男は、走った。足元がふわふわして、走りにくい。(夢か?) 夢ならば、どんなにかいいだろうか、と男は思い、嘲笑する。 勿論、夢ではない。息せき切って走る肺は痛いし、ふわふわながらも足裏には触感があるし、顔を流れる汗が気持ち悪い。(どうして、こんな目に) 男は走り、足がもつれてその場に転んだ。ふわふわの地面が彼を優しく受け止め、痛みを感じさせない。 倒れこんだ男に、ひょこひょこ、と何かが覗き込んできた。男にはわからない言葉で、問いかけてくる。「来るな」 ぜえぜえと呼吸しながら、男はようやくそれだけ口にする。睨み付ける先には、兎や猫の姿をした生き物がいる。 ふわっとした肌触りのいい体をしているが、男にとっては恐怖でしかない。見た目が愛らしいからと言って、自分を襲ってこないとは限らない。今は様子を見ているだけで、仲間と一緒に自分を殺しにかかるかも知れぬ。「来るなぁ……!」 男は奥歯を噛み締め、立ち上がる。そして自分を取り囲む生き物たちを突き飛ばし、再び走った。 目の前に洞窟が見えた。「よ、よし。あそこで当分身を隠して……」 男は呟きながら、洞窟に身を隠した。中に何もいない事を確認してから、入口をふわっとした岩で塞いだ。 そうしてから、ようやく男はその場に崩れた。この変な世界に気付けば自分が居り、あの愛らしくも訳のわからない生き物達に取り囲まれたのだ。自分の知る言語は聞こえず、風景は見当たらない。「俺は、一体、どうなるんだ」 男は漏らし、ぐ、と拳を握り締めた。 世界司書のリベル・セヴァンは、集った皆に「ロストナンバーを保護してください」と告げた。「悪い治安の世界からのロストナンバーらしく、アニモフ相手でさえも心を許していません。疑心暗鬼状態で、フモフモ村近くの洞窟に身を隠しているようです。名前は、ギシン、男性です」 リベルはそう言い、皆を見回す。「アニモフ達が『何も食べてないの』ですとか『可哀想なの』ですとか、心配しています。近づこうとしても、追い払われたり、大声で威嚇されたり、酷い時には殴りかかったりしているようです。早めの保護を、お願いします」 リベルは「それと」と付け加える。「疑心暗鬼状態なのと、混乱状態なのが重なっているだけですので、なるべく平和的に保護してください」 それでは、とリベルは今一度皆を見回すのだった。
フモフモ村の広場に、六人はいた。アニモフ達が口々に「心配なの」「ちょっぴり怖いの」と六人に訴える。 「俺、二回目だからな。今回は慎重に動くぜ」 頭の中で過去の事を思い返しつつ、ナオト・K・エルロットは言う。「しょんぼり眉毛を描く刑」や「ケーキ1時間お預けの刑」の執行は、もう真っ平ごめんだ。 「とはいえ、異文化コミュニケーションは、勢いが命だぜ」 ぐっと拳を握り締めながら、ツヴァイは言う。 「それにしても、男の引き篭もりってさ……いまいちサマにならによね」 肩を竦めつつ、エルエム・メールは言う。引っ張り出す、と心に決めているようだ。 「ぼ、僕……聞いた事があるよ。壱番世界の神話なんだけど、岩の後ろに隠れた神様を誘き寄せるために、その前でドンチャン宴会をしてて、その神様が顔を出した所で岩をどける、っていう話」 カナンが言うと、春秋 冬夏が「それ、知ってる」と頷く。 「となると、洞窟の前でドンチャン宴会はしないとね」 「そうそう、やっちゃおう! んで……皆お知り合いだから、ナニしそうか分かってもらえるよね?」 ニャハ、と他のメンバーを見回しながら、日和坂 綾は笑う。何処となく楽しそうだ。 「綾ちゃん、何かする気なのね。なら、こっちに注目してもらえるように賑やかにしないと」 冬夏が言うと、カナンが「僕も協力するよ」と言う。 「べ、別にギシンっていうお兄さんが心配だからって訳じゃないよっ。単に仕事だから、やるんだからねっ」 勘違いしないでよ、とカナンは付け加える。それをエルエムは「まあまあ」と宥めながら頷く。 「怖くて引き篭もってるって事は、要するに『怖い』より強い気持ちがあればいいんだもんね」 「同時に、説得だな。