オープニング

「お花見行きたーーーい!」
 ある日のターミナルで、世界司書・エミリエが言った。
「お花見と言いますと……壱番世界の?」
 リベル・セヴァンが資料から顔をあげて応じた。
「そう。サクラの花ってキレイなんだって! それからお弁当に~、お団子に~」
 どうもエミリエは誰かにお花見の話を聞くか本で読むかしたらしい。
 しかしながらお花見の本場、壱番世界はニッポン列島においても、今年は桜の開花が早く、すでに盛りを過ぎつつある地域も多い。いやそれ以前に、ロストメモリーたちがターミナルを離れて壱番世界で花見ができようはずもないのだった。
 ところが。
「こいつぁ、どうすっかな……」
 シド・ビスタークがやってきた。
「どうかしましたか」
「いや……、無人のチェンバーが見つかったんだ。広くて本当に無人かどうかはわからんので、それを確かめてから閉めちまえってさ。べつだん危険もなさそうだし放置してもよさそうなもんだがなあ……。こんな依頼、誰が受けてくれるもんかね。だいたい、何のつもりかしらんが、このチェンバーの中はサクラの樹しかありやがらねえ」
 エミリエとリベルは、あまりのタイミングのよさにはっと顔を見合わせる。
 かくして、無人のチェンバーの確認依頼――という名のお花見大会が行われることになったのである。

 *

「桜の林立する世界……ロマンだよね。ってことで、お花見に行かないかい?」
 それが、金髪の世界司書からの第一声だった。司書……鹿取燎は、いつもなら導きの書を携えている片手に抱き枕を持ち、やはりどこか機嫌が良いようだった。
「なんでも、桜の木ばかりが集まったチェンバーが見つかったそうなんだ」
 燎は枕を抱え直すと、にっこりと微笑んだ。
「冒険旅行とかに行ってる人も多いと思うけど、たまには0世界でお昼寝なんてどうかなーとか思って。桜の木が立ち並ぶチェンバーで穏やかな時間を過ごす……どう?」

 *

 穏やかな空気が辺りを包む。時折吹く風に金髪を躍らせ、その青年は桜の咲くチェンバーの中をゆっくり歩いていた。やがて一本の木を見つけだし、緩やかに唇が弧を描く。彼は片手にしていた枕を傍らに放ると、自分も腰かけてその桜の木にもたれた。
 はらり。一片の花弁が、薄紅に拡がる空を見上げる彼の鼻先をかすめて舞って行く。
 またふわりと風が掠めて、長い前髪をさらう。灰色がかった紫の瞳を細めて、燎は桜の花びらを追っていたが、やがてそのまま目を閉じた。やがてすうすうと寝息が聞こえ始める。

 *

 夢はどこか暖かく、ふわふわしている。なにか過去の夢を見たような気もするし、なにか望むものを見ていたような気もする。トンデモなくてあり得ないことがあったような気もしたし、友人たちと笑っていたような気もする。これは誰の夢だろう。どこまでが自分の夢だったのだろう。
 ――そしてどこからが、夢、だったのだろう。

 淡く煙る薄紅の中で、誰かが見た夢と誰かが見た夢が、つながる。



!注意!
イベントシナリオ群『お花見へ行こう』は、イベント掲示板と連動して行われるシナリオです。イベント掲示板内に、各シナリオに対応したスレッドが設けられていますので、ご確認下さい。掲示板への参加は義務ではなく、掲示板に参加していないキャラクターでもシナリオには参加できます。

このイベントシナリオ群は、同じ時系列の出来事を扱っていますが、性質上、ひとりのキャラクターが複数シナリオに参加しても問題ありません。

品目シナリオ 管理番号430
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
クリエイターコメント桜の花びらが、舞い散る。
こんにちは、有秋です。
本シナリオでは、
参加者さんが見た夢を紡いで一つのノベルとなります。
一つの物語になるかもしれませんし、
それぞれの物語の集まりになるかもしれません。
全てはあなたの見る、夢次第です。

夢の内容に関しては、関連掲示板の内容を参照することが可能です。
その場合、
掲示板上でシナリオ参加者ではないどなたかの夢の影響を受けた夢であっても、そのままの状態で参照することが可能です。

皆様のご参加、お待ちしております。
どうぞ、よい夢を。

参加者
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
タイム(czca5378)ツーリスト 男 16歳 最後の勇者
ハーデ・ビラール(cfpn7524)ツーリスト 女 19歳 強攻偵察兵
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生

