オープニング

「初めに注意事項のご連絡をさせていただきます」
 リベルは導きの書を開かずそう言うと、集まった人々にこう続けた。
「この依頼はジャンクヘヴン海軍との協力、連携が必要です。従って個人的な思想等に捕らわれず、依頼を任務または仕事として受け止め、真摯な姿勢で対応していただける方が望ましいと思われます。同時に依頼内容は極めて残酷であり、そういった物に耐性のない方はご遠慮いただけると助かります。その方がお互いの為になるかと……」
 いつも通りの表情ではあるがリベルの声色は堅い。彼女なりに言葉を選んだのだろうが、かえって堅苦しい言い回しになり意味が分からない人が多いようだ。周りの顔色を伺う者、連れと相談しその場を立ち去る者もいたが、取りあえず詳しい話を聞いてから決めたい、という声があがる。人の動きが止まると、リベルは導きの書を開いた。
「……では改めて内容を説明させていただきます。皆さんにはとある船に潜入していただきます。その船では富裕層を対象とした催し物が行われており、お客も乗務員もすべて仮面を装着しています。皆さんの仮面はこちらで用意いたしますが、ご自分で用意されても結構です。船で行われている催し物は非合法かつ残酷な内容です。ですが、はっきりとした証拠が無い為にジャンクヘヴン海軍も手を出せずにいます。今回は皆さんに船の中で簡単な騒ぎを起こしていただき、たまたま通りがかった海軍が安全確認の為船に乗り込む、という流れです。船の催し物は絵のモデル制作で……」
 言葉を詰まらせたリベルはもう一度君たちの顔を見渡した。どこか説明する事を躊躇っているようなリベルの態度と、先程の物言いにしてはやる事が単純明白すぎ、その落差に話を聞いていた人たちの顔色が曇り出し、数人がその場を後にする。
「失礼しました。船の催し物は絵のモデル制作です。絵師がお腹に子供を宿した女性、妊婦を生きたまま解体。その後、まだ息のある女性を観察し続けます。場合によっては、数人が解体されるようです」
 その現場を仮面を付けた人たちが見学する。潜入する君たちはその場を目撃する事もあるだろうが“簡単に止めてはいけない”。たとえ目の前で悲鳴があがろうとも、一人の命が奪われようとも、今回の任務は“ジャンクヘヴン海軍に船を摘発させる事”だ。
 だからリベルは最初に注意事項として告げたのだ。“個人的な思想等に捕らわれず、依頼を任務または仕事として受け止め、真摯な姿勢で対応していただける方が望ましい”と。
 ふぅ、と小さく一息ついたリベルはいつもと変わらない口調と表情でこう言った。
「それでは、お手伝いいただける方、よろしくお願いいたします」


