陰と陽が混ざり合ったインヤンガイの月陰花園。 なかなか物騒な世界であるが、そのなかで他の街の争いとは距離を置いた夜の美しさと夢をばらまく花街。 そこは他街の権力者においては『中立街』として、争いはご法度となっている。唯一、他街の権力者同士が平和的な話し合いなどの席を設けることのできる貴重な場所。 ここ最近、インヤンガイの街の平和は乱され、大きく変化した。 現在、かなりの広い範囲の街をその手中に収め、混乱した街の統治と経済回復をはかるために紛争しているのがヴェルシーナのハワード・アデル。 彼は護衛も連れずに月陰花園にやってきた。「久しいな。銀鳳」「ほぉ、本日はなにようで」 銀鳳は鷹揚に応じた。その後ろには護衛のリオがいる。「なに、ビジネスの話だ。ここ最近、争いが多かったがもうすぐ正月だ。その前に死んだものたちの供養をしたいと世界図書館の者から言われてな。せっかくだから、それは応じようと思うが、それだけでは少しさみしいだろう。そちらで彼らを出迎えてやってくれないか?」「うむ。そうして少しでも他の街の者たちが楽しめば、まぁ、一つだろう」「インヤンガイは陰と陽の世界。なら、ちょっと陽らしく振舞ってみるか」☆ ☆ ☆「はぁい、注目! みんなのアイドルのまりあちゃんでーす」 黒猫にゃんこ――現在は肉体だけが女の子で尻尾と顔だけ猫という可愛いんだか可愛くないんだか微妙なまりあちゃんである。「実はねぇ、臣燕が教えてくれたんだけど、インヤンガイで街の復興記念をやるそうなの。今年はあの世界はいろんな争いがあったでしょう? けど、ようやく復興も一段落ついたからハワードさんが主宰してみんなで死者を見送るそうよ」 インヤンガイのすでに見捨てられた街のひとつ。 そこに一日だけ人々が集まる。 街の中央に焚かれた死者の魂を慰める聖炎。それで街にはいる入り口で各々一本だけもらった蝋燭に火をつける。 火をつけるときは誰の供養へきたのか、それとも何か願いがあるのか。――強く胸の中で思えばそれはきっと蝋燭に宿り、叶うそうだ。 蝋燭を置くための祭壇は中央の白い台に用意してあるが、もし出歩きたいならば街のなかであればどこに歩いて、蝋燭を置いても構わないという。 街はすでに捨てられたもので破壊されたビル、建物ともし火が移っても燃えるようなものはないし、蝋燭は特殊な術で作られたもので一晩のうちにきれいに燃え尽きてなにひとつ残らないという。 きれいに燃えればきっと死者の魂は慰められ、再び転生の輪のなかで次こそは幸福な生を授かるだろうといわれている。「今年はみんないっぱいがんばったし、大変だったでしょ、だからゆっくりとしてくるといいと思うの。実は他の街では楽しいお祭りもするそうよ。キャンプとかもあるし! そちらもぜひ参加してね」=============●特別ルールこの世界に対して「帰属の兆候」があらわれている人は、このパーティシナリオをもって帰属することが可能です。希望する場合はプレイングに【帰属する】と記入して下さい(【 】も必要です)。帰属するとどうなるかなどは、企画シナリオのプラン「帰属への道」を参考にして下さい。なお、状況により帰属できない場合もあります。http://tsukumogami.net/rasen/plan/plan10.html!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
