オープニング

 インヤンガイから戻ったアリッサは、執事に向かって言った。
「司書たちを集めて」
「かしこまりました。……インヤンガイで何か?」
「……おじさまの行方がわかったかもしれないの」
 執事のおもてが、はっと引き締まる。
 世界図書館の本来の館長である人物が、消息を断ってからすでに6年が経過していた。
 今までも、手がかりらしきものがなかったわけではないが……今回は、ほんの数カ月前の目撃情報であるという点で、アリッサたちの注意を引くものではあった。

「というわけで、みんなには、インヤンガイに向かってもらいたいの」
 アリッサはロストナンバーたちに言った。
「行き先は『美麗花園(メイライガーデン)』っていう場所。名前はきれいだけど、今は人間は誰も住んでいない廃墟の街区よ。2年前から、ここは『暴霊域』っていう生きた人間はとても立ち入れない地域になってるの。おじさまがそんな場所に本当にいるのか、いるとしたらどうしてなのか……誰の『導きの書』も手がかりはくれなかったわ。でもーー」
 危険は承知で、この廃墟の街の探索をしたい、それが世界図書館からの依頼であった。
 街区は広いため、いくつかの小集団に分かれて探索を行う。現地までは、今回はロストレイルで乗り付けることとなった。地下鉄の廃線が美麗花園の地下にも伸びているという。
「各チームの探索ポイントについては、担当の司書さんから説明してもらうね。それじゃ……、お願い」



 アリッサの号令が降りてすぐ、世界司書達はテキパキと行動をしていた。
 リベルら各世界司書の指示の元、即席のチームが作られて行く。
 あるチームは準備へ、ある者は酢昆布を求めて売店へ、そしてある者は寸暇を惜しんで鍛錬へと出かけていった。
 だが、一人、また一人と場を離れ、一部の世界司書までが自分の持ち場へと戻りはじめ、すでにホームの人気はまばらで、なんてゆーか、売店のシャッターまで下りた頃なると、いくら何でも『おかしい』と思う。

 世界司書リベルが導きの書を閉じ、踵を返し、世界図書館に戻っていって、スーツからどう見ても普段着に着替え、エミリエ・ミイと共に買い物カゴ片手に出てきた時には、さすがに声をかけた。
 声をかけられたリベルに多少の逡巡はあったが、ばっさりと回答を行う。
「……ああ、あなたたちの任務ですか? 待機です」
 誰にでもできる簡単なお仕事だった。
「現地に乗り込んでロストレイル内で待機、というわけでもありません。ターミナルで待機、が原則です。他の依頼に関与していただく分には構いません」
 しかも、残酷だった。
「関係ありませんが、ちゃんとお風呂入ってますか?」
 もはや、迫害だった。

 リベルはため息をついて何度か繰り返したであろう説明を、今回も繰り返す。
「今回のロストナンバーに依頼した内容はインヤンガイにある『美麗花園』を探索し、館長ことエドマンド・エルトダウンの手がかりを掴んでくることです。今回はいくつかのチームが編成され、各地区に向けて出発しています」
 リベルの説明はこうだった。
 ロストナンバー。
 特殊な性質をもった者たちではあるが、中にはチームプレーに向かない者がいる。
 今回は特に危険な状況が予測されるため、個人主義、単独で力を発揮する者、集団での行動に向かないなどなどなど。
 そういうメンバーの出動は予定していない、とのことである。
「申し訳ありませんが」
 ――絶対にそうは思ってない口調だった――、
「今回は待機してください」
 そう言ってリベルは買い物カゴ片手に歩いていく。

 エミリエがお腹を抱えて笑っている。
「あはははははっ、リベル、酷いっ!! ……あ、ねえねえ、みんな。リベルがああいっている事だし、今回はおとなしくしていてね? あ、エミリエ、もしかしたらインヤンガイに行くチケット落としちゃったかも? 困ったなぁ。誰かが拾ってくれたらいいんだけど、でも、今回は大勢行くみたいだし四枚くらいなくなっても困らないよねぇ?」
 にんまりとエミリエは微笑んでいる。
 例えば、学校で飼育している鶏を小屋から逃がしたらどうなるのか。
 例えば、猫屋敷となっている廃屋にマタタビの粉を撒いたらどうなるのか。
 例えば、――そう例えば、皆が真面目に探索している『美麗花園(メイライガーデン)』に、キワモノが放たれたらどうなるのか。
 そんなイタズラを考える無垢な少女の、悪い表情だった。

「あのね、『美麗花園』ってとーっても広いの。もし、もしもだよ? フツーじゃないロストナンバーが思いっきり暴れても他のチームに迷惑はかけないんじゃないかなぁ? ……あ、目的は館長を探すことだよ。でもでもぉ、例えば、いーっぱいいる暴霊を倒してくるとか? 霊力災害が起きた原因を探ってくるとか? 他にも色々とあると思うんだけどぉ。チケットのないみんなは冒険行けないんだよね。行けないからスネて自分のお部屋に閉じこもってるんだもんね? もし、そーーーーっくりな人が『美麗花園』で暴れてても、真夜中だったら暗くて見えにくいんだから人違いに決まってるよねぇ?」
 エミリエは幼い顔を目一杯黒い笑顔で染める。

