●in壱番世界 あなた達ロストナンバーは今回、壱番世界にてとある依頼をこなしました。 依頼は快調に進行し、大きな被害もなく作戦は終了。帰りのロストレイルがやって来るまで、ちょっとした空き時間ができてしまいました。 そんなとき、とあるコンダクターがあなた達に提案したのです。「じゃあせっかくだし、別荘に案内するよ。ゆっくりしていってね」 ――というわけで、仕事をいつもより手早く終えて、予想以上に時間を余らせてしまったあなた達ロストナンバーは少しの間、この壱番世界に滞在することとなりました。 でもとにかくあなたは疲れていて、どこかに出かける気力もありません。別荘の主でもあるコンダクターは、用事があって出かけたようでした。他の仲間達の中には同じようにどこかへ足を伸ばしている者が数人。そして、あなたと同じように出かける気がない者が数人。「「……」」「「……」」 特に会話にならないのは疲れているからでしょうか。それとも――。 だだっ広いリビングで、ふとあなたは長方形の物体を見つけました。沢山のボタンがついています。そう、それはテレビのリモコンだとコンダクターが話していました。あなたは何気なくそれに手を伸ばしました。 ――。 一瞬、空気が張り詰めたのは気のせいでしょうか。 ぼんやりとTVを観るだけのあなた。ソファーの上でだらしなく身体を横たわらせ、ぼんやりとして。 ぴっ ぴっ ぴっ これといった面白そうな番組も見当たらず、頻繁にチャンネルを変えていました。 でもそのうち「これは!」と思えるような番組を見つけることができたので、あなたはがばっと体を起こし、食い入るようにそれを観ていました。 ……ぴっ ですが突然、チャンネルが変わってしまいます。 同じように別荘に残っていた仲間達が傍にあったリモコンを手に取り、チャンネルを一方的に変えてしまったようでした。 あなたは無言で抗議の視線を差し向けます。でも仲間達は気がつきません。あえて無視しているのでしょうか。むしろ仲間内でも「映画が観たい」「いつもチェックしてるアニメが」「相撲が始まる」「見逃していたドラマの再放送が」「いいからニュース見せて」「時代劇こそ全て」などなど、言い争いが発生している模様。 その隙を見計らって、あなたは引ったくるようにリモコンを取り戻しました。 ぴっ 無言でチャンネルを変えます。 すかさず仲間の一人が、リモコンを乱暴に横取りしました。 ぴっ 無言でチャンネルが変えられてしまいます。 あなたはリモコンを取り戻そうとしますが、相手はリモコンを抱きかかえて奪われないようにしています。なんて大人げない。 他の仲間達からもブーイングが多発。背中をげしげし蹴られています。自業自得ですね。 あなたはついに立ち上がり、TV本体にあるボタンを押してチャンネルを変えてしまうのでした。あなたも大人げない。 ぴっ ぴっ ぴっ ぴっ リモコンと本体とでチャンネルを変え合う、不毛な争いが続きます。 でも、あなた達は真剣でした。譲れないものがあったのです、諦められなかったのです。簡単に負けを認めてしまうわけには、いきませんでした。 ――あっ。本体のリモコンボタン、壊れちゃった。 なら仕方がありません。戦争です。 あなた達は剣呑な空気を漂わせつつ、チャンネルの争奪戦を繰り広げることになります。 そしていつしかトラベルギアを持ち出したり、特殊能力まで開放させたりして。争いは混沌を極めていくのでした。 都心からやや離れた場所にある、ちょっとした別荘を舞台にして。後に『大惨事ロストナンバーチャンネル争奪大戦』と名付けられることになる、くだらなーい戦いの火蓋が切って落とされるのでした。 ――これは、とあるロストナンバー達の、ちょっとした戯れのきろく。
