オープニング

 陰惨たる事件が連日起こるインヤンガイだが、この時期だけは様子が違った。
 爆竹の爆音や火薬の臭い、点心などの屋台が立てる食欲をそそる匂い、太鼓や笛などのお囃子や人々の賑やかで楽しそうな雰囲気に満たされている。
 けれども大通りの喧騒の影では、複雑に入り組んだ建物の隅で、小さく蠢くモノが存在した。
 それは影から盛り上がり黒き塊となり人型を成す。またあるモノはフワフワとそこらを浮遊する小さな光の塊。ともすれば儚く消えてゆくほどに明度を下げながらまたたいていた。
 ひととき同じ場所をくるくると回った後、光は人間の子供ほどの大きさとなり、十歳くらいの少女をかたち作る。
「お母さん……」
 高まった霊力に触発され、普段では力も形も持たないモノ達が生み出されていた。



 その世界司書は我々の姿を認めると唐突に話し始めた。
「今回君達に行って欲しいのはインヤンガイだ。この時期のインヤンガイは『巡節祭』が行われていてな、霊的パワーも格段に高まるようだ」
 そこで一旦『導きの書』から目を上げ、我々を一瞥する。
「君達には『巡節祭』に参加し、またこの時期のインヤンガイの様子を報告して欲しい。深刻な事件は起こらないようだが、赴く場所がインヤンガイである事を忘れるなよ」
 そう言うと世界司書の戸谷千里はニヤリとわらった。

品目シナリオ 管理番号333
クリエイター摘木 遠音夜(wcbf9173)
クリエイターコメントβシナリオぶりの摘木遠音夜です、こんばんは。
今回はインヤンガイで行われる『巡節祭』に参加していただきます。
楽しそうなお祭りの裏では、暴霊とまではいかないモノ達が生み出されてしまったようです。
いずれも『巡節祭』の楽しそうな雰囲気に惹かれて実体化したモノ達なので、さして被害はありません。
PC様には寂しがり屋の少女の霊の相手をしてもらったり、好奇心旺盛な少年の霊に振り回されたりしていただこうかな?と思っています。
もちろんそんなものには気付かず、ひたすら観光に勤しんで貰っても構いません。
皆様からの自由なプレイングをお持ちしております。
よろしくお願い致します。

参加者
烏丸 明良(cvpa9309)コンダクター 男 25歳 坊主
ロディ・オブライエン(czvh5923)ツーリスト 男 26歳 守護天使
真遠歌(ccpz4544)ツーリスト 男 14歳 目隠しの鬼子
ルーノエラ・アリラチリフ(cmud3730)ツーリスト 男 14歳 望まれなかった子供

ノベル

 ごめんなさい、ごめんなさい
 いたい、こわい
 叩かないで、泣かないで……



「こんな賑やかしいとこなんて初めてだな~」
 ルーノエラ・アリラチリフはほわぁと口を開け、きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていた。
 露店から漂ってくる食べ物の匂いにルーノエラの腹がきゅるると鳴った。
「一つどうだい、坊や。美味しそうだろう?」
 腹の音を聞いた店の女主人が、すかさずほかほかの包子(パオズ)を差し出して勧める。
 目の前の包子にルーノエラの顔がぱっと輝き、一瞬後には曇ってしまった。
「どうしたんだい?」
「僕、お金……」
 持っていなかった。ロストレイルの同じ車両にはポンポコフォームのセクタンを連れたコンダクターもいたのに、すっかり失念していたのだ。頼めばきっと自分の分も用意してくれただろうに。
 しゅんとしてしまった彼を見て女主人は
「いいよ、いいよ、持って行きな。今日はせっかくのお祭りだ。可愛い子にはサービスしちゃうよ!」
 そう言って包子を二つ紙袋に入れて持たせてくれた。
「ありがとう!」
 ルーノエラは素直に礼を述べ頭を下げた。
 ぱたぱたとその場を立ち去る少年を女主人はにこやかに見送った。
「気前がいいねぇ、姉さん。どれ、俺にも一つ……」
 男が包子を一つ失敬しようとすると
「あんたはダメだよ! ちゃんとお代を払いな」
 バシッと手の甲を叩き牽制する。
「ちぇ、しっかりしてらぁ」
 男が文句をたれると、
「あたり前だよ、いい大人が! 稼ぎがないとは言わせないよ」
 と返し、しかも可愛くもないしね、と付け加えた。言えてらぁ、と周りにいた客達が一斉に笑った。

