「お花見行きたーーーい!」 ある日のターミナルで、世界司書・エミリエが言った。「お花見と言いますと……壱番世界の?」 リベル・セヴァンが資料から顔をあげて応じた。「そう。サクラの花ってキレイなんだって! それからお弁当に~、お団子に~」 どうもエミリエは誰かにお花見の話を聞くか本で読むかしたらしい。 しかしながらお花見の本場、壱番世界はニッポン列島においても、今年は桜の開花が早く、すでに盛りを過ぎつつある地域も多い。いやそれ以前に、ロストメモリーたちがターミナルを離れて壱番世界で花見ができようはずもないのだった。 ところが。「こいつぁ、どうすっかな……」 シド・ビスタークがやってきた。「どうかしましたか」「いや……、無人のチェンバーが見つかったんだ。広くて本当に無人かどうかはわからんので、それを確かめてから閉めちまえってさ。べつだん危険もなさそうだし放置してもよさそうなもんだがなあ……。こんな依頼、誰が受けてくれるもんかね。だいたい、何のつもりかしらんが、このチェンバーの中はサクラの樹しかありやがらねえ」 エミリエとリベルは、あまりのタイミングのよさにはっと顔を見合わせる。 かくして、無人のチェンバーの確認依頼――という名のお花見大会が行われることになったのである。 *『レッデェェェェェーーーーースエーーンジェントゥルメェェェーーーーーン!!!』 一本の大きな桜の木の下、敷かれたビニールシートにどっかと座る世界司書アドルフ・ヴェルナーの頭の上で、赤と青の派手なストライプの一張羅に赤の蝶ネクタイを付けた手乗りサイズのウサギのフォログラムが、マイクを片手に喋っていた。『さぁさ、そこの若いお姉さんから古風なお姉さんまで……ああっと、いやいや、老いも若きも男も女も、ずずずいっと参加してみないかい?』 軽いノリで話すウサギ。勿論、ロストナンバーでもロストメモリーでもない。ヴェルナーが作った発明品の一つ、頭に乗せるだけで“シャイな貴方もこれで安心! 思考を勝手に垂れ流してくれるシャベラビット――時々思考と違うことを喋るのがたまに傷”である。『零番世界マッドサイエンティスト協会、略してZ.M.A.は、今、若きマッドサイエンティストを探している!!』 シャベラビットはヴェルナーの代わりに力を込めて熱く語り続けた。『我こそはってキミ! ここに名前を書いてくれ! えぇい、今日は大盤振る舞いだ! 入会金無料! 月会費も無料だぜ! 何? 年会費を取るんだろう、って? HAHAHAHAHA! こりゃ一本取られたな』 ヴェルナーの前にはZ.M.A.会員名簿と書かれた大学ノートが無造作に置かれている。勿論、ボールペンだってちゃんと添えられていた。 どうやら花見にかこつけてZ.M.A.会員を募ろうという魂胆らしい。 しかしシャベラビットを物珍しげに立ち止まって見る者はあっても、ボールペンを取ろうという者はなかなか現れない。『エー、ワタシ科学者ジャナイカラ、デッキナーイ!! ッて諸君! 安心してくれェ!! 我々は実験に協力してくれるモルモッ……もとい、協力してくれる勇者も募集してるんだァ!』 そうしてシャベラビットはヴェルナーの傍らに置かれた人体模型のようなものを指差した。 全部シャベラビットがヴェルナーの思考を代弁してくれる。しかしヴェルナーは、珍しく口を開いた。「のおのお、そこの、おぬしじゃ、おぬし。改造されてみんかの?」 まゆつばなヴェルナーの言葉に、ノートにチラリと視線を走らす。 そこには達筆でこう書かれてあった――。【募集1】 来たれ! 科学者・発明家!! マッドと付くと尚良し。 実験用発明品持込大歓迎!!【募集2】 来たれ! 実験に参加してくれる勇者たち!! 成功からは何も学べないが失敗からは多くの事を学ぶことが出来るのだ。【募集3】 ドンと来い! 発明案。 こんな発明品を作って欲しいというアイディアも大募集。 ※発明案はその場でさくっと作って即実験!!『ってなわけで、この際、マッドストューデントだろうが、ただの科学者だろうが、通りすがりの野次馬だろうが構わない!! ずずずいッと集え、Z.M.A.ェ!! 桜の花の下、豪華絢爛大実験大会の始まりだァ!!』*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・!注意!イベントシナリオ群『お花見へ行こう』は、イベント掲示板と連動して行われるシナリオです。イベント掲示板内に、各シナリオに対応したスレッドが設けられていますので、ご確認下さい。掲示板への参加は義務ではなく、掲示板に参加していないキャラクターでもシナリオには参加できます。このイベントシナリオ群は、同じ時系列の出来事を扱っていますが、性質上、ひとりのキャラクターが複数シナリオに参加しても問題ありません。*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
