オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号1341
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
クリエイターコメント 夢の中で3回トイレに行き、どれもトイレとして成立してなかった事にほっとした霜月玲守です。こんにちは。
危ない所でした。理性グッジョブ。

 皆様の夢、お聞かせ下さい。宜しくお願いします。

参加者
阮 緋(cxbc5799)ツーリスト 男 28歳 西国の猛将

ノベル

 さらさらさら、と耳の奥に水の流れる音が響く。
(清水が、流れている)
 傍らに、清水湧き出る源流がある。
 それが、さらさらさら、と阮 緋の耳に響いているのだ。
(清らかで、涼やかで、そして冷たい)
 頬を伝う水は、ひんやりと冷たい。
 水は止め処なく流れている為、頬から胸へ、胸から腹へ、腹から足へ……と、順に流れていっている。
 上から、順に。
(順に?)
 そこでようやく、自らが置かれている状況が可笑しい事に気付き、はっとする。
 緋は、地に伏していた。
(何故)
 体を起こそうとするが、許されない。視線を動かせば、体は屈強な虎に押さえつけられていた。
(だから、か)
 緋は納得する。だから、体が動かせぬのだと。
(だが)
 こうして地に伏している事は、本意ではない。左手と右足に嵌めている、封天を使おう、と緋は思う。右足を鳴らせば虎の姿をした雷が駆け抜けるし、左手を鳴らせば馬を象った風が駆け抜ける。
 どちらかを鳴らすことができれば、体の拘束は解かれるはずだ、と。
(……何だと?)
 左手も、右足も、動かしても鈴の音は響かなかった。
 それどころか、封天があるという気配すらない。
 じりじりと視線を動かし、ようやく気付く。

――緋は、龍になっていた。

 青い鱗が見えた。微かでも動かそうとすると、鱗のついた手が動いた。
 つまり、緋は青い龍の姿になってしまっているのだ。
(どこかで、見た風景だ)
 緋は記憶の糸を辿り、この風景を思い出そうとする。
「……赦せ」
 声がし、前に目線をやる。足が見えた。
 更に視線を上へと動かすと、男の顔が見えた。
 鋭い眼をしている。結い上げている白金と黒の斑の髪と、着物の袖が風に靡いている。
 見た顔だ、と緋は心内で笑う。
「龍よ、赦せ」
 再び、彼は口にした。「これも、我が君主の為」
 悲痛な貌で、彼は笑う。耳に通ってくる声は、さらさらと流れる清水のように詰めたい。
「……覇者の器は」
 緋の思いとは別に、龍が口を開く。
「覇者の器は、龍が与えるものではない」
 ああ、そうか、と緋はようやく思い当たる。

――これは、夢。自分は、夢を見ているのだ、と。

 龍の言葉に、彼は何も答えない。微笑を浮かべているだけだ。
「愚かだな」
 龍は、笑う。蔑むように。
「……君主の為だ」
 ようやく、彼は口を開いた。その言葉に、龍は鼻で笑う。
「『龍脈』を縛り付けるなど、愚かだ」
「愚か、か」
「ああ、愚かだ。そして、無意味な事だ」
 くつくつ、と龍は笑った。しかし、彼は退かない。
「愚かで、無意味。だが、それでも」
 彼は真っ直ぐ、龍を見つめた。冷たい眼差しのまま、そして冷たい声音のまま。
「その迷信に、縋るしかないのだ」
 彼の視線を受け、龍は悟った。
 彼が、汚名を被ろうとしている事を。
 恨みを買っても仕方がないとしている事を。
 全ての覚悟が出来ているだろう事を。
「……なるほど」
 龍は静かに口にする。そうして、龍はゆるりと息を吸い込み、大きく吐き出していく。
 徐々に、龍は人の姿へと転じていく。ついに、折れたのだ。
 長い黒髪に、青い瞳の青年となった龍は、目の前に立つ青年をじっと見つめた。
 目の前の青年は、相変わらず笑みを口元に携えていた。そうして、龍であった青年に向かって口を開く。

――シズル。

 東の果てに留められた流れ、静留。
(聞き覚えがある)
 緋は思う。その響きは、確かに聞き覚えがある、と。
 そう確信した所で、目の前の景色は白く淡く光り輝いていくのだった。


 緋は、ゆっくりと目を開ける。ゆるやかな布の天井が、眼の中に入ってきた。
「ああ……そうか」
 緋は呟き、体を起こす。自分は、メイムで夢を見ていたのだ。
 宿敵であり、己の手で討ち取ったはずの青龍の夢を。
「逢いに行かねば」
 小さく呟き、緋は外へと出る。最初は歩いていたが、気付けば走り出していた。
(逢いに行かねばならない)
 緋はただただ走った。
 夢の中の彼と同じ名前を持った、青き龍に逢う為に。


<彼の名を反芻しつつ・了>

クリエイターコメント この度は、ソロシナリオにご参加いただきまして、有難うございます。いかがでしたでしょうか。
 少しでも気に入ってくださると、嬉しいです。
 それでは、またお会いできるその時まで。
公開日時2011-07-11(月) 21:30

 

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