クリエイター瀬島(wbec6581)
管理番号1209-23426 オファー日2013-04-24(水) 23:44

オファーPC 星川 征秀(cfpv1452)ツーリスト 男 22歳 戦士/探偵

<ノベル>

 あの街にはかつて、アニィエル・Nという名の占い師が住み着いていたことがある。
 今も昔も、彼について語る者は殆ど居ない。元が流れ者の身であったことと、通り名を使っていたこと、そしてあまりに的中しすぎる占いの腕が、彼の素性を厚いベールで覆い隠していた。

 この話は、流れ者のアニィエル……星川征秀が槍を置き、その重さから、刃にこびりついた血と錆から、目をそらしていた頃の話。





 水晶玉は似合わない。
 筮竹は面倒。
 生年月日を書かせるのも性に合わない。

 そんなことを思いながら質屋崩れのガラクタ屋、その一角へ無造作に集められた占い道具の山を見て、最初に手にとったのがタロットカードだった。

 占い師になりたいと思ったことはなかった。
 ただ、持って生まれた力が未来を見ることだけで、戦いを除けばそれ以外に食べていける手段が思いつかなかったから。……若い身空でひどく視界の狭いことだと今なら笑えもするが、あの頃はただ、怖かったのかもしれない。過信で目を閉じていたばかりに、また何か、取り返しのつかないことをしてしまうことが。

 他人の未来を覗き、それを望むままに伝えてやる。そうすることで自分が取りこぼしたものが返ってくる、傷つけたものが元通りになるなんて思わない。これで償いを、罪滅ぼしをと言えるほど面の皮は厚くない。ただ逃げてきただけ、過去に対しても今に対しても、何も出来なくて。

「あんた、明日の見合いはやめておくといい。隠し事されてるぜ」

「娘が家出した理由? ……そうだな、あんたの新しい旦那の後をつけてみれば分かるさ」

「へえ、恋人が冷たいのか。残念だけど俺はつまらない嘘が嫌いなんだ。ストーカーの手助けは出来ないな」

 人の迷いや不安がなければ成り立たない商売というのは、どうしてこうも気が滅入るのだろう。誰の目を見ても奥底にあるのは不幸の連鎖、醜い利己心と自己愛、こちらに言葉にすがりつき依存しきった脆い心ばかり。これが今まで命を張って守っていたものの正体だったのかと、懐疑的になるのに時間はかからなかった。

 くだらない話を聞き、目を眇め、見えたものをただ口にする。
 そうして終えた一日を安酒で押し流す、それだけの日々。
 その安酒を呑むのにも、あのくだらない話を聞いていなけりゃならない、それは腹立たしくて情けなかった。

 それでも、この街は嫌いになれない。
 誰も自分のことを、本当の名前で呼ばないからだ。

 こんなことが、罰になるわけはないのに。





「あの……アニィエルという占い師さんはあなたのことですか?」
「…………そうだけど」

 不意に声をかけられたのは、酒が抜けず頭痛をごまかす為に立ち寄ったコーヒーショップでの事だった。突然の問いかけに、もう馴染んだはずの通り名に一瞬違和感を覚え振り向けば、そこには勝気そうな瞳をきりりと開きこちらを見据える、橙色の長い髪をひとつに束ねた少女が立っていた。

「突然すみません。……あなたを探してました。お仕事の依頼をしたいんです」
「悪いが、店は日が落ちてからだ。出直してくれ」

 当たり前だが、どの街にも戦士はいる。
 ただこの街に来て以来、自然と彼ら彼女らからは目を逸らす癖がついていたらしい。戦士と一目で分かる出で立ちをしたその少女を、きちんと見ていられなかった。かつての同志と繋がっているかもしれないという怯えや、自分がああしていた頃を思い出してしまう辛さもあった。けれどそれよりももっと、この少女は何か、この汚れきって荒んだ姿を見られてしまうことを怖く感じる何かを、橙色の瞳に纏っているような気がしたから。


__似てる……?


 一瞬、瞼の裏によぎった姿を必死に打ち消す。明るい桃色の髪に、幼い頬に、きっと気に入っていたであろうワンピースに。吹き散らされた血糊を拭いもせずにうずくまっていた、少女の姿を。生きていれば同じくらいの年嵩だったろう、そんなことをまだ覚えている自分に、もう酒に酔えていない自分にひどく苛つき、ふいと顔をそむける。

