ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
さらさらさら、と耳の奥に水の流れる音が響く。 (清水が、流れている) 傍らに、清水湧き出る源流がある。 それが、さらさらさら、と阮 緋の耳に響いているのだ。 (清らかで、涼やかで、そして冷たい) 頬を伝う水は、ひんやりと冷たい。 水は止め処なく流れている為、頬から胸へ、胸から腹へ、腹から足へ……と、順に流れていっている。 上から、順に。 (順に?) そこでようやく、自らが置かれている状況が可笑しい事に気付き、はっとする。 緋は、地に伏していた。 (何故) 体を起こそうとするが、許されない。視線を動かせば、体は屈強な虎に押さえつけられていた。 (だから、か) 緋は納得する。だから、体が動かせぬのだと。 (だが) こうして地に伏している事は、本意ではない。左手と右足に嵌めている、封天を使おう、と緋は思う。右足を鳴らせば虎の姿をした雷が駆け抜けるし、左手を鳴らせば馬を象った風が駆け抜ける。 どちらかを鳴らすことができれば、体の拘束は解かれるはずだ、と。 (……何だと?) 左手も、右足も、動かしても鈴の音は響かなかった。 それどころか、封天があるという気配すらない。 じりじりと視線を動かし、ようやく気付く。 ――緋は、龍になっていた。 青い鱗が見えた。微かでも動かそうとすると、鱗のついた手が動いた。 つまり、緋は青い龍の姿になってしまっているのだ。 (どこかで、見た風景だ) 緋は記憶の糸を辿り、この風景を思い出そうとする。 「……赦せ」 声がし、前に目線をやる。足が見えた。 更に視線を上へと動かすと、男の顔が見えた。 鋭い眼をしている。結い上げている白金と黒の斑の髪と、着物の袖が風に靡いている。 見た顔だ、と緋は心内で笑う。 「龍よ、赦せ」 再び、彼は口にした。「これも、我が君主の為」 悲痛な貌で、彼は笑う。耳に通ってくる声は、さらさらと流れる清水のように詰めたい。 「……覇者の器は」 緋の思いとは別に、龍が口を開く。 「覇者の器は、龍が与えるものではない」 ああ、そうか、と緋はようやく思い当たる。 ――これは、夢。自分は、夢を見ているのだ、と。 龍の言葉に、彼は何も答えない。微笑を浮かべているだけだ。 「愚かだな」 龍は、笑う。蔑むように。 「……君主の為だ」 ようやく、彼は口を開いた。その言葉に、龍は鼻で笑う。 「『龍脈』を縛り付けるなど、愚かだ」 「愚か、か」 「ああ、愚かだ。そして、無意味な事だ」 くつくつ、と龍は笑った。しかし、彼は退かない。 「愚かで、無意味。だが、それでも」 彼は真っ直ぐ、龍を見つめた。冷たい眼差しのまま、そして冷たい声音のまま。 「その迷信に、縋るしかないのだ」 彼の視線を受け、龍は悟った。 彼が、汚名を被ろうとしている事を。 恨みを買っても仕方がないとしている事を。 全ての覚悟が出来ているだろう事を。 「……なるほど」 龍は静かに口にする。そうして、龍はゆるりと息を吸い込み、大きく吐き出していく。 徐々に、龍は人の姿へと転じていく。ついに、折れたのだ。 長い黒髪に、青い瞳の青年となった龍は、目の前に立つ青年をじっと見つめた。 目の前の青年は、相変わらず笑みを口元に携えていた。そうして、龍であった青年に向かって口を開く。 ――シズル。 東の果てに留められた流れ、静留。 (聞き覚えがある) 緋は思う。その響きは、確かに聞き覚えがある、と。 そう確信した所で、目の前の景色は白く淡く光り輝いていくのだった。 緋は、ゆっくりと目を開ける。ゆるやかな布の天井が、眼の中に入ってきた。 「ああ……そうか」 緋は呟き、体を起こす。自分は、メイムで夢を見ていたのだ。 宿敵であり、己の手で討ち取ったはずの青龍の夢を。 「逢いに行かねば」 小さく呟き、緋は外へと出る。最初は歩いていたが、気付けば走り出していた。 (逢いに行かねばならない) 緋はただただ走った。 夢の中の彼と同じ名前を持った、青き龍に逢う為に。 <彼の名を反芻しつつ・了>
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