●改造しましょ!(或いは、これまでのあらすじ) 吹雪くほどの花びらをつけた満開の桜の木の下で熱弁を振るっていたシャベラビットに一人の男が足を止めた。 「ほほう、アドルフ・ヴェルナー…噂に違わぬ狂人っぷりらしいな」 『また、面白そうな奴が来た』とばかりにシャベラビットがしげしげと男――アインスを見上げる。アインスはシャベラビットに一瞥をくれると、その下の男に好意的な右手を差し出した。 「気に入ったぞ。いつも愚弟が世話になっている」 「うむ」 アインスの弟が誰なのか今一つわかっていないくせに、ヴェルナーは大仰に頷いてアインスと握手を交わした。 「さて、私はキミの演説……もとい、その帽子の演説に惹かれて足を止めてみた訳だが、どうにも盛況しているとは言い難いな」 アインスがヴェルナーの後ろを見やりながら言った。つられてヴェルナーも振り替える。 シャベラビットが眉尻をピクンと跳ね上げアインスに食ってかかった。 『ほっとけ! みんなコタツ型怠惰人間製造器にやられてるだけだ』 なるほど、そこにはコタツがあって、コタツの四方八方からは人が上半身だけ出し、寝そべったり、寝転がったり、コタツの上の重箱をつついたりしていた。 コタツの上には健が弟子入り志願のために持ち込んだ付け届けの、菜の花ちらし/太巻きやいりどり、春野菜の天ぷら/出汁巻き卵/フライドチキン/ロシアンおむすび/果汁0%添加物だけで出来たみかん水/大吟醸と書かれたラベルの般若湯などが並んでいる。 確かに実験大会の“じ”の字も行われていない。 いやコタツも発明品の一つではある。 このコタツ、元は大河が持ち込んだRPG風れぇざぁ光線銃だった。総工費1980円と大河が豪語するそれは、ゴミ屋敷で拾った廃材から出来ており【仁-REN-初号機】と名付けられた。 『因みにルェンってのは相棒の名前だ。バレたら俺は蹴り殺されるだろう、だが、思いついちゃったからやる!』 大河は胸を張って言ったものだった。 しかし光の反射率が足りなかったのか、もっと別の要因があったのか、それは赤外線掃射装置になっていたのである。故にコタツでぬくぬく。 コタツ。室町時代にその端を発した日本人にはかかせない怠惰人間製造器。 「コタツに一度入ればありとあらゆる戦闘意欲が奪われる。ならばみんなでコタツを囲めばどんな争いもこの世からなくなるのではないか。戦わずして勝つ、究極にして最終の……」 途中からト書きをマイクに向かってナレーション口調で声高に語りだしたベヘルにすかさず健のスリッパが飛んだ。 「過言だ!」 とにもかくにも最初は、 「野外携帯用小型フライヤーって意外とないんだよなあ。あ、そだ! 博士の小型家電ロボにフライヤーの機能をつてくれよ! いや、フライヤー機能とスチーム機能とオーブン機能内蔵でっ!!」 なんて発明品案も目白押しだった。 「とりあえずドリルだろ」と隆が挙手してみたり。 「光る剣が欲しいのにゃ!」とフォッカーが提案してみたり。 「レイルガンとか重力制御装置を!」とファーブニールが主張してみたり。 「冷凍ビームなんてどうかしら」とローナがとりあえずいろんな問題を投げやりにしてみたり。 途中、ロケットパンチの模型を作っていたヴェルナーが、時代は目からビームと知っていろんなやる気を殺がれかけたりもしたが。 「巨大ロボと爆発とロケットパンチはロマンだよ!」というベヘルの言葉に立ち直ったり。 それらが出来上がるのをわくわく待つティルスがいたり。 しかし巨大ロボには旅行鞄に収まらない=ロストレイルに持ち込めないという大きな壁があったり。その打開策として神こと鈴木くんの「風船のように膨らませて膨らんでから鉄のように硬くする」案が採用されたり。 そこからは用意された風船型巨大ロボの完成を見たい隆が先頭きってペコペコ膨らませ始めたりもして――。 だが。 それもコタツの前では風の前の塵のように儚いものだった。大河がコタツで温燗を始めた辺りから皆、完全にまったりモードに入ってしまったのである。 更にベヘルの持ち込んだ発明品がよろしくなかった。音波発生拡声器。最大音量なら平衡感覚を奪う武器にもなるが、音量を適当に設定してやれば心地よい低周波振動となって肩コリにも効いてしまうのである。それが見事コタツとの相乗効果をもたらし人を更なる怠惰へと誘っていったのである。 アインスがやれやれと額に手をあてて首を横に振った。 「ふっ、私はどうせそんな事だろうと思っていてな。キミの実験成果のために素晴らしい発明品の案を持ってきてやったぞ。感謝しろ」 大上段のアインスにシャベラビットがやれやれと肩をすくめたがアインスは気にした風もなくヴェルナーに耳打ちした。 「その名も…(ゴニョゴニョゴニョ)」 「これさえあれば科学の発展を促す事も可能。どうだ、素晴らしい発明品だろう」 「なんと! それは盲点じゃったぁ!!」 コタツで怠惰を決め込んでいたヴェルナーの目がキランと光った。 * かくして早速ヴェルナーがくだんの発明品作成に取りかかった頃、一人の少女が桜の木の下でポツンと忘れられているノートに足を止め、それを拾い上げた。 「改造? わあ、面白そう!」 呟いてコレットは傍にいた健に声をかける。 「あのね、あのね、私ね、この【募集2】の実験に参加したいなあ。改造してくれるんだったら、こう…目が赤く光ったり、コクピットとかあったり、ビームサーベルもあって、あ! 