向こうも不安だと思うしな! ……というか、疑心暗鬼って、こいつの為にあるような言葉だな」 ツヴァイが苦笑混じりに言う。 「俺も説得に加わる。ここでは、俺の常識が通用しないから、落ち着きながらな」 うんうん、とナオトは頷きながら言う。前回の事が、どうも頭から離れないようだ。 「あ、私拡声器持ってきたんだ。これで説得しちゃおう」 綾はそう言って、拡声器を鞄から取り出す。まだ鞄が膨らんでいる所を見ると、他にも何か持ってきているらしい。 「そういえば、ギシンってどんな奴なんだ?」 ツヴァイが、ふと疑問を口にする。アニモフ達は顔を見合わせ「えっとねー」と口を開く。 「皆さんみたいな姿なのー」 「髪が生えてたのー」 「黒い服着てたのー」 「つまり、人間型で、髪は生えてて、黒い服着てる」 まとめて言ったナオトに、ツヴァイは「そんなもんか」と苦笑する。 「アニモフ達見て、そんなにびっくりしなかったみてーだから、ギシンのいた世界にもいたんじゃねーかって思ったんだけど……割と普通っぽいな」 「ともかくさ、お祭しようよ、お祭! エルのダンスパーティの始まりだよーっ!」 くるり、とエルエムが回ってみせる。それを見て、アニモフ達も楽しそうに手を叩いた。ぽふぽふ、と。 ギシンは洞窟の中、外の様子を伺いながら蹲っていた。 腹が減っていた。水だけは洞窟の奥に水が湧いていた為、得ることが出来ていた。 (俺は、どうなるんだ?) ぐっと拳を握り締め、ギシンは思う。知らない場所、知らない生物。夢なのではないかと、何度も思った。そうあって欲しい、とも。 しかし、何度寝て醒めても、同じ洞窟だった。 何度か、洞窟の外からあのふわふわの生き物が声をかけてきたが、何を言っているのかさっぱり分からない。かといって、どうしたらいいのかも分からない。 「くそ!」 ぶつけようもない怒りに、地面を殴りつける。痛みはなく、ふわっと優しく地面が包み込んだだけだ。 まるで、悪夢だ。 奥歯を噛み締めた時、ふと外が騒がしい事に気付いた。手拍子や、音楽が聞こえてくる。 「……ついに、俺を捕らえに来たか?」 生き延びてやる、とギシンは呟いた。 アニモフ達が演奏する音楽に合わせ、エルエムが踊る。場所は、ギシンが引き篭もっている洞窟前だ。 「聞こえているよな、ギシンに」 ナオトが確認するように言うと、ツヴァイは「多分な」と返す。 「そろそろ、第一次接触でもしてみっか! ヘーイ!」 ツヴァイは元気良く、洞窟の入口に向かって叫ぶ。 「チューズミー! ワッチュアネーム!?」 「帰れ!」 どて、とツヴァイは転ぶ。勢い良く挨拶したのに、拒否されてしまった。 「駄目だった」 「でも、ギシンさん。ちゃんと返事してくれてたよ」 冬夏が、フォローする。それを聞いて、綾は「そうよ」と言いながら、ぐっと拡声器を握り締める。 「せーのっ」 ぼふ、と勢い良く、綾は洞窟を塞いでいる岩を蹴る。ぼろ、と少しだけ隙間が空いた。それを見て「ま、いっか」と呟き、拡声器を口に当てる。 「アニモフの皆さん、コンニチハー! 今日は皆さんに、お願いがあって来ましたぁ!」 綾の声に、アニモフ達が何事かと注目する。踊っていたエルエムも、一旦踊りをやめる。 「この洞窟の中に居るのは、ギシンちゃんという名前の、迷子のおじさんでーす。私達は、その迷子を迎えに来たんだけどぉ、このおじさんは、お腹が減って動けないらしーの!」 「言ってる事は、間違いないのにな」 ぽつり、とカナンが漏らす。 「間違ってはないな」 こくり、とナオトが頷く。 「そこで、良い子のアニモフちゃんたちに、お願いがありますっ! お友達に食べさせたい、皆の一番好きな食べ物を、ココに持ってきてもらえないでしょうかぁ? そして、皆が一番好きな場所で、ギシンおじちゃんを囲んでお茶会しましょう! おじちゃんは着替えなきゃならないのでー、一時間後にココに集合!」 綾はそう言いきると、最後に「待ってるよー」と付け加えた。 「綾ちゃん、相変わらず思い切りがいいのね」 ふふ、と冬夏が笑いながら言う。 