「お花見行きたーーーい!」 ある日のターミナルで、世界司書・エミリエが言った。「お花見と言いますと……壱番世界の?」 リベル・セヴァンが資料から顔をあげて応じた。「そう。サクラの花ってキレイなんだって! それからお弁当に~、お団子に~」 どうもエミリエは誰かにお花見の話を聞くか本で読むかしたらしい。 しかしながらお花見の本場、壱番世界はニッポン列島においても、今年は桜の開花が早く、すでに盛りを過ぎつつある地域も多い。いやそれ以前に、ロストメモリーたちがターミナルを離れて壱番世界で花見ができようはずもないのだった。 ところが。「こいつぁ、どうすっかな……」 シド・ビスタークがやってきた。「どうかしましたか」「いや……、無人のチェンバーが見つかったんだ。広くて本当に無人かどうかはわからんので、それを確かめてから閉めちまえってさ。べつだん危険もなさそうだし放置してもよさそうなもんだがなあ……。こんな依頼、誰が受けてくれるもんかね。だいたい、何のつもりかしらんが、このチェンバーの中はサクラの樹しかありやがらねえ」 エミリエとリベルは、あまりのタイミングのよさにはっと顔を見合わせる。 かくして、無人のチェンバーの確認依頼――という名のお花見大会が行われることになったのである。――――――――――――――――――――「…………これが『サクラ』か」―――故郷の花に少し似ている、と満開の桜の前を見ながらおもう おれの名前は明日葉、今いる場所はこの前見つかったチェンバーの中だ。 このチェンバーは持ち主が分からないチェンバーで、現在ここの持ち主がいないか、この場所にたくさんのロストナンバー達が調査をしにきている。おれもその1人として今回ここに来たんだけど………「…………これってほんとに『調査』なのか?」自然にため息が出る、原因は今回の内容に、だ。『え~~と……あっ、スイマセン。もしかしてあなたは『明日葉』サンデスカ?』『え、あぁ……そうですけど』『あぁ、ヨカッタ、見つかりマシタ。始めまして、私の名前はロイシュと言いマス。今日はチョット明日葉サンに依頼を届けに来たのデスヨ』 きのうどこかで見たことがある、はだが紫色をのぞけば壱番世界の人間に良く似た大人に呼び止められて、『えっとですね、明日葉サン最近発見された無人のチェンバーをご存知デスカ?』『あ、はい知ってます。この前だれも使っていないチェンバーが見つかって、こんどそこを調査する依頼が今はいってきてるんですよね。もしかして、じぶんもそこを調査するんですか?』『ハイ、それで明日葉サンにある桜の場所を案内して欲しくて、今日ご都合を伺いにきたのデスヨ』 自分にとって始めての依頼に、あの時すぐに『はい』って言ったけど、けどな、『それでどこを捜索するんですか?何か注意することってあるんですか?』『ン~~~そんな堅苦しい事はありませんケド……明日葉サンにはお花見をイッパイ楽しんで来て欲しい事デスネ』――― 「オハナミ」ってなんだ? おどりの名前か?最初その意味がぜんっぜん分からなくて止まっていたら、『アァ、お花見は全く難しくないデスヨ?とっても楽しい行事で、桜の木の下で皆さんと一緒に桜を見ながら楽しむんデス』『……はぁ』『ン~~明日葉サン。そんなに緊張しなくてもいいんデスヨ。ルールも特にありませんし、普通にしてれば大丈夫ですカラ』 その後いろいろさとされて、特にルールも教えられず今日こうしてここにきたけど、「……本当にこんな仕事でいいのかな」 正直不安がありすぎる。きのうの、しかも0番世界の日本と言う場所だけしかない行事をさいげんしろって言われてもその情報が少ないだろ。 とりあえず弁当やお団子がいるらしいからはたごやのおかみさんにたのんで作ってもらって、飲みものもお店の人に選んでもらったけど、後は本当に分からない。「ひつようなら教えてもらった『オウサマゲーム』とかやれば楽しめるらしいけど、来た人、楽しんでくれるかな?」 けど、おれが決めたんだし、任されたんだ。ちゃんと最後までやらないと。『もし明日葉サンが大変でしたら、他のロストナンバーサンに聞いてみれば如何でショウカ? 1人で悩んじゃうよりきっと良い考えが出ると思いマスヨ』「……まぁ最悪、来た人にどんなことをしたいか聞こう。恥ずかしいけど」 あの世界司書の言葉を思い出しながら、おれはなるべく平らな桜の木の下にブルーシートを敷き始めた。今回の結果がどうなるのか考えながら……――――――――――――――――――――!注意!イベントシナリオ群『お花見へ行こう』は、イベント掲示板と連動して行われるシナリオです。イベント掲示板内に、各シナリオに対応したスレッドが設けられていますので、ご確認下さい。掲示板への参加は義務ではなく、掲示板に参加していないキャラクターでもシナリオには参加できます。このイベントシナリオ群は、同じ時系列の出来事を扱っていますが、性質上、ひとりのキャラクターが複数シナリオに参加しても問題ありません。