必殺技とか! そういうのを持ってるおっきいのに改造して欲しいの」 「…………」 ヴェルナーの自称弟子である健は楽しそうに話すコレットを足のつま先から頭のてっぺんまでまじまじと見やってから言った。 「改造……希望?」 「うん。あ、あとね、光の翼で空も飛べるようになったら素敵だと思うの。たくさんリクエストしちゃったけど、ヴェルナーさん、そういう改造は出来るのかなあ?」 「いや、それ以前にいろいろ問題が……」 健は視線を泳がせつつヴェルナーの方を向いた。そこにはせっせと新作に取り組むヴェルナーの背中があった。 「君はいきなり全身からなんだね!」 ベヘルがお気楽な調子でサムズアップする。 「あなたの右腕も改造?」 「うん。ドクターに、じゃないけどね」 ベヘルは応えて右腕を掲げてみせた。 「わぁ! いいなあ」 コレットは羨ましそうな声をあげたが、彼女の右腕は「折角だからサイボーグにしてみよっか」なんていう悪ふざけの産物で、今は紆余曲折もあってロケットパンチも付けられないどころか、余計改造出来なくなってしまった代物である。 「私も改造して欲しいなぁ」 コレットの言に健は視線を斜め下に落とした。 ちょうどその頃、後ろの方では発明品が完成したらしい。ヴェルナーがご満悦で額の汗を拭った。アインスが出来上がったばかりのそれを興味津々で取り上げると品定めでもするように撫であげる。 「ふむ……これは素晴らしい出来だな。王宮の爆田博士と呼ばれたこの私でもこれ程のものは作れまい……」 傍らで興味深げにティルスが「これはレーザービーム砲かなあ? すごいなあ」などと呟きながら覗き込むようにして虫眼鏡で観察していたが、アインスは気にした風もなくおもむろにそれを構えてみせた。 その銃口がヴェルナーに向いているのに気づいたコレットが、その銃の正体も知らずに割って入る。 「危ないです、ヴェルナーさん!」 ヴェルナーに何かあったら改造して貰えなくなる。その一念で飛び出したコレットに、アインスは反応しきれなかった。 「あ……」 銃から放たれたビームがコレットを包み込む。 「コレット!?」 慌ててアインスが銃を投げ捨てた先でコレットはきょとんとしていた。痛くもカユくもない。 「大丈夫か!? まさかキミまで、このあやしさ大爆発の集会に来ていたなんて」 アインスがコレットの顔を覗き込む。 「これは『撃たれると改造されてみたくなってしまうレーザー銃』なんだぞ」 「そんな危ねぇもん、作ってたのか」 アインスの言に健が頬をひきつらせながら銃を拾い上げた。 「あ、はい。大丈夫です。それでヴェルナーさんはどういう改造をするつもりなんですか? 素敵だったら、やってみたいな、って」 「ふむ。成功じゃ」 「なんてことだ、コレット!! すまない、私が……かくなる上は!!」 どこからともなくチェーンソーを取り出し暴れださん勢いのアインスの肩に健がそっと手を置いた。 「安心しろ。彼女は最初から徹頭徹尾改造希望者だったから」 間違いなく、とばかりにベヘルも請合った。 「というわけで、この銃は失敗作だな。俺がかたずけといてやろう」 健は銃を持っていく。 こんなもの撃たれて、万一本当に改造されたくなったら危険極まりない。彼は目からビーム用義眼の実験を目の当たりにしていたのだ。義眼を埋め込まれた人体模型が、360度全方向ビームによって目の高さで綺麗に頭頂部が切断されたところを。 間違いなく死ぬから。頭真っ二つは間違いなく死ぬから。大事なことなので二度、健は心の中で繰り返して銃を処分する。 と、そこでヴェルナーの怪しげな動きに気づいて健は慌てて足を止めた。 「作りなおさんでいいわ!!」 スパコーンとスリッパが小気味いい音を立てた。 ●巨大ロボターミナルGT発進!! 「それにしても、発明というのは面白そうだな」 ヴェルナーが作った人体模型を弄りながらアインスが言った。模型の右肘の関節部に押してくれと言わんばかりのスイッチが付いている。無造作に右腕を水平にあげてアインスはスイッチを押してみた。 刹那、右の手首から先が音速の勢いで飛び出した。 「ロケットパンチの試作品だったのね」 コレットが楽しそうに手を叩く。 「そういうのはやる前にやるって言ってくれないと……」 ベヘルが慌てて音響を整えた。遠くの方で桜の木が一本土煙をあげるのが見える。それに合わせてズドドーンなんて効果音。そうしてベヘルは「ふぅ~」間に合ったとばかりに、額に汗など一粒もかいてはいないのだが、一仕事終えたような清々しさで汗を拭ってみせた。 「で、あの右腕、誰が取りに行くんだ?」 健がそちらの方を指差して尋ねる。 「これ、どういう仕組みなんだろうねえ……」 ティルスは虫眼鏡で残った右上腕やスイッチの辺りを観察していた。 「私も何か作るとするか」 アインスは人体模型から離れるように歩きだした。 「アインスさんも作るんですか?」 コレットが目を輝かせると、アインスは指を一本空に向けて応えた。 「そうだな……なんでも圧縮器なんてどうだ。トラップに足を踏み入れると、頭上から天井が降って来るんだ。ハハハ、面白いだろう」 「天井も一緒に作るって事なのかなあ? でも、ここも一応チェンバーの中なんだよねえ?」 