オープニング

 一年が終わり、季節が一巡して、インヤンガイに幾度目かの春が訪れた。
 新たな一年の始まり。灰色に沈む街も、この季節だけは鮮やかに色付いている。

 建物と建物の間に渡された幟は眼を射るほどの赤で、二階の窓から飛び出した黄金の蛇龍が天を目指して登って行く。
 青く細長い羅紗が絶えず風に翻る様は流れる水、流れる風そのものの様であり、白い鬣を堂々と蓄えた獅子の被り物を持ち、興行人が街を練り歩く。

 黒ばかりを基調とする街の上で、五色の祭は華やかに催されている。

 それは生の祭。巡る魂を讃え、その根源の充実を望む、命の祭りだ。


「お前達に行ってもらうのは、リージャン街区だ。――ついこの間も、行方不明者捜索の件で違うヤツが向かってたな」
 『導きの書』で己の肩を軽く叩き、世界司書シド・ビスタークは快活な笑みを浮かべた。
「知っての通り、インヤンガイでは今『巡節祭』と言う祭の真っ最中だ。壱番世界の『旧正月』によく似てるらしいが、何もかもが同じワケじゃない」
 混沌としたインヤンガイが、年に一度華やかに活気づく時期。この頃は世界の根源であるエネルギー『霊力』の動きも活発になり、あちらこちらで小さな暴霊騒ぎが頻出するのが常だと言う。
「リージャン街区では、『剣戟』って見世物が祭の最終日、夜に行われるらしくてな」
 二本の剣を構え、勇猛な太鼓と鉦の音に合わせ舞う五人の男達。
 今では見世物として大衆の目を楽しませるものとなっているが、そもそもの発祥は鎮魂の儀式であったらしい。その一年で死んだ者の魂を身に降ろした鬼神『ヘイイェ』と、四人の剣士が鎬を削り戦ったと云う伝説を下敷きにした、所謂剣舞だ。
「剣戟の舞手は五人。四人の剣士と、鬼神だな。――毎年、鬼神役の男が剣戟の最中に霊に取り憑かれて暴れだすんだそうだ」
 鎮魂の儀式としての力は、今も尚健在であるらしい。一年間の死者をその身に背負い、鬼神の役割を与えられた男は容易く本物の鬼神へと変容する。
「毎年死者は出てないものの、怪我人が絶えない」
 それでも祭を廃止にしないのは、街区の住民達にとって、巡節祭が一年の最大の楽しみであるからだ。
「お前達には、その男を止めてもらいたいんだ。ただ、暴霊が取り憑くのを未然に防ぐ方法はない。――それなら、取るべき処置は一つだろう?」
 悪戯に歯を見せて笑い、シドは事も無げにそう言った。


 通りを行く住民達もそれぞれに華美な装いを身に纏っているが、中でも取り分け、異世界の旅人達の目を惹く集団が居た。
 貌には京劇か歌舞伎役者のするそれの様な、五色を纏った鮮やかな化粧を施し、裾の長く翻る豪奢な衣裳を身に纏う。腰に無造作に差されているのは、紅い鞘に納められた二本の曲刀だ。
 五色の男達の内、ただ一人仮面を被っている男が、旅人達に気付いて振り返る。
 顔の上半分を覆う青い仮面は、額の両脇に小さな角を持っていた。
「よォ。何だ、ホントに来たのか」
 つっけんどんな口調ながらも、面の下から覗く口元は確かに緩く弧を描いている。
 華やかな祭の中でただ一人、沈む黒の衣裳を纏う青面の男は酷く人目を惹いた。もっとも、衣裳や面に施された飾りは煌めく黄金であり、色彩だけを言えばこの祭が持つ五色を用いている。――だが、なぜかこの男は、生の気配が酷く希薄に思えるのだ。
「俺はイェン。このリージャン街区で探偵をしている」
 自らを探偵と名乗った男は、宵闇の色をした袖を広げ、風に躍らせる。その腰に差された二本の刀は、他の舞手が持つ物とは違い、黒鞘の直刃だ。
「……つっても、この『巡節祭』の最中は探偵の仕事なんてしてらんねェンだけどな」
 硬質な髪を掻き混ぜてぼやく。獅子の鬣の様に後ろに撫で付けられた髪が、微かに乱れた。
「此処リージャンでは、祭の最終日の夜に『剣戟』って見世物をするんだよ」
「見世物ではない、立派な儀式だ」
 探偵の隣に立つ黄金の衣裳の男が、その言葉を正す。どっちだっていいだろ、と不機嫌さを隠しもせずに呟き、探偵は再び旅人達を見た。
「で、見ての通り俺はその舞手に選ばれてるってワケ。……アンタらが来た理由は判ってるよ。鬼神を止めてくれるンだろ?」
 剣戟が始まるまでは俺が観光案内でもしてやるよ、とからからと笑って、男は再び足を進める。四人の男がその後を追い、やがて賑やかな喧騒の中に溶けて消えた。
 五色の祭に、五色の男達が溶け込んでいく。ただそれだけの事なのに、何故引っ掛かりを覚えるのだろう。
 五人の行方をただ見詰めていたロストナンバーは、黒い男が立ち止まり、彼らへと振り返っているのに気がついた。
 華やかな五色の喧騒の中で、金に縁取られた青と黒が、冴え冴えと輝く。

