「火を使ったプレイ、または、身体にパシン! と衝撃の走る激しいプレイに興味はおありですか?」「ありません。サヨウナラ」 180度踵を返し、その場を去ろうとするゴンザレス・サーロイン。しかしその目の前には既に銀髪の世界司書が回り込み、行く手を阻んでいた。「いいからどけよ! いきなり人の性癖を聞いてくるような女は好みじゃねぇんだ!」「『嫌よ嫌よも好きの内』という表現ですね? 分かります」 押し問答する事、約五分。(結局こうなるのか……) うんざりとした表情で椅子にもたれるゴンザレスを前にして、世界司書は何事も無かったかのように話を始めた。「インヤンガイで行われる『巡節祭』については御存知ですね?」 御存知も何も、今最もホットな話題ではなかろうか? 新年を祝い、陰惨としたかの異世界にもちょっとしたお祭り騒ぎが訪れるらしい。「魔を祓う意味も含め、激しく爆竹を打ち鳴らすのですが……それを使った、興味深い催しがありまして。その名も『爆裂神行』と申します」 爆裂は爆竹を意味するとして……神行?「行とは、修行の事だそうです。互いに爆竹を投げ合い、より神に近付いた者が、皆の祝福を受けると聞きます」 なるほど、修行に勝負事ときたか。それなら興味がある。「爆竹を食らっちまった奴が負けなんだな? 腕試しには良さそうだな」「いえ、違います」 期待はあっさりと否定された。「より華麗に、爆竹をその身に受けた者が称えられるのです」「何だそりゃ!?」「爆竹の嵐に耐え得る強固な肉体、恐れを知らぬ鋼の心、炎の中にあって美しさすら感じる立ち居振る舞い――それら全てを兼ね備えた者こそ、最も神に近い者である、と」「ヤな神様だな」「実に興味深い思想です。それで、現地の探偵に相談してみましたところ、参加するなら大歓迎だ、と。ゴンザレス様の申し込みは既に済んでおります」 澄ました顔でとんでもない事ぬかしやがりましたよ、彼女。「ちょっと待てやコラ」「打ち上げの費用は探偵持ち、飲み放題の食べ放題だそうです」 !?「……行ってらっしゃい?」「し、仕方ねぇな。どうせキャンセルできねぇんだろ? 参加してやるよ!」「……ツンデレ?」「違うわ!!」●「いやー、楽しみだねぇ。怪我人続出で、最近は参加者がめっきり減ってたから。久々に盛り上がりそうだ」 インヤンガイの寂れた探偵事務所。かつて熱狂に沸いた時代に想いを馳せ、探偵の出雲平助は煙草をぷかりと吹かすのだった。
●MH5 ――マジで火が点く5秒前―― 気温、15℃。湿度、40%。乾燥による静電気の発生率は極めて低し。 周辺に火気、引火性物質が存在しない事を確認。ステータス、オールグリーン。 ――これより、状況を開始する。 「ったく。いくら顔見知りが絡んでるからって、何でこんな祭りに参加するんだか。アヤ、お前ってMなの!?」 「いやいや。別にそういうわけじゃないけど、『激しいプレイ』って何かウキウキする響きじゃない?」 「それ、完全にMなんじゃねぇ?」 賑やかに言葉を交わしながら男達がやって来ると、銀色のフォルムがびくりと震えた。 「キャアッ」 きゃあ? 思春期の少女のような悲鳴に首を傾げる間も無く、三人の顔が驚愕に染まる。 振り返った銀色の物体――幽太郎・AHI-MD/01Pの手の中には、派手な色彩の爆竹の束が握られていた。そして驚いた拍子なのか、幽太郎の手首に穿たれた空洞から火花が迸り、導火線へと燃え移っていたのだ。 男の一人、虚空が大仰な仕草で指差しながら怒鳴り声を上げる。 「おおお、お前! それ!」 「?」 しかし幽太郎は意味が分からなかったのか、つぶらな瞳を真ん丸にして首を傾げるのみ。と、彼の頭の中に埋め込まれた中央演算処理装置が唸りを上げ、膨大なデータの中から可能性の候補をピックアップする。その中の一つに、幽太郎の「直感」が働いた。 「欲シイノ?」 火が点いたままのそれをおずおずと差し出す。