ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
「ビリケンさん、ここがモフトピアだよ」 セクタンを肩に乗せたエドガー・ウォレスは、初めて降り立つモフトピアの景色に目を細める。 お菓子の国のメルヘン。光あふれる世界。ぬいぐるみ達の楽園。 甘い香りに包まれながらぐるりと辺りを見回していたのだが、ふと、ひときわ熱烈な視線に気づき、目を止めた。 「あれ?」 その中に、なぜか不思議な懐かしさを覚える姿を見つける。 「ミー子?」 思わずもれたのは、かつての飼い猫の名前。 けれど、そうでないことは百も承知だ。 こちらを見つめているのは、シャープさとは無縁の、ゆるやかでもっふりとしたネコ型アニモフたちだった。 クマ型が多いと聞くこの駅前で、自分の好みど真ん中のアニモフに出迎えてもらえたという感激がふわっと胸を占める。 だからエドガーは、思いがけず懐かしい面影に出会えた喜びと共に、彼らの視線に合わせて膝をつき、にっこりと笑いかけた。 「こんにちは」 「「「こんにちはぁ!」」」 パァッと嬉しそうに破顔する愛らしいネコたちの姿に、いよいよ頬も緩んでくる。 「おにいさん、旅のひと?」「ね、なにをおしえてくれるの?」「おはなしきかせて」「あそぼー」 ふわふわの小さな手が、しゃがみこんだエドガーの頬や手に触れ、せがむ。 その優しいぬくもりが心地いい。 「それじゃあ、少しお話をしようか」 ひとりと言わず全員まとめて抱きしめたい――そんな想いであふれ出しそうになりながら、エドガーは立ち上がった。 今回の旅の目的を果たすまでにはまだ余裕がある。 なら、彼らの期待に応えたい。 「ああ、それから。俺のことはエドガーと呼んでもらえるかい?」 「「「はぁーい」」」 キレイに揃った返事すらも愛おしい。 手を引かれて、早く早くとせき立てられて、誘われるままに訪れたのは駅前からほど近い広場だった。 さらさらと風に揺れる甘やかな草花の合間に、丸太のベンチがぽつんと置かれ、まるで読み聞かせの為の空間に思える。 「さて、何から話そうか」 ベンチに座ったエドガーを、ネコ型アニモフ達が取り囲む。 そんな彼らの間に立ってセクタンがもふもふと埋もれている姿を見やって、思いついたのはある趣向だった。 こほん、とひとつ咳払いをしてから、エドガーは人差し指を一本立てた。 「俺の世界にはね、砂ばかりの場所があるんだよ。草や花も何もない、ただただどこまでも続く砂の世界」 「すな?」「すなばっかり?」「それはなあに?」 「砂漠っていうんだ。もちろんゴツゴツの岩でできた場所や、サボテンと言って棘がたくさんついた植物が並ぶ場所もあるけどね」 言いながら、すぐ傍に生えている細長い草を数本引き抜いて、しなやかな指先でくるくると絡めていく。 できあがったのは左右に傾くサボテンたちだ。絶妙なフォルムで白い地面にちょこんと乗せられていく。 「ここはふわふわの雲と美味しいお菓子と水がある。だけど、砂漠はね、なんにもない。だけど、何もないのにすごくたくさんのものがあるんだ」 微笑みながら、ふと、現地で出会った人々のことを思い出す。 外科医として、医者として、エドガー・ウォレスが己の腕を生かす場所はなにも病院の中だけには限られない。 世界中を飛び回り、災害地区に赴いては手を差し伸べ、できる限りのことをと望んで挑む日々の中で見たモノたちはやはりどんな形であっても印象深い。 「夕日を受けるピラミッドは見事としか言いようがないね」 器用な指先が次に作り出したのは、緑の色のピラミッドだった。 「そこにはね、ラクダがいて……こんな動物に乗って、のんびり歩くんだ」 今度は緑のヒトコブラクダができあがる。 