「剣戟が始まり、暴れ出した鬼神と戦って、止める。――荒療治だが、鬼神とはいえ身体は一般人だ。お前達なら簡単だろ?」
 シドの豪胆な言葉が、旅人達の脳裏に蘇る。

 ――止めてくれ。

 声こそ聞こえなくとも、面に覆われていない男の唇は、確かにその五文字を形作った。
 青い仮面のその奥から、真摯な瞳が旅人達を射ている。

品目シナリオ 管理番号285
クリエイター玉響(weph3172)
クリエイターコメント皆様こんにちは、またはこんばんは。玉響(たまゆら)です。
インヤンガイで行われる『巡節祭』へ、皆様を御誘いに参りました。

此方のノベルでは、リージャン街区にて行われる『剣戟』の観光へと行って頂きます。
二本の剣をその手に、五人の男達が勇壮に舞う剣舞。
毎年この見世物では、鬼神役に割り当てられた舞手が暴霊に取り憑かれ、暴れるという事件が起こっています。
暴れ出す彼を戦って止めてほしい、と云うのが今回の依頼です。

剣戟が始まる夜までは、屋台や雑技などが並ぶ巡節祭を観光出来ます。
剣戟には鬼神以外に四人舞手が居ますが、彼らは一般人ですので戦力にはなりません。忘れて結構です。

ちなみに、このノベルでは失敗・成功などの判定は一切ありません。
どうぞ、御自由に観光を楽しみ、思いっきり大暴れしてくださいませ。
尚、都合によりプレイング受付期間が二日ほど短くなっております。お気を付けください。

それでは、参りましょう。五色の命が巡り舞う、華やかにして猛々しい祭へ。

参加者
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
永光 瑞貴(cesa1307)ツーリスト 男 15歳 渡りの舞師・法術師
柊木 新生(cbea2051)ツーリスト 男 48歳 警察官
ロウ ユエ(cfmp6626)ツーリスト 男 23歳 レジスタンス

ノベル

 鋼と鋼の擦れ合う、鈍い音が響く。
 大の男の腕力で弾き飛ばされて、永光瑞貴は二、三歩後ろへステップを踏んだ。辛うじて姿勢を崩す事は耐えて、再び両手の二剣を構えると、気丈に対峙する男を睨(ね)めつける。
「……嬢ちゃん、そろそろやめにしねぇ?」
「まだまだいけるぜ! ってかおれは男だ」
 そう言いながらも、線の細い肩は荒く上下し、両腕は小刻みに痙攣が見える。――街区に到着して以来、ずっとこうして剣戟の型を教わり続けていたから、舞を本業とする瑞貴の体力も限界に近かった。
 青い舞手と瑞貴の太刀合いを見ていた紅の舞手が立ち上がり、手を軽く上げて近づく。振り返った青い舞手とハイタッチを交わし、今度は彼が瑞貴の前に立った。
「その意欲とセンスは認めるけどな。今ぶっ倒れてちゃ本番何も出来ないだろ」
 対峙する紅の男は背が低く小柄で、瑞貴とそう変わらない体格をしている。
「おれを誰だと思ってるんだよ?」
「誰って、嬢ちゃんの事ほとんど知らねぇしなあ」
 意気込む少年に肩を竦め、けれど好戦的に笑い、紅き舞手は腰に佩いた二剣を抜き放つ。