□ □ □


 ころんころんに丸い身体が一級品の天鵞絨と絶滅危惧種の毛皮で包まれている。ぷっくりとふくらんだ頬と団子鼻は赤く、大粒の宝石――それ一つでブルーインブルーの一般家庭なら一生遊んで暮らせるはずだ――が幾つも並びぶ太い指は傍らのテーブルから焼き菓子を一つ摘んだ。その男の前には揃いの制服を纏った男女が数名、次々と書類の朗読を続けている。
 ブルーインブルーに住んでいる者は有名な海賊の名前を覚えている。それが、関わりたくない海賊であればなおさらだ。
 船に乗り海に出る者達より街に住む者達の方がよく知っている海賊が一人いる。その人物は他の海賊と違い社交的でよく話題に上り、姿を見たことのある人も多くいる
 船乗りよりも、陸に住む人達が何よりも警戒する海賊。
 海賊でありながら、多くの商人や貴族と繋がりを持つ人物――ガルタンロック。
 元々商人だった彼を知る人は「あいつと商売、いや関わっちゃだめだ」と言った後、姿を消した。気がつけばガルタンロックは“扱う商品”の為商人から海賊へと職業が変わっているが、やっていることは何も変わらない。
 商売相手が誰でも構わない。
 必要な物があるなら用意する。
 それが、犯罪を犯した人が逃亡に使う物であっても。
 金持ちが道楽で奴隷を欲しがったとしても。
 多くの部下から次々と商売の報告が続けられる中、珍しくガルタンロックが口を挟んだ。
「ほぉ、絵が完成したのですか?」
「え!? あ、い、いえ。申し訳ありません、やっと“商品”に必要なモデルが揃った所です」
「そうですか。あの難題に対応できたとは、よく頑張りました。絵が完成したら、また報告なさい。あの絵師が描く絵はまさしく“本物”ですからね」
「は、モデルを“制作”するのはご覧にならないのですか?」
 ガルタンロックの手が止まると、余計なことを言ったかと部下は身体を強張らせる。“制作”と言えば聞こえはいいが、内容は殺戮と解体の虐殺だ。リベルは言葉を選び、内容を噛み砕いて説明したが、導きの書には血の気が引くような事が書かれていた。もちろん、言った部下も見たくなどないが“商品”に関する報告でガルタンロックが口を挟むことなど滅多にないので、つい聞いてしまったのだ。ガルタンロックにとって利益のある報告は当たり前であり、よろしくない報告をした場所や利益が見込めなくなった場所などさっさと切って捨てる。気がつけば人も場所も、その存在が消えているのだ。
「よろしいですか、あのような“制作”を見たがるのは、貴族といえども中途半端な存在です。幸運な事に大金を手に入れた人物か、これから没落する人物です。そういった人達は、“金を払って制作を見に行きます”」
 ことり、とガルタンロックは指に付けていた指輪を2つテーブルに置く。
「次に、代々続いた由緒正しい家系や、まだまだ成長しそうな人物、そういった人達は“外”に見に行く必要がありません自分で用意してしまえばいいのですからね」
 次々と指輪を外しテーブルに並べると、ガルタンロックはそれらを全て鷲掴む。
「ですがわたくしは“それをも商品にする”のです」
 あぁ、とどこからか納得したような声が漏れ聞こえる。本当の金持ちというのは、必要な物を揃え個人で楽しめる財力もその為の場所を用意する事もできる。だがそれは“金を払っている”からできる事だ。ガルタンロックはそれを“商品”にしている。すなわち、彼は、“わざわざ見に行かなくても見られる”立場であり金を支払わず“稼ぐ”のだ。
「は、勉強になりました」
「そうそう、何やら海軍の動きも可笑しいようです。警戒を怠らないように。あの絵師は大事な“商品”ですが、それ以外はどうなっても構いません。絵師だけは何があっても連れて帰りなさい」
「は、はい……畏まりました」
 

品目シナリオ 管理番号417
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメント こんにちは、桐原です。ブルーインブルーへのお誘いです。

 このノベルは潜入メインで戦闘があるかもしれないシリアスの予定です。そして、残酷な描写やグロテスクな内容となります。そういったものを読みたくない方は、ご遠慮いただけると、助かります。


 依頼内容は船に潜入、何があっても大人しくしていて、海軍が船に乗り込み摘発できるようにするのが、目的です。どこに潜入するか、何をするか、どうやって海軍が乗り込めるようにするか、が基本です。


 また、このままでは間違いなく死傷者はでますので、それを防ぎたい方は、そういった行動をしても大丈夫です。ですが、あまり無茶な行動をすると、危険な事になるかと思われます。貴方も、同行する仲間も、船に乗っている人も、海軍も、みぃんな、危なくなるかも、しれません。



 それでは、皆様のご参加、おまちしております。


 いってらっしゃい。

参加者
奥村 奈々(cwad9626)ツーリスト 女 24歳 元・陸上自衛隊3曹
リュエール(czer6649)ツーリスト その他 20歳 名を呼んではならぬ者
ハーデ・ビラール(cfpn7524)ツーリスト 女 19歳 強攻偵察兵
三雲 文乃(cdcs1292)コンダクター 女 33歳 贋作師/しょぷスト古美術商

