インヤンガイから戻ったアリッサは、執事に向かって言った。「司書たちを集めて」「かしこまりました。……インヤンガイで何か?」「……おじさまの行方がわかったかもしれないの」 執事のおもてが、はっと引き締まる。 世界図書館の本来の館長である人物が、消息を断ってからすでに6年が経過していた。 今までも、手がかりらしきものがなかったわけではないが……今回は、ほんの数カ月前の目撃情報であるという点で、アリッサたちの注意を引くものではあった。「というわけで、みんなには、インヤンガイに向かってもらいたいの」 アリッサはロストナンバーたちに言った。「行き先は『美麗花園(メイライガーデン)』っていう場所。名前はきれいだけど、今は人間は誰も住んでいない廃墟の街区よ。2年前から、ここは『暴霊域』っていう生きた人間はとても立ち入れない地域になってるの。おじさまがそんな場所に本当にいるのか、いるとしたらどうしてなのか……誰の『導きの書』も手がかりはくれなかったわ。でもーー」 危険は承知で、この廃墟の街の探索をしたい、それが世界図書館からの依頼であった。 街区は広いため、いくつかの小集団に分かれて探索を行う。現地までは、今回はロストレイルで乗り付けることとなった。地下鉄の廃線が美麗花園の地下にも伸びているという。「各チームの探索ポイントについては、担当の司書さんから説明してもらうね。それじゃ……、お願い」 あの世からのメッセージらしい。 近頃テレビ番組に走るノイズについてそんな噂が流れ出したのはここ数週間のことだった。たったの数週間にも関わらず若い世代には既に随分昔から語り続けられている実話のように広まっていた。 中には真夜中にノイズだらけだが一分くらいの長さのある映像を目撃した者もいて、街区の若年層はその話で持ちきりだった。頻繁に話題に上る内に憶測が憶測を呼び、虚と実は交じり合いまるで上質なエンターテイメントであるように感じている者も少なくなかった。「オレ、比較的ノイズの少ない画像を集めてみたんだ」 一人の十六、七歳程の若者が友人に見せたのはプリントアウトされた画像のスクラップノートだった。 多くの画像がスクラップされたノートを見た友人は、興味津々でページをめくる。今彼らの中で一番熱く語られる噂の画像だ。偶然録画しているでもないと静止画でじっくり見ることのできないそれらは、比較的ノイズの少ない画像であっても何を映したものなのかよく分からなかった。「わっかんねぇ!」 様々な極彩色の光をぐにゃりと曲げてぐちゃぐちゃに混ぜたような画像や、ほとんど真っ黒な中に赤い染みのような斑点が複数浮かんでいる画像、彼らには全く見覚えのないものばかりだ。「何か文字になるとかさ、そんなんもねぇのかな」 まるでパズルゲームのような感覚で熱心に画像を検証してみるが、さっぱり分からない。 これは無理だ、と諦めたように部屋の床にごろんと転がった友人の手元を見て、若者はあれっと声を上げた。「これってあそこの建物じゃないか?」 ちょうど手が画像の真ん中を隠したおかげでごちゃごちゃの画像の中に紛れて散っていたから分からなかった見覚えのあるものが見えた。「街区の端っこにあるあれかぁ」 普段見ない方向からの画像だから余計に分かりにくかったが、どうやらそれは彼らの街区の端にある建物の屋根であるようだ。「これ分かりにくいって思ったら変な方向から撮ってないか?」「この方向って……」 分かりにくい画像とにらめっこしながら二人は気付いた。この画像が撮影できる場所は。『美麗花園だ』 ヴゥゥン。 窓がなく真っ暗な空間に大型の電化製品が作動する音が響く。 チカチカと小さく点滅する赤い光は何かの電源が入ったことを示していた。 カチッガチャッ。 プツン。 ザーザーザーザー。 小さな音と共に赤い点滅の右上に三十センチ程の明かりが点り、ごく僅かな音量で砂嵐の音が響き出す。 ザーザーザーザーザーザー。 プツン。 ウゥゥン……。 三十秒ほど続いただろうか。 唐突に音も明かりも切れた。点滅していた赤い光も消える。 後には暗闇と静寂だけが残った。「皆さんには館長の手がかりを探すために美麗花園のテレビ局の探索をお願いします」 淡々とした口調でリベル·セヴァンが説明を始めたのは少し変わった現象についてだった。「美麗花園は封鎖されている街区のため、このテレビ局にも当然人はいないはずなのですが、近頃おかしな現象が起きています」 それは美麗花園の近隣街区で数週間前から始まった。「ノイズ交じりの割り込み放送が頻繁に起こっているのですが、それがどうやら美麗花園のテレビ局より送信されているもののようなのです」 廃墟の街から送信される正体不明の放送電波。ホラー映画のような話だが、インヤンガイでは現実に起こっていることだ。