「お花見行きたーーーい!」 ある日のターミナルで、世界司書・エミリエが言った。「お花見と言いますと……壱番世界の?」 リベル・セヴァンが資料から顔をあげて応じた。「そう。サクラの花ってキレイなんだって! それからお弁当に~、お団子に~」 どうもエミリエは誰かにお花見の話を聞くか本で読むかしたらしい。 しかしながらお花見の本場、壱番世界はニッポン列島においても、今年は桜の開花が早く、すでに盛りを過ぎつつある地域も多い。いやそれ以前に、ロストメモリーたちがターミナルを離れて壱番世界で花見ができようはずもないのだった。 ところが。「こいつぁ、どうすっかな……」 シド・ビスタークがやってきた。「どうかしましたか」「いや……、無人のチェンバーが見つかったんだ。広くて本当に無人かどうかはわからんので、それを確かめてから閉めちまえってさ。べつだん危険もなさそうだし放置してもよさそうなもんだがなあ……。こんな依頼、誰が受けてくれるもんかね。だいたい、何のつもりかしらんが、このチェンバーの中はサクラの樹しかありやがらねえ」 エミリエとリベルは、あまりのタイミングのよさにはっと顔を見合わせる。 かくして、無人のチェンバーの確認依頼――という名のお花見大会が行われることになったのである。 ――ようこそ、この月と桜の舞踏会へ。 彼が告げた通り、月明かりを模した丸く淡い光で、その薄暗さに桜が栄えている。 スポットの外のように、視界は自由ではないのだ。 だが、僅かな明かりだからこそ、桜の美しさが引き立つという一面もある。 ふよふよとした綿のような毛に包まれた鼻先をひくひくと動かし、ブランは微笑んだ。 彼の出した様々なお菓子はふわりと甘く、不思議ととても美味しい。「おっと紅茶が渋すぎたかな? マフィンとクッキーはどちらが好みだろう」 ブラン・カスターシェンは大仰に構え、深く礼をしてみせる。 「この度のエミリエが主催したパーティは壱番世界で『ハナミ』と呼ばれるものらしい。趣向としては桜を愛でつつ、パーティ。……で、いいんだよな?」 つぶらな赤い瞳をぱちくりさせつつ、兎の貴族は首をかしげた。 大きく伸びた耳がぴこぴこと動いている。 「心配は無用。これでも我輩、元の世界では王侯貴族の主宰するパーティに毎夜招かれていた身、社交界の礼儀はわきまえているつもりだ。もっとも、ハナミ独自の作法には疎いので不調法があればお許しいただきたい」「もちろん、ひと通りはアリッサに聞いたが――」 その瞬間。 何人かのロストナンバー達は、頬を引きつらせた。 その様子を見たブランは分かっている、と言いたげに鷹揚に微笑む。 「我輩もバカではない。アリッサの冗談好きは昨日今日に始まったことではないからな。杯に花びらが舞い降りるのが風流だとか、桜の花を塩漬けにしてそれをお湯で溶いて飲む桜湯とか、そういう冗談は、いくら我輩でも見抜くのはたやすい」 どうだ、と言わんばかりに彼は胸を張った。 「だが、桜の花の下、人と出会うキッカケを作るというのは、我輩でも良い事だと分かる。恋愛という意味では、確かポランが何か企画していたからそちらに任せるとして、ここではこの桜を縁として『友』『仲間』の縁を新たに結べれば良いと思うんだ」 ブランは指を鳴らす。 いつのまに登ったのか分からないが、桜の木の上でセクタンがぴっと敬礼をした。 ばさり、と垂れ幕が下ろされる。 真っ白な布地に、毛筆で朱書。 筆跡からしてアリッサの手によるものらしい垂れ幕にはこう書いてあった。 『新歓コンパ』 月明かりと桜吹雪に生えるその垂れ幕を眺め、ブランは満足げに頷いた。 どうだ? と言わんばかりにロストナンバーに笑顔を送る。 ブランの遥か後ろの方で、アリッサがお腹を抑えて笑いをこらえているのが見えた。 