ノベル

 まだ日も昇らぬ暗闇の港に大きな旅客船が着港する。月明かりと零れ出る朝日の中、多くの人や荷物が運び込まれるその船は、入港したのと同じく深夜の暗闇に紛れてひっそりとこの港を出発する予定だ。それまでの間、日が昇り明るくなった港に鎮座する旅客船には、誰一人近寄らない。出入りする大小様々な船も、人も、荷物も。誰一人、その船がそこに存在している事すら、見てはいけないのだと言うように背を向ける。
 そんな港の様子を船内から見下ろすのは清掃メイドに扮装した奥村奈々だった。
「なるほど、ね。この様子だと入出港や積荷の手続きもきちんとしてるかどうか妖しいわ」
 ぼそりと呟いた奥村は客室に入ると掃除道具を置き、本来なら見る必要のない棚やベッド下や天井裏をのぞき込む。一室につき調べる必要があるのは数カ所と決まっており、奥村は手早く調べる。異物を発見し、簡単に回収できれば良し。壁の内側に隠されている場合は、いつもなら壁を破壊し、それが人目に付かないよう隠蔽しなければならないが、今回はそういった事を同行者、ハーデ・ビラールに任せられる。奥村とハーデは偵察の任務に慣れており、行動分担もあっさりと決まった。お互いの能力を考慮し、壁の内部等潜入するのに時間の掛かる場所はハーデが、乗務員であれば立ち入れる場所は奥村が探す事になっている。これも二人が船内構造を把握し“確実にこの船を破壊するにはどこに爆発物を置けばいいのか”を理解しているからできる事だ。
「作業は楽だけど二人でやるには時間が足りないのよね。乗船が始まる前に出来るだけ終わらせないと……」
 奥村はトラベラーズノートを取り出すと船内地図が書かれたページを開く。数分前に見た時と変化が無い事を確認しながらチェックが終わった部屋に印をつけ、ノートを仕舞うと手早く掃除道具片手に次の部屋へと移動する。回収した異物は掃除道具に紛れさせ、与えられた乗務員用控え室に集めている。船が出航した後で海に投げ捨てるか、ハーデがテレポートで海に捨てるかするだけだ。太陽が沈むまで、二人は異物回収と地図製作に追われた。


  ■  ■  ■
 

 女性だけでなく、男性も色鮮やかな洋服を纏う中であっても、三雲文乃は変わらず黒のドレスを身に纏っていた。その場にいる人は全て仮面を付けており、例え素姓が解ったとしても、相手の名前は言わないのが礼儀だ。当たり前だが、その場にいる誰も三雲の事を知っている人はいない為、三雲は話題の人となっている。
 商売柄、三雲はとても聞き上手だ。彼女の周囲に集まった人達は本来なら話題にするべきではない事までべらべらと話している。「やっとこの船に乗れた」「はやく絵画が見たいものだ」「前回も素晴らしかったようですわね」「初めのモデルの素材はどんな女なのかな」「体格の良いモデルは最初に選ぶ傾向にはあるようだな」「小柄な方が多ければ、その分鑑賞時間も増えますわね」「楽しみは多い程良い」「さぁて、何人いるのかもわからんな」「相変わらず気まぐれな絵師のようだ」「だからこそ良い絵を描くと言われている」
 ある貴族が首を傾げて問いかければ、ある男性が虚飾に塗れた言葉を紡ぎ出す。そこかしこで自分がいかに優れた人間であるか、どれだけ財力があるかを語り続ける人達に、彼女は何時もと同じように微笑み、相槌をうつ。
 ゆらゆらと、僅かに身体が揺れる中、三雲は先に船に乗った同行者達に思いを巡らせた。
 