★――健vsフラーダ&竜――Initiative 健 Now Playing 『俺たちのマッポ伝説』 フラーダを愛するがゆえにヒステリック気味な剣幕で、フラーダの世話人は他の三人へと訴える。 「ちょっとあなた達。小さな仔が見たがっているテレビを優先させないで、チャンネルを取り合うとかどういう領分?」 どういう領分だと聞かれても、自分達だってテレビが見たいのだ、見たくてみたくてしかたがないのだ、それしか答えようがないのだが、世話人の横にいるフラーダが涙目でぷるぷるするものだから。 「うきゅ……見たいー……」 「フラーダさん凄い可愛い~すごいふかふかー」 藤枝 竜はフラーダに抱きついて、もふもふふかふかを楽しんでいる――様に見えるが、同時にきちんとリモコンを手にしている坂上 健の隙を狙っている。 「ちょっと、リモコン渡しなさいよ!」 世話人が健に迫ろうとするが、健は大皿にざらっとスナック菓子を数種類開けて。フラーダに林檎をごろっと転がすのも忘れない。 「はむはむ……おいしい」 「フラーダちゃん、可愛い~!」 にこぱーっと林檎を食べたフラーダが破顔したものだから、フラーダ大好き世話人の気が逸れる。 竜は別の意味で気が逸れていた。健が開けたスナック菓子、あれは……。 「これ、壱番世界の地方限定味じゃないですか!」 「藤枝さんも良かったら食べてな」 「いいんですかー!?」 キラキラ輝く竜の瞳を見て「かかったな」と思いつつ、健は菓子を勧める。食べるの大好きな竜が、菓子を見逃すはずはなく。 パリパリパリ……もしゃもしゃもしゃ……菓子を頬張る音が響く。 「健、もっと」 「ほいほい」 フラーダの催促に、今度はオレンジをゴロっと転がしながら、健の視線はテレビに向けられている。 「許せ、フラーダ、藤枝さん! これは絶対譲れない漢の戦いなんだ!」 二人に聞こえぬように小さく呟く健の背後に、影が迫っていた。 ★――健vsアステ――Initiative アステ Now Playing 『俺たちのマッポ伝説』 「テレビってすごいね」 実は先程「僕が一番年上だね! よし、任せて!」と言って全員にスルーされていた山之内 アステは、そっと健の座っている床の隣のソファに腰掛けた。テレビのない世界から来たアステには、テレビは不思議で面白いものだ。すぐに興味を持ったのである。彼にとって今は、何を見ても面白いところ。 「でもさ、時間で区切ってみんなで順番回していくんじやダメなのかな?」 その質問に火を吹くような勢いで答えたのは、隣の健。相変わらず視線はテレビに釘付けだ。 「駄目だ駄目だ駄目だっ! 今日は『俺たちのマッポ伝説』KIRIN児くんの当番回なんだぞ!? 『KIRIN児卒業!?』なんてサブタイトル書かれた日には、それがKIRINの卒業なのか人生からの卒業なのかリアルタイムで確認しないわけには行かないじゃないか!」 「でもさ、コマーシャル、だっけ? それの間はいいでしょ?」 若干健の剣幕に驚きつつも、タイミングよく画面がCMに切り替わったので、アステはさっと健からリモコンを奪った。共に見ているからと少し安心しつつ、CMの間に竜とフラーダの食べ物の補充をしようと考えていた健は、白衣のポケットからリモコンを奪わせてしまった。 ピッ、ピッ、ピッ…… 画面と音声が次々と切り替わる。アステがザッピングしているのだ。しかしCMが終わる頃にはリモコンを返してくれるだろう……そう思って健は餌付けを続ける。 「ちょっとあんた、フラーダちゃんに『お姉さんとあそぼ♪』を見せてあげなさいよ!」 「でも今の所、フラーダは食べることに夢中だぜ?」 「くっ……可愛い」 世話人を黙らせて、健はテレビの方へと戻る。そろそろCMも終わっている頃だ――が。 『キャァァァァァァァァァァッ!!』 テレビから聞こえてきたのは女性の悲鳴。何事かと見れば、テレビ画面にはスプラッタな映像と泣き叫ぶ女性、姿の見えないモノに怯える男性などが次々と映し出される。それはホラー映画だった。なのに、なぜか。 「あはははははは!」 アステは爆笑していた。 「すごすごい、これ凄いよー!」 「リモコンをかせ! CM終わっているだろう!」 「いいじゃん、一緒にこれ見て笑おうよ」 「ホラー映画で笑えるかっ!」 健が手を伸ばせばアステは素早くリモコンをさばく。と、健の顔色が変わった。