クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-14283 オファー日2011-12-13(火) 18:15

オファーPC 御山守 真弓(cubf9336)ツーリスト 女 12歳 妖狐
ゲストPC1 ヴァリオ・ゴルドベルグ(cdym6275) ツーリスト 男 23歳 剣士

<ノベル>

 御山守真弓は妖狐だ。人に変化することもできる。もっとも、気を抜けばたちまち耳と尻尾が出てしまうのだが。
 0世界に来てからは緊張しっぱなしで、とにかく人間の姿に徹した。誤解や諍いを呼ばぬためだ。しかしそれも数日の間で、すぐに耳と尾を出して暮らすようになった。ターミナルでは狐も狸も珍しくない。
 ツーリスト向けの寮に入った真弓は快活にあちこちを訪問した。新しい土地に慣れるための「0世界探検」である。
「このチェンバー、初めてかな?」
 狩衣の中からばさばさと地図を取り出す。巻いた和紙に筆で描いた物である。コンパクトなトラベラーズノートを使えば良いのだが、故郷の品に触れていたいのだ。
「ねえ、初めてだっけ……あ」
 振り返った真弓の耳が小さくうなだれた。発見を分かち合う友はまだいない。
 気を取り直して声を張り上げる。
「こんにちは。誰かいませんか」
 いらえはない。門扉を閉ざしたチェンバーは奇妙に静まり返っている。しかし入り口前は掃き清められ、小さな雛段が設えられているのだった。真弓は懸命に背伸びしたが、彼女の背丈では中を窺うことはできない。
 諦めて立ち去ろうとした時、子犬のような鼻を懐かしい香りがくすぐった。水と土と緑だ。
「……いい匂い」
 小さな胸が湿った軋みを上げる。途端に腹の虫が哀れっぽく鳴き、真弓は呆れながら笑った。こんな時でも腹は空くのか。
「また来ます」
 新たなスポットとして地図に記し、ぺこりとお辞儀した。無人の門は無言のまま閉じられている。
 寮に戻ると温かな食事が湯気を立てていた。
「おかえり」
 ミトンを嵌めた寮母が笑顔で出迎える。彼女は寮の皆に等しく笑みを向けている。真弓は同じ寮の住人たちとともに細長い食卓に着いた。軽やかな音を立てて食器が行き交う。食堂は穏やかなざわめきで満たされている。
「今日はどこかに行ったの?」
 隣席の住人が当たり障りのない雑談を投げてくる。真弓は「チェンバーに」と応じながら両手で汁椀を抱えた。
「どこのチェンバー?」
「えと、初めての……とても静かな所です」
「そう。あ、お帰り」
 対面に親しい友が着席し、住人はすぐにそちらとの会話に夢中になる。お行儀良く黙り込んだ真弓はそっと椀に口をつけた。寮の人間は親切だが、覚醒して日の浅いこともあって未だ困惑を拭い切れない。故郷では幼い頃からの知己に囲まれていた。
「さあさ、冷める前に食べて」
 寮母に促され、真弓はこくんと肯いた。丸く赤っぽい、芋の煮物へと箸を伸ばす。
 口に運んだ途端、耳が――飼い主に撫でられた子犬のように――倒れた。
 ひどく懐かしい味がした。素朴で、柔らかで。故郷の芋は白くて細長いし、味付けだって異なるというのに。
「……美味しい」
 鼻の奥が熱くなる。懐かしさは時に寂しさと同義だ。
 食堂のあちこちでお喋りの花が咲いている。真弓は黙々と煮物を食べる。一口。二口。ほのかな甘みがほどけ、舌と心を満たしていく。
「おかわりは?」
 寮母の笑みが降ってくる。真弓は愛らしい頬を上気させて顔を上げた。
「とっても美味しかったです。どこから仕入れたんですか?」