「例えば、だよ?、もともとは住宅街で、普通にいっぱい人間が住んでた場所が突然、霊力災害に襲われて、たっぷり人が死んでる区域があって、ね? 今回の探索では霊的な危険が多すぎるから、ロストナンバーを派遣しない地区があるんだけど、そこは誰も探索してないんだよ。そういう所に何かあるかも知れないよね?」
 ご丁寧に地図まで書き始めた。
 暴霊の街。
 踏み込んだが最後、無数の暴霊を相手に何時間でも戦い続ける覚悟がいる場所。
 そして、あまりにも危険すぎるのでロストナンバーを派遣しない事が確定した場所。
 つまり、エミリエは『危険地域中の危険地域、暴霊が暴れまわっている住宅街を探索して暴霊以上に暴れてこい』と言っているらしい。 
 向かってくるやつは暴霊だ! 向かってこないやつは暴霊になるやつだ!
「でも、みんなは待機だから行かないんだもんね。エミリエ、みんなを信じているからね! ロストレイルにこっそり乗り込んで、夜まで待って、ロストレイルを警護してるチームの目を盗んで出て行って、暴れたりしないもんね?」
 そう言ってピンク髪の少女はリベルを追いかけていった。

 ――もちろん。
 ――エミリエのいた場所には、チケットの入った封筒が落ちていた。

「ふ、ふ、……ふざけるなぁぁぁ!!!!」
 誰かが叫んだ。
 わなわなと震えている。
「確かに俺達は変態だ!」
 言い切った。
「触手とかある」
 お前だけだ。
「ぬふぅとかおふぅとか言って何が悪い!」
 主に気分とか。
「幼女とか好きだ」
 そこまで言うと、叫んだロストナンバーは取り押さえられた。
 彼が周囲の実力行使によりぼこぼこにされて、反省室へ運搬されて行く過程で別の誰かがまた呟く。

「でもよう、……確かにチームプレーに向いてねぇとか、どーみてもギャグにしかならねぇとか、言いたい放題言いやがったけども、世界司書のやつら、完全に俺達の事を誤解してるよな」
 名もなきロストナンバーはにやりと口元をゆがめた。
「そーゆー連中が、お留守番してろって言われてただ待ってるだけ?」
「ンな訳ねぇだろが!」
 彼らはびしっと指を突きつける。――あなたに。
「確かに俺らみたいなのがそんなトコ行ったら殺されて終わりだ。だが! あんた達は違うだろう!? あんたらは俺達の希望の星! 実力的にどうしようもない俺とは違う! クズはクズだけど、主に性格的なあたりのクズであって、その実力は他のやつらと遜色がないはず、むしろ凶悪だ。予想つかないあたりで悪質だ。なんてゆーか、敵に回すと厄介だけど、味方にすると破滅的というか! 一応、褒めてるぞ!?」
 一息に言い切った彼はげほげほと咳き込み、そしてチケットを差し出してきた。
「あんた達四人は、俺達の希望だ」
「必ず、――必ず、俺達の存在をアピールしてきてくれ!!!」


!注意!
イベントシナリオ群『死の街へ』は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『死の街へ』シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。

品目シナリオ 管理番号385
クリエイター近江(wrbx5113)
クリエイターコメント先日、名簿一覧を見ておりました。
そして、トテツモナク面白いツーリスト様、コンダクター様がいっぱいいっぱいいらっしゃる事を知りました。
中には出オチの方もいらっしゃるでしょう。
中には空気を読んで自重していらっしゃる方もいらっしゃるでしょう。
だがしかし!
「イベントシナリオだと任務を達成しなきゃいけないから、話を進めなくちゃいけないよね」
「他の人が真面目にやっているんだから、少しくらいハメ外す程度にしておかなきゃ」

 もったいない!!!

確かに通常、目的は達成するものです。
破綻とその場の勢いしか考えない物語は決して面白いものにはなりません。
ですので、これは外伝的に考えていただきたいのです。

目的はあります。
『美麗花園(メイライガーデン)』と呼ばれる街区の中でも一際凶悪な暴霊が潜む住宅街。
そこに赴いて暴霊を倒し、粉砕し、蹂躙すること。
・敵は数百数千の暴霊です。一体一体は弱いですが蹂躙する相手には事欠きません。もちろん蹂躙される相手にも事欠きません。
・いかにして探索・攻撃するか(適当)
・一緒に参加したキャラクターにいかに絡みにいくか(重要)
・名言珍言織り交ぜて、ボケて、つっこみ、笑える内容にしたてあげるか(最重要)

私の筆力が足りなければ後は勇気で補います。
――覚悟はいいですか? 私はできています。

【注意】
・ネタです。美男美女美神美獣美蟲美魚美セクタンの演出には向きません。
・ネタです。かっこいい演出には向きません。
・螺旋特急ロストレイルは全年齢対象の健全なゲームです。えっちな話は大人だけの時にしておきましょう。
・ご活躍されていたスポットやイベントスポット等、口調の参考になる資料がございましたらプロフィールでも何でも構いませんので、どこかに書いていただければ助かります。
・暴走推奨ですが『他の探索チームの邪魔をする』という内容のプレイングは、近江の力では受理できません。あったとしても名もなきロストナンバーチームの邪魔をするのが精々です。ご了承ください。
・プレイングの書式はキャラクター口調推奨です(※強制ではありません)言いたい台詞とかどんどんぶちこんでください。