おとなしく一緒に見ているうちは良かったのだ。だが、こうなってしまっては……。 「くくくっ、アステって言ったか? 初対面だがすまねぇなぁ……女子供でない以上、あんたは全力で排除する!」 ぼんっ! 健がアステに投げつけた手榴弾が爆発して、煙を上げる。健自身は用意していたガスマスクを着用し、上方に飛ばしたセクタンのミネルヴァの瞳で視界を確保していた。 「けほけほけほ……っ、やったね!? こうなったら……」 煙の中でアステは袖口で口元を抑えながらテレビ目指して進む。 (テレビを別室に持ち込んでしまえば良くね? 僕賢くない?) たどり着いたテレビを持ち上げようとするものの、重い。何とか傾けてみたもののなんだか線がついていて、この場所から動かせそうになかった。 「そうだ、リモコンっ!?」 さっきの爆発で手放してしまったことに気がついたが、そんな場合に備えて発信機をこっそり付けてある。煙が晴れたら確認しよう。 ★――健vs竜――Initiative 竜 Now Playing 『ブラッディ・ホスピタル』 「お菓子がなくなりました……」 健が補充していったお菓子をぺろっと平らげて、竜は視線をテレビに映す。せっかく健が見ている番組の合間にCMが見られると期待していたのだが、テレビはホラー映画に変えられてしまった。 お菓子も無くなったことだし、これは本格的にリモコン奪取に移らねば――ついつい地域限定お菓子につられてしまった竜は拳を握りしめて決意を新たにする。 その瞬間。 ぼんっ! 何かがテレビ付近で爆発して、沢山の煙が上がった。竜とフラーダのいる辺りにももくもくと煙は漂ってきて……。 「な、何!? テ、テレビは!?」 慌てて耳を澄ませるが、テレビは先ほどと同じように恐怖心を煽って背筋を凍らせるような音を流している。無事のようだ。 (これは、健さんの仕業ですね! 健さんは武器を隠し持つ危ない人だから油断できませんね! 一番にやっつけます!) ギアを抜き、竜は煙の薄い部屋の隅を壁を背にして歩いて行く。視界が悪いというのは不便だ。健で斬りかかろうにも相手が見えない。反対に相手はきちんとした対策をしているに違いない――さてどうしよう、マフラーで口を塞いでじりじりと進みながら竜が迷ったその時。 「何なのよ、この煙。フラーダちゃんが煙たがるでしょう!?」 がらがらがらっ がちっ 聞こえたのは代理人の声と何かをしたらしい小さな音。その音の意味することはすぐに知れた。 代理人は庭に面した大きな窓を開けたのだ。そしてその近くにあったキッチンの換気扇のスイッチを入れた。ゆえに煙が外へと流れていく。 煙は空気の流れに従って、どんどん室外へと排出されていく。 「くそっ!」 何処かで舌打ちが聞こえた。 薄くなっていく煙と舌打ち。竜はその瞬間を逃さなかった。声のした方の人影に向けて飛び、剣を振り下ろす。 「覚悟してください!」 「うおっ!」 突然の襲撃。だがセクタンと視界を共有していた健にはそれが読めた。だがさけたと思ったら足元にあったマガジンラックに躓いてしまった。仰向けに倒れそうになったところに竜の剣が振り下ろさける。 ガンッ! 「ってぇ~~!」 運良く剣を受け止めたのはガスマスクだった。だが衝撃まで和らげられたわけではなく、がんがんと頭の中がうるさい。 「手加減なしです!」 「確かに女の子に手を上げちゃいけない……しかし今日は非常事態っ! 手を上げなくてもギアは使うっ! そちらが手加減なしなら尚更っ!」 再び振り下ろされた剣をトンファーで受け止め、勢い良く押し返すことで自分に体勢を直す隙をえる。そうして得た隙で健は竜から離れた。 「逃がしません!」 まだ薄く煙のかかった部屋の中を目的地まで素早く移動する健。そんな彼に追いすがり、剣を振り下ろす竜。その攻撃はトンファーで軽くいなされてしまって。 「藤枝さん、ごめん!」 ぶんっとトンファーが振るわれるのを竜は一歩引いて避けた。その間に健は冷凍庫の扉を開け、何かを取り出して抱える。 「自ら片手を塞ぐとは……随分余裕ですね」 「余裕に見える? なら打ち込んでくるといい」 「挑発ですか? 