持ち主不明のチェンバー そこは数多の桜が咲いていて、数多の存在がそこへと花見にやって来ていました ある場所では一考投じた大会を、またある場所ではしとやかな談笑が溢れていて 何時もと違う雰囲気を楽しむ中、今回はとある場所の桜の下 この状況を楽しんでいた御三方に焦点を合わせた、あの日在った出来事を チョット変わった形で此方では紹介させて頂きます Side1:あれっ 一人多いぞの場合 彼は己を定める個が御座いません、しかし其れは転じてどの個にも真似る事が出来る事が出来ます。彼はその個を活かして、実は今回の3名様の中で一番活躍されていたようでした。 最初は花見の開始前、明日葉君が訪れる人達の為、かなり大きいレジャーシートを敷く時に、彼と一緒に敷くのを手伝いながら、こっそり小さなござを敷いていた模様。 その際明日葉君はレジャーシートを手伝ってくれた事には感謝をしましたが、何時の間にか敷かれていたござは不思議に思い、知る事無くござを綺麗に畳んで荷物置き場に置いてしまいます。その時彼は別の場所でどんちゃん騒ぎをしていた為、其れを彼が気付くのはもう少し先です。 次に彼が現れたのは会場で不可思議なお花見が行なわれた時、その際はカルヴィナート嬢と一緒に、踊り手として回っておりました。 その時の彼女の記憶によれば3人以上で踊っていた筈、しかし彼女の記憶は間違っておりません。彼女が一緒に踊っていたのは複数居た彼「達」なのですから。 また次に彼が現れたのは長手道 もがも様、小竹 卓也様、木乃咲 進様が明日葉君の用意した王様ゲーム、『腹黒王の悪ふざけ』の表紙を覘いている時です。そのゲームに漂う雰囲気が、ポラン嬢の用意した『ボンダンス・マンドラゴラ』を超えるであろう禍々しさに危機感を覚える中、彼らに混じって覗き込んだ瞬間、彼は偶然明日葉君の頭を少しずらしておりました。 その瞬間タイミング良く卓也様が顔面蒼白になって叫びます、殆ど同時に進様も真剣に『腹黒王の悪ふざけ』を否定したお陰で明日葉君がこのゲームの恐ろしさに気づき、今回はこのゲームの使用を避ける事が出来ました。 実は先程の彼の行動によってこのゲームは確実に阻止出来たのですが、その理由はまた後のお話で。 その他の場面では、彼はお酒を飲んでいたようです。在る時は隅の方でヤケ酒を飲んでいる女の子として、またある場所では花見客に酒を勧める中年男性として。 途中未成年にお酒を勧めていましたが、その際はペッタンRで全て止められていたのでご安心を。 そして最後は虎部 隆様の一気飲みに付き合って酔いが回り、自分の敷いた筈のござの場所で寝転びましたが……最初の明日葉君のお陰でほぼ緩衝材無く、まるでお約束のようにごつりと頭をぶつけてしまいます。 その後冷やしタオルやつまづかれたりしながら、彼にしては長くその場に居る事になりました。 最後に花見が終焉を迎える頃、そろそろその性質故に動き出そうとした所で、ふと彼は偶然にも上を、山桜を眺める事になりました。 元から有った濃い桃色は、すっかり沈んだ夜の中で宍色になりながらも、ある時はライトアップによって桜色と錆鼠色の陰影の着け、またある時は灰白色の紙吹雪と不思議な対比を見せていました。 それは彼とは違い、山桜と言う個で在りながら、違う表情を見せる対極的な存在で それは彼にとって、決して成る事の出来ない存在でもあります それを今日始めて眺め続けています、何か思う事が在るかのように…… しかし残念ながら彼に自我があるのかは誰にも判らず、どう思ったかさえ知る術は有りません。しかし、彼は確実にその景色を、ほんの少し長い時間見ていました。そして眺めるのを止めた後、また彼は別の場所へと、また別の個として、疎らになった夜の桜並木へと消えて行きました。 Side2:NADの場合 彼には物理的な体は有りません、その為彼の姿は肉眼では見る事が出来ません。 