「このタイミングですから、もしかしたら美麗花園にいるかもしれない館長からの何らかのメッセージである可能性も考えられます」 発信されている映像はノイズが酷く、何を映した物なのかも判別がつかないものがほとんどで、それ自体から意味を読み取ることは不可能だった。「幸い私たち世界図書館の調査で分かったことなので、インヤンガイの住人はまだ放送電波が美麗花園から発信されていることを知りません」 どの街区でも不思議なことが起こっていると話題にはなっているものの、その発信元までは辿りついていない。大人の間では街区と街区の入り乱れた電波の混線と考えられていた。しかし。「若年層にとっては都市伝説的な話として定着している感があり、あの世からのメッセージであると考えられている所があります。ですからいつ若年層による無謀な冒険が始まるとも知れません」 危険な地域にわざわざ冒険へ出かける事が勇気の証のように思える時期が誰にでもあるだろう。テレビから流れる正体の分からない映像は、そんな彼らの好奇心を程よく刺激する格好の材料に違いない。「館長の手がかりを探索する事が放送電波の正体を突き止めることに繋がると思いますので、よろしくお願いします。」 館長の手がかりが掴めるか、それとも放送電波の正体が掴めるか、あるいは両方を一気に掴むことができるか。どちらにせよ電波の発信されている放送設備室がある三階を重点的に探索するのが良いだろう。「もちろん放送電波と館長には全く関係がない可能性も十分に考えられますから、皆さん気をつけて下さい」 暴霊域である美麗花園ではいつどこで暴霊が出現するかも分からないことも併せて注意して欲しいとリベルは締めくくった。!注意!イベントシナリオ群『死の街へ』は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『死の街へ』シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。
●好奇心は友を作る 都市伝説。 それは街の中で人から人へと語られる、現実なのか虚構なのか判然としない物語。あたかも事実のように語られることもあれば、非現実の域を出ないものまで多種多様に存在する噂と伝説の申し子。 「真夜中のテレビっていったら都市伝説の定番だな」 美麗花園の中、電波塔の立つテレビ局前に腕組みで立ち花菱紀虎はどこか嬉しそうに呟く。 彼の興味の対象は今回の調査を行うテレビ局からの怪電波にあった。 「今は使われていないテレビ局からのものだとしたら、あの世からのメッセージってのもあながち間違いでもない気がする」 近隣街区の若者たちに広まる噂の真実味は意外と高いと考える紀虎の言葉に反応したのは、同じく好奇心にウキウキした様子で電波塔を見上げるウーヴェ・ギルマンだ。 「あの世からのメッセージって話、本当だったら楽しそうだよねー」 十八歳から二十歳という他のメンバーに比べ三十二歳というグループ中とびぬけて最年長にも関わらず、ウーヴェは十歳以上年下と同じかそれ以上に好奇心一杯で都市伝説を探る気満々だ。 「……誰が、どんな目的でこんなことをしているんでしょうか……」 ウーヴェののんびりとした口調と裏腹にぼそぼそと怯えたような声で話す夢天聡美は、大きく深呼吸する。 「やっぱ幽霊がやってんだろうなぁ」 あの世からのメッセージとはつまり幽霊からのメッセージ。なンか言いてーことでもあんだろ、と続けた日枝紡は覚醒する前、まだ壱番世界で普通に生活していた時から幽霊事に遭遇している。 「ちょっくら聞いてやるか」 やはり電波塔を見上げて紡が決意を新たにしている傍らで、聡美もまた不安に襲われる気持ちを整える。 ロストレイルの到着した地点から少し離れていたテレビ局まで歩いてきた彼らは遠くで別のグループが暴霊と戦っているらしき光を見たり音を聞いたりしたが、彼ら自身は幸いここまで一度も暴霊に遭遇していなかった。 気持ちを落ち着けることができて、聡美は人知れずそっと息をつく。 戦闘の能力が乏しい聡美はいつ暴霊が現れるか気が気でない状態でここまで歩いてきたため、このまま緊張が続いてはとても探索などできそうになかったのだ。 少しでも心を落ち着ける。館長の手がかりにつながるかどうかわからないが、できる範囲で頑張っていこうという彼女なりの努力だ。 「ぼくは霊っていまいちわかんないけど、とりあえずそこを掘ったらいい?」 入り口はふさがらないまでも通行するには少し無理がある程度に瓦礫の向こうだった。どおりで入り口らしい入り口が見当たらなかったわけだ。 「うっわ! マジ崩れてる、ありえねー」 ディガーが示した入り口を担いだシャベルで掘り始めると、紡がけたけたと笑いながら物珍しそうに近くまで行ってその様子を見物しだした。 