インヤンガイから戻ったアリッサは、執事に向かって言った。「司書たちを集めて」「かしこまりました。……インヤンガイで何か?」「……おじさまの行方がわかったかもしれないの」 執事のおもてが、はっと引き締まる。 世界図書館の本来の館長である人物が、消息を断ってからすでに6年が経過していた。 今までも、手がかりらしきものがなかったわけではないが……今回は、ほんの数カ月前の目撃情報であるという点で、アリッサたちの注意を引くものではあった。「というわけで、みんなには、インヤンガイに向かってもらいたいの」 アリッサはロストナンバーたちに言った。「行き先は『美麗花園(メイライガーデン)』っていう場所。名前はきれいだけど、今は人間は誰も住んでいない廃墟の街区よ。2年前から、ここは『暴霊域』っていう生きた人間はとても立ち入れない地域になってるの。おじさまがそんな場所に本当にいるのか、いるとしたらどうしてなのか……誰の『導きの書』も手がかりはくれなかったわ。でもーー」 危険は承知で、この廃墟の街の探索をしたい、それが世界図書館からの依頼であった。 街区は広いため、いくつかの小集団に分かれて探索を行う。現地までは、今回はロストレイルで乗り付けることとなった。地下鉄の廃線が美麗花園の地下にも伸びているという。「各チームの探索ポイントについては、担当の司書さんから説明してもらうね。それじゃ……、お願い」「……ううぅぅん。困りましたねぇ……。依頼しづらいなぁ……」 無名の司書は、眉間に皺を寄せ、腕組みをしていた。 ふだんの、はた迷惑なほど楽天的でおおざっぱなテンションは影をひそめ、沈痛なおももちである。「情報収集に重点を置きたいかたは、他の司書さんの依頼を受けていただいたほうがいいと思いますし……。あたしの探索ポイントは、危険だし精神的負担が大きそうなのと、つらい思いをされるわりには、得る情報が少なそうなので……」「珍しいー。無名の姉さんが気ぃ使ってやんの。なんだよ、誰も行かないんなら、おれ、行ってやろうか?」 そこここで行われている依頼募集とチーム結成を興味深そうに見ながら、シオン・ユングが声を掛ける。「……そう……? ひとり参加になるかも知れないけど、いい?」「おう。なぁに、危なかったらすぐ、逃げて逃げて逃げまくって、他のチームに助けてもらうよ」 シオンはごく気軽に請け負い、説明を聞いたのだが—— + + + 場所は、美麗花園街区にいくつか点在する、図書館(トゥシュグァン)のひとつ。 朽ちた廃墟となった建物は、もはや図書館の原型を留めず、崩れた書架には一冊の本もない。紙らしきものの残骸が残っているだけだ。 ただ。 ひび割れた大テーブルの上にだけ、かろうじて本の原型を留めているものが、広げられている。 その本はまっぷたつに裂かれ、羽根をもがれた白い鳥のように、無惨なすがたではあったけれど。 惨劇の、その日。 図書館には、ふたりの青年がいた。 彼らは、幼なじみで、親友で——だが、時を重ね、誤解と軋轢を繰り返し、そして—— 殺し合っていた。 美麗花園(メイライガーデン)街区の全てが死に絶える、その直前に。 + + +「だから、図書館には、暴霊になったふたりがいて、その残留思念に影響されてしまう——シオンくん? どうしたの? 真っ青だよ」 説明の途中で、シオンはくずおれるように片膝を折った。両手で、顔を覆う。「……いやだ」「シオンくん?」「いやだ……。おれは行かない。絶対に行くもんか」 いつも陽気でフットワークの軽いシラサギの、尋常ではない様子に、司書はあわてて顔を覗き込む。「ちょっと。大丈夫?」「ああ、悪ぃ。おれ……、やっぱダメだわ、この依頼」「無理しなくていいよ。だって、殺し合ってる最中に暴霊化したのなら、とても危険だろうし」「そういうんじゃないんだ」 シオンは息をつき、ようやく弱々しい笑顔を見せる。「普通の、ってのも変だけど、残虐で凶悪なだけの暴霊なら、行ってもいいと思う。でも……幼なじみの親友同士が……殺しあって、そんな残留思念なんて……」 ——おれは行かない。絶対に。『おまえは裏切った。いつか、おまえの夢を、かなえてやろうと思っていたのに』『裏切ったのはおまえだ。おれが愛した女までも、辱めて殺した』 きっと、わからなくなるだろうから。 それが、誰の記憶なのか。 残留思念によるものなのか、秘められた己の欲望に起因するものなのか。 殺したいほど憎かったのか。 殺したいほど愛していたのか。 ——それさえも。
