「みなさ……」パーーンッ!! 旅人達を出迎えようと世界司書の少女がこちらに一歩踏み出すと同時に部屋の外にも響き渡るような大きな音が鳴る。その音に旅人達が目を丸くすると、少女は大慌てで謝る。「す、すみません! これを踏んづけてしまいました」 少女は小さな袋を旅人達の前にかざす。袋の中には小さなピンク色の玉がたくさん入っている。かんしゃく玉だ。「インヤンガイでは祝い事の時に爆竹を鳴らすという事を聞きましたので、色々と取り寄せていたんですが……」 その中に混ざっていたらしい。少女の後ろの机の上には爆竹から花火まで様々な火薬を扱った品が並んでいた。「そう、それで、皆さんには今回はインヤンガイに行っていただきたいんです。巡節祭、新年を祝うお祭りですね。その調査を行ってください」 もちろん、と彼女は続ける。「調査といっても、堅苦しいことはありません。皆さんがそれぞれお祭りを楽しんでいただき、その様子を教えていただければ十分です」 インヤンガイの住人に近い視線で街の様子を知りたいのだと言う。「巡節祭で街中がお祭り騒ぎです。色々な催し物も行われているのですが、その中でこんなものがあるようなんです」『今年の福男&福女は君だ――今年の運は大爆発!!――』 少女が差し出したわら半紙にはそんな文字とたくさんの人が爆発で吹っ飛んでいるシュールなイラストが描かれていた。さらに左下に太枠で囲まれた部分があり、そこにはこんな事が書かれていた。参加資格:健康な男女(怪我をしてもかまわない者)会場:△△広場開始時間:日が沈むと同時に開始支給品:爆竹(全身用)、たいまつ(着火用)、戦闘服ルール:最後まで爆発せずに生き残った者が勝利賞品:爆竹一年分「……というわけです」 いや、わかりません。という表情の旅人に少女はざっくりと説明をする。 つまりは、全身にぐるぐると爆竹を巻き付けてのバトルロイヤルらしい。それぞれがたいまつを手に爆発させられないように防御しつつ、相手を爆発させていき、最後に残った者が優勝となると。「馬鹿騒ぎをしたい地元の若者達が企画したものらしいんですよ。でも、楽しそうじゃないですか!」 私も行けたらいいのにと小さく呟くと、少女はぐっと拳を握りしめた。「モエニクイキガスール製の長袖の衣類が上下で支給されるそうです。ゼッケン代わりにもなっているので全員強制着用です」 それ燃えますよね。という旅人達の視線に少女はフッと微笑む。「燃えるときは燃えます。消火班は常に待機しているので大事には至らないはずです。なお、参加者は全員試合開始の前に一斉に頭から水をかぶります。御祓……といのは建前ですね。多少の火傷は気にしたら負けだそうですので、そんな感じで」 せっかくだから優勝目指すのもよし、華々しく散るのもよし、仲間と協力するもよい。 広場にはこの催し物の為に木箱などが積み上げられているので、危険を感じたら身を隠すことも可能だ。ただ、テンションのあがっている観客に囲まれているので、隠れ続けていると、ヤジを飛ばされて場所を特定されてしまうらしい。「参加者はほとんど皆さんに比べたら取るに足らない相手のようですが……その中でロウさんという青年とヘイさんという少年はなかなかの強敵みたいですね……」 ロウさんは慎重な動きで去年は最後まで生き残り優勝したらしい。 一方でヘイさんは、若者らしく猪突猛進。相手を倒した数はぴかいちらしい。ただ、焦るとやけになってしまうらしく、去年は優勝を逃している。「最後には優勝者を称えて、爆竹を鳴らすんですが」 どれだけ爆竹好きなんですかと言いたげな旅人に少女は付け足す。「打ち上げ花火も上がるみたいですよ?巡節祭の祝いでもあるので、けっこう盛大にやるみたいですね」 話によると、休憩も挟むが三十分は花火を打ち上げ続けるそうだ。「一応、周囲には露店なども立ち並んでおり、ちまきみたいな食べ物ですとかが販売されてるみたいです。戦ってお腹が空いたらそちらを食べてみるのもよいかもしれませんね。壱番世界で中華ちまきと呼ばれるようなものから、あんこの入った甘いお菓子のようなも、フルーツと魚等を何も考えずに混ぜたチャレンジャーなものまで色々あるみたいですよ」 美味しいものがあったら教えてくださいねと笑う。 「それではいってらっしゃい」 少女は笑顔で旅人を送り出した。