ノベル

 薄紅の桜が散る。桜色より強みのある紅を纏っているようにも見えるその散った花弁の、敷き詰められたかのような薄紅に一人、女性が軽く体を丸めるようにして眠っていた。花弁の色に映えて艶やかですらある褐色の肌を、頭上で括られた彼女の長い髪が滑り落ちている。年のころで言うなら、二十歳前後だろうか。彼女――ハーデ・ビラールは瞳を閉じて、静かに規則正しい呼吸を繰り返している。
 また花弁が一片、枝から離れてひらりと舞った。

 ハーデが目を覚ましたそこは、周囲が朱に彩られていた。彼女がゆっくり立ち上がると、ぱたりぱたりと指先から朱色が滴り落ちる。不意に視界の端でぎらついた輝きが翻り、襲いかかってきたものを迎え撃って切り捨てる。そうしてハーデは周りを見回して、状況を理解した。また、そしておそらく私が、ここにいた敵を殺したのだ、と。
 神も天使も敵で、悪魔は味方じゃなかった。生き延びたいから、死にたくなかったから戦い続けたのに。敵がいなくなったら幸せになれると思って戦い続けたのに。そうして誰も立っている者がいなくなったときに……敵がいなくなったときに、今度は自分自身が世界の敵になってしまうほかないのだと、理解したのだ。世界に許される範囲を越えてしまったのだ、と。確かにあんな世界はイヤだった。でも、あそこにしか私の生きる場所は無いんだ。
 ここにはもう敵がいない、と感じる。拡がる朱色の果てには何の気配もない。けれど何かの気配が、彼女を追い詰める。殺してきた人々の目が彼女を苛む。だから、冷酷な殺戮者でいるときだけが……弱い私を、救ってくれる。
 敵を、敵を探さなくてはと巡らせた視界が通りの道を捉える。今までそんなものは無かったはずなのに違和感は覚えない。黒い髪を動きやすそうな長さにした少女が、機敏そうな茶色の瞳をその影に向けていた。多数対一。
「――師匠を呼んでくるっ!」
 少女に向かって、囲む影とは別に声がかかる。その声になにを思ったかはわからないが、少女の瞳にはいまだ強い気がこめられていた。彼女はその瞳で、彼女を囲む『敵』を見据える。
 ……あぁ、敵を見つけた。

 *

 鼻の奥で鉄に似た嫌な臭いが立ち込める。肋骨も二本はイってるかもしれない。少し動くとどこか掻きまわされるんじゃないかという嫌な予感が、日和坂綾にそう自分の危機を告げていた。これはあのときの夢で今の事じゃない、と直感で理解するが、だからといって覚めるものでもなかった。避け損ねた鉄パイプが肩口にめり込んで嫌な音を立てた。ぐしゃりという嫌な感触。当たった方の腕が動かなくなる。肩の骨が砕けたのだろうか。
「師匠を呼んでくるっ!」
 ありがと……でも、多分間に合わない。どこか内心歯がみして、綾は相手を見据えた。今なら……そう、今この瞬間なら他人が何を考えているのかわかるのに。痛覚がひっきりなしに警告を発していて路地のアスファルトはペンキでない赤色に彩られているけれど、その今だけが、他人の感情を知れる瞬間なのに。
 真正面の相手から視線をそらして振り向きざまに背後の一人を蹴り飛ばす。ほんの一瞬見えた背後で、誰かの長い黒髪が翻るのが見えた気がしたが、気にしている暇はない。包囲さえ抜ければ、逃げる手段はいくらだってある。ここは私のテリトリー。慣れ親しんだ道を影伝いに逃げ、草むらに倒れ込むように転がる。肩を打ったが激痛という感覚がもう薄い。でも痛いのは分かっているし、警告音はまだ頭の中で続いている。
 転んだ拍子に押しつぶした草の青い香りが、甘い血液の香りとないまぜになって鼻を刺激する。ぎゅっと歯を食いしばって、目も閉じた。痛くて、血が足りないのか頭の芯がぼぉっとする。ぼんやりとした真っ白な何かに、ゆっくり塗りつぶされているような感触。
 ――私、きっと死んじゃうんだ。
 悔しくてしょうがなかった。折角見つけた、私の居場所だったのに。私は、その居場所から放りだされて死ななきゃならないんだ。お互いに理解できなかった家族は、きっと喜ぶに違いない。私はずっとエイリアンだったから。指が力なく土を掻いて、柔らかい草の噎せ返るような香りが、頭の中の白塗りに拍車をかける。師匠……別に私の仇、とらなくていいからね? 言わなくてもとらないよね? 弱い私が悪いんだもん。――あぁ、でも、折角一人じゃなくなったと、思ったのに。また、一人にならなきゃいけないのかな?
 一人になるのなら、こんな世界に生まれたくなかった。もっと他の――