「アリッサやエミリエによると、桜の季節にはこういう名前のパーティをするものらしい。私には壱番世界の文字はよくわからないが、初めて会えたことを喜びあうという意味だそうだ」 彼はうんうんと頷くと、ふと思い出したようにあなたを手招きした。 「そこで貴殿に手伝っていただきたい。なに、簡単なことだ。来客にお茶とお菓子を振る舞ってはくれないだろうか? もちろん、来客と談笑し、共に楽しんでもらえると我輩もありがたい」 要するに、ウェイターやウェイトレスとして働け、という意味らしい。 あなたが意図を汲んだと知ると、ブランはふとまじめな顔になった。 「実はもうひとつ目的がある――」 目配せをし、彼は不器用にウィンクをしてみせた。「ここに桜餅がある。正確には、あった。アリッサが楽しみにしていたものだ」 と、小さな笹の葉を差し出す。「だが、何ということか。アリッサの桜餅がすべてどこかへ行ってしまったのだ。――ということで、貴殿らに頼みがある。犯人を推理していただきたい」 ブランはきょろきょろとあたりを見回した。 この花見会場のどこかに犯人がいる。「もちろん我輩もヒントは出そう。ただし、質問のしかたはYesかNoで答えられるものだけ。我輩は[Yes][No]あるいは[Miss]で回答する――[Miss]は、Yes/Noで答えられない質問に対しての回答だ。また「○○が犯人だ」という質問、あるいは容易に特定できてしまう質問には正解不正解を問わず、Missと答える。貴殿らも、途中で犯人が分かっても回答することやヒントを出すことはなるべく避けていただきたい」 とは言え、とブランは微笑んだ。「花見会場は広いし、犯人は他の役割を担っているかも知れない。容疑者を探すだけでも大変だな。何せ、最初に誰がここにいたのか? から探さねばなるまい。最初に見本を出しておこう。――桜餅は最初からなかった? No。あった。我輩が確認している。――犯人は人だ? Miss。この世界でヒトの定義は難しいな」 ここでブランは手を振った。 さぁ、頑張ってくれたまえ。と。 はたしてあなたは犯人を捕まえることができるのか?!注意!イベントシナリオ群『お花見へ行こう』は、イベント掲示板と連動して行われるシナリオです。イベント掲示板内に、各シナリオに対応したスレッドが設けられていますので、ご確認下さい。掲示板への参加は義務ではなく、掲示板に参加していないキャラクターでもシナリオには参加できます。このイベントシナリオ群は、同じ時系列の出来事を扱っていますが、性質上、ひとりのキャラクターが複数シナリオに参加しても問題ありません。
「犯人はこの中にいる!」 岩髭が名に似つかわしい豪胆さを持って大きく発言した。 彼に対し、一斉に注目が集まる。 「あ、いえ、その……。ご、ごめんなさい」 岩髭が名に似つかわしくない謙虚さでもっておずおずと退いた。 「まぁまぁ、そこまで言って引っ込むなよ。あんたの推理を聞いてみよう」 鰍に促され、岩髭はこほんと咳払いをひとつ。 書生服とメガネ、それに病弱そうな外見に後押しされ、幾分レトロな印象の探偵然として見える。 彼は指をたて、チェンバーの空を見上げつつ口を開いた。 「このターミナル。いえ、0世界とはプラス階層とマイナス階層の狭間にある世界です」 「……にゃ?」 何を言っているんだ、と言わんばかりのポポキの声に微笑みで答え、岩髭は言葉を続ける。 「天候の変わることすらない単調な世界、時間さえ流れていないとも言われています。チャイ=ブレの生きているアーカイヴとは、その言葉も普段は忘れられ勝ちですが、れっきとしたこの世界の構成要素です」 ちょっと声のトーンを落とし、岩髭はぼそりと呟いた。 「あ、あの、……ここから、あまり熱心に聴かなくていいですよ?」 勢いよく話し始めたわりに、何とも頼りのない前置きをして、彼は再び目を閉じ語り始めた。 