ティルスが不思議そうに空を見上げる。 それは是非とも、作ってるところを見学したいとコレットもティルスも後に続いた。 「俺も手伝おう!」 大河が意気揚々と名乗りをあげる。材料が必要ならドンと来いだぜ、とばかりにポケットを叩いた。彼の不思議なポケットは叩くたびにビスケットも増えるのである。1回叩けばビスケットは2つ、3回叩けばビスケットは4つ。惜しむらくは、叩く度にビスケットが小さくなる事だろうか。 「俺たち、きっと悪の科学者になれるな!」 その声は確かに大河のものなのに、言ってるのは大河ではなく何故かベヘルで、ベヘルはマイクに声を吹き込みながら彼らの後についていった。 そうして、そこにいろいろ出遅れた健が取り残された。 「要するに、あれだな。俺が拾いに行けって事なんだな」 * かくてアインスと大河が新たな発明品の試作に打ち込み、健がポッポのミネルヴァの目を使っても右腕が見つからなくて右往左往していた頃、かの鈴木くんの巨大ロボが、今、正に完成しようとしていた。 10台のペコペコを使って10時間。もっと効率よく一度に空気を送りこめる装置を用意した方が早かったんじゃ、という突っ込みもあったりしたが、とにかくここまできた。 「ぺこぺこを踏み続けた勇士たちの名をここに記しておけば、隆、ティルス、コレット、ローナの衛生兵諸君、幽太郎である」 ベヘルももちろんペコペコやっていたのだが、ナレーションも彼女の仕事なのでここでは独断と偏見により割愛らしい。そろそろ出来上がりそうな雰囲気に彼女は大量のあじの開き――もとい、スモークを焚き始めた。 辺りが魚臭いスモークで覆われ巨大ロボットはその中に姿を隠す。 ベヘルは巨大ロボにラジオを搭載すると、ヴェルナーにマイクを向けた。 「どくたー、台詞台詞」 ベヘルが悪の首領っぽい口上を求める。 「あー、うぉっふぉん。えー」 ヴェルナーが話始めたところで煙の量と巨大ロボの完成が近い事から巻きが入った。 「どくたー、急いで!」 ベヘルが小声で促す。 「皆の者! 世界征服じゃー!!」 刹那、ティルスが力一杯団扇を扇いで煙を吹き飛ばす。 巨大ロボがその姿を現した時、オープニングが、各所に設置されたベヘルのギアから流れ出した。 「ターミナルGTのうた」(C)世界図書館 GT GT ぼくらのGT 唸れ 届け チャイ=ブレに 世界の真理をみせるんだ 出るぞ 必殺 ターミナルバスター! ナレッジキューブを勇気に変えろ 涙なんか似合わないさ 前を向け(ロストナンバー!) 世界群を飛び越えて 放て 脅威の 真理数カッター! おお~ 行け行けターミナルGT~ (唄:虎部隆) 『時はターミナル歴20XX年!――階層世界群は未曽有の危機に瀕していた――立ち上がれ! 選ばれし戦士たち!』 そこに姿を現した巨大ロボ、全長目測で25mくらい希望なメタリックボディのターミナルGTをまじまじと見上げティルスが言った。 「マッドな発明品が見られる所だと聞いて来たけど、すごいすごい! まさかこんなに大きいロボットの完成を見られるなんて……来てよかったなあ」 ヴェルナーが風船で出来た巨大ロボにリモコン君を搭載すると、巨大ロボは両拳を空へ突き上げた。すかさずベヘルが咆哮を流し、空気をぴりぴりと振動させて大迫力を演出。 「ふむ、あちらもとうとう完成したようだな」 アインスが巨大ロボを振り返った。 「格好いいですね!」 コレットが興奮気味に顔を綻ばせる。 「最後に大実験として、作った発明品とロボットを対決させて試作品のデータを集めるらしいよ。僕、戦闘得意じゃないから……重力制御装置を使って跳ねながら応援でもしようかな」 「そんなのがあるんですか?」 コレットが興味顔で尋ねた。 「うん」 頷いてティルスはそれを取り出した。改造出来ない人のため(かどうかはわからないが)防刃・衝撃吸収素材の防御スーツに半重力システムとパワーアシストを搭載し通常の4倍以上の跳躍力と滞空力を保持できる悪の戦闘員服。着ると地面をトランポリンのように飛び跳ねることが出来、バク転も宙返りもし放題というスーツである。 「わぁ、着てみたいな!」 「そうか。女の子用には光る透明な妖精の羽とフリルスカートを付けてみたぞ」 ヴェルナーが女の子用を取り出した。早速戦闘員一同は悪の戦闘員服に着替えてみる。 無事、倒れた桜の木の下から潰れた右腕を回収してきた健も、勿論戦闘員服に着替えた。 しかし軽やかに飛んだはいいが、バランサー機能がないためか健はそのまま顔面から地面に激突してしまう。 「ぐはっ!」 鼻血を溢れさせながら顔をあげた健の視線の先でティルスが楽しそうに飛び跳ねていた。 「さすが獣人……」 人とは平衡感覚が違うのだろう。健は手の甲で血を吹きながら上体を起こした。 ティルスの傍らでコンダクターであるコレットも楽しそうに飛び跳ね手を振っていた。 「アインスさーん!」 「ああ、コレット。本当に妖精のように可愛いな」なんて具合に。 「な…何故だ……」 健はがっくりと両手両膝を地面に付いた。獣人のティルスはともかく、同じコンダクターのコレットまであんな軽やかに飛んでるなんて。 「ふっ、少年よ、知りたいか? 