 *

「あれ、……綾?」

 *

 桜並木の下をのんびり歩く。穏やかに流れる空気は時折勢いを少し強めてまるで視界全部を桜色に埋めようかという花嵐を生み出す。花弁の吹雪に瞳を細めた相沢優は、嵐の隙間からのぞく桜の木の下に見知った顔を見つけた気がして声を挙げた。みれば確かに、桜の根元の草むらに身を守るように丸くなった綾が寝ていて、彼女は桜の花弁がふわりと自分の上に数枚積りかけていることにも気付かぬままに、きつく身体を丸めていた。むやみに起こしてはまずいか、とその頭に付いた花弁をそっと払いのけてあげると、彼女はどこか気が抜けたようにきつく握りしめていた指を緩めた。

 それに穏やかに微笑み、もう少し桜の下を歩こうかと思ったところで再び足元と頭上から飲み込むように桜の嵐が吹き抜ける。どこかふわりとした、そう長いわけでもない黒髪が風に攫われてはためく。……目を開けたそこは、見慣れた通学路だった。春が来るたびに桜の咲き誇る、慣れた道。授業終わりに歩くのと同じ傾いた夕日。ぼーっと立っていると、優の後ろから彼より軽い足音が響いた。肩を叩かれて振り向けば、何やってるのとでも言いたげな、けれどどこかそんな優の事を面白がるように窺う幼馴染の顔。今日の授業が難しかったなと思いだして、教師のモノマネをする友人に死ぬほど笑った事を思い出す。壱番世界の、日常。何気ない毎日……けれど、何物にも代えがたい、小さな幸福――護りたいひとのいる、大切な場所。
 家に帰った後、気がつけば乗っているのはロストレイルだ。これは0世界に向かう便だ、と優は気付いていた。着いたら会えるのだろう0世界で知り合った面々の顔が思い浮かんで、唇がすこしほころぶ。はじめは戸惑うばかりだったが、今はだんだん慣れてきた。
 また風が吹いて、窓の外が幻みたいに思えるほどの桜の乱舞に覆われる。気がつけば車内にもその薄紅はあふれていて、その勢いに目を閉じる。服の裾がはためいて、思わず目を手で覆う。……少し弱まった風の勢いに目を細く開ければ、その狭い視界の中を銀色にちらちらと輝く光の群れが泳いで行った。
「……イワシ?」
 海を泳ぐように、様々な魚が舞っている。頭上にひときわ大きな影が落ちたと思えば、優美な曲線の体躯を持ったドラゴンが、すらりと宙を泳いで行った。
「うわ……ぁ!」
 魚達は天空に浮かぶ巨岩の島を周回し、キラキラと煌めきながら過ぎて行く。
「すっげ!」
 自分のものとは違う声がして、優はそちらを向いた。みればそちらの方向には崖があって、その崖下の洞窟らしきところから、旅装の少年が姿を現した所だった。背中に荷物を背負い、その上にさらに小さな宝箱を二つ積んでいる。手にも大きな宝箱を持っていたが、眩しげに瞳を細める彼の腕の中で、その宝箱は興奮したようにばこばこと音を立てていた。
「あ……タイムさん?」
「ん? あ、ユウ!」
 タイムはぱっとその紫色の瞳を輝かせると笑いかける。手の内の宝箱はばこばことなにかをタイムに訴えるみたいに鳴いていたが、タイムは気にならないようだった。
「もしかして、それ……」
「あ、ミミックたちの事? サクラにびっくりしてるみたい。俺の父さんに、話で聞いたことしかなかったって言ってる」
 ばこばこと訴えていた親ミミックは、自分の上に桜の花びらが落ちてきて急におとなしくなった。動いてしまって落としたくないのか、じっと黙っている。けれどそれを見たザックの上の子ミミックたちが、うらやましいのかさらにばこばこ騒ぎ始めた。
「なんかみてると可愛いな」
「だろ? サクラもきれいだし、日向ぼっこにもちょうどいいや」
 タイムが桜の根元にミミック達を下ろしてやるのに、優も落ちている花弁の、綺麗なのを選んで子ミミック達に乗せてやる。木漏れ日のあたる桜の下で、ミミック達はどこか嬉しげに大人しくおさまった。
「宝箱も日向ぼっこするんだな」
「うん。……というよりは、しないとカビとか生えて大変らしいよ」
「そりゃ大変だ」
 ファンタジーだなぁ、と優が呟くのにタイムは小さく苦笑した。皆が言う『ファンタジー』のほとんどが自分にとっては当たり前で。なんとなくそこに世界の違いを感じたりするのだが……
「うわっ、あの魚、何だ?!」
 自分の世界でも魚は水の中を泳ぐものだ。面白い夢だ、と思う。そう――これは夢だと分かっていた。そもそもこのミミック親子に日向ぼっこしたいと依頼を受けたのは前の事だから。……でも、誰の夢が混ざったのだろう。そして、どこか懐かしく思ったのは、なぜだろう。
「あれは……鮪、いや、鰹か?」
 優が隣で唸る。そうして見上げる間にも、名前もわからない魚が泳いでいった。カツオは素早い動きで宙を縫って行ったが、前方で誰かと衝突したようだった。白衣の裾が翻って、金髪の司書が激突されて倒れているのが見える。
「へぇ、カツオっていうのか」
「旬にタタキにすると美味しいんだ」
 なんとなくそっちに向かいながら、初めて見たや、とタイムが笑う。なんとはなしにそちらを目指しながら、彼はふと明るい少女の笑い声が聞こえた気がしてあたりに頭を巡らせる。声の主かはわからないが、その頭上を見上げながら歩む綾の姿が見えたので手を振った。桜の中、ふわふわした穏やかな風景の中の少女がそれに気付き、ぱっと表情を明るくすると、手を振り返してくる。