ACT.1■それは心の旅 誰も参加はしないだろうと見切りをつけて、無名の司書が取り下げかけたその依頼に、ふたりの旅人が名乗りを上げた。 フロール・φ9511と、理星である。 「行くな、ふたりとも。……行かないほうがいい」 シオンは彼らをも、引き留めた。 「ご心配くださって、ありがとうございます。でも僕は、行きたい。……そう、行きたいんです」 【王の人形】候補生は、おっとりと微笑む。のんびりしたやわらかな口調であるが、眼鏡の奥の金の瞳からは、強靱な知性が伺われた。 「うん。つらいこと以外に、別の何かも、見つかるかもしれねぇしな」 不遇の混血児もまた、形の良い口元に笑みを浮かべ、まるで近所に散歩にでもいくかのように片手をあげる。向けられた背には、広げれば5メートル以上にもなるであろう美しい両翼—— その翼を、痛ましそうに、眩しそうに見てから、シオンは目を逸らす。 「……ホームまで、見送る」 ACT.2■美麗花園・図書館にて 封印を破り、地下鉄の廃線に停車したロストレイルは、何人もの旅人を、いくつものチームに分けて送り出した。無防備になっているロストレイルを警護するチームだけは、その場に残ることなった。 そして旅人たちは、それぞれの司書から示された探索ポイントに散る。 瓦礫の山が、細い街路を埋めている。 ところどころ道が塞がれているため、目的地へ到着するには、かなり迂回しなければならない。 図書館にたどり着くまでにも、暴霊や、崩れる建物に巻き込まれる危険を意識しながらの道行きである。 ——ときおり。 きしむような、低い悲鳴にも似た、音が聞こえる。 無惨な姿になりながらも、まだ均衡を保っていた家の、最後の柱が折れて崩れたのだ。 警戒しながら歩を進めていたふたりは、それまで想像もしていなかった感覚に襲われた。 「静かですね……」 「ああ」 この街区は、どこもかしこも廃墟なのだとは聞いていた。 暴霊しかいない、死の街なのだと。 それにしても—— しばらくは、同時に出発したチームが暴霊と遭遇したらしく、鋭意戦闘中である様子が伝わってはきた。 「神ぱーんちっ!!」 「うわ、なんかあっちのチームの人が嫌そーな目でこっち見てるよ!? ちょ、ご、ごめんなさい! すみません! うちの神さんがとんでもないことを!」 が、しかし、そんな頼もしい彼らの声も、徐々に聞こえなくなっていく。 静かだ。 図書館に近づくにつれ、その感覚は強くなる。 ひとの声が、しない。 生きた住人がいないのはわかっている。だが、かつてひとであったはずの、暴霊の声すらも聞こえないのだ。 図書館であった建物に足を踏み入れたとき、恐ろしいほどの静謐さはいっそう強まった。 「……ふつうの図書館だったら、静かであたりまえですけど……、でも」 王の人形になるため「φ」の階級試験を受けたとき、紋章学の資料を探しに古い図書館を訪れたことを、フロールはふと思い出す。そこは歴史ある第一級史料が豊富で、幾多もの学識者が訪れていた。たくさんのひとが集っているのに、図書館という場所が穏やかな静けさを保ち得るのは、本に見守られているからではないだろうか。 しかし、この朽ちた廃墟の書架は、もう蔵書を収納することはない。 たった1冊、裂かれた本が、テーブルにあるだけだ。 「これかな。司書さんが言ってた本は」 まっぷたつになった本の片割れを、理星は手に取り、ぱらぱらとめくる。 「そんなにおどろおどろしい内容じゃないなぁ。