オープニング

 ――コンコンコン。

 部屋で仲間と酒を呷っていた船長が、ドアをノックする音に顔を上げる。
「あん? 誰か来たようだな」
「見て来やしょうか?」
 若い船員が立ち上がってドアへと向かうが、その途中でつんのめって止まってしまう。
 どうした、と船長が問うと、船員は情けない声で「靴紐が切れてしまいやして……」と答えた。
「ったく、仕方ねぇやつだな」
 船長は酒瓶片手に立ち上がり、よろけて周りをヒヤヒヤさせながらドアの前まで進んだ。
 ドアを開けると、そこに居たのは三十歳前後の男だった。船長に負けないくらい立派な髭をたくわえている。
「おお、お前か。頼んでた船が出来たのか?」
 男は頷くと、船着場へと船長達を案内した。
 船長達が最近まで乗っていた漁船があったのだが、それが台風で壊れてしまったのだ。
 男は店を持って船の製造や販売をしており、船長はそこに新しい船の製造を依頼していた。それが今日完成したらしい。
「いい船じゃねぇか! 今日は晴天、絶好の初船出日和だな」
「せ、船長、早速今日から漁に出るんで?」
「あったりめーだろ、こんな船見せられたら行くっきゃねえ」
 船長はまだ傷一つない船体を見て言う。
 漁船には大きく「クラッシャー号」と書かれていた。何やら板のようなものを割っている絵も添えられている。
「別に明日でも良いんじゃ……」
「ああ海が呼ぶ、魚が貝が俺を呼ぶ!!」
「……聞いてないっすね」
 さっきまで長い休暇を楽しんでいた船員達は、しぶしぶ連日行っていた宴会の跡を片付けに戻った。


 少し懐かしく感じるさざなみの音。
 甲板でそれを聞きながら、船員であるジョージとトムは海の向こうに視線を向けていた。
「俺さ」
 ふと思い出したかのようにジョージが言う。
「この船で沢山金を稼いだら、田舎に戻って自分の店を持とうと思ってるんだ」
「なんだよ藪から棒に」
「いや、今まで考えてたんだけれどさ。なんか今日言っておかなきゃいけない気がして」
 恥ずかしそうに笑うジョージを前に、トムも「俺もさ」と話し出す。
「町に置いてきた嫁さんと娘が気になっててな、金を貯めて一旦戻ろうかなと思ってるんだよ」
「へえ、娘が居たのか」
「ああ、今年三歳だ。俺のこと覚えてるか心配だなあ」
 そう言って笑い、こうなったらどっちが先に金を貯められるか勝負だなと拳を付き合わせる。

 そこから少し離れた船の先付近では男女がイチャイチャとしていた。
 男はマック、女はナツナ。ナツナは船の掃除を任されており、この船唯一の女性だった。
 ちなみに船長公認の仲である。
「ナツナ、ずっと言おうと思っていたんだが……」
 マックが真剣な顔で何やら切り出す。
「この漁が終わったら、結婚しないか?」
「マック……!」
「この新しい船と一緒に刻を刻んでいこう!」
「ああっ、嬉しいわ! もちろんよ!」
 ひしっと抱き合う二人。ちなみに船内から丸見えであるが、会話内容以外は日常茶飯事なため船員は無反応である。
 しかしただ一人反応した男が居た。
「おい待てよマック、ライバルに対してぬけがけは良くないだろ?」
「カーネル!」
 伊達男、という言葉をそのまま人間にしたような青年。船長の息子であるカーネルだ。
 彼は昔からナツナを気に入っており、マックに対してライバル宣言をしていた。
「仕方ないな……漁が終わってからタイマン勝負だ、いいな?」
「ああ、ナツナは諦めないぜ。全力でいってやる」
 その二人の様子を見、仲が良いのか悪いのか分からないわね、とナツナは肩をすくめた。
「……あら?」
 そして何かに気付いて海の方を見る。
「何か音がしない? 水を掻きわけて、泳いでくるような……」

 グラッ!