インヤンガイの空気は汚く、匂いがきついんだ。 さる廃屋のてっぺんに昇ったマスカダイン・F・ 羽空が感じたことだ。 もらった蝋燭を大切に両手に抱えて、一歩一歩を踏みしめて、ようやくたどり着いた屋上。空は星が輝いていて目に眩しい。地上はぽつぽつと優しいオレンジが輝いている。 美しい天と地の光にマスカダインは口元を緩める。冷たい風のなか、ぎゅっと蝋燭を握りしめる。 この蝋燭につくのはボクの火。 もっていたい。このあたたかくて、愛しい光を。この目の前に広がる命の光。両手をひろげて抱きしめた。 ただ一人、けれど寂しくない。あたたかい夜のなか、微かな歌声を聞いた。 祭を友人である劉と楽しんだ星川 征秀はイヴとエマに挨拶してから、この街にきた。劉も散策する、と口にしていたから会えるかと視線を巡らせて、今にも消えてしまいそうな震えるピンク色の光を見つけた。 「絵奈」 舞原絵奈は一人でここにきた。この街の惨劇を目にしっかりと焼きつけておきたいと思ったから。 蝋燭の火を灯して、ふらふらと寒空のなか、コートを身に着けて打ち捨てられた建物、誰もいない、寂れていくしかない道を見る。 これは、私のせいでもあるんだ。 絵奈は足を止めて、何度も祈る。ひとつの街を破壊した自分の行動から逃げたくないから。 苦しい。 一人の寂しさに心が震え、目尻に熱が込み上げたのに、不意に肩を叩かれた。 「あっ、こんばんは! どうかしたんですか」 振り返って笑顔を作ると星川は目を眇めて首を振り、穏やかに告げた。 「絵奈、無理しなくていい」 心配されないように笑顔を作ったのにあっさりと見破られちゃった。 「気持ちは分かるが、あまり一人で思いつめるなよ」 頭を撫でられた絵奈は目を瞬かせる。昔、ひどく遠い過去にこんなふうに誰かが自分のことを支えてくれたような気がしたからだ。 「私」 「辛いときは、我慢しなくていいんだ」 絵奈は薄らと笑う。 「甘えて、いいんですか?」 「たまにはいいだろう。それで立ち上がれれば」 絵奈はこくんと頷く。その横に星川は黙って立つ。 寄り添いあう、蝋燭の光が二つ。 「魂の安らぎのためにも、祭壇に捧げにいこう」 「はい」 「絵奈、俺は……絵奈のしたいことに、付き合ってやるつもりだ」 真剣な星川の言葉に絵奈は目を丸めて、そのあと小さくはにかんだ。 「あ、いまの歌声」 「え? 歌声?」 赤いドレスに、髪をひらひらと揺らしてメアリベルは踊る。 ふふ、今日はキャンドルナイト とってもロマンチックなの! さぁメアリにも蝋燭を頂戴な! 小さな足が踏みしめる楽しげなステップ! 火を灯して踊るのよ! メリアベルがきたのは廃墟の劇場のステージ かつては役者とお客で賑わったけど今はもう誰もいない。そこでパートナーのミスタ・パンプと手をとって、少女の影は楽しげに夜の街を踊りだす。いくつもの光の作るあたたかな影のなかを 「ん?」 設楽一意は足を止めて、目を細める。いま、なにかいたような気配がしたが、灯した蝋燭を片手にじっと見つめて首を傾げた。 これから世話になる世界に挨拶がてらきてみはいいが 「地獄のことなんてしらねぇよ」 足元には数匹の白兎を連れて一意は鮮やかに笑って歩き出すとふふっと少女の声がした。 「まぁ素敵な兎さん! メアリもいいかしら?」 視線を向けると小さな少女の影。 「いいぜ、好きなのと踊ってろよ」 「わぁい!」 少女の影がうさぎたちのダンスをするのに心を和ませながら一意は高い建物の屋上を目指して階段を登り始めた。 上へいけば何かみえるかもしれない。 屋上まで到達した一意は眩い空を見て蝋燭をかかげる。 「俺とあいつはここで幸せになる。それが俺の望みだ」 蝋燭の燈火が優しい歌声を乗せた風に揺れた。 「っだりー」 ヴァージニア・劉は夜の寒さに小さく舌打ちした。