参加者
玄兎(cpaz6851)ツーリスト 男 16歳 UNKNOWN
神(ctsp6598)ツーリスト その他 20歳 理想の化身、至高の存在
ナオト・K・エルロット(cwdt7275)ツーリスト 男 20歳 ゴーストバスター
あれっ 一人多いぞ(cmvm6882)ツーリスト その他 100歳 あれっ一人多いぞ

ノベル

●神の万能力をもってすれば、物体の性質くらいは変えられるのである。
 俺は神である。いま、体が真っ二つにされたところだ。
 名前はエウダイモニク。意味とか聞くな。調べるの面倒くさいから。
 みなのもの、気軽に神と呼んでくれたまえ。
 これより、俺の創世記を語ろうと思う。皆のもの、未来永劫語り継ぐ権利をやろう。
 体? ああ、玄兎とかいう者がチェーンソーを持っていた。
 と、なれば真っ二つになるのは神としての義務である。
 だってそうしないと、ノリ悪いとか、KYとか言われるし。
 もちろん、神なので真っ二つの体はわりと簡単に元に戻る。
 横でナオト君が「プラナリア?」とか言っているが、あまり気にしてはいけない。

 神である。
 神は万能であり、全能である。
 残念ながら全知ではない。
 ランチにカレーセット食べたのに、夕飯にカレーの準備がなされていたとか、そのようなものは俺の奇跡を語る上で何の障害にもならない。
 全能である。
 カレーのルーではなくシチューのルーをいれてしまえるくらい全能である。
 おっと。
 俺の輝かしい神話を創造するのであった。
 では、挨拶をせねばな。ふむ……。

「チャイ=ブレっち見てるー? 全世界群の神キャラファンのみんなー! 怒らないで読んでね!」

 窓の外へ向け、俺が放ったウィンクから星が生成された。
 列車の窓をつきぬけて遥か彼方の次元へと転移を繰り返したあの星は、これより生命の繁栄する大地となるであろう。
 六日くらいかかって七日目お休みするのは許してほしい。
 すべては神である俺の思し召しである。
 うんうん、幸あれ。


●神の力の前ではそのようなものはただのゲームに過ぎない
 窓際に立つ神は相変わらず外を見つめて高笑いをあげており、狭いロストレイルの車両内、小さなスペースでナオトと玄兎は膝を抱えていた。
 狭い! 暗い! とぶつぶつ不平を垂れつづけた神が、やおら立ち上がって窓の外に向かい大声で自己紹介を行ったことは、二人にとって予想外の事でもない。
 二人がやたら優しさに満ちた目で見つめる事を選択するくらいには想定内だった。
 車内とはいえ倉庫のように扱われている車両であるため、ダンボールや樽が山と積まれている。
「おーい、そこで窓の外に向かって話している人ー?」
 玄兎の呼びかけに、不意に真顔に戻りし神が振り向く。
「人ではない。俺は神だ」
「じゃあ、神ぴょん。静かにしないとぉ、警備チームに見っつかーんじゃーん?」
 注意する玄兎の声もかなり大きい、というか見つからないはずがない。
「うむ。それでは静かになるべきがよいことであると俺が決めた」
「神ぴょん。なんか言葉、おかしくないぃ?」
「その通り。だが神なので問題ない。汝の頭上に光あれ」
「ハゲるの!? このクロ様ぴょんのピンク髪!?」

 どたばた、わいわい。
「あああ……」
 神と玄兎のやりとりを眺めつつ、ナオトは頭を抱えて嘆く。
 これまでの経緯を彼なりに反芻したが、やはり納得がいかない。
「俺ってさー、クズって言われるほど役に立ってなくないよね? ってゆーか、鍾乳洞とかちゃんと解決してるよね!? そりゃモフトピアで一般人保護してこいって指示もらった時は、ちょっとってゆーか、ちょこっと戦力外かなー? みたいな心配もなくはなかったけど、なんで? ってゆーか、お風呂くらい入ってるよ!? 匂うの!? 臭うの!?」
 ヤケクソでつぶやき続けるナオトは、ぽんぽんと肩を叩かれたのをきっかけに、あがり続ける声を意識的に押さえつける。
 ふぅ、とふかーい呼吸をひとつ。
「大体さー。亡霊退治なのにゴーストバスターを留守番させるなんて鬼司書! 亡霊ありきゴーストバスター! ゴーストバスターありき亡霊じゃないか! なんで亡霊を相手にするのにゴーストバスターがお留守番なのさ? びっくりだよ!? びっくりと言えば、こないだ0世界の喫茶店で『びっくりパフェ』頼んだんだけど、どんなパフェだろーって思ってたらキーマカレーが出てきてさ! そりゃもうびっくりしたよ!? それと同じくらいびっくりだよ!? ……ねぇ、聞いてる!?」
 ナオトが顔をあげると積み上げられた樽は崩れ、ナオトの眉間に振ってきた。
 それを皮切りに樽が物凄い勢いで崩れ始める。