「すべてに先んじてチャイ=ブレがありました。セクタンはチャイ=ブレの分身であると言われていますが、正しい事はわかっていません。この謎の存在は……」 世界図書館の書物にはこう記されていた。 『この謎の存在は、幾星霜にわたり、「すべての世界群の情報(知識)」をつねに求め続けている』と。 「ここで桜餅を奪った犯人を特定することができます。すなわち、犯人はチャイ=ブレである、と」 彼はぴしっと頭上を指差す。 むちゃくちゃだ、と言わんばかりの鰍を差し置いて彼は雄弁に語り続ける。 「すべての回答は最初からありました。覚えていますか? 誰が垂れ幕を運んだのか、誰がたらしたのか。ならば、同様に桜餅を運んだのは誰なのか! 運んだものを奪うことすら簡単だったはずです。そう、それができたのはその運び手であるセクタンに他なりません。そういうことで、犯人はセクタンです。そして、話はそこで終わりません。いえ、むしろこの事件はその先にもっと酷い暗喩を含んでいます。そしてそれこそがこの事件の本質でありチャイ=ブレの意思、即ち世界の意思、いいえ、次元の意思です。先ほど申し上げましたが、これはただ単純にセクタンの単独犯行であると思えるでしょうか? 答えは否です。セクタンがチャイ=ブレの眷属である以上、セクタンが犯した犯行であるならば、必ずそこにはチャイ=ブレが絡んでいると思わなくてはなりません。私の住んでいた世界で言うならば、外宇宙生命体が犯人と言っても過言ではないでしょう。すべてを知りたがる知的生命、そして彼の眷属であるセクタンが行ったのであれば、チャイ=ブレに取ってはそれは『必要な何か』だったのです。チャイ=ブレの思惑は現在、セクタンを通してしか知ることができませんが、ならばこそセクタンの行動からその意思を感じとる事ができると言っても過言ではありません。そう、桜餅がなくなったのは全てがチャイ=ブレの意思。これにより導き出される答えはひとつ! ……あの桜餅紛失事件は近い将来この世界が滅亡するという予言です」 「にゃ、にゃんだってー!?」 ポポキの合いの手を合図に、一気に言い切った岩髭は久々の長科白にぜぇぜぇと息を切らした。 彼の独白、もとい、演説が終わり周囲に静寂が戻った。 「にゃ、にゃ~、にゃ~。岩髭さん、すごいのにゃ~。オイラ、てっきり別の人、……人? が、犯人だと思ってたのにゃ~。……で、何で世界が滅亡するのですかにゃ?」 「そこです」 「どこですかにゃ?」 岩髭がつき尽きた指先はポポキの方をむいていたが、ポポキはそれを無視して後ろを振り返る。 その先では相変わらず見事な桜吹雪とその下で花見を楽しむ各スポットしかない。 今、爆発したり悲鳴が聞こえたりしたが、とりあえずそれは見えなかった聞こえなかったこととする。 「なにもないのにゃ」 「落語みたいな事をしないでください」 「にゃー」 一拍おいて気を取り直し、岩髭はいくぶん声のトーンを落とす。 「チャイ=ブレが食物を摂取するでしょうか? いいえ、それが必要であればもっと積極的に食物を補充する姿が見られても良いはずです。それは、例えば非常に燃費が良いと考えれば別ですが、大きさ・形状からして、何かを摂取・消化・排泄するという動物的な生活サイクルを送っているとは考えにくいのです。もしそうだと仮定するならば巨体の維持のために大量の食物の搬入・捕食風景が見られても良いはずです。また、生物にとって食物の100パーセントがエネルギー源になることは考えにくいため必ず何かの形で排泄があるはずですが、それも存在しない」 あれ? と鰍が首をかしげた。 「もしかして、ナレッジキュー……」 かと言って! と声を張り上げ、岩髭は話を続ける。 「かと言って! 