「すご……い」
 真遠歌(マドカ)は少々気後れしていた。依頼を受けた時はここまで賑やかな祭りだとは思っていなかったのだ。しかも祭りの影響か、普段のインヤンガイよりも霊力が高まっている為、可視・不可視のエネルギー体もそこここで徘徊し、飛び回っていた。
 ドンッ
「す……すみません」
 気を付けて歩いていたつもりだったのに、行き交う人とぶつかってしまった。
 いつもなら難なくかわす事ができるのに……
 目が見えぬ代りに気配を察する事に長けている真遠歌だが、巡節祭の喧騒と霊力のうねりが感覚を狂わせてしまっていた。
「なぁなぁ、お前面白い格好してるなぁ」
 不意に声を声を掛けられハッとする。
「そう……ですか? そんなにおかしいでしょうか?」
「ん~、喋りもなんか硬いし、雑技団の人間?」
「え……違います、けど」
「ふ~ん?」
 真遠歌とそう歳が変わらないように見える少年は、喋りながら無遠慮に真遠歌の姿を眺め続ける。
 あれ? この子……
 真遠歌が話し掛けてきた少年にわずかな違和感を抱いた時、首から下げている鍵に彼が手を触れてきた。
「この鍵って普通のより大きいみたいだけど、本物? ちょっと見せてくれよ」
「こ……これは、ダメ……なんです。大事な、もの、だから……。あ!」
 真遠歌の拒絶を快く思わなかったのか、少年はちょっとぐらいいいじゃないかと無理やり奪い取る。
「返して、下さい……!」
「俺を捕まえられたら返してやるよ!」
 狼狽する真遠歌をよそに、少年はそう言って走り去ってしまった。
「待って……!」
 そう言う間にも少年の気配はどんどん遠くなってしまう。真遠歌は彼の気を見失わないように駆け出した。
 大丈夫、きっと見つけられるはず。彼の気はとても特殊だったから。

「祭りといえば、烏丸!! 烏丸といえば、祭りですよ!!」
 ヒャッハー! と無駄にテンションが高いこの男、烏丸明良(カラスマ・アキヨシ)は正真正銘の僧侶である。
 ひしめく露店、ごった返す人波に演奏演武、所々で鳴り響く爆竹の音、その全てが心地よかった。
「巡節祭、骨の髄まで楽しんだる!!」
 漂う食品のいい匂いに鼻をくんくんさせながらまたもや絶叫する。
「と、まずは軍資金が必要だな。ヘイ、カスガ、プリーズ!」
 シーン…… 
 サッと手をポンポコフォームのセクタン、カスガの方へと差し出すが反応がない。
「え?! なんで? 俺、なんかした!?」
 お願いします、カスガ様。と土下座をしたら、ようやく面倒臭そうにボウンとインヤンガイの貨幣を差し出した。
 へへーっとうやうやしく受け取ると、無くさないようにしまい込む。
「さぁて、まずは何から手を付けるかなぁ……やはり、まずは食い物か?!」
 揉み手で祭りの様子を眺め思案していたが「ん?」とある一点を見つめて首を傾げる。
 烏丸の視線の先には一人の少女がいた。歳の頃は十といったところだろうか。周りの者達の楽しそうな表情とは裏腹に、どこか不安げに佇んでいる。
 気になる。とても気になる。
 暫く祭りと少女の顔を見比べていた烏丸は
「……仕方ねぇなぁ」
 と、少女に近づいて行った。

