イラスト/あそう葉月(inyz8939)
青というよりは碧の空に、西の方へ傾きかけた太陽の光がキラキラと乱舞している。長閑な春霞を抜けて走る車窓。道の脇には瑠璃唐草が連なり、時折土筆が顔を出す。谷の向こうには空を映した広大な海が見え隠れしていた。 カーブの多い山道の傾斜を、車は思った以上にゆっくりと下っていく。もちろんそれは車の前後に張られた若葉マークのせいなどではない。風景を楽しみたいコレットを慮ってのことである。 エメラルドの瞳を瞬いて助手席で楽しそうにしているコレットに、ハンドルを握っていたアインスも満足げに相好を崩した。彼女の明るい笑顔を見ているだけで、穏やかな気分になれる。 後部座席に座っていたツヴァイが窓を開けた。彼の赤い髪を撫でるように入ってくる風はまだ少し冷たかったが時折春の匂いを運んできた。 目まぐるしく流れていく窓の向こう側。 やがて車はなだらか丘陵を抜け、人里に出た。 歩道に咲くたんぽぽ。黄色い海のような菜の花畑。街路樹のハナミズキが白い花を咲かせている。杏園があるのか杏の花が山の斜面をピンクで埋め、畑の真ん中にポツンと立つ樹齢300年くらいはありそうな一本桜が蕾んだ花をぽつぽつと開かせていた。後10日もすれば満開だろうか。 「あ!」 コレットが何かを見つけてそちらを指さしながら声をあげた。 「どうした?」 ツヴァイは窓から顔を出すようにしてコレットの指先を目で辿る。そこに小さな小屋が見えた。風にたなびく幟に目を凝らすと『トマト』の文字。店主らしい人影はないからどうやら無人の直売所らしい。 「覗いてみるか?」 アインスが尋ねると、コレットは嬉しそうに「うん」と頷いた。 車をそちらへ向ける。畑の合間の舗装されていない細道を危なげなく走って小屋の前でアインスは車を停めた。 両手を伸ばしたほどの横幅しかない軒先には、赤く熟れた美味しそうなトマトが3個づつ透明なビニール袋に入って並んでいる。段ボールで出来た『一袋100円』と書かれた値札の横に、鎖で繋がれた鍵つきの貯金箱のようなものが置かれていた。どうやらここにお金を入れていけばいいらしい。 コレットは財布を取り出すと100円玉を1枚そこに投入して、一番赤いトマトを選んだ。 「金を払わずに持ってったりする奴とか、いないのかな?」 ツヴァイがしげしげと直売所を見渡す。 「いないんだろうな」 だから成り立つのだと言わんばかりにアインスが応えた。こんなのんびりとした田舎なのだ。 「お、水車小屋だ! 行ってみようぜ」 はしゃいだ声でツヴァイが二人を誘う。見れば畑の向こうに水車が見えた。アインスは一瞬嫌な顔をしたが、思いの外コレットが乗り気なのに、少しくらいならと、車はそのままにして水車小屋へ向かうことにした。 水車小屋の端までくるとツヴァイはその脇に地下水を汲み上げる手押しポンプを見つけてコレットに右手を差し出した。彼の意図に気づいてコレットが持っていたトマトの袋から1つを取ってツヴァイの手のひらにのせる。 それから「アインスさんの分」と彼にもトマトを1つ手渡した。 手押しポンプのレバーを3度押し込み、溢れ出す水で軽く洗ってツヴァイがトマトにかぶりつく。 「うめぇー!」 採れたてのトマトはジューシーで甘く濃厚だ。 「粗野な奴だな」 アインスが手渡されたトマトを手で弄びながら息を吐く。そのまま切らずに食べるというのもどうかと思ったし、地下水は安全なのかと今一つ信用ならなかったからだ。本来であればコレットのために水質調査をしてからにしたいものだが、残念ながら道具を携帯しているわけでもない。車に戻ればもしかしたらナイフくらいはあるかもしれないが。その辺にあるものでなんとかならないか、と辺りを見渡してみたがあるわけもなく。傍らに水汲み用の桶と、ステンレスのマグカップが無造作に置かれているところを見ると、大丈夫であるとは思われる。取りあえず毒味のツヴァイも平気そうなのだ。などと。 そうしてアインスがあれこれ考えている間に、傍らではコレットがスカートを濡らさないよう気をつけながらトマトを蛇口に差し出していた。ツヴァイがゆっくりレバーを押すと水は先ほどの勢いもなく少しづつ出てくる。