見た目に従った植物的な生活サイクルだと仮定すると、チャイ=ブレに成長をしている証が見られない以上は、こちらの場合でも何らかの形で排泄が必要となります。ここで断言できることとして、チャイ=ブレは食物を摂取しない。少なくとも能動的に動くことはないし、まして桜餅のような小さな食物を意図的に簒奪する行為に及ぶことは非常に少ないはずです。だからこそ!」 彼は桜餅が乗っていたという笹を指差した。 「ここで桜餅を奪ったことにチャイ=ブレの意思が働いており、目的が栄養補給あるいは嗜好的な欲求に基づくものだとすれば、この程度の被害で収まるはずがありません。で、あれば、この被害にあった桜餅は『それ以外』の目的にあります。それは何か? と推測します。本来、チャイ=ブレが動く事はめったにありません。いいえ、まったくないと言ってもよいでしょう。少なくとも僕はチャイ=ブレの意思が直接関わったことを見たことがありません。それならば桜餅を奪ったセクタンの意図、引いてはチャイ=ブレの意図には何か緊急の必要があったことになります。通常ならば世界司書さん達の『導きの書』に描出されることでしょうが、今回はちがった。そう他の手続きやステップを一切踏まない突然の実力行使です。それも事件を大きく取り扱わず、当人、つまりブランさんが発見・調査の依頼を行わなければ発覚しなかったほどの鮮やかな手口です。通常の手続きを踏まず実力を持ってブランさんの……ツーリストの手から一方的に奪っていった。これは緊急事態である事の証明に他なりません。なぜならば、そんな非効率的なことを行う理由はチャイ=ブレにはない。少なくともこれまでもそんな事を行った形跡はなかった。欲しければ何らかの手段で穏便に献上をもとめることができるからです。ですが今回はそれが行われなかった。つまり、この桜餅紛失事件、いいえ、もう桜餅による世界滅亡計画と言っても良いでしょう。この事件はチャイ=ブレが恐れるほどの緊急事態です。トレインウォーを持ってしてでも食い止めることのできない程の災厄があの桜餅に含まれている可能性が多々あったと言うことです!」 どーん! と効果音が響いてきそうな程のインパクトで岩髭は見事に言い切った。 ぱちぱちと拍手の音がして、彼は我に返る。 「わ、わわわ、す、すみません。つい調子に乗りました。ごめんなさい、すみません」 そのまま彼は駆け足で厨房へと逃げ帰った。 「にゃ、長かったのにゃ。よくあれだけ喋れるのにゃ……」 話し始めた頃には熱かったはずのすっかり冷めたお茶を手に、ポポキは素直に感心していた。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 「それで、甘露丸の桜餅はなくなっちゃったって聞いたのだけど?」 アリッサ=ベイフルックがテーブルにつく。 ほぼ同時に鰍が紅茶のカップを差し出した。 「いらっしゃいませ、御客様。……高貴なるカスターシェン卿、そして誇り高きクムリポの戦士、両名とのひと時をお過ごしください」 「ありがとう。お花見でちょっと疲れちゃったの」 二人ににっこりとした笑みが穏やかな空気を醸し出す。 上品な手つきでティーポットからカップへとお茶が注がれる。 アリッサがティーカップを見て微笑むのを確認し、鰍は気取った顔をふっと緩めた。 「――肩が凝るな、コレ。真面目モードは何秒も続かないもんだ」 「いいよ、自然にしてくれてたほうが私も気楽だもの。ところで私の桜餅がなくなったことと、高貴なるカスターシェン卿、と言うのがどうしてあそこで縛られてるのか聞いてもいい?」 彼女が視線で示した先には、ブランが後ろ手に縛られ耳をぺったりと垂らしていた。 いつのまにか岩髭が幸福そうにもふもふと耳をなでている。 その姿を見て、鰍はしまったと呟く。 「……先を越された。