「……巡節祭か」
 こういったお祭り事に積極的に参加する性質ではないが、偶には良いだろう。そう思い、今回の依頼をロディ・オブライエンは受けた。
「ある意味、貴重な経験ではあるだろうからな」
 祭りの様子を眺めながら佇んでいたロディだが、不意に足元を何かが掠めた。
 パン・パパン・バババババババ
「――っ!」
 飛んできた物を確かめる間もなく響いた爆音に、さすがのロディも驚いてしまった。
 その様子を見て10cm程度の小鬼達がキィキィと手を叩いて喜ぶ。彼らが爆竹を投げた張本人達なのか、ロディが目を向けると素早く建物などの陰に隠れてしまった。
「普通に祭りの様子を見て報告するだけで済むと思ったのだが、そうもいかないようだな」
 ふ、と溜息を吐きながら呟く。
 よくよく見れば先程の小鬼達と同じ様な魑魅魍魎があちこちで蠢きあっている。
「霊的な力が高まると言っていたが、これもその影響だろうか」
 あちこちで跋扈している彼らは、小さな悪戯などをして喜んでいるようだが、暴霊というほどのものではないようだ。
「確かに、撃退しなければならないほどのモノ達ではないようだな」
 世界司書の「深刻な事件は起こらない」という言葉を思い出し、ロディは独り言ちる。
「待って……返して下さい……!」
 祭りの喧騒に交じって微かに聞こえる声がある。ロディは声のした方へと目を向けた。
 人混みを掻きわけすり抜けながらこちらに向かってくる影が二つ。
「おっと、ごめんよ」
 最初の影はぶつかる前に器用に体をかわし、ロディの脇をすり抜けて行った。
 次の影は時々人にぶつかり、謝罪しながら向かってくる。
「あ、わ……、すみません」
 とん、と軽くロディにもぶつかってきた彼は、輝く銀の頭を下げ、慌てて先の人物を追い掛ける。
「可哀想に」
 おそらくぼーっとしていてスリにでもあったのだろう。
 ロディはそのまま今の一件は忘れようとした。――が、できなかった。
「どうも俺は子供に弱いようだ」
 ロディは自嘲気味に呟き、彼等の消えた方向へと足を向ける。



