ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
「ここ……どこだっけ」 気づけば、薄暗い洞窟のような場所だった。 橘神 繭人は、そこにぼんやりと佇んで、自然の造形のようにも人工物のようにも見える天井を見上げていた。 絶望のあまり覚醒して、ロストナンバーという存在になったはずだった。 元の世界を探すか、再帰属出来る世界を探すか、永遠にターミナルに留まるか、そんな選択肢が繭人には提示されていたはずなのに、自分が今いるここは0世界には見えない。 「……もしかして、0世界からも追い出された、とか……?」 どこにいてもきっと消えることはないのだろう恐れを口に出したら哀しくなって来て、繭人の視線は下を向く。 じゃあ、どこにならいてもいいのかな、と俯いていると、 「早とちりするな、ここはお前の夢の中だ、繭」 聞き覚えのある声がすぐ傍でして、繭人は驚きのあまり固まる。 「えっ、あっ……」 「そう驚くな、切なくなるだろう」 穏やかだがどこか悪戯っぽい声の方向を向けば、やはりそこには、黄金の髪と眼の、神々しいと表現するのが相応しい美丈夫が佇んで、微笑とともに繭人を見つめている。 「あ……アケハヤヒ、様……」 繭人が名を呼ぶ間に、頭ひとつ分長身の美丈夫は、ゆったりとした足取りで彼に歩み寄り、慈しみの眼差しで彼を見つめた。 アケハヤヒという名を持つこの美麗な人物は、繭人を花贄と呼ばれる生きた供物に選び、己が傍に置こうとした、橘神家の守護者であり樹木神内第三位に位置する世界樹の一端でもある存在だ。 ひどく荒ぶり、災厄をなすものも少なくない樹木神の中でも、特に穏やかな性質で知られる。 ――無論、人間とのつながりのために贄を求めることに変わりはないけれど。 「ええと、あの……?」 アケハヤヒがここにいるということは、自分は故郷へ戻ってきたのだろうかと首を傾げた繭人だったが、 「言っただろう、ここは夢の中だと。お前は未来を垣間見る都にいるのだ……忘れたか?」 アケハヤヒに言われて、ようやく、神託の都メイムの一角で眠りに就いたことを思い出した。 「お前と私は世界を隔ててもつながっている。それゆえの、この再会だろう」 「あ……そう、なんだ……」 半分ほど樹木神に取り込まれたところで覚醒し、0世界へ飛ばされた繭人の身体は、現在、人間とも神とも取れぬちぐはぐなものになっている。恐らく、神化した部分が、故郷のアケハヤヒとどこかでつながっているのだ。 「……」 とはいえ、それで何が出来るわけでもなく、不安げに黙り込んだ繭人に、 「私を恨んでいるか、繭」 静かな問いが落とされる。 繭人は首を横に振った。 「俺を受け入れてくれたのは貴方が初めてだから」 生まれた時から、居場所などどこにもなかった。 誰にも必要とされず、空気のような希薄なものとして扱われ、花贄に選ばれたことでようやく誰かに喜ばれる、その程度の存在だった繭人にとって、例え命を奪うというかたちであっても求めてくれたことには感謝しているし、絶望の最中自分が覚醒することを許し旅立たせてくれたアケハヤヒを慕わしくも思う。それだけだ。 「ああ……それは、貴方が見た、橘神の……?」 しかし、アケハヤヒを通して伝わって来る、生家の様子には、胸が潰れるような哀しみを感じざるを得ない。 自分がいなくなっても、橘神の人々は誰も困っていない。 それどころか、安堵したような空気が流れているのが判る。 「ああ、やっぱり」 それをとてつもなく寂しく思うと同時に、 「……ごめんなさい、おとうさん」 二十七年間実父だと思って生きていた人が実は腹違いの兄だと知った衝撃と絶望を思い出し、繭人は顔を覆った。 繭人は、現当主の妻に、前当主、つまり繭人が祖父だと思っていた人が手を出して生まれた不義の子だ。それを知らされたのが贄として樹木神に取り込まれている最中のことで、彼が覚醒した絶望の理由がそれだった。 結局、自分は生まれた時から父の荷だったのだ。 「俺の全部が、おとうさんを苦しめてた、なんて」 「……繭」 気遣わしげなアケハヤヒに弱く微笑んでみせ、 「俺……これから、どうしたらいいんだろう」 ぽつり、呟く。 新しい世界は自由で、大きく開かれている。 けれど、自分の思う生き方など知らない繭人にとっては、黒々と口を開けた夜の荒海のようだった。迂闊に踏み出せば飲み込まれてしまうような恐怖感があって、身動きも出来ずにいると、 「――星となる何かを探せ、繭」 静かな声が、そう告げる。 「私は、ずっとお前を見守っているから」 星って何ですか、と問おうとしたところで意識が暗転、 「あ……」 気づけば、簡素なベッドの上だった。 不安、判らないことはまだ繭人の中にあるけれど、アケハヤヒが傍にいてくれると知って、気持ちが楽になったのは事実だ。 ちょっとくらい開き直ってみるのも悪くないかもしれない、と。 「うん……まずは歩いてみろってこと、かな」 そして、繭人は、少し和らいだ表情で天幕を後にする。 そう、新しい世界を見るために。
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