 白く爽やかな、搾りたての乳に似た朝靄だ。草原はしとやかに湿り、寝返りを打つようにそよいでいる。
 外に向かって扉を開き、ヴァリオ・ゴルドベルグは小さく顎を引いた。扉の外は動かぬ空だ。靄もなければ草原もなく、終始人々が行き交っている。覚醒して三十年。やはり静寂の方が馴染みやすい。
 チェンバーの入り口には小さな雛段が安置されている。丸太のような腕に籠を抱え、中の野菜を丁寧に並べていく。どれも穫れたてだ。
「あの」
 不意に声をかけられ、手を止めた。
 狩衣姿の、狐の耳と尻尾を生やした少女が立っている。
「こんに……じゃない、おはようございます」
「……ああ」
 ぴょこんと頭を下げる少女にヴァリオは小さく瞬きをした。
「このチェンバーの方ですか?」
「そうだ」
「じゃあ、その野菜……」
 好奇心旺盛な瞳は雛段の野菜に釘付けだ。ヴァリオは門扉の陰から看板を引き出しながら応じた。
「ここで育てて収穫した。好きな物を選べばいい」
 白木の看板には武骨な字で「無人販売所」と記されている。
 少女はしげしげと野菜を見つめ、「あ」と頬を紅潮させた。
「これ! このお芋。寮で、煮物が。とっても美味しかったの――美味しかった、です」
 慌てて言い直しながら「すみません」と付け加える。ヴァリオは鈍く眉を動かしただけだった。彼女が何を詫びているのか分からない。
 少女は御山守真弓というそうだ。彼女が暮らす寮の名を聞いてヴァリオは得心した。野菜の卸先のひとつである。真弓の言葉はつたなかったが、野菜の味をいたく気に入っていることだけは伝わってきた。
「それで、お礼を言いたくて。ありがとうございました」
 真弓は再びお辞儀をした。持ち上げた顔の中でつぶらな瞳が輝いている。なぜ礼を言われるのかヴァリオには分からない。だが、胸の泉にひたひたと湧き出すこの温もりは何だろう?
「俺は」
 眉間に小さな皺を寄せ、野菜の籠を抱え直す。
「客の笑顔が見たくて野菜や花を育てている。客が笑うと胸の辺りが温かくなる。何も、礼など」
 無愛想に言い捨て、商品の陳列を再開する。真弓はたじろいだように口をつぐんだが、すぐに小さく息を吸った。
「胸が温かくなるって、どんな感じですか?」
 彼女はめげていないようだ。大抵の者がヴァリオの寡黙さに眉を顰めるというのに。会話に慣れぬヴァリオは「そのままの意味だ」と答えることしかできない。真弓は「ふうん」と鼻を鳴らし、子犬のように小首を傾げた。
「嬉しいってことですか?」
「うれしい?」
 手が止まる。真弓は屈託なく笑っている。ヴァリオは赤い瞳をわずかに泳がせ、呆けたように胸に手を当てた。
「うれしい、というのか」
「そうですよ、きっと」
 真弓は狩衣の懐から筆と巻紙を取り出した。
「中にお邪魔してもいいですか?」
「何故」
「探検です」
「……そうか」
 ヴァリオはゆっくりと瞬きを繰り返した。ここまで真っすぐに笑顔を向けられる理由が分からない。