 船体が大きく揺れ、皆はその場にしゃがみ込む。
 揺れが止まったのは数秒経った頃だった。
「な、なにかしら」
「船が止まってるぞ!」
 順調に進んでいた漁船だったが、気が付くとピタリとその動きを止めていた。
「なんだ、何か壊れたのか?」
 船内から船長と共に出てきた副船長が眉根を寄せて言う。
「でも帆はきちんと張られているわよ?」
「船長ー! 船底から少ないですが水漏れが……!」
 走ってきた船員の報告に船長は渋い顔をする。
 そこへ副船長が提案した。
「岩か何かにぶつかったのかもしれない。俺が潜って見てきます」
「大丈夫か」
「もちろん、この中じゃ一番素潜りに自信がありますよ」
 そう言い、副船長は下着一枚になって海へと飛び込んだ。
「ほ、本当に大丈夫ですかー?」
 不安げな声を出す船員に、海から顔を出した副船長が親指を立てる。
「なに、すぐ戻るさ。……だが十分経っても戻って来なかったら船長に指示を仰げ」
 船員がまた何か言いたそうな顔をしたと同時に、副船長は青い海へ吸い込まれるように潜っていった。

 一分ほど経ったろうか。
 突如水面にあぶくがいくつも現れ、顔を真っ青にした副船長が顔を出した。
「副船長!」
 副船長は何かを言おうとしてむせ込み、大きく息を吸って叫ぶように言った。
「――逃げろッ! でけぇ、怪物みたいなタコが船底に張り付いてやがるッ……!」
「ええっ!?」
 一瞬言っていることを疑ったが、副船長の後ろから真っ白な吸盤の付いた赤黒いタコの足が姿を見せたことで、発しようとしていた疑問の言葉は絶叫に変わった。
 その船員を殴って黙らせ、船長は冷や汗をかいた顔で指示を飛ばす。
「港へ引き返せ、今すぐだ!」
「ふ、副船長も早く上がって……」
「間に合わねぇ、俺にかまわず先に行け!」
「そんなこと出来ませんよ!」
 ジョージが縄の付いた浮き輪を副船長目掛けて投げる。

 こうして、クラッシャー号は大きなタコの海魔から命からがら逃げ出したのだった。
 後日、漁に出れなくなり困った船長はこう呟いたという。
「……傭兵を雇うしかねぇな」

品目シナリオ 管理番号674
クリエイター真冬たい(wmfm2216)
クリエイターコメントこんにちは、真冬たいです。
死亡フラグを立てに立てた漁船を護衛、海魔を退治するシナリオです。
シリアスよりネタ系ですので、便乗して死亡フラグを立てるのも良し!
ただし明確に原作が存在する版権ネタはご遠慮ください。

タコ型海魔はタフですがそんなに強くありません。
が、一撃に威力は無くても無駄に吹き飛ばされたり無駄に締め上げられたりはするかもしれません。
(※プレイングにて言及が無い場合、派手な演出は行いません)
なお、今回のシナリオでは(PCさんは)本当に死亡することはありませんのでご安心ください。

死亡フラグは大量に立てると逆に生存フラグになるとも言いますが、
放っておくと仕事が出来ずにクラッシャー号の乗組員が飢えてしまいますので、どうぞ宜しくお願いします。

参加者
間下 譲二(cphs1827)コンダクター 男 45歳 チンピラ
カサハラ(czde1890)ツーリスト 女 16歳 便利屋
ベアトリス・アーベライン(cycy8042)ツーリスト 女 19歳 特務機関七課二尉
カナン(cvfm6499)ツーリスト 男 10歳 ユニコーン

ノベル

●最初のフラグ
 港に停泊する漁船が一隻。
 問題の場所まで向かう準備が整うまで、依頼を受けたロストナンバー四人はこの中で待機していた。
「ふぁあ……」
 船員達に与えられる部屋の内、使っていなかった部屋に通されたカサハラは退屈そうに欠伸をする。
「乗ったは良いけれど、沖に出るまではヒマね」
 髪を指でくるくると弄って呟く。
「……そうだわ、船員さん達とポーカーでもやろうかしら」
 善は急げ、カサハラは部屋から出ると手の空いている人間に片っ端から声をかけていった。
 行うのは歴史の長いクローズド・ポーカー。カードはカサハラが用意した。
「懐かしいな、手加減はしないぞ?」
「望むところよ」
 集まった五人の船員の一人、トムが言う。しかし返答するカサハラには余裕が見えた。
 それもそのはず、カサハラはイカサマの仕方を知っているのだ。本人曰くほんのちょっとだけ、だが。
 そうして順調に勝ちを重ね――。
「ぐ、ぐぐ……」
 一番運の悪かった男がパンツ一枚になっていた。
 その他の船員も賭けた上着が無かったり、帽子が無かったりしている。
 カサハラは怪しまれないためにわざと一回だけ負け、コートを船員に渡していたが、それもさっき勝って取り戻したところだ。
「こ、この中にイカサマ師がいるかもしれないのに一緒にいられるか! 俺は自分の部屋に戻るぞ!」
 疑心暗鬼に陥ったパンツ一丁の船員が声も高らかにそう宣言する。
「あら、それじゃあ負けってことで良いのね?」
「もちろんだ! ……あ」
 もう一度言うが、彼はパンツ一丁である。