受けて立ちましょう!」 あえて竜は健の挑発に乗った。正面から突っ込む。ヤケになったわけでも愚かなわけでもない。 ひらり 健が白衣を翻して、竜の攻撃を交わした。竜の背中が通り過ぎる前に襟首をひっつかんで、背中にさっき冷凍庫から持ってきたものを入れる。 「ひぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」 竜が悶えるようにして悲鳴を上げた。健の口元に笑みが浮かぶ。クラッシュアイス攻撃だ。 「勝負は非情……許せっ!」 勝ち誇ったように自己陶酔している健の後ろに人影があることに、彼はまだ気がついていない。 ピッ 「わーい!」 爆発の余波で飛んできたリモコンで、フラーダが番組を変えたのにも、気づいていない。 ★――健vs代理人――Initiative 代理人 Now Playing 『お姉さんと遊ぼ♪』 がつーんっ!! 派手な金属音がリビングに響いた。 「な……」 後頭部を襲った衝撃に、健は自分の意識が遠のいていくのを感じていた。四肢が動かなくなって、どすっと床に倒れる。ガスマスク越しに見たのは、ギアであるフライパンを構えているフラーダの代理人。 「な……ぜ……」 「やっぱりフラーダちゃんに好きな番組見せてあげたいじゃない」 「ありがとうございます」 自らの体温で氷を溶かした竜がゆっくりと立ち上がった。最初の衝撃は大きいが、少し立てば体温の高い竜は氷を溶かしてしまえる。 (そうか、あの時藤枝さんは――) 薄れ行く意識の中で、竜がまっすぐ突っ込んできたのは代理人がいるのに気がついていたからだろう――健はそう悟った。 ★――代理人vs竜――Initiative 竜 Now Playing 『お姉さんと遊ぼ♪』 現在のリビングの状況は、なんだか平和そのものだった。 煙もほとんど晴れ、テレビからは子供の声とおねえさんおにいさんの声が響いて、子供向けの音楽が流れている。 健はまだ気絶したままだ。アステは爆発以降姿が見えない。 健が隠していたフルーツやお菓子を食べながら、フラーダと竜は並んでテレビを見ている。代理人はうっとりとしながらフラーダの毛のブラッシングをしていた。 そんな状況が十数分続いた頃、竜がぽつりと呟いた。 「ねえ、これっていつCM流れるんですか?」 ギクリ、代理人が身体を震わせる。 竜としては合間のCMが見れるならいいやと一緒に教育番組を見ていたのだが、肝心のCMが一向に流れてこない。いい加減何かがおかしいと気がつき始めていた。 そう、教育チャンネルは基本的にCMを流さないところが多い。だからいくら待っても竜の見たいCMが流れることはないのだ。 答えない代理人をちらりと見て、竜はそれなら、とフラーダに抱きついた。 「フラーダさん、本当にふかふかで気持ちいいー」 ぎゅむぎゅむしながら弱い炎を発生させて。 「あうー、熱いー、痛いー」 「ちょっとフラーダちゃん、どうしたの!?」 ちょっぴり毛の焼ける香ばしい匂いがしている。代理人が慌ててフラーダに駆け寄ると同時に竜はすっと離れた。そして流れるようにリモコンを奪う。 ぴっ 『わぁ、すごい! メガ盛りですね~なのにこの価格ですか!?』 『ええ。明日、この番組を見たと言って下さったお客様にだけ、メガ盛り提供します!』 おおー……テレビの中の声と同じように竜が声を上げる。 彼女が見たかったのはグルメ番組。それも『この番組見ました』というと安くしてくれたり、大盛りにしてくれる奴。 またはCM。美味しそうな料理のCMを見たいのだ。 「あ、メモしよう。メモメモ……」 竜が紙を探してその辺をキョロキョロしていると、迫ってくる殺気を感じた。振り返れば、髪を逆立てんばかりに怒りをあらわにした代理人が、フライパンを握り締めているではないか。 「フラーダちゃんの毛を焼いて火傷さ~せ~た~わ~ね!」 「わ、あ……」 その剣幕に多少の恐れを感じつつも、いつでも立ち上がれるように体制を整える竜。 