「珍しくもない話だが人の死に様を見せ物にするのは悪趣味極まりないな」
 依頼を聞いた後にそう言ったのはリュエールだった。
「そうですわね。だからこそ、わたくしはモデルの皆様を可能な限り助けたいと思っておりますの。皆様のお力、お貸し頂けますかしら?」
「良い案があるのなら、アタシは反対しないわ」
 三雲の提案に奥村は少し遠い場所から言う。ハーデはどこか不安そうな顔で頷くだけだ。
「依頼が破綻しないように、ですわね。残念ですが、モデルの方々が無傷では意味がありませんので、手当をすれば助かるのが最良だと、わたくしは思います。早すぎず遅すぎず、難しい事かもしれませんが、四人で協力すれば大丈夫ですわ」
「四人でなくては成功しない、という事だな?」
 リュエールが僅かに首を傾げそう聞くと、三雲はもちろんです、と柔らかい口調で言う。
「そうね……その案なら無理が生じるとは思えないし、アナタの言い方だとできれば助けたいけど、無理ならしょうがない、ってことでいいわね?」
「はい。それと、我儘で申し訳ないのですがわたくし、絵師様ともお話がしてみたいのです。可能なら、連れて帰りたいとも、思ってますわ」
 


 扉が開き、室内に涼しい風が流れ込むと三雲の頬を撫でる。
「ご歓談中失礼いたします。隣室にて絵師の絵画が展示中でございます。宜しければ、「作品制作」前に一度ご覧下さいませ」 
 何人かのメイドが並ぶ先、開け放たれた扉の向こうに幾つもの額やイーゼルが並んでいる。仮面を付けた紳士淑女達が隣室へと移動を始めると、三雲に手が差し出された。
「よろしければ、ご一緒いたしませんか?」
 貴族の男がほんの少し、首を傾げそう言うと三雲は差し出された手に手を添える。
「よろこんで、ご一緒させていただきますわ」
 二人は隣室へと移動する人々の中へと紛れて行く。
 これまでの「作品」の成果なのだろう。何人もの女性や動物が「作品」にされた絵画が並ぶ中に他とは異なった絵があった。誰もが素通りする絵の前で三雲達だけが足を止め、見入っている。
「なるほど。これは少し事情が変わるか?」
 誰に問いかけるでもなく、小さく首を傾げてそう呟く貴族の隣で三雲が微笑んだ。


  ■  ■  ■


 
 湯気を立てたティーカップが落ち、破片と中身を床にまき散らす。薄茶色の液体が広がり、細く伸びていく先で奥村の靴が濡れるが、彼女はじっとしている。倒れた乗組員の動きが止まり静かになり、一定のリズムで呼吸が聞こえ出したのを聞いた奥村は隠し持っていたロープを取り出す。乗組員を一人ずつ縛り上げ、操舵室からしか入れない海図室の扉を開け放つ。
「もう出てもいいわよ」
 奥村が無人の海図室に声をかけると、備え付けのクローゼットが自然と開き中から三人の妊婦がおそるおそる出てきた。本当に大丈夫なのだろうかと、妊婦達が顔を見合わせているが奥村の行動は止まらない。空いたクローゼットに乗務員を閉じこめ、海図と方位磁石、片手に舵を操作し、船の方向を変える。真っ暗な窓の外を睨みむように眺め、灯台の灯りと白波、風向きを知らせる旗の動きを考慮し、ゆっくりゆっくりと舵を動かす。
――風が弱い。移動速度は遅めになるけど、舵を固定すれば方向は安定するわね―― 
 船の方向は一番近い浅瀬へと向けられる。座礁させ救難信号が発せられ――念のため妊婦達が救難信号のスイッチを入れるが――海軍が乗り込んでくる手はずになっている。船首と景色、舵を握る手と身体の感覚が一致したのを感じた奥村は舵を固定し、妊婦達に静かにしているようもう一度念押しをしてから、海図室の扉を閉めた。すぐに操舵室を後にしようとドアに手を掛けるが、向こうに人の気配がし、奥村はその手を止める。
「……絵画展示が始まったのに一人で歩いてるの?」
 乗務員も警備兵も複数の人間でチームを組んでおり、一人で歩いているのは自分達か変わったお客様なのだが、今は彼らにとって自身の価値を知らしめる大事な時間。同時に、殆どの乗務員と警備兵もその場付近に居合わせている筈だ。
――そんな時にふらふらと歩いているわけがないのだけど……――
 念のため警戒しながらドアを開け廊下へと出ると、一人の女性がゆっくりと奥村の方に歩いてくる。その場に居ない筈のお客様に全く気がつかなかった様子を装い、壁沿いに姿勢を正し頭を下げた奥村はふと、違和感を感じた。
――何? 今、何かが足りなかった――
 奥村が不思議がっている事など知らない女性は、ゆったりとした足取りで前を通る。奥村の視界に黒く変色したズボンの裾が見え、次第に何色もの色が浮かび、混ざり、そして通り過ぎていく。女性の足音が遠くなり、奥村がそっと顔を上げると丁度女性は角を曲がっていた。
――今のがリュエールさんではなく、本物の絵師なら……まさか――
 奥村は手近な部屋に入ると急ぎノートを開く。そこに書かれたハーデのメッセージを見て目を見開いた。