「シャベルのにーさんありがとな」 きさくに笑いかけた紡の差し出した折紙のシャベルをディガーはにこりと笑って受け取った。ちょっとだけ入り口を掘る作業を中断してもらった折紙シャベルをつなぎのポケットにしまう。 「ありがとー」 穏やかでのんびりした話し方のディガーにその場の空気が和む。 今から突入するテレビ局の中は暗いし目の前には瓦礫だし、いつ暴霊が出るとも知れない殺伐とした状況のはずだったが、都市伝説に心躍らせている者が大半だという状況では何となく楽しそうな空気が漂うのも仕方がないだろう。 「派手ピンにもどーぞ」 ついでに髪にピンをたくさんつけている紀虎にもロストレイルの中で作っておいた折紙の薔薇を進呈する。たくさんのピンを見た時からピンに花でも挟ませたいと思っていたのだ。 「ありがとうございます」 珍しいプレゼントに少し目を瞠った紀虎だったが、すぐに笑顔で受け取る。 人見知りなどなく誰とでも仲良くなれる紀虎には戸惑いはない。ましてやこちらも人見知りせず笑顔がちょっと子犬っぽい紡である。壱番世界出身の二人はすぐに打ち解けたようで、ディガーが入り口を掘って開けてくれている間に都市伝説の話をしたり放送電波の正体について憶測を交わしているようだった。 「とりあえずぅ、懐中電灯とかは必要だよねー」 同じく人見知りしないらしいウーヴェは彼らの会話を聞きながら、懐から用意してきた懐中電灯を二本取り出した。なぜテレビ局につく前から出さなかったのかは謎だ。 「お化け出たら戦わなくちゃだから持っててくれるぅ?」 周りを見回して、見るからに戦闘には向かないタイプの聡美に一本、聡美と同じ年でもう一人の最年少の紡にもう一本を渡す。自分は戦いやすいように手を開けておきたいらしい。 「道あいたよ。これくらいならみんな通れるよね?」 さほどの時間もかからず瓦礫を掘り終り、ディガーが声をかけた頃にはどことなく和気藹々とした空気になっていた。 「よーっし、廃墟サバイバル突入だぜ」 ●暗闇の中 「お、思った以上に暗いですね……」 ウーヴェから渡された懐中電灯で前方を照らしながら聡美は怯えた声を出した。 入り口を入ってすぐは吹き抜けの玄関ロビーになっていて、その空間の広さに外からの僅かな明かりはほとんど届かない。ましてや懐中電灯では数メートル先までしか照らすことはできなかった。 本来は吹き抜け部分だけはガラス張りの建物であったようだが、何の事情があるのか全ての窓枠を塞がれているようだった。光源は今入ってきた入り口、それもディガーが空けた分だけの穴から入る僅かな明かりと聡美と紡が持つ二本の懐中電灯のみ。 「暗い場所は好きだよ。これで壁が土だったらもっと良いのに……」 夜目の利くディガーにはこの程度の暗闇は問題ではないらしい。壁が土ではないことに残念そうにしながらも先頭に立って迷いなく進む。 「そ、そういえば、テレビ局は簡単に占拠などされないように……複雑な構造になっていると聞いたことがあります」 「大丈夫。ぼく迷路とか迷わないよ」 一つ不安が除かれればすぐに次の不安に襲われ、はぐれて迷子にならないようにしないと……と考えた聡美の言葉に、ディガーが答える。 地下都市という世界出身のディガーは視覚に頼らず行動することができ、例え迷路でも方角と大体の距離を把握しているので聡美の心配した事態にはならずに済む。 「僕、廃墟とか足場悪いのは慣れてるんだけどぉ、怪我とか痛いの嫌いだし、できれば歩きやすそうなルートで進みたいかなぁ」 ちょうど良い案内役ができたところで、敵に備えて両手を開けたままのウーヴェが注文をつける。 「とりあえず、エレベーターに梯子かけて登ってみっか?」 懐中電灯で周囲をぐるりと照らしてロビー脇に設置されているエレベーターを見つけ、紡は提案してみる。 廃墟となって当然電気などきていないエレベーターは止まっている。動いていないエレベーターに梯子をかければ多分ささっと上階へ上る事ができるだろう。 「すぐ作るから」 そう言うとポケットから取り出した折紙で瞬く間に梯子を折り上げる。仕上げにフッと息を吹きかけると、折紙の梯子は見る間に十メートル程のサイズになり、硬度も本物の梯子に遜色ないものに変わる。 「わぁ、面白いねー」 紡の手元で魔法のように出来上がる折紙にウーヴェが面白そうな声を上げる。聡美も紀虎も声こそ出さないまでも感心したように注目していた。 ディガーにエレベーターの扉を手動で開けてもらって中を覗くと、やはり地方のローカルテレビ局であるこの建物に地下などはないらしく、このまま梯子を立てかけたら三階までうまく届きそうだった。 「これで登れっか?」 思惑通りこのまま三階まで直行でいけそうかな、とエレベーターの中に梯子を立てかけようとした時だった。 