もうタイトルもわかんねぇけど、恋愛小説みてぇだな」 「こちらは、たぶん、童話だと思います」 フロールもまた、残った片方をそっとめくり始めた。 「……でも、変だな?」 「何が?」 「だってこれ、もともと1冊の本のはずですよね——あ、もしかして」 何かに気づいたフロールが、理星の持っている片割れを見やる。 「すみません理星様。そちらの内容を確認したいのですが」 「おう。何かわかったか?」 「ええ——たぶん」 フロールが片割れ同士をもとの形に戻してみるべく、重ねようとした瞬間—— ひゅん! 刃物のような鋭い風が、それを遮った。 「あぶない、フロール!」 とっさに庇った理星の翼をかすめ、風は空を切る。純白の羽根が数枚、はらはらと舞った。 フロールの前髪がほんの少し、切り落とされてぱらりと落ちる。 ひゅん! ひゅん! 二度、三度。 意志を持つ風の刃物が交差したとき。 ふたりの心は、囚われていた。 ACT.3■Devil Doll 「殺してやる」 「……どうした、フロール」 殺してやるころしてやる—— 焼けつくような殺意が、フロールの胸を焦がす。 「何があってもずっと一緒だって、ふたりでひとつの物語を作ろうって、いったじゃないか。仕事だって、同じ職に就いたじゃないか」 【心の鍵】を、鍵のかたちをした杖状のギアを、フロールは理星に向けた。 僕たちは、美麗花園で生まれ育った。誕生日が同じで、家も隣どうしで、顔立ちも似ていて、よく双子と間違えられた。 小さいときから、遊び場はもっぱら図書館だった。 ふたりとも少し身体が弱くて、細い街路を駆け回るみたいな、外での冒険はできなくて。 だけど、その代わり、僕たちには本があった。 本は僕たちに、いろんな世界を見せてくれた。 僕たちは、約束した。 そうだ、約束したんだ。 何年かかってもいい。いつか、一緒に物語を作ろう。 1冊だけでいい。僕たちの本を作ろう。 僕たちはいつか大人になって、それぞれの人生を歩むんだろうけど。 その本を開けば、きっと昔に戻れるから。 ああ——だけど僕たちは『彼女』と——出会ってしまった。 ——ちがう、これは。 これは、僕の記憶じゃない。 フロールはゆるく首を横に振る。 僕にも、もとの世界にいたとき、とても大切な存在があったけれど。 大切で、でも、喪ってしまった親友がいたけれど。 世界を統一するのは魔王。 天に住まうものは悪しき存在。天使は戦うべき敵。それが、フロールがいた世界の価値観だった。 Devil Doll——魔王に仕える【王の人形】—— 王の人形になりなさいと、母は言った。だからフロールは、それを目指した。 母を誰よりも愛していたので。それが母の望みだったので。 喪うものは多いだろうと、思ってはいた。 何となれば、王の人形となるための最終条件は「大切な何か」を捧げることだったから。 それは「もの」かも知れないし「気持ち」かも知れない。 候補生になったとき、フロールは本当の名前を喪った。「フロール」は与えられた名前なのである。 最終儀式が完了する前に覚醒したフロールは、名前以外のものを捧げてはいない。 だから、自分が何を喪う予定であったか、知らない。 それを幸運というべきか、どうかも。 僕にはあまり、人間の友達がいなかった。僕の友達は、魔物ばかりだった。 だって彼らは優しいし、嘘をつかないし、裏切ったりしない。 ある日僕は、図書館への帰り道、草むらで子供の魔物と出会った。 「……きゅぅぅ」 小さな小さな魔物。子どもの竜に兎の耳をつけたような姿で、とてもかわいらしかった。 魔物の足に、切り傷ができている。人間の子供にいじめられたんだろう 魔物は、僕を見て身を振るわせ、縮こまった。またいじめられると、思ったんだ。 「怪我を、してるの?」 「……きゅ……」 「だいじょうぶ、ひどいことはしないよ。手当してあげる」 僕は魔物を抱き上げて連れ帰った。 彼の傷が癒えるころ、僕たちは信じ合えるパートナーになった。 ……ずっと相棒でいようねって、誓い合ったのに。 大喧嘩のきっかけは、ささいなことだった。 