もう少し着込んでこればよかったと胸から見える黒い蜘蛛を撫でながら門でもらった蝋燭に目を落とす。 祈り、か。 手の中で弄んだあとギアのライターで火をつける。予想よりもずっと明るい光が灯ったのに劉は口元を綻ばせた。 インヤンガイに誘ったダチはどうしているのか。こっちにも来るといっていたけどよ。 「折角だから廃墟の夜歩きとしゃれこむか」 いくつもの捨てられた建物、屋台、ゴミの散乱した道路、そこにふと見える血のあと。 誰かが生きていた、そして潰えた命の証。 劉は眼鏡の奥の瞳を細めて、ぎりっと奥歯を噛みしめる。 故郷で使い走りをしていたギャング、母親のこと……ろくでもねーなぁ。涙のようなため息をついてズボンからくしゃくしゃの煙草を一本取り出して口にくわえて蝋燭の火をつける。頭と心を刺激する味を舌の上で弄んでいると、小さな歌声に誘われて振り返った。 「お、アイツ」 星川がいる。その横にはピンク髪の女。 「……」 劉はゆっくりと蝋燭に目を落とした。 「俺に願いがあるとしたら、今の暮らしができるだけ長く続くこと」 元の世界には夢も希望もねーからな。 「生まれ変わるなら、次こそうまくやれよな。ついでに祈ってやるからよ」 紫煙を纏わせて劉はもうあと残りわずかな蝋燭を見つめて嘯いた。 「またフェイに会えますように」 森間野・ ロイ・コケは蝋燭をもらうと、炎を灯すときに願いをこめた。 街のなかには思いのほかに大勢の人がいたが、誰もが他人の祈りの邪魔をしないようにと遠慮深く、距離を置いていた。 優しい夜のなかでコケは多くのことを思い出し、胸をいっぱいにして辿りついたのは写真館。 コケは葡萄型の瞳を細めてなかにはいる。しんと静まて薄暗いが、窓から差し込むあたたかい月明かりのおかげでこわくない。 いくつもの写真……とはいいがたいほどに薄汚れた壁と展示品が並ぶが、コケの瞳にはどれもこれもきらきらとした写真に見える。それはインヤンガイの見せる一夜の夢なのかもしれない。 コケの目標はフェイの生まれて死んだこの世界に帰属すること、沢山やらなきゃいけないことがあるけれど、サシャ達が応援してくれた、諦めないと誓った。 それにここで生きていれば、またいつか会える気がする 「コケは……ずっと忘れない。ずっと、愛してる」 ちりちりと、炎は揺らめいて、コケの心に希望を生み出す。孤児院をたてて、子どもたちと思い出を作る未来。 諦めなければ、必ず、叶う。心から向き合い、傷ついても進めば。絶対に。 コケの誓いを励ますように唄声が響いた。 うふふ、うふふ。素敵ね! 差し込む月明かりときらきらと輝く未来への光を宿した蝋燭の火のなかメアリは踊る。何人にも分裂して。 「まぁ素敵な歌声、誰かしら? だれかと聞いて、わたしと答えたのはだれ? それはメアリ!」 踊る少女の影を見た気がしてオゾ・ウトウはぎくりと身を震わせた。 「あ、暴霊でしょうか、いえ、ここにはいないはず」 オゾは呟き、ぎゅっと蝋燭を握る。 やっぱり、この世界は苦手だ。人は多いし暴力的で、暴霊は危険で、けれど気がついたらよく足を運んでいた。 「縁があるんでしょうか……?」 ここにいる人々が、どうか安らかであるようにと願いながら蝋燭に火をつける。 蝋燭の光を見てぱっと浮かぶのは知っている者のこと。けれどオゾの心からの願いは知っている者も、そうでない者も、分け隔てなく、すべての魂の安寧。 魂は、きっとすべて繋がっている。 死と生が交わるインヤンガイ。 誰かが死ねば誰かが泣く、そして命が生まれて、誰かが笑う。 オゾはゆっくりと地面を踏みしめて歩いて、祈りながら歩いていつくもの蝋燭が置かれた祭壇に辿りつくと、自分の蝋燭を捧げた。 