すると、三人は「「わ゛ー!」」と一斉に後退りした。残念、外れだったようだ。 「チッ、どうするよ? あのままだとあいつ、爆竹に巻き込まれちまうぞ」 面倒臭そうに舌打ちした石川 五右衛門に「叩き落とすか?」と尋ねられた蓮見沢 理比古はしかし、頭を振った。 「強引なのはあんまり良くないと思うな」 その言葉に二人の表情が全く同じように歪む。またか、とでも言いたげな顔だ。事態はかなり切迫しているというのに。 そうこうしている内にも、三人の目の前で導火線は見る見る短くなっていく。両隣の二人から「どうするんだ」と視線を向けられた理比古は、しばし考える素振りを見せ、 「よーし、来い!」 ((やっぱりそうなるのかよ!)) 幽太郎に向かって腕を広げる姿に、万が一の事態に備えるべく身構える二人であった。 再び、幽太郎の中央演算処理装置が計算を開始する。 結論。この場合の「来い!」とは、彼等が参加する奇祭『爆裂神行』の練習を意味するものだという試算が。その確率たるや、80.43%。第二の候補として「抱きついてこい!」という婉曲な愛の告白というのもあったが、この圧倒的な確率の差の前においては無視するべきであろう。 「イイノ?」 幽太郎の言葉に、理比古は重々しく頷く。 仰角良し、投擲速度の算出良し。ステータス、オールグリーン。 「ヤアッ」 残り僅かとなった導火線から火花の尾を揺らしながら、爆竹が弧を描いた。 爆竹の行き先だけに意識を集中し、来たるべき衝撃に身構える理比古。 そんな彼と爆竹に交互に視線を走らせながら動き出す虚空と五右衛門。 何が起こるのかと、決定的瞬間を記録するべく瞳のレンズを洗浄液で潤ませる幽太郎。 ――パパンッ パ パパパパンッ パパッ―― 「おいおい、どうしたってんだ!?」 突然の炸裂音に屋内から飛び出してきたゴンザレス・サーロインだったが、 「……何やってんだ、お前等……?」 目の前に広がる光景に目を点にするしかなかった。 そんな事はこっちが聞きたい。そう心の中で毒づきながらも、虚空は硝煙を吸い込まないように口を閉じるしかない。焦げ臭い臭いを放つ彼の後方では、五右衛門と理比古が折り重なるように倒れていた。 そして幽太郎は――あれ? いない? 「幽太郎君、もう大丈夫だよ。安心してそこから出てきなさいな」 ゴンザレスに続いてゆったりとした足取りで現れた探偵、出雲平助が何も無い物陰に呼び掛けると、景色が微かに揺らいだ。ジジ、というノイズの後、3DCGのテクスチャが剥がれるように、徐々に銀色の姿が現れる。 「……ホント?」 どうやら、自らを周囲の景色に同化させる機能らしい。涙の演出なのか、洗浄液を目の端に溜める姿からは想像がつかないが、相当高性能なロボットのようだ。「ホントホント。――そうだよね?」、出雲に水を向けられて他の者達が一斉に頷くと、幽太郎は及び腰ながらものそのそと歩み寄ってきた。乾いた土の上に、引きずる尻尾が道のような跡を残していく。 たった今、刹那と言うべき瞬間の間に起きた出来事を幽太郎の記録映像を元に説明するならば。 爆発間近の爆竹を抱え込むように理比古が身体を丸め、それを受け止めようと五右衛門が背後に回ったが、咄嗟に割り込んだ虚空が理比古を突き飛ばすのと同時に爆竹を奪い、その餌食となったのだ。 幽太郎は炸裂音を感知したのと同時に光学迷彩を発動し、物陰に猛ダッシュで逃げ込んでいる。それでもカメラだけは器用に位置を固定し、この映像を記録していたらしい。 「いやいや。早速練習とは、感心感心。本番もその調子で頼むよ」 違う。そうじゃないんだ。少なくとも俺は。虚空が抗議する暇も無く、出雲は幽太郎に爆竹の説明をしながら自分の探偵事務所内へと引き上げていってしまった。 「この爆竹は『爆裂神行』用の特別製でね。相手に向かって投げる事を前提としているから、導火線が長めに作られているんだ。