 ベアトリス・アーベラインは潮風に金色の髪をなびかせながら、甲板に居る船員へと近づく。
 今回の海魔について詳しく話を聞こうというのだ。事前に世界司書から説明は受けていたが、当事者に聞くのも無駄足ではないだろう。
「あの」
 そう声をかけると、船員はビクッと驚いた顔で振り返った。
「ああ……なんだ、傭兵さんか」
「ず、随分疲れているようですね」
 船員はバンダナを巻いた頭をさする。数日前に船長に思い切り叩かれた頭がまだ痛むのだ。
 曖昧に笑っている船員を見、とりあえずベアトリスは当初の目的である質問をする。
「海魔について何かご存知ですか?」
 その瞬間、船員の笑顔が凍りついた。
 まさにカキーンやカチーンといった擬音が聞こえてきそうな凍りっぷりだ。
「お……っ」
「お?」
「お、俺は何も知らないぞ!」
 何か船員の琴線……というよりはトラウマそのものに触れたのだろうか、彼は取り乱した様子でそう言った。
「落ち着いてください、これから対峙するかもしれないものなので何か情報をと――」
「し、し、知らないものは知らなーい!」
 そう情けなく叫ぶように言い、頭を押さえたまま逃げていく船員。
 実際、彼がトラウマにすべきは船長のゲンコツだったのだが、そんなことを知らないベアトリスは真剣な表情で呟く。
「語ることすら恐れるなんて……よほどの強敵なんですね。私も本気を出さなくてはいけないようです……」

 間下 譲二はとある勘違いをしていた。
「おら、そこの兄ちゃん。何かキューッといける冷たいものはねェのかよ?」
「は?」
 呼び止められたジョージは目をぱちくりとさせる。
 譲二はパラソルの下にイスを置き、そこに座ってふんぞり返っていた。
「だァかーらー、こんな暑い日には何が一番か……分かるだろ? 分かるよなァ?」
「は、はあ」
 彼はここへバカンスに来ていると思っている。心の底からそう思っている。
 どこでどう勘違いしたのかは今ではもう分からないが、譲二の中でこの依頼は「水着の美女と一緒にバカンス。海の上で新鮮な大ダコ踊り食いツアー」になっていた。
 という訳で、船員は自分を持て成さなくてはならないのだ。
「ほら、名前は何てった、えー……」
「ジ、ジョージ」
「よォし、ジョージ。俺様と同じ名前の読みなんだ、だからビール持って来いや」
「だからって何の繋がりもないぞ!?」
 ぎょっとするジョージをせっつき、譲二は彼に酒を取りに行かせた。
 あとは持ち込んだフルーツでも齧りながら待つだけだ。
 ……と、そんな譲二の目に見事な体型の女性の姿が飛び込んできた。
「ひゅー! そこの姉ちゃんこっち来いやァ!」
 譲二が威勢良く声をかけると、女性・ナツナが振り返る。
「あら、何か用?」
「用も何も、バカンスっつったら美女だろ美女!」
 あらやだ、と普通のお世辞だと思ったのかナツナが照れた素振りを見せる。
 しかし。
「きゃあっ!?」
 間髪入れずに譲二にお尻をタッチされて悲鳴を上げた。
「これくれェサービスだろ、サービ……ごはァッ!」
 ジョージを手伝って酒を片手に歩いてきたマック。
 少し離れたところからずっと様子を窺っていたカーネル。
 二人の拳はものの見事に譲二にヒットしたという。

