ロストナンバー達が異世界を出発する為の始まりとなる地点、そこが0番世界の世界図書館である。トラベラー達が其処に赴くと、出迎えたのは一人の女性だった。「ふふ、誰だって顔をしているわね。初めまして、私は瑛嘉というの。見ての通り、世界司書よ」 毛先だけが茶色い金髪を揺らしながら、瑛嘉と名乗った女性は手に持った本を示す。それは紛れも無く、世界司書の証である「導きの書」だった。「挨拶が遅くなってしまって御免なさい。これからは皆のサポートをしていくから、宜しくね。それじゃ、早速かもしれないけれど今回の依頼を説明するわね」 私的な事も話したいが、そこは世界司書という使命がある為か自己紹介は一先ず簡単に済ませ、瑛嘉は今回の依頼を話し出す。 赴く世界はブルーインブルー。「導きの書」が映し出した予言により、ある船が海賊達によって襲われるという事が分かった。トラベラー達には、その襲われるらしいという船の護衛をして欲しいのだという。「襲撃をするという海賊の一団は、通称『海賊王子』と呼ばれているロミオっていう人物が率いる海賊団でね。襲われるという事は『導きの書』で予言されたからなのだけれど、それだけじゃなくてこのロミオの海賊団は事前に襲撃する船に予告状を出しているの」 ただのスタイルなのかリーダーのロミオがフェアを重んじている為なのか、それは分からないが襲撃の際には事前に「予告状」を出すらしい。 色々と書いてあったが簡単に纏めると、「人々の為に、其方の悪行を我等が正義を以って裁くとする」というものだった。「噂だと、結構格好良い男性みたいね。それはそれとして、ロミオが現れるかどうかまでは分からないけれど……今までのやり方からすると、ロミオの海賊団は数隻の立ち回りが効く小型船を使って密かに近付き、そこから船上に上がって……というパターンが多いみたいね。武装は発火式の銃や剣、数もそんなに多くはないし、少し痛い目を遭わせたらあっさり退くようだから、皆には簡単過ぎるわね」 トラベラー達には、襲われるという大型船に乗り込んで護衛をして貰う。 これまでも幾らか世界図書館からの依頼を受けた事があるだろうトラベラー達も多いだろうから、この程度の脅威など楽勝の範疇だろう。その意味を込めて瑛嘉は言うと、一旦「導きの書」を閉じる。 ぱたり、と書が閉じられる音が響き、少し間を挟んだ所で瑛嘉は司書らしく説明的に心掛けた口調から悪戯っぽく口唇を曲げさせた。「目的を達成するだけなら、此処からは私の勝手な補足だから聞かなくても良いわ」 ロストレイルに乗車するチケットを此処で差し出し、依頼の内容自体は此処までだからと告げる。その前置きから数秒の後、瑛嘉は再び口を開いた。「皆は大型の商船に乗り込んで貰うと言ったのだけれど……ちょっと、気になる所があってね。こっちが聞いている限りではその商船が扱っているのは御酒や珍しい食物なのだけれど、現地の人が言うには何だか違うようで……娯楽用に飼い慣らした海魔や取引違法とされる動物……そして、人。売買の為の奴隷から、何処かで攫って来た人も混じっているみたい。乗って、直接確かめてみない事には分からないのだけれどね」 世界図書館側で聞いている内容はごく普通の大型商船だというものだが、現地の人間によるとその中身も取り仕切っている人間もかなり後ろ暗い類らしい。 金と保身が第一で、他など如何でも良い。裏で取引しているらしい奴隷と飼い慣らした凶暴な海魔や動物達も一緒に取り扱っている為、気紛れで頻繁に奴隷達をそういった危険な存在達の前に晒しては様子を眺めたり、時には自分が手を上げる。商売の「道具」であるとはいえ、邪魔になれば海中へ捨てる事も厭わないかもしれない。そんな宜しく無い評判が現地では占めているようだった。 対して、ロミオが率いる海賊団だが、現地の人々によれば賊と言っても所謂「義賊」なる存在であるらしい。現地の人々によると悪辣な金持ちや商人、貴族をターゲットにしてその金品などを奪い、それらを一人占めする訳でもなく貧しい人々に与えている為、密やかではあるものの現地の住民の人気は高い。海賊団自体の力量は高くはないが、こっそりとロミオ達を支援している者達も少なくないのだという。「もう一度言うけれど世界図書館からの依頼は、海賊に襲われる船を港まで護衛して欲しいというものよ。『人は自由であるべき』を信念とする海賊団から、何だか胡散臭い気がする船を、ね。それは忘れないで頂戴。あと、その他の事は……特に聞いていないわね」 あくまで、目的は商船を海賊から護衛するというもの。たとえ襲撃するという海賊団がどんな志を持って、護衛する船がどんな類のもので如何いった人間が取り仕切っていようともそれは変わらない。 現地に行ってしまえば、世界図書館側の者達は何も干渉する事は出来ず、成功も失敗もトラベラー達によってしか結果は傾かない。「ロストナンバーは、真理に目覚めた存在と言われているわ。だから見極めなさい、自分自身で。長くなってしまったけれど、これで私の付け足しは終わりよ」 面白がるかのように形の良い口唇に弧を描いて瑛嘉はそう締め括り、一礼と「行ってらっしゃい」の言葉と共にトラベラー達を送り出した。