「責任とって、フラーダちゃんが見たがっている子供向けの教育番組! きっちりと見させてもらいますからね! フラーダちゃん壱番世界に来るたびにこれを凄く楽しみにしてるんだから!」 代理人はフライパンを振り上げた。 ★――代理人vs竜――Initiative 代理人 Now Playing 『あなたの街の激安メガ盛りグルメ!』 くわわわわわわわわわわぁんっ…… 音が後を引く。 振り下ろされたフライパンを、竜はパスホルダーから直接出した剣で受け止めたのだ。金属同士のぶつかり合いは、鐘のような音を辺りに響かせる。 「リモコンを渡しなさいっ!」 ぶんっぶんっ! 勢い良く振られるフライパンを避ける。 くわぁん、くわぁん、くわぁんっ! 時折剣で斬りかかるが、フライパンで止められてしまう。 「食べ物の事に関しては譲るわけにはいかないのです!」 「こっちだって、フラーダちゃんに番組見せたい思いは揺らがないッ!」 「随分過保護ですね」 「過保護? 褒め言葉ね!」 テレビとフラーダの間で、一進一退の攻防を続ける竜と代理人。背後で流れているリポーターと店主のほのぼのとしたやり取りとはかけ離れた殺気。それを目の前で見せつけられているフラーダは、どうして良いのかわからなくなってきている。 カッ! 押し合っていた二人が音を立てて互いに飛び退いた。そして再び、攻撃の隙を探る。 カタンッ…… 竜のポケットからリモコンが落ちた。それが合図となった。 「覚悟してください!」 「フラーダちゃんのためにっ!」 互いに彼我の距離を詰め、竜の剣は代理人の左手を服ごと浅く切り裂き、代理人のフライパンは竜の肩を打った。 仕切りなおしか、二人が振り向こうとした瞬間。 「だ、だめー! 喧嘩だめぇー! 怖いー!! うわああああああああん!!」 眼前で繰り広げられていた戦いを見て、フラーダが震えていた事に二人共気が付かなかった。先ほどの一撃で二人共傷を負ったことが決め手となってしまったようで、フラーダが泣き始める。 「ま、まずいわ……フラーダちゃん落ち着いて。もう喧嘩しないから、ね?」 しかし恐怖で混乱しているフラーダの耳には、代理人の言葉も届いていない。 ★――フラーダvs竜&代理人&健(巻き添え)――Initiative フラーダ Now Playing 『あなたの街の激安メガ盛りグルメ!』 何もなかったフラーダの周りに風が発生する。部屋の中だというのに激しい雨が降り注ぐ。風は次第に強さを増し、竜巻へと成長していく。 猛スピードで変化していくその状況に、竜も代理人も手を出すことはできなかった。そして、逃げることも出来なかった。 「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 竜巻に酔って身体が巻き上げられる。少し離れていた場所に倒れている健も巻き込まれ、ソファや観葉植物などと一緒に竜巻の中。 「フラーダちゃん、落ち着いて!」 「フラーダさん、ごめんなさい~!」 代理人と竜は必死に声を上げるが、ざあざあと降る雨とごうごうと唸る竜巻によってその声はかき消される。 二人(+一人)が解放されたのは、その数分後であった。 ぴっ びしょびしょの床に投げ落とされたボロボロの二人は顔を見合わせて。壊れていないと確認できたリモコンを使って教育番組へとチャンネルを変えた。室内規模の豪雨と竜巻であったが、なぜかテレビもリモコンも壊れていなかった。誰もそれに突っ込まない。恐らく突っ込んだら負けだからである。 竜も代理人も疲れたように直したソファにぐったり座り込み、フラーダだけが嬉々としてテレビを見ていた。 ★――アステvs竜&代理人&フラーダ――Initiative アステ Now Playing 『お姉さんと遊ぼ♪』 「うわ、一体何があったの?」 荒れたリビング、倒れた健、疲れ果てた竜と代理人、嬉々としてテレビを見ているフラーダ……どうやら別室に行っていたらしいアステには、どうしてこの状況が成り立っているのかわからないようだ。 