 どんがらがらがっしゃぁっ!!
 がろんごろんごろんがろんごろん。

 積み上げられた荷物はものの見事に崩れ、埃と木屑が車内に充満する。
「さて」
 もうもうと埃がたちこめる中、何事もなかったかのように神はすっくと立ち上がり人指し指を立てた。
「俺は神、独身。特技は魔法よりもすごい奇跡、特殊能力は視力2.0!」
「……へ?」
 帽子の上に樽をのっけたままナオトが顔をあげる。
 いつのまにか、神と名乗ったものはすました顔で瓦礫と化した荷物の上に立っていた。
「自己紹介だ、自己紹介。ついでに親睦を深めるためにひとつ余興を行う。親指を立てたまま拳を握り、胸の前で組み合わせよ」
「はいはいはい、やるやるー。なにすればいー? 逆立ち? ゴミ出し? 替え玉コール?」
 元気に返事した玄兎の気力に押され、ナオトもしたがってしまう。
 神はおごそかに告げた。
「今より俺が『いっせーのせっ!』という。そのタイミングで汝らは親指を立てるという権利が発生する。一本でも二本でも、あげなくてもよい。今、三人の指が六本。ゼロから6までの数字を言うので、数字がぴったりあったら俺の勝ちだ。このゲームで、俺の奇跡を認めさせてやろう。いくぞ、いっせーのでっ!」
 言葉の後半、無理矢理感からか早口になっていたがとにかく神は奇跡のゲームを開始した。
「7!」
 あがった指は全部で二本。――神が二本。ほかの二人はあげていない。
 と、いうか、あっけに取られて拳すら握られていない。
「か……」
「か?」
「神ぱぅわぁー!!!」
 ぐぐぐぐぐぐっとナオトと玄兎の親指が不思議な力で持ち上げられる。
「え? え?」
 混乱するナオトと、すげーすげー! と叫ぶ玄兎を満足そうに見て、神は満足気に宣言する。
「では、親指の数をかぞえるか。1、2、3、4、5、6、7、ほう、親指が七本ある。俺の勝ちだな。どうかね、諸君。神の前ではこのような遊戯はゲームにすぎぬのだ」
「いや、これ、たぶん。子供の前でもゲームに過ぎないよね!?」
 ナオトのつっこみを聞き流し「さて、それでは行こうか」と高らかに宣言し、やおら立ち上がった神は荷物に埋もれた列車のドアに手をかける。
「ふたたび、神パワー!」
 彼が神々しく告げ、ドアの取っ手に手をかけ、横に引くと、列車のドアは開かれた。
 神は己の力を確かめるかのようににんまりと口元を歪め、海が割れたと言わんばかりに手を広げて宣言した。
「さぁ、われらが道は開かれた。鍵もかかっていなかったしな!」


●神の威光は蝋燭より明るい
 始めに暗闇があった。なんか生ごみ臭かった。
 その暗闇の中、神が現れた。
 彼は「光あれ」と寿いだ。
 神の右手に光が宿り、そして世界は光に照らされた。
 廃線となった地下鉄の寂れたホームだった。
「おおー、やるじゃん。神ぴょんー! 低温蝋燭より役に立つんじゃねっ!?」
 ぴょんぴょんと玄兎が飛び跳ねて騒いでいる。
「ふははは、神の威光を称えよ!」
「ちょ、眩しい。明るいっ、その光やだっ!」
 神はランプより役に立つ事が証明された。
 不意の光に驚いたネズミやゴキブリがかさこそと逃げ出す。
 ただ、ナオトだけは光を避けていたようだ。

 ――そして、神はその地に光臨した。
 美麗花園(メイライガーデン)と呼ばれる街区では今この時、何チームものロストナンバーがあちこちで戦いを繰り広げている。
 それは暴霊の狂気であり、暴霊の犠牲者の嘆きであり、忌まわしき過去の記憶でもあり、その全てが容易ならぬ危険を孕んでいた。
 ナオトが先頭に立つ。
「俺達のチームの目的は名もなき住宅街。そこは、危険すぎてロストナンバーの派遣も禁止された街区なんだってさ。ゴーストハンターの血が騒いで踊ってサンバでアミーゴ! だよね! 覚悟はできてる?」
 ナオトが振り返ると、玄兎がはーい! と元気よく返事をして飛び跳ねた。
 で、神は、いない。
「ちょ、ええと。エウなんとかは!?」
「あっちー」
 玄兎が指差す方向。
 そこに巨大な暴霊がいた。
 別口に出動したロストナンバーのチームはその相手と戦っているらしい。
 この街区を任された彼らもまた、危険な任務を孕んでいる。
 危険なのは俺達だけじゃないんだな、とナオトが呟く。
 だが、彼の横から進み出た神は、その相手に対し、真正面からつっこんでいった。
 何やらきらきらとした七色の光を拳にまとい、空をも駆けて振りかぶる。
「神ぱーんちっ!!」
 神が叫び、赤橙黄緑青藍紫の光が飛び交う。
 光と拳を同時に打ち込まれた暴霊は、面倒そうに神を一瞥するとぶんっと体を揺らした。
 その勢いで、はたかれた神は空の彼方の遠く遠くへと吹き飛んでいく。

 しばらく沈黙が訪れる。
 やがてナオトが叫んだ。
「うあああ!? ちょ、なんかあの人、勝手にちょっかい出してふっとんでったよ!? ってか何? なんで勝手に飛び込んでったの!? うわ、なんかあっちのチームの人が嫌そーな目でこっち見てるよ!? ちょ、ご、ごめんなさい! すみません! うちの神さんがとんでもないことを! ご迷惑おかけしました、ホントにもーすみません! お詫びに明日からトイレでも爪の垢でも司らせますから!」
 ぺこぺこ謝るナオトの裾をくいくいと玄兎が引っ張る。
「ナオぴょん。たぶん、遠すぎて聞こえてない」
「え、ちょ、うわっ!?」
 にやりと笑った玄兎の手は、するりとナオトの後ろ襟をひっつかむ。
 とたん、首を思い切り締め上げられた。
 同時、全身で風を切る感覚を味わう。というより吹っ飛ばされている感覚に近い。