何処までも広く青く、海が在るばかり。その海のように、住む人々の心は澄み切っているとは限らない。 ブルーインブルーでロストレイルの駅が繋がっているのは、ジャンクヘヴンという場所。トラベラー達が船に乗り込むのはそこからだが、護衛をする船は他の港に寄ってからジャンクヘヴンにてトラベラー達を乗せ、別の港を目指して航行をするという事であるらしい。 「見た目は特に不審そうな所は分からないけれど……」 船に乗り込み、甲板を歩きながらコレット・ネロは周囲を見回して心配そうに呟く。 護衛するという船の外観は普通の大型商船、乗り込んだ直後なのでまだ甲板含めた外側から見える範囲しか見ていない。 「少なくとも、此方の船長殿に思う所があるのは確かだな」 甲板を歩いている最中、この商船の船員がちらちらと寄せて来る怪しげな視線を遮るようにしてコレットの傍らに居たアインスは、船に乗り込む時に顔を合わせた船長の様子を思い出した。 トラベラー達は出身などに不審を持たれないように、依頼先には「何処か遠い国から来た者」として説明がされている。その所為で「何処とも知れないので信用出来ない」という認識があってもおかしくはないのだが、それを抜きにしても船長の態度は感心出来ない部分が多々見られた。船員達にしても、先程のように何処か此方の行動について気にしているようにも見える。面々が船に乗り込む時も、他の船が停泊している場所よりも少し離れた所からだった。 「俺等の事、まるで親の仇でも見るような感じだったな」 「……ジャンクヘヴンの人達も、何だかあまり歓迎していないみたいだったね」 肩にセクタンのポッポを乗せて溜め息混じりに漏らした坂上 健の言葉に続き、ディーナ・ティモネンも頷く。まるで疎外されているみたい、と。 ロストレイルのチケットによる効果で、余程奇抜な行動をしない限りはどのような見た目であっても現地の人々に気にされるような事にはならない。しかしながら、この船に乗る時に見たジャンクヘヴンに住んでいる人々の此方側に対しての目は外見上の不審とは違った方向の好意的ではないもののように感じた。そこから考えるに、トラベラー達の事自体ではなく乗り込むという件の船に対して何かあるのは間違いなかった。 「……なぁ、もうそろそろ出ても構わねぇか?」 「あ……ゴメンね? 狭かったかな」 船に乗る時に共に積んで貰った大樽の中から声がし、ディーナは周囲に船員が居ない事を確認してから大樽の蓋板を外す。木製の蓋を外し、そこから出て来たのはグランディアだった。見た目シベリア虎という姿では何かする際には、如何しても目立ってしまう可能性が高い。乗り込む時に透明化する方法もあったが、重量までは誤魔化せない為に「海賊退治に必要な物」と称して幾つか大樽を持ち込み、その中に一先ず入って船員達には悟られないように船に乗り込む形を取っていた。 少々狭かったらしい大樽の中から甲板に出て、グランディアは床に鼻先を押し付けてその鼻をひくつかせる。今の所、最も強いのは海の潮の匂い。しかしながらそれ以外にも、何か他のものが混じっているように感じた。 「……この船が運んでいるのは、酒と食い物なんだろ?」 「聞いている限りではその筈、ですね」 船が港から離れ、少し落ち着いた所で坂上は些か改めた面持ちで一行に問い掛ける。その問いの意味を知りながら、アルティラスカは言葉を繋げた。 目的は船舶護衛なのだから、通常、船が運ぶ「物」について気に掛ける必要はあまり無い。護衛はあくまで外からの存在に対してであり、今回の依頼も襲撃が予想される海賊から護るというものだった。 ただ、船に積まれているものが本当に言っている通りであるという事ならば、わざわざ確認する事などある訳が無い。そうではないかもしれない。その可能性に対して、如何するかの懸念の為であった。 「……でも、情報を鵜呑みにするのは凄く危ないと思う……司書さんだって、私たちの護衛する船については評判とか聞いている限りしか知らないみたいだったから……」 「船に乗り、直接確かめてみなければ分からない――まさに百聞は一見に如かず、という所か」 港での現地の人々の様子や顔を合わせた船長と船員の様子から考えると、事前に聞いていた事には一致している。だが、それだけではまだ情報不足。その意味を込めてアインスが言うと、コレットもそれを受けて頷いた。 「私、この船の事……調べたいと思うの」 「えぇ。もしも本当に懸念していた通りなのだというなら……悪事は裁かれるべきですもの」 真摯な響きで出された提案は、他の面々も同じ思考によって賛意が返る。アルティラスカが緑の髪を揺らし、僅かに物憂げに眼を伏せがちにしながらそう呟いた。 此方に来る前に、海賊襲撃とは別に教えられた事。この船に載せられているのは、酒や食物ではなく稀少動物や海魔や人かもしれない、という疑惑だった。 「……一つ……ちょっと思うんだが、此処ではそういう事が合法なのか?」 そういう事、というのは言うまでもなく、聞いていたものではない物品が搭載されていた場合に対してである。顔を顰めながら言った坂上の言葉に、アインスが代わりというように返答した。 