 坂上健は路地の隅に置かれた廃材に腰かけ、瑞貴と舞手が剣戟の打ち合いをする様子を何ともなしに眺めていた。
 リージャン街区の巡節祭を観光しようにも、案内を買って出た探偵はユエの、その隣にいた黄金の舞手は新生の案内に出てしまい、残りの三人はこうして瑞貴に延々と付き合わされている。しばらくは一人でぶらついていたが、やはり地元の人間の案内が無ければ何処か味気ない。だからこうして、買い込んだ点心に喰らい付きながら休憩――鋭意を養っている、と言うわけだ。
「……けどさ」
「ん?」
 瑞貴の勢いから解放され、ほうほうの体で健の座る廃材の近くへとやってきた青の舞手が、少年の零した小さな呟きに反応を返す。置かれた桃包を許可も得ずに摘まみ、視線だけで健に言葉を促した。
「面白いお祭りだよな?」
「……面白い、かなぁ」
 この地に生まれ付いて以来、毎年付き合ってきた伝統行事であればあまり意識をしないのも当然だろう。首を捻る男に健は笑ってみせる。
「鎮魂、なんだろ? この剣戟って奴は」
「まぁな」
 死した人間の想いをその身に背負う鬼神と、その死者の想いを受け止めて浄化させる四人の剣士。季節が巡るのと同じように、人の想いもまた、巡り廻るものだ。
「巡る季節、巡る想い……なんつうか、俺らには格別判る気がするんだよ」
 その思想は、健の故郷である壱番世界の日本に、何処かよく似ていると思う。
 胡麻団子を頬張りながらそう語れば、青き舞手は苦笑しつつ頷いた。

「ああ、兄さんそれも買うからまけてくれよ」
「エ、まだ買うのかよ」
 白き美貌ににこやかな笑みを浮かべたロウ ユエが指さした先を目で追って、イェンは辟易した。――すでに探偵の二本の腕には、抱えきれない程の点心が収まっていると言うのに、まだ買うと言うのだ、この男は。
 屋台の店番を任されているらしい青年は唖然としたように目を瞬かせ、しかしすぐに接客用の笑顔を浮かべ直した。まけろと言われたとはいえ、沢山買っていってくれるのだから上客には違いない。
「一応酒は止めておくさ」
「いや、酒がなくても充分だろ、この量は……」
 何故か荷物持ちを一手に担っている探偵は、仮面で隠れていない口許を呆れた様に歪めた。ユエは薄く笑みを零し、衣裳の長い裾を翻す。
「しかし……なんだか懐かしいな」
「あ?」
 剣呑さを隠しもせずに問い掛ける探偵に、頷いてみせた。
 通りを歩けば、華やかであり、騒々しい空気が彼らを包み込む。五色を多用したリージャン街区の巡節祭は、猥雑としていて、豪奢だ。
「いや、こういう雰囲気と似た祭を知っていたと言うか」
 問い掛けておきながら、興味もなさそうな相槌だけが返る。白い髪を揺るがせ、ユエは郷愁と共に紅い瞳で周囲を見渡した。
「アンタ、今日の仕事判ってンのか、ホントに?」
「判ってる。――平たく言えば、戦ってぶん殴り昏倒させればいいんだろう?」
「……当人の前でソレを言いますか」
 殴られンのは俺なんだぞ、と言う探偵の愚痴もさらりと受け流し、ユエは足を速めた。日は既に落ち始め、夕刻が迫ってきている。
 隣を歩く男は、生の気配を匂わせない。先程までは微弱ながらも感ぜられていたそれが、今では全くと言っていいほど感じられなくなっているのだ。
 ――確実に、呑まれ始めている。しなやかに笑いながらも、ユエはそれを確信していた。
「安心しろ。責任を持ってきっちり止めてやる」
 真摯さを纏って呟かれた言葉を、鬼神を演じる男はただ静かに聞き届けた。

 華やかな五色に包まれた通りを歩く柊木新生の傍を、真白き鬣の獅子が猛々しい舞を披露しながら通り過ぎる。力強く美しいそれに拍手を送り、新生は視線の先に在った屋台に目を奪われた。
「……先日来た時も思ったけど、やはり此処は香港に似ているんだねぇ」
 思わず独りごちれば、隣を歩く黄金の舞手が「ホンコン?」と鸚鵡返しに訊ねてきた。
「僕の故郷に在る地名だよ。香る港でホンコン」
「……ふむ。確かに香港だ」
 どうやらこの街区の言葉でも、香港の読み方は同じらしい。新生は些細な発見に笑って、甜点心をひとつ齧った。そして、新生と同じほどに背の高い隣の男を見やる。
 剣戟を『儀式』として殊更重んじているこの男は、第一印象の通りに気難しい人間であるようだ。新生が案内を頼んだ時も、五色で飾られた額に皺を寄せながら肯いたほどである。
「鬼神役の人間が暴霊に取り憑かれるって事は、さっきの仮面の彼を止めればいいのかな」
「ああ。だが、それだけでは足りない」
「足りない?」
 さり気なさを装って口に出した話題に、男は静かな口振りで応える。
「剣戟は儀式だ。見世物ではない。正しい段取りが、決められている」
「へぇ。……聴かせてもらっても、いいかな?」
 暫しの逡巡の後、黄金の唇から語られ始めるのは、この地に伝わる異形の伝説。


