ってこないとネ☆」」 「どこが掴みなんだか。ともかく、危ないから俺が先行する」 「待ってください。その前に、ヘルメットヘルメット。皆さんもどうぞ」 果敢に先頭を切ろうとした虎部隊長を、いったん止め、一はウルズの荷物袋からヘルメットを取り出した。 (しかし、この前の花見の時といい、最近は不法侵入してばかりだ) クアールは笑みを浮かべながら、小声で呟いた。 ACT.2■「罠」をかわせ 隙間をくぐり抜け、狭い通路を手探りで進む。足元は、想像していたよりも安定していて堅い。 やがて一行は、石造りのゆるやかな階段に行きあたった。 ――下へ、下へ。 階段はどこまでも続いている。 隆とクアールが懐中電灯で照らしてみても、光はいつしか闇に呑み込まれ、いったい何段あるのか、終わりがあるのかさえ、見当もつかない。 静かだ。古い埃のにおいがする。 200年閉めきった土蔵の中に入ったなら、あるいは、こんな感じかも知れない。 ところどころ、ぼうと、苔が光っている。優はしゃがんで手を伸ばし、壁と階段に、そっと触ってみる。朽ちかけた人造大理石のような、ひんやりとざらついた、人工的な感触が伝わってきた。 「アーカイヴは少しずつ拡張され、それがいつしかターミナルになったのだと、報告書にもありましたね。ターミナルは増築に増築を重ね、多層構造ができあがった――と」 クアールは、持参の白紙の本を広げ、そこに記すべきものを考える。 彼が探検隊に参加したのは、そろそろ、0世界を舞台にした物語を描いてみたいと思ったからだ。 今回の探索で、0世界の歴史にまつわる何かが見つかればいい。そんな想いがあった。 フクロウの羽音が、反響する。 タイムが《ミネルヴァの眼》で、この長い階段が、さらなる地下の迷路に繋がっていることを伝えてきた。 一行は進む。 永遠と思われた階段は、幾度か折り返しながらも、やがて区切りの地点に到達した。 + + + 広い踊り場から伸びた通路は、3方向に分かれている。 「さあ分岐点です。ですが、私たちが道を誤ることはありません。なぜならばセクタンについて行けば……あれっ?」 一は、カメラから顔を離した。 その頼みのセクタンが、3匹3様の道を進んでしまっているのだ。 タイムは右に、エンエンは真ん中に、ナイアは左に……。 「さぁて、面白くなってきたぞ」 隆がにやりと笑い、トラベルギアのシャーペン『水先案内人』をくるくる回す。 「俺は左に行きたい気もするが、ひとまず、こいつを転がしてみようか?」 「うーん、困ったな。タイムが選んだ右にいきたい気もするし」 「いったん三方に分かれて進むという方法もありますけど、リスクは高いですしね」 優とクアールは思案顔だ。 「私は真ん中! エンエンについていくよー! 目印目印っと☆」 綾はきっぱりと言い、帰り道に迷わぬよう、壁にマーカーで大きく『→ → →』と書込んだ。 「あのー。みなさーん?」 その様子を見ていた一は、言いにくそうに口を開く。 「セクタンたちの目指す場所が同じなのなら、結局、どれを選んでも変わらないんじゃ……?」 「「「「 あ 」」」」 優が命じるより先に、タイムは翼を広げ、右の通路を飛んで行く。 やがて、伝えてきた情報は―― 「ああ、やっぱり。3本の通路はこの先の地点で、ひとつに合流しているみたいだ」 「そっか。じゃあ、まあ、みんな揃って右に行こうか。離れないほうがいいだろ?」 隆が一同を促す。 「待ってくれ隆。この通路はたしかに一本道だ。だけど――」 優の瞳が曇る。 「石の壁に塞がれて、行き止まりになってる」 + + + 一行の行く手を阻むように、壁に添って立つ、ひび割れた2本の円柱。 円柱の間は床から天井まで、白壁で塗り固められている。 その中央に、不思議な石板がはめ込まれていた。 白と黒で構成されたタイル状の薄い石は、縦に5列、横に5列、配置されているが、規則性などは読み取れない。 ■■□■□ □■■□■ □□□■□ ■□■□□ ■■□□■ 「コレ、あからさまにアヤシいよー。パズルだよぉ〜!」 「綾の言う通りかもな。このタイル、前後左右に動かせる」 「うまく動かせば、壁がゴゴゴゴゴーーーと開くんですよきっと」 「パズルっつーか、むしろトラップじゃねえの? 