「この世界の出身ではない為に断定出来る訳ではないが――合法なのだとしたら、予めそのように知らせているだろう。わざわざ、他の物を運んでいると言う必要は無い。司書も台詞に『取引違法』と言っていたのだからな」 所が変われば常識も変わる。幾多も存在する異世界には、トラベラー達が居た世界とは違う風景があり、生物が存在している。その場所の「当たり前」も、其々違う。此方がその世界の事を完全に把握し切れておらず、逆に世界にそぐわぬ事をしていたのならば無法者そのものであろう。 ブルーインブルーでその手の事が堂々と罷り通っているとしたら――たとえ心情的に許せないとしても、耐えるしかない部分が出て来るだろう。しかしながら、司書の説明を思い返すとその事はブルーインブルーでも非合法の部類に入るらしかった。 「胸糞悪い話だぜ。こんな奴等、野放しにはしておけねぇな」 吐き捨てるように言葉を漏らしたグランディアの言は、言い方こそ違えど他の面々も心境としては同じだった。 「……ですが、目的はあくまで『船が港に着くまでの護衛』。思う所はありますが……襲撃するという海賊の方々にも考慮はしませんと」 「ん……元々、海賊の件について来ている訳だからね……」 トラベラー達が此処に来ているのは、海賊の襲撃から船を護衛するという依頼に対しての為。其方も疎かにしてはならないとアルティラスカが告げると、アインスは暫し考えた後にまるで閃いたとでも言うかのように指をぱちりと鳴らした。 「それについては簡単な事だ。件の海賊の首領の名はロミオ……恐らく、ジュリエットという名前の女性がこの船に捕らわれているのだろう。私たちがロミオの船を沈め、彼女は自殺する。二人は再会する事無く息絶えるだろう。恨むのであれば、その名を付けた両親と某有名な劇作家を恨まねばな」 朗々と詩を吟ずるかのように言い切るアインスとは反対に、他の面々に一瞬沈黙が挟まる。果たしてこの船にジュリエットという女性が居るのかどうかは定かではないが、少なくとも劇作家やらに関しては関係の無いような気がする。それについて如何したものかという空気が若干含まれつつ後を継ごうとした所で、更に続きが入った。 「さて、冗談はともかく」 「冗談でも和まねぇ冗談だったじゃねぇか……っ」 まるで何事も無かったかのように取り直すアインスに対し、坂上が思わず突っ込みを入れてしまう。喜劇ならともかく、元が悲劇なのではあまり笑えそうにない。 それで場が緩んだのかどうかはさて置いて、坂上は一つ息を大きく吐くと後ろ手で頭を掻きながら切り出した。 「……で、その囚われの姫君を助けるには――まぁ、その前に話が本当かどうか確かめねぇといけないか」 冗談に乗っかったのか、呆れて如何にでもなれという精神なのかはともかくとして、坂上は面々に対して確認を取る。その面持ちは、前置きに反して真剣だった。 外から見える限りでは、怪しい所は見受けられない。周囲から見ただけでは、本当に話に聞いていたように普通の取引商船にしか思えない。他に「何か」があるとして探すとしたのならば、外からは見えない所――船内にあるのだろう。 「あぁ。俺様は変わらず、透明化しているから俺様の事は内緒にしてくれよ。このまま、こっそり船内に入って調べてみるんでな」 言って、グランディアは尻尾に付けている輪――トラベルギアである「ティグリスの輪」を尻尾と共にくるりと回す。すると、途端にグランディアの姿が掻き消える。「ティグリスの輪」が持つ能力は透明化であり、やはり見た目上の問題もあってこの方が都合が良いだろうという事だった。 「……これ、小型の無線機。此処で通じるかどうかは分からないけれど……何か、連絡が必要だったら」 グランディアが透明化した後、ふと思い出したようにディーナは面々に持って来た小型無線機を配っていく。このブルーインブルーで無線が通じるのかは不明ではあるが、何か起こった時はあった方が便利だろう。 面々にそれぞれ一つずつ無線機を配っていき、グランディアにもそれを手渡す。この時点で既に透明化していたのでその姿は目に映らなかったが、ぽふ、と前足が無線機を受け取る柔らかい音がした。 「私達は、一先ず船員さんに船内の方に入れて貰うように言ってみましょう? 船の中に見られて困るものが無ければ、きっと入れて貰える筈だもの」 他に透明化などの手段を持ってはいない為、コレットは首を緩く傾けながらそう言う。船内を調べる事についての考えは一致していた為、一行は船内に続く入口の戸の前で番をしているらしい船員の一人に近付いた。 番をしている船員は見るからに暇そうに欠伸をしていたが、トラベラー達が近付いて来た事に気付くと胡乱気な視線を向ける。余所者如きが、と言わずともそんな言葉が口から零れてきそうだった。 「……何の用だ」 「此方の船内へ入らせて頂けないでしょうか?」 些か鬱陶しげな船員の様子は察しながらも、アルティラスカが微笑みを浮かべてそう問い掛ける。強いるようなものでもなく穏やかな口調で言われ、船員は一瞬面喰らうも駄目だと首を振る。警戒、疑念といったものはまだ解けていないらしい。