何故、自分はあんな風に飛び跳ねる事が出来ぬのか」 ヴェルナーが健の傍らに立ってコレットらを見上げながら言った。 「教えてくれ、師匠!!」 健がヴェルナーの足に縋りつく。 「簡単じゃ。常識を捨てればよい」 「常識を?」 「バランサーが付いていなければ飛べないというその思いこみを捨てるんじゃ!」 それを傍らで聞いていたアインスが首を傾げた。ホバリングならともかくトランポリンをするのにバランサーが必要なのか。単純に運動神経の問題なのでは。だが敢えてほっておくことにした。勿論面白そうだからに決まっている。 「非常識…それこそが真理にして正義!!」 ヴェルナーは真面目腐った顔で言い切った。そうしてティルスたちを指さす。 健もそちらを見た。 ティルスが光る剣をドリルモードにして振り回しながら楽しそうに飛び跳ねている。 コレットがこちらへ近づいてきた。 「ヴェルナーさん。私も何か欲しいです!」 そう言って軽やかな一歩でふわりとヴェルナーの前に舞い降りる彼女は完全に戦闘員服を着こなしていた。 「うむ。ならば、これはどうじゃ? モーニングスターホワイトフレイム、略してモフ。オルグから貰った白炎をモーニングスターの鋼球の代わりにしてみたんじゃ」 「え? お兄ちゃんもこの会場に来てるんですか?」 コレットが辺りを見回す。 「うむ。白炎だけ残して途中で抜けてしまったがの」 「行き違ってしまったんですね」 残念そうに呟きながらコレットはモフを手にとった。 「なるほど。これを傷口に全力で叩き込めば、一瞬で傷がふさがるわけだな」 アインスがコレットの持つモフを見ながら言った。オルグの白炎といえば癒しの炎である。 「是非、試しているところを見てみたいものだ」 「怪我をしてる人、いないかしら?」 コレットが辺りを見渡した。 ヴェルナーの足下に顔を擦り傷だらけにした健がいた。 「いやいやいや、こんなの舐めといたら治るから」 健は慌てて立ち上がると飛び退った。確かに癒しの炎は傷を治すかもしれない。だが、普通にモーニングスターなんか叩き込まれたら大惨事だ。 その場から逃げるように光る剣を取りに行く。光る剣は剣撃・打撃・ドリルとモード切り替えが出来た。それを剣撃にして健は小さく呟く。 「俺はZMAの良識でいたいです」 彼が常識を捨てられる日はまだ遠く、受難はまだまだ続きそうだった。 ●合体ロボ【仁-REN-】よ永遠なれ!! 「なんで、元ビニールのくせにドリルも光の剣も通さないんだぁぁ~!!」 金属バットがボールを打ったようなカッキーンという音がベヘルのギアから流れて、健は空の星となった。 キランッ。 「あれではいつまで経っても埒があかぬな」 アインスが冷ややかな視線を健の飛んでいった方へと投げる。 「きっと怪我してるわね。私が手当しないと!」 コレットがモフを手に軽やかそちらへ向かった。 「やっぱり強いねえ」 ティルスの言う通りターミナルGTは強かった。未だに常識を捨てきれない健では役不足なのだろうか。健も健気に頑張って特攻を繰り返してはいるのだが、既に戦闘員服がなければ両手分くらいは死ねる数のお空の星になっていた。 ところでこれは余談だが、戦闘員服を着てる者は複数あっても、戦っているのはほぼ一人だけである。 「大河……悪の科学者とか名乗るなら、お前も名案出しやがれ、コンチクショ~」 コレットのモフの一撃が届く前に何とか自力で意識を回復し、だいぶ非常識――もとい半重力にも慣れてきた健はターミナルGTへと戻ってきながらわめいた。 その頃、大河はコタツの改造に夢中だった。コタツからレーザービームが見たいという隆の希望に応えるべく、半分以上は自分の趣味で、コタツの足底に噴射口を設けて天板の上に座って空を飛べるように改造。天板の前方部分にはヴェルナーの作った目からビーム義眼を取り付け、れえざあ光線も出るようにした。ヒーター部分にはマガジンを仕込んで一斉掃射も出来る。男のロマンが詰まった逸品だ。 ただ問題は健も指摘した通り、ぬくぬく出来ない事である。それをどうにかしたいと試行錯誤中だったのだ。 わめき散らしながら駆けてくる健に、大河はハッと顔をあげた。彼の中で何かが閃いたらしい。 「待て!! 今、すごいの作ってやるから!」 そうしてアインスを振り返った。 「手を貸してくれ」 「なに? 私の手を借りたいというのか。まぁ、仕方ない。私のような優秀な人間もそうなかなかあるものではないからな、手を貸してやらん事もないぞ」 ちなみにヴェルナーはターミナルGTのコントロールに忙しかった。途中、コレットやティルスが代わったりもしたのだが、レバーが一本だけのコントローラーはとにかく操作が難しく、ターミナルGTが盆踊りを始めたり、桜の木の海でクロールしてしまったりしたので、結局ヴェルナーが操作することになったのだ。閑話休題。 「で、何を作ろうというのだ?」 尋ねたアインスに大河はニヤリと笑った。 「おおっと、ここで悪の2大科学者が再び手を組んだー!」 すかさずベヘルが煽りたてる。 果たして。彼らは大急ぎでRPG風れえざあびーむ砲のコタツを作り始めた。 コレットが出来上がりをわくわくしながら見守っている。