それに音や威力も、かなり強めに調整されている」 「……痛イノ?」 「君の身体を見る限り、どうだろうね? まぁ――」 何だろう、この和やかなムードは。起き上がった主は主で、「虚空、ずるいなぁ。横取りするなんて」とか言ってるし。 本番は明日の夜。 虚空の受難はまだ始まったばかりだ。 ●福音と、浄炎と そんな一幕があった昨日の昼。 「一気に物々しい雰囲気になってきたなぁ」 暗闇の中で、理比古は外の景色を眺めながらぼんやりと呟いた。 『爆裂神行』の会場として案内された廃ビルは、見るからに何か「出そう」な空気に満ちていた。錆びたスチール製の事務机や棚が転がっているところを見るに、いわゆるオフィスビルだったのだろうか。廃墟となってから長い時間が過ぎているようだ。 どうやら、主催者側としては一種のサバイバルゲームのような雰囲気にしたいらしい。「開始の合図があるまでは、この場からあまり動かないで下さいね。開始まで他の参加者との接触も禁止です」と念を押されてしまった。お陰で、暇で仕方が無い。 「ん? 始まるのかな?」 廃ビル前の広間は今までも観客達のざわめきでうるさかったが、一際大きな照明が灯り、歓声が巻き起こった。見れば、ド派手な衣装に身を包んだ人物がステージ上に立ち、マイク片手に何やらがなり立てている。 「さあ、今年もこの季節がやって参りました! 実況はワタクシ、DJボム。そして解説には、過去の『爆裂神行』において五年連続優勝という偉業を成し遂げた生きる伝説、出雲平助さんにお越し頂きました!」 「やー、どうもどうも。そんな昔の話を持ち出されても恥ずかしいだけだけれどもね」 ワアァァァァッ!!! 大きく踏み外した足が地面を滑り、虚空は危うく転んでしまうところだった。 「あのオッサン、元常連かよ……どうりで熱心に誘ってきたわけだ」 それに、妙に祭の内容にも詳しかったし。公私混同ではないのだろうか? まぁ、今となっては無用の話か。そう思い直し、彼はこれからの動きを考える。主と引き離されてしまった為、開始と同時に彼を捜さなくてはいけない。その為に自分はここにいるのだから。 表向きは冗談めかしているが、こういった状況での主の行動は少し異常だ。被虐趣味も度が過ぎれば命に関わる。そもそも、そういった趣味を持たない人間が見れば心を痛めるのが事実だ。 「ま、どうしようも無ぇんだろうが」 どうしようもなくても、自分は守るだけだ。 淡々と自分の決意を確認し、虚空は意識を外へと集中させた。 「近年は参加者が減少傾向にありましたが、今年は昨年比の約二倍! いやー、毎年楽しみにしている身としては嬉しい限りですね!」 「全くです」 「おっと、そこで止まりな」 壁に背を預け、煙草を燻らせている五右衛門の瞳が物騒に光った。 …………………… 「出て来ねぇのか? オレ様の目を欺こうたぁいい度胸だが、こっちから仕掛けてもいいんだぜ?」 次の瞬間、闇の中を光が奔り、倒れ込むように腰を落とした五右衛門の咥えた煙草が半ばから切断された。滑らかな断面から、刻まれた葉が屑となって彼の顔に零れ落ちる。 (投げナイフか!) 光の正体を確認した五右衛門はすぐに地面を転がってその場を離れた。視界の外で地面を穿つ金属音が響く。じっとしていたら、今頃は全身からナイフを生やした愉快な人になり果てていただろう。 「いい腕ね。今まで噂を聞かなかったのが信じられないわ」 女? 姿こそ見えないが、その声音は確かに女性のものだ。 「開始の合図があるまで、参加者同士の接触は禁止じゃねぇのか? それに、得物の使用は御法度って聞いたんだが」 無駄だろうとは思いつつも、取り敢えず指摘してみる。 「ルールなんて破る為にあるようなものよ。お行儀の悪い野良猫はお嫌いかしら?」 「ハハッ、嫌いじゃねぇなっと!」 不敵な笑みを浮かべた五右衛門はライターで爆竹に火を点け、躊躇無く闇の中に向かって投げつけた。 