寧ろ、トラベラー達への信用というよりも何か後ろめたさがあってこその拒否のように思えた。 「私たちは、護衛。いざという時、この船内でどう戦ったら良いか、内部構造を把握する必要がある……」 だから通して、とディーナはアルティラスカの言葉を繋げる形で船員に告げる。 この船には護衛として乗り込んでいる。海賊がこの船を襲って来て、此方が応戦をするという事なら、この船上で一戦を交わらせる確率が高い。少しでも海賊対策を講じるのなら、船内を把握しておいた方が良い。実際の所は船内に入り込む為の建前でしかないが、理由付けとしてはこれ以上に無いものだろう。 「しっ、しかしだからといって勝手に……」 「入るな、と? だからこうして伺いを立てているのだろう。それとも何か……そう、船内に入られて困る事があるとでも?」 す、と涼やかな目元を細めたアインスの問いに、理由自体は何処も不自然の無い言葉であるが故に船員が言葉に詰まる。 図星を突かれたような沈黙の答えは、恐らく肯定。このままもう少し押し通してみるかとしようとした時、船員の後ろ、船内に続く戸からこの船の船長が出て来た。ちょうどタイミング良く出て来た船長に気付き、船員がほっとしたように其方に振り返る。 「んん? 如何した……?」 「あ、あのですね船長、その……こいつ等が船内に入りたいって……」 船員の言葉を受け、船長はトラベラー達を品定めするかのような目付きで見る。あまり良い感情を受けないその視線にコレットは肩を震わせ、坂上も顔を僅かに顰めた。 「この船の中には酒と食物しか入れておらんと聞いてないのか? 貴様等は海賊からこの船を守る事さえしておれば良いのだ。その為にわざわざ手間を掛けて雇っておるのだからなぁ」 まるで馬鹿にするかの口調は、怒りを煽っているかのようでもあるがこれが船長の素の口調であるらしいから尚の事性質が悪い気がする。 「……分かってる。守る積み荷は、酒と食べ物」 今ここで神経を逆撫でするような事を言いでもしたら、後で厄介な事になりそうな気がする。本心はともかくとして、今この場は引き下がっておいた方が良いだろう。船長の言葉に、ディーナは少し言葉を意味深に呟き返しながら頷く。 その後にアインスは船長がさっさと引っ込んでしまわぬように機会を見計らい、そこから口を開いた。 「船長、かの義賊……否、海賊が来るまで、こうしてただ船に揺られているのも暇だろう。此処は一つ、船上で盛大なパーティーでも開いたら如何だろうか」 「何故、そんな事をせねばならんのだ?」 「ロミオが予告状を出していると言うのに、警戒した様子もなくパーティーをしていれば、向こうは逆に警戒して来るだろうからさ。其方も、まさか海賊が来るというだけで怖気付くようでもないだろう? 海賊など取るに足らぬ存在の筈」 提案をすれば、来るであろうと予測していた問い掛けに対して淀みなく返答する。 予告状によって、海賊がこの船を襲撃するという事は船長も知っている。それに加えて、この船長は如何やら自尊心が相当強いらしいという事は今までの遣り取りから容易に読み取れている。僅かなりともプライドに刺激するような事を付け足してやれば、そこから先の返事を引き出すのは簡単だった。 「当然だ! 誰が、あのようなふざけた連中になど……!」 ふざけているのはそっちではないのか、と言いたげな坂上の視線に船長は気付かない。 自身が思惑通りにされた事にはそのまま気付く事無く、船長の一言によって即席のパーティーが行われる事になる。その為に、船全体がざわざわと騒がしくなった。 「よし、この隙に船内を探って来るか」 即席的に行われる事になったパーティーの為、忙しくなった船では通常と比べて動きやすいだろう。この隙を見逃す他は無いと、坂上は持参した目明き帽を被る。船内に続く戸の番をしていた船員も、船長の指示で他の事をしているらしく今は居なかった。 「それなら、私も……」 「――パーティーの件だが、ダンスも催すようだ。共に踊ってはくれないか?」 「えっ……」 坂上に続き、船内の調査に行こうとしたコレットにアインスはそう囁く。些か強引に腰を抱かれ、低く甘い声音で言われたコレットは頬を赤らめて困惑した。 「で、でも……」 「私では、相手は不満だろうか?」 そういう訳では、と少し言葉に詰まるコレットと更に押すアインスの二人を、アルティラスカは微笑みを浮かべながら見守る。 中々興味深い光景であり遣り取りではあるが、このままでは少々埒が明かない。そう思い、適度な頃合いを見計らってアルティラスカは安心させるようにコレットの頬をそっと撫でた。 「心配なさらないで大丈夫ですよ。船内には、魔力の種の根を張り巡らせておきましたから……何かあれば、分かります」 船内に張り巡らせた、魔力の種の根。アルティラスカ自身にしか感知は出来ず、何かあるようならば種に同調している為に直ぐに分かる。船内に居るかもしれない存在に対して心配する気持ちは分かるが、気負わずとも良いだろうと告げると同意を示すようにディーナも頷いた。 「あんまり……甲板に居ないのも、不自然だと思われるかもしれないからね……」 「そうだな。