……あ、ええと、それは聞くも涙、語るも涙なんだが」 返事をしつつ鰍とポポキはアリッサと同じテーブルにつく。 肉球もふもふカフェ、としては肉球やもふもふの接客も業務内らしい。 ポポキが桜の下、まだ盛り上がっている周囲を見渡した。 「最初は各お花見スポットでこれみよがしに桜餅を食べている人達があやしいんじゃないかと思ったにゃけど、数々の質問の答えと完全に合う人達は居なかったのにゃ。例えば、クロハナさんは「男」じゃないし「ツーリスト」でもないのにゃ」 「あの犬の司書だと、お餅系食べると上あごと下あごがくっついちゃうだろうしな」 いつのまにかテーブルには大判焼きとおはぎが出ていた。 紅茶の入ったティーポッドも、気がつけば香ばしく焙じたてのお茶が入った急須へと変わっている。 ポポキは手に持った湯のみに口をつけず一旦テーブルへと戻した。 温度で敬遠したのだろうか。 なるほど見た目通りの猫舌らしい。 「では、誰が桜餅を盗んだ犯人だと全ての質問の答えと矛盾しないか。とっても悩んだのにゃ。そして、考えてみたらこのまわりにそんな人が一人居たのにゃ。それは……「ブランさん」ですにゃ。ブランさんは「20代。男。ツーリスト」ですにゃ。そして、盗んだ犯人がブランさんだとすれば。食べた犯人は、鰍さんと岩髭さんとオイラの3人ということになるのにゃ。オイラ達とブランさんを合せて「4人。女性ではない。犯人が“ツーリスト”とは言えない」みんな矛盾しませんのにゃ」 そう矛盾しない、と鰍が言葉を継ぐ。 「花見の席を設ける人間の誰かが、桜餅を盗んで自分の席で振舞ってる、なんてどうだい。……例えば、今、ポポキが推理した彼みたいにね。ブラン?」 「にゃ~にゃ~。いつのまにそんな事をしたのにゃ~」 「彼は自分の管理していた桜餅を持ちだして、ここに居る俺ら三人に振舞ったんだ。覚えてないか? 集まった時にお菓子と紅茶でもてなされただろう?」 にゃ、とポポキが声をあげた。 思い返す。 彼の出した様々なお菓子はふわりと甘く、不思議ととても美味しかった。 そして、彼の科白。 『おっと紅茶が渋すぎたかな? マフィンとクッキーはどちらが好みだろう』 ……マフィンとクッキーと言う言葉だけが印象に残っていた。 しかし、彼は『様々なお菓子』を出していた。その中にあっただろうか、桜餅が。 一通り思い返し、程よく覚めた煎茶を手にしたポポキが嘆息した。 「にゃ~。鰍さんが、あの時点で答えにたどり着いていたらすごいのにゃ~。流石はプロの探偵さんなのにゃ。脱帽にゃ」 「ま、受けたんだから仕事はきっちりしますよ。ただ、俺喋ってないと死ぬんで、騒がしいのは大目に見てくれな」 「にゃ~にゃ~ 死んじゃうのにゃ? 夜中は一人で喋ってるのにゃ?」 「え? 冗談に決まってるでしょ。死なない死なない。はははっ、まぁ受けたお仕事はちゃんとするぜ」 「にゃ~、死なないでよかったのにゃ。夜な夜なチェンバーで独り言を言い続けるのは不気味なのにゃ」 ふぅん、とアリッサが相槌を打った。 いつのまにかテーブルに出されたハト麦茶を手に、彼女のきらきらした瞳が「続きを聞かせて」と訴えている。 「って事で、ブランの言う『食べた犯人』は俺達。まんまとしてやられたよ、まさか実物食べさせてから事件持ち出すとはなァ」 「ということは、オイラ達が知らず知らずのうちに、アリッサさんの桜餅を食べてたのにゃ~。にゃ~にゃ~、アリッサさんに謝らないといけないのにゃ」 にゃーにゃーと鳴いていたポポキは、何か思い立ったかのように裏へ引っ込むと、タキシードを纏った姿で再び戻ってくる。 「お詫びにオイラはタキシード姿でアリッサさんを接客しますのにゃ。アリッサさん「もふもふカフェ」にようこそなのにゃ」 アリッサはとても楽しそうに目を細めた。 「ありがとう。