●お祭り騒ぎ 飛び交う歓声、怒声、次々と火をつけ放たれる爆竹の音。 夜が近づくにつれ、街の人々のテンションはどんどん上がっていく。 街中が巡節祭の空気に浮かれていた。中でも最高に浮かれている人達がその広場には集まっていた。 「福男になりたいかー!!」 日が沈むと同時に、広場の真ん中で派手な格好をした男性が拳を突きあげて叫んだ。 もう片方の手には新聞紙のような何かを丸めた急造メガホンのようなものをつかんでいる。どうやら司会者らしい。 「「「おおぉぉぉーーー!!」」」 彼の声に広場にいた若者達が答える。その声の大きさに満足そうに頷いた。 「ならば戦え! 福男、あるいは福女は君たちの中にいる!!」 ハイテンションで司会者は続ける。そのテンションにつられるように広場は大きな歓声に包まれた。 その中には、当然、旅人達も混ざっていた。 「お祭りかぁ、いいねぇ」 「折角の楽しいお祭りだし、一緒に楽しみたいな」 楽しそうに観客の様子を眺め、派手に騒げるものは好きだと言うロウシェン。 その隣で相沢 優も参加するからには優勝を目指そうかなと穏やかに微笑む。 「インヤンガイ……暗いイメージばかりだったけど、こんなんもあるのか」 ファーヴニールの言葉に藤枝 竜も頷いた。 「そうですね。だけど、こういう事なら大歓迎です」 「暴霊なんてのがいると聞いてたが……まぁ気を抜いて楽しもうかな!」 彼女もファーヴニールも張り切っているようだ。その一方で今にも死にそうな顔をしているのが、山本 檸於。 「騙された……騙された!」 念の為に言っておくと、誰も彼を騙したりはしていない。単に彼が話をきちんと聞いていなかっただけである。 祭りという単語に惑わされて参加しにきたものの、その実態を知って自分の迂闊さを嘆いていた。 「あの時の自分を殴りたい! 殴りたい!」 もしくは、さっきまでの初めてくるインヤンガイの熱気に驚いていた自分に戻りたい。 そんな彼とは対照的にやる気満々。容赦なく友人にビシッと指を差して叫ぶは日和坂 綾。 「言っとくけど! これでも私、真面目に福女目指してるからね? 竜ちゃんやユウ相手だって手は抜かないんだからっ!」 「うん」 「私も負けませんよー!」 みんなと楽しめればいいなといった感じの優に対して、制服姿の女子高生二人は共に大変な武闘派女子高生だった。 しかし、見た目だけならごくごく普通の女子高生。とりあえず危なそうだったら庇おうと檸於は思っていた。 「さぁー! 準備はいいかーー!!」 「「「おぉぉーーーー!!!」」」 「おー!」 再び広場の中央で上がった雄叫びに旅人達も続く。参加者は中央にわらわらと集まっている。 そして一斉に水をかぶる参加者。水は凍りつくような冷たさだったが、場の空気に流されて躊躇することなく水を浴びていく。 戦闘服のあまりのあてのならなさに火傷は覚悟しつつも、せめてということで、優も思いっきり頭から水をかぶった。 「つめたーい!」 「きっとすぐに暖かくなりますよ」 「そうね」 女子高生二人は寒さに鳥肌がたつが、武者震いということにする。 「ぷる太は危ないから入っとけ」 水浴びにも興味津々でひょっこり顔を出していたセクタンを檸於がパスに退避させる。 その一瞬、つまんなーいとぷる太の顔が言っていたような気がしないでもない。 一方で、綾のエンエンと優のタイムはお互いにウォーミングアップだぜ?とでも言うようにぴこぴこと拳(?)を交わしていた。 「貧弱そうな見た目だからって舐めないでおくれよ?」 パアンッ! 手にした松明を確認しながらロウシェンが言うとほぼ同時にパーンと開幕の合図の爆竹が鳴った。 ●試合開始! 会場は一気に戦場と化していた。開始数秒で次々と脱落者の爆竹音が鳴り響く。 パアァァァンッ! スパパパパパァァンッ! 「さぁー観客の皆さん! 俺たちの活躍、ご注目くださいね!!」 そんな事を観客に向かって笑顔で言うファーヴニールだが、一応それだけ言えるくらいに彼らは善戦していた。 開始早々、次々と観客席へ戻っていく参加者の中、旅人達はまだみんな残っている。 優勝候補のヘイに向かって突撃していくはロウシェン。 「行くよぉ……弾けろ!」 危険を顧みず相手の懐に飛び込んでいく。しかしながら、相手は優勝候補。素早く身を捩ると一気に後ろに飛び退いた。 「そう簡単に俺を倒せると思うな!」 「おや、舐めていたのはこちらだったかねぇ?」 追撃をかけようとするが、他の一般参加者の攻撃を受けそうになって仕方なく引く。 シュルルルッパアンッ! そして、その頃。本気で優勝を狙っている。綾。 彼女は物陰に身を隠していた。観客から野次が飛ぶが彼女は怯まない。 「お祭りなら最初に自爆が出るとふんだのっ!」 ただがむしゃらにぶつかっていくのではなく、勝つためにきちんと知略を巡らせていた。 そして、その選択は正しかった。自爆どころか、今大会の優勝候補No2であるロウに狙われていたのだ。 ロウは舌打ちすると彼女を侮辱するスラングをぶつけて走り去る。 ムッとしたが意識を切り替えて、腰の高さよりも身を屈め、前傾姿勢のまま参加者の足下を駆け抜けていく。 そうしてさっと近づき松明を相手に押しつけ、すぐさま離れていく。何人かの一般参加者が倒れていった。 彼女と対照的だったのは、同じく早々に物陰に身を隠した檸於。 「あー……無理! これ考えた奴馬鹿だろ」 飛ばされる野次にやめてくれと悲鳴をあげながら逃げ続ける。 そんな彼の目の先に見慣れたものが写った。 「え、アレ、セクタン!! 何やってんだよ!」 誰にも気づかれなかったが、参加者達の足下でエンエン達がのんきにまだウォーミングアップ?をしていた。 いや、どうやら彼らも参加しているつもりらしい。落ちてたマッチ棒を手にちょろちょろしていた。 誰もセクタン達を狙おうとはしていなかったが、正直危ない。今にも爆発に巻き込まれるか踏まれるかしそうである。 「あぶっ!」 参加者の足が今にも彼らを踏みつけようとしていた。檸於が思わず目をつぶる。 「……ここにいたら危ないから」 間一髪。はじめて一緒に旅行したセクタンに興味津々だったファーヴニールが彼らに気づいていた。 逃げる動きの中、さりげなく二匹を回収すると、壁代わりに置かれていた木箱の中に放り込んだ。 「あとで出してあげるから、隠れてなさい」 少しだけ強い調子で言うと、セクタンは頷いた(ような気がする)。 ファーヴニールはそれに頷き返すとロウに攻撃を仕掛けに走り去る。 「よかった……ってセクタンの心配してる場合じゃねぇ!!」 飛んできた流れ弾ならぬ流れ松明を慌てて避ける檸於。 ふと横を見ると、竜が相手の攻撃を素早く避け、自分の松明を剣のように扱い相手の松明をたたき落としていた。 「あれ? 俺が最弱……?」 どう見ても素人じゃない女子の動きに怯む。彼が弱いというよりは彼女たちが強いだけだ。 それと、ほんのちょっと勇気が足りないだけだ。 その勇気が足りていたらしい優は果敢にもヘイに立ち向かっていた。 ヘイは優の攻撃を受け流すと、逆に反撃を仕掛けられる。 優達のすぐそばの木箱ではロウシェンがその身を隠していた。 「バレませんよーにっと……」 どうやら、初っぱなから優勝候補に立ち向かっていったところが目立ったらしい。辺りの人間から集中攻撃を喰らい慌てて隠れていた。 すぐに離れなくてはいけないとはいえ、確かな壁に身を寄せられた事でホッとする。 が、それも一瞬だった。 「!?」 ガラガラと積み上げられていた木箱が崩れていく。 「あ」 木箱の向こうには優がいた。