アニモフ達は、綾の言葉に「なるほどなのー」と言いながら、食べ物を取りに向かっていった。一部、エルエムの回りに「踊らないのー?」というアニモフ達が残っているが。 「キミ達は、食べ物持ってこないの?」 エルエムが尋ねると、残ったアニモフ達が「大丈夫なのー」と答える。 「沢山持ってきても食べれないのー」 「ぼくたちは、踊る係なのー」 ちょっと自由思考のアニモフらしい。エルエムは思わず「そうだねー」と頷く。 「という事で。ギシンおじちゃん、聞こえたよねぇ?」 ぼふ、と再び綾は岩を蹴る。 「な、何なんだよ、お前! 何故、俺の名を知っているんだよ?」 中から、びくついた声が聞こえてくる。 「俺達は、お前を迎えに来たんだ。ここは、お前の暮らしていた世界とは、違う世界なんだ。言葉も、通じなかっただろ?」 ツヴァイが続けて問いかける。 「た、確かにここは、俺の居た世界じゃない。しかし、お前らが俺をどうもしないという保証は、ど、どこにあるんだよ!」 洞窟の中から、ギシンが叫ぶ。少し、興奮しているようだ。 「だからぁ。私たち、キミを迎えに来たんだ。ココがキミの世界じゃない事くらい、分かるよね?」 綾も話しかけるが、ギシンは「うるせぇ!」と返して来る。 やれやれ、と皆が肩を竦めた。今は何を言っても、無駄かもしれない。 「そういえば、お腹が空いてるんじゃない? 宴会といえばご馳走だし、僕らも何か食べ物を用意してみたらどうかなぁ」 カナンが提案すると、冬夏が「いいわねぇ」と言って微笑みながら、大きなお重を取り出した。 「実は、おにぎりとか巻き寿司とか、持って来たの」 「あ、私もサンドイッチ持ってきたんだ」 冬夏に続いて、綾も鞄からバスケットを取り出す。 「お、美味そう。アニモフ達も食べ物持ってくるし、盛大な宴会になりそうだな」 ナオトが並び始めた食べ物を見て、にっと笑う。 「僕、お肉とかパンとか持ってきたんだ。これ、焼いて匂いを出したらつられないかな」 カナンがそういうと、ツヴァイが「よしっ」と頷く。 「キャンプファイヤーの準備だな! 俺もパンケーキとか、焼こうかな」 「なら、エルはその周りで踊っちゃうよー。皆も一緒に、踊ろう」 エルエムがくるりと回りながら、アニモフ達を誘う。 洞窟の前に、火を起こす。冬夏が食べ物を並べていく。カナンはパンと肉を、ツヴァイはパンケーキを火の回りで焼く。エルエムはアニモフ達と楽しそうに踊る。 「なぁ、ギシン。別に怖い事とか、ここではないんだぜ?」 ナオトが洞窟に向かって話しかける。返事は、ない。 「そうそう。私達もアニモフ達も、キミをどうこうしようなんて思ってないんだからさ」 綾はそう言い、今一度「さっさと出てきなよ」と伝える。 そうこうしていると、ふわ、と肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。続けて、パンとパンケーキの焼けるほのかに甘い匂いが。 「うわぁ、美味しそうねぇ」 冬夏が焼けていくそれらを見ながら、言う。 「本当だ。料理、上手いんだねー」 エルエムが覗き込みながら言う。カナンはちょっと照れたように「べ、別にっ」と言いながら顔を背ける。 「そんな風に褒めたって、何もあげないんだからなっ! 追い出すぞ、もうっ!」 カナンはそう言いながらも、焼きたてのパンをずいっとエルエムに差し出す。 「くれるの? ありがとー!」 エルエムは嬉しそうに言うと、パンを千切ってアニモフ達と食べ始める。焼きたてパンは、千切ったところからほくほくと湯気が立ち昇り、口に入れると何もつけなくともほんのり甘い味がした。 「おお、俺のパンケーキも負けてないぜっ!」 ツヴァイもそう言いながら、焼きあがったパンケーキを皿に持っていく。 「どれも美味しそう! アニモフさんたちも、食べる?」 冬夏がアニモフ達に話しかけると、こぞって「食べるー」と楽しそうに言ってきた。 わいわい、きゃっきゃっ。 宴会会場は、盛り上がりを見せ始める。 