一緒に森へ出かけようと約束したその日、僕は、母の用事を優先した。 すっぽかされた彼は、そのまま姿を消した。 探して探して——探し続けて—— だけど、見つからなくて—— 誰かが、教えてくれた。 彼は、天使に捕らわれてしまったと。 あれは、「φ」になる前の階級試験のとき。 魔王直轄の、その施設を、天使の軍団が襲撃した。 先頭に立つ、ひときわ煌びやかに武装した天使が操っている大竜は——脱皮して成長した、紛れもない親友。 「………! ………! ………!」 何度名前を呼び、戻っておいでと叫んでも、天使に心を支配されている魔物には、人間の声は届かない。 ごめんね。 ごめんね。 ずっと、謝りたかった。ずっと、会いたかった。 大好きだったよ。戻ってきて。戻ってきて、どうか—— だが大竜は、魔王の軍勢に返り討ちにされた。 武装した天使たちを道連れに。 ACT.4■混血児 残留思念に囚われたフロールの精神攻撃を受けながらも、理星は冷静だった。 フロールが徐々に、暴霊の持つ記憶ではなく、自身の想いを取り戻していくのがわかったし、何より、フロールの攻撃がこの地を覆うものとは異質であるため、気付け薬にも似た効果をもたらしたのだ。 だから、理星もまた、心を取り込まれながらも、見据えることができた。 自身の過去と現在と、抱いてきた痛みを。 (——親友か) そうか、あんたたち、とても仲が良かったんだな。 だけど、「親友」って、……なんだろう……? 故郷には、友達なんて、いない。 ずっとひとりだったし、たぶん、これからもひとりきりなんだって思ってた。 俺は、混血だから。 鬼にも、天使にも、なれない。両方の血を引いているのに、どちらも、俺を忌み嫌う。 誰かを信じたいけれど。誰かを愛したいけれど。誰かを守りたいけれど。 なのに誰もが俺を拒絶し、迫害する。 ひとりが寂しくて、泣いたこともあったよ。 ——おのれ、この半端な出来損ないが。おぞましい鬼の血を引く、汚らわしい混血が。おぬしのようなものが聖なる力を使うなど、不遜にもほどがある! 力を使った俺を、あの上位天使はそう言って折檻したっけ。父の副官だった彼は、将軍である父をとても尊敬していたから、鬼族との間に子供をもうけたことも、その子供が「力」を使えることも、許せなかったんだろうな。 すごい哀しそうな顔で打擲するもんだから、傷の痛みより、彼の心の痛みのほうが堪えた。 たぶん、副官は気づいてないと思う。 俺が、いつも父の補佐をしていた彼の采配に、憧れていたことに。 あんなふうになりたいと、ずっと思っていたことに。 俺は、誰かの呼び声に応えて、覚醒した。 誰なのかはわからないけど、もし、もしどこかで出会えたら「ありがとう」って言いてぇな。 0世界に来て、大好きなヒトが出来た。 優しくしてくれるヒトもたくさんいて、幸せだ。 それでも、俺は不吉な混血で—— 副官をあんなに傷つけた、呪われた子供で—— きっと永遠に赦される事はないんだろう、とも、思う。 親友って何だろう。 どれだけ好きなら、そう呼べるんだろう。 ……ああ、そうか。 今の俺は『そのヒト』と、殺し合ってるってことなんだな……? 親友、か。 親友と呼べる存在がいるって、こんな気持ちなのか。 だけど……俺。 変だな。『親友』のあんたと殺し合ってるのに、幸せなんだ。 ——何でかな。 何で、こんなに涙があふれて止まらないんだろう。 憎いのは、きっとそれだけ愛したからだ。 好きで好きで仕方なかったから、こんなに憎いんだ。 そんなに誰かを好きになれて、あんたも俺のことをこんなに憎んでくれて。 それって、あんたも、俺の事を愛してくれてたからってことだろう? あんたを殺すのも、あんたに殺されるのも、怖い。苦しい。悲しい。 ——だけど嬉しい。 これが結末なんだとしても、あんたを好きだった気持ちが嘘だとは思わねぇんだ。 最期に一緒に逝けて幸せだとすら、本当は思ってる。 ACT.5■覚醒 フロールと理星が戦っていたのは、さほど長い時間ではなかった。 