皆、魅力的な女性なので不埒な船員等も居るかもしれないが」 「野郎は無視なのか、そこ」 若干半眼で見つめて来る坂上に、アインスはさらりと受け流す。 「男に迫ろうという者は、そう居ないだろう?」 「そのとーりで」 確かに、実際そんな事があるのは勘弁願いたい所である為に坂上は溜め息を吐いて肩を竦める。 「……気を付けて、ね?」 耳打ちするように言って来たディーナに頷きを返し、坂上は今の内にと船内に入っていく。 元々明かりを使わずにセクタンの能力で視野を効かせる心算だったが、船内は思っていたよりも暗くはない。船内で作業する船員の為でもあるのだろう。顔を隠しながら、時々周囲に視線を遣って大体の道順などを把握していく。 一先ず、目指すのは船長室。しかしながら、この船は大型の商船で船内も結構な広さを誇るらしくただ駆けずり回るだけでは限られた時間内でそこを探すのは難しい。大体の法則からして船内でも奥の方にはありそうなのだが、と坂上が思いながら船内を駆けていると、前方に受けた軽い衝撃で思わず尻餅を付いてしまった。 「うおぉ……っ?」 「オイ、大丈夫か?」 なるべく、大声を出さなかっただけ良い方だろう。最初、よく前を見なかった所為なのかと思ったが前方を見てもそこには何も無い。だが、次に聞こえて来たグランディアの声に坂上は目を瞬かせた。 グランディアは現在進行形で、自身の身を透明化している。船内に入っていったのは、恐らく船長が船内に続く戸の所に来て面々と遣り取りをしていた時なのだろう。透明化している為に目には見えず、また同時にネコ科の利点である肉球は周囲に音を立てさせないようになっているので、その存在に気付けなかった。 「……悪い、ちょっとばかり驚いただけだ。ところで――船長室の場所、探れるか?」 身体を起こし、多分グランディアが居る方へ坂上は問い掛ける。船員に見付かってしまった時の事も考えて現在も透明化を続けているのは理解出来るのだが、一見何も無い所に話し掛ける光景は少々奇妙にも思えるかもしれない。 「おう。船長って、あの妙に偉そうなヤツだったよな。そいつのニオイが船内で一番強い場所が、多分そうなんだろ」 船長はまだ船内に戻って来ていない筈なので、船内に限定して探ってみれば分かる筈だろう。そう思い、グランディアは鼻を床に押し付けて匂いを手繰ってみる。それらしい跡は、直ぐに分かった。 「……近いな。こっちだぜ」 言って、グランディアは船長室の方向へ歩み出す。坂上もその後ろを追おうとしたがグランディアは透明化している為、その背を触らせて貰って先導して貰う形になった。 船長室は「近い」というグランディアの言葉通り、そこまで歩かずに辿り着く。一応誰も中に居ない事を確認してから扉を開けると、船の中の一室とは思えない程豪奢且つ悪趣味な内装が目に入った。 「目が腐りそうだな」 全くだ、とグランディアが漏らした感想に同意しながら、坂上は薄手の手袋を嵌める。指紋やらを調べる技術は発達しているように思えないが、念を入れるに越した事は無い。 あまり整理されているようには見えないので少し荒らしても問題無いような気もするが、一応用心しつつ棚や引き出しを中心に探っていく。何となく家探しをしているような感覚に陥るが今は無視。順々にそれらしい場所を漁っていると、やがて金属質なものが指先にあたった。 「……おし、ビンゴ。何か変なもん付けてないと良いけどな……」 指先の感触に従ってそれを抓む。それは幾つもの鍵が束ねられており、俗に言うマスターキーというやつだろう。他に相応のものも見付からなかった為、坂上は鍵束をポケットに入れると部屋にあった紙数枚とペンを失敬して卓上にある書類を盗み見た。 「出来れば悪事の証拠も盗みたいけど……写し取って止めにしとこう。流石に色々なくなったらばれるだろうしな……」 「あっちの本棚に、コレが挟んであったぜ」 「お、船内の構造図か。サンキュ」 グランディアが坂上の横に二つ折りにされた船内構造図を置き、それを確認すると坂上は紙に色々と写し取るのを止めて船内構造図と共に懐に仕舞い込んだ。一瞬無線機で他の面々に連絡を取ろうか迷うものの、アルティラスカが魔力の種の根を巡らせていると言っていたので此方の動きも恐らく感知していてくれるだろう。そう思い、坂上はグランディアが居ると思われる場所に向かって尋ねた。 「俺は甲板の方に戻るが……あんたは如何するんだ?」 「俺様はまだ船内を探る心算だぜ。問題のも、まだ探してねぇからな」 問題の、とは言うまでもなくこの船内に載せられているかもしれない「人」や海魔、動物等の事である。元々グランディアは、其方を探す為に船内に入り込んでいた。 グランディアの返答に坂上は頷くと、そこからは別々に分かれて坂上の方は甲板を目指す。その途中、厨房らしい所に通り掛かった。確か甲板ではパーティーが行われているから、厨房に船員が居る可能性は高い。注意してそこを通り過ぎようとすると、厨房担当らしい船員達の会話が聞こえて来た。 気になって耳を澄ませてみると、船長の料理についてらしい。如何やら船長は自分だけ特別に料理を作らせているらしく、厨房の一隅には出来上がった料理が乗せられていた。 