ヴォォォォォォン。 突然何かの電源が入り動き出した音がした。 何の音か、と全員が周囲を見回す。これは怪電波を流している機材の電源が入ったのか? 一気に高まる緊張をよそに、何かの音はだんだん大きくなる。近づいているのだろうか。 「紡さん、離れてください!」 紀虎の上げた声に、紡はとっさの動きでその場から後へ飛び退った。 キュルキュルキュル……ドォォン!! 飛び退いた直後、開いたままのエレベーターの扉向こうに、エレベーター本体が恐ろしい勢いで落下した。 もうもうと立ち上る埃の向こう落下したエレベーターが見える。それは何の変哲もないエレベーターのように見える。しかし、この場においては奇妙な様相を呈していた。 なぜ埃がこれほどはっきり目で見えるのか。それはエレベーターの内部にある電灯が煌々と光を灯し、開いた扉から彼らに向かって光の帯を投げかけているからだ。 「これは、暴霊の仕業でしょうか」 たまたま突如光の点ったエレベーターの回数ランプが急速に十階から下へ移動していくのを目撃した紀虎は、荒れ果てた廃墟のロビーに比べ全く破損していない異常なエレベーター内の光景に、慎重な声を出した。 「わかんないねぇ」 どこか緊張感のないウーヴェの声が応える。声には緊張感が感じられないが彼の手には既に愛用の鞭が握られ、戦闘に入る準備は整っていた。 各人がそれぞれ戦闘に入ることを予測し、敵の出方を窺い戦える準備をしている前で、舞い上がった埃が落ち着き始め紗が掛かったようだった視界が良好になりだす。 しばしの沈黙。鳴り響く電動音と振動だけが不気味に存在していた。 ビシッ。ビシビシビシ、ガシャン! 沈黙の後、唐突にした音はエレベーター内の正面壁に設置されている大判の鏡にヒビが入り割れる音だった。 「何が……」 意味不明な現象に聡美が小さく声を上げた時、割れた鏡の破片が誰も触れないのに浮き上がりロストナンバー達に向かって飛び出した。 「ポルターガイストですか! これはまたベタな!」 戦う準備を整えていた紀虎は予想外にオーソドックスな敵に思わず悪態をつきながら、手にした扇子を薙ぎ払うように扇ぎ振る。途端に巻き起こった風が彼の目前へ迫る硝子片を一気に吹き払った。 「見た目綺麗だし僕が使うんならとっても魅力的なんだけどねー。痛いのは嫌だよぅ」 鞭で鏡を残らず叩き落したウーヴェも隙なく構えながら、変わらない減らず口を叩く。緩やかに垂れた目が妙に生き生きと嬉しそうなのは、意外と好戦的なのだろうか。 「きゃあ!」 自分に向かって来る光る刃と化した鏡の破片に、戦闘能力のない聡美はなす術もなく悲鳴を上げて顔を背ける。襲い来るだろう痛みを覚悟して。 「させない、よ」 しかし、痛みは彼女まで届かなかった。 シャベルであらかたの破片を防ぎ、尚且つ聡美の前に割り込んで庇ったディガーは更なる攻撃に備えてエレベーターを睨みつける。 「シャベルのにーちゃんナイス!」 紡の声に、聡美は顔を上げて初めてディガーが庇ってくれたことに気付いた。 「あ、ありがとう……ございます」 「ぼくの後ろにいたらいいよ」 元々戦闘中は聡美を庇うつもりだったディガーは振り向かずに答えた。非戦闘員は守る。 「おーら、おまえら行ってこい!」 折紙製のトリケラトプスとライオンをけしかけた紡の側には同じく折紙製の甲冑の騎士がいた。おそらく先ほどの鏡の強襲は騎士を出現させて防いだのだろう。 トリケラトプスが突進し、ライオンがその後に続いた。 たちまち襲う鏡の破片。しかし元々が紙の折紙たちは多少破けても怯むことなくエレベーターへと突入した。 今はもういない壱番世界の恐竜と百獣の王ライオン。二体の大型獣に襲われてエレベーターはベコベコに叩きのめされ、煌々と輝いていた明かりも徐々に消えていった。電動音も後を追うように小さくなってゆく。 『番、組…』 完全に沈黙する直前、囁くような声らしきものが聞こえたように思えたが、それも気のせいに思える程あっけなく周囲に硬い静寂と暗闇が戻ってくる。 「誰だったのかなぁ」 ぽつりとウーヴェが言ったが、誰も答えは分からなかった。 「ともかく、エレベーターは使えそうにありませんから、階段を探しましょうか」 真相はきっと怪電波を発信している放送設備室に行けば分かることだ。 ●生中継 程なく見つかった階段はそれなりに崩れている箇所は多々あったものの、問題なく三階まで上ることができた。 途中、二階の踊り場で防火扉が暴霊と化して迫ってくるなどあったが、ディガーのシャベルの一振りやウーヴェの鞭の威力により彼らは容易に先へ進んだ。 三階に上ってすぐに襲ってきた収録テープとガムテープとビニールテープの暴霊も難なく片付け、目当ての放送設備室が近づいた時だった。 