 道案内兼荷物持ちをしてくれた探偵と別れ――舞手は剣戟が始まる前に何やら為すべき事が在るらしい――、ユエは瑞貴と健の待つであろう儀式の地へと赴いた。剣戟が始まる前に、広さや足場の確認もしておきたかった。
「おかえり!」
 路地の入口に背を向けていた少年――瑞貴が振り返り、満面の笑みを浮かべて彼を迎える。ユエは咄嗟に頷きかけて、瞠目した。
「……何、してるんだ?」
「見てわかんねぇ?」
 彼が纏うのは、五色の剣士が身に着けていた装束によく似た紅い衣裳であり、その髪には黄金の組紐が飾られている。掌に乗っているのは五枚の貝――貝紅であり、少女と見紛う美しい貌には五色を駆使した彩が為されていた。
「この祭に使われてる『五色』の意味って、おれが持ってるトラベルギアと似てるらしいんだよな」
「ああ、赤・青・黒・白・金……だったか?」
「壱番世界に伝わる『陰陽五行思想』とも一致するねぇ」
 先に到着していたらしい新生が、大根餅を呑気に食べながら合いの手を挟んだ。
 五行思想。万物は木火土金水の五種類から成り立ち、それらが互いに影響を与え合い、天地を循環させていると言う、古代中国に端を発する考え方だ。中国によく似た文化を持つこのインヤンガイに、同じ思想が在ったとして不思議ではない。
「そう! で、おれ考えたんだけどさ」
「黒は鬼神の色で、残りが四色。剣士は四人」
 何故か生き生きとしている瑞貴の言葉を、健が引き継いで語る。彼もまた四人の剣士が纏っていた内の、青き衣裳を身に付けている。
「……じゃ、俺らも四人、って事は?」
 二人の少年が同時に浮かべた悪戯な笑みに、二人の大人は苦笑する他なかった。



 しゃァん、しゃァん。

 打ち鳴らされる鈴鳴は、人ならざる者の跫(あしおと)か。

 刻まれる太鼓の拍子は鋭く、大気を穿つ様に響き渡る。大鐘の音は獰猛な鬼神の咆哮であり、龍笛が吹き鳴らすのは厳かな祈り。荘厳に荒れ狂う旋律の響きに、眠る者は目醒め、死した者は黄泉還る。
 夜闇は色濃く街を覆い、鮮やかな五色をも黒の中に閉じ込める。
 華やかであった祭の色彩は沈み、喧騒は打ち鳴らされる旋律に遠く掻き消える。人々は引き寄せられる様に、魅入られる様にこの地へと足を向けた。
 豪放な音楽の中を、五色の蝶が舞う。
 観衆の誰かが徐に手を伸ばしても、儚く虚ろな蝶はその指先を擦り抜けるのみだ。音の群れを泳ぎ、宵闇の空に躍る、羽撃く翼。それは静かに、儀式の地に彩を添える。
 次第に人が集うその場所に、円を描く様にして『場』が出来上がるのは、定められていた事だ。観衆達は誰に言われるでもなく、その場に踏み入れてはならぬと知っている。黒を除いた五色が絡み合う様にして地面を彩る、その空間は、生と死が邂逅する場所だ。
 そこに立つ事を許されているのは、五色を身に纏う舞手達、ただ彼らだけ。紅き鞘から抜き放った刀を両手に提げて、彼らは静かに佇み、静かに待つ。鈴鳴の跫を。
 五色の剣士と、輪を描く観衆。両者の合間に広がる空間に、豪奢な衣裳を纏った女がその身を伏せている。羽撃く蝶は虚ろに、典雅にその周囲を舞う。