それじゃあ早速」 彼の差し出した番茶が冷めるのを待つ間に、ぽふぽふ、もみもみ、と彼の毛皮と肉球を楽しんでいる。 「にゃ~にゃ~」 頃合か、と鰍が席を立った。 準備した釜をあけると煮詰まった砂糖がどろどろに蕩けている。 「さて、それでは俺からのお詫び。飴細工って知ってるかい?」 言いながら彼は二本の棒を器用に動かし、暖かい飴をくるくると練っていく。 耳をつけ、鼻を伸ばし、腕を振るうと、透明なゼリー状の飴が冷えて固まる頃には犬のマスコットへと変わっていた。 「うわぁ……。すごい! すごい!」 アリッサが明るく拍手を送った。 どうやら予想以上に喜んで貰えたらしい。 「ここまではほんの余興、さて、ここからが本番だ」 飴をたっぷりと棒に取ると、しばらくこね続ける。 ゆっくりゆっくりと棒をあげると、やがて冷えた飴は硬度を増していく。 途中でぴたり、と動きを止めると重力に従って飴は下方へと落ちる。 涙滴の形で固まった飴にちょいちょいっと鉄の棒を押し当てた。 じゅっと音がして飴が焦げた所を見ると、焼けた鉄棒だったらしい。 その焦げ目が目となり、鼻となり。 「わぁ、セクタンになった」 セクタン・デフォルトフォーム。 赤い飴はまたたく間に0世界でお馴染みの形へと変化した。 「次はフォックスフォーム。こいつはちょっと難しいんだよな」 鰍は調子良く喋りつつ、手を止めず、ほんの数十分でセクタンの各フォームを飴細工で作り上げ、テーブルに並べた。 ポポキとアリッサが二人で拍手を送る。 「にゃ~、にゃ~。すごいのにゃ~!」 手元の玄米茶とおはぎをテーブルに置いて、綺麗に仕上がった飴細工を眺める。 「でも、セクタン・ドルフィンフォームとか、セクタン・セントバーナードフォームとか、セクタン・ベルツノガエルフォームとか、あとセクタン・ケンミジンコフォームって、見たことないのにゃ」 「そこはちょっと作りすぎたかな?」 はっはっはっと笑う鰍の手元、ずらりと並んだ飴細工の数々にアリッサは目を輝かせていた。 彼女の前で鰍は優雅に一礼する。 「喜んでもらえたかな? 知らなかったんで、って言ってもしかたねぇけど、とりあえず、諸悪の根源ブランはあそこで縛っといたから好きにしてくれ。後は、飴細工ともふもふとぷにぷにの肉球のおもてなしで機嫌直してくれよ」 「うん、なおったわ! すごいね、飴細工! あと、このぷにぷに、しあわせ!」 アリッサに手を握られ、真剣にぷにぷにと手を突っつかれる。 「にゃ~にゃ~。照れるのにゃー」 ポポキはもう片方の手で額をぽりぽりと掻く。 ともかく彼女の機嫌は上々で事件も許してもらえたらしい。 一仕事終えたとばかりに鰍も椅子に座り、差し出された緑茶をすする。 大判焼きを頬張ると焼きたてなのかとても美味しい。 「……良かった。冷蔵庫の中、プリンじゃねぇけど何か置いたままだったからな、避難させとかねぇとって思ってたんだ」 「ああ。エクレアのこと?」 「そうそう。エクレアだっけ、こないだ商店街で見かけて買ってきたんだ。わりと有名な喫茶店の手作りエクレアらしいぜ? けっこううまそうだったんだ」 「うん、おいしかったよ」 さらりと言ったアリッサの言葉を理解するのに十と数秒。 「あ、ああ、そうか……、そりゃ良かった……。ちょっと高かったのに……」 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ アリッサが満足たっぷりという表情で席を外した後、彼らはブランを取り囲んでいた。 鰍がにっこりと微笑む。 「……で、自白なら幾らでも訊いてあげますよ? なんでこんな事したの、また。 花見を盛り上げるため、とかなら別にいいけど俺らを巻き込まないでほしかったね!?」 「にゃ~にゃ~。オイラ達を犯人にしてから依頼を出すなんてひどいのにゃ~」 はっはっは、とブランが鷹揚に笑っている。 