「おぉっと!? どうやら、エキサイトした参加者が早くも始めてしまった模様です!」 「これはいけませんねぇ」 「毎年の事なので慣れてしまいましたけどね! それでは、遅ればせながら『爆裂神行』、スタートです!!」 ジャーン、という銅鑼の音に一瞬びくっとした幽太郎だったが、それが『爆裂神行』開始の合図である事を思い出し、慌ててレーダーを起動させようとした。 (ア……レ……?) 突如として襲い来る不快感。人間で言うならば、頭痛や吐き気の類だろうか。電子系統の異常を告げるメッセージが次々と現れる。 (レーダーガ機能シナイ……!?) 不測の事態にオタオタする彼の耳に、外からDJボムの声が聞こえてきた。 「なお、電子機器による不正を防止するために、『爆裂神行』開催中は付近一帯に妨害電波が流されます。携帯電話は使用できませんので、お気をつけ下さい。繰り返します――」 (ソ、ソンナー!) そうこう言っている間に、光学迷彩も解除されてしまったようだ。電子機器の塊のような幽太郎からすれば、危機的状況である。慌てて全身をチェックすると、機体制御プログラムの類は無事のようだ。ほっと一安心。取り敢えず、動く分には問題無いらしい。 (デモ……ドウシヨウ……?) 見上げた天井は鉛色。そして周囲に広がるのは漆黒の闇のみ。思わず途方に暮れそうになるが、 ――パパッ パパパンッ―― 彼方より届く爆竹の光と音に導かれるようにして、巨体が動き出す。 (データヲ集メナキャ) 「ワハハハハ! オレより強い奴はどこだぁっ!」 どこか自棄になったように聞こえる声が不安にさせるけれども。 「フフフ、四千年の歴史を誇るインヤンガイの秘拳、受け止め――」 「ゴチャゴチャうるせぇ!」 怪しげな構えを見せる弁髪の男が光と炎に包まれ、悲鳴と共に倒れ伏した。その屍――死んではいないが――を乗り越えながら、虚空は声を張り上げる。 「アヤ、どこだ!?」 「ここだよー」 手を振る姿に、ホッと胸を撫で下ろす。これが主従の絆なのか、二人は早々にして合流する事に成功していたが、理比古が何かを発見する度に虚空は振り回されていた。 「あ、やっぱり誰かいる。――よーっし、今度こそ!」 「ちょ、アヤ、だから一目散に突っ込んでいくのやめろって……ぎゃーッ!?」 あらぬ方から放られる爆竹に反射的に飛び出した虚空が、何度目かも知れない爆発に巻き込まれた。おそらく彼だけが実感していたであろう。映画でよく見るような、極限でのスローモーション的現象は実在するのだと。今なら弾丸の盾にもなれそうだ。 ミディアムレアに焼き上がる虚空の姿に、理比古は一言、 「くそぅ、ちょっと自分がカッコよく焦げてるからって……! 虚空には絶対負けないんだからなー!」 ……報われない愛ってドラマチックですよね。 滝のような涙を流す虚空はしかし、頭の隅で考え込む。 (さっきから倒してるのは雑魚ばっかりだ。アヤが追ってる奴は気配すら感じさせねぇ。どこのどいつだ……?) 「盛り上がって参りました! 観客は総立ちです! 出雲さん、如何ですか――って、出雲さん? あれ? どこに行かれましたー?」 「くっ……!」 キスすら出来そうな至近距離にまで迫られ、女は喉の奥で唸った。同時に、自らの敗北を覚悟する。 が―― 「ば、馬鹿にするつもり!?」 たん、と地面を蹴り余裕の表情で離れる五右衛門。女の声が怒気を孕む。 「折角の祭りじゃねぇか。無粋な玩具は無しで楽しみてぇんだよ。――アヤの方は、虚空がいるから大丈夫そうだしな」 いつの間に掠め取ったのか。大量のナイフが瓦礫の中へと捨てられた。これで、お互いの武器は爆竹のみ。 「さぁ、祭りの始まりだぁっ!」 窓から外へと放られた爆竹が、観客達の間で炸裂した。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う観客達からは、ブーイングと同じくらいの熱狂的な歓声が湧く。 