「見たまんまです」 ゲンナリとしたように告げる竜に苦笑を返して、アステはリビングと続いているキッチンへと向かう。チラリ、ソファの肘置きにリモコンが置かれているのも確認して。 (発信機のとおりだね。持ちだされていないでよかった) カチャカチャカチャ……勝手に食器棚をあさり、アステは紅茶を淹れ始めた。ほわんとした紅茶の香りに反応した竜が、ソファの背もたれに抱きつくようにして問う。 「何しているんですか?」 「紅茶を淹れているんですよ。皆さんの分も。あ、フラーダさんはココアとかの方がいいかな?」 「あなた、もうあのホラー映画は見ないの? といっても簡単にリモコンは渡さないけど」 代理人の言葉に、カップをトレーに乗せたアステは苦笑してみせて。 「この部屋の有様と皆さんの疲弊具合を見たら、争う気失せますよー……ぼく戦闘能力も高く無いですし、特殊能力も無いですし。あ、どうぞ」 人好きのする可愛い顔でそう言われて「賢明な判断ね」と代理人はカップを受け取る。このままフラーダに教育番組を見せられれば代理人の目的は達成される。 「フラーダさんの力、室内だと特に強力だったです」 小さな空間での豪雨と竜巻は確かに凄いものだった。竜も諦めたようにため息を付いてカップを受け取る。 「フラーダさんにはココアだよ」 「ありがとー」 カフェオレボウルに入れたココアをもらって、フラーダは嬉しそうに飲み始めた。 「ぼくもいただきます」 アステが砂糖とミルクを入れた紅茶を飲むのを見て、若干警戒していた竜と代理人も思い思いに砂糖とミルクを入れて紅茶を飲む。 「ああー、落ち着きますね」 「そうねー」 竜と代理人の、疲弊した身体に暖かく甘い紅茶が染み渡る。フラーダはすでに甘いココアを飲み干していた。その様子をアステが鋭い瞳で見ているのに気がついた者はいない。 ――十数分後―― 「あら、フラーダちゃん眠っちゃっているわ。疲れちゃったのね……あふ」 いつの間にやら寝息を立てていたフラーダに気づき、掛けてやるブランケットを探そうと立ち上がった代理人もあくびをもよおす。 (急に眠くなったわね。気が抜けたかしら……) 「フラーダさん寝ちゃったなら、チャンネル変えますよー」 ぴっ 竜がチャンネルを変えるのを背中で聞いていたが、代理人は特に意義を申し立てなかった。フラーダが満足して眠ってしまったのなら、チャンネルに固執する必要はなくなる。それよりもフラーダが風邪を引かないようにブランケットを―― 「……あら?」 くらり、目眩とまごうほどの強烈な眠気が代理人を襲う。疲れてあくびが出る程度なら納得できたが、この抗えぬほどの眠気は異常だ。 「まさ、か……」 寝室でブランケットを探しながら、絞り出すように口にする。 その予想を本人に確かめる間もなく。 ぽふっ ベッドに倒れ込むようにして代理人の意識は途絶えた。 ★――フラーダ&代理人――Drop out ★――アステvs竜――Initiative アステ Now Playing 『あなたの街の激安メガ盛りグルメ!』 (なんだか、眠いです……) こくっ……はっ!? こくっ……はっ!? 折角目的のグルメ番組を見れるというのに、竜の頭には靄がかかったようだった。しっかりと情報が入ってこないどころか、テレビを見ていると眠くて仕方がない。船を漕いでは意識を取り戻す、そんな状態を繰り返していた。 だが、段々と意識を手放している時間が多くなった気がする。再び気がついた時には、さっき見ていたのとは別のお店が紹介されている事が多いのだ。 「もしか、して……」 今にも降りてきそうな瞼を何とか気合で押し上げながら、竜はアステを見る。 眠気という靄がかかったような視界の中のアステは、意地悪く笑っていた。 (こうなったら、リモコンを壊し――……) しかし抵抗むなしく、竜は一矢報いることができずに睡魔に負けてしまった。 ★――竜――Drop out ★――アステvs健――Initiative アステ Now Playing 『ブラッディ・ホスピタル』 「ふふ……ふふふふ……」 それまで黙っていたアステの口から笑いが漏れる。 