放送設備室の手前で半開きになっていた扉から突然光が漏れた。 「暴霊だろうねぇ」 顔を見合わせたメンバーの内心を口調だけは暢気にウーヴェが代弁する。 「ゴールは目の前ですが無視するわけにもいきませんね。」 諦めて戦おうという言葉だが、明らかに紀虎の声は弾んでいた。これまでの戦闘が物語っているが、都市伝説の宝庫であるテレビ局にはベタな暴霊が詰まっていたからだ。 「ポルターガイストに始まって、絶えず開いたり閉まったりする防火扉、使っても使っても減らずに伸び続けるガムテープ…どれをとっても見事な都市伝説ですね」 若干、学園七不思議のようなテイストは否めませんが。眼鏡の位置を直しながら楽しそうに言う紀虎は次は何が来るのか期待しているのがありありと分かる。 「僕はもうちょっと謎が謎を呼ぶぅって感じを期待してたんだけどなぁ」 あの世の入り口とかあったら面白いのにねー。 最初から都市伝説に興味津々だったウーヴェも紀虎と一緒に次を楽しみにしているのかと思えば、少し期待していた形と違うらしく、ぶうぶうと口を尖らせていた。 「誰に、何を伝えたいのかな?」 霊の存在はいまいちよく分からないらしいが、そういうものだと思うと疑問は正体と理由なのはディガーも同じらしい。紀虎みたいに都市伝説に詳しいわけではないが、考えていないわけでもない。 「言いてーことがあんだろーから聞いてやんねぇとな」 「館長さんの手がかりがあろうとなかろうと……原因が何かをはっきりさせたいです……」 全員が形は違えど目的地の直前だろうときちんと調べる事を望んでいた。 「ん?館長さん?あーうん忘れてないよダイジョウブ」 聡美の言葉にウーヴェが微妙な発言をしたが、ここは黙っておいてあげるのが得策だろう。というか多分聡美以外がみんな館長の調査を忘れていたので、触らぬが吉である。 「じゃあ、行きましょう」 代表して紀虎が半開きの扉を大きく開け放つ。 そこに広がっていたのは、電源の入った多くの機材。 横に細長い窓とその上にいくつものモニターが設置され、窓に寄せて多くの摘みやボタンのついた機材が並んでいる。そのモニター全てに真っ黒な空に花咲く大輪の花が映し出されていた。 音声のない花火の映像はまるで無声映画のようで幻想的に美しい。 一体何が起こっているのか全く分からず一瞬呆然としていたメンバーだったが、すぐにその異常さに気付く。 廃墟であるはずのこのテレビ局で電源が生きているわけがないのだ。誰かがいるのか、それとも暴霊なのか。 どちらにしろ、彼らはそれを調査に来たのだ。 「あの、誰かいますか?」 そこは俗にサブと呼ばれる副調整室だった。スタジオの撮影を取り仕切りる部屋といえば分かり良いだろうか。プロデューサーやディレクターのたいていはここが撮影中の仕事場だ。生放送などはここから放送設備室へ転送され、そのまま放送されることが多い。 ディガーの呼びかけに答える声はなかったが、物珍しそうに機材を眺めていた紡は気付いた。 「あの窓の向こうってスタジオってやつじゃねーか?」 サブからスタジオを直接見るために設置された窓の向こう側が明るい。どうやらスタジオも通電しているらしい。 「げ!」 いそいそと近づいてスタジオをのぞき見た紡は呻き声を上げた。 「下、暴霊で一杯だ」 急いで窓に駆け寄った他の四人が見たのは誰も操作していないフロアカメラや明滅を繰り返したりひとりでに角度を変えてあらぬ方向を照らす照明機材だった。その数合わせて十五。 突然、にぎやかな音楽が流れ始めた。よく見ると、彼らがいるサブのミキサー摘みが独りでに動いている。ジングルと呼ばれるバラエティー番組のコマーシャル前後に流れる音楽っぽいものが繰り返し流れ、フロアカメラがせわしなく動き出す。 「これ、ライブってとこにランプがついてるよぉ」 相変わらず花火が映し出されたモニタの下で赤いランプが生中継を示して光っていた。 「じゃあこれ、誰かが今上げてる花火ってことですか」 一体何が外で起こっているのか分からないが、この機材は生中継をしようとしているらしい。 そう考えるとサブの機材にあわせてスタジオのカメラや照明は動いているように見える。 「あ、あの! ここからスタジオへ降りられるみたいです!」 彼らが入ってきた扉から見て左手にあった扉を開けた聡美が言うと、ウーヴェが頷いた。 「暴霊さんは退治しなきゃだしねー」 じゃ、行って来るねぇと言い残し、ウーヴェは早速鞭を手にスタジオへ降りていった。 「わ、私も……お手伝いします!」 「ん、俺様に任せときなって!」 少しでも力になりたい聡美とゴジラ、キングドラゴンの折紙を持った紡が後に続く。 「ここの機材も暴霊ってことですよね」 「紀虎さん、こっち来て!」 