ヘイの反撃をかわす為に隙を作ろうと木箱を崩したのだ。 「すみません!」 優は叫ぶとすぐにその場から逃げていく。 ロウシェンも隠れてばかりはいられないと再び走り出す。 ●後半戦 戦場は混沌としていた。既に参加者は半分程に減っているように見えた。 あちこちで消火班の人間が飛び回っていた。たまに巻き込まれて被害が拡大したりもしていたが。 その激戦の中、旅人達はまだまだ生き延びていた。 気づけば竜は松明を放り投げていた。テンションが上がってブレスで攻撃しようとしたのだ。 だが、一応ここはお祭り会場。 彼女の特殊能力にはセーブがかかったのか、ぽわっと弱々しい炎が一瞬ゆらめくだけに止まった。 竜はその事に気づくと、すぐさま向かってきた参加者の松明を取り上げると再び戦いに戻っていく。 彼女の行く先で次々と爆発が起こる。ブレスの力がなくとも、彼女は強かった。参加者は更に減っていく。 そして戦況が大きく変わる出来事がここで起こる。 ロウシェンがついに覚悟を決めた。目の前にロウの姿を確認すると、松明を自分の身体へと近づける。 「先立つ不幸をお許しください……行くよっ!」 「こ、この女みてぇにひょろひょろのくせ……!!」 スパンッ! パンパンパンパンパンッ! 隠れることなど知らない血気盛んなロウには自爆を逃れることなど出来なかった。 口汚くロウを罵るが、その声も爆音にかき消される。 「見た目で判断するからだよっ……けほけほ……ちょっとはしゃぎすぎたかな?」 爆竹から立ちのぼる煙にむせながらも微笑むロウシェン。見事な散り際だった。 遂に優勝候補の一角が倒れた。それも初めて見る顔に倒されて。その事実に観客は大いに沸き上がる。 会場の熱気がどんどん高まる中、綾はついにロストナンバーにも攻撃の手を伸ばす。 「くっ……隠れられた!」 初対面のロウシェンや檸於を攻撃するのは多少躊躇われていたが、多少気心の知れている人間ならいいかと思ったらしい。 未だ生き残っていたファーヴニールに攻撃を仕掛けようとしたが、うまく隠れられてしまい攻撃を外してしまう。 だが、それで諦めることなく、次のターゲットを捜す。 「竜ちゃん! 強敵は早めに倒しちゃいたいの!」 「こちらだってそれは同じです!」 他へ攻撃を仕掛けようとしていた竜だったが、綾に向き直る。 強敵、そして友人を前にして竜の闘争本能に火がついた。その火は物理的に作用していた。 「えっ……!」 竜の身体に巻き付けられていた爆竹から煙が吹き出す。 「いきますよっ!」 「きゃ、きゃあぁっ!!」 パアアアンッ! スパパパアァァンッ!! 竜の自爆攻撃を、攻撃の為に急接近していた綾に逃げ切ることは出来なかった。次々と爆竹に火が燃え移り一際大きな音を立てた。 何人か彼女たちに攻撃を仕掛けようとしていた者達も巻き込まれていく。 よい動きを見せていた女子高生の相討ちに会場の観客は総立ちだ。 「うわっ! こっち来んなって!」 武闘派女子高生達が壮絶な最期を遂げた一方で、男子学生はまだ生き延びていた。 いのちは大事に。男子大学生の檸於のひたすら逃げの姿勢が功を奏した。いや、彼にとっては地獄が続くだけかもしれない。 実際、既に彼の息は切れており、早く終わってほしくて仕方ない。だが、爆発は怖いので立ち止まる事も出来ない。 「もう嫌だ!」 そろそろ泣きそうである。 「大丈夫?」 誰かを助けようかと思って戦況を確認していたファーヴニールが声をかけた。 「大丈夫なわけあるか!!」 「それだけ元気ならまだ頑張れるね?お互い生きて帰れるといいなっ!」 ニッと笑うと彼は再び身を翻すと戦場のど真ん中に突っ込んでいく。 「が、頑張れないし!!」 そして、もう一人。男子高校生の優はようやく物陰に身を隠すと、女子高生二人が倒れたのを確認して少しホッとしていた。 こちらから女性を攻撃するわけにもいかないし、戦うことになる前に脱落してくれてよかったなと思う。 その時、不意に銅鑼を鳴らすような音が響き渡った。 