「四十七計、逃げたほうがマシましマシましちょもらんまっ! あぶらぶらのカラカラメー!」
 意味不明なことを喋りつつ、ナオトの首根っこをひっつかんだ玄兎が全力で走り続ける。
「ち、ちが、さ、三十……、ろっけ……」
 ぐるぐると余計な遠回りをしているに違いないスピードで駆け回り、ナオトの意識が混濁してきた。
「あ、あの……」
 口を開く度に首がしまって行く感覚と意識の混濁が襲ってくる。
「……ああ、アルビ。どこにいるか分かんないけど、俺、がんばったよ……。もう、死んでも……、……って、いやいやいやいやいやいや、死ねないでしょ!? このままいったら死因は首ねっこ捕まれて引っ張りまわされたこと!? 最後のセリフは『違う、それをいうなら三十六計だ』って!? いや、そんな間違いした相手に勘違いで殺されたコト!? そーゆー死に方だけはできなっ……ぐはっ!?」
 思い切りしゃべっている最中、後頭部に看板が直撃する。
 ナオトの意識は完全にブラックアウトした。


●神の不在はその活躍を許す
 次にナオトが気づいた時、そこは住宅街だった。
 目印になりそうなビルや塔、看板の配置から、そこは本来向かうべき街区であったと見当をつける。
 服がボロボロになっており、体のあちこちに擦り傷切り傷てんこもりの状態でいつのまにやら街頭に寝かされていた。
「寝かされたってゆーか、どーみても捨てていかれただけだよねー」
 立ち上がる。
 あたりを見回すと、曲がり角にナオトの帽子が落ちているのが見えた。
 やれやれ、これで買いなおさなくて済むな、と腰を屈めて拾い上げようとした時、不意に彼の背筋を強烈な悪寒が走った。

「あ、そっかぁ……。うんうん、俺達、暴霊退治に来たんだったよねぇ?」
 凍りつくほどの寒気を精神力で押し殺し、帽子をかぶりなおすと、彼はホルスターから愛用の白い拳銃を引き抜く。
 周囲を見渡す限り、廃墟である。
 強烈な視線がいくつも彼を突き刺すように見据えていた。
 目を閉じ、意識を集中する。
 そのままのポーズで銃を構え、トリガーを引く。
 ――Bang!
 乾いた音が響き、爆ぜた薬莢がからんと地に落ちる。
 前方で魂に響く暴霊の絶叫が響いた。
 その断末魔を受けて、この街区にいた暴霊は一斉に覚醒する。
 焦点は、――ナオト。
「懐かしいな、亡霊に囲まれるなんて……何年振りだろ?」
 空間がゆがみ、苦悶の表情を浮かべた暴霊がナオトを取り囲んだ。
 この状況にも関わらず、彼は口元ににやりとした笑みを浮かべている。
 楽しんでいた。
 ゴーストバスターとして鳴らした年月を懐古し、その日々が帰ってきた事に、恐怖ではなく歓喜をもって体中の血が震えていた。
 空間に浮かんだ恨めしそうな視線にナオトは真っ向から視線をあわせる。
「最近さ、館長……あー、えーと、生身のおっさん見なかった?……あ、うん。そうそう、え? 体中ズタボロで? 拳銃持ってたんだねー。ふんふん? それでペンダントをつけた。……え? 暴霊と戦ってた? ああ、そうなんだ。それで、そいつは今、どこにいるのかな? え? ここに? ……あー! そうかそうか、うんうん、そうだね、生身のオッサンっつーか、それ、俺だね。っつーか、俺のどこがおっさん!?」
 ナオトのつっこみに刺激されたのか、つかず離れずナオトを取り巻いていた暴霊が、一斉に彼に襲い掛かった。
 身を翻したナオトが、手近な一体に向けて腰をひねり、鼻先らしき部位目掛けてつま先を打ち付ける――つもりが、するっとすりぬけた。
「当たるわけ無いか、亡霊なだけに!」
 即興で体勢を整え、中腰のまま銃の引き金を引く。
 ――Bang! bang! Bang! bang! Bang! bang!
 装弾数六発のナオトの拳銃はここで弾丸が切れる。
 すばやく空になった弾倉に弾丸を押し込み、拳銃へと戻した。
 あー、やっぱオートマチックの方がいいなーと思ったところで「……あれ? 六発? ……なんか違和感が」と呟き、フル装填した銃を片手に物陰に隠れる。
 もちろん、暴霊相手に遮蔽物に意味をなさない事は理解していたが、気分の問題だと自分に言い聞かせる。
「さぁて、お仕事お仕事っ!」
 遮蔽物から飛び出してごろりと前転し、拳銃を街区へと構える。