「分かりました……お店が開く時間になったらまた伺います。ご迷惑をおかけしました」
「そうしてくれ」

 そう云うのが、精一杯だった。
 礼儀正しく頭を下げ去っていく少女を、見ようともせず。





 夜と朝の逆転したようなこの街の外れにある、小さな傾いた雑居ビル。そこの二階が当座の塒であり店だった。外でやるにはうるさい連中も多いし、未来視が外れるわけもなく客はねずみ算のように増えて困るのもある。それが今日は不思議と誰も来ず、気味が悪いほど静まり返っていた。

「(昼間のあの子に、ここの場所言ってなかったっけな)」

 ふと思い出す、コーヒーショップで声をかけてきた少女のことを。いつからとは言ったが、どこでとは言わなかった。まあ、通り名を知っているくらいだから誰かからここを聞くこともあるだろう。そう思ってタロットカードを手に取り、気まぐれに切って指を遊ばせていると、雰囲気の為だけにつけている小さな蝋燭の火がゆら、と揺れた。

「……お邪魔します。アニィエル……いえ、星川征秀さん」
「!?」

 ばらりと、右手で抜き取ったタロットカードの一部がこぼれる。久しく呼ばれることのなかった名前。何か言おうにも、頬がこわばってうまく口が開かない。

「やっぱり、星川さんなんですね」
「…………連れ戻しに、来たのか……?」

 やっとそれだけの返事を絞り出し、少女の答えを待つ。少女は昼間会った時と同じ、見つめるのが辛いほどまっすぐな瞳でこちらを見据え、客が座る安楽椅子に浅く腰を落とした。

「いえ……。あなたのことを調べていたのは確かですけれど」
「何の用だ。俺はもう戦士じゃない」

 かつての仲間が差し向けた者ではないと肌身で感じ、急に息が楽になる。どれだけ怯えていたのだろう……少し考えれば分かるはずだ、彼ら彼女らが見知らぬ者を使って自分を探すような連中では決してないと。

「噂を聞いて、こうしてお会いして、やはりあなたにお願いするしかないと分かりました。お願いです……わたしと一緒に来てください!」
「だから俺は……」

 少女の瞳が決意に揺れる。何を依頼したいのか聞いてすらいないが、この依頼はきっと心が痛むものになると、そう直感が告げていた。

「戦わなくていいんです! わたしが全部やります、後ろで見守ってくださるだけで構いません……お願いします……!」
「……何故、そんなことを?」

 はっ、と。口元に手をやった時はもう遅かった。
 心のなかでだけ言葉にしたはずが、声に出ていた。すがるように顔を上げた少女の瞳には、いつも覗いている連中とは違う色の不安が滲んでいた。





 暴走を止めて欲しいのだと、鈴音と名乗った少女は漏らした。

「魔物と対峙すると、自分の心が抑えられなくなるんです」

 周囲の気温を操り氷を発生させる力を持つ鈴音は、戦闘中にうまく力をコントロール出来ず、ひどい時は我を失い仲間を襲ってしまう為、チームから孤立しているらしい。

「魔物を倒しても、同じだけ仲間を傷つけてしまったら……意味無いですよね」
「仲間を襲った時の事は覚えていないのか?」

 鈴音は悲しげに首を横に振る。

「皆わたしを怖がって何も教えてはくれません。でも、解決しないとわたしは戦士として失格のままです」

 失格、という言葉が重く胸にのしかかる。それは自分も同じだと口を開きかけたが、鈴音が言葉を続けることでそれは遮られた。

「お願いします……わたし、ちゃんと自分の力を知りたいんです」
「それが、どんなに凶悪なものでもか」
「はい! 目を逸らしません、絶対に」
「……」

 目を眇めたのは、未来視を拒んだ所為じゃない。
 自分が今も目を逸らし逃げ続けているものを、この鈴音は立ち向かい見定めようとしていたからだ。

「……一度きりだ」

 言い聞かせるような台詞だなと、少し、笑えた。





 数日後。鈴音の案内で街区の外に連れ出された先は、数匹の魔物が仮の塒にしているといわれる廃墟のような場所だった。こんなところを訪れるのは本当に、いつぶりだろう。

「……あの、本当にありがとうございます」
「まだ何もしていないだろ」

 得物の太刀を鞘から抜いたまま警戒体勢で先を行く鈴音の背中に返事を投げる。久しぶりに抱えた槍が右肩に重く食い込み、今更ながら自分が戦士には相応しくないのだという事実が沁みた。伏せた目には、何も映らない。