「残り時間あと一本!」 そんな司会者の声が聞こえる。 何かと思って物陰からそちらを除くと、大きな蝋燭が立てられていた。どうやら、その蝋燭が燃え尽きたら試合終了という意味らしい。 思ったよりも試合が長引き、消火班などが巻き込まれて疲弊していたので、そのような対応になったようだ。 「さあさあ福男は誰だ!」 銅鑼の音に気を取られていた参加者達はその声にハッとするとこれで最後だと雄叫びをあげたりしている。 あと少しだ。そう思い優も飛び出していく。 「終わり……」 まだ檸於もしぶとく生き延びていた。逃げて逃げてとにかく逃げ続けていた。 とっくに脱落していてもおかしくなさそうだったが、見事なまでに攻撃を避け続けていた。 「あと少し……頼むから生きて帰らせてくれぇぇぇ!!」 緊張の糸が切れたのか、その目には涙が光っている。 ちなみに、観客にはバカ受けしていた。ゲラゲラと笑う者あり、健気に逃げ続ける姿にきゅんとする者あり。 しかし、笑い声も声援もどちらも彼には届かない。気づく余裕がまるでなかった。 戦場にはもう人影はまばらだった。 そこに立っているのは、優に檸於、ファーヴニール。そして、ヘイ。 わずかに残っていた他の参加者も優やファーヴニールの攻撃に倒れていく。満身創痍のロストナンバー達に対して、ヘイには余裕すら見えた。 誰よりも攻撃を受けていたように見えるヘイだが、彼は無駄な動きは一切とっていなかった。 絶妙な立ち回りで、決して自ら攻撃を仕掛けることなく、自分に向かってくる敵だけを撃退していたのだ。 だが、もはや蝋燭は溶け、時間はわずかもない。 あれだけ騒がしかった広場がシーンと静まりかえっていた。 四人は互いに互いを見つめ合っている。ヘイは動かない。檸於はブンブンと首を振っている。優もヘイに対してどう動こうか攻めあぐねていた。 だが遂に、ファーヴニールが意を決し動いた……とほぼ同時にヘイも優を狙いに動いていた。 迫る炎にヘイは自分がしくじった事を悟る。まだ動くべきではなかったと。 ヘイは優に近づくより早く、ファーヴニールの攻撃をもろに受けた。 パパパパパパアァンッ! ヘイの爆竹が鳴り響くと同時に、蝋燭の炎は揺らいで消えた。 ゴオオォォォンッ! 終了を知らせる銅鑼の音と観客から歓声が沸き上がるのもほぼ同時だった。 「「「おおおおおおおぉぉぉぉっ!!!」」」 生き残った彼らを称える声は長い間、途絶えることなく続いた。 「勝ったな……!」 「はは……俺、生きてるよ……」 「お互い、頑張りましたね」 歓声の中で彼らは互いの健闘を称え合う。誰も彼もが煤や泥にまみれていたが、最高の笑顔を浮かべていた。 ●勝者は誰だ 生き残った者が勝利。 募集要項にはそう書かれていた。生き残ったのは三人。 「だけど福男が三人ってのもかっこうつかないじゃない」 「三人いてもいいような気もしますけど、ありがたみが薄れちゃう気もしますね」 「どうするんだろうねぇ?」 観客と一緒に首を捻っているのは既に脱落して観客席に紛れていたロウシェン達。 手や顔には火傷に効くらしい軟膏やら湿布やらが貼られていたが、どれも大した事はなさそうだ。 「なんか隅っこで司会者達が固まってるけど」 「審議中って事なんでしょうかね?」 「はてさて? おや、決着ついたのかな?」 ざわざわとする広場の真ん中にすすすっと司会者が出てくる。 「おまたせしました!優勝者を発表いたします」 「「「おぉぉー!!」」」 「誰になるのかしら?」 「どちらかだと思うけど……」 誰と誰とは言わずに言葉を濁したのは彼らの情けだろうか。 「どの人になっても仲間だから嬉しいですね」 自分が優勝を逃したのは残念だが、三人もロストナンバーが生き延びたのはすごいことですと竜はにこにこしていた。 「栄えある今年の福男はーーー!!」 そこで思いっきりために入る司会者。 「ファァァーヴニィィィールゥゥゥーーー!!!」 「勝者には爆竹一年分がおくられまーす!」 