その傍らで健が10回ほど空の星になった頃、ついにそれは完成した。 「待たせたな、健!!」 「大河!! なんか出来たのか!?」 「ああ、遂に完成した!!」 ここで太鼓が期待を煽るようにジャカジャカジャカジャカ、最後にシンヴァルがジャーンと鳴る。 大河がさっと右腕を掲げた。 そこにそれはあった。 いくつも並ぶコタツ。 それが――。 「巨大ロボといえば変身合体!!」 ベヘルのBGMにコタツは飛んだ。シャキーン、シャキーン、シャキーンという金属音と共に変身合体。 コタツがどうやったら、こうなるのか。 それは健の常識から少しばかしはみ出していた。 遂に完成。 「合体ロボ【仁-REN-】!!」 「格好いいですね!」 コレットが歓声をあげる。 「右腕のコクピットにコレットが、左腕にはティルスが乗り込むぅ!」 というベヘルの振りに、コレットがウキウキと右腕に搭乗するとティルスも面白そうだねえ、と左腕に乗り込んだ。 勿論、頭の部分は健だろう。健はターミナルGTと並び立つ【仁-REN-】を見上げた。 「大河……」 零番世界は混沌としている。壱番世界とは物理法則が全く違う世界群はいくつもあり、ここはそれらの交差点なのだ。当然壱番世界の常識が通用しないこともある。故に、質量保存の法則なんて唱える方が野暮という他あるまい。 健の中で何かが壊れた。 健が【仁-REN-】に乗り込む。何故か中はぬくぬくしていた。さすがコタツだ。 「行け! 我らが合体ロボ【仁-REN-】!!」 ベヘルの声に右腕が動きだす。前から上にあげて背伸びの運動。イチ、ニィッ……、コレットだった。どうやらでたらめにスイッチを押したらしい。しかし思うように動かずコレットは首を傾げながら大河に尋ねた。 「ロケットパンチはどうやったら出てくるんですか?」 「いきなり、それか!?」 健の突っ込みはスルーされた。 「ああ、レバー下の赤いボタンを押すんだ」 大河が応える。 「安心していいぞ、コレット。先ほどの人体模型と違って今度のロケットパンチは、ちゃんと戻ってくるように設計してあるから拾いに行く手間はかからない」 アインスが付け加えたのに、健が少しだけ安堵の息を吐いた。 「わかったわ」 そうしてコレットは意気揚々と赤いボタンを押した。 腕の向いてる方向など委細構わずに。 「発射!!」 というコレットの声に、ベヘルのチャラチャチャーというBGMが重なって、風を切る音と共にロケットパンチは飛びだした。 パンチはまっすぐに飛ぶ。 やがて10mほど飛んだところで、まるでブーメランのように戻ってきた。 「うわっ!? ちょい、待ち!!」 と、健が言った時には遅かった。まだ操作がよくわからないロボットに搭乗中なのだ。 アインスは腕を組み、頷きながらその様子を見守っていた。彼は、既にこうなる事を最初から予測していたのである。 パンチは【仁-REN-】の頭部にクリーンヒットし、健は再び空の星となった。(合掌) * 「うわぁぁぁぁぁぁ!!」 健の絶叫が桜林に響き渡った。ベヘルのギアを使う必要もないほどの絶叫ぶりである。 オウンゴールのようなロケットパンチを、さすがにコレットも申し訳なく感じて、今度こそモフを全力で彼の顔面(顔面以外は戦闘員服により無傷なため)に叩き込んだのだ。 「はぁ、はぁ……俺、生きてる? 生きてる?」 荒い息を吐きながら、健は半ばうわごとのように尋ねた。 「生きてますよ。良かったですねえ。全快だあ。さすが発明品、すごいなあ」 ティルスが感動したように応えて、コレットのモフを虫眼鏡で覗きこむ。 「そ、そうか……」 健は安堵したように起きあがった。ターミナルGTにやられようと、【仁-REN-】のロケットパンチを食らおうと、死ぬとは思わなかったが、モフだけは、死ねると思ったのだ。 「良かった……」 「ほら、頭部作り直してやったから、今度はちゃんと避けろよ」 大河がやれやれといった調子で言った。ロケットパンチの誘導装置に於ける欠陥は100万光年離れた星の棚の上に上げたらしい。 「…………」 健は何か言いかけて、結局やめた。 「今度は私がロケットパンチを打ってみたいです」 ティルスが言った。 「楽しいですよ!」 コレットが請合った。 健が口を開いた。 「…………」 結局、何も言わなかった。ただ心の中でそっと誓うだけだ。 ――次は絶対避けよう。 再び戦闘員は合体ロボ【仁-REN-】に乗り込んだ。 早速ティルスが左腕を前に突きだしターミナルGTに照準を合わせる。 健は操作ハンドルを握り込んで右へ左へ動かしてみた。すると頭が右へ左へ揺れる。 「よし。大丈夫だ。いつでも来い!」 そんな健の声が聞こえたのか、ティルスがレバー下の赤いボタンを押した。 左のロケットパンチがベヘルの作り出す轟音と共に飛び出す。 ロケットパンチはやはりまっすぐに飛んだ。 ターミナルGTがそれを、ひょいってな具合で避ける。 ロケットパンチは右手の時と同様10mほど飛んでブーメランのように戻ってきた。 健は右へ左へ、いつでもレバーを倒せるように構えていた。 しかしターミナルGTが邪魔でロケットパンチがよく見えない。 ――と。 次の瞬間、ターミナルGTがこちらに向かって倒れてきた。 そうなのだ。