コレットはそれでトマトを優しく洗うと、ツヴァイと同じ様にかぶりいた。 口内に広がる瑞々しいトマトに満面の笑顔をツヴァイに向ける。 「本当、美味しい!」 それから、未だ躊躇しているアインスを振り返った。 「美味しいよ」 微笑むコレットにアインスは結局地下水でトマトを洗った。これでは自分の毒味をコレットにさせたみたいで非常にバツが悪い。紳士として失格だとも思うが過去の事象を今更なかったことにも出来ず、アインスは自嘲気味にトマトにかじりついた。 コレットが感想を期待するような眼差しでアインスを見上げている。 「な、旨いだろ」 ツヴァイがまるで自分の手柄のように勝ち誇った顔で言った。何故だか悔しいがトマトは旨かった。正直、こんな美味しいトマトは初めてかもしれないとさえ思った。いろんなトマト料理が頭を過ぎったが、きっとこのトマトはこうやって食べるのが一番旨いように思う。それが、こんな場所で食べてるせいなのか、本当にこのトマトが美味しいだけなのか、コレットがそう言うからなのか、たぶん全部なのだろうアインスはツヴァイを無視しコレットに向かって応えた。 「美味しいな」 コレットが嬉しそうに微笑む。適当な石にハンカチを敷いて座ると3人はトマトを頬張った。 道草を終え、傾く太陽に影の長さを競うようにしながら3人は車へ戻ると、再びのんびりドライブを始める。 ほぼ一本道だった田舎道は、いつしかいくつも枝分かれする広い道へと変わっていた。田んぼや畑に時折民家といった景色から、次第に建物の数が増えてくる。 ここにきて初めてコレットはカーナビがセットされていることに気づいた。 それまではナビの音声ガイドを必要とするような場面がなかったためか、オフになっていたらしい。確かにカーナビの画面はずっと現在地をポイントしていたが、それは迷子にならないためのもの、くらいに思っていた、というよりは、あまり気にとめていなかったコレットである。 『500m先の信号を、左折してください』 「ああ、分かった、感謝する」 無機質な女性の音声アナウンスに、アインスが優しい声を返した。 コレットは思わず吹き出しそうになる。 「返事はしなくてもいいんですよ」と、苦笑混じりのコレットに 「ああ、つい……」とアインスは困ったように首を傾げてみせた。 程なくして2度目の音声アナウンス。 『200m先の信号を、左折してください』 「ああ、ありがとう。美しいレディ」 答えてからアインスは、またやってしまったとばかりに苦笑した。 「なんで、美人ってわかるんだよ」 後部座席から投げられるツヴァイの呆れた声をスルーして、アインスは赤信号に車を停車するとコレットに向けて肩を竦めてみせる。 「どうにも反応してしまうものだな」 どうやら条件反射のように答えてしまうらしいアインスに、コレットは笑みを返した。そういうアインスの普段からの女性への心遣いや優しさがどうにも出てしまうのだろう、たぶんそれは悪いことではないように思ったから、それ以上諌めるのをやめることにした。 それからふと、こうやって音声ナビが入るということは目的地があるということに気づいてコレットは尋ねた。 「そういえば、どこに行くの?」 全く聞いていなかったのだ。単純に宛もなくドライブなのかと思っていたからというのもある。目的地があるならトマトを買ったり食べたり、道草している場合じゃなかったのでは、と心配げなコレットにツヴァイが答えた。 「ナイショ」 「…………」 「急ぐ道ではない。むしろ、もっとゆっくりでもいいくらいだ」 コレットの心配を消すようにアインスが付け加えた。 ***** 暮れなずむ町に、三人の乗る車は夕食代わりにとその店に入った。 その店の名前は“w”のマークのワクトナルトという。胸ときめくワクワクと、この地の名物の鳴門の渦潮を掛け合わせ、大手ファーストフード店をパクッ……インスパイヤではなく、あやかったハンバーガーショップである。 名物はもちろんナルトバーガー。うずまきのデニッシュパンにエビのすり身のハンバーグやレタスなどを挟んだ、バーガーというよりはサンドに近い代物である。それにチーズが加わったナルトチーズバーガーも人気の商品であった。 ところでロストレイルの停車駅は人目を避けた場所に用意される。