坂上はそれを目にすると、船員達の目を盗んで料理の方に近付く。更に制服の内ポケットから持って来た睡眠薬を取り出すと、その料理の中に混ぜ込んだ。数タイプ持って来たので少々量が多い気がしないでもないが、敢えてそこは気にしないでおく。 「これでよし、と……」 そう言って坂上が厨房から離れて甲板を目指す一方、甲板では即席のパーティーが行われていた。 パーティーといっても、元よりそういった催しを予定していた訳ではない。その為、適当に料理を作って雑多な音楽と共に軽く騒ぐ程度であった。 「……体調がすぐれないのですか?」 「ん……平気。陽光が、少し目に痛いだけだから」 甲板の上、太陽の光が当たらない陰の位置に居たディーナにアルティラスカが尋ね、ディーナは緩々と首を振る。サングラスをしているが、ブルーインブルーの昼間の陽光は割と強い方らしい。 ディーナは何度か瞬きし、改めて周囲を見渡す。甲板上では、今もちょっとしたパーティーの最中だ。今の状況では、海賊達が襲撃してくるなどという意識もあまり湧かないような気がする。鼻腔に届く料理の匂いは中々魅力的なもので、実際「建前」らしい積み荷も一応は積んであるのだろうという事が分かった。 実の所はともかくとしても、表向きの積み荷を積んでいた所で別に不都合は何も無い。どちらかといえば都合が良いだろうと思いながら、ちらりと持っている小型の無線機を見遣る。やはりこの世界では通じないのだろうか、いまだ船内に入った面々の連絡は無かった。 「船内で囚われているもの達の捜索と、悪事と働いたと思われる証拠を集めているのでしょう」 ディーナの思考を読み取ったかのように、アルティラスカがそう口にする。アルティラスカの髪の毛から覗く耳は、船内に張り巡らせた魔力の種と同調してピコピコと動いている。アルティラスカ自身も悪事を暴き罰せられる有力な情報や証拠集めをこっそり行いながらも、船内に入っていった者達の身を案じて其方の様子も伺っていた。 心配するような事にはなっていない。そんな意味を込めたアルティラスカの言葉にディーナは小型無線機に向けていた目を外し、安堵を零す代わりに甲板上の方へ視線を向け直す。そのちょうど向けた視線の先には、ダンスに興じるアインスとコレットの姿があった。 申し訳程度の音楽はブルーインブルーらしく優雅とは程遠いが、出自が関係しているのかアインスの姿は中々様になっている。これが大型の商船ではなく、専用の客船であったのならば尚更に思えるだろう。コレットはダンスの類は慣れていないらしく始終戸惑い気味で、半ばリードされるままのようだったが初々しさがかえって微笑ましくアルティラスカは目を細めた。 本来の依頼が何であるのか意識から外れてしまいそうになる事は無いが、そうなってもおかしくない雰囲気の中、アインスとコレットのダンスを眺めるアルティラスカとディーナの方へ船長が近付いて来た。 一瞬、船内に入っている者が居ない事に対して疑われるのかと思ったが、如何やらそうではないらしい。少しばかり億劫だったがディーナが船長の言葉に耳を傾けていると、何やら此処でどうのこうのと言っている。要するに下卑た誘い文句だったがそれに対してディーナは僅かに眉を潜め、アルティラスカは微笑みを崩さないまま船長の手に飴玉を握らせた。 「御免なさい、私達は護衛ですから……その代わりの御詫びにもなりませんけれど、宜しければ船が港に到着した時に召し上がって下さい」 にこり、と再度微笑まれれば、それに従わない者はそう居ない。船長が意気揚々とした様子でその場から離れると同時、アインスとコレットも此方の遣り取りには気付いていたのか近付いて来た。 気遣うようなコレットの視線にアルティラスカが大丈夫と視線を送り返すと、海の波間を見つめていたディーナが小さく声を上げた。 「……来た」 何が、とは言わない。声を漏らしたその直後に船が小さく揺れ、梯子が掛けられるような音がする。それから程無くして、海賊達が甲板に上がって来た。 武装は短剣や発火式のレトロな銃で、司書の言っていた通り。間違い無く、ロミオ率いる海賊団なのだろう。海賊達の出現に、船員達は慌てふためいた。 「皆さんは安全な所へ。海賊の方は、私達が相手を致します」 船員達に此処には居ないよう伝え、海賊達が銃を手に取るのを見てアルティラスカは海賊達の足元に小さな光球をぶつける。実際の所、殺傷力は持たないもののブルーインブルーの世界では未知なるものに、海賊達が何事かと怯んだ。 聞いていた情報では、ロミオをリーダーとするこの海賊団はロミオの指示であるのか無理な事はしない。手に余ると判断すれば即引き上げるらしく、先程の威嚇だけでも退いてしまうかもしれない。 その事も含んだ緊張感に包まれた中、海賊達の前にコレットが飛び出した。 「あのっ……私を人質にして船に乗り込んで下さい……!」 相貌に緊張を含ませながら、決意を滲ませて海賊達にそう打ち明ける。突然の申し出に海賊達が動揺していると、ディーナと船内から甲板に戻った坂上が申し出を補足するように言葉を続けた。 「御願い、話を聞いて! 