 ヴァリオは大柄で筋肉質だ。髪は短く刈り込まれ、精悍な面立ちには強靭さと知性が入り混じる。隆起した背中にはコウモリの翼手、耳の先は尖っているし、おまけに終始無表情。堂々たる――時に見る者を威圧しかねない――見目に怯みかけたのは真弓ばかりではないだろう。
 チェンバーの内部は自然をそのまま移植したようであった。柔らかな草原が広がり、金平糖のような野の花が散らばっている。草原の先に盛り上がるシルエットは丘だろうか。更に遠くには山や森の輪郭が霞み、せせらぎの音が通奏低音のように流れていた。
「綺麗」
 真弓は胸一杯に風を吸い込んで目を閉じた。さらさら、さわさわ。草花の囁きが聞こえてくる。はあ、と息を吐いて目を開くと蝶が鼻先を行き過ぎた。菜の花色の翅に目を輝かせながら真弓は後を追った。ふわふわ、ひらひら。蝶は真弓を翻弄しながら草原を渡る。
 やがて蝶は雛菊の上に止まった。呼吸するように翅が開閉している。息を止めた真弓はそろそろと近付き、
「やあっ!」
 体ごと飛び込むように手を伸ばした。蝶は軽やかに目の前を飛び去り、勢い余った真弓は叢の中に転倒した。痛みを覚悟した瞬間、ふんわりとした感触に抱擁される。草は褥のように優しい。それにこの緑の香り……。朝露の名残までもが心地良く、思わず仰向けになる。透き通った青空には和紙のような雲。
 不意に視界にヴァリオの顔が現れる。真弓は慌てて飛び起きた。
「ご、ごめんなさい。せっかく案内してくれてるのに」
「構わない」
 ヴァリオはゆっくりと首を横に振る。真弓の耳がぴょこんと立った。やはり思った通りだ。無愛想な態度の端々に素朴な温かさが感じられてならない。
「あの。迷惑でなければ畑が見たいです」
「少し歩くが」
「平気! 慣れてます」
 探検で鍛えた足腰は伊達ではない。
 畑は丘の周辺に広がっていた。花畑と野菜畑が斜面や麓を埋め尽くしている。ヴァリオは寡黙に丘を上り、時折振り返っては真弓に手を伸べた。真弓は遠慮なく手を握り返して斜面を伝う。
「手のこれ、マメですか?」
 ヴァリオの手は大きく、武骨で、固い。ヴァリオはわずかに眉宇を曇らせた。
「畑仕事でこうなる。不快なら離すが」
 朴訥とした言い方だ。真弓は目をぱちくりさせたが、すぐに笑い声を弾けさせた。
「そういう意味じゃないです。ただ、いいなあって」
 おまけに、ヴァリオの手からは土の香りがするのだった。
「ずっとここで暮らしてるんですか?」
「そうだ」
「依頼とかは?」
「時々受ける」
「外には出るんですか?」
「野菜の陳列や運搬がある。終わったらここに戻る」
「へええ」
 確かに、ヴァリオが友人と共に談笑する姿は想像し難い。
「あのー。私、覚醒したばかりで」
「ああ」
「お友達とかできればいいなって、それで探検とか……。ヴァリオさんはどうやって0世界に馴染んだんですか?」
 ヴァリオは答えない。だが、真弓の手を握る手がわずかに緩み、次いできつくなった。言葉を探して惑っているようにも思えた。
「まだ馴染んでいないかも知れない」
「ええ?」
「俺は……この有り様だ。相手に申し訳ないと思うし、居心地も悪い」
 他者の感情がよく分からないのだと短く言い添えた。
 丘の中腹には住居の入り口とおぼしき門が構えられている。その辺りまで来ると畑の様子が一望できた。飴玉のように色とりどりの花が緑を背景に揺れている。
 真弓はヴァリオの許しを得て野菜畑に踏み入った。濃厚で爽やかな青臭さが押し寄せる。朝露を散りばめた蔦の間に瓜のような実が見え隠れする。紡錘形の葉を揺らして聳えるのはトウキビの仲間だろうか。真弓はあっという間に緑の中にうずもれてしまった。
 ころころの青虫が青菜の上を這っている。青虫の重みで葉がしなり、水晶粒のような朝露が転がり落ちた。
「美味しいでしょ」
 にこにこと青虫に話しかける真弓をヴァリオが静かに見守っている。
「さっきのお芋はどれですか? 丸くて、赤っぽいの」
「赤なら……恐らくこれだ」
 武骨な指が大きな葉の列を差した。大きな円形の、分厚い一枚葉――そのまま傘として使えそうな――が地面からにょっきりと生えている。丈は真弓より少し低いだけだ。
「大きい! この下に?」
「そうだ。芋は俺の掌ほどはある」
「そんなに?」
 つい、素っ頓狂な声が出た。ヴァリオは答えずに背を向けてしまう。
(うるさかったかな)
 真弓が慌てて手で口を押さえた時、畝の間を歩いていたヴァリオが振り返った。
「実物が見たければ抜くといい」
 ヴァリオの手が一本の株を選び、示す。真弓の尻尾がぴんと持ち上がった。