「……なっ!?」
 真正面。
 道路を、建築物を、そして空を。
 びっしりと埋め尽くす暴霊の数、数、数――。
「1、2、3、……いやいや、おい俺!? そんなんで数えられるわけないよね!?」
 千とも二千ともつかない凄まじい数の暴霊を眼前に、ナオトの足がガクガクと震えだす。
「あらら、バスターがゴーストに驚いちゃってる! 恥ず! コレなし! ノーカン!」
 軽口を叩き、眼前に拳銃を撃ちっ放す。
 ――全弾発射、――装填、――全弾発射、――装填、――全弾発射、――装填。
 ――全弾発射、――装填、――全弾発射、――装填、――全弾発射、――装填。
「うっはー、キリがないよね。これ」
 足元に薬莢が幾つ散っても暴霊の数は減る気配すらない。
 近寄ってくる暴霊に取り付かれないように動き回っていたが、やがて気配で逃げ場がなくなった事を悟った。
 そして気を抜いた一瞬で、彼は首のすぐ後ろにすべりこんでくる気配を感じる。
「……あ、残念。ゲームオーバーだわ。……アルビ、ごめんねー」
 ため息をひとつ。
 かつての相棒であった狼の名を呼び、ナオトは覚悟を決めた。
 せめてコイツくらいは相打ちに、と踵を軸に体を返し、トリガーを絞る。
 が、その目の前にいたのはピンク髪にうさぎ耳が特徴的な少年だった。
 突きつけられた銃口を無視してがしっとナオトのコメカミを両手で押さえつけ、ぶんぶんと振ってみせる。
「なになに何すんの―? サンバ? トイレ? Y字バランスー? うひゃははははっ!!!!」
 少年――玄兎は楽しくて仕方がない、というように大声をあげた。
「鬼ごっこすればいいんだっけぇー? っつーか鬼ごっこいーじゃん! オレちゃん鬼ごっこしたーい。鬼ごっこすっるひっと、こーのゆーびとぉーまれっ☆ 人じゃなーくても、おーるおっけぇーーーぃっ!」
 彼はトラベルパスから独特な形状の刃物を取り出している。
 それはチェーンソーと呼ばれる倒木用の工具。
 ぶぅん、と横なぎに払い、近寄ってきた暴霊を事も無げに吹き飛ばす。
「おいっ、ちょっとあんたっ!」
「だーいじょうぶ大丈夫っ! クロ様ぴょんぴょんにお任せっ! 戦艦を轟沈させたつもりで任せときなってー! あはははーっ!!!!」
 チェーンソーは動作していなければ、それはただのギザギザした凶悪な刃物である。
 だが、玄兎の小さな体躯に見合わぬバカ力で振り回されたそれは、暴霊を屠るには十分な破壊力を持っていた。
 寄ってきては包囲する暴霊は刃の餌食となり、恨みのこもった残存思念は、快活な笑い声の前にばったばったと引き裂かれて行く。
 ぶぅんと大振りをした一瞬の隙を狙い、暴霊が玄兎の懐にもぐりこむが、すぐ横から飛び込んできた銃弾に体が霧散させられた。
「ちょっ! 危ない! 危ないって! いや、あんたがって意味と、暴霊がって意味と、ちょ、それ、建物! 電柱! 壊しちゃだめ!!!」
 ナオトのつっこみに、玄兎が振り向く。
「でもでもぉ、確かカンチョー探すんだっけぇ? あっひゃひゃひゃ!!! クロ様にかかれば3秒でらっくしょーうなんだぜぃ! ところでカンチョーって何―? 食いもん? ケツに攻撃することぉー? っつか探しもんならー、隠れてそーなとこ全部つぶせば見つかんじゃねー!?」
 玄兎は心底楽しくてしかたないという声をあげ、それと共にチェーンソーが電柱といわず、建物といわず、周囲の遮蔽物をすべてぶった切っていく。
 どこかの瞬間でスイッチが入ったのだろう。
 玄兎の手にしたチェーンソーはブィィと無機質な音をあげ、壊滅的な被害を街区に与えていく。
 すでに電柱数本、基礎を破壊され傾く建物数棟、暴霊が数十、数百と屠られていた。

「……ううん、ちょっとマズい」
 ナオトが呟く。
 玄兎が暴霊を屠り、その断末魔の悲鳴が、眠りについていた暴霊をも呼び覚ましていた。
 もはやこの街区、そのものが彼らに牙をむいていると言っていい。
 ナオトの眼前で相変わらず楽しそうに大規模破壊を行っている玄兎の体力が尽きて押し包まれてしまえば、先延ばし中のゲームオーバーが現実となってしまう。
 せめて援軍が必要だ。
「おーい、玄兎! ここに来る途中、近くにロストナンバーとか、いなかったかな?」
「ええとね、いたいた。うんとね、確かあっちに……」
「玄兎のスピードで、あっちまで行って、助けてって言ってくるまでどれくらいかかる?」
「うーんとねー?」
 大げさに腕組みして考えた玄兎は、ぴっと手をあげた。
 次の瞬間、ナオトの網膜に残像を残し、彼の姿は消失する。
「……え? 何? もしかして、……ええ!? 行っちゃったの!?」

●神の創世の逸話はここより始まる
 玄兎は大きな建築物を目指す。
 持ち前の素早さは暴霊の追跡も、ナオトのつっこみも置き去りにした。
 さっきナオトを引きずって走る途中、この塔にロストナンバーのチームが入っていくのが見えた。
 ならばこの中にまだいるに違いない。
 そうだ、突然目の前に現れて驚かせてやれ。
 全力で塔を駆け上がり、人影を発見する。
 頭上に真理数が見えない所を見ると、ロストナンバーチームのようだ。
「きれーなおねーちゃん、はっけーんっ!」
 玄兎は走りこんだ勢いのまま、ひねりこむようにその女性ロストナンバーの眼前に飛び込んだ。
「ねーねー、ちょっと手伝っ……」
『ーーッ!』
 出現した玄兎の喉元目掛け、蒼い瞳が狙いを定めた。
 刹那、右袖に仕込まれた刃が正確につきこまれる。
 すんでの所で体をひねったが避けきれず、切っ先は彼の首の皮を僅かに切り裂く。
「うにゃぁぁぁぁ!!!!!!!!!?」
 マズい、と判断したか、玄兎は踵といわず体といわず全力で後ろに向かって加速する。
 まさに脱兎。
 一切を見ずに全力で走り出す。