船倉に、助けたい人が居るの!」 「お前等、この船がどんな類だってものが知っているから襲って来たんだろ!? 船長室に行って、書類を見て来た……この船には、海魔や人や動物が乗せられているってな。お前らが彼らを助けた事にして欲しいんだ。海魔だって、意志がある。人にも、動物にもだ。だから救い出す……助けたいんだ!」 船長室に忍び込んだ際、写し取った内容はその事実を何よりも証明するものだった。こうして船を護衛する側の方からこんな事を頼むのは、おかしいかもしれない。それは自覚しながらも、坂上は仕舞っていた鍵束と悪事を写し取ったメモ、それから船内構造図を取り出す。それをコレットに手渡すと、コレットも微かに頷いて口を開いた。 「捕まっている人達の所に案内します。ですから……」 「しかしコレット。君をそのような危険な役目を負わせる訳にはいかない」 言葉を続けようとしたコレットに、アインスが難色を示す。それも無理は無く、幾ら目的があるとしても相手は海賊。義賊であっても、危険が伴うのは変わり無い事だった。 「でも……私を連れて行けば、船員さんの方も義賊さん達の方も、少しは攻撃される危険も減ると思うし……本当にこの船が悪い事をしているみたいだから、私、義賊さん達の味方をしたいの」 「私、海賊の衣装を持って来ているから、それを着て一緒に行くよ」 持って来たのは、演劇に使う瞬間的に着脱可能な衣装。顔が分からないよう、仮面も持って来ている。海賊達とではなく自分が海賊に扮して付いていくなら大丈夫だろう、とディーナはそう提案する。 「人も、海魔も、動物もみんな……居るなら、助けたい。今の……タイミングに合わせて、解放したいの。囚われた人達はボートに乗せて海面に下ろすから……その回収を御願い」 「其方のやり方には賛成しかねますが、その志には共感致します。今回は私達が悪を暴いてみせますので、少し御遠慮下さいね……?」 アルティラスカが静かにそう告げると、海賊達が心底困ったように沈黙した後、海賊達の間でひそひそと何やら話し合いを始める。その間にディーナはコレットの手を取り、甲板から船内、問題の存在があるであろう場所へ向かって走り始めた。 渡された船内構造図を開き、走りながら囚われているもの達が居そうな所とそこに辿り着くまでの最短ルートを調べる。場所は恐らく、広くて人目には付き難い所。それを調べつつ、ディーナの方は既に仮面を被り、海賊の衣装に着替えていた。 コレットの方も、絶えず周囲を見渡して怪しい部屋や場所が無いか入念に調べていく。その最中、運悪く血気盛んな性質なのか武器片手に甲板に向かっているらしい船員と鉢合わせしてしまった。 「アンタ、護衛だろ? 海賊が出たっていうのに、何でこんな所に」 「えっと、少し道に迷っちゃって……、……御免なさい!」 誤魔化し、そして謝罪をした直後。コレットに気を取られていた船員に向けて、ディーナは催涙スプレーを吹き掛ける。その間も無くサバイバルナイフの柄で船員の頭を殴って気絶させると、改めて先を急いだ。 更に奥へ行き、船倉らしい所に着くと見張りの船員が既に地に伏せて気絶している。それを不審に思っていると、ある扉の前で透明化していたグランディアが姿を現した。 「此処だぜ。一番、ニオイが濃い」 船内に残り、予め見張りを黙らせておいたらしい。グランディアの言葉に従い、コレットが坂上から渡された鍵束の中の鍵で扉の戸を開けると、広いスペースの中に幾つもの檻とその中に閉じ込められているもの達が居た。 女子供を中心とした人、見慣れない動物、そして海魔。評判通りの事がそこに示されている。 「……皆、聞いて。ボートが用意してあるから、そこに乗って逃げて。数日分の水と食料もあるから。数が足りなかったら、幾つか空の樽も用意しているから」 「空き樽って、俺様が入って来たヤツの事か」 ふと船に乗り込んだ時の事を思い出し、グランディアがそう問うとディーナは囚われた人々に説明をする傍ら頷く。囚われた人々のざわめきに混じって、甲板の方から騒がしく何やら穴が開くような音や微かな衝撃が伝わって来た。 「今、出してあげるわね。歩ける人は良いけれど……動けない人は、港までそのままにしてあげた方が良いかしら」 鍵束で囚われている人達の檻を開けながら、コレットはそう呟く。見る限りでは、衰弱している人々も少なくない。そのような人々はこのまま船に乗るようにするより、体力的な問題からしてボートに乗せない方が良いだろう。動物や海魔に関しても、人と一緒に逃がすよりも一先ずは様子を見るに留める方が良いだろうという判断だった。 「俺様は上に行っているぜ。この姿じゃビビらせるだけだろうしな」 「えぇ、分かったわ。私達は、この人達をボートに乗せましょう」 外見を気にして身を翻したグランディアを見送った後、コレットとディーナは檻から出た人々をボートが隠してある場所まで案内する。隠す場所の関係でやや距離があったのだが、船体に開けられた穴の御蔭で上手く近道が出来ていた。 「危ねぇなぁ……あんまり船体に穴開けんなよ?」 「すまない。