 *

 そう、草むらで意識を失ってから綾が次に気が付いた時にはそこはもう0世界だった。治療も済んでいて、同じように世界に属さなくなった人々が彼女を迎えた。そうして、彼女はコンダクターとなったのだ――
 気がつけば桜の根元にうずくまっていた綾は、身を起こすと辺りを見回した。小さな魚や大きなみたこともない魚が脇を泳いでいく。上空を見上げれば支えもなく巨岩が浮いていて、そこから滝となって零れ落ちた水は空気の中に溶け込んでいるようだった。また小魚達がやってきて、ぐるぐると渦を巻くその銀の雲の中に取り込まれて一瞬、方向を見失い、美しい銀のきらめきに心が奪われる。不安のない、穏やかな夢。
 この夢は優しい。――これは、誰の夢なのだろう?

 向こうを見れば、優とタイムが並んで歩いている所だった。こちらに気付いたタイムが手を振るのに気付いて、手を振りかえす。足を速めて彼らに追いつこう、そう思う視界の端にふと人影が映って綾は足を緩めた。桜の花弁が舞う中、ひとり茫然とハーデが立っているのが見える。

 *

 鉄パイプが虚しい音を立てて地面に落ちる。気がつけば足元は先ほどと同じ朱色に染まっていて、路地はいつの間にかなくなっていた。ただ、倒れたモノだけが足元に残っている。ハーデはゆっくりとあたりを見回した。周囲になにもない情景がどこか0世界を連想させて彼女は瞳を揺らした。自分の世界の範を超えてしまった私は……いつ、0世界の範を超えてしまうのだろう?
 誰もいないその世界で何かにすがるように、ハーデはその風景を見回した。……助けてほしい。でもその手を伸ばすのが恐ろしかった。誰かに助けを求めるほど弱い者は、殺されてしまうから。でも、生きていたかった。
 ――助けて。助けてと言えない、私を。
 そろりとおそるおそる片手を何もない宙へ向けたとき、風も何もなかった世界に突然風が吹き荒れた。足元の赤色がいつしか柔らかい薄紅に変わって勢いよく舞いあがり、小さな花弁が視界を薄紅色に染める。
「え……?」
 暖かな色彩。世界を埋め尽くすその桜につつまれて、ハーデは茫然と頭上を見上げた。空を流れる巨岩の島。優美に飛行する竜を追い、魚がゆったりと群れをなして泳ぐのが美しい。風景から空気から、何もかもが穏やかで優しい――生きているものはたくさんいるのに、何一つ敵のいない世界。桜吹雪の中でただただそれらを見詰めていた彼女の耳に、彼女を呼ぶ声が入る。頭をめぐらせれば、穏やかな明るい笑顔で綾がこちらを呼んでいる。
 ――これは誰の夢だろう。まるで、春の午後のように穏やかだ。