スタジオへ降りる扉とは反対にも別に扉があるのに気付いたディガーが紀虎を急いで呼び寄せる。既に開けられた扉をくぐり、紀虎は驚きの声を上げた。 「ここ、目指していた放送設備室だよ。動いてるね……電気が来てるってことかな?」 設置されたモニター以外に光源のない薄暗い部屋は想像していたよりかなり狭い。部屋の中を調べるといっても大して時間も掛からない。専門でもないしこんな機械のことが分かるかというと分からないのだが、はっきりしていることがあった。電源が入っていて、モニターとモニターに接続された機材が動いているということだ。 「独りでに動いている放送機材ですか……本当にベタですね」 ●記憶と魂 スタジオに降り立った三人は少しびっくりしていた。 「テレビのスタジオって思ってたより狭いのな」 紡がぽつりと言ってしまったように、降りたスタジオは意外に狭かった。 「おっきく見えるのにねー」 侵入者に対して妙に鷹揚だったサブの暴霊機材達と違い、スタジオにいたカメラや照明の暴霊機材は彼らを早々に敵と認識し、キャスターがついている機動性を活用して一気に襲い掛かる。 「あ、あの驚かないでください……力をお貸しします」 戦闘能力がないのに戦場へ降りてきた聡美は、自身の特殊な能力をウーヴェと紡に使う。彼女がスキルアップブーストと呼ぶその力はかけた相手の長所を増大する効果がある。 「あれぇ?何だかいつもより鞭が軽く使えるような気がするよぉ」 ウーヴェの鞭がフロアカメラの横っ面を殴りつけ、天井照明の支柱を絡めとる。唸りを上げて縦横無尽に暴霊を痛めつける鞭は、いつも以上の威力で次々と暴霊を片付けていく。 「ゴジラはやっぱつえーな!」 聡美の増幅を受けて、紡の折紙達もその力を増していた。 ゴジラが足を踏み鳴らすとスタンド照明や昔使われていただろうセットが次々と倒れる。そこをキングドラゴンが残らず踏み潰していく。 『放……送……キューを……』 『プロ……デューサーはどこだ』 『何が起こった』 『エ……レベーターに取……』 『何があっても』 『放……送を!』 次々と倒れていく暴霊達と、それの代わりのように響く囁き声。 「この暴霊達……ここの職員さん……?」 聞こえてくる声にはどれも放送を全うしたいという執念のような心残りが感じられた。 「二年前に何があったか知らねーけど、この人たち完全に被害者じゃん」 仕事を果たしたいという想いが無念となって暴霊になったのだろうか。そして今もふいに打ちあがった花火を生中継しようと奮闘しているのだろうか。 『キューを……』 ショートを起こし炎を吹き上げたフロアカメラに巻き込まれて、キングドラゴンが燃え上がった。最後の一体となったフロアカメラをウーヴェの鞭が掴んで壁に叩きつけ、照明がなくなったスタジオは元の暗闇に還る。 「なんか、ちょっと悲しくない?」 ガシャンという音を最後に完全に沈黙した機材たち。ここまでの道のりで出現した暴霊もスタジオ内にいた暴霊も確かに向こうから襲ってきたのだし、危険な存在であったのは確かだ。しかし、その成り立ちは同情の余地がある。 「二年前だっけ?ここが封鎖されたのって」 美麗花園が暴霊域となって二年。それ以前の美麗花園には当然多くの人が住んでいた。 何が起こってそんな事態になったのか不明だが、ある日突然の災害に見舞われた。いつもと同じように生活して、仕事をしていた人々は何の準備もなく災害に見舞われ命を落としたのだ。 「お仕事中だったんだろうねぇ」 もしかしたら生放送中だったのかもしれない。そんな最中に訳も分からず災害に見舞われたのなら、ここで暴霊になってもおかしくないのだろう。 「紀虎君とディガー君の方は大丈夫かな?」 照明がなくなりサブへ戻る階段が暗闇となってしまったので、慎重に足下を照らしながら進む聡美の後ろで暗い中の移動には慣れているウーヴェは無造作に足を運びながら明かりの漏れるサブの窓を見やる。 「あっちのは積極的に襲ってくるわけじゃなかったから、なんか手がかりあったかもな」 こちらもウーヴェから渡された手持ちの懐中電灯で足下を照らしながら、紡は暴霊のことを考える。 「どーもここのカメラとかの暴霊って放送したいのにできないって感じだったよな」 やたらと放送に固執して、とにかく撮影を続けようとしていた。 「でも……放送はされていたん……ですよね」 近隣の街区に怪電波として送信され、若者たちの都市伝説として話題になる程の目撃者もいる。意味不明な映像だったが、放送されていることには間違いない。 「プロデューサーはどこーってのもあったよねぇ」 たいていの場合、撮影や放送中プロデューサーはサブにいることが多い。プロデューサーが探されているのは不可解だが、紀虎とディガーがサブに残って調査をしてくれているはずだから、彼らの結果と今の暴霊達からのメッセージをあわせて読み解けばきっと答えが分かる。 