~おねがい♪~「今日はね、インヤンガイの『巡節祭』の見学をしてきて欲しいんだよ♪」 眩いばかりの笑顔を浮かべて世界司書のエミリエ・ミィはロストナンバー達に依頼を持ち込む。 『巡節祭』とは壱番世界でいうところの旧正月で、中国などで行われるお祭りのようなものだ。 獅子舞や龍舞が道路を動き回り、爆竹が昼夜を問わず鳴らされ、出店もいつも以上に活気付いて新たな年のスタートを飾るのである。「楽しいお祭りで、出店も一杯あるからおいしい点心とか売っているんだよ」 声のトーンを徐々に落としていったエミリエが上目遣いで覗いてきた。 くりくりっとした瞳が『お土産が欲しいんだよ』と訴えている。 そんなことをされては何も言わずに頷くしかなかった。 ~大食い大会開催中~「さぁ、今のところ一番は1分間に20個を食べたサモ・スモーだ! これを越える大食いの猛者はいないかー!」 インヤンガイの露店の一つでは熱々の点心を使った大食い大会が行われている。 もちろん、ただの点心ではなく特性の調味料と肉を混ぜわせた激辛肉まんなのだ。 あまりの辛さに途中で倒れる挑戦者もでるほどである。「参加資格はないよー。お嬢ちゃんからおじいちゃん、異世界人までドンドン参加してくれ! セクタンに食べさせるとかは無しだからな? そこだけは押さえておいてくれよ」 露店の主らしい男がしきりに観客を煽ったりしてイベントを盛り上げようとしていた。 ~祭りに向かいて~「準備はいい? 街ではきっと大食い大会とかもやっているから参加してくるといいんだよ。エミリエが確認したけど事件は起きないから楽しんでくるんだよ」 にこぱと口をあけて元気な笑顔を振りまきエミリエはロストナンバー達を見送る。 背中にお土産よろしくという強い視線を感じながらロストナンバー達はインヤンガイへと向かうのだった……。
~猫と龍の珍道中?~ 「さて、まずはどこを見るのだ?」 「んーとねー、どうしようかなー?」 頭一つ分背丈の違う黒い竜人と銀猫の獣人がインヤンガイの街を歩く。 巡節祭で盛り上がる通りは人でごった返しており、気を抜けば迷子になってしまいそうだった。 「甘い匂いがするね~。杏仁豆腐とかもある!」 お土産を詰め込めるようにいつもより大きなカバンを持ってきたアルド・ヴェルクアベルは露店から漂ってくる匂いにフラフラと動き、鼻と耳をぴくぴくと反応させる。 「アルドは甘いものが好きなのだな。だが、余り動き回るとはぐれてしまうぞ」 ちょこまかと動くアルドの後ろを飛天 鴉刃は着かず離れず着いていた。 彼女は暮らしていた世界で暗殺者[アサシン]として生きてきたため、人ごみであろうと対象を見失うことはない。 アルドを追いかけながらも周囲の気配に気を配り、どこか張り詰めた様子さえ飛天は漂わせていた。 育った世界は戦国時代の最中であり、自分と同じ種族以外は全て敵だった……。 しかし、今は異世界で自分より背の低い猫獣人に誘われて祭りに参加しているのだから、人生何があるかわからない。 「鴉刃~、あっちでエミリエがいってた大食い大会がやっているみたいだよ? 一緒にいってみよーよ」 露店を見回っていると思ったら、アルドは別のものに興味を惹かれたようだ。 「それは重畳。一番の催しでもあるようだから、記念に参加するのが得策であるな」 尻尾を揺らして駆け出すアルドの背中を鴉刃は心を軽く躍らせて追いかける。 こういう生活も悪くはないと、鴉刃は軽く心を躍らせた。 ~激辛フードファイト~ 「辛いものは苦手だけど参加してみたよ。好奇心って怖いね」 ドキドキと心臓を高鳴らせてアルドは大食い大会の即席会場ともいえる席につく。 大柄の虎獣人や、いかにも大食漢らしい太った男、そして一緒に参加している鴉刃など5人ほどの参加者が並んでいた。 「さぁ、この中からサモ・スモー選手を越える人は出てくるのか! 10回目の試合を開始したいと思います。皆さん拍手ー!」 司会の男がギャラリーを大声で煽る。 拍手と歓声、口笛がアルド達参加者を盛り立てた。 盛り上がっているギャラリーを掻き分けて激辛肉まんを蒸しあげた蒸篭がやってくると香辛料が香りとなって会場を包み込む。 「むぅ……香りだけで鼻と舌がピリピリしてきたよ……倒れている人もいたし、大丈夫……かな?」 口に入れる前から汗の出てくる香りにアルドは戦慄した。 プルプルと震えながら鴉刃のほうを見るが、鴉刃はポーカーフェイスのまま蒸篭を眺めている。 「それでは、皆さんスタートっ!」 司会者の掛け声と共に蒸篭の蓋が開いてもうわぁと湯気と共にさらに強い香りがあふれ出してきた。 「いっただきまーす」 目が痛くなって涙が流れるも、アルドは頑張って肉まんを一つ手にとって千切って食べる。 