「よし」 一つのやるべきことを達成したオゾは、少しだけ晴れやかな顔で、ゆっくりとした足取りで街のなかを歩いていく。 街のなかは蝋燭によって、明るい。 今宵は祈りの地と化した街のぬくもりをオゾは全身で味わうように目を伏せていると、不意に耳に聞こえてきた。 「これの……唄は?」 唄の出処を探ろと空を見上げたオゾは、まばゆい星空に唇を緩めた。 ヘルの愛称を持つヘルウェンディ・ブルックリンはファルファレロ・ロッソとともに門で蝋燭を受け取った。 「どうしよう、火」 「おら」 差し出されたライターの火。ヘルは唇にきゅっと力をこめて火を灯す。 今日の趣旨からヘルは黒いゴシックロリータ―。ロッソはいつもの黒いスーツ姿。蝋燭に火をつけ終わると煙草をとりだして火をつける。 いつもなら、なんで蝋燭のあと煙草を火つけるのよ! とささいなことでもヘルは声をあげて噛みつくが今日は静かに、黒い瞳でロッソを見つめていた。ロッソは紫煙を一度吐くと顎をしゃくる。どこにいくかとは問わない、ヘルは小さく頷く。 インヤンガイの依頼はいくつかこなしたが、特別愛着があるというほどでもない。 捨てられた建物は無人で、寂しく、夜は深く、途方もない。 「ここにも、家族がいたのよね。……私みたいに」 パパとママ、それに可愛い妹のことがヘルの瞼は浮かぶ。 「こいつを見ると思い出すぜ、家を飛び出して、きたねぇホームレスとドラム缶で暖をとっていたことだ」 ロッソの冷やかな言葉は二人の間の違いをさまざまと教える。 それはロッソがもっていないもの、ヘルが持っているもの。けれどヘルとロッソが必死に作ろうとしているもの。 ヘルは誤って深い海底に落ちてもがくようにロッソのあいている手に手を重ねる。ひんやりと冷たい。 否定される――そんなことはなくて、静かに受け入れられている。 それがヘルをたまらない気持ちにさせる。 ターミナルで再会して、憎んで、ぶつかって、噛みついて、傷ついて、けれど離れたくなくて、知りたくて。 二人とも不器用で、たまらなく不器用でならなかった。 二人だった生活にヘルは最愛の恋人のであるカーサーを見つけた。ロッソは静かに受け入れてくれた。 「ねぇ」 「ンだよ」 「いつまで」 「知るかァそんなことよぉ」 最後まで言わせずにロッソは乱暴に叩き斬る。ヘルはまた唇をきつく噛みして、なによ、ばか、と小さく吐き捨てる。 いつまで、こうしていられる? 三人でいられるの? ずっとなんてない、けど、 「私は、この蝋燭をつけるとき、願ったの。もう子供じゃないわ。永遠なんてないことぐらい知ってる」 「俺はいつかお前よりも先に死ぬ。あいつがてめぇを守るのを引き継ぐ、それでいいだろう、ずっと娘のお守なんざァごめんだ」 ロッソがようやくヘルに向き直り、乱暴に頭を撫でられた。 「コンタクトやめたんだな。ちったぁ素直になったじゃねぇか」 「……私の願いはね、願わくばあんたとカーサーと 3人ずっと一緒にいられますようにって」 ロッソは黙っている。 「はやく大人になれ」 「わかってるわよ」 ずるい主張をしていることはわかっている。けれどヘルは口にする。ロッソは否定しない。 まだ。 そんな言葉に救われて、ヘルは溢れる気持ちを止められずに。進みだす時間に恨みと希望を抱きながら進むしかなくて、自分の道の先にロッソがいないことを予感しながらも。 蝋燭は思いのほかにはやく消えてしまった。果てのない夜が広がる。ヘルは両手を伸ばす。 夜が隠してくれるから、まだいいよね? 今夜くらい子どもとして甘えても。 