 真弓は腕まくりしてしゃがみ込んだ。
 本丸を攻めるにはまず外堀から。ヴァリオの助言に従って根元の土を掘る。しっとりとした感触が指に心地良い。太陽は徐々に高くなり、大地を温め始めていた。
「あ。ごめんね」
 朝寝を妨げられたミミズがのろのろと逃げていく。
「そろそろいいだろう」
「はい」
 肯き、手を止める。隣の畝の葉が真弓の頬をくすぐる。何だろうと目を上げた時、
「あっ!?」
 何かが鼻先に飛びつき、思わずしりもちをついた。鼻に吸いつくような感触に目を白黒させる。いたずらな闖入者を引き剥がしたヴァリオは真弓の前で掌を開いてみせた。真弓はぱっと顔を輝かせた。大きな手の中で、葉の色に擬態した蛙が喉を膨らませている。
「よし」
 真弓はとうとう本丸へ取りかかった。小さな両手で太い葉柄を掴み、軽く踏ん張る。固い柄はびくともしない。更に力を入れ、引く。動かない。
 ヴァリオが横から手を伸ばすが、真弓はかぶりを振って拒んだ。
 深く息を吸い、止める。葉柄を掴み直し、足腰に力を込める。ビロードのように滑らかな葉が鼻の先で震えている。根を張った芋はひどく頑固だ。
 小川の流れが歌っている。風が囁き、小鳥のさえずりが煌めく。真弓の頬は赤く染まり始めていた。ヴァリオは急かすことも案ずることもせずに見守っている。
 少しずつ、少しずつ引いて、とうとう土がぐらりと揺れた。
「それ!」
 確信と共に一息に引く。すとんと荷重が消え、真弓は勢いのままに尻もちをついた。引き抜いた株が弧を描き、根に付いた土がぱらぱらと降ってくる。湿った土は陽光を受けて鈍く輝いていた。
 真弓は起き上がることも忘れて株を見つめた。感じる重さはずしりとしている。滑らかな葉、逞しい葉柄、その先に連なる大きな芋。確かにヴァリオの掌ほどはある。それが五つも六つもくっついているのだから難儀するのも無理はない。
 それにしても、この武骨な見目はどうだろう。まるで岩石ではないか。
「皮を剥くと綺麗になる」
 ヴァリオが芋の土を払い落とした。真弓も恐る恐る手を伸ばす。土まみれの皮は粘土色だし、触れる皮も石のように硬い。煮物の優しさを思い出し、「はあ」と息が漏れた。
「これがあんなふうになるんだ……」
 直接見て触れねば分からないものである。
「皆にも評判がいい。潰してサラダにする人もいると聞いた」
「本当に? 寮で言ってみます!」
 鼻の頭を手で拭う。指の土がくっついたが、お構いなしだ。
 収穫した芋はヴァリオが麻袋に入れてくれた。柄ごと切り離された葉も記念にと貰い受ける。ヴァリオが手招きをするのでついて行くと、花畑へと迎え入れられた。色とりどりの花。虫たちの、軽やかな羽音。
 真弓は胸いっぱいに深呼吸した。甘く爽やかな香りが体の隅々まで染み渡っていく。
「どれでも好きな物を」
「え?」
「土産に、持って行ってほしい」
 ヴァリオは相変わらず無表情だったが、真弓は顔じゅうに笑顔を広げた。
「はい!」
 その瞬間、ヴァリオの口元が緩んだように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 袋いっぱいの花を抱えた真弓と共に丘を下る。足元の悪い場所で手を貸しながら、ヴァリオはふと空を仰いだ。空気が湿り始めている。
 さらさらと、絹糸のような雨が降ってきた。雲は薄く、蒼穹の切れ端が覗いている。汗ばんだ体に柔らかな雨が心地良い。
「どうぞ」
 と真弓が言うので視線を落とした。目いっぱい爪先立ちになった真弓が、芋の葉の傘を懸命にこちらに差しかけようとしている。
「俺が持とう」
 告げた後で、刹那、息が止まった。自分はこんなに柔らかな声を出せたのか。
 葉を受け取って差すと、真弓は尾を弾ませて傘の下に入った。優しい雨が囁くように葉を打ち鳴らす。
「ありがとうございました。とっても楽しかったです」
「ああ」
「お土産もこんなに」
 愛想のない反応に倦むことなく真弓は笑い続ける。ヴァリオは「構わない」とだけ応じた。胸の辺りが温められていく。
「また来てもいいですか?」
「いつでも。好きな時に」
「ありがと――あ。ありがとう、ございます」
「言葉遣いを気にする必要はない」
 雲間から薄く光が差している。雨粒がダイヤモンドダストのように輝いている。
 翌朝、ヴァリオはいつものように無人販売所の陳列に取り掛かった。
 転がるような足音が近付く。耳と尾を揺らし、真弓が一直線に駆けてくる。
「おは、よう」
 真弓は息を切らしながら居住まいを正した。無邪気な鼻先が赤く染まっている。ヴァリオは小さく肯き、無意識のうちに胸に手を当てた。
「来てくれて嬉しい」

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。

妖狐さんなのに子犬子犬って言ってすみません。子犬の、表情豊かなイメージが真弓さんに合うんじゃないかと…。狐も犬の仲間ですよね。ね。
退屈なくらい展開が遅いですが、お二人の心の動きやチェンバーの自然をえがくことを意識しました。お芋は、ヴァリオさんの暗喩になっていればと思います。

楽しんでいただければ幸いです。
ご発注、ありがとうございました。
公開日時2012-01-15(日) 20:00

 

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