そのため最初明日葉君にテレパシーで話し掛けた時、明日葉君がかなり驚いたのは当たり前でしょう。必死に周囲を明日葉君が見渡す中、彼は臆する事無く自分の特徴を解説しながら、明日葉君に提案をしました。 『……さて、君はお花見気分が知りたいと、それは簡単な注文だな。どうやら今日は、その花見とやらで浮かれ気分のやからが一杯いるようだ。彼らの精神的快楽を君にコピーしてあげよう。これで君はあっという間に花見マスターだ』 彼は「精神生命体」と言うその特殊な存在故に、特技として他者の精神に干渉し、その人の気持ちを知る事が出来れば、その感覚を他人に直接情報として送る事が出来ます。 その特技を活かして、どうやら花見の時に感じる感情を明日葉君にコピーする事で明日葉君にお花見を教えるようなのです。 その説明に若干の不安を覚えて、明日葉君は少し辞退しようと努力しますが…… 『何礼には及ばない、私も世界図書館の一員、たまには仲間を思いやるのだ』 さらりと流されてしまいました。コピーはお花見の始まるように約束は出来ましたが、結局明日葉君の不安は消えませんでした。 『さあたっぷりと感じたまえ』 まずは明日葉君が目を覚ました時、彼は人が花見に対して感じる一般的な感情をコピーしました。 最初に緊張と期待の入り混じった「皆で乾杯をする気持ち」を、次いで心地好い一体感が感じられる「宴会芸で盛り上がる気持ち」を明日葉君に写します。 『どうだ楽しかろう? そら次は、桜を愛でながら酒をすする陶酔だ』 その感情が明日葉君に届いたのを感じつつ、ほんの少し上機嫌になりながら、更に少し大人向けの、赴きある感情も加えて行きます。 しかし今度は思ったような反応がありません。不思議に思い明日葉君の意思を覗き込むと、どうやら彼は目の前で彼の知らないお花見の行事によって生贄となり、炙られている隆様と進様の姿に楽しむ以上の狼狽が心を占めている様子。 『ふむ、この花見に対する情報は全く知らないが……』 とりあえず助け舟となる知識をコピー 結果、反射的に明日葉君はバケツで火を消火し、御二人がスモークマンドラゴラのようになるのは阻止出来ました。その時明日葉君はそれが彼の助言と気付きましたので、心の中で『ありがとうございます』と思います。実はこれは相手の精神を読む彼に伝えるには一番良い方法で、それは彼にちゃんと届きました。 それから特に教える情報も無くその場所に居続けていると、明日葉君がまた疑問に思うことがあったようです。その様子を詳しく調べてみると、どうやら件の王様ゲームの恐ろしさを知らぬ模様。 『おお、これは簡単ではないか』 それは彼にとってそれはお花見より簡単な注文でした。彼の用いていた「養殖」に似ていたからです。 『ふむ、ではまず打撃による首への衝撃と脳震盪の感覚を。次は孤独感を己の行動によって更に高まる矛盾を加えよう。次は……』 慣れた反応でカードに書かれた情報を、彼なりのスパイスで全て表現し、恐らく彼にとっては「料理」ように、「情報」を創りあげ、明日葉君にコピーしようとした瞬間です…… 何と彼の知らぬ間に明日葉君への焦点がずれていたのです! ! その為彼が創った情報は明日葉君へは行かず、誰も居ない、いいえ、僅かに数名の方々に触れたような位置を通って消えて行きました。 理由は予想がつきました。酒に飲まれる雑多な感情を孕んでおきながら、コピーする事が出来なかった、あれっ 一人多いぞ様でしょう。 しかし彼は気にしませんでした。その考察の間に王様ゲームは封印され、感情の判らない存在に構っても、彼の行動原理にとってソレは無意味なだけだからです。教える事が無くなった彼はお花見が終わるまで、暫しこのチェンバーに感情を食べ廻る事にしました。 『どうだね花見とやらはマスターできたかね?』 太陽が沈み、多くの存在が帰還する頃に、彼はこの場所へ戻って来ました。 そして彼の出した質問に気付いて、少し驚きながらも明日葉君は考えます。 その感情を見てみると、子供ながらに答えは有るようで、中々期待出来るようです。 そして少し経ってから明日葉君は返事をしました。しかしそれは明日葉君が思ったので、それは彼だけしか理解できません。 そして彼だけが知るその返事は、今回の彼のお土産として、持ち帰られたそうです。 Side3:虎部 隆の場合 彼は前の2人とは違いごく普通の心と、体を持っています。