 しゃァん。
 また、鈴が鳴る。跫がひとつ、現世へと近寄る。

 白魚が水面を跳ねる様に似た動作で、女が身を起こした。黒き髪を飾るのは黄金の組紐、白き貌を隠すのは表情を持たぬ朱金の仮面。右の腕から黒き羅紗がたなびけば、左の腕に纏う白き羅紗が翻る。青き扇と紅き扇をその手に、女は静かに足を踏み出した。爪に燈る金の色彩が、立ち込める宵闇に煌めきを落とす。
 それは彷徨い飛び交う蝶に似た、儚く虚ろな舞。
 黄金の衣を纏う舞手が、右の手に握る剣を徐に頭上へと掲げた。手の中でそれを翻し、軽やかに廻す。鋼の光が夜闇に跳ね、輝いた。
 大鐘が高く、低く、鋭い音を立てて打ち鳴らされる。
 四人の舞手が大地を蹴り、剣を虚空へと突き出す。もう一方の剣を手の中で遊ばせて、宵闇に紛れて見えぬ何かへ追い縋る様に剣撃を放った。
 美しい、と。そう称賛するしかない、一糸乱れぬ統率された動きであった。剣を揮う男達は勇猛に、集う死者の魂を討ち祓う。

 しゃァん。
 人ならざる者の跫が、すぐ傍まで迫っている。

「さあ」
 いつの間にか観衆の前に立ちはだかっていた男が振り返り、金の仮面の奥から彼らに声をかける。その両脇には、白と青の仮面を被った男が二人、佇んでいた。
「舞はいよいよ佳境に入る。死者の世界と此方とを繋ぐ二里の祠から、黒夜の鬼神が姿を見せる」
 ――貌の全ては仮面で覆い隠されていて、或いはその声は、男が発しているものでは無いのかも知れない。だが、それは確かに、生者のものであると、何故かそれだけは判った。
「だが、此処からは戦いも烈しくなる。もう二、三歩ずつ、場所を開けてもらえるかね? ――でないと、あちらの世界に連れ込まれて仕舞う」
 穏やかだが毅然としている、有無を言わせぬ口調に、観衆の誰かが静かに頷いた。
 剣士達を覆う円は大きく広がり、金の仮面の男は静かに一歩、進み出た。
 その奥で、赤の強い鳶色の瞳が、穏やかに煌めく。

 しゃァん。
 しゃァん、ぢゃァん。
 鈴鳴に大鐘の音が重なり、轟く。
 それは『彼』が現世の大地を踏む音であり、鋼を揺るがす鬼神の慟哭と咆哮だ。

 陣形を崩さぬ四人の舞手の中央で、漆黒の影が立ち上がる。
『人よ』
 それは黒。人の形に凝縮された闇。金色の月光を纏いて、燻りうねる艶やかな色の夜だ。
 不安定な舞を見せる数多の蝶が、立ち上がった夜へと集う。五色が一カ所に集う光景は幻想的で美しく、まるで死者の魂が喚び寄せられているかの様だ。
「来たな」
「ああ。――見惚れている訳にはいかないな」
 人の形をした闇とはまた違う、銀で装飾の施された青き仮面を被り、舞手達と同じ装束を纏った男が呟けば、白き色彩を持つ白き仮面の男が頷いて答えた。
『その青き鋼を用いて、我に応えよ』
 響く声は鈴鳴に似て、幾重にも幾重にも重なり、何処から放たれているのかすらも判らない。黒き衣が両手に掲げるのは、灰銀に煌めく一対の剣。柄から伸ばされた五色の飾り紐だけが、生きる宵闇に美しく色彩を燈す。
「……あれは、本当に……イェンなのか」
 緩く首を振り、白い男が疑念を零した。
 青き仮面に、金の縁取りが為された漆黒の衣。夕方別れた時と姿形は何も変わっていないのに、道案内を買って出た彼の探偵とは、何もかもが、違う。元より希薄であった生の気配は今は全く感じられず、不吉な死の匂いに凝り固まっている。
 緩やかに、しなやかに、剣士達の周りを舞っていた女が、鬼神へと視線を向けた。青い蝶が靡く黒髪を飾る。
「そろそろ、だな」
 女の口元から零れたのは、若い少年の声。
 右手に広げた青き龍の扇を、鋭く振り抜く。
 蛇龍が勢いよく天へと昇る姿に似た、苛烈な竜巻が巻き起こった。色を持たぬはずの風は何処か青に似た彩を纏い、五色の儚き蝶を高く高く舞い上げる。
 唐突の嵐に観衆の眼は眩み、誰もが強く瞼を閉ざした。
 そして、次にその眼が開かれた時、勇壮な四人の剣士が四人の旅人へと入れ替わった事に、観衆達は誰一人として気付かない。