寒い夜空のなか、ヘルは自分の肩に触れるぬくもりを確かに感じた。 「覚えてる、ずっと、ずっと、あんたのこと、私が」 ヘルはこのときだけは不器用な男のためだけに祈った。 寄り添う二人に歌声がふりそぞく。 相沢 優は蝋燭を灯すと祭壇までの道のりを一人で歩いた。 インヤンガイの依頼には何度か参加した。そこで暮らす人々と知り合い、失った魂を見てきた。 月の王ベルク・グラーフ、 貴方は俺達の敵だった。けれど貴方は…… 貴方が殺した人々の魂の安息を祈る。そして貴方の魂の安息も祈る 炎が揺れる。 キサさん、フェイさん どうか貴方達の魂が安らかであるように。幸福であるように願う いろんな思い出を胸に蘇らせて歩いているとあっという間に祭壇で、優は厳かな気持ちでそこに蝋燭を置いて帰ろうとしたとき、暗闇のなかで絵奈と痩身の男が一緒にいるのを見た。 絵奈は依頼でインヤンガイの街を破壊したことを悩んでいた。いまはふっきって自分に出来ることを探しているたが。 「祈りにきたんだな」 優はそっと胸に手をあてる。失った魂は戻ることはない、けれど祈ること、自分たちがそれを覚えていてあゆんでいくことはできる。 望みを胸に歩く優に歌声が聞こえた。 エク・シュヴァイスはターミナルの博物館のメンバーであるリーダーの枝折 流杉、ノラ・グース、ロアン、テリガン・ウルグナズ――門まで一緒にだったのに気がつくといなくなっていた。 「テリガン、どこにいった」 「テリガンですか? さっきそっちに飛んでっちゃったのです。なんだかいつもの笑顔と違ってました、目がちょっと寂しそうでした」 ノラの言葉にエクは一瞬目を細めて、ふんと鼻を鳴らす。 流杉は深い瞳を僅かに和ませて、蝋燭を差しだした。 「ノラ、火をつけてくれる?」 「はいなのです!」 差し出された蝋燭に炎が宿る。 「鎮魂祭、たまにはこういった政に出向くのもいいね。エクにとっても」 「リーダー……ああ、そうだな、祈りの炎、か。……俺たちの知らないところで世界樹旅団と図書館は争っていたと聞いた。顔だって知らない相手だが……安らかにあるように祈ろう」 帽子をとってエクが祈るのに流杉も、ノラも、ロアンも黙とうを捧げる。 今日、エクはインヤンガイに再帰属する。 長い迷いと試練の果てに、ようやく手に入れた。 エクはここで生きてと決めた。その前にどうしても最後の思い出を作りたかったのだ。 エクが再び目を開けたとき、その姿は人に変わっていた。 「俺は、ここで“俺”になる。リーダー、みんな、今まで世話になった、ありがとう。博物館の助けが無ければ、俺はここまで来れなかったと思う」 この地に帰属することでエクは自分と向き合い、己をきちんと育んでいくのだ。 流杉はじっとエクの姿を頭からつま先まで見つめて、何かに気がついたように手を伸ばして 「いたぁ!」 出っ放しの尻尾を掴まれて小さな悲鳴をあげた。 「この世界じゃ形も大事だろうけど、どの形でもエクでいいんじゃないかな。黒豹の姿も、なかなか好きだよ」 「り、リーダー」 「すごいのです、エク、かっこいいのです。尻尾はありますけど」 ノラの悪気のない言葉にエクは肩を落とした。 「また会いにくるのです、れーてつなノラが術をまた教えに行くのです。とかげさんと相談したら、なんだかまたいい術が見つけられそうなのです」 「エク、帰属、おめでとうと言うべきかな。けれど気をつけて、君の“旅”はここからが本番だよ」 二人のあたたかい言葉にエクはゆるゆると顔をあげて、パスとギアを差しだした、それを流杉は受け取った。 