間違えると落とし穴が発動したり天井が落ちてきたり大岩が転がってくると見た!」 「……壁に何か、文字が刻まれてますよ。L、I、N、E、U、P」 周辺の壁を仔細に検分していたクアールは、薄れかけた文字の名残を指し示す。 ――LINE UP. 「わっかりました! 『揃えろ』ってことですよね。オッケーオッケー、いついかなる時も狙うは一番、一一 一におまかせください!」 果敢に挑戦した一は、さくさくと白黒タイルを並べ替える。 「はい、揃いましたー。こんなんでましたー!」 ■■■■■ □□□□■ □□□□■ □□□□■ ■■■■■ だが、次の瞬間。 肝心の正面ではなく、左側の壁が、ゴゴゴゴゴゴーーーと動き、ぽっかりと穴ができた。 ごろんごろんと、イヤな音がする。 そう、まるで……、 大きな岩が、転がってくるような……。 「うわああああーー! 何これトラップ発動!?」 「みんな、避けろ! 危ない、一やん!」 一同、慌てて身をかわす。 岩は勢いよく右の壁にぶつかって、動きをとめた。 間一髪で逃げ遅れかけた一は、隆が身を挺して庇いましたとさ。 「すみません、隊長。リベンジさせてください!」 揃える向きが違っていたんですよきっとそうですよこれでどうでしょうか、と、一は黒いタイルの位置を変えてみたのだが……。 ■□□□■ ■□□□■ ■□□□■ ■□□□■ ■■■■■ 「うわ」 「あわわわわわ〜〜!」 優と綾の立っていた床が、いきなりすっぽ抜けた。 落とし穴、だった。 「怪我してないか、綾っち」 すかさず隆は、綾の手を掴んで助ける。 「ウン、ありがとー」 「……あいたた」 女性優先。なんだかんだでジェントルマンな隊長方針により、さくっとスルーされた優は、落とし穴で尻餅をついた。 「おーい、優。だいじょうぶかー。女の子は顔に傷でもついたら大変だけど、野郎は名誉の負傷をしてナンボだもんな。お互い、満身創痍で行こうぜ!」 「あはは。隆らしいな。じゃあ俺は、隆がトラップで自爆しても助けてあげるよ?」 「言ってろ。ま、そんときゃ頼むわ」 一は、乙女台無しでがっくりポーズを取っている。その肩を、隆はぽんと叩いた。 「そうしょげるなよ、一やん。俺がやってみてもいいか?」 「ふわーい。お手並み拝見しまーす」 「横を開けると大岩の罠、上を開けると落とし穴か。そうだなぁ……。文字の形に並べてみるとか?」 ■■■■■ □□■□□ □□■□□ □□■□□ ■■■■■ ■■■■■ □□□■□ □□■□□ □■□□□ ■■■■■ ■□□□■ ■■□□■ ■□■□■ ■□□■■ ■□□□■ ■□□□■ ■□□□■ ■■■■■ ■□□□■ ■□□□■ だが。 いくつかのアルファベットを形成してみたものの、壁はびくとも動かない。 なんらかの罠さえも、動くきっかけとはならなかった。 「だめか……。じゃあ、こんなのはどうかな?」 ■■■■■ □■□■□ □■□■□ □■□■□ □■□■□ 「隆ぃ〜。何コレ? ……鳥居?」 「目幅泣きですかね?」 綾と一が、同時に突っ込む。 「いや、その……、勘というか、何となくというか……」 虎部隊長のその勘は、ある意味、見事に当たった。 罠が、発動したのである。 ざっばーーーーーんんーーーー!!! 天井のごく一部が割れ、隆の上にだけ、水が落ちてきた。 「……だめかぁ。ふぁっくしょい!」 鼻をすすりながら、隆はもう一度、石版を見つめる。 黒と白。 これはまるで、チェス盤のような……。 LINE UP. 揃えろ、ということは、つまり。 「そうか、わかったぞ!」 隆は素早く、タイルを並べ替えた。 「これでどうだ!」 ■□■□■ □■□■□ ■□■□■ □■□■□ ■□■□■ 正面の壁が、ゆっくりと開く。 一行の前に、新しい通路が、現れた。 ACT.3■「迷路」を進め 石の道が、延々と続いている。 白と黒の大理石を交互に並べて敷き詰めた、巨大なチェス盤のような通路だった。5人並んで歩けるほどの余裕がある。 右に左に、細い道が放射状に延びており、迷路が形成されてはいるようだ。しかし、それは意図したものではなく、増築に増築を重ねた結果、今の形状になったと思われた。 通路の両脇には、ずらりと並んだ円柱が朽ちて崩れている。