それでいて人よりもほんの少し悪戯好きで、今回はそんな様子が色濃く伺えた一日になりました。 「お、何あんた。日本人ぽいのに花見しらねーの? ほら、起きて!」 最初に口元をニヤリと弧を描きながら、明日葉君を起こします。 そしていきなり上級クラスのお花見を伝授。一応本に書かれている内容だそうです。 因みに内容は参加者の中から1人生け贄を選んで桜の枝に吊るし、その下で焚き火をしながら「燻製じゃー!」等叫びながら踊り手が桜の周りを踊ります。その時散る花びらを生け贄と踊り手が口で奪い取り合って新年度の吉兆を占うもの。習得には5年掛かるそうです。 勿論コンダクターの方々にとってそれはかなり訝しく、見方によっては暗黒儀式にも通じるお花見でしたが、ツーリストの明日葉君は半分だけ信じ、カルヴィナート嬢以下の興味を持った複数のツーリスト方々がその祭りを実践するという、意外と信じられました。 ですがその反動なのか、後に義兄弟の進様と共に生け贄として燻製になりそうになり、儀式によってポラン嬢とボンダンス・マンドラゴラを召喚(?)する事態にまで発展します。 今となってはかなり楽しい思い出ですが、流石にこれ以上は怒られる可能性も有るので此処で収拾する事にました。その際、進様による油性ペンの制裁が待っていましたが、反射的に起き上がりそこは何とか阻止したそうです。 その後「飲みニケーション」なる日本独特の技術が展開したり、新たな義兄弟が誕生すれば、その傍らでは「腹黒王の悪ふざけ」を阻止したりと、所々話題になりそうな話題が出ながらも、最初の話題に比べて穏やかで、特に問題も無く時間は進んで行き、さて掃除も済んで皆が帰宅の準備をする頃まで時間は進んでしまいました。 「なぁなぁ、閉鎖される前にみんなで記念写真撮らね?」 ふと彼が思い出したように記念撮影の提案をしました。その提案に殆どの人が賛同して彼の居る山桜の周囲に集まります。 しかし何故か明日葉君だけがその賛同に少し困っているようで、その姿が彼の目に留まりました。不思議に思い聴いてみると、どうやら明日葉君は写真を撮っても良いか聞いていなかったので、撮っても大丈夫なのか考えているようでした。 それを聞いた時、彼は少しだけくしゃりと顔をゆがめました。そして「困らせてごめんな」と、そんな明日葉の頭を撫でて言いました。 「でもいいじゃん?どうせ閉鎖するチェンバーなんだし、最後くらいさ。最後にみんなでこんな素晴らしい所にいたよーって証拠を残しといてもさ」 それはまだ明日葉君には思いつかない考え方で、上手く理解できた訳ではありませんでした。 「いつか誰かがこの写真を見て、ああ、何て素敵な日々があったんだろうって思い出すくらいにはさ。そうは思わねえ?」 けれどもにかっ、と笑うその目を見た時、不思議と彼を信用しても良いと思えました。 その時、明日葉君のすぐ隣でフラッシュが光り、何時の間にかカメラを持った人が桜を写しています。それを見た彼、いえ彼はまるで水を得た魚のように集まった、彼が誘って先程よりも増えた人達と一緒に準備をテキパキと進めて行きます。これではもう止まりません。そんな様子を見て、少しだけ頭をかいて、最後は明日葉君もその中へと交ざって行きました。 後日、出来上がった写真はその時写った人全員に配られ、そしてあの夜一足先に帰られて、一緒に撮れなかったカルヴィナート嬢に向けて、彼が空に『ありがとう、忘れないよ』メッセージが送られたそうです。 それを各々が受け取って、どんな反応をしたのかは、もらった人達だけの秘密です。 ……さて、これで御三方のお話はおしまいです。皆さんはどう思ったのでしょうか? 今回はこの御三方の一日を書き記しましたが、実際に今回のチェンバーではもっと多くの方々が楽しんでいました。 その方々がそれぞれの場所で花見を行い、それぞれの観点で花見を知り、それぞれの基準で花見を楽しんだこの場所は、今は閉鎖されています。 しかしそこで行なわれた思い出は消えず、その時起こった感情は、今でもその人達の心の中で、その人に合った形で残るのでしょう。 そしてもし、また来年その場所が開かれるのなら、あの御三方のように一風変わった、それでいてその人に合った一日が展開されるのでしょうか? そのお話は来年のまた、この季節になるまでお待ち下さい 【END】
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