「答えを見つけてやんねーと、なんかかわいそうだよな」 ●オンエア 放送設備室の機材は、ただひたすら映像を流し続けていた。 「やっぱり意味不明ですね」 オンエア用モニターに映は何もないスタジオが静止画のようにずっと映っているだけだ。 「こっちは先程の花火にテロップを編集している……ってことですか」 現在放送中を示すオンエア用モニター以外の二台のモニターにはテロップが入ったものと入っていないものが進んだり巻き戻ったりしている様子が映っている。 「こっちにも同じのが映ってるよ」 放送設備室の中を調べて何も収穫がなかったためサブを調べようと戻ったディガーの言葉に、紀虎は扉からサブを覗き込んだ。 「ああ、ここでやっている作業がこちらにも映されるってことですね」 摘みやフィーダーが動いて編集作業をしているのはサブで、放送設備室のモニターはサブの映像を映しているのだった。つまり、サブの映像を直接流す際の生放送用機材のようだ。 サブの暴霊機材は襲ってくることもなく、ただ仕事をしているようにしか見えない。一体何が目的なのだろう。 「いったい何が……」 言いかけた紀虎の視線の先で、モニターの一つに映る映像が切り替わった。 「これ、さっきのエレベーターだね」 映像は暴霊として襲い掛かってきたエレベーターの監視カメラから撮ったらしき映像。一人の男が乗っている。 「これ、館長……でしょうか?」 ちょうど暴霊を片付けて戻ってきた聡美が、同じく映像に目を丸くする。 「やー違うだろ。これインヤンガイの人っぽくねぇか?」 紡が答えた途端に画面が大きく揺れ、男が慌てふためき出した。扉を手動で開けようとしたり叩いたりしている。何が起こったのか、必死な様子だ。 「……二年前の様子じゃないですか?」 更に画面が激しく揺れ、ノイズが入り、最後には砂嵐になって紀虎は確信した。二年前の災害当時にエレベーターに閉じ込められた誰かがいるのだ。 「てことはさっきのエレベーターの暴霊ってこの人か」 「ねぇねぇ。もしかしてさぁ。さっき下で暴霊が探してたプロデューサーなんじゃないの」 何かが起こった災害の時、いるはずの場所にいなかった人。探されていた人。 「さっきの花火を編集しているようなんですが、この映像も混ぜて編集しているみたいですね」 機材を動かしている暴霊達は災害当時に仕事をしていた職員であることは間違いがなさそうで。その彼らが新しい素材に混ぜて放送しようとする映像はエレベーターに閉じ込められた男性。 エレベーターの男性以外にも指を鳴らしている右手のアップやストップウォッチ、カウントダウンされるデジタル時計の文字盤、構成表と思われる紙の束などが次々に編集されていく。 「これが伝えたいメッセージってこと?」 編集されていく映像は何かを伝えたいように思える。実際に送信されていた映像も、元はきっとこうやって編集されたものだったのだろう。ただ暴霊が発信した電波では近隣街区の通常テレビではうまく受信できなかったのだ。 「何か意味があるはずです」 暴霊達にとって重要な意味が。 「ものすごく放送したいみたいだったよぉ、スタジオの暴霊さんたち」 断末魔と言って良いのだろうか、消える前に各々囁いた言葉はみんな放送に関することばかりだった。 「スタジオん中で災害にあったってことだろうし、仕事してたんだろうな」 「心残り……なんだと思います」 口々に戦った暴霊から聞いた言葉や感じ取ったものを出して答えを探す。答えが出ないと自分達の目的も終わらない。 「仕事が途中なのが嫌なのかな?」 自分だったら掘り進んでいる仕事の途中でやめさせられるのは嫌だな、と思ったディガーが素直な考えで口にした時、彼らの集まるサブから開け放した扉の向こうの放送設備室のモニターが新たに一つ光を点した。 ヴゥゥゥゥゥゥン。 放送設備室から響く音が大きくなり、サブ室のミキサーのフェーダーがひとりでに上がる。いつの間にか止まっていたジングルが再び繰り返し大音量で鳴り始め、サブ室の中央モニター下にあった赤いオンエアランプが点灯した。 「言いたいことあんならはっきり言えよ、聞きに来たんだからさ!」 何かに反応したように突然新たな行動を開始した暴霊機材に、紡が耐えかねて声をあげた。謎かけのように遠まわしなメッセージを送られてもわからない。はっきり分かるようにしてくれないと何かやってあげることもできないのだ。 「今のディガー君の言ったことが正解ってことかなー?」 「仕事を最後まで終わらせたいってことでしょうか」 紀虎が思い付きを言葉にすると、編集が始まってからずっと真っ黒な画面が表示されていた中央右のモニターに白い文字が浮かんだ。 