その上にあったと思われるアーチは、女神らしきレリーフともども、細かな破片となって散らばっていた。 光る苔だけが、唯一の装飾であるかのように亀裂を彩り、鈍く輝く。 かつてはここも、ロストナンバーたちが集う、ターミナルの一部だったはずだ。 どんな街だったのだろう。どんな建物が軒を連ねていたのだろう。 どんな人々が、行き交っていたのだろう。彼らは今、どうしているのだろう。 俺たちは――私たちは、これからどうなるのだろうか。 どこへ、行くというのだろうか。 ――この旅はいつか、終わりをむかえるのだろうか。 5人は無言で、歩いていた。 ターミナルは、時の動かない場所であるのに。 それでもここには、人が生活していた軌跡が残っている。 + + + 彼らはまたも、通路を塞ぐ壁に突き当たる。 「……これって、やっぱ、行き止まりなの、隊長?」 隆に問うというよりは、ひとりごとのように、綾が言う。 「いいや! 俺たちの前を遮るものなんてない!」 隆は堂々と宣言した。 なんとなれば、その壁には扉がついており、取っ手の下についている鍵は錆びていて、用をなしておらず―― 「まかせてください。こんなときのために、七つ道具を持参してます!」 一が、エナメルバッグから十徳ナイフを取り出し、しゃがみこんで鍵穴をほじくった。 またも乙女台無しの図だが、ほどなく、扉は開いた。 そこには、思いがけない光景が広がっていた。 「……わあ……。スゴイ!」 綾が息を呑む。 一面の、青空。 むせ返る森のにおい。 澄み切った湖を取り囲み、青い小花が咲き乱れている。 「ここってまだ、地下のはずなのに。俺たち、外に出ちゃったわけじゃ、ないですよね……?」 「……昔、誰かが作ったチェンバーが、残ってるってことでしょうか」 優とクアールが、顔を見合わせる。 「ちょうどいいや。腹が減ってきたところだしなー。みんなも疲れたろ? 飯にしようぜ」 隆が、湖を臨む草むらに、どっかと腰を下ろす。 「賛成! 景色もいいし、お弁当食べましょう。クアールさんのサンドイッチ、ウルズさんに預けてあるんでしたっけ?」 一がいそいそと、ウルズの荷物を探った。取り出したサンドイッチを、皆に配る。 「私のサンドイッチもあるよ☆ 食べてね♪」 「聞こえませーん」 当然ながら、綾の主張は全力全開でスルーである。 優がにこにこと、サンドイッチをぱくつく。 「ありがとう! わ、すっごい美味しいな、クアールさんが作ったサンドイッチ! 何かコツがあるのかな? 今度教えてください」 「特別なことは、していないですよ」 「どれどれ? ほんとうだ、うめー!」 「美味しいですねー」 もぐもぐもぐもぐ。 隆と一も、ひたすら、クアール製サンドイッチばかりを平らげる。 綾はぷんすかして、腰に手を当てた。 「なにナニ〜!? ちょーーーーーっと、一ちゃ〜ん? ユウ〜? 隆〜? 私のサンドイッチも食べてよぉぉぉ〜〜〜〜〜!?」 「ポイズンクッキングは謹んでご遠慮させていただきまふもぐもぐ。私、最期は、お布団の上で親族一同や孫やひ孫に見守られながら大往生って決めてるんでふもぐもぐもぐ」 「一ちゃ〜ん? 言っとくけどぉ、ロシアンサンドは食べられない味じゃないからね? 食べたらガッカリ感倍増するのがちょっぴり混ざってるだけで!」 綾は、誰も手をつけない自作ロシアンサンドの中からひとつを選び、 「うあ。辛子マヨオンリーだ……」 自爆した。 「ごめんごめん、綾。そんなつもりじゃなかったんだけど」 とかいいながらも、しっかりそんなつもりだった優は、綾製料理の中でも安全なフルーツサンドをつまみ、 「……うん、美味しいよ、フルーツサンド」 といいつつ、それ以外のロシアン物件を、そっと隆の皿に移す。 「おい、さりげなく何しやがるー!」 「隆はほら、女の子にはもちろん、仲間にも優しいし」 「どういう理屈だ。わかったよ、食えばいいんだろう食えば!」 がしっとサンドイッチを掴み、無差別に口に放り込む。 「ぐっっxscdjsんどぽおおううおおおーーーーー!!!!!」 のたうちながら、それでも隆は完食した。 「さすが隊長、ごらんください皆さん、この勇姿! この漢っぷり!」 一が、しっかりカメラを向ける。 「ごめんな隆。