  ■  ■  ■

 
 「扉を開けろ」
 警備兵の隊長らしき人物がそういうと、解錠音が聞こえ始める。余程厳重に鍵を掛けているのか、いつまでも鳴り響く機械音の中で胃を刺激する良い香りが漂った。どこからか腹の虫が鳴る音が聞こえ隊長は辺りを見渡す。大柄な者、緊張しすぎて呼吸を止めてしまい震えている者、片耳に赤いピアスを付けた者。どの警備兵も自分じゃないと意思表示するように立っている。大したことでもないと言うように隊長は小さく溜息を付くと、三人の部下を連れて開け放たれた扉を通り抜けた。
 扉一枚越えた先は、豪奢なシャンデリアランプと踏むのを躊躇うほどふわふわの絨毯が敷き詰められた廊下だ。ただ置かれているだけのキャビネットや花瓶一つとっても、この船で働く者の給料より高い値段が付く。この先は一等客室が二部屋と貴賓室、操舵室へ続く扉があるだけだ。勿論、操舵室への扉も厳重に警備されている。封鎖された出入り口を行き来できるのは警備隊長とその連れだけだ。ここは、とても豪華な牢獄だ。
 隊長は真っ直ぐ貴賓室へと向かう。扉をノックし返事を待たずに中へ入ると、広い部屋にはソファやテーブル等が乱雑に並んでいる。何色もの絵の具が付き黒く変色したオーバーオールを着た女性が片膝を抱え、こちらに背を向けて丸イスに座っていた。
「イライザ様、お食事をお持ちしました。……置いていきます」
 いつもの事なのだろう。イライザと呼ばれた女性は声を掛けられると一瞥するが、何も言わず視線を元へと戻した。運び込んだ食事をテーブルに並べながらイライザの視線を追ってみれば、ソファの上に横たわっている三人の妊婦がいた。ソファというよりベッドと言った方が良いかもしれない。大きく、柔らかいクッションに身体を沈めゆっくりと上下する身体は妊婦達がとてもリラックスして眠っているのがわかる。並べられた食事も絵師と妊婦の四人分で、食事内容に差はない。全ての準備が終わったのを確認した隊長が振り返ると、その動きが止まった。イライザが立ち上がり、こちらをじっと見ているのだ。
「なにか、ございましたか」
 少し震えた声で隊長がそう言うが、イライザはふるふると首を横に振る。
「それでは後程、作品制作前にモデルを迎えに参ります」
 気を取り直し、隊長は何時もと同じ言葉を言い部下を連れて部屋を後にするが、流石に肝を冷やしたのだろう、少し離れたところで小さくグチを零し始めた。
「ただの気まぐれだろうが、見つめられるだけで嫌なもんだ。あの妊婦達だって只のモデルだと信じてグースカ寝てる。良い思いして、一生ありつけないような食事を食べ、殺される。あぁ、今回は何人切り刻むんだろうな」
「キめてナい」
 背後から少々ずれた発音の声が聞こえその場にいた全員が振り返る。イライザが立っているのを見た瞬間、宜しくない事を言った隊長も同行した警備兵も一瞬で顔を青くした。
「アナタ、オナジおもうカ」
 イライザは失言をした隊長ではなく片耳に赤いピアスをつけた警備兵――扮装したハーデに問いかける。隊長は丁度良いと言わんばかりにハーデを生け贄に逃げ出したが、そんな事はどうでもいい。返答を待つようにイライザはハーデを、いや、ハーデの頭上をじっと見る。ハーデもまたイライザを見つめている。二人とも同じ物を見ているのだ。そこに“何もないのを”確認している。ロストナンバーであるハーデの頭上に真理数が無いように、絵師イライザの頭上にも“何もない”そう“あるはずの真理数が存在しない”
――私達と同じ、ロストナンバー……――
「アナタもオナジ、ワタシわからない。エをカクするト、ゴハンもらえた。バラして、エをカクするト、イキテいられた。バラす、ワルイわかる。でもワタシ、シヌ、いや」
 ハーデの顔色から何かを察したのか、イライザは片言で呟くがハーデから何の返答も無い。少しして、イライザはふらふらと歩き出した。あ、とハーデが声を漏らすと、イライザは足を止め、きちんとハーデの顔を振り返る。
「あ、アナタと、お話したいと仰る方が、いますが、如何致しましょうか」
「イマからサンポ、アトでなら、イいよ」
 誰もいない廊下で立ち尽くすハーデは急ぎノートに今の出来事を記す。
「絵師はロストナンバー……」
 そこまで書いて、ハーデの手は止まる。三雲は絵師と話したいと言っていたし、可能なら連れて帰りたいと言っていた。だが今回の依頼はロストナンバーの保護ではない。放っておけばいいのだ。だというのに、ハーデは彼女を保護すべきかどうか悩んでいる。あの絵師が、「死にたくないから、殺してる」等と言わなければ、こんなに悩む事もなかっただろう。こういう時に限って誰の返事も無いノートを見下ろし、ハーデは生唾を飲み込むとノートを仕舞うと急ぎ倉庫へと向かう。
「絵画展示の準備に紛れ込めば、何処かで誰かと接触出来るはず」
 