お互いの記憶を見いだしたとき、彼らは、ささやかな真相に辿り着く。 「理星、様」 「フロール」 「すみませんすみません。どこかお怪我は?」 「かすり傷だ。舐めときゃ治る」 「今、全力で手当をします!」 ほんの小さな擦り傷が、理星の腕についていた。フロールは恐縮しながら、薬草や回復の紋章術を駆使し、さらに包帯でぐるぐる巻きにする。 「大げさだなぁ」 苦笑する理星の横で、フロールはもう一度、裂かれた本を手に取り、検分した。 「やっぱり……。理星様。この本は、前半と後半がまったく違う、ふたつの物語でできています」 「どういうことだ?」 「想像ですけど……。この本の作者たちは『1冊の本』を作りたいがために、無理に2つのストーリーをつなぎ合わせたんじゃないでしょうか」 「じゃあ……」 本当は2冊であるべき本を、「約束」に囚われ、相手を縛るために、1冊にした……? そして、親友たちがその愚かしさに気づいたのは、殺し合っている最中だったと……? ——突然。 美麗花園に花火が上がった。 ふたりの気づきを、大いなる神が肯定するかのように、 古来より烟火(イエンフーオ)——花火には、鎮魂の意味があるという。 ACT.6■片翼で飛べ 帰還したフロールと理星が、ことの顛末を司書に報告する場に、シオンは同席を希望した。 ふたつに裂かれた本を前にして語られる内容に、うなづく。 「あのあとさー、無名の姉さんから聞いたんだよな。そいつら、生まれたときからずっと一緒で、学校出たあとの職場も同じで……、好きな女まで同じになっちまったんだって」 親友たちふたりが地元で就いた職は『図書館司書』だった。 勤務先は美麗花園の、あの図書館だ。 休みの日を費やして、ふたりで作ったその本を、彼らはたったひとりの女に捧げる。 それが、悲劇の始まりだった。 「シオン様。ほんのちょっとの行動が、誤解を生んですれ違って、大切な人同士で傷つけあうのは悲しいです。辛いです。どうして解ってやれなかったんだろうと」 「……うん」 「思いあっていたからこそ、信頼していたからこそ。でも——もし、何かを失敗してしまって、その結果悲しい出来事が起こったのなら、そのことを忘れずに想い続けることが、僕は大切なんだと思います」 「そっか。フロールはそう思うんだな」 「なあシオン。実を言うと俺は幸せだったよ。だって……『あのヒト』を殺したいくらい憎んだのも、憎まれたのも、同じくらい愛してたって証拠みてーなもんだったから」 「うん……。そっか、理星。そういうものかもしれないな」 そばにいてくれないか、シオン。 その翼を切り落としさえすれば、おまえは「ヒト」になれる—— 思い出すことさえ、つらくてたまらないことも、いつか受け止めることができるのだろうか。 たとえば、旅の終わりが近づいたなら……。 + + + 「ところで男子3名様! 気分転換に癒し系の依頼を受ける気ない?」 無名の司書がいきなり『導きの書』を広げ、3人は顔を見合わせる。 「「「癒し系って、モフトピア?」」」 「そーそー。モフトピアの『おんせんりょかん島』でね、子ぎつねタイプのアニモフが女将役になって温泉旅館ごっこをしてるの。只今お客さん募集中! どお? 慰安旅行がてらに」 「行く行く! なんだよ、たまには粋なことするじゃん、姉さんも」 「おーっほっほっほ。女王様とお呼び!」 「さ、黒い姉さんはほっといて行こうか。フロール、理星」 かくしてフロールと理星は、シオンに腕を掴まれ、インヤンガイからの帰還もそこそこに、モフトピア二泊三日温泉旅行に出かけることになったのだった。 + + + そして、司書の手には、2冊の本が残される。 思えば、ロストナンバーたちは皆、裂かれてしまった比翼の鳥の片割れだ。 それでも彼らは痛みを抱えながら、自分の翼で飛ぶだろう。 ——Fin.
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