 ごめんなさい
 わたしが悪い子だから
 わたしがグズだから
 だから、きっとイライラするんだ
 ごめんなさい
 ダメな子で、ごめんなさい……



 先程貰った包子を一つ頬張りながらルーノエラは露店を見て回っている。暫く歩いているとお守りを扱っているお店に目がとまった。
「あ、これ、陽の瞳と同じ色してる……。こっちは母さんの瞳と同じ色……!」
 このお店のお守りには一つ一つ異なる天然石が結わえてあった。その中には弟の瞳と同じ黒い石、母の瞳と同じ金の石――正確には透明な石に金色の針状のものが見られる物――があった。
 熱心にお守りを眺めていると店の老婆が話し掛けてきた。
「坊、石に興味があるのかい? お守りについておる石には意味があっての、黒いものは魔除けになり、金針の入ったものは金運を高めてくれるんじゃ。それとマイナスのエネルギーから持ち主を守ってくれると言われておるわい。どちらもこの場所において、持っていて損はない物じゃよ」
 そう説明するとふぉっふぉっふぉっと笑う。
「おばあさんはここにある全部の石の意味を覚えているの?」
「あたり前じゃわい。覚えておらんと商売にならんがね」
「へぇー」
 それを聞いてルーノエラはしきりに感心する。
「ところでお前さん、一人かい? 家族は一緒じゃないのかね?」
「……うん。お母さんと陽――弟は今は一緒じゃないの。離れ離れになっちゃった」
「そうかい。じゃあ、ばあがいいものやるからちょっと待ってな」
 そう言うと台の陰で何やら作り始めた。
「ほらよ、持ってくがええ」
 そう言ってルーノエラの手を取って握らせたのは、さっき彼が見ていたお守についていたのと同じ黒と金針、そして琥珀色の石を使ったブレスレットだった。石の大きさは8cmほどのものを使い、紐で編み込んであった。
「いいの?」
「ああ、坊がまた家族と会えるようにな」
「ありがとう、おばあさん!」
 嬉しくなったルーノエラは老婆に抱きついた。
「ほっほっほっ。さあ、ばあがつけてやろう。巡節祭は始まったばかりじゃて、たんと楽しんでおいで」
「うん!」
 ルーノエラは老婆に手を振り露店巡りを再開した。
 嬉しくて手首に巻かれたブレスレットを眺めながら歩いていたら、前から走ってきた少年とぶつかってしまった。
「わっ……!」
 どしん、と尻もちをついたルーノエラに
「悪ぃ」
 とだけ言い残し、ぶつかってきた本人は走り去ってしまう。一瞬の出来事にぽかん、としていたルーノエラに、後から走ってきた少年が声を掛ける。
「大丈夫……ですか?」
「うん」
 差し出された手につかまり、体を起こしたルーノエラは目を大きく見開いた。
 白髪に近い銀の髪、白い着物に目を覆う面と白い角。もしかして……
「きみってもしかして“幽霊”? わぁ、幽霊ってこういう格好しているんだねー」
 そう言われて真遠歌はドキッとする。
「えっ……違います。幽霊、じゃない……です」
「あ、違った?! それはごめんね……! 幽霊なんて初めて聞いたものだから全然想像つかなくって!」
 慌ててルーノエラは謝罪する。その明るさに真遠歌はくすりと笑ってしまった。
「そうだ、さっきぶつかってきた子は君の知り合い?」
 ルーノエラの言葉に真遠歌は自分がなにをしていたのか思い出す。
「いけない……彼を、追いかけないと」
「どうしたの?」
「大事なもの、を……鍵を、盗られたんです」
「え!? 大変じゃない。急いでいたのに引きとめちゃってごめんね。僕も一緒にさっきの子を探すよ!」
「いいんですか?」
「もちろん!」
 躊躇いがちに聞く真遠歌に、ルーノエラは力強く答える。
「じゃあ、この子も必要になるかな?」
 ルーノエラはそう言うと青いドラゴンのぬいぐるみを取り出した。これは彼のトラベルギアなのだ。
「さあ、急ごう!」
「はい……!」
 ルーノエラはぬいぐるみをギュッと抱き締め、真遠歌と共に駆け出した。
 
「そこの可愛らしいお嬢さん!」
 突然掛けられた声に少女はビクッとする。
「俺と一緒に巡節祭デートしようぜ?」
 目に留まったのは袈裟姿に派手なファーを肩に掛け、巨大な数珠を首からさげたサングラスの男――烏丸だった。
「あ、あの……」
 少女が困惑する中、烏丸はかまわずに喋り続ける。
「ん? 歳の差が気になる? んなもん気にすんな。真の愛に歳の差なんて関係ないぜ! どっかの偉い人も言ってただろ、ゆで卵は逆向きに砕きにかかれってな」
 少女は困惑と不審の目で烏丸を見つめる。
「あっ、その顔は俺の事、怪しい人だと思っているな? 申し遅れました。わたくし、姓は烏丸、名は明良、今流行りの僧職系男子でございます。」
 まくしたてる烏丸に少女はぽかんとしている。
「それでは挨拶代わりに一曲。『OKYOU!!』」
 そう言うと烏丸はラップ調のお経を唱え始めた。
 普通の人間には雑音にしか聞こえないこのお経、周りにいた人々は徐々に烏丸達から距離を置くようにして歩き始める。――しかし、代わりに集まりだしたモノ達、がいた。