 その様子を窓から見ていたカナンは口元を引き攣らせた。
 この部屋には船長や副船長、そして数人の船員が居る。その人たちにタコより先に船員にボコられる傭兵の姿を見られなくて良かった。本当に。
「しかしあんな化け物みたいなタコをどうすれば……」
 船員の一人が深刻そうな顔で言う。
 カナンはフンと鼻を鳴らして立ち上がった。
「まあ僕らの仕事は護衛だからね。退治するなら漁師さん達だけで退治してくれよ」
 それからたっぷりと時間をかけて皆の顔を見る。
「……け、けどっ」
 一拍置いてから咳払いをし、そっぽを向く。
「どうしても、って言うなら特別に……そう、特別に手伝ってやらないこともないんだからなっ!」
 一同、ぽかーんとした後に意味を理解して豪快な笑い声を上げる。
「あっはっはっはっ!! 小僧、素直じゃねぇなぁ!」
「なっ……べ、別に素直に接さなきゃならない間柄じゃないだろ!」
 ほんのりと頬を赤くしたカナンは背中を向ける。
「こ、こんな漁師ばかりの所に居られるか! 僕は自室に戻るっ!」
 そう言って勢い良く出て行ったものの、勝手知らぬ他人の船。道に迷ったカナンは気が付くとこの部屋の前まで戻ってきてしまっていた。
 先ほどより更に赤い顔のまま皆の前に出て行く。
「……ぼ、僕がいないと作戦会議が進まないだろうと思ってね。戻ってきてやったんだよ。さあ、早く作戦会議をやってしまうぞ!」
 何か言われる前にさっさと準備し、カナンはテーブルの上で両手を組む。
 そしてコホンと言ってから話し始めた。
「あのさ、僕、タコの倒し方が分かったんだ」
 ザワッ、と今までと違う雰囲気が辺りを包む。
 船員の一人が身を乗り出して聞いた。
「そ、それは一体どんな方法なんだ?」
「今は言えない。明日の朝、また来てくれるかな」
「……出発まであと少しだぞ」
「わかってる、言ってみただけさ」
 ぴしゃりと言い、カナンは「とにかく後で」と勿体ぶる。
 それが更に皆の嫌な予感を刺激したのは言うまでもない。

 ちなみに、そのタコを倒す方法が「タコ焼きにしてやる」というのは秘密の話である。


●海の上で
「この辺りだ、皆怯えんじゃねぇぞ!!」
 出発してから数十分。海魔の出る海域に着いたのだろう、船長が喝を入れるように言った。
「結構静かなものね」
 カサハラが海を見渡して言う。頭には戦利品の一つであるバンダナを巻いていた。
「最初に奴が出た時もそうだった。油断出来ないぞ」
「そうですね、戦闘はいつも突然起こるものですから。……ん?」
 ベアトリスが海に耳を向ける。
「どうした」
「何か……音がしませんか?」
「音って、ずっと静かなまま――」

 ゴトンッ!!