「と、言うわけでぇー。二分ちょっと! クロぴょんがここから、他のチームの所に行って、首切られて、戻ってくるまで二分ちょっとでしたー! ぱんぱかぱーん!」
 両手を広げ、楽しそうに発表する玄兎に向け、ナオトは拳骨を振り下ろした。
 あたたたっ!? と頭を抑えてぴょんぴょん跳ねる玄兎を見て嘆息する。
「ほら、マジメにやんのっ!」

「その通り。それではこれより神の力を見せてやろう」
 唐突に神ことエウダイモニクが高笑いをあげ、高空から飛び降りてきた。
「うわ、生きてた」
 ナオトの言葉を無視した神は、すちゃっと地面に着地し、そのままのポーズでにやりと笑う。
 だが、十秒ほど待ってもポーズが変わらないので玄兎が首をかしげた。
「ねーねー? 神ぴょん、なんで着地ポーズのままー?」
「ああ、あれ、きっと足がつぴーんってなってるんだよ、つぴーんって」
「失礼なことを言うな」
 相変わらずのポーズで神は抗議する。
「多少高いところから飛び降りたくらいで、神たる俺がそんな風になるものか。ならない。ならないんだからな。ならないから、もうちょっとだけ待つがいい」

 足を揉み、おそるおそる神は立ち上がる。
 こほんと咳払いをひとつ。
「さてナオト、とやら。おまえの力に免じて、多少、活躍を許す」
 じと目で見つめるナオトの眼前で、神が翳した手から光が放たれた。
 じわり
 骨格がゆがみ、肉が変質し、神の顔はナオトと同じ顔へと変貌する。
「うわ、きも……」
 それどころか周囲の暴霊もどんどんナオトの顔へと変じて行く。
 呆気に取られるナオト(本物)の胸あたりにに、彼と同じ姿形となった神(ナオト型)が平手をうつ。
 ぱしんと音がした。
 同時にナオト(暴霊ズ)も、ぱしんぱしんとお互いに平手を打ち合う。

『て、もう一人の俺かよ!?』
『いや、お前も俺だよ!』
『むしろ、俺が俺だよ!』
『じゃあ、お前が俺だよ!』
『なら、俺はお前だよ!』
『お前は俺になれよ!』
『すべて俺かよ!?』
『押すなよ、絶対、押すなよ!』
『お前はお前で、俺はお前だよ!』
『全部、お前でいいよ、もう!』
『俺だってお前でいいよ!』

 当の本人であるナオト(本物)は、笑い転げる玄兎の傍でぽかんと口をあけていた。
 わいわいがやがやと賑やかな空気に、彼は気を取り直し息を吸い込む。
「俺に化けてんじゃ……」
『ボケがいねえぇぇ!!!?』
 大声をあげようとしたナオト(本物)より一瞬早く、ナオト(量産型)達が畳み掛ける。
 賑やかなナオト(大勢)を指差し、玄兎が指折り数えた所、左右五本ずつの指を全部折ってなお二体のナオトがそこにいた。
「うわー! 11人いるー!」
「12だろうがっ!」
 玄兎の左右からナオト(量産型C)と、ナオト(量産型M)がつっこむ。

「しゅ……」
 ナオト(本物)が、くっくっくっ、と怪しげに笑い出した。
「収拾つかんわーっ!!!!」
 べしべしべしべし、べしべしべしべし、べしっ、べしべし、べしべしっ!
 12体のナオト(量産型)に、片っ端から平手打ちを食らわせていく。
 その迫力にひるんだか、つっこみを受けた暴霊が霧散して消えた。
 最後の一体が神本人だったらしく、元の姿に戻った神はべちっと地面に鼻先を打ち付ける。
 そのままのポーズで神が嘆く。
「く、トラベルギアの制限さえなければ」
 彼は悔しそうに地面に涙をこぼした。
「いや、ちょっと待って!? 制限さえなければどーなったの!?」
「偽ナオトの視力も2.0にできたものをっ!」
 本気で悔しそうな神を横目に、ナオトは「……神殺しってどのくらいの罪なのかなぁ」と遠い目で愛用の拳銃を見つめた。
「ナオぴょん、チェンソー使うー?」
「うん。電源いれといてね」
「そこ、物騒な会話をするな!」
 立ち上がった神が、鼻血をたらしつつびしっと玄兎を指差した。
「えー」
「不満そうな顔もするなっ! ……踊るなっ! ……耳を揺らすなっ! ……飛ぶな、跳ねるな、増えるなっ!……何故、脱ぐっ!?」
 増え…? とナオトが目をあげると、神の言葉に合わせて、玄兎がどんどんパフォーマンスを繰り広げていた。
「く、こうなれば、竜人と化して火葬を」
「火事になるでしょ、それ!?」
「ならば、魔神となって大いなる魔法を」
「あ、はいはいっ! そんなことしたら、たまたま通りがかったロストナンバーのチームに成敗されると思うー! せーばいっ! でなきゃクロぴょん様がやるー!」
 いつのまにやら横にいた玄兎が元気に手をあげた。