結果、山奥から出発することになったアインスらは、山を降りたとはいえ、まだまだ小さな漁村を走っていた。ちなみに車は、事前に場所を指定しておけば、そこに用意してくれ、乗り捨ても自由という便利なシステムのレンタカーである。 閑話休題。 海辺のためか暴風林がひたすら並ぶ海岸線には店らしい店もない。そんな中、ポツンと建っていたのがくだんのワクトナルトだったのである。田舎のくせにドライブスルーなるものを完備していた。おそらくこの店の客の大半は運送業などのトラック運転手なのだろう。アインスは店には入らずそれを使うことにした。 『いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ』 女の子の声が聞こえてきたが、その姿はどこにもない。地元の女子高生がバイトでもしているのだろうか、アインスがウィンドウから顔を出すと、スピーカーから謎の喚声があがった。キャーキャーと甲高い声は一つ二つではない。 訝しみつつアインスが注文をすると『1890円になります。ご用意して前へお進みください』と声が返ってきた。 「ああ、分かった、用意しておこう。可愛いお嬢さん」 答えたアインスに『キャー!!』と一際大きな声があがった。 「悲鳴?」 店内で何かあったのだろうか。女性の悲鳴とは捨ておけない。心配になりつつアインスは車を進めたが、店内では――注文の際、客の様子を確認するためのモニタ画面の前でバイトの女の子たちが、こんな田舎町にこんなかっこいい人が!! と大いに盛り上がっていただけである。 アインスはツヴァイに用意しとけと声をかけ車を進めると、小さなカウンタの前で停めた。 カウンタからレジの女の子が顔を出す。 「いらっしゃいませ、1890円になります」 元気のいい女の子の声は先ほどスピーカーから流れてきた声だった。それに笑みを返して、アインスはツヴァイからお金を受け取ると女の子に差し出す。 「そういば、悲鳴が聞こえたようだったが……」 言いかけの言葉をアインスは飲み込んだ。 レジの女の子の後ろから、入れ替わり立ち替わり別の女の子たちが顔を覗かせているのに、面食らってしまったからだ。皆、一様にこの店の制服である青のストライプのブラウスを着ているか、といえば、そういうわけでもない。バイトの子のクラスメイトか何かだろう、セーラー服姿の女の子たちも混じっていた。 「…………」 呆気にとられていると「少々お待ちください」とレジの女の子が頭をさげる。それでアインスはようやく我に返った。 小さな田舎の店なので、都会のファーストフードのようにはいかないらしい、全てがオーダーメイドだったのだ。 「ああ、そうさせてもらおう、小さいレディ」 いつものように返して車のシートに体重を預けたアインスに再び黄色い喚声があがったことは、言うまでもない。 「…………」 かくて奥の厨房で担当の男どもがせっせと注文のバーガーを作っている間、レジやホールを担当していた女の子たちは輪をつくって噂話に花を咲かせたのだった。 「かっこいいよね」 「モデルかな? こんな田舎に何しにきたんだろう? 撮影とか?」 「きっと、そうだよ。変わった髪の色してたもん。でも似合ってた」 「隣の綺麗な人もやっぱりモデル? 彼女なのかな?」 「でも、後ろにも人が乗ってたよ」 「じゃぁ、美人3兄弟妹だ!」 「なるほど!」 「後部座席の人もかっこいいよね」 「うんうん」 「私はやっぱり運転席の人だよ。「ありがとう、可愛いお嬢さん」とか私も言われてみたい! ちょっとレジ代わってよ」 「なに言ってるのよ。この時間のドライブスルーのレジ担当は私でしょ」 とかかんとか。 そうこうしている内にバーガーも出来上がり、レジの女の子は注文表を確認しながらそれを紙袋に入れていくとレジカウンターに顔を出した。 「お待たせしました!」 そう言って商品を差し出すと、彼は笑顔でそれを受け取りながら「ありがとう、可愛いお嬢さん」と答えた。同じように身を乗り出した助手席の彼女や後部座席の彼も「ありがとう」とそれぞれに声をかけてくる。そうして彼らは、あっさり店を後にした。 直後、女性店員が連れ立って店の前まで「ありがとうございました!」