ダンスを踊って目が回ってしまったようでな……これで、閉じ込められていた人達が義賊の元に走ってくれれば良いのだが」 「あぁ……甲板に誰も居ないっつーのも怪しまれるだろうから、コッチは何とかしないとな」 割と甲板の方に近かったのか、開いた穴の向こうからアインスと坂上の声が聞こえて来る。その会話を聞きながらコレットは人々をボートに乗せ、ディーナは着ていた海賊の衣服と脱いで仮面も取ると催涙スプレー、そして悪事を写し取った紙をボートの上に投げ入れた。 そうして一通り人々をボートに乗せ、二人は甲板上に戻る。二人の姿を確認したアルティラスカは流星群を思わせる魔法で目暗ましを行い、海賊達が撤退する隙を作る。視界がはっきりする事には、海賊達が乗って来たらしい船は此方の商船から離れていくのが見えた。 「信じるよ、お前等の正義……だから、後は任せた」 「うん……キミたちの正義を信じるから……首領に、宜しく」 聞こえていないであろう事は知りながらも、坂上とディーナは去って行った海賊船に向かって呟く。商船は、そのまま港に向かっていた。 商船側からは見えない海の上、そこに一隻の船がある。撤退した海賊船は何回りか大きいその船の中に入り、戻って来た海賊達を船の船員達が出迎えた。 「済まない、お前達だけに行かせてしまった所為で危険な目に遭わせてしまったな」 船員の間を掻き分け、戻って来た海賊達に向かって一人の青年が申し訳無さそうに労いの言葉を掛ける。太陽の光が似合う好青年然としたその者が、「海賊王子」を呼ばれるロミオだった。 何よりも仲間の無事を気遣うロミオに感動の念を浮かべさせながら、襲撃の際に体験した奇妙な事を伝える。商船の護衛が何故か自分達に協力を求めるという不思議極まりない事に誰もが首を捻っていると、海賊船が収容されたその直後に幾つかのボートとそこに乗せられた人々が流れて来た。 ロミオはボートの回収を命じ、その中の一つに仮面や衣服と共にあった紙を手に取る。その内容に眉を潜めた所で、不意に船に戻って来た仲間の背に見慣れない何かの種がくっついている事に気付いた。それはアルティラスカがメッセージと共にこっそりと仕込んだ魔力の種だとは知らず、ロミオはその種を取ってじっと見つめる。程無くして種が与えられた役割を発揮し始めると、ロミオは目を見開いた。 「これは……」 そして商船は、港に辿り着く。港に辿り着いた商船が出迎えたのは、街の人々や商船の取引先などではなくブルーインブルーの海軍であった。 「……伝言を如何やら、聞き入れて頂けたようですね」 港に着き、ボートには乗せられない程に怪我や衰弱した人々を柔らかな光の広範囲回復魔法で癒しながら、アルティラスカは安堵の息を零す。 魔力の種に込めたメッセージは、ボートに逃がした人々の保護と商人をしかるべき所へ連行するというもの。流石にロミオ達海賊が直接海軍に告げる事は無いと思うので、ロミオを支援する一般の人々を介して海軍に知らせていたのだろう。 張り巡らせておいた魔力の種の根によって集めた証拠、船内に残っていた書類、何より違法とされる存在が露わとなったのでその罪は言い逃れようが出来ない。悪事に加担していた船員達はトラベルギアによって拘束しておき、船長の方はグランディアが食事に仕込まれた睡眠薬によって寝こけていた所を引き摺って来た。 「船長が持っている飴は、罪やその証拠を全て白状し続ける効果があります。認めぬようでしたら、それを口にさせて下さい」 捕縛を指揮する海軍の者にそう言い、アルティラスカは何の効果も無い飴を生み出して、それを口に入れながら穏やかに微笑んだ。 「……あらあら、そんな結果になっちゃったの?」 0番世界に戻り、トラベラー達から結果を聞いた瑛嘉は口に手をあてて声を上げる。 「おう。ついでに船体の横にマーキングしておいたぜ。今度も同じ事したら、叩き潰してやりてぇな」 問い掛けを如何解釈したのか、グランディアは尻尾を振りながら頷く。他の面々も、その台詞に続いた。 「私は船体に穴を開けてしまったが……義賊は去り、船は無事だ。これは成功ではないか?」 「海賊から守るのは、船の正規な積荷と、乗客や乗組員の命だけ。積荷は守ったし、海賊は蹴散らした。何の文句があるの?」 堂々且つしれっと答えるアインスとディーナに困惑しつつ、コレットはその後にそっと付け足す。 「本当は司書さんも、義賊さんたちの方を援助して欲しいって、思ってたんじゃ……? だって、そう思っていなければ、私たちにあんな情報をくれる筈がないもの」 「私はそこまで優しくないわよ? 会わない人達の心配をしてもねぇ」 フォローの心算が、何とも外道な言葉で返される。あの付け足しは、何の心算だったのだろうか。それについては何も答えず、瑛嘉は言葉を続ける。 「でも、そうね。目的は港までの商船護衛。それ以外の事は言っていないものね」 成功には違いない、と瑛嘉はトラベラー達へにっこりと笑い掛ける。 「御疲れ様。皆の『真眼』、これからもしっかりと事柄を見極めてね」 守り、護り行くものは簡単とは限らないから、と。 了
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