 少年を追い掛けているうちに真遠歌は奇妙な事に気が付いた。
「おかしいな。一瞬、彼の気配が途切れることはある……けど、完全に見失ってしまわないのは……何故だろう?」
 これではまるで鬼ごっこを楽しんでいるようではないか。
「あ、あそこ!」
 ルーノエラが少年を見つけて声を上げる。一軒の露店の陰からこちらを窺っていたのだ。
 タタタとルーノエラがその店に駆け寄る。真遠歌も続く。
 店に着いた時、もう少年の姿は消えていて、店の周りでうろうろしていたら店主から声を掛けられた。
「どうした、坊や達。何か落としたのかい?」
「あ、いえ、違うんです。さっき……ここに男の子がいたと思うんですけど、どこに行ったか知りませんか?」
「さあねぇ、気付かなかったなぁ。……それよりどうだい一つ買っていかないかい? おいしいよ」
 そう言ってトロリとした練乳が掛けられた揚げマントウを二人の前へと差し出す。
 ごくり……
 甘くておいしそうな匂いがしたが、急いでいるしお金もない。
「ごめんなさい、急いでいるんだ。またあとでね!」
 ルーノエラが答えて二人はまた駆け出した。

「ん? あそこだけ人がいないな。……だが、妙な気配を感じる」
 少年達を探していたロディだが、一ヶ所だけぽっかりと空間を開けた場所がある事に気付き、一旦捜索を中止してそちらへと足を向けた。
 近づくと、やんややんやと囃し立てる魑魅魍魎の類のものが集う中心で袈裟姿の派手な僧侶がお経を唱えていた。――というより、歌っていた。その傍には少女が一人佇んでいる。
 よく見るとポンポコフォームのセクタンもいる。しかも耳を手で塞いでいた。
「……コンダクターか。なにをしているんだ、彼は……」
 額を指で押さえながら溜息を吐く。お祓いをしたいのか、彼はお経を唱えているようだ。しかし、全くと言っていいほど効果があらわれていない。むしろ呼び寄せている、と言った方がいいかもしれない。その事に彼は気付いているのだろうか。
「ぎゃてい・ぎゃてい・はらぎゃてい♪
 はらそうぎゃてい♪
 ぼうじそわか・はんにゃしんぎょう♪ イェヤー!」
 フィニッシュをキメた烏丸は、実に気持ち良さそうに両手を上げ、観客の声援に応えている。観客とは魍魎達の事であったが、気分が高揚している為か気にしてはいないようだった。
 烏丸が少女の方へと目を向けると、彼女はくすくすと笑っていた。その様子に烏丸もふっと微笑む。
「ご満足いただけたようで? お嬢さん」
「……少なくとも、あなたが悪い人じゃなさそうって事だけはわかったわ」
「それじゃ」
「でも、ごめんなさい。わたし、人を――お母さんを探してるの。だから……」
 やんわりと少女が断りを入れる。
「お母さんはどこにいるのか、大体の見当はついてるのかな?」
「たぶん、このお祭りを見に来てると思う」
「よーし、じゃあ、俺も一緒に君のお母さんを探すぜ。君はお母さんを探しながら巡節祭を楽しむ。で、どうかな?」
 あくまでもデートをするつもりの烏丸にとうとう少女が折れてしまう。
「わかった。じゃあ、よろしくね。ちゃんとお母さんも探してね」
「まっかせなさーい!」
 烏丸はドン、と自分の胸を叩く。
 ロディがその場を立ち去ろうとすると、烏丸達に声を掛ける少年がいた。
「なーんだ、もう終わり? 他にもなんかやってよ」
 誰であろう。先程、白い子供が追い掛けていた少年ではないか。
 魍魎達は烏丸が少女と話し始めた時点でいなくなっており、彼らの傍にいたのはこの少年だけになっていた。
 ロディは無言で少年の腕を掴む。
「なんだアンタ、手を離せよ」
「君は――」
 ロディが問い詰めようとした時、
「あー、いたー!」
 子供の声が飛び込んできた。
「あーあ、見つかっちゃったー」
 少年はちょっと不機嫌な様子で言う。
「見つかっちゃったじゃないだろー。人のもの盗っておいて」
「なんだよ、お前? お前は関係ないだろー」
 ムッとしながらルーノエラに言葉を返す。
「鍵、を……返して下さいますか?」
「悪かったよ。ほら」
「ありがとう……!」
 少年が鍵を渡すと、真遠歌はギュッと鍵を握りしめ、嬉しそうに礼を言う。
「あーあ、もうちょっと遊べると思ったんだけどなぁ」
 やっぱり、と真遠歌は思う。
「遊びって……。そういう時はちゃんと遊ぼうって言えばいいじゃないか」
「だって、なんだかちょっとムカついたんだよ」
 少年はあの時の真遠歌の言葉に疎外感を感じていた。だからほんのちょっと意地悪をしようと考えたのだ。
「子供は子供同士という事か……」
 自分がしゃしゃり出る必要はなかったのだとロディは思う。
 彼らのやり取りを見て、しくんと胸が小さく痛んだ。
「男の子を目にすると、どうにも感傷に浸ってしまうな」
 ロディには妻子がいた。だが、どちらももう、いない。
 ――どこにも。
「はいはい皆さん、お話は済んだかな? 俺達もう行ってもいい? というか、お暇なら皆さん一緒に巡節祭を楽しんじゃわない?」
 成り行きを見守っていた烏丸が声を掛ける。
「お嬢さん、よろしいですかな?」
 烏丸が少女に伺いを立てるとこくんと頷く。
「それじゃー、巡節祭ツワー。只今より出発進行ー! ほらほら、あんたもな」
 烏丸は近くにいたロディにも声を掛ける。
「……まあ、良い。付き合おう。このまま、見て回るだけでいるよりかは有意義な時間を過ごせそうだ」
 ロディはそう呟くと後に続く。