  ■  ■  ■


 船に乗船したお客様には一人一室、必ず部屋が割り当てられる。乗船するまでどの部屋になるかは解らず、たとえ申し込みが恋人同士や夫婦、親族だったとしても同室になることはない。このパーティは参加者全員が仮面をつけ、その人が誰なのか解らない事が売りの一つだ。同時に、誰と何をしても秘密になるという事でもある。だから、貴族の男は自室の扉を開けると背後にいた三雲にどうぞ、と道を譲るのも、彼女が部屋に入りその後を貴族の男が続いて消えたところで、誰も気にしなかった。
「お待たせ」
 先に部屋の中にいたハーデ――既に警備兵の格好に戻っている――にそう言うと、貴族の男は仮面を外す。そこには、依頼を受けたときと同じリュエールの顔があった。彼はずっと貴族に紛れ三雲の傍に居たのだ。
「この部屋の貴族が、その姿か?」
「さぁ、どうだったかな。“お前は特別だ。だからこんな催しなど足元にも及ばない貴重な体験をさせてやろう”と言えば疑うことなく付いてきたからな」
 リュエールはこの催し物が行われた船の乗船回数が多いお客様を調べ、妊婦とお客様をすり替えた。ハーデが見た妊婦達が怯えること無く寝ていたのも、全員すり替えられたお客様だ。
自分だけが特別に呼ばれ、選ばれ、間近で鑑賞できるのだと信じている。自分の姿が妊婦に変えられ、本当に妊婦としてモデルになる事など想像もしていないだろう。
「さて、もうすぐ時間だ。一応話を纏めよう。絵師に会った二人が真理数が無いのを目撃し、絵画にもそれらしき模様が描かれていた事から、絵師がロストナンバーである事は否定できない。片言で会話が可能という事は、パスホルダーを所持していないのだろう。とはいえ、依頼内容に含まれていないのだから助ける必要もなく、この件は放置しても問題はない。そこで……」
 リュエールは三雲を振り返るとこう続ける。
「絵画に関してはあなたの方が詳しいだろう。あなたの目から見て、あの絵師がどういう人物か、想像がつくか? 私も多少は美術品に関しての知識等はあるが、絵画を見ても絵師の人となりがわからない」
 沢山の人が集まっていたので遠目にしか見ていないが、モデル制作をした結果なのだろう絵画はあった。だが、リュエールと三雲が足を止めた絵画には漁村の女性達が輝くような笑顔で描かれていた。水汲みや洗濯、漁網の補修等の普通の生活や仕事風景の様子はとても生き生きとしており、今にも波の音や笑い声が聞こえてきそうな程だった。本当にこれからモデル制作をする人が描いたのかと疑問に思う絵だが、全ての絵には共通点があった。描かれている女性達と、絵画を見ている人々。そのどちらの頭上にもある全く同じマーク――真理数にそっくりな物があったのだ。
「そう……ですわね。腕は大変素晴らしいですわ。筆遣いや色合いから、元々画家として活躍していたと思いますし、この世界に来てからも絵を描き続けているのでしょうね。絵を描く事が彼女の人生そのものなのだと、感じましたわ。彼女は……そう、彼女はとても女性を愛しています。愛しているのですが、同じくらい憎んでもいる。だからモデルも絵画も女性ばかりなのだと、思うのですが……」