「本当にいい匂い! どう、ギシンのおじちゃん。お腹、空いてるんじゃない?」 にやにや、と綾が笑う。「このお肉とか、美味しいよー?」 「だよなー。ほらほら、アニモフ達も怖くなんてないぜ」 ナオトは近くに居たアニモフと、モフモフと抱き合ってみせる。 すると、ずず、と少しだけ岩が動く。 「そうだ、食べて見せたら安心するよね。……うん、美味しい。ツヴァイさん、パンケーキすっごく美味しい」 冬夏はそう言って、ツヴァイの焼いたパンケーキを食べる。 「このおにぎりも、凄く美味しいぜ!」 ツヴァイも冬夏の作ってきたおにぎりを食べながら、楽しそうに言う。 ずずず、更に少しだけ、岩が動く。 「ほらほらー、踊ろう踊ろう!」 「ぼ、僕、踊れないよ」 「体を動かすだけで良いんだよー! ほらほら」 エルエムがカナンを誘って踊り出す。アニモフ達も一緒になって踊っている。 「いいなー、あっち。楽しそうだなぁ」 ナオトはそう言って、アニモフと話す。「あっちに一緒に行っちゃうか?」 ずずずず! 岩が動いて、ひょこ、と顔が出ていた。 眉間に皺が寄り、怯えたような表情をした、クロ神の男性。ギシンだ。 「お、やっと出てきたね」 ニャハ、と綾は笑う。 「お、俺にも食べ物を寄越せ!」 「いいよ。ええと……はい」 カナンは頷き、大皿に乗っているお肉をとりわけ、皿に乗せて差し出す。 「ど、毒でも入ってるんじゃねぇだろうな?」 「大皿から分けたんだから、そんな事はないよ」 怪訝そうなギシンに、冬夏は「ね」と笑う。ギシンはそっと手を伸ばす。 が、届かない。 当然だ。岩の隙間から、手だけを伸ばしているのだから。 「うーん、それじゃ届かないぜっ。さあ、勇気を持って出て来いよ!」 にっと笑いながら、ツヴァイが言う。ギシンは少し戸惑い、岩をどかしかける。 「……や、やっぱり、俺は」 ギシンは岩を動かすのを不意にやめる。は、と再び疑心暗鬼に駆られたのかもしれない。 「コスチューム、ラピッドスタイル!」 再びギシンが顔を引っ込めようとしたその瞬間、エルエムの声が響く。エルエムの衣装が一部変形し、あっという間に岩の所に辿り着く。慌ててギシンは顔と手を引っ込めようとするが、エルエムが掴む方が早かった。 「ほらほら、さっさと出てくる!」 「な、なんだよ!」 戸惑うギシンを他所に、エルエムはギシンを引っ張り出す。引きずり出す、に近いかもしれない。 ふわふわの岩は、最初に綾が蹴っ飛ばした事も手伝い、案外簡単に転がっていってしまった。 「何をするんだ!」 怯えたように言うギシンに、エルエムは「踊ろう!」と言って、一緒にくるくると回った。 アニモフ達も楽しそうに笑い、手を叩いて踊る。 ギシンは空腹も手伝い、殆ど抵抗する事無くくるくると踊らされた。 暫くしてようやく解放された後、ギシンはふらふらとその場に座り込んだ。そこに綾が近づき、何かを鞄から取り出そうとする。 「な、何をする気だ?」 ギシンはその様子に怯え、綾に殴りかかろうとする。突然の事に、綾は「あ」と体のバランスを崩す。それを見て、ギシンは綾に殴りかかろうとする……! ――カチリ。 綾が殴られる事はなかった。代わりに、ギシンの額に銃口が突きつけられている。 「手を出すな」 「おおお、お前ら、やっぱり……!」 ギシンが皮肉めいた笑みを口元に浮かべた瞬間、アニモフ達が「やめるのー」と言いながら、ギシンを庇う動きをする。 「可哀想なのー」 「嫌がってるのー」 ギシンは、目を見開く。言葉は分からずとも、明らかにアニモフ達が銃口を突きつけられた自分を庇ってくれているのが、分かったからだ。 すっかり毒気を抜かれたようなギシンに、ナオトは肩をすくめながら銃を納める。 「こんな小さな体で、アンタを守ろうとしてるんだ。ほら、こいつら良い奴だろ?」 「お前ら……」 ギシンがじっとアニモフ達を見つめていると、綾が改めて鞄から何かを取り出し、ギシンの頭に載せた。 花冠だ。 「驚かせちゃったみたいで、ごめん」 「似合うよ、ギシンさん。