と見送りに出たり、レジの女の子が感無量で失神しかけたり、店中大騒ぎになったり、しかし何故だか翌日には、そういう来客があったことをみんな一様に忘れていたりするのだが、それはアインス達には預かり知らぬ話である。 とにもかくにも、ハンドルを握るアインスの代わりに、コレットが紙袋を開いた。 「えぇっと……ツヴァイさんはナルトバーガーよね」 紙袋には3つバーガーが入っている。シールに記載されたバーガー名を確認して、それをツヴァイに手渡した。 「ありがとう、コレット」 「それから、コーラとポテト」 差し出すコレットからそれらを受け取り、ツヴァイは肘掛けのドリンクホルダーとテーブルに並べた。 「アインスさんは、アイスコーヒーでよかったよね?」 コレットは、ツヴァイのコーラと間違えていないことを再度確認し、アイスコーヒーをギアの傍らにあるドリンクホルダーに置くと、最後に残ったオレンジジュースは自分のドリンクホルダーに置いた。 「運転しながら食べるの大変だよね……食べさせてあげるから、いい時に言ってね」 申し出たコレットにアインスが口を開く前にツヴァイが声をあげた。 「何言ってるんだ、コレット」 それからアインスに向かって 「運転しながらでも食べられるだろ!」 「マニュアルだからギアチェンジしないといけない」 アインスはシレッと答えた。 オートマ車なら、ドライブにギアを入れていればなんとかなるが、マニュアル車は車の速度に合わせてギアチェンジしなければならないのだ。一応。 何故、そんな面倒くさい車を選んだかといえば、マニュアル車はエンジンブレーキが使えるため、負担少なく減速させられるという乗り心地を追求した結果である。要するにコレットのためであった。 「なら、俺が食べさせてやる」 ツヴァイが、コレットの持つアインスの分のナルトチーズバーガーに手を伸ばした。 「後ろからだと大変だよ」 大丈夫、とばかりにコレットはバーガーを一口サイズにちぎる。 アインスがチラリと目配せするのに、コレットが「はい」アーンとばかりにそれをアインスの口の中に放り込んだ。 アインスはそれを美味しそうに咀嚼しながら、ふふんとばかりにツヴァイを見る。 「なっ……なっ……」 ツヴァイはあまりのことに、水の中を泳ぐ魚のようにしばし口をパクパクとさせていたが、やがて「俺も」という言葉をかろうじて飲み込んで憤然とシートに背中を押しつけた。どうにも納得がいかない。 「くそっ……帰りは絶対俺が運転してやる」 ぶつぶつと内心で呟きながらツヴァイはコーラを一気に飲み干したのだった。 ***** 山間に沈む夕陽は黄金色をしている。 「夕陽ってなんだか神秘的な感じがするね」 暮れ残る西の空を見つめながらコレットが呟いた。黄昏時。逢魔が時刻。マジックアワー。トワイライト。夕霞に異次元の扉が開かれそうな、そんな予感さえするのは何故だろう。ロストレイルで異世界をいくつも巡ってはいるが、それでも少しだけワクワクしてしまう。 これからどこへ行くのだろう。 そんな馳せる気持ちを連れて車は異世界の扉ならぬETCを潜るとハイウェイへ入った。 夜の闇が東の空から押し寄せてくる。月は残念ながら見あたらないから新月なのだろう、代わりに満天の星が夜空を彩った。 高速道路の上り坂にコレットは目を細める。 テールランプの赤い河、反対車線にはヘッドライトの金色の河が並んで流れているのだ。 その河に吸い込まれ、山を越えると夜空が横に広がる。ぽつぽつと遠くに見える人家の明かり。 周囲の景色をふと遮るような壁は強風避けだろうか。 だが、高速で走り抜ける車に程なくして壁がなくなると、今までの景色からは一転、広がったのは高層ビルの立ち並ぶ都会だった。 横に長かった空は聳え立つ建造物たちに切り取られ今は縦に長くなっている。都会のビル群を駆け抜けるように疾駆する車の窓には、きらきらと鮮やかな都市の光が華やかに走り、まるで銀河を駆け抜けているような気分にさせた。 「綺麗……」 窓に両手をついて夜景を見ていたコレットの口をついて感嘆の声が漏れる。 「キミの方が美しい」 その背を叩くアインスの声に振り返った。 「また……」 はにかむように笑うコレットにアインスが続ける。 