ただ縛られた姿のままでは優雅な仕草もちょっとぱっとしない。 そこへ「まぁまぁ」と岩髭がお盆にドクダミ茶を淹れてやってきた。 「さっきお花見中に『この余興こそが一番のもてなしなのでは』と言っていて思ったのですが、犯人の動機はおそらく客をもてなしたい、つまり楽しんでもらえたらと思って桜餅を盗んだのではないでしょうか? ほら、初めから、あくまでも花見の余興と宣言もされていたのですから」 テーブルへ湯気の立つ湯のみを置いて、彼は穏やかに笑った。 「なればこそ、自分なりに犯人の心意気に報いる事はできないかな、と思います」 「……にゃ? じゃあ、最初に岩髭さんが言ってた『世界は滅亡するのにゃ!』『にゃ、にゃんだってー!?』とか言うのは何だったのですにゃ?」 岩髭は少し照れくさそうに頷いた。 「ええ。質問を纏めていて、他の方達は犯人達について判っていると思いましたので、探偵役は皆さんにお任せしまして僕はあえて正しい推理ではなく面白い推理をしてみたい。と思いました」 名前が毒々しいドクダミ茶だが、飲んでみると苦味はわりと爽やかな印象を受ける。 書生然とした岩髭の風貌と相まって、何とも言えずレトロな味に思えた。 「挫折したけれども作家を目指していたという威信をかけて、がんばってみたんですよ。本当はコトリ説や他の来訪者さん、司書さん犯人説もいろいろと用意してみたのですが、……すみません、注目されたので逃げ出してしまいました」 「にゃ~。面白かったのにゃ~。すごいのにゃ。にゃ~にゃ~。もしかしたら、最初から分かってなかったのはオイラだけなのにゃ? にゃ~。そうだとしたら恥ずかしいのにゃ~」 にゃーにゃーと鳴き続けるポポキの手元にジュースが置かれる。 彼が顔をあげると一一 一(ハジメカズ・ヒメ)嬢がお盆を手に元気に笑った。 「こんにちはっ、まだまだお花見は続きますよっ! ところで、ブランさんはどうしてあそこで縛られてるんですか?」 「にゃー。ああいう遊び方をしたいそうなのですにゃ」 「なるほど、変な趣味があったんですね。ところでポポキさんの後ろで癒されてる人は誰ですか?」 そういえば、と振り込むとポポキの肉球を手に、毛皮をもふもふと堪能しつつ幸福そうな表情の小竹がいる。 あ、先を越されたと岩髭が呟いた。 いいんですか? との一嬢の質問にポポキは「にゃ~ オイラはこのくらいなら構わないのにゃ。……男ですにゃけど」と応じる。 気がつけばいつのまにかスポットの周囲に人が増えていた。 アリッサが言いふらしたのだろう。 鰍に飴細工をねだるロストナンバー達が人だかりを作っていた。 「おっと、お仕事ですね」と、岩髭もお茶とお菓子作りへと戻っていく。 にゃ、とポポキが鳴いた。 タキシードのしわを器用に伸ばし、銀盆にお茶を乗せる。 いつのまにかテーブルには人が増えてきた。 ウェイターの一人、鰍の方は飴細工は大人気らしく、ウェイター業まで手が回らないらしい。 かと言って岩髭は人前に出ないで裏方に徹すると宣言していた。 オイラしかいないのにゃー、とポポキは呟いた。 深呼吸。 彼は大きな声を張り上げる。 「いらっしゃいませなのにゃ、肉球もふもふカフェ、もう少しの間、営業していますのにゃー。お花見が終わるまで、どにゃたさまも満足してもらえるよう頑張りますのにゃー」 0世界、エミリエの掛け声から始まった一連のお花見は今もまだ随所で賑やかな声があがっている。 この肉球もふもふカフェでも、他のスポットでも、笑顔と笑い声が足りない。 きっと時折悲鳴のような声があがっているのは気のせいに違いないはずだ。 うん。きっと、気のせいだ。
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