 *

「ふあぁ……良く寝たー!」
 うーんと手足を伸ばして、タイムはトラベルギアでもある毛布を自分の上からどかしつつ、頭上を見上げた。大きな、どこか他より紅色の強い桜が咲き誇っている。
 木の根元を見やれば、傍らでふわりと幸せそうに微笑んでいる綾が規則正しい寝息を立てていた。一足先に目覚めていたらしいミトサア・フラーケンが、綾と繋いでいない方の手の指を立てて、『起こさないであげてね』とジェスチャーする。頷いて反対側を見れば金髪の司書……鹿取燎が、カサハラが持って来たというウサギ柄の枕を抱いて寝ていて、そのさらに向こうでは春秋冬夏が穏やかに寝息を立てている。そう言えば大量の毛布は、誰が運んできたものだったか。何気なく司書を見やったタイムは、前髪をお花ピンで上げられ、しかも猫ヒゲに額に『にく』且つ右側の方には鰹などと書かれている有様に思わずまじまじと見る。正直、普段前髪を下ろしているのがもったいない程度には顔の造りは美形なのに、この悪戯のされようはなかなかの見物だ。頬の鰹のあまりの存在感に、とうとう耐えきれず吹き出してしまった。
「ぷぷ……っ、なんだこれ……!」
「おいおい、そんなに笑うと……ふっ、起きちゃうってば……ふふっ」
 鰹と書いた張本人であるファーヴニールが、笑うタイムを制止するつもりが一緒になって笑いだす。

 誰かの楽しげな笑い声に意識を呼びもどされて、優は目を覚ました。周りを見れば、木の根もとにハーデが寄りかかって瞳を閉じていて、その向こうにも誰かが眠っているようだ。笑い声はタイムとファーヴニールのものだったらしい。寝ている司書を覗き込んで何やらしゃべっている。……今でもロストナンバーであることを怖く思うこともあるが、これから出会うだろう人々や冒険にわくわくしている。こうして出会った人々や今までの冒険で感じた事を抱えながら、壱番世界を護るため、新しく色々な人と出会うために前を向いて歩いていきたい。――そう、皆と一緒に。
 起きて穏やかに見ている優に気付いたらしい、タイムがちょいちょいと手招きするのに身を起してそちらへ行けば、例のごとくの司書がいて。
「あぁ……鰹はここだったのか」
「んにゃ? かつお……」
 意味不明な寝言を呟きつつ燎が目を覚ますのに、三人が慌てて視線をそらし、また思わず吹き出す。燎はその行動に寝ぼけ眼ながら眉根を寄せる。
「あ……え、みんなどうしたの?」
「いやっ、何でもないよな!」
 タイムが笑いながら手を振るのに燎がいぶかしげに首をかしげる。起きてきたハーデが騒ぎに気づいて司書を覗き込み、何と言ったらいいのかわからないといった表情をちらりと見せる。目を覚ました綾はその様子を見てきょとんとしていたものの、状況に気付いて相好を崩した。ちなみに前髪とか『にく』とか猫ヒゲは、彼女の仕業だ。春の穏やかな陽気の下で、皆が穏やかに、楽しげに笑っていて、甘い香りが鼻をくすぐる。花の香りと、冬夏が持ってきたクッキーや、優が持ってきた桜餅の香りだろうか。くすくすと楽しげな微笑が聞こえたと思えば、ずっと手を繋いでいたミトサアが楽しげに笑っていた。
 ここでは私は一人じゃない。手を繋いでくれる仲間が居て、私を撫ぜてくれる手がある。――だから、私も、他の仲間のために、新しい仲間のために頑張ろうって思えるんだ。

 あれは、誰の夢だったのだろうか。
 まるで夢の続きのように、春の日差しのように暖かで、穏やかな、優しい時間が流れる。


クリエイターコメント薄紅の桜が、夢を見る。

参加ありがとうございました。
お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2010-05-06(木) 21:50

 

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