どこからか現れた若い女性が台車を引いてやってきた。爆竹一年分。軽くテロでも起こせそうな分量である。 「どうするんだろう、これ」 買う必要なかったなと喜ぶファーヴニールの横で優が困惑している。 「そうだな……もうここで使っちゃえばいいんじゃないか?」 そう、既に始まっていた。勝者を祝福するシャンパンシャワーならぬ爆竹シャワーが。 「優勝おめでとぉぉぉーーー!!」 パパパパパパアァンッ! 「かっこぃぃーサインくださ……」 スパァァン!! 「ちょっとまって……あつっ!」 パアンッ!パンッパパパンッ……パンッ…… 結局、祭りの熱気というかどさくさまぎれに賞品の爆竹は撃ち尽くされていた。 ●祭りの後 なんとかその場を抜け出し、着替えを済ませた一同は再び集まっていた。 身体も動かしたことだし、次は腹ごしらえだ。 「ユウ、竜ちゃん、どうせなら食い倒れして帰ろ、食い倒れ」 笑いながら綾が二人の手を引いていく。 その足下にはひっそりと木箱から脱出させてもらっていたセクタン達もいる。 「お、そういや、ぷる太も出てきていいぞ」 ようやく出られたわとでも言うようにぷる太はぷるぷるしている。ぷるぷるしかしてないけれど。 「……なあ、アレ絶対苺とかそれに近い果物だよな。でもその間に挟まってるの肉だよな?」 「たぶん……」 「……」 早速、チャレンジ精神に富みすぎているちまきを檸於が発見する。ぷる太もやばいんじゃないかなーとでも言うようにぷるぷるしている。いつもしているけれど。 買わないほうが無難に思われたが、意を決して購入してみる。食べるかは別として。 (勇気あるなぁ) 優はその勇気に感心しつつも、自分は安全圏と思われるちまきを購入することにする。 「どうしようかな」 「これおいしいわよ?」 笹の間からピンク色と水色が除いているような気がしたが、綾と竜は美味しそうにほおばっているので、優も口にしてみる。 「本当だ。美味しいな、これ」 優が安全を確かめられたちまきをタイムにもお裾分けしている。 自分にもくださいと催促するように綾の裾を突っつくエンエンを見てはいどうぞと竜が代わりにちまきを渡す。 「悪いわね。それじゃ、こっち食べる?」 「それはどんな味ですか?」 「なんか味は割と普通だけど歯ごたえ……キクラゲみたいなの入ってる?」 「俺、それ食べてみたい。こっちのお菓子食う?」 「うん。まだ食べてないから食べたーい!」 わいわいと食べ物交換をはじめた高校生プラス一名の横で、ロウシェンは並ぶ品に目を細めている。 「故郷で見たことあるような物もあるね。懐かしいなぁ」 インヤンガイと彼の世界には似たところがあるらしい。懐かしさに買ったお菓子を口に放ると、ふわっと優しい甘みが口に広がった。 それは子供の頃に食べたお菓子とよく似ていた。 「ちまきだけじゃないね、これは餃子?」 ひとまず、目に付いたものを購入しているファーヴニール。時々、これ食べなよ福男!と差し入れをよこす観客だったらしい人もいる。 歩く度に徐々に荷物の増えていく中、ふっとすれ違った装飾品の店でおばさんからかんざしに似た物を差し出される。 「彼女の土産にでもするといいよ!」 「ありがとう」 笑顔でお礼をかえすと、とりあえず自分を飾ってみることにする。女装も嗜む彼はなんなくかんざしを刺した。 「おや、似合うね色男!」 「今日は福男に色男と忙しいな」 「いいことじゃないか! ん、それよりフラフラしてる場合じゃないよ?」 「どうして?」 「花火の時間があるじゃないか!」 そういうとおばさんは絶好の花火スポットを教えてくれる。 お礼を言う間もなく急かされて、ファーヴニールは仲間達の元へ今仕入れた情報を伝えに戻った。 「みんな……」 「ん?綺麗なおねーさん?」 「おねーさん?あぁ、これは貰った」 「……は、男?ってーかあれ?」 かんざしがよく似合っていた為、途中の露店で面白がった人々にどんどん着飾られ、戻ってくる頃には一人の中華風美人が出来上がっていた。 