こんなこともあろうかと、実はラファエルさんからこっそり、胃薬もらっといたから」 七転八倒する隆の手に、優は、丸薬状の胃薬を2粒、握らせた。 + + + 森の湖のチェンバーで食事を終えた一行は、再び出発しようとした。 ……だが。 「出口……、ドコ?」 「そういえば、入ってきた扉って」 「見えなくなってますね」 「じゃあ、出られないじゃないですか!?」 「待て、落ち着こう。まずは深呼吸だ」 すわ、アーカイヴ探検隊、チェンバーに閉じ込められて帰還不能か? そう、思われた矢先。 とてとて。 ぱたぱた。 ぽよんぽよん。 3匹のセクタンが、動き出した。 森の大木のうち、一本の根元へ向かい、その洞に入っていく。 後をに続いた一行が、木の洞を潜り抜けた瞬間。 彼らはまたも、無機質な通路の、古い扉の前に、立っていたのだった。 + + + 「この扉、また、鍵部分が元に戻っていますね」 クアールが、そっと手を伸ばし、確かめる。 一がこじあけたはずの鍵穴は、ふさがっていた。 「ええ〜? ナニそれ、オカルト〜? コワいよー」 綾が身震いをした。 どれどれと、隆と優も顔を寄せる。 「ちょい待ち。これって、さっきのとは違う扉じゃね?」 「ほんとだ。そっくりだけど、ヒビの入り方が微妙に違ってるかも」 「てことは、まったく問題ないですね。またこじあければいいんですもんね!」 一は腕まくりをし、再度、エナメルバッグから十徳ナイフを取り出した。 ほどなく、扉は開き、 暖炉のある、古風なリビングルームが、一行を迎え入れた。 + + + さして広いわけでもなく、住人の生活感を残すこの場所は、《暖炉のチェンバー》とでもいうべきか。 つい今しがたまで、あるじがそこにいたかのように、薪はぱちぱちと音を立て、暖炉脇の安楽椅子をオレンジいろに染めている。 磨きぬかれたマホガニーのテーブルも、その上の年代もののワインと、ヴェネチアンガラスのデカンタも、かつて、ここで誰かが暮らしていたことが伺われる。 チェンバーもまた、時間の流れない空間だ。この部屋が使用されていたのは、遥か昔のことだろう。 感慨深く部屋を見回したクアールは、暖炉の反対側にある、作りつけの書棚に目を留めた。 私家本らしい、革張りの重厚な書籍がずらりと並んでいる。 その中に……。 (これは——) 金で装飾された、黒い革表紙の本。 金の箔押しで、「TO TRAVELERS」と、タイトルがあった。 印刷物だろうか。 あるいは、小さな鍵穴がついているところを見ると、日記だろうか。 鍵を探したが、見当たらなかった。何が書かれているのかは、わからない。 クアールの手元を、隆が覗き込んだ。 「それだけ、持ち出しちまおうか。帰ってから調べれば、何か手がかりが見つかるかもしれない」 「そうですね」 クアールは頷いて、《黒の本》を抱えた。 その間ラグズは、クアールの背後からそぉぉっと釣竿をたらし、眼鏡を奪おうと試みて——失敗していた。 「ね〜隆。せっかく暖炉があるんだから、服、乾かしたら? トラップで、水もしたたるイイ男になったまんまじゃん」 「私、おっきいタオル持ってますよ。はいどうぞ」 「一やん! なんでそのかわいいエナメルバッグからビーチタオルサイズのブツが出てくんの? どこにどう入ってたの?」 「それは乙女のヒミツです」 「私、大きな荷物は全部、ウルズさんに預けたよ〜。ヘッドランプと手袋と寝袋と水2Lとガスバーナー&カートリッジとシート類と着替えと食料とそれからそれから」 力持ちでも重かったよね、ごめんね、と、綾はウルズから荷物の一部を受け出す。 「綾っちは持ちすぎ!」 「一泊二日のトレッキング参考に準備したの。食料と水はなくなるし、軽くなるも~ん」 明るく笑ってから、綾は、うーん、と、背伸びをした。 「イロイロあって、疲れちゃった。今日はここで休ませてもらおうよ」 「賛成です。はい皆さん、毛布どうぞ」 「だから、そのバッグのどこに毛布が」 「あ、こっそりウルズさんが手渡してる」 ひとしきりさんざめいてから、5人は暖炉を囲んで、毛布にくるまった。 「こういう、一緒に馬鹿やれる仲間って、いいよな……」 低く呟いた隆の声が、薪がはぜる音に溶ける。 + + + 翌朝。 