「此れが『爆裂神行』の醍醐味ってぇ奴だろ?」 自分に対して地面に向けた親指を示す観客達に片目を瞑って見せ、五右衛門は改めて女と対峙する。 「ヘッ、爆竹ごときにビビってたんじゃあ石川五右衛門の名が泣くってぇもンだぜ! 矢でも鉄砲でも持って来やがれってんだ!」 「……お望み通りにしてあげるわよ」 いつしか、女の口許にも笑みが浮かんでいた。 「ゴンザレス君もまだまだだねぇ。力強いが、美しさが足りない」 香ばしい匂いを放つモノトーンカラーの巨躯を足で転がし、その人物は手にした爆竹に火を点けた。逆光を背に佇む影に対するは、理比古と虚空。 「って、何やってんだよ、出雲」 「俺は出雲じゃないよ。神に最も近い男、イズモーンだ!」 「やっぱり出雲じゃねぇか!」 びしっとポーズを決める、覆面の人物――どこからどう見ても出雲平助その人なのだが――に、虚空は脊髄反射に近いツッコミをしていた。もう嫌だ、お家に帰りたい…… 「よし! イズモーン、勝負だ!」 案の定、主はノリノリだし。 二人が同時に爆竹を投げようとしたその時だ。 ……ゴゴゴゴ…… 微かな地響きが建物を揺らし、次の瞬間には盛大な土埃が視界を覆っていた。 その少し前。 (ウワー、ウワー) 目の前で繰り広げられる攻防に、幽太郎のカメラはRECボタン全開であった。 爆音と炎が瞬く中、焼き焦げながらも他の参加者達を一掃したゴンザレスだったが、窓から躍り込んできた謎の人物によって呆気無く倒されると、階段の下へと転げ落ちていく。 (追イ掛ケナクチャ!) ゴンザレスに続いて階下へと降りる謎の人物。その後を追おうとした幽太郎だったが、ボロボロの階段を目の前にして足を止めた。 (表面積、分析完了……耐久値、計測……自重ニヨル瞬間圧力ト照合……) 崩壊ノ可能性、75.38%――本来であれば、任務続行を諦めるべき数値だ。既に収集したデータを無事に持ち帰る事こそ優先されよう。 だが、それでも。 (行コウ) 恐る恐る、階段へと足を伸ばす。機械としての役割に、知的好奇心が勝った。それはともすれば矛盾する行動だったが、本人がその事に気がつくはずも無く。 一歩踏み出した地面が呆気無く崩れ落ちる。 「キャアアァァァッ!!」 甲高い悲鳴を響かせながら、幽太郎は瓦礫の中へと消えていった。 「おっとっとぉ――って、何だこりゃ?」 もうもうと舞う土埃に、五右衛門は頭を掻いた。と、その足下に滑るように爆竹の束が転がって来る。 ――パパパパパンッ―― 「のわぁ!?」 避けるのが一瞬遅れた。足首に燃え移った炎を手で払いながら、取り敢えずその場から飛び退く。 彼の後に現れた女が、さも愉快そうにコロコロと笑い声を上げた。 「あらあら、無様な姿」 「うっせぇな! たまにゃオレ様だって失敗する事ぐれぇあンだよ!」 口汚く罵り合いながらもどこか楽しそうに爆竹の応酬を続けようとする二人だったが、ふといくつもの視線を感じて振り向いた。 「やあ、五右衛門。満喫してるね?」 「おう、アヤ! 虚空も予想通りみてぇだな!」 「予想がついてたんなら放置するなよ!」 男でも三人寄れば姦しいらしい。互いに再会を喜ぶ男達だったが、積もった瓦礫が大きく揺れると、言葉を止めてその様子に注目した。 ガラガラと大きな音を立てながら、一つ、また一つと階段だった瓦礫が内側から押し除けられていく。そうして姿を現したのは、言うまでも無く銀色のロボット幽太郎であった。 一同の視線が集まる中、特殊合金製のボディがもじもじと揺れる。 「アノ……コンバンワ……」 「「……こんばんは」」 「ここでいきなり挨拶?」と思わないでもなかったが、全員が律義に挨拶を返した。 なおも続く沈黙に、恥ずかしさやら何やらで幽太郎の中央演算処理装置はオーバークロック寸前だ。 「エット……オトモダチニナッテクレル……?」 