 お母さん
 わたしのこと、嫌いなのかな?
 ううん、きっと機嫌が悪いだけ
 そうだよね?



「ねえねえ」
 他の少年達と歩いていたルーノエラだったが、少し歩みを遅くし、ロディの横に並ぶ。
「僕のこと、覚えてる?」
「ふむ。そういえば以前、カフェで話した事があったな」
「よかった!」
 それだけの事だが、ロディの答えを聞くとルーノエラはパッと笑い、皆の元へと戻って行く。
 疼く胸の痛みを抑え、ロディは薄く笑う。
「……ともかく、今はこの巡節祭とやらを楽しむ事にしよう」
 前の方で烏丸達が楽しそうに喋っているのが見える。
「あっちの方にさ『エクストリーム金魚すくい~灼熱の炎編~』って屋台が出てたのよ。一緒にやろうぜ」
「わあ、金魚すくい?」
「やるやる!」
「きみも一緒にやろうぜ?」
 男の子達がノリノリで声を上げるなか、烏丸は少女にも声を掛ける。
「ううん。わたしはいい」
 ふるふると首を振る少女に烏丸は困ったような笑顔になる。
「じゃあ、俺の華麗なすくいっぷりを見るのはどうさね?」
 気を取り直してそう言うと、今度は
「うん」
 という返事が返ってきた。
 烏丸はロディの方を向く。
「あんたは?」
「いや、俺も遠慮しておくよ」
 なんとなく屋台の名前に不穏なものを感じたロディは辞退する。
「なら、この子を頼むな」
「ああ」
 少女の肩に手を置くと、彼女は顔を上げうっすらと頬を赤らめる。
 天使様って、こんな感じなのかな?
 そんな事を彼女は考えていた。
「あ、なに、その反応!? 俺よりそのイケメンの方がいいのね?」
 烏丸がわざとらしく拗ねてみせるとドッと笑いが沸き起こった。