セクタンに導かれるままに《暖炉のチェンバー》を後にした一行は、みたび、通路に戻った。 そして、新たな扉の前にいる。 だが。 その扉に、鍵はかかっていなかった。 正確には、扉は粉々に崩れ落ち、床に破片を散らしていた。 真っ暗な空間が、ぽっかりと、その先に広がっている。 深い闇の中、目を射るように真っ白な階段——二重螺旋の階段が、巨大な渦巻きを描き—— 下へ、下へと、落ちていた。 「こりゃあ、ビンゴかな」 隆は、ごくりと唾を飲みこんだ。 「行こうか」 「ちょっとだけ、待って」 綾は腰をかがめ、小さな破片を——かつてこの扉を構成していたものの欠片を、拾い上げた。 「ラファエルさんに、渡すんだ。私たち、ここまで行ってきたよ、って」 ACT.4■「謎」に迫れ たとえば—— 摩天楼を席巻する、竜巻のような。 孤島を飲み込む、渦潮のような。 ——あるいは、巨大な、蟻地獄のような。 すりばち型に逆三角形の渦を形成している二重螺旋の階段は、それほどの大きさだった。 3匹のセクタンは、水を得た魚のような勢いで、階段を降りていく。 「エンエーン。そんなに早くいかないで〜」 「タイム。もっと、ゆっくりでいいから」 「おーい、ナイア。俺たちを置いていくなー」 「皆さん……! 見てください、この空間……」 「これは、すごいですね……」 息を切らしながら、必死に駆け下りた5人は、途中ではたと足を止め—— 暗闇にしか見えなかった空間を見上げて、息を呑んだ。 星が、見える。 銀河が——星雲が——広がっている。 ごう、と、 強い風が、吹いた気がした。 しかし、彼らの髪は、そよりとも動いていない。 この風は、心の中に吹いたものか。 「……あまり、下をみないほうがいい」 隆が注意喚起する。 だが、見なければ、足を踏み外してしまいそうだ。 落ちたら、終わりだ。 この階段から落ちてしまったら、もう戻れない。 そんな気が、する。 目を凝らしながら、螺旋階段の終点を——はるか下方を見下ろした一行は、小山のようにうずくまる、『何か』をみとめた。 (もしかして、あれは) 闇の中に沈む全貌はさだかではないが、しいて言うなら、棘のある巨大な蚕……。 おそらくは、あれが。 あれが、チャイ=ブレ。 (撮影、しないと。できれば、もっと近づいて。……でも) 一は、カメラを向けようとした。しかし。 いいようのない恐怖が、それを阻む。 全身に、鳥肌が立った。 (こわい) 巨大な蚕の背には、林檎の木に似た、二本の樹木が生えていた。 片方には、ナレッジキューブがたわわに実り、 もう片方の樹木には—— おなじみの、ぷよぷよの、ぽわんぽわんの、色とりどりの存在が、次から次へと生まれ落ち—— 「デフォルトセクタンが、あんなに……」 生まれたてのセクタンは、ぎっしりと列をなして、螺旋階段を逆流してくる。 はっとわれに返ったクアールは、ウルズに命じた。 「セクタンを捕まえろ! できるだけ多く!」 一も気を取り直し、捕獲のポーズを取る。 「私もセクタン、ほしいです!」 「うぉーい。セクタンお持ち帰りは、ひとり3匹までな!」 すかざず、隊長チェックが入ったとき。 螺旋階段に、人影が見えた。 小走りで軽やかに駆け下りてくる、ブルネットの少女。 「みんな……。こんなところまで、来てたのね」 アリッサだった。 「やば……! 頼む!」 隆が指示し、クアールが「ダンドリーウォール」を発動した。 だが、すでにアリッサは、一行に追いついている。 「探したよ。隆が、隊長なんだね?」 「お、おう! よく見つけたな」 「間に合って、よかった」 「何が……? えええっとさ、なんか罰則とかある? 隊長責任で、探検隊のみんなの分も俺が受けるぞ」 「ううん。罰なんてないよ」 アリッサは、ゆっくりと首を横に振った。 「みんなのことが心配だっただけなの。ラファエルさんに止められたけど、顔引っかいて、出てきちゃった」 うわぁ、気の毒〜、痛そ〜と、綾が自分の顔を押さえる。 「今、チャイ=ブレは、眠ってるみたい。今のうちに帰ろう? もし、起きたとき、機嫌が悪かったら、 ちゃうから」 アリッサは最後の言葉を、隆にだけ聞こえる小声で、言った。
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