まさかの「友達百人出来るかな」宣言。 返答に困る者が多い中、出雲改めイズモーンと理比古は何故か同じようにうんうんと頷き、 「この場で仲良くなる為には……」 「やっぱりこれしかないんじゃないかな」 両手に火の点いた爆竹をずらりと並べ、ぞっとするくらい楽しそうな笑顔を浮かべた。 外からDJボムのがなり声が木霊する。 「いよいよ、生き残った猛者達が集結しました! 神は誰に微笑むのか!? 『爆裂神行』もクライマックス。観客のボルテージも最高潮に達しています!!」 ワアアァァァァァッッッ!!! 歓声に背中を押されるように、全員が一斉に動き出し―― インヤンガイの陰惨な闇夜に、一際大きな華が咲き誇った。 ●祭りの後 「いやー、盛り上がった盛り上がった! 君達には本当に感謝しているよ。思う存分食べてくれ」 普段のだらしない印象とは打って変わって、出雲は興奮気味にロストナンバー達を打ち上げ会場である中華飯店へと案内した。 その前に、あちこち焦げている理由を問い質したいところだが、のらりくらりとはぐらかされるのがオチだろう。結局その事には誰も触れず、回転テーブルに満載された料理の数々に感嘆の声を上げた。 その中の一つ、青椒肉絲(チンジャオロース)を指差して、幽太郎がゴンザレスに尋ねる。 「……オトモダチ?」 「違うわ! 何でそうなる!?」 「ダッテ、同ジ組織成分……」 食べられないからって、勝手に成分分析をしてはいけません。 乾杯もそこそこに、ロストナンバー達はグラスを傾け、料理に箸を伸ばし、宴会を楽しむ。 「それにしても、まさか幽太郎君が優勝とはねぇ」 ふと思い出したような出雲の言葉に、全員の視線が幽太郎に集中した。彼はやや手持無沙汰そうにしながらも酒宴の様子を興味深そうに「記録」していたが、一斉に見つめられると、最早お馴染みとなったもじもじする仕草を見せた。 杯を一気に開け、ゴンザレスもにやりと笑う。 「観客の寸評じゃ、『爆竹をものともしない頑丈さと、友達を求める健気な姿のギャップが最高だった』とか言われてたっけか? 何だかよく分からねぇ理由だな」 「ウ、ウン。ボクモビックリシタ」 「他にも『その博愛精神に感動した』とかあったか。まぁ、何となく分かるかもな」 五右衛門とグラスを合わせながら、虚空は頷いた。荒んだ現実に浸かり切っているからこそ、無垢な存在に嫉妬する事無く、純粋に憧れを抱くのかもしれない。インヤンガイの闇の側面を見た気がした。 その肩をつかみ、半ば強引に左右に揺れながら、五右衛門は豪快な笑い声を上げる。 「難しい話はいいじゃねぇか! 面白ぇ祭りだったぜ!」 確かに、彼の言う通りかもしれない。そう思わせてくれる一日だった。 「アヤも食ってるか!? たくさん食ってもっと肉つけろ!」 「もちろん、美味しく頂いてるよ」 理比古が示して見せた器の中を見て、全員が冷や汗を流した。 真っ赤。真っ赤だ。一瞬トマトかと思ったが、それにしては瑞々しさが無い。それが山盛りされた七味唐辛子だと理解するのに、結構な時間が掛かったように思える。既に元の料理が何なのか判別すらできないのだが、彼は実に美味しそうに口に運んでいた。疲労が溜まったのか、先程までは虚空に支えられるようにしていたのだが、すっかり復活した様子である。 「お、おう! 美味けりゃそれでいいわな!」 言葉とは裏腹に、真っ赤な皿を直視しないようにしながら、五右衛門は紹興酒をぐいっと一気に飲み干すのだった。 話題を変えようと、ゴンザレスが全員を見渡して提案する。 「よーし! そんじゃ、誰か芸してくれよ、宴会芸!」 「ジャ、ジャアボクガ、コノ爆竹ヲ……」 「「やめい」」 インヤンガイの夜が更けていく。 小さな店からは、いつまでも楽しげな笑い声が響いていた。 (了)
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