「……仕方あるまい。では、このインヤンガイ破壊爆弾を」
「え、何、その物騒な名前!」
 ナオトの声を無視し、神は手を頭上にあげる。
 彼の手から幾筋もの光が上空へ走り、天からぼうんっ! と音が響いた。
 色取り取りの爆発が、しゅるるるすぱぁんすぱぁん! と街区を照らして空を彩り、破裂しては消えていく。
 不意に頭上に現れた華麗な花火に二人は呆気に取られて空を見上げる。
 ――ナオトだけは眩しさに蹲って目を押さえてているのだが。

 彼らの意表をついて満足したか、神は穏やかに語り始めた。
「古来より烟火(イエンフーオ)――花火は鎮魂の意味をこめて打ち上げられたもの。巡節祭の残りとは言え、その光は暴霊を鎮魂させるには十分だろう」
 ナオトと玄兎が呆気に取られる中、神は花火を背に朗々と語る。
 光は彼の横顔を彩った。
「霊を沈める花火。……そもそも、この住宅街でこれだけの暴霊が出てきた悲惨な事故の原因は、霊的な花火工場の爆発だ! ……そしてそれは人為的なもの。恋人同士の甘い火遊びが元だ。烟火ならば、この住宅街を葬るに相応しい。ここは霊力を源とするインヤンガイ。ならば烟火こそ、インヤンガイ破壊爆弾にふさわしいというべきだろう」
 神がふっと息を漏らした。
「すべて俺の創作だがな」
「嘘かーっ!!!!」
 反射的にナオトが神の後頭部をはたく。
 叩かれた後頭部を押さえ、神は真顔で告げた。
「嘘とは失礼な。創作だ」
「嘘やんけーっ!!」
 夜空を焦がす花火、爆音と共にナオトの絶叫が響いた。
 もちろん。
 ――花火で照らされたくらいで暴霊は消滅しない。

●神の御許に人らは集う
 ロストレイルに近寄り様、しゃんっと金属が擦れる音がした。
 途端、神が「あーー……」と、悲しそうな声をあげる。
 彼が捕まえていた霊が一瞬で葬られていた。
「な、なんか今のやつ、包帯で目隠ししたまま俺の暴霊、切り裂いたぞ!? せっかく暴霊持って帰って、司書に仕返ししてやろうと思ったのに!」
 嘆く神を引きずり、ナオトは玄兎と共に車内に乗り込む。

『はい、チケット四枚、確かにいただきました』
 チケットを車掌へ渡し、三人は座席に腰掛けた。
「結局、収穫なしかー。ざーんねん」
 騒ぐ玄兎の頭上で野太い声がした。
『……俺らが戦ってる中、あんだけ暴れて好き勝手してくれて……、ついでにぶっ壊しやがって……』
『しかも逃げ帰ってきた上で、ざーんねん。……で、済むと……?』
 いつのまにか彼らの座るシートに、ロストナンバーが集っていた。
『覚悟はできてるよなぁー?』
 冷や汗を隠しつつ、ナオトが引きつった笑みを浮かべる。
「あ、あはは、や、やだなぁ、おにーさん達? あ、あの怖いよ!?」

――それから? それは、ちょっと、別のお話。

クリエイターコメントやりすぎました。ゴメンナサイ。
こんばんは、近江です。

初のイベント参加ということで、はっちゃけようとしたらやりすぎました。。
参加者の皆様のみならず、他のWR様にまでご迷惑かけまくっての完成です。
ホント、暖かいご支援ありがとうございます。感謝しまくりです。

>ナオト様
三度目ましてこんにちは。くじ運の強さ、分けてください。いや、マジで。
今回はソロで暴霊の群れ(1匹多い)に立ち向かったり、12人に分裂したりと
物凄い大暴れいただきました。
と言うか、つっこみ役がいてくれてホント助かりました。
今後ともよろしくお願いします。是非是非。

>エウダイモニク様
近江に「お好きにどうぞ」とか書くととんでもない事になります
――という事の見本みたいな扱いをしてしまいました。
最初にエントリーされた時、当選された時はどうなることかとひやひやしましたが
意外や意外、書いていてとても楽しかったです。
今後におよんで、ご満足いただけるかどうか、この近江、またひやひやしてます。

>玄兎様
ほんっとーに好き勝手暴れていいんだなー、って感じで。
どこまでフリーダムにできるか挑戦してみました。
かなりフリーダムになっているんじゃないか、と自画自賛しています。
セリフを喋りはじめた時に、近江が悪乗りしてがんがん喋ってもらうものだから
長すぎー! なんて事になったのも一度や二度ではありません。
フリーダムな人、大好きです。
また書かせてくださいね。

>あれっ? 一人多いぞ、様
ホントにいいんですか、この扱いで。……とお詫びしたくなるようですが、
実はかなり仕込みました。こういう頭の使い方は楽しいですね。
ここで読者様にお伝えしますが、何度か違和感を感じたことと思います。
「……あれ? 一個、一人、一体、何か描写がおかしいような?」
そんな時は「ひとり多いぞ」さんがいたのです。きっと壱番世界のあなたの隣にも。
余談ですが、抽選エントリーの11人目だったのはニヤリとさせて貰えました。
公開日時2010-04-05(月) 19:00

 

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