「『始められなければ、終われない』?」 浮かんだ文字はほんの一瞬で消えたが、画面をきちんと見ていたロストナンバー達にはかろうじて読み取れた。 直後にパアァン!と音を立てて文字の表示されたモニターは小さな爆発を起こし、今までの暴霊と同じく僅かにしか聞こえないような囁きを残して沈黙する。 『……キ……を』 「うんと、終わりたいけど始まってないから終われないんだってことだよね」 どうやら何かの制限がかかっていてはっきりと要求を示すことができなかったらしい暴霊の、唯一のはっきりした意思表示だ。ちゃんと汲み取って終わらせてやらなければならない。 「じゃあ、始めてほしいってことかな?」 「それです!」 素直に言葉を捉えて逆説的に読み直したディガーの言葉に、紀虎が声を上げた。 「始まりの合図を出して欲しいってことですよ!プロデューサーがエレベーターに閉じ込められたのなら、開始の合図は誰も出していませんよね」 プロデューサーの合図がなければ、放送は開始されない。始まっていない。 「放送開始が出されていないから、受信できない怪電波になっていたんですよ!」 許可の下りていない電波は本来は送信されることもない。送信されているが送信されていないことになっている電波が普通のテレビでまともに受信できるはずがなかったのだ。 「合図を俺らで出したらこいつらも満足できるってことか!」 「そうなりますね」 紀虎が力強く頷き、紡も笑顔を浮かべる。聡美も戦うことなく暴霊を送り出してあげられると一息ついた。 「でも、開始の合図ってなんだろう?」 終わらせることができそうだと安心したのも束の間、テレビ業界に詳しい人間がいるわけでもなしプロデューサーによる開始の合図など知るわけもなかった。 「そういえばぁ、スタジオでカメラさんが言った最期の言葉の中に『キューを』っていうのがあったよー」 あれだけまだ何のことかわかんないよねー。 「そのモニターが爆発した時もそう言ってたよ」 耳の良いディガーはほとんど聞こえない程の囁きだった音声も聞いていた。ウーヴェの言う『キュー』という単語だった。 「分かった!あれだ!指鳴らして『キュー』って言うあれだな!」 「ああ……それなら俺も見たことがあります」 壱番世界出身の二人はテレビで業界の人がそうやっているのを見たことがある。 「ちょっとあれをやるのは恥ずかしい気がしますが、そうも言ってられないですね」 ●ファイナルカット 「じゅ、十秒前!」 どうせやるならそれらしくということで、聡美はアシスタントディレクターの役として五秒前までのカウントを取ることになった。慣れない事にどもってしまうのは仕方がないことだろう。 「ご、五秒、前!」 「よーん」 「三!」 「二!」 「一!」 それぞれが残りの秒数カウントをして……パチン!紀虎が高々と上げた指を鳴らした。 「キュー!」 ウィィィィィン。 放送設備室から、先ほどまでのエンジンを吹かした時のような少しノイズの混じった音とは違う、正常な機械の作動音が響く。ようやく本当の放送が始まったのだ。 ガシャガシャガシャガシャ……。 放送設備室の放送が始まると同時に、彼らの周囲から乾いた音が響き始める。放送素材を作り終えた編集機やテロッパー、ミキサーなどサブにあった機材が本来の廃墟の姿を取り戻し、端から崩れていく。 「ここ以外からも聞こえる」 ディガーの言う通り、彼らが遭遇した以外にも存在した暴霊機材が全て待ち望んだ時を迎えて崩れ始めたのだ。 「さっきの花火撮影してたカメラさんもいたはずだもんねぇ」 派手ではなく、静かな音を立てながら機材たちは暴霊から開放され、元の廃材に戻る。 しばらくして。放送設備室からの作動音が消えた。続けて崩れ落ちる音が響く。静かに、静かに。 「終わったみたいですね」 一切の音が消えて、暴霊の消滅を確認する。 何の音も、気配もない廃墟へと戻ったテレビ局にもう用はない。 「館長の手がかり……ありませんでしたね」 再び暗闇に戻った足下を懐中電灯で照らしながら外を目指す。今更ながら館長の手がかりらしきものはひとつも見かけなかったことを確認する。 怪電波の正体は暴霊だったのだし、人の気配もなく、良く考えたら埃の溜まった床に足跡だってなかった。この建物に館長がいるとは考えられなかった。 「いーんじゃない?都市伝説は解決したもんねぇ」 ちょっと思ってたより悲しかったけどねぇ。最初の興味津々加減やウキウキっぷりが嘘のようだ。 「彼らのファイナルカットは誰かに届いたのでしょうかね?」 最期の放送を、誰かがちゃんと見ていてくれれば良い。 霊となっても放送を諦めなかった名も知らない彼らのために。
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