 ジャーン、ジャーン、ジャンジャンジャン……
 けたたましい銅拍子が鳴り響くと、大通りに獅子舞が現れた。カタカタと口を鳴らし首を振り、飛び回りながら練り歩く。
 見物客達は口笛鳴らし囃し立て、子供達はきゃあきゃあと逃げ惑う。
 逃げ惑う子供達を追い掛け、獅子は子供の頭に噛りつく。数度口を動かすと次の子供へと向かって行く。
 獅子は噛む事で魔を払うと言われているが、子供達にはそんな事は関係なかった。
大人達は噛ませようとし、子供達は逃げ惑う。噛まれた子供の中には泣き出す者もいるほどだ。
 騒々しさを増した通りだったが、烏丸達はかまわず金魚すくいに興じていた。
「っしゃあ! やったぜ! まずは一匹ゲットぅお?!」
 すくい上げられた金魚が烏丸目がけて炎を吐き出す。
「……まさか金魚が火を噴くとはな。恐ろしいところだぜ、インヤンガイ。おかげで俺の大事な髪が燃え尽きてなくなってしまった……」
「もともとないだろーが、おっさん!」
「おっさんだとぉ?! 花の25歳をつかまえて……ひどいっ」
 わぁ、と烏丸が泣き真似をするとまたもや笑いが沸き起こる。
 はじめは皆の金魚すくいの様子を眺めていた少女だが、すぐに獅子舞の方へ向き直ってしまっていた。
 きょろきょろと辺りを見回す少女にロディが声を掛ける。
「そういえば、お母さんを探していると言ったな」
「うん」
「お母さんの特徴は? 髪の長さや服装とかはどんな感じなんだ?」
「お兄さんも探してくれるの?」
「ああ、その為に俺はここにいる」
 少女はその言葉を聞き、ぱあっと明るい表情になる。
「あのね、髪の毛はウエーブがかかってて、肩よりちょっと長いくらいかなぁ。服はえーっと、えーっと……」
 思い出せない。お母さんはいつもどんな服を着ていただろうか?
「どうした?」
 黙り込んでしまった少女を不思議に思い、ロディが声を掛ける。
「……どんな服を着ていたか思い出せないの。でも、でもね、いつもスカートをはいてたよ。それでね、笑うととってもキレイなの」
「そうか。君はお母さんが大好きなのだな」
「うん!」
 もはやそれは母親の特徴とは言い難いものだったが、ロディはなにも言わなかった。
 要するにウェーブのかかった髪を肩くらいまで伸ばした、スカート姿の女性を探せばいいだけの事。同じ特徴をもった女性はたくさんいるだろうが、彼女が確認すれば問題はないのだ。
 通りでは獅子舞に続き、龍舞が始まっていた。
 銅拍子のほかに笛や太鼓の演奏も重なる。
 うねる龍の前を獅子がからかうように飛び跳ねる。龍は口を開け、獅子に食らいつこうと追い掛ける。
 獅子が龍の攻撃をかわすたび、見物客から歓声が上がっていた。
「きっと、お母さんはこれを見にきてると思うの」
 そう言って見物客の方へ顔を向け、少女は母の姿を探す。
 時折ロディが母親の特徴に似通った女性を指し示すが、どの人物も少女の母親ではないと言う。
 龍舞・獅子舞が佳境に差し迫った頃、一人の女性が路地からふらりと姿を現した。
 その女性はぼんやりと二つの舞を眺めている。祭りを楽しみに来ているはずなのに、その顔に笑顔はない。
 振り乱した髪に蒼白の面、服装も少し乱れているようだ。
「――。」
 女性の口が微かに動く、と
「お母さん!」
 少女がぱっと女性の方を向き、叫んだ。
「なに……?!」
 あれがこの少女の母親だと言うのか。確かに姿形は該当するが、お世辞にも綺麗だとは言い難い。
「お母さーん!」
 少女が叫びながら駆け寄ると、女性は大きく目を見開き、そしてわなないた。
 少女が女性の腰に縋りつき、母の名を呼びながら頬を擦る。するとやがて女性は腕を伸ばし、少女を恐る恐る抱き締めた。
「お母さん……」
 少女が女性に笑顔を向けると、女性は目から大粒の涙を零し少女の名を呼ぶ。
「リャンメイ……! 私の子、愛しい娘」
 リャンメイと呼ばれた少女は幸せそうに頬笑み、そして――消えた。
 女性はそのまま手で顔を覆い、肩を震わせて嗚咽した。
「ごめんなさい、ごめんなさい。許して、許してちょうだい……」
 ロディは女性の前に立ち、声を掛ける。
「話を聞かせて貰えませんか?」
「あなたは……?」
「私の名はロディ・オブライエン。先程まで、あなたのお嬢さんと一緒にいた者です」
「そう……。わかったわ」
 ロディと女性は大通りを離れ、少し静かな所で歩みを止めた。二人は積み重ねられた木箱に腰を下ろした。
「あの子は、私が……殺しました」
 女性が静かに語り始める。
「あの子が生まれた時から、私達家族の運命が狂い始めたんです。――いえ、本当は私が悪いんです。私が弱かったばっかりに、あの子を……!」
 女性は泣き崩れ、暫くは話す事ができなかった。ロディは女性が落ち着くまで待ち、そして、事の真相を聞き出した。