「砂漠というのはとっても暑い世界なんだけど、ラクダはそんな暑い世界でも行動することができてね、俺たち人間を助けてくれるんだ」 「このコブにはなにがはいってるの?」 「昔は、水が入ってるって信じられていたよ」 「お水がはいってるの?」「すいとう?」「せなかにすいとうしょってるの?」 「だったら良かったんだけどね、実は違う。だけど、すごく頼もしい仲間だ」 エドガーの指はラクダの一体を摘み上げ、トコトコと猫たちの前を歩かせる。 「ヒトや荷物を乗せて何日も歩いてくれるんだからね」 キランと目を輝かせた猫型アニモフ達の手が、ちゃいちゃいっとラクダに反応して捕まえようと動く。 「さあ、砂漠を抜けたら今度は海だ」 「うみ?」 「しょっぱい水をたっぷり使った、すごく大きな水たまりってところかな?」 「しょっぱいの!?」 「すごくしょっぱい。だけど、海の中にだって沢山の魚や動物が棲んでいるんだよ。うんと大きいのから、うんと小さいのまで、ね」 「サカナ!」 おいしそう、という言葉が一斉に上がって、 「「「ヘンなカタチ!」」」 草で作られたタコやイカの姿にキャッキャと笑う。 背中に、頭に、肩に、膝に、ネコ達は群がり、エドガーの魔法の手を興味津々で眺めては目をキラキラさせる。 「さあ、砂漠から海に来たけれど、海にそそぐのは川だ。川が道の代わりになっている国だってあるんだよ」 魚達のいる場所から、ついっと指でやわらかな地面に線をいくつも引いていけば、ネコ達と一緒になって眺めていたセクタンがぱっと飛び込んでくる。 「ビリケンさん?」 そうして雲の川に浮かべる小舟を作ろうと草花で悪戦苦闘するのだが。 残念ながらそれはただの歪な塊にしかならなかった。 「有難う、ビリケンさん」 しょんぼりとするセクタンを指先で撫でてから、エドガーはその草玉すらも整えて、 「船に乗って、たくさんの動物たちにも会いに行けるんだ」 できあがったのは小舟、そこから牛や象やライオンをも作り出す。 「もちろん列車の旅もいい」 ここにはない乗り物を作り出しては自分の手でそれらを動かし、着地させた場所に山を作り、塔を作り、動物を作った。 丸太のベンチをぐるりと取り囲む形で、緑の色をした創作物がいくつもいくつもできていく。 飛んだり跳ねたり手を伸ばしたり顔を近づけたりと、ネコ達は追いかけるのに夢中だ。 そして、エドガーは再びラクダを作って、 「さあ、これで世界一周。出発点に戻ってきた」 ちょこんと、自分の目の前、最初にピラミッドを作った砂漠地帯にソレを置いた。 「え?」 「俺が住んでいるのは、まん丸のキレイな星の上なんだ。だから、ぐるっと回っておんなじ場所に帰ってくるんだよ」 「エドガーはお星さまにすんでいるの!?」 ぴたりと足を止め、まるい目をさらに丸くして驚く。 「そうだよ」 様々な国があり、様々な人々が住み、様々な価値観で溢れていても、《地球》というひとつの星に自分たちは住んでいる。 エドガーにとっての壱番世界は、そういうふうにできている。 「ん?」 ふと、仲間の呼ぶ声が耳を掠めた。 「どうやら時間みたいだ」 「エドガー、いっちゃうの!?」 「ごめんね。そうだ、君たちにコレをあげる。今日の記念にね」 人形を掌に乗せてあげたら、わっと歓声があがった。 くすぐったい喜びに胸をくすぐられながら、エドガーは本来の目的を果たすべく、またね、と手を振る彼らに笑って手を振り返して仲間達と共に別の浮島へと旅立った。 数時間後。 依頼を終えて再び駅に戻ってきたエドガーは、緑の人形を抱えたネコ型クマ型犬型のアニモフ達に囲まれ、二周目の世界旅行話をせがまれることになるのだが。 ソレはまた別のお話。 END
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