ロケットパンチは弧を描きターミナルGTの後頭部に直撃したのである。 しかし、それぐらいでこけるほどターミナルGTだって柔には出来ていない。ちょっとつんのめるくらいの筈だった。 だが間の悪いことに、そこにはアインスの発明品――圧縮装置が置いてあった。その圧縮装置にまるでネズミ取りに足を挟まれたようになったのだ。 かくてターミナルGTは前に、健たちの乗る【仁-REN-】に向かって倒れこんだ。 これでは頭を動かしたぐらいでは避けられない。 ところがティルスもコレットもターミナルGTを避けようと互いに左右に逃げようとしたから【仁-REN-】は右にも左にも動かなかった。 「お、おい!! ちょっと待て!!」 落ち着けと声をかけるが全く届いていないのか。 程なくして必死にターミナルGTから遠ざかろうとしていた右腕コレットの搭乗する【弐号機】が肩の付け根辺りからもげた。時を同じく、同様に左腕のティルスが搭乗する【参号機】ももげた。 そしてターミナルGTは、健が乗る【初号機】だけを下敷きに倒れたのだった。 どっしゃーん!! という音と共に土煙があがる。 何かを察したようにベヘルが身構えた。 2つのロボを囲むようにギアを等間隔に配置する。 その頃【初号機】のコクピットの中では、かろうじてぺしゃんこになるのを免れた健が脱出口を探すように身を捩っていた。 緊急ボタンと書かれたボタンを見つけて押してみる。 刹那。 コタツに取り付けられていた目からビーム義眼の360度全方向レーザービームが火を噴いた。 何故そうなるのか。健は、この合体ロボの設計にアインスが加わっていた事をすっかり失念していた。 光る剣すら全く歯が立たなかったターミナルGTが、レーザービームに裂かれる。 限界まで膨らませた風船に針を突き立てたらどうなるのかを想像していただければ、その後の展開は自ずと想像しやすいだろう。 大爆発が辺りを包み込んだ。 ベヘルの設置したギアが逆位相の振動を発生させ、遠くまで被害が及ぶのを抑制している。 しかし彼女の囲むギアの内側にいた者たちの被害は甚大であった。 一番近くにいた健は言わずもがな。 客観的に結果を見られなくなるので実験自体には参加していなかったが、結果を見届けようと近くにいた大河が爆風に煽られ大量のつぶてにぼろ雑巾のようになりながら、乾いた笑い声をあげていた。 「ふっはっはっはっはっ。俺たちも戦闘員服着とくんだったなあ」 隣で同様に結果を見守っていたアインスが不思議そうに首を傾げる。 「なんだ、着てなかったのか?」 爆発の中にあっても悠然と佇むアインスが上着の合わせをそっとめくって見せた。中には、戦闘員服が覗いている。 「あ、そ……」 そのまま大河は白目を剥いて気を失った。 ギアの外側まで避難していたコレットとティルスが爆風におおおと歓声をあげる。 被害は最小限に抑制してあるものの、完全に相殺しているわけではなく、鑑賞に足る程度には爆発の威力が残されていたのだ。 夕日の下、ターミナルGTと【仁-REN-】が華々しく散る。その4尺玉花火を打ち上げた後のような空気の振動と地響きを感じながら、ティルスとコレットは大いに満足げな歓声をあげたのだった。 ●花火と花見 そして日は暮れた――。 「ヴェルナーさん。モフの白炎が消えてしまいました」 コレットが言った。大河と健を治療し燃え尽きてしまったのである。声も表情もそれほど残念そうでないのは、すぐに直してもらえると思っているからだろう。 だがヴェルナーは申し訳なさそうに首を振った。 「燃料が切れてしまったようじゃな」 「これ、またお兄ちゃんに白炎を灯してもらったら、使えるようになりますか?」 「なるじゃろう。じゃが、またすぐ使えんようになる。魔法を定着させる工夫をせんとな」 「そうですか」 ちょっと残念そうにしているコレットに、ヴェルナーはポケットからスプレー缶を取り出した。 「代わりに、これをやろう」 「なんですか?」 「冷凍ビームの試作品、冷凍スプレーじゃ」 「冷凍スプレー?」 首を傾げるコレットにヴェルナーが実演してみせた。 桜の花に冷凍スプレーを吹きかけると、桜の花が見る見る氷り付く。 氷中花と化した桜入りの氷を手の平にとって、傍でみかん水を飲んでいたティルスのコップに浮かべてみせた。 「わあ、すごいなあ。これは、いいなあ」 ティルスがコップの中の桜入り氷をからころと転がしながら言った。 「どうじゃ?」 「素敵です」 コレットは嬉しそうにスプレーを取って、桜入り氷を作り始めた。 「妖精仕様の戦闘員服といい、悪の首領は意外とロマンチストだったんだ」 ベヘルが感想を口にする。 「爆撃は男のロマン。ロマンを実現するために発明を繰り返す。サイエンティストとはロマンチストの事じゃ」 「なるほど」 ヴェルナーがコタツに腰を下ろすとベヘルも腰を下ろした。 「なかなかいいデータが集まったの。戦闘員服も概ね良好なようじゃ」 ヴェルナーは満足げに何かの端末を叩き始める。 あれほどの爆発も、ベヘルのギアの効果で、とりあえず被害は半径30mほどにとどまっていたものの、桜の木もその範囲内は綺麗になくなっていた。 その真ん中で【仁-REN-弐号機】と【参号機】を並べて皆でぬくぬく。 