 三雲が言葉を濁すと、リュエールは小さく首を傾げ続きを促す。
「申し訳ありませんリュエール様。わたくしには画家として完成している筈の彼女が“自らの手でモデル制作をする”のが何故か、理解できませんの」
「では、やはり直接話をしたほうが早そうだな」
 そう言うと、リュエールはトラベラーズノートに目を落す。
「既に操舵室は制圧済みだが座礁には予定時間より少し遅くなりそうだ。話をして時間を延ばしてくれ。連れて帰るかどうかの判断は、任せる」
 リュエールが見送る中、ハーデと三雲は貴賓室へと向かった。 



  ■  ■  ■


 既にモデルである妊婦達は会場へ連れて行かれ、貴賓室に居るのはイライザと三雲、警備兵であるハーデだけだ。三雲達が部屋に入ってもイライザはぼんやりと丸イスに座っており、話しかけても返事が無かった。時間を稼ぐのには丁度いいだろうが、三雲はぽつりぽつりと絵画の感想を話し出す。
 ハーデの話によれば絵師はモデル制作が悪い事だと理解しており、まともな道徳観念があるようだった。だからこそ、三雲には何故絵師がその様なことをするのか理解できない。数え切れないほどの絵画を見て、描いてきた三雲だからこそわかるのだ。
 イライザという絵師は絵画に己の全てを託しており、罪に手を染めるはずがない。
 そんな事をしたら“絵が描けなくなる”
「宜しければわたくしの考察、採点していただけません?」
 終始穏やかに、のんびりとした口調で三雲が語り終えると、イライザはしっかりとした視線で三雲を見据えていた。
「スコしマエ、まんてん。エをカク。それがアレバ、イイ。デモ、ズット、シリたかッタ。ヒトのナカ、ドウ、なってルか、こどもガデキたら、ドウ、かわるカ。シリたかッタ。シリたかッタ。シリたかッタ……ダメ。シってるけど、シリたかッタ」
「……それは“本物を描きたかったから”でしょうか。その目で見て、触れて、本物を描きたかった」
 三雲の言葉にイライザはしっかりと、力強く頷いた。
「ズット、シリたかッタ。デモ、ヤッチャだめ。わかる。デモ……」
「この世界なら許されたとでも思ったか? 世界の範を超えれば討伐される。それは、お前の世界でもこの世界でも変わらない。殺す者は殺される」
「マヨう、ない」
 イライザは儚げに微笑む。今すぐにでも飛びかかりそうなハーデと静かに佇む三雲の間を通り抜け、部屋を後にする。モデル制作の為に、会場へ向かったのだろう。
「残念ですが、今回はイライザ様を連れて帰るわけには行きませんわね」
「……不本意だが、ロストナンバーに関しては司書に確認を取った方がよさそうだ」
 人を殺めた人物であっても保護すべきなのか、今の二人には判断できない。出来そうな事は海軍に捕縛させるよう仕向ける事だろう。