しかし、その口から発せられた声にファーヴニールだと悟り、なんとなくショックを受ける檸於。 「大豊作ですね」 「すごいわね、福男。福女も兼任?」 「今日は本当に忙しいな」 色男に続き、福女もとってしまったかとファーヴニールは笑う。 「それより、よい花火スポットがあるらしいんだ」 その言葉に女性達は目を輝かせる。 「行きましょう!」 「待って、まだこれ食ってない」 「お持ち帰りでいいんじゃないかな」 優がそつなく紙袋を貰い、ちまきやお菓子をしまうと、一同は会場だった広場の更に奥に進む。 大きな道を一本ずれただけで、ずいぶんと人の流れが少なくなる。 家と家の間をくぐり抜けるように進むと、その先には階段があった。そこを登ると少し大きな建物の前に出る。 横に回るとはしごがかかっており、家の屋根に登れた。 「勝手に人の家の屋根にいいの?」 「ここ、塾とか学校みたいなところらしいんだ」 故に、この時間には人がいないし、多少は多めに見て貰えるらしい。 「屋根というか……屋上ってところか?」 みんなで登ると、そこには先客も三名ばかりいた。軽く会釈をしあう。 「そろそろかな?」 みんなでわくわくと花火の開始を待つ。 ひゅうぅぅーーーーどどぉぉーん! 開始の合図の一発目の花火が上がると、また静まりかえる。 だが、それはほんの束の間。 黄色、赤、緑……胸に響く大きな音と共に、次々と夜空に花が咲き乱れる。 花火の美しさに目を奪われる。 「ねえ竜ちゃん、今度は銭湯オウミのみんなでこういうの、見に来たいねぇ……」 「うん、見に来ましょう……」 「爆竹はその、残念だったけど、でも花火が見られてよかったな」 「別に爆竹がほしかったんじゃないよ? 福女になれば、……もバトルも……いっぱい出来……」 どおんっ! どどぉぉんっ! 「え? ごめん、花火の音で聞こえなかった」 「何でもないっ」 言いかけた言葉を再び胸に押し戻して、綾はそっぽを向く。 でも、その表情は決して怒っていないのに優は気づく。なら、いいかと思う。 「綺麗だな……ぶほっ!何だこれ!?」 優の横で花火に見とれていた檸於が急に吹き出す。よそ見をしすぎてうっかりさっき買った苺&肉入りちまきっぽいものを口にしてしまったらしい。 むせる檸於に優はそっと水を差しだした。綾と竜は笑いを堪えきれずに吹き出した。 一方で、檸於と同じ年頃であるはずのロウシェンとファーヴニールの二人は打って変わって落ち着いた雰囲気の中、花火を眺めていた。 「夜の色、彩る光……ああ、こんな空も素敵だねぇ」 「こういう夜も、いいもんだな」 「あたしの生まれたあの場所も、花火を上げればこんな風に見えたりするのかな」 ロウシェンには今、故郷の光景が見えているのかもしれない。 穏やかな彼の表情を見て、ファーヴニールも故郷の事をふと思ってみる。 科学の発達した自分の世界。あの世界の夜空はどんなだっただろうかと。 気づけば、水を飲んで落ち着いた檸於も、笑いの治まった女子高生も優も、みんな静かに空を見つめていた。 どぉぉん……どんっ……ひゅうぅぅぅーしゅるしゅるしゅるどどーん!! ほんの少し、胸がきゅっとなるような感覚をきっと彼らは感じているのだろう。 それは花火の音の振動のせいかもしれないし、そうではないものかもしれない。 ただ、花火の光に照らし出される皆の表情は、どこか穏やかに見えた。 きっと、それぞれがそれぞれのよい光景をみているのだろう。 いつまでも上がり続けるかと思った花火だったが、遂に終了を告げる。 どんどんどんっ! 規則正しく鳴り響く音とさっきまでの鮮やかな輝きは微塵も見せず、代わりに立ち昇る白煙。 綺麗でもなんでもないはずの煙が消え去るまで、一同はしばらく黙って見つめていた。 誰も空を見つめなくなった頃、空から汽笛の音が聞こえた。
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