がぶりといけるほどの勇気はなかったが、ここまで来て棄権という選択肢もない……男の子だからだ。 口に入れた瞬間、アルドの震えは止まる。 「ウッ、ムグ~~~~!!」 髭をピーンと伸ばし、全身の毛を逆立てたアルドがテーブルの上をがりがりと爪で引っかいた。 引っかきながらもテーブルに置かれた湯のみを探り当て、掴んだアルドは口の中へ流し込む。 辛い……ものすごく辛い。 口の中が火傷しそうなほどに熱く、香辛料から来る刺激が舌を通して全身に広がってきた。 「な、涙でてきた……これ、2、3個食べるのが限界かも……」 アルドが両目からボロボロと涙を流している間にも男達は辛いと口でいいながらも次々と激辛肉まんを食べている。 「ふにゃー、すごい‥‥」 思わず猫に還ってしまうほど、インヤンガイの肉まんは辛かった。 「……辛いな」 しかし、鴉刃は食べる速度は早くなく味わうように肉まんを口にしている。 表情の変わらない姿にギャラリーから驚きの声があがっていた。 「げ、げんかい……」 5個食べたところで、細身の男が肉まんの辛さにやられて倒れる。 「うっ、うー。さすがにそこまでは無理だけど、時間まで食べ続けよう……」 おろおろとしながらもちょっとくらいかっこいいところを見せたいアルドは鴉刃に負けないように少しずつだが水と共に肉まんを平らげはじめた。 もくもくとした食べあいが始まり、5個入りの空の蒸篭が積みあげられる。 一分という時間がこれほどながいと思ったことはなかったが、無事最後までアルドは残ることができた。 「優勝は、虎獣人のシンさんです。記録を塗り替え30個を達成できました、おめでとうございます!」 鴉刃もアルドも優勝は出来なかったが、大会を戦い抜いた仲間達に向かって拍手をする。 ある意味、涙なしでは語れない試合はこうして幕を閉じたのだった。 ~お口直し~ 「商品券もらえたからこれで買い物とかしていこうよ」 「ナレッジキューブはターミナル以外に持ち出せぬ上、ここの通貨を持っていなかったので渡りに船であるな」 参加賞ともいえる巡節祭の商品券をピラピラさせながらアルドと鴉刃はブラブラと観光を楽しむ。 「先ほどの辛い肉まんを買ったとは意外だ……アルドは辛いものが苦手ではなかったか?」 「お土産だよ~。喫茶店にはチャレンジャーな人もくるからね……フフフ」 アルドの小悪魔のような顔に鴉刃はなんともいえない顔をした。 どう対処すべきか悩んだとも言うのだが……。 「エミリアちゃんへのお土産に杏仁豆腐も欲しいな~。いろいろあるから試食してから決めようっと」 鴉刃の気持ちに関係なく、アルドはとてててと店にいっては一口食べて味を確かめていた。 「先ほどまで辛いものを食べて泣いていたとは思えぬな。おや……ホアンチュウとな?」 アルドを追いかけようとした鴉刃の鼻に仄かなアルコールの香りが届く。 頭をめぐらせて香りの先をたどると一つの店があった。 「店主、ここで売っているのは酒か?」 「竜神様かい? ええ、ここで売っているのはインヤンガイの名物黄酒でさぁ」 中年の男が並ぶ酒を鴉刃に見せる。 「色の濃いのを老酒、薄いのは清酒といって調味料にも使える米の酒ですぜ? ためしに一杯どうですかい」 「酒はいいものだ、こういう祭りの時に飲む酒もまた格別な味であるな。ふふふ……」 店主に勧められるままに鴉刃は黄酒を味わう。 米から作られた喉をすっと通る味に思わず顔がゆるんだ。 「では、この商品券で買わせて貰おう」 鴉刃が買い物をしていると腰に巻いた布が引っ張られる。 「も~、途中でいなくなったから探したよ? マンゴープリンもエミリアへのお土産も買い終えたけど、鴉刃はどうする?」 少し頬を膨らましていたアルドだったが、すぐに機嫌をなおして笑顔をみせた。 「私もて土産を買ったところだ。ただ、まだ見て回りたいところもあるな」 「じゃあ、付き合うよ~。僕の方に付き合ってもらったからね」 ふふんと鼻をならしアルドは上機嫌で鴉刃を見あげる。 「では、参ろうか。小物な衣料品などを見て行きたい……ここでしかつかえない商品券をあまらせるわけにもいかぬしな」 鴉刃が酒を買った後でも残った商品券をアルドに見せるとアルドもあまった商品券を取り出して頷いた。 「よーし、今日は一緒にお祭りを楽しんじゃおぅ♪」 「うむ、楽しまぬと、な?」 お互いに顔を見合うと、祭りに盛り上がる通りの中へと消えていく。 昼夜を問わず巡節祭の行われる通りには人々の笑い声が響きあうのだった。
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