 三雲とハーデが会場に入ると、ステージの中央に絵師が佇んでいた。視線の先には三人の妊婦がそわそわと興奮気味に座っている。三人とも“さぁどっちを選ぶんだ”と自分が選ばれるとは思っていない。選ばれた妊婦は、不思議そうな顔をしたが、直ぐに“もっと近い場所で見せてくれるのか”と思ったらしい。スポットライトの真下に立たされてもまだ、他の妊婦を見ている。
 モデルが選ばれた事で会場の温度はぐんと上がった。息苦しさを感じ、目眩を起こしたような錯覚に襲われる。ショウが待ち遠しくて仕方がないという人達の口元は歪み、仮面の奥で目が狂喜に輝いていた。
 絵師が眩しく輝くナイフを手に取り、妊婦の胸元から真下へと振り下ろした。噴水の様に血しぶきがあがると、ドンッと船が大きく揺れた。歓声とどよめきに悲鳴が混ざり、封鎖されていた会場の扉が全て開け放たれる。警備兵を押し込み、海軍が乗り込んで来ると会場は一変に慌ただしくなった。パニックを起こした客や警備兵が海軍相手に暴れだし、会場外から爆発音が聞こえ、足下には煙が漏れてくる。偽物の音と煙に困惑した人々は叫び戸惑い、海軍の指示に従って脱出を始めた。
 四人は絵師を見ていた。間違いなく見ていた。混乱に乗じて逃げ出さないよう、誰かに連れ出されないよう、ずっと見ていたのだ。
 瞬きをした瞬間、彼女の存在が消えていた。
 その出来事に呆然と立ち尽くす。四人の存在を通り抜けるように、海軍は人々を誘導し、抵抗する警備兵を取り押さえていく。


  ■  ■  ■


 規則正しく軍人が整列する港に二つの船が入港した。一つは海軍の船、もう一つは不思議な事件がおきた旅客船だ。
 航行していた海軍船が救難信号を確認、座礁していた旅客船を発見した。煙も立ち上っており安全確認の為船内に立ち入った所、血まみれの裸婦が横たわっていた。海軍が詳しく調べた所、旅客船には多くの絵画が集められており、オークションが行われる予定だったらしい。その中にあった作者不明の絵画が物議を醸している。女性の乳房を切り落とした断面や、裂かれた腹部から伸びる臓器をドレスの様に身体に纏っている裸婦が描かれており、船内では絵画と同じように仕立て上げようと女性を解体していた様子があったらしく、海軍は主犯や共犯を調べ上げている。


 依頼は無事達成された。

 

クリエイターコメントおかえりなさい。
この度は参加ありがとうございました。

グロくないじゃないかと思われるでしょうが、これも皆様のプレイングのお陰でございます。

無理無茶無謀をせず、仲間と協力し、慎重に依頼をこなし、被害者の安否は気遣う。そして、海軍が来る時間を確認し、証拠を確保し、隠滅を防ぐ為に浸水と火災をさけ、船を遭難させる。乗務員として潜入し、内部もしっかりと調べ、絵師と会話を試みる。

私がぼんやりと考えていた事を全て回収され、揃わないだろうと思っていたので驚きました。
同時に、相反するプレイングもありましたので全ては採用できませんでしたが、如何でしたでしょうか。

皆様が少しでも楽しんでいただけたら、嬉しいです。


それでは、また、お会いできることを願って。
公開日時2010-04-18(日) 21:00

 

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