『おお――』
 跫は鈴鳴、咆哮は大鐘。ならば、感嘆の声は摺鉦と呼ぶべきか。
 金属の音色を纏う黒夜の鬼神は、対峙した四人の旅人達に純粋な喜びの声を上げた。
『此の地に縛り付けられた魂とはまた違う。汝等は、何処から来た者ぞ』
「何処だっていいだろ。あんたが満足するなら、さ」
 早々に儀式の剣を捨て去り、使い慣れたトンファーを手に構える青の舞手――健は、五色で彩られた顔に不敵な笑みを浮かべた。鬼神は呵々として笑い、その手にした剣を彼らへと向ける。
『然り。野暮な事を問うた。――此れより言葉は不要、刃で応えよ!』
「言われなくとも」
 しなやかな一歩で鬼神の懐へと踏み込み、白き舞手――ユエが刀の柄を突き出した。掌でそれを受け止めて、鬼神は彼の鳩尾へと蹴りを繰り出す。後ろに跳躍する事でそれを避けて、ユエは小さく笑った。
 宙に放り投げた剣を再び受け止めて、手の中でくるくるとそれを遊ばせる鬼神には、殺気も敵意も、欠片として存在していなかった。ただ、こうして剣を交える事が楽しくて仕方がない、そんな童子の我儘の様な雰囲気を纏っている。
 空を穿つ鋭い突きを躱し、続け様に放たれる剣を健はトンファーで受け止める。上手く身体を滑らせる事で軌道を逸らして、次の剣撃を受けた。
 受け止め、逸らす。
 トンファーとは元来防御に優れた武器であり、健が剣よりもこちらを選んだのは、鬼神――身体は人間である彼を傷付けたくないと言う意思表示であった。これが鎮魂の儀式であると言うのなら、数多の魂が満ちるまで、剣戟に付き合ってやりたい。対峙し、向き合う事で継がれていく想いも在る筈なのだから。――健は、そう考えている。
 打ち込み、受け止める剣士と鬼神の周囲を、五色の蝶が舞う。
 先程よりもより確かに実体を感じさせるそれらは、紅き舞手、瑞貴のトラベルギアから喚び起こされたもの達だ。両腕の羅紗、爪先に燈る金、先程まで両手に広げていた――今は腰帯に差している――一対の扇。そして貌を彩る化粧、それぞれに施された五色が、蝶と言う形を得て飛んで行く。それは決して観衆の目を楽しませる為だけではなく、他の舞手を援護する為に展開された、瑞貴の力だ。
 瑞貴自身は、先程までの厳かな舞とはまた違う、強靭な鋼が撓るのによく似た苛烈な動作で剣を揮っている。
 紅き舞手は峻烈なる夏と焔の剣士。誰よりも鮮やかであり、誰よりも容赦が無い動きで黒き鬼神へと迫る。剣舞の流れを脳裏に描きながら、鬼神が両足で踏み抜く拍子を読み取り追随する。
『娘よ』
「おれは女じゃねえ」
『何故、そうして戦う?』
 呼吸をする様に剣を揮い、剣を揮う様に問いを放つ。青き仮面の奥の瞳は瑞貴の向こう側に在る何者かを透し視て、淡々と言葉を投げかけた。
『何を不満に思う? 何から逃げる? 何を欲した?』
 続けざまに放たれる問い、しかし瑞貴には答える言葉はない。何故なら――。
「言葉は要らないって、さっきおまえが言ったばかりだろ!」
『然り!』
 そうしてまた、摺鉦の笑い声を上げる。
『刃を以て応えよ、紅き焔の剣士よ!』
 しゃァん、鈴鳴の音が跳ねて、黒衣の鬼神が高く飛び跳ねた。右手の剣を誇らしく掲げ、左手の剣を見上げる瑞貴の貌めがけ振り降ろす。瑞貴もそれに応え、両手の剣を交差させて衝撃を待った。
「――今度は俺の相手をして貰おうか?」
 しかし、差し挟まれた声に、それを阻まれる。
『白き剣士か』
 念動で落ちる鬼神の軌道を逸らし、着地点へ鋭い蹴りを放つ。空をも斬り裂いたそれを剣の面で受け止めて、鬼神は呵々と笑う。ユエもまた、整った貌に薄い笑みを浮かべた。
 白き舞手は情深き秋と金の剣士。鋼の音を高々と打ち鳴らし、黒き鬼神へと肉薄する。彩り豊かな木々は、しかしその先に死の季節を予感している。
 黒き直刃が振り降ろされるのを身体を滑らせて受け流し、回転し勢いをつけたまま白き曲刀を振り抜く。黒と金の装束が翻れば、白と金の剣がその軌跡をなぞる。それは予定調和の剣舞であり、息もつかせぬ剣戟だ。
 流れるようにしなやかに、ユエは攻撃の手を休めない。鬼神の注意が、他へと移らぬ様に。
『其の力、面白い。此の地には無き物』
「それはどうも」
『心の臓でも抉り出し喰らえば、我の物になるか?』
「……御免被りたいな」
 愉しげに笑う青仮面の鬼神と、怜悧な笑みで返す白化粧の剣士。その会話は他愛ない、日常に繰り返される言葉遊びの様だ。
 鮮烈な色を纏い、流麗な攻防を続ける白と黒の剣士を、黄金の舞手、新生は静かに見つめていた。
 剣戟の型をなぞり、手の中で曲刀を躍らせながら、鬼神の攻撃が観衆へと向かわぬ様気を廻し続ける。
 ――死した人を神に封じる儀式をやってる。そう思えば、誰一人怪我させず御霊の想いが叶うまでずっと打ち込み続けさせてやりたいってのは、変でも何でもないだろ?
 ――この儀式に、まだ鎮魂の効果が残っているなら。成功させなきゃいけないんだ。民が楽しみにしてるなら、尚更。
 剣戟、鎮魂の儀式を成功に終わらせたい――仲間の意志を汲み、観衆の避難誘導は最低限に留めたが、新生は警察官だ。不安が消えるはずもない。
 何が起きても素早く対処できる様、右手の剣は鞘に収め、トラベルギアである拳銃を握り締めている。