「星川さん」
「何だ」
「帰ったら……、ッ、危ない!!!」

 ふと振り返った鈴音が何かを察知して横に飛ぶ。ひび割れた壁の崩れる轟音。太刀を構え鈴音が目線で捉えたのは、オオカミのような獣の姿をした一体の魔物。


__グゥ、ルル、グル……!


 鈍っている。
 こうなることを、未来視で見ておけばよかっただろうに。
 何も変わっていない。何も。

「くっ……」
「…………殺す」
「?」

 鈴音の瞳がすっと光を失う。目が座り、視線はただ魔物だけを追っていた。

「おい、鈴音……」
「みんな、みんな敵……お前も、お前もだ!!!」

 ダン! と地を蹴る鈴音の靴音。魔物が一瞬怯む。細い体躯のどこにそんな力があるのか、すさまじい脚力で魔物との距離を詰めていく。

「(……暴走するってこういうことなのか)」

 人間は身体を動かす際、組織が壊れないよう無意識のうちにリミッターをかけるという。鈴音は明らかにそのリミッターが壊れ、今、今魔物を屠る為だけに動いているような状態と言ってよかった。みるみるうちに魔物を間合いに追い詰めた鈴音が、容赦なく太刀を振りかざす。時間にして、ほんの数秒のことだった。


__ギッ、ギイイイイイイィイイ!!!!!


 汚い断末魔の叫びが廃墟にこだまする。太刀が突き刺さった魔物の心臓近くは、鈴音の力によるものであろう、大部分が凍り付いている。どさりと地に落ちた死体からは、血の一滴すらも出なかった。

「……鈴音。大丈夫か」
「まだ、いたの…………?」
「!」

 冷えきった声。向けられる敵意。まるで自分が魔物になったかのような恐怖を覚える。ぞくりと背に走った冷たい予感、それを自覚した時にはすでに遅かった。


__キィン……!


「よせ、鈴音!」
「敵だ、お前も敵だッ!!」

 魔物の死体から乱暴に引き抜かれた太刀が眼前に迫る。とっさに槍の柄で防御の構えをとったが、久しぶりに扱うそれの重さと、鈴音の殺気が少しずつ決定的に動作を遅らせた。

「ぐっ……!」

 左肩をえぐられるような痛みに、熱さはない。噴き出る血もない。切りつけられた傷口が凍り固まる恐怖は、今まで味わったことのないものだった。吹き飛んだ眼鏡に目線をとられ、次の一撃をまた受けそうになる。

 そのとき。


__笑ってる……?


 鈴音が笑っていた。そうか、これは未来視だ。
 この笑顔を、鈴音の未来に実現することが、出来る……?

 視界が切り替わる。未来視で見えたものは消えていた。
 だが、一瞬の間に出来た好機は逃さない。人に斬りかかってしまったことで、理性が飛びながらも鈴音が戸惑いを見せたのだ。今だ!

「太刀を降ろせ、鈴音! ここに居るのは俺だ!」
「!?」

 槍をかなぐり捨て、振りかぶってがら空きになった鈴音の懐に飛び込む。そのままぶつかり合うように受け止めた鈴音の身体を、ただ、抱きとめた。

「見るんだ、自分の力を。約束しただろ」
「…………星川さん……?」

 冷えきった瞳に、橙色の光が戻る。
 太刀が床に落ち、少しずつ溶ける氷水のなかには、涙も混じっていたかもしれない。





「やっぱり、暴走してしまいました。……ごめんなさい」
「元には戻っただろう。気にするな」

 落ち着いた鈴音がひたすら申し訳なさそうに頭を下げる。どうしてああなってしまうのか、どうすれば誰も傷つけず元に戻れるのかは分からずじまいだったが、鈴音はそれでも、謝り倒した後は少しすっきりした顔を向けてくれた。

「わたし、組織に戻ります」
「何も解決してないのにか?」
「……あなたみたいな人が後ろで見守ってくれたら、少しは変われるような気がして」

 逃げずにいてくれたことが嬉しかったと、鈴音はやわらかく笑う。

「……そうだといいな」

 皮肉な礼だったが、素直に受け止める事が出来た。
 槍はまだ、捨てられそうにないのかもしれない。

クリエイターコメントお待たせいたしました、『アニィエルの罪と罰』お届けいたします。
オファーありがとうございました!お届け遅くなりまして申し訳ありません。

オファーをお請けしてまっさきに出てきたお話のモチーフが、タロットカードの『剛毅(Strangh)』でした。暴れるライオンに手をかける女性が描かれたカードです。暴走してしまう心と力に、理性と理解がほしい。そんな少女の願いを受け止めた星川さんをうまくあらわせていましたでしょうか。お楽しみいただければ幸いです。

楽しく書かせていただきました、あらためましてオファーありがとうございました!
公開日時2013-06-14(金) 21:30

 

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