竜の手から滑り落ちたリモコンを拾い、目的のチャンネルへと変える。 最早そのホラー映画が見たいと言うよりも、誰にも負けたくないという気持ちのほうが強かった。 「あははは、はははははは!」 この笑い声はホラー映画を楽しく感じるというアステの感覚から出たものか、それとも勝者たる哄笑か。 「……アステ?」 ひとしきり笑ったところで、名を呼ばれた。アステは声のした方を見る。 すると痛む身体を抑えながら、健が立ち上がろうとしていた。 「リモコン、を……渡せ……」 言葉を紡ぐのも辛いのだろう、それでも執念でアステの手にあるリモコンへと手を伸ばしながら匍匐前進してくる健。 「健さんが見たかったのって、『俺たちのマッポ伝説』だったよね、いいよ、変えてあげる。このチャンネルだね」 ぴっ 「ああっ!?」 何事もなかったかのようにアステは、健の見たかった『俺たちのマッポ伝説』を放映しているTV局へとチャンネルを変えた。だがそこには―― ――まるで走馬灯のようにKIRIN児くんのこれまでのシーンが繋がれたエンディングが流れていた。 「……あぁ、KIRIN児くんがっ!?」 驚愕と衝撃に目を見開き、テレビを見たまま健は固まる。エンディングの直後に流れた予告もまた、健に多大なる衝撃を与えた。 「畜生、俺は来週から何を楽しみに生きたらいいんだ……」 うなだれて床に突っ伏す健。それを見てアステはニヤリと笑みを浮かべて、映画へとチャンネルを戻した。 ぴっ ★――健――Drop out ★――Winner 山之内アステ Now Playing 『ブラッディ・ホスピタル』 映画は一本の長さが長い。故にテレビで放映される時間も長い。健が見ようとしていたような番組は大抵は一枠が30分程度の短い時間であり、その上特定の番組を見るのならば早いうちからチャンネルを奪わねば放映時間が終わってしまう可能性が高かった。 反対に、フラーダが希望したような子供向け教育番組というのは似たようなものが続いて放映されていたりするので、どのタイミングでつけても嗜好に合う番組がやっている可能性は高い。 竜の希望するようなグルメ番組も、特番でも2時間くらいと長めであり、またニュースの中のコーナーでも、彼女の希望する趣旨のものがあったりして、選択肢が豊富だ。 アステの選んだ映画というのは、放送時間は長いものの最初から見ていなくては意味がわからなくなることが多いのは事実。だがアステはストーリーを追うというよりもホラー演出を見て面白いと感じるから見たいというのが主であり、それだとしたらどのタイミングから見ても支障はない。故にアステは諦めたふりをして、他の者達が戦って一段落つくのを待っていた。念の為にリモコンに発信機をつけ、位置確認だけはして。 あとはすべて運のなせる技だ。それぞれの見たい番組の特性を考えて動き、ちょっと運命の天秤が別の方向に傾いたら、他の者の独壇場になっていた可能性もある。 でも、みんなそこそこ、希望の番組を見てはいたよね? *-*-* 「あは、ははははっ、面白いね!」 ホラーな演出がおかしくておかしくてたまらない。 「みんな一緒に見れば楽しかったのに」 みんながみんな、全米が恐怖で泣いたホラー映画で笑えるような感覚の持ち主ではないということをアステは知らぬのだろう。心からそう呟いて、アステは一人がけソファに座ってテレビを見ている。 「ただいまー」 その時、別荘の持ち主のコンダクターが返ってきたようだった。アステはソファに腰を掛けたまま玄関の方を振り返り、軽く手を上げる。 「おかえり!」 室内豪雨に見舞われてびしょびしょ、その上に室内竜巻で巻き上げられてぐちゃぐちゃになった調度。 傷だらけでいたるところで倒れている(眠っている)仲間達。 一体ここで何が起こったのか、それはチャンネル権をめぐって勇敢にも争った者たちがだけが知る、サーガなのである。 【了】
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