 初めてそれに出会った時と似たシチュエーションだったが、今回の衝撃はその時よりも強いものだった。
 イスの上でノックダウンしていた譲二がその拍子に放り出され、がつんと額を打って飛び起きる。
「なんだなんだァ!?」
 原因を見つけて一発ぶち込んでやろうと視線を巡らせる譲二。
 そして、その目に映ったのは海面からのそりと顔を出した巨大なタコだった。
 静止して、一秒、二秒、三秒。
「あァ、これが今回の目玉のタコかッ!」
「あっ! 譲二さん危っ……」
「こんなヤツ俺様がちょちょいのちょいッと片付けてやらァ!」
 ベアトリスが止めようとしたが時既に遅し。
 タコを食ってやろうと包丁と醤油を手に飛び出した譲二は、ぺちーん、っとタコの足に軽く払われてしまった。
「このっ、大人しく食われやがれってェんだ、ぁ、あぁッ!?」
 打ち付けられた甲板から起きて走り出そうとした譲二だったが、下駄の鼻緒が切れて前につんのめる。
 その時、テーブルの上に置いておいた湯のみが真っ二つに割れた!
 ナツナの手鏡に亀裂が入った!
 船に忍び込んでいた真っ黒なカラスが不吉に鳴いた!
 船員の一人のシャツが黒猫の柄だった!
「俺のタコ踊り食いいいぃぃぃっ!!」
 体勢を崩した譲二はそんな叫び声を残し、タコの一撃をモロに浴びて派手に吹っ飛んだ。
 ばしゃーん、と遠くで着水する音がする。
「てめっ、よくも……!」
「船長さんが出る幕でもないわ。ここは私にお任せあれ」
 拳を握った船長をカサハラが冷静に制する。
 そして取り出したのはトラベルギアである毛玉。それをバンボンと跳ねさせ、ドッジボールの要領でタコに攻撃する。
「この毛玉があれば、どんな怪物もイチコロよ!」
 毛玉は毛玉でも当たると痛い毛玉だ。
 タコは苦しそうに体をくねらせ、なんとか毛玉を避けようと頑張る。
 距離を取っていれば苦戦する相手ではない。そう思ったその時だった。
「っ!?」
 目の前が一瞬で真っ黒になる。
「あー、こりゃ……」
 近くで船長の何とも言えない声が聞こえた。耳はちゃんと聞こえている。じゃあ……と顔を拭うと視界が晴れた。
 墨だ。頭から爪先まで真っ黒。足元には黒い水溜りが出来ている。
 見れば隣に居た船長も真っ黒だった。
「イカスミなら美味かったんだがなぁ」
「お、おのれー! 許さないわよーっ!」
 そんなカサハラの前にカナンが立ち、タオルを放って寄越す。
「とりあえず拭きなよ、その間は僕に任せるんだな!」
 まあ僕が最後まで片付けてしまうかもしれないけど、と付け加えてタコに向き直る。
「今こそ僕の作戦を実行する時……タコ焼きにしてやるよ、海魔!」
 バッとユニコーンに変身し、空に舞い上がる。ちなみに船員はそこかしこを走り回っている上に、船長もまだ墨まみれなため見えてはいない。
 つまり、色々と思い切り出来るのだ。
 隙を見て降下し、タコの頭部に蹴りを入れる。
「うっ!?」
 しかし相手には八本も腕がある。何発目かの蹴りを入れた時、カナンはその体をタコの手の一本に捕らわれてしまった。
 しかも何かを学習したのだろうか、タコはいつの間にか海と同じ色に擬態していた。
 カナンを捕らえたままタコは海中に一旦潜り、見えにくいのを良いことに船体へと体当たりする。
「殺気を察知すれば居場所くらい……っ」
 墨を拭き終えたカサハラが精神を集中し、タコの正確な位置を探る。
 そうして数秒経ち、カサハラはハッと顔を上げた。
「これは……タコの場所がわかったわ! みんなに知らせないと!」
 海に背を向け、走り出そうとするがその瞬間に脳が揺れた。
 真後ろからタコにポカンと叩かれたのだ。
「お嬢ちゃん!」
 まだ視界のはっきりしない船長が手探りで近づいてきて、カサハラを助け起こす。
 カサハラは浅い呼吸をしながら言った。
「こんな時に言われても困るだろうけれど。私、あなたのこと嫌いじゃなかったわよ……」
「じ、嬢ちゃん……嬢ちゃァ――んッ!!!」
 絶叫する船長。力なく垂らされたカサハラの腕。
 ちなみにカサハラは丈夫なため、それなりの早さで回復したりする。
「こう、なったら……!」
 タコが海上に上がったのを見計らい、カナンは息継ぎをしつつわざと角をタコの手に刺し、抜けないようにしてから空に向かって飛ぶ。
 吸盤が体に張り付き不快だが、それでもカナンは上へ上へと向かった。
「もう少しだけもってくれよ、僕の身体……っ」
 ギリギリギリッと何かの軋む音がする。
 そして角はタコの足を切り裂き、カナンの身を空中に放り出させた。
「参れ参れ、我が砲……今です!」
 ベアトリスがトラベルギアを装甲列車状態で召喚し、タコに強烈な一撃を食らわせる。
 カナンが引きつけていたおかげでタコの防御は間に合わず、辺りが一瞬まばゆい光に包まれた。
「や、やりましたか!?」
 そう言って構えを説いたベアトリスだったが、その身体にタコの足が絡みつく。
「なっ……!?」
 逃れようともがくが、あることに気がついてベアトリスは両手を下ろした。
 べちゃ、と下に落ち、そのまま海の中へと落ちる手。
 そう、もう本体は一足先に海へと沈んでいたのである。
「違う形で出会えてたら……私の胃の中におさめれたかもしれませんね……」
 お刺身、茹でダコ、タコ焼き、酢ダコに煮物。
 もしかしたらまた巡り会うことがあるかもしれない。タコとして。
「タコおおぉぉぉ――!!」
 そんな時に遠くから聞こえた声は、飛ばされた譲二のものだった。
 彼は用意していた金色にお札のプリントされた物凄い柄の浮き輪ごと飛ばされていたのだ。それにつかまり、オールドな雰囲気のゴーグルをしっかりと付け、有り得ないスピードでこちらに向けて泳いで来ていた。
「俺様のタコは!?」
「……」
 ベアトリスは黙って海中を指差す。
「タコォ、お前ェ……! うおっ!?」
 潜って一切れだけでも頂いて来ようかと考えていた時だった。譲二の黄色い水着を誰かが引っ張ったのだ。
「カナンさんっ!」
 甲板からベアトリスが叫ぶ。それは人間形態に戻ったカナンだった。
 カナンはそのまま浮き輪に体を預け、小さな笑みを浮かべる。
「ちょっと疲れたけれど……勝ったんだね」
「はい、だから早く上がって……」
「大丈夫、今はそっちに行けないけれど……ちょっと休めば、すぐ、元気に……」
 ぶくぶくと沈んでいくカナン。
「だァー!! 俺の真横で死ぬんじゃねェー!」
 そんな彼を譲二は放り投げるように持ち上げた。