「あ、おーい。どこ行ってたんだ? 祭りはもう終わっちまうぞ」
 皆の元に戻ったロディに烏丸が声を掛ける。
「悪い、ちょっとな……」
「あれ、あの女の子は?」
「ああ、母親のもとに帰ったよ」
「そっかー、よかった。お母さん見つかったんだね」
 その言葉にロディは無言で微笑む。
 彼女の母親が語った事、それは自分の胸にだけ留めておけばいい事なのだ。事の真相など知らない方がいい時もある。
 ドン!
 パーンパーン
 バチバチバチバチ……
「花火だ!」
「すごーい、キレイだねー」
 いつの間にかインヤンガイの町は闇に包まれていた。気付かないうちに、そっと。
 その闇が夜空を彩る大輪の華々をより一層美しく際立たせていた。
「さあ、俺ももう帰んなきゃなー」
 少年がそう言って立ち上がる。
「今日は楽しかったぜ。じゃあな!」
「バイバーイ」
「さようなら」
 少年が手を振りながら駆け出すと、ルーノエラと真遠歌も手を振って別れを告げる。
 走り去った少年の後ろ姿を見送っていると、彼の体がバッと四方に弾けた。
「え、なに? 今、なにが起こったんだ?!」
 烏丸が驚き、声を上げる。
「なにって、元に戻っただけだよ」
「そう……彼、本来の姿に戻っただけ、です。彼は、複数の魂があつまって、少年の姿になっていただけ……」
「えっ?!」
 烏丸だけが状況が飲み込めず、挙動不審になっている。
「さあ、我々も帰るか」
「うん!」
 ロディがそう言うと、ルーノエラと真遠歌が後に続く。
「あ、ちょい、待ってくれよ……!」
 歩き出した三人を烏丸が慌てて追い掛ける。



 ああ……
 どうしちゃったのかな、わたし……
 体にぜんぜん力が入んないや
 お母さん、どうしたの?
 なんで泣いているの?
 あ……
 お母さんが抱きしめてくれた
 よかった……
 わたし、お母さんに嫌われてたんじゃないのね
 お母さん、泣かないで、笑って
 わたし、お母さんの笑顔がいちばん好き



「あ、そう言えば、僕、きみの名前知らないんだった。なんていう名前?」
「真遠歌……と言います」
「僕はねぇ、ルーノエラ・アリラチリフって言うんだよ」
「るーのえら……」
「うん」
「ええと……」
「なあに?」
「きみの事……ルノ、って呼んでも、いい……ですか?」
「いいよ、真遠歌」
 そう言ってルーノエラは真遠歌と手を繋ぐ。
 真遠歌は同じ歳の友達ができたのかな? と嬉しくなった。

クリエイターコメントお待たせしました。
本始動第一弾のシナリオをお届け致します。
PLの皆様からは、内容のぎゅっと詰まったプレイングをいただき、感謝しております。
一部、一人称などがキャラクターシートと異なっている部分がありますが、場の雰囲気的に変えさせていただきました。
もし、どうしても気になる部分がございましたら、事務局を通じてご指摘いただければ、と思っております。
この度は私のシナリオにご参加いただき、ありがとうございました。
少しでも皆様の心に残るものになっていれば幸いです。
また、いつか、皆様の旅路を記す事ができれば嬉しく思います。
公開日時2010-03-01(月) 21:30

 

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