実験後の打ち上げが始まる。 ベヘルがBGMとばかりに、実験の間中録音し、ラジオドラマ仕立てに編集済みのZMAこれまでの軌跡を流し始めた。 そうして健の持ち込んだ般若湯を手酌で飲もうとする。 「未成年はこっちだよお?」 ティルスがみかん水を用意してベヘルの般若湯を取りあげた。コレットが大量生産した桜入り氷を浮かべる。 大河と健はモフの一撃をくらって何とか意識を取り戻しはしたもののコタツでぐったりしていた。 「えらい目にあった……」 「見事な散り際であったぞ」 アインスが健を労う。 「どうも」 もはや言い返す余力もない。 「しかし、たまにはこういうのも、なかなかオツなものだな」 アインスは自分のチェンバーから持ち込んだティーセットでお茶を啜りながら、遠くに見える桜林に視線を馳せた。 「桜も美しい」 それからすっと視線を傍らに移して微笑む。 「……いや、コレットの方がもっと美しいよ」 「もう、アインスさんたら」 照れたように頬を赤らめコレットは、はぐらかすようにお花見用に用意したお弁当を広げた。ちらし寿司に伊達巻きが入っている。 その伊達巻きを一切れ、つまようじに刺して健に差し出した。 「お疲れさま。どうぞ」 「え?」 自分の口元に差し出されたそれに健が面食らう。 「あーん」 「あ、いや……」 健は思わず飛び起きた。女の子に食べさせてもらう自分、という図に慌てたのだ。 「だ、大丈夫。俺は元気だから大河にでも食べさせてやってくれ」 早口で言うと健は半ば逃げるようにして、よせばいいのにヴェルナーの隣に座った。 健の横で果てていた大河にコレットはそのまま伊達巻きを差し出す。 「どうぞ」 「あーん」 あんぐり間抜け面で口を開けた大河の口に、健の持ち込んだロシアンおにぎりが押し込まれた。アインスの仕業である。 「んぐっ!?」 「なぁに、コレットの手を煩わせるまでもない。疲れて一人で食べられないと言うなら、私が食べさせてやろうではないか」 大河は詰め込まれたおにぎりを喉に詰まらせながら何とか嚥下して、そのまま火を噴いた。 「かれぇぇぇ~!!」 どうやらわさび入りだったらしい。 そんな二人をどうとったのか、コレットはくすくす笑いながら言った。 「お二人とも、とっても仲良しになったんですね」 「…………」 一方、ヴェルナーの隣でみかん水を飲んでいたティルスが言った。 「花火はまだなのかなあ? 僕、花火って見たことないから楽しみなんだよね」 「うむ。今、お手伝いロボットアレッキュ君が準備中じゃから、もうすぐ打ち上げが始まるじゃろう」 「ちょっと変わったものに出来ないかなあ? これだけたくさんの桜があるんだから、花びらを花火の中に入れて降らせてみるとか。桜吹雪って素敵だと思うんだ」 「ふむ。それは難しいの。花火は文字通り火じゃから、うまく花びらを仕込まないと全部燃えてしまう。燃えないように何か……」 とヴェルナーは、傍らの健を見た。 それに釣られるようにティルスも健を見た。それは期待のこもった眼差しだった。 「え? 俺?」 「やった! 大役!」 ベヘルが健にサムズアップした。 * 花びらを降らせるにはまず花びらを集める必要がある。そしてそれを防火処理の施された風呂敷に包んで、肩に担いで。 「え? なんで?」 花火の3尺玉から伸びた最初から用意されていたとしか思えない紐に健は、さも当たり前のように結び付けられていた。 アレッキュ君がそうして健から離れる。 風呂敷ではなく、何故に自分が? そんな疑問を吹き飛ばすように10mほど離れたこたつでぬくぬくしていたティルスがレイルガンの遠隔スイッチを押した。 レイルガンは火薬が爆発して弾を射出するわけではないので、金属の擦れ合うような甲高い音が鳴るだけなのだが、すかさずベヘルがドドーンと効果音を付ける。 かくて花火はあがった。 健もあがった。 「どっしぇぇぇぇぇ!?」 健の絶叫はベヘルの作り出す花火の爆発音にかき消された。 「たーまやー!!」 大河が言った。 「かーぎやー!!」 ティルスもノリノリだ。 夜空にパッと花が開いた。 それがゆっくりと線を引いていく。 「わお……」 ベヘルが思わずBGMも忘れて見とれてしまった。 しだれ桜の花火に本物の花びらが風に舞う。 「綺麗……」 舞い落ちる花びらにコレットがそっと手を伸ばした。 「本当に」 アインスが頷いた。 そうして続けざまにいくつもの花火が咲いては、夜の中に消え、そのたびに歓声や感嘆をあげながら、楽しい宴は花火が終わるまで続いたのだった。 花火と共に空の星と散った健の存在を忘れて。 「ヲイ!?」 ようやく健が目を覚ましたのは一夜明けた朝の事だった。彼は辺りを見渡したが、勿論そこには誰もおらず花見は完全に終わっていた。 ただ、アインスの書き置きが一枚傍に落ちている。 「え? 俺1人でこの惨状を片付け? ……マヂデスカッ!? シクシク、もう俺、ZMAなんて辞めてやる~!!!」 彼の絶叫はそのチェンバーにずいぶんと長い間こだましていたらしい。 ■大団円■
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