「ふふ、ふふ、よかったねぇ、よかったねぇ、エク」 「ロアン、お前、あまり調子にのって増えすぎるなよ」 「ふふ、なんのことかなー、なんのことかなー」 「ロアン」流杉が声をかげるとロアンは円らな瞳をぱちぱちさせる。「君はどこ?」 「ロアンはロアンだよ。いろんなところにロアンはいるんだよ、女の子とダンスするのも、エクのところにいるのも、テリガンのところにいるのも! ちなみにテリガンのロアンはあそこだよー」 ロアンが指差すところでロアンが手をひらひらと振る、真横ではむすっとしたテリガンがいるのに流杉はゆっくりとした足取りで近づいていく。 エクはぎゅっと拳を握りしめた。 口を開ければ喧嘩ばかりしていたが 「あいつ」 「ふふ、ふふ」 ロアンとノラは意地っ張りなエクに微笑んだ。 ふふ、ふふと笑うロアンをテリガンは睨みつけた。 「ロアン、てめぇ余計なおせっかいしやがって!」 「エクはテリガンを探していたよ。ふふふ、エクはいじっぱりだよ、けれど、寂しがりだ。ずっと側にあったもの、それが側から離れると、やっぱり寂しいんだ」 テリガンはふんと鼻を鳴らす。 「どーだか。エクのヤツ、ついに帰属かー、ちぇ。数字出てから速攻かよー、もうちょいゆっくりしてけばいいのにさ。おかげでオイラ、ラスボスごっこしそびれちゃったよ」 呼び出して、ちょっとぼこぼこにして契約をとろうって考えていたのにさ。 「テリガン」 流杉が近づいてきたのにテリガンはぐっと顔を引き締めて、差しだされたパスとギアに視線を向ける。 「待ってるよ」 「……しかたねぇーな」 「ふふ、いってらっしゃい」 テリガンは差しだされた旅人の一式を受け取ると、ちらりと見る。ふん、名前、覚えたからな。ひらりと蝙蝠翼を羽ばたかせて、エクの前に降り立つ。 「悪魔との縁は、そう簡単にゃー切れないぜ? 精々生き延びろよ、また遊びに行くから」 「お前はぁ」 最後まで不遜なテリガンにエクはむすっと睨むと、笑い声が聞こえてきたのに顔をあげた。 「エク! 祈りにきたら見つけちゃった!」 「理沙子! ……俺が、わかるのか」 理沙子が笑っているのにエクは拳を握りしめる。人の姿は、まだ見せていなかったはずなのに。 「わかるわよ。エクでしょ! おかえり!」 ちゃんと自分のことを見つける人にエクは奥歯を噛みしめた。 エクの背を流杉が、ノラが、ロアンが、テリガンが押す。そして、優しい歌声が 「……ただいま!」 優しい夜に気高い一羽の鳥が羽ばたくような歌声が響く。 その歌声はこの街の一番高い塔の上から零れ落ちていた。 塔の端にいるのは黒いドレスの――東野楽園。そのまわりを毒姫が羽ばたき、一人と一匹は踊り、歌う。 その足元には優しい光を灯した蝋燭。 終りとはじまりを眺めようとこの街にきて決めた。 誰かの涙が、怒りが、陰謀が、孤独が、 誰かの笑顔が、希望が、歓びが、願いが 楽園の目の前に光として灯っている。 ――きれい 人々が祈りは両手に溢れるくらい、まばゆい光となっているのに自然と唇から唄を溢れていく。 このレクイエムが届けばいいわ。 風にのって、孤独な魂に、人々へ、世界の果てまでも、この祈りをのせて 唄が終わると楽園はゆっくりと笑みを浮かべる。毒姫がおりてきたのに抱きしめる。 大切な、今まで守ってくれた存在を楽園は愛しげに撫でる。 「ありがとう」 さようなら、インヤンガイ。これでお別れよ。 「みんな、幸せにね」 優しい月色の瞳は地上の祈りを見守る。 一夜の祈りが広がる。形には残らなくとも、それは心に灯って燃え続けるだろう。
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