ほらほら、こっちに来てしっかり食べて」 にこ、と笑いながら、冬夏が火の近くに誘う。 「ほら、さっき渡せなかった肉。べ、別にギシン兄さんのためなんかじゃないから。仕事だから作ってあげたんだからねっ。勘違いしないでよっ!」 ずい、と肉の乗った皿を差し出しながら、カナンは言う。 ギシンは誘われるまま座り、皿を手にする。ぐきゅるるる、と腹が鳴る。 「食っとけ食っとけ! 俺が焼いたパンケーキだってあるし」 ツヴァイもパンケーキを焼きながら、ギシンに笑いかける。 ギシンはその言葉に、がつがつと食べ始めた。このモフトピアについてから、水しか口にしてなかったのだ。肉も、おにぎりも、パンも、サンドイッチも、パンケーキも、巻き寿司も。どれもが美味しくてたまらない。 「食いながらで聞いてくれたらいいんだけどさ。俺たちのほとんどが、アンタと同じ体験をしてる。だから、急にこんな世界に来て、怖い気持ちは分かるからさ」 ナオトはそう言いながら、笑いかける。「ひどいのー」と言ってくるアニモフ達に「ごめんごめん」と謝りながら。 「お前らも、同じ体験を……?」 食べる手を少し休め、ギシンが問いかける。皆、顔を見合わせ、うなずき合う。 「あ、そうそう。お前のチケットだ。これを持てば、俺たちの言ってる事が真実だって分かるぜ。アニモフ達の言葉が、分かるようになるしなっ」 ツヴァイはそう言いながら、チケットを手渡す。ギシンは恐る恐るそれを受け取り、アニモフを見る。 「あ、お兄ちゃん、こっち見たのー」 「大丈夫なのー?」 「ぼくたち、心配してたのー」 モフモフの生き物が、ギシンに次々話しかける。 ぽた、とギシンの頬に、涙が伝った。 「お兄ちゃん、どうしたのー?」 「どこか痛いのー?」 「さっきのが怖かったのー?」 「違う……俺は……違うんだ……!」 うおおおお、と咆哮するように、ギシンは泣いた。 顔をぐしゃぐしゃにして、アニモフ達に心配させて、皆に安心させて。 ぷつん、と緊張の糸が切れてしまったかのように、ギシンは泣き続けるのだった。 「さて、ギシンおじちゃん。私に無理矢理着替えさせられるのと、自分で着替えるの、どっちがイイ?」 くつくつと笑いながら、綾が尋ねる。 「い、いきなり何だ?」 「ギシンちゃんの服で、アニモフが怪我したら困るからだよ。あの子達、ヒトに抱きつくの好きなんだもん」 綾はそう言いながら、鞄からジャージ上下を取り出す。 「あ、丁度いいねー。それなら、踊りやすくなるし」 あははーとエルエムが笑いながら言う。 「後でお風呂にも入ったらいいと思うよ。ギシンさん、怯えたり警戒したりで疲れてるよね。ねぇ、いいかな?」 冬夏がアニモフ達に尋ねる。勿論、返事はOK。 「よっしゃ! じゃあ、着替えたら宴会再開だなっ! そろそろ一時間経つし、アニモフ達も色んなモン持ってくるだろ」 ツヴァイはそう言いながら、フモフモ村のあるほうを見る。ひょこひょこと、アニモフ達が食べ物を持って向かってきている。 「そそ。……でさ、そろそろいいんじゃないか? 俺、もういいんじゃない?」 「だめなのー」 「刑なのー」 ナオトの訴えに、きゃっきゃっとアニモフ達が楽しそうに眉毛を書いている。しょんぼり眉毛を描く刑の施行である。 「宴会終わって、落ち着いたら。新しいお兄さんの居場所に行こう。僕らも、一緒に行くからさ」 カナンが着替えに行こうとするギシンに声をかける。ギシンは振り向き、こくり、と頷いた。 「あ、ちゃんと花冠もかぶってきてね。今日の主賓は、キミなんだから!」 念を押すように、綾が言う。ギシンは「分かってる」と言いながら、洞窟へと向かった。 今度は引き篭もる為ではない。再び出てくるために、着替える為だけに。 ギシンはふ、と笑みを漏らした。このふわふわの世界を怖がっていた自分が嘘のようだ、と呟いて。 楽しい宴会が、始まろうとしていた。 <踊りと食べ物に囲まれつつ・了>
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