 ぢゃァん!
 大鐘の音が高く轟き、観衆の鼓膜を揺るがす。

 その一瞬の隙を突いて、新生は引き金を引いた。
 狙いは過たず、鬼神が掲げた剣の柄へと、吸い寄せられるようにして弾丸が飛び込む。
 突然の衝撃に剣を弾き落とされ、鬼神が姿勢を崩す。それを見逃す事なく、新生は周囲の地面に視線を走らせた。
 黄金の舞手は聡明なる大地の剣士。青から赤へ、赤から白へ移り変わる季節の境目に現れ出でて、次の色彩を導く。――黒き冬から、青き春へと、巡る魂を導く、その役目を担う。
 新生は屈み、健が放り出した剣を手に取った。
「坂上くん!」
 青き衣を纏う春の剣士へ、それを放る。纏う黄金の衣が、煌めき翻った。
 健は反射で剣を引っ掴み、勢いを殺す様に一歩二歩後ろに退く。
「なん、」
「それで鬼神の首を刎ねるんだ」
「――!」
 さァ、と五色の化粧に覆われた健の表情が変わる。新生は首を振り、真似事で構わない、と言葉を継いだ。
「それが剣戟の段取りだ」
 苛烈な太刀を浴び、溺れる様にもがく鬼神は青き剣士に討ち取られる。黄金の舞手を担っていた男が口にした、儀式としての段取りを、新生は記憶に留めていた。――儀式を続け、完遂させる、と決めたからには、そうしてこの戦いを終わらせなければなるまい。
 明るい鳶色の瞳に真摯に射抜かれて、健は頷いた。
 ユエの念動に足を掬われ、剣を手放した鬼神は惑い、たたらを踏む。その隙を見逃さない様にして、剣を握り締め、懐へと飛び込む。
『噫、矢張り汝か! 誇り高き春の剣士よ!』
 間近で響く大鐘の咆哮は、何処か笑っている様でもあった。

 しゃァん。
 轟く鈴鳴の音に合わせ、渾身の力を込め、剣を揮う。

 ――季節は巡る。それは、どの世界でも変わらぬ、普遍の摂理だ。

 首の皮膚ぎりぎりを滑った青き剣閃に、黒夜の鬼神が身を硬くし、仰け反る。けれど、鋼を握る腕に、手応えはない。
 青き舞手は華やかなる春と樹木の剣士。黒き死の季節の後に訪れる、再生と繁栄の季節。巡る春は全てを覆い尽くした黒も、死も、穏やかに受け止めて、その魂を次へと繋ぐ。
「還れよ、空に」
 張り詰めていた弦が切れる様に、五色の地へと倒れ伏す黒衣の男を見降ろして、健は静かに呟いた。
「神として、祖霊として。……そして、またいつか、戻って来い」
 人の形に凝縮された闇から、徐々に昏い青の燐光が立ち昇る。ほのかに燈る灯は鬼神の身体を離れ、儚く揺らぎながら大気へと躍った。五色の蝶がその光に集い、舞を描く様にして共に空へと浮上する。
 それは青き炎舞。鬼神の光に導かれて、虚ろな宵闇の中を死者は渡る。