 ぷしゅー……。

「あァ?」
 浮き輪の空気が抜けた音である。
「あ、ああぁァ!?」
 浮き輪無しで人ひとりを支えるのは辛いものがあった。全力で泳いだ後なら尚更。
「あーっ……!!」
 ぶくぶくぶく。
 そうして、結局二人とも船上からの救助のお世話になったのだった。


●いざ、フラグをクラッシュ?
「これで安心して漁が出来る、ありがとうなぁ!」
 船長は破顔して祝杯を飲み干す。
 しばらくタコのことを引きずっていたらしい譲二も、酒が入ると一気に明るくなっていた。
「この体験を0世界で本にすりゃァ売れるかもしれねェな、オイ!」
「ロストナンバー的には珍しい経験じゃない気もするんだけれど……」
 一応、優しさとしてカナンのツッコミは小声だ。
「私達助かったのね、良かった……これで二度とあんなタコの顔を見なくて済むわ」
 厨房から出てきたカサハラがタコの次はイカでも出てきそうなセリフを言い、手に持っていた鍋をテーブルの上に置いた。
 蓋を開けると白い湯気がふわりと舞う。
「暖かいスープを作ったの、みなさん良かったらどうぞ」
「おお、いただくぜ」
 貰ったスープを一口飲み、これは、と船長が目を見開く。
 一口のんだ他の船員もハッとした。
 この味はまさしく、タコのスープだ。
「……大丈夫、あのタコじゃないわ」
 カサハラの言葉にホッとする一同。
 少し残念そうにするが綺麗に全て口に掻き込んだ譲二。
「でも美味しいですね、今度作り方を教えてもらっても良いですか?」
「ええ、レシピも良かったらいる?」
 ベアトリスは笑顔で「はい」と答える。0世界に帰ってからも楽しめそうだ。
「そうだわ。ご飯もちゃんとあるの……あっ!」
 茶碗によそったご飯を配り、箸を渡そうとしたカサハラが転びかける。
 ベアトリスに支えられてなんとか止まるが、箸はくるくると宙を舞い――ずぼっ、っと盛ったご飯に刺さった。
 しかも綺麗に二本揃えて。
「うわあっ! 皿の底に残ったスープが13の形に……!!」
「俺なんて42に見えるぞ!」
「クソッ、渡しそこねた指輪が今頃ポケットから出てくるなんてな……っ」
「待て待て、本物の黒猫も入り込んでるじゃねーか!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる船員達。
 カナンが半眼になって言う。
「……また同じような依頼がここから来たらどうしよう」
「毎回倒すしかない、ですかね」
 もしくはお祓い?っとベアトリスは苦笑した。


 後日。
 今のところ、クラッシャー号はタコにもイカにも襲われることなく漁に出ていた。

「船長ぉー! あっちの岩陰に何か居ます……あれは、人魚……!?」
「馬鹿、トドだ!」

 ……相変わらずフラグは立てまくっているようだが、それでも、それでも一応、元気に漁に出ているという。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました!

皆様プレイングにかなりネタが満載で楽しかったです。
予想もしていなかったフラグもありわくわくしながら書かせていただきました。
それを全て表現出来たかどうか不安ではありますが、
皆様にも少しでも楽しんでいただければ幸いです。

それではこれからも良い旅を!
公開日時2010-06-26(土) 13:10

 

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