「今日ドライブに来たのは見せたいものがあったからだ」 それでコレットは、アインスと、それからツヴァイを交互に見やって首を傾げた。 「見せたい…もの?」 「ああ」 だが、二人はそれ以上何も言わなかった。 だからコレットも聞くのはやめて楽しみにそれを待つことにした。 やがて車は寂れたパーキングエリアへと入った。自動販売機ぐらいしかないパーキングエリアには停まっている車も人影も殆どない。 「着いたよ」 と、促したツヴァイが一番に車を降りて助手席の扉を開ける。 差し出された手をとってコレットが車を降りると、アインスもこちらへ回り込んできた。 歩き出す。ピピッという車をロックする電子音を背に、コレットは二人に誘われるまま、街灯もなく薄暗いエリアの奥へと足を運んでいった。 どうやら自動販売機に用はないらしい。 何もないパーキングエリアなのかと思っていたら、意外にも裏手にはベンチがおかれていた。 そして。 「!!」 その絶景に息を飲む。 時に人の作るものは欲にまみれ美しさとは無縁どころか醜悪にさえ見えることがある。下卑たネオンとか、猥雑なイルミネーションとか、夜の都会のドロドロと汚れたものを必死で多い隠す華やかな明かりからも、それがすべてでないことを知りながら、時折下品を感じずにはいられなかった。 だが今はどうだろう眼下に広がっていたのはそれらを内包しながら、そんなことを全く感じさせない、それこそ宝石箱をひっくり返したように、ただただ美しい都会の夜景だった。 「ここに連れて来たかったんだ」 ツヴァイが言った。自ずとほころぶコレットの表情にツヴァイ自身も笑みを浮かべながら。 「素敵……」 コレットは目を輝かせてその景色を見つめた。先ほどまで見ていた流れるような爽快感ある都会のそれとは全く趣を異にする。 常なら、素敵なのはキミの方だとか声をかけるアインスだったが今はそんな野暮はせず、ベンチにハンカチを敷いてコレットを促しただけだった。コレットがベンチに腰を下ろすのを見て、ツヴァイは自動販売機に駆けていく。 春になったとはいえ、まだ夜は肌寒い。しかもここは、夜景を一望できる高地なのだ。 ホットココアを3つ買って戻ってくる。 缶のプルトップをはずしてコレットに手渡し、アインスにはそのまま手渡して、ツヴァイはその隣に並んで座った。 そこから見える夜景は無秩序で無造作だけれど美しく、刻々と動いたり色を変えたりする光はまるで万華鏡のようにくるくると姿を変えて飽きさせることはない。 ココアがなくなるまで存分に夜景を楽しみ、やがて身体が冷え始めた頃、コレットは満足そうに立ち上がった。 「帰ろう」 ***** 帰路につく。 コレットのために車の運転が出来るようにと練習を頑張ったの何もアインスだけではない。帰りはツヴァイがハンドルを握り、アインスが後部座席に座ることとなった。 コレットは再び助手席に座る。 行きの道で、アインスがコレットにバーガーやポテトを食べさせてもらっているのを見ていたツヴァイは、帰りこそ自分が、と意気込んでいたのだが、結果から言えば残念ながらこの小さな野望が果たされることはなかった。 「エンスト起こすなよ」 「高速で起こしてたまるか!」 後ろからあれこれうるさいアインスにツヴァイが声をあげる。 「静かにしろ。コレットが起きるだろ。そんな気遣いも出来ないのか、お前は」 「…………」 うるさいという言葉を飲み込んでツヴァイはコレットの寝顔を盗み見た。気持ちよさそうに眠るコレットに、ポテトを食べさせてもらうことは出来なかったが、これはこれでいっかと思う。 だが。 「わき見運転はやめろよ」 「……くっ」 「やっぱり私が運転した方がいいのではないか」 「…………」 「これくらいなギアを変える必要はないだろう」 「…………」 「いちいちブレーキを踏むな。コレットが起きたらどうするんだ。こういう時はエンブレを使え」 「…………」 ことあるごとにケチを付けてくるアインスに、やはりどこか納得のいかないものを感じつつ、ツヴァイの車は3人を乗せて来た道を戻っていくのだった。 ■大団円■
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