 しゃァん、しゃァん。
『また逢おうぞ、異邦の戦士達よ』
 鈴鳴の跫は遠ざかり、摺鉦の笑い声が場に降り注いだ。


 儀式は終わって、死者の魂を背負った鬼神は空へと還り、場に残るのは満ちた生の気配。歩み寄る春の香に、人々は季節の移ろいを実感する。
 固唾を呑んで見守っていた観衆の前に、紅き舞手が厳かに進み出た。
 深く深く腰を折り、髪に飾られた黄金の組紐と両腕の羅紗が地面に垂れる。二本の剣を置き、青と赤の扇をその手に躍らせれば、紅き剣士は渡りの舞師へと変貌を遂げた。
 貌を上げて、紅き化粧の施された唇に華やかな笑みを浮かべる。典雅な仕種で一歩足を踏み出し、青き扇を振り翳す。
 蒼穹に似た淡い色の花弁が、風に乗って舞い上がった。
 春の香りが宵闇に満ち、沈んでいた街の色彩が鮮やかに蘇る。青き扇から花弁を散らし、瑞貴はしなやかに伸びやかに、五色の大地の上で舞う。願うのは、巡る季節、巡る魂の繁栄と豊穣。
「……ぅ、ぁ?」
 倒れ伏していた黒き鬼神の口元から、微かに、けれど確かに声が零れた。
 ユエは屈み込み、手を貸してその身を起こしてやる。
「気が付いたか、イェン」
「ぁー……腕が痛い足が痛い背中が攣る」
 仮面の奥の瞳は未だに焦点が合っていないが、しかし矢継ぎ早に紡がれた愚痴に、白き舞手は小さく苦笑を洩らした。
 瑞貴の舞には、他者の傷を癒す法術が練り込まれている。そして、それ以前に健のはからいにより、鬼神には一切の傷を負わせていない筈だ。ならば、彼が今感じている痛みはただの筋肉痛と言う事になる。
「我慢しろ。二三日もすれば治る」
「だから舞手なンて嫌だッつったんだよ……」
 虚ろに彷徨う瞳が周囲に舞い交う花弁を眺め、やがて紅き衣を翻して舞う瑞貴へと向けられる。彼らを覆う宵闇は穏やかで、春の気配に満ち溢れていた。
 何処へとも知れず飛んで行く青き花弁は柔らかく、新生はその行方を目で追う。
「……陰陽五行とやらで言えば、春は全ての始まりと言うじゃないか」
 徐に手を差し出しても、淡い青はその指先を擦り抜けていくだけだ。すり抜け、彷徨い飛び、夜闇の奥へと溶けて消える。
「ごぎょう? 五色のコトか?」
 五行思想を知らぬ探偵が、的外れな問い掛けをした。新生は頷いて、朗らかに笑いかける。
「真偽のほどは判らないけれども……この祭は『死者が生者として生まれ変わる』と言う意味があるんだろうかねえ?」
 虚空の闇へ向けて問いかけても、霧散した鬼神からの答えはない。
「……さァな。だが、ありがとよ」
 鬼神であった男もまた、答えをはぐらかした。ついでの様に付け足された感謝の言葉は青き花弁の風に浚われ、その身を支えるユエの耳に辛うじて届いた程度だった。

 しゃァん。
 宵闇の向こう側から、鈴鳴の音が響く。

クリエイターコメント新年快樂!
四名様、ご参加ありがとうございました!

五色が巡る命の祭での鬼神との戦い、鎮魂の儀式を記録させていただきました。

『鎮魂の儀式を成功させる』『剣舞が続いているように見せる』といったプレイングをいただきましたので、このような形となりました。
尚、皆様に割り振らせていただいた『色』は完全なる独断と偏見です。ご容赦くださいませ。

筆の向くまま自由に捏造してしまいましたので、口調、設定、心情等、イメージと違う点がありましたら御伝えください。出来る限りで対処させていただきます。

勢いと衝動に任せ、やや暴走